毎年ライトノベルに関しては「このライトノベルがすごい!」で年間のおすすめ企画が宝島社さん主催で開催されていて、自分も協力者として参加していますが、それ以外の「ライト文芸」「文庫」「文芸単行本」についても読んだ本の中からの独断と偏見によるセレクトになりますが、年間企画をブログ企画を作りたいと思います。
ということで今回は「ライト文芸」「文庫」に続く第三弾「文芸単行本」編です。対象は「このライトノベルがすごい!」と同じ2022年9月~2023年8月に刊行された新作を対象30作品をセレクトしています。最近の作品は印象的な作品も多くて悩みに悩んで30作品選びました。気になる本があったらこの機会に是非読んでみて下さい。
※下記紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
2020年、中2の夏休みの始まりに、また変なことを言い出した成瀬あかり。全力で我が道を突き進む彼女を周囲の視点から浮き彫りにしてゆく青春小説。突然閉店を控える地元の西武大津店に毎日通って中継に映ると言い出したり、幼馴染の島崎とM-1に挑戦したり、膳所の祭りの司会も務めたり、自身が信じた方向へ自由に突き進む成瀬。別視点からのエピソードもありましたけど、何より地元への愛に溢れていて、突然突拍子もない行動をするその存在感に周囲も目をそらせなくて、様々なところに影響を与えていく成瀬が痛快で面白かったです。お互いに認め合う島崎との友情もなかなか効いていました。
2.レーエンデ国物語
多崎 礼 講談社 2023年06月14日
聖イジョルニ帝国の英雄ヘクトルの娘として生まれ、家に縛られてきたユリア。彼女が父と一緒に向かった呪われた地・レーエンデへの旅で、寡黙な射手・トリスタンと出会うファンタジー。街道を切り拓くために向かったレーエンデの地に魅了され、初めての友人を得て、仕事に従事して恋をするユリア。そんな彼女が期せずして様々な思惑が絡むレーエンデ全土の争乱に巻き込まれていく展開で、それぞれ秘密を抱えながら、自分のなすべきことを見据えて覚悟を決めるヘクトルやトリスタン、そして彼らの生き様を見て自らがすべきことを見出してゆくユリアの成長があって、激変してゆく状況に翻弄されながら、それでも各々がなすべきことをやり遂げる強さが心に響く重厚で読み応えのある物語でした。
3.ヨモツイクサ
北海道旭川にあるアイヌの人々が怖れてきた《黄泉の森》。開発会社の作業員たちが突然行方不明となってしまい、道央大病院勤務の外科医・佐原茜が事件の真相を追う戦慄のバイオホラー。7年前に家族が忽然と消える神隠し事件に遭い、今も諦めずに家族を捜していた茜。彼女が猟銃免許を持ち、仲間と巨大ヒグマの痕跡を追う過程で出会った、究極の遺伝子を持ち生命を喰い尽くすヨモツイクサ。周囲でも不可解な事件が起き始めて、危険と知りながらもその真相を追わずにはいられなくて、生命の進化に邁進する怪物たちとの壮絶な戦いの決着はなかなか衝撃的したけど、ふっきれたようなその結末がまた鮮烈な印象を残さずにはいられない物語でした…。
4.方舟
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れ、偶然出会った三人家族と地下建築の中で夜を越すことになった柊一。その地下建築が水没の危機に陥った矢先に殺人事件が起きるミステリ。地震が発生して扉が塞がれ、水没までのタイムリミットまでおよそ一週間。9人のうち死んでもいいのは、死ぬべきなのは誰か?殺人犯を一人犠牲にすれば脱出できる。そんな思いで犯人探しが始まる中で発生する連続殺人事件。わりとオーソドックスなクローズドサークルなのかなと思いながら読む中で、ディテールにこだわった推理はなかなか鮮やかでしたけど、それだけでは終わらない何とも衝撃的な結末には度肝を抜かれました。
