恒例の2023年上半期注目のオススメ新作企画第五弾ということで、今回は新作文芸単行本編です。今回は絞り込むのにかなり難儀しましたが、おすすめの30作品を紹介しています。気になる作品があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
上半期の企画紹介記事はこちら↓
【第20回 R-18文学賞 大賞・読者賞・友近賞受賞作】
2020年、中2の夏休みの始まりに、また変なことを言い出した成瀬あかり。全力で我が道を突き進む彼女を周囲の視点から浮き彫りにしてゆく青春小説。突然閉店を控える地元の西武大津店に毎日通って中継に映ると言い出したり、幼馴染の島崎とM-1に挑戦したり、膳所の祭りの司会も務めたり、自身が信じた方向へ自由に突き進む成瀬。別視点からのエピソードもありましたけど、何より地元への愛に溢れていて、突然突拍子もない行動をするその存在感に周囲も目をそらせなくて、様々なところに影響を与えていく成瀬が痛快で面白かったです。お互いに認め合う島崎との友情もなかなか効いていました。
2.ヨモツイクサ
北海道旭川にあるアイヌの人々が怖れてきた《黄泉の森》。開発会社の作業員たちが突然行方不明となってしまい、道央大病院勤務の外科医・佐原茜が事件の真相を追う戦慄のバイオホラー。7年前に家族が忽然と消える神隠し事件に遭い、今も諦めずに家族を捜していた茜。彼女が猟銃免許を持ち、仲間と巨大ヒグマの痕跡を追う過程で出会った、究極の遺伝子を持ち生命を喰い尽くすヨモツイクサ。周囲でも不可解な事件が起き始めて、危険と知りながらもその真相を追わずにはいられなくて、生命の進化に邁進する怪物たちとの壮絶な戦いの決着はなかなか衝撃的したけど、ふっきれたようなその結末がまた鮮烈な印象を残さずにはいられない物語でした…。
【第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】
七十一歳となった現在、レビー小体型認知症を患い介護を受けながら暮らす祖父。小学校教師である孫娘の楓が身の回りで生じた謎について話して聞かせると、かつて小学校の切れ者の校長だった知性が生き生きと働きを取り戻す連作短編ミステリ。古書に挟まれていた4つの訃報記事の謎、居酒屋で起きた密室殺人事件の以外な真相、プールから消えたマドンナ先生の行方、全員で33人いるクラスメイト、容疑者とされてしまった同僚の岩田先生、碑文谷さんとストーカーを巡る事件など、一見難解とも思える事件を解決へ導く助言をする祖父がいて、岩田やミステリ好きの四季との心揺れる関係も絡めながら描かれる展開はなかなか良かったですね。
人生に迷いが生じた時、どうすればいいのか分からなくなった時、誰かの存在が助けになる。もつれた心を解きほぐす温もりに満ちた五つの連作短編集。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ。知られたくない、自分は間違っている、こうするしかないと思いこんでしまうと、そこから抜け出せなくなることがありますけど、抜け出せれば意外とそんなことはなかったと、客観的に冷静に物事を見れるようになるんですよね。そんな迷える主人公たちに手を差し伸べてくれる周囲の人たちの優しさが心に染みる物語でした。
5.うたかたモザイク
人生の喜怒哀楽を繊細に掬いあげる恋と愛と性と怪。どんな時も気持ちに寄り添う、甘くてスパイシーで苦くしょっぱい13編の連作短編集。プロポーズに自らが人魚だと告げる女性、敏くて鈍い男が世の中をBL世界にしたり、双子に嫁いだ似た者同士の提案、歳の離れた従兄への恋心、地下アイドルの同級生を密かに推すモデルの女子高生、ホームから落ちて死んで生まれ変わり妻に拾われた猫、亡くなった彼になりすますウィルスとの交流、一目惚れで買った真っ赤なソファが語る持ち主の30代など、積み重ねられてゆくどうにもならない想いが丁寧に綴られていて、もう少しうまく立ち回れればと思ってしまうくらい不器用でしたけど、変わらない一途な想いがとても印象に残りました。