七十一歳となった現在、レビー小体型認知症を患い介護を受けながら暮らす祖父。小学校教師である孫娘の楓が身の回りで生じた謎について話して聞かせると、かつて小学校の切れ者の校長だった知性が生き生きと働きを取り戻す連作短編ミステリ。古書に挟まれていた4つの訃報記事の謎、居酒屋で起きた密室殺人事件の以外な真相、プールから消えたマドンナ先生の行方、全員で33人いるクラスメイト、容疑者とされてしまった同僚の岩田先生、碑文谷さんとストーカーを巡る事件など、一見難解とも思える事件を解決へ導く助言をする祖父がいて、岩田やミステリ好きの四季との心揺れる関係も絡めながら描かれる展開はなかなか良かったですね。
縁切寺・東衛寺の娘で、離婚専門弁護士の松岡紬。離婚相談に来た相手に家族はいろんな形があることを伝えて、最良の離婚を提案するリーガルエンタメ。夫のモラハラと浮気に耐えられなくなって相談しに来て事務員に居着いてしまった聡美。行方不明になった妻の捜索を依頼された腐れ縁の専属探偵・出雲。元妻の友人に相談され紬を紹介する父・玄太郎。そして入籍していない同性婚の離婚協議、休職を理由に養育費減額を目論む聡美の元夫。可愛いけれど方向音痴で天然の彼女を慕って支えてくれる周囲の人々の視点も交えながら、やってきた依頼人に真摯に向き合ってゆく紬の頑張りを応援したくなる物語でした。
7.光のとこにいてね
母に連れられて来た古びた団地の片隅で出会った結珠と果遠。着るもの食べるもの、住む世界も何もかもが違うのに、お互いに惹かれ合う二人の四半世紀の物語。週に一回だけ古びた団地で育んだ二人の交流。高校時代の束の間の再会と突然の別れ。そして社会人になってからの偶然で運命的な再会。初手から強烈に惹かれ合う二人の縁みたいなものがあって、出会ってしまったらもうお互い意識せずにはいられなかったり、それぞれが抱える親子関係に対する葛藤を拗らせていて、それでも大人になっても大切なものはいつまでも変わらない不器用な二人のありようがとても印象的な物語でした。
8.金環日蝕
知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした女子大生の春風。犯人の落とし物に心当たりがあった彼女が、居合わせた高校生の錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むミステリ。H大で心理学を学ぶ春風と高校生の錬で進める犯人が落としたストラップの持ち主探し。母子家庭で妹を案じる高校生・莉緒とカガヤの出会い。いくつかの視点から綴られてゆくストーリーは、思わぬ形で繋がっていって驚かされましたけど、優しい心の持ち主であっても一歩間違えば、追い詰められれば誰だって心が歪んでしまうこともあるんですよね…でもそこから丁寧に描かれる著者さんらしいとても真摯で優しい結末には救われる思いでした。
9.君のクイズ
22.うるうの朝顔
25.街に躍ねる
生放送クイズ番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央。その対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答されて、優勝を逃すという不可解な事態に直面するミステリ。一体なぜ本庄絆は問題も聞かずに正解することができたのか。真相を解明しようと彼について調べ、決勝戦を1問ずつ振り返ってゆく三島。振り返った過去には三島と本庄絆のこれまでのクイズプレイヤーとしての積み重ねが垣間見えて、その覚悟すら感じる変化には共感すら覚えていたはずなのに、そうするに至った理由を聞いてしまったことで、どうやっても埋められない決定的な溝を感じてしまう何とも皮肉な結末が効いていました。
10.十戒