下宿仲間でクラスメイトの女子サブレに片想いをしている高校生のめえめえ。未だ友達な二人が一緒に過ごすことになる、ひと夏の特別な四日間の物語。告白もしておらず、夏休みでサブレとはしばらく会えないと思っていためえめえ。それがある不謹慎な目的のために、夏休み中に遠方にあるじいちゃんの家にサブレと一緒に行くことになり、二人で夜行バスに乗って出かける展開で、一緒に過ごす距離感の中で実はお互いにいろいろなことを考えていて、共感できることも違うなと感じることもある、そんな当たり前のことをいちいち真剣に考えるサブレと、それに根気よく付き合うめえめえは、傍から見たら何とも面倒くさいコンビですけど、同時にとてもお似合いの二人だなと思いました。
7.忘らるる物語
高殿 円 KADOKAWA 2023年03月10日頃
燦という大国が支配する世界。貧しい土地で育ち、優しい夫を殺され産んだばかりの子を奪われた環璃が運命に抗い、死と隣り合わせの旅を生き抜こうとする物語。「皇后星」に選ばれ、次の燦帝候補である四人の藩王のもとを巡ることになった環璃が、道中で山賊に襲われたところを助けた不思議な力を持った女性チユギ。彼女との出会いから自らの成し遂げるべきことを決意する展開で、旅する中で様々な形で目にする力ある者たちが支配する構造を描きながら、受け入れてしまえば楽になれるけれど、それでもいかに自分らしさを見失わずにいられるのか、抗うことができるのか。問われ続ける中で無力感を突きつけられ、翻弄されながらも最後まで大切なものを貫き通したその姿が鮮烈な印象を残す物語でした。
【第11回ポプラ社小説新人賞受賞作】
惣菜と珈琲の店「△」を営み、晴太、中学三年生の蒼と三人兄弟だけで暮らしているヒロ。しかしある日、蒼は中学卒業とともに家を出たいと言い始めるて、関係に変化に戸惑いながらも抗う不器用な家族たちの物語。ヒロが美味しい惣菜を作り、晴太がコーヒーを淹れ、蒼は元気に学校へ出かける。そんな穏やかな日々を続けてきた三人が直面する変化の兆し。それぞれに複雑な事情を抱えている三人だからこそ、今の家族のあり方が変わることにとても敏感で、けれどかけがえのない存在だからこそ、これからどうあるべきか真剣に向き合いたい、そんな相手を大切に思う愚直な気持ちがとても優して温かい素敵な物語でした。
9.この夏の星を見る
コロナ禍による休校や緊急事態宣言。これまで誰も経験したことのない事態に直面する中で、天文に興味を持った中高生たちがスターキャッチコンテストに挑む青春小説。スポーツの大会や夏休みの合宿も中止になる中で、望遠鏡で星を勝ちスピードを競う「スターキャッチコンテスト」開催を目指す高校生の亜紗、進学した中学の新入生で唯一の男子だった真宙、他県からの宿泊で友人からも距離を置かれる旅館の娘・円華。感染関係者への差別、離婚や家庭の事情での転校など、コロナ禍では実際にあっただろうな…と感じさせる様々な出来事にも直面しながら、コンテストに向けて取り組む中で育まれてゆく彼らのかけがえのない絆がとても素敵な物語でした。
10.うるうの朝顔
【第17回小説現代長編新人賞受賞作】
水庭 れん 講談社 2023年06月14日
少しだけ変わった過去をもう一度体験できて、心のズレが直る不思議な朝顔の種「うるうの朝顔」。霊園事務所で働く青年・日置凪からもらった種が、出会った人々を少しずつ変えてゆく連作短編集。ふとしたきっかけから凪より「うるうの朝顔を託された、息子に手を上げた夫と離婚したばかりで鬱々とした日々を過ごしていた母、ずっと誰にも語らなかった過去の悔恨を抱えてきた男、大切なものを見失いかけていた男が抱える複雑な想い、亡くなった学校の先生の幽霊を見るようになった少女。託した人たちの変化の兆しを目の当たりにして、凪自身もまたずっと目を背けていた苦い過去に向き合うことを決意するその姿には、確かな未来への希望が感じられました。
11.街に躍ねる