父と共に伯父が所有していた枝内島を訪れた浪人中の里英。島の視察を終えた翌朝に同行していた不動産会社社員が殺され、犯人から十戒を課されるミステリ。島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。殺人犯を見つけてはならないという戒律を課されて、島内の爆弾に怯えながら指定された3日間を過ごす中で起きる殺人。限定された状況で犯人いかに計画的に犯行を重ねていったのか。振り返ると確かに首を傾げた箇所がいくつかあって、二人を中心に進めてきたストーリー構成や、用意周到に完遂させた犯行が最終的にひとつに繋がってゆくその結末はお見事でした。
11.あなたはここにいなくとも
人生に迷いが生じた時、どうすればいいのか分からなくなった時、誰かの存在が助けになる。もつれた心を解きほぐす温もりに満ちた五つの連作短編集。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ。知られたくない、自分は間違っている、こうするしかないと思いこんでしまうと、そこから抜け出せなくなることがありますけど、抜け出せれば意外とそんなことはなかったと、客観的に冷静に物事を見れるようになるんですよね。そんな迷える主人公たちに手を差し伸べてくれる周囲の人たちの優しさが心に染みる物語でした。
12.十二月の辞書
15年ぶりに元恋人から電話を受けたAI研究者の南雲薫。私生児の彼女に遺された函館の一軒家にあるはずの、父が描いた彼女のポートレイトを見つけてほしいと依頼される恋愛ミステリ。アトリエではなく書庫だった一軒家で、学生の佐伯とともに絵を探し始める南雲。並行して描かれる元恋人リセや恩師・藤崎との出会いと関係、そしてたった一度だけ会ったリセの父・深島との印象的な思い出。「グリフォンズ・ガーデン」や「プラネタリウムの外側」と世界観が地続きの物語で、相変わらず重厚過ぎて読むのには難儀しましたが、でもこれこそが早瀬作品なんですよね。年月を積み重ねて様々なことが変わる中でも、変わらない大切なものがあって、相変わらず不器用で面倒な彼らのありようが愛しくなりました。
13.うたかたモザイク
人生の喜怒哀楽を繊細に掬いあげる恋と愛と性と怪。どんな時も気持ちに寄り添う、甘くてスパイシーで苦くしょっぱい13編の連作短編集。プロポーズに自らが人魚だと告げる女性、敏くて鈍い男が世の中をBL世界にしたり、双子に嫁いだ似た者同士の提案、歳の離れた従兄への恋心、地下アイドルの同級生を密かに推すモデルの女子高生、ホームから落ちて死んで生まれ変わり妻に拾われた猫、亡くなった彼になりすますウィルスとの交流、一目惚れで買った真っ赤なソファが語る持ち主の30代など、積み重ねられてゆくどうにもならない想いが丁寧に綴られていて、もう少しうまく立ち回れればと思ってしまうくらい不器用でしたけど、変わらない一途な想いがとても印象に残りました。
14.忘らるる物語
高殿 円 KADOKAWA 2023年03月10日頃
燦という大国が支配する世界。貧しい土地で育ち、優しい夫を殺され産んだばかりの子を奪われた環璃が運命に抗い、死と隣り合わせの旅を生き抜こうとする物語。「皇后星」に選ばれ、次の燦帝候補である四人の藩王のもとを巡ることになった環璃が、道中で山賊に襲われたところを助けた不思議な力を持った女性チユギ。彼女との出会いから自らの成し遂げるべきことを決意する展開で、旅する中で様々な形で目にする力ある者たちが支配する構造を描きながら、受け入れてしまえば楽になれるけれど、それでもいかに自分らしさを見失わずにいられるのか、抗うことができるのか。問われ続ける中で無力感を突きつけられ、翻弄されながらも最後まで大切なものを貫き通したその姿が鮮烈な印象を残す物語でした。
15.赤い月の香り
カフェでアルバイトをしていた朝倉満は、客として来店した小川朔に自身が暮らす洋館で働かないかと勧誘され、香りにまつわるさまざまな執着を持った依頼人たちと出会う物語。朔は人並外れた嗅覚を持つ調香師で、依頼人の望む香りをオーダーメイドで作る仕事を手伝う中で、出会う様々な人々たちが抱えている秘めた想い。源さんの過去や思わぬ共通点が明らかになったり、前作に出てきた一香と朔の言葉にするのが難しい距離感も相変わらずな感じでしたけど、最終的に女性を苦手とする理由が明らかになった満がどうするのか、香るような結末の余韻がこの物語らしい結末だと感じました。
16.図書館のお夜食
東北の書店に勤めるものの方針を巡って対立し、書店の仕事を辞めようか迷っていた樋口乙葉。SNSのDMに来たオファーをきっかけに東京の郊外にある「夜の図書館」で働き始める物語。開館時間が夕方7時~12時までで、そして亡くなった作家の蔵書が集められた、いわば本の博物館のような図書館。来館者も絡めた様々な事件に遭遇して、働いている人たちにもそれぞれに事情を抱えていて、自身もまた働くことの意味を考え始める乙葉。なぜこんな変わった図書館が作られたのか。建てられた経緯として明らかにされてゆくオーナーの過去がまたじわじわ来るエピソードでしたが、再現された本に出てくる夜食もなかなか素敵でした。
17.この夏の星を見る
コロナ禍による休校や緊急事態宣言。これまで誰も経験したことのない事態に直面する中で、天文に興味を持った中高生たちがスターキャッチコンテストに挑む青春小説。スポーツの大会や夏休みの合宿も中止になる中で、望遠鏡で星を勝ちスピードを競う「スターキャッチコンテスト」開催を目指す高校生の亜紗、進学した中学の新入生で唯一の男子だった真宙、他県からの宿泊で友人からも距離を置かれる旅館の娘・円華。感染関係者への差別、離婚や家庭の事情での転校など、コロナ禍では実際にあっただろうな…と感じさせる様々な出来事にも直面しながら、コンテストに向けて取り組む中で育まれてゆく彼らのかけがえのない絆がとても素敵な物語でした。
18.アリアドネの声
過去に事故で兄を亡くした悔いを抱え、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職した青年ハルオ。そのイベント開催中に巨大地震が発生して、地下に残された「見えない、聞こえない、話せない」女性の救助に動く物語。崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう時間制限もある中で、ドローンを使い目も耳も利かない中川を誘導する前代未聞のミッションに挑むハルオ。ギリギリの綱渡りの状況に、暴露系YouTuberの妨害、さらには不可解な挙動から障害者疑惑まで持ち上がって雑音も多くなる中、何度も窮地に陥りながら最後まで諦めずに活路を見出そうと奮闘する先に待っていた、意外で納得もしたその結末には見事に驚かされました。
19.逆転正義
SNSにも正義警察、正義中毒者が蔓延る現代ニッポン。どんでん返しの名手が仕掛ける常識がひっくり返るエンタメミステリ短編集。先生も反応が鈍い教室のいじめをSNSで炎上させた高校生。制服姿の家出女性を一人にはできず保護した男。麻薬取締官に捕まった麻薬の売人と完全黙秘、トイレで人を殺めた女の家にやってきた男、罪のない息子が殺された真相を探るうちにたどり着いた因縁、刑務所から出てきた男を脅す少年たちの顛末。本当の正義とは何なのか。見当違いだったり大切なことが何も見えていなかったり、それぞれ安直な正義感を嘲笑うかのような、構図がガラリと変わる真相には強烈な皮肉が効いていてとても面白かったです。
20.ちぎれた鎖と光の切れ端
島原湾に浮かぶ孤島、徒島にある海上コテージに集まった7人の男女と1人の漁師。先輩の無念を晴らすため密かに復讐の準備をしていた樋藤清嗣が、仇たちの死に直面してゆくミステリ。事前にグループに入り込んでいたことから、計画を目の前にして殺意が鈍り始めてしまう清嗣。そんな彼をあざ笑うかのように次々と殺される仲間たち。その惨劇は新たな始まりでしかなくて、一人の少女を中心に展開されてゆくもうひとつの事件があって、それぞれが抱えていた複雑な因縁が繋がって、見えてきた事件の全貌を解き明かす過程で決着をつけて、未来に新たな希望を見出してゆくその結末はなかなか面白かったです。
プロトコル・オブ・ヒューマニティ
posted with ヨメレバ
長谷 敏司 早川書房 2022年10月18日頃
不慮の事故で右足を失い、AI制御の義足を身につけることになったダンサーの護堂恒明。そんな彼が人のダンスとロボットのダンスを分ける人間性を表現しようと試みる近未来小説。身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンサーだった恒明の突然の暗転から、絶望の中に義足に希望を見出し、自らの肉体を掘り下げてダンスとは何かという本質を突き詰める恒明。そして認知症が急速に進んでしまい変わり果ててゆく、伝説の舞踏家だった父と向き合う絶望の日々。テクノロジーの進化とその限界も実感するなかなか壮絶な展開でしたけど、ある意味そんな彼ららしい結末がまた印象に残る物語でした。
水庭 れん 講談社 2023年06月14日
少しだけ変わった過去をもう一度体験できて、心のズレが直る不思議な朝顔の種「うるうの朝顔」。霊園事務所で働く青年・日置凪からもらった種が、出会った人々を少しずつ変えてゆく連作短編集。ふとしたきっかけから凪より「うるうの朝顔を託された、息子に手を上げた夫と離婚したばかりで鬱々とした日々を過ごしていた母、ずっと誰にも語らなかった過去の悔恨を抱えてきた男、大切なものを見失いかけていた男が抱える複雑な想い、亡くなった学校の先生の幽霊を見るようになった少女。託した人たちの変化の兆しを目の当たりにして、凪自身もまたずっと目を背けていた苦い過去に向き合うことを決意するその姿には、確かな未来への希望が感じられました。
23.恋とそれとあと全部
下宿仲間でクラスメイトの女子サブレに片想いをしている高校生のめえめえ。未だ友達な二人が一緒に過ごすことになる、ひと夏の特別な四日間の物語。告白もしておらず、夏休みでサブレとはしばらく会えないと思っていためえめえ。それがある不謹慎な目的のために、夏休み中に遠方にあるじいちゃんの家にサブレと一緒に行くことになり、二人で夜行バスに乗って出かける展開で、一緒に過ごす距離感の中で実はお互いにいろいろなことを考えていて、共感できることも違うなと感じることもある、そんな当たり前のことをいちいち真剣に考えるサブレと、それに根気よく付き合うめえめえは、傍から見たら何とも面倒くさいコンビですけど、同時にとてもお似合いの二人だなと思いました。
24.つぎはぐ、さんかく
惣菜と珈琲の店「△」を営み、晴太、中学三年生の蒼と三人兄弟だけで暮らしているヒロ。しかしある日、蒼は中学卒業とともに家を出たいと言い始めるて、関係に変化に戸惑いながらも抗う不器用な家族たちの物語。ヒロが美味しい惣菜を作り、晴太がコーヒーを淹れ、蒼は元気に学校へ出かける。そんな穏やかな日々を続けてきた三人が直面する変化の兆し。それぞれに複雑な事情を抱えている三人だからこそ、今の家族のあり方が変わることにとても敏感で、けれどかけがえのない存在だからこそ、これからどうあるべきか真剣に向き合いたい、そんな相手を大切に思う愚直な気持ちがとても優して温かい素敵な物語でした。
仲良し兄弟の小学生五年生の晶と高校生の達。晶にとって誰よりも尊敬できる兄なのに、他の人から見ると「普通じゃない」らしい達と交わした言葉を大切に生きてゆく家族小説。物知りで絵が上手く、面白いことを沢山教えてくれて、けれどコミュニケーションが苦手で不登校、集中すると走り出してしまう癖がある達。同級生たちや大家さんとの会話を通じて「普通」とは何か、初めて意識する世間に晶が戸惑ったり葛藤して、さらに意外な事実が判明してからの思わぬ展開にはやや唐突な感もありましたけど、それでも晶が兄を大切に思う気持ちは揺るがなくて、とても優しい家族の物語でしたね。
26.勿忘草をさがして
真紀 涼介 東京創元社 2023年03月30日頃
トラブルで部活を辞めて無気力な日々を送る高校生の航大。一年前の記憶を頼りにある家を探している最中に、美しい庭を手入れする不愛想な大学生・拓海と出会う連作ミステリ。話好きな祖母・菊子と同居し、植物への深い造詣と誠実な心で植物にまつわる謎を解き航大を導く拓海。一年前に航大を助けてくれたおばあさん、校舎から次々と消える鉢植え、生育が悪い友人宅の花壇、ツタが絡まる密室にどうやって入ったのか、そして毎年祖父の命日近くに届く差出人不明の押し花の栞。わりと静かなストーリー展開でしたけど、謎の解決は悩める人間模様の転機にもなっていて、穏やかな読後感をもたらすそれぞれの結末は自分好みで良かったです。
27.好きです、死んでください
無人島に滞在する男女の恋模様を放送する恋愛リアリティーショー「クローズド・カップル」。しかし出演中の女優が死体で見つかり、そこから惨劇が繰り広げられる孤島殺人ミステリ。事件現場の部屋は密室。島にいたのは俳優、小説家、グラビアアイドルなど、様々な業種から集められた出演者とスタッフをあわせて八人。一体誰がどうやって殺したのか?虚構と現実が入り交じる状況で、解決に至る決め手を欠いたまま起きてしまう新たな惨劇。幕間のエピソードも重要な鍵を握る展開で、伏線を回収しながら導かれてゆく真相はなかなか重かったですけど、だからこそ被害者から垣間見えた想いが印象に残る物語でした。
28.沈没船で眠りたい
加速度的に発展するAIに人々が仕事を奪われ、人としての尊厳を求め過激化したネオ・ラッダイト運動によりテロが引き起こされる近未来。そんな中、テロの首謀者と関わりを持つとされる女子学生・千鶴が機械を抱いて海に飛び込むシスターフッドSF。組織の幹部として関与していたことは認めながらも、逮捕理由となった器物破損に関してはなぜか否定し続ける千鶴。回想で語られてゆく、頑なで孤立していた彼女を認めてくれた唯一の親友・悠を襲った悲劇。冷ややかな目で悠の彼・有村の活動を眺めていたはずの彼女がなぜ組織に関わるようになったのか。一見矛盾しているようにしか見えない千鶴の行動は、どこまでも親友に対する真摯な想いに繋がっていて、大切な人のために生きたことが明らかにされてゆく鮮烈な結末が、とても印象的な物語になっていました。
トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
posted with ヨメレバ
宮野 優 KADOKAWA 2023年04月28日頃
最愛の娘を辱め殺したのに、少年法に守られのうのうと生きている男に復讐を果たした母。しかし我に返ると復讐を決意した瞬間まで引き戻されていたことに気づく連作SF短編集。犯人を何度殺しても殺しても終わらないループ、先に進まない時計。そのうち感染するかのようにループが広がっていって、記憶がリセットされてしまうステイヤーよりも、記憶を維持するルーパーの数が増えてゆくことで崩壊しつつある秩序。混沌とした繰り返しの日々に自分が直面したらどう向き合うのか。そういう状況になってしまえば、それに絶望する人もいれば、悪用する人もいるんだろうな…と思いながら読んでいましたが、それでもいつか終わるかもしれないと信じて、真摯に生きる人たちの姿がとても印象的な結末でした。
オカルト雑誌の編集者となった後輩が近畿地方のある場所にまつわる怪談を集めるうちに、いくつかの共通点を見出していって、恐ろしい事実が浮かび上がってゆくオカルト小説。焼き直しの記事ではなくオリジナリティのある記事を描くために、某月刊誌に掲載されていた記事、ネットで収集した情報、読者からの手紙などを改めて分析していた後輩が考察してゆく中で気づいてしまった、エピソードに出てくる『山へ誘うモノ』、『赤い女』、『呪いのシール』といったものの存在。淡々と繰り返し綴られてゆく描写はいずれもとある山中付近に点在していて、それに近づくとどうなるのか…狂気を孕んだ文章がなかなか鮮烈な印象を残す一冊でした。