【第11回ポプラ社小説新人賞特別賞受賞作】
仲良し兄弟の小学生五年生の晶と高校生の達。晶にとって誰よりも尊敬できる兄なのに、他の人から見ると「普通じゃない」らしい達と交わした言葉を大切に生きてゆく家族小説。物知りで絵が上手く、面白いことを沢山教えてくれて、けれどコミュニケーションが苦手で不登校、集中すると走り出してしまう癖がある達。同級生たちや大家さんとの会話を通じて「普通」とは何か、初めて意識する世間に晶が戸惑ったり葛藤して、さらに意外な事実が判明してからの思わぬ展開にはやや唐突な感もありましたけど、それでも晶が兄を大切に思う気持ちは揺るがなくて、とても優しい家族の物語でしたね。
12.勿忘草をさがして
【第32回鮎川哲也賞優秀賞受賞作】
真紀 涼介 東京創元社 2023年03月30日頃
トラブルで部活を辞めて無気力な日々を送る高校生の航大。一年前の記憶を頼りにある家を探している最中に、美しい庭を手入れする不愛想な大学生・拓海と出会う連作ミステリ。話好きな祖母・菊子と同居し、植物への深い造詣と誠実な心で植物にまつわる謎を解き航大を導く拓海。一年前に航大を助けてくれたおばあさん、校舎から次々と消える鉢植え、生育が悪い友人宅の花壇、ツタが絡まる密室にどうやって入ったのか、そして毎年祖父の命日近くに届く差出人不明の押し花の栞。わりと静かなストーリー展開でしたけど、謎の解決は悩める人間模様の転機にもなっていて、穏やかな読後感をもたらすそれぞれの結末は自分好みで良かったです。
13.ロールキャベツ
森沢明夫 徳間書店 2023年05月17日頃
夢も趣味もない大学生の夏川誠と、ただ椅子に座るだけの遊び「チェアリング」の仲間たちとの出会いから、人生が大きく変わってゆく青春起業小説。ミュージシャン志望のパン子、農家レストラン経営を夢見る風香との出会いから始まった、シェアハウスに住む投資家志望のミリオン、喫茶店のオーナーを目指すマスターも一緒に「チェアリング」をして過ごす刺激的でかけがえのない日々。それぞれがままならない複雑な事情を抱えていて、窮地に陥った仲間のために奔走する彼らが、時にはすれ違いながらもみんなで一生懸命考えて、それぞれの特性を活かした新たな夢を見出してゆくとても素敵な物語でした。
14.少年籠城
櫛木 理宇 集英社 2023年05月10日頃
地方の温泉街の河原で発見された子どもの惨殺遺体。警察は疑いを強めて逃亡する15歳の少年・間瀬当真が警官の拳銃を強奪し、子分とともに子ども食堂に立てこもるサスペンスミステリ。自らの無実を主張し、人質を殺されたくなければ警察が真犯人を捕まえろという当真。少年少女とともに人質となり、幼馴染の刑事・幾也と連携しながら、当真と粘り強く交渉して解決を目指す子ども食堂の店主・司。捜査の過程で暴かれてゆく温泉環境の絶望的な育成環境や、それを食い物とする大人たちには暗然たる気持ちにさせられましたが、今回の事件を通じての子どもたちの心からの叫びが、変わるきっかけになって欲しいと思わずにはいられませんでした。
15.27000冊ガーデン
県立高校の図書館に勤める学校司書・星川駒子。出入りの書店員・針谷と共に、生徒が巻き込まれる事件を解決する連作学園ミステリ。洞察力に優れた針谷を探偵役に据えて挑む、図書館で蔵書を落とした場所で起きた事件、台無しにされたディスプレイ、せいしょるの意味、部室棟の火事と盗難品と一緒に置かれた本、昔おばあちゃんが読んだ春雨づくしの本探し。今の学校図書室の現状も描きつつ、実在する本に対する想いも絡めて丁寧に描かれたエピソードや、どうすれば生徒のためになるのか、学校司書として何ができるのかを懸命に考える駒子さんの真摯な姿勢がなかなか良かったですね。
16.四日間家族
川瀬 七緒 KADOKAWA 2023年03月01日頃
自殺を決意してネットを介して繋がり、一緒に車で山へ向かった見知らぬ四人。しかし森の奥から泣き声がした赤ん坊を保護したことで、誘拐犯に仕立て上げられてしまうノンストップミステリ。赤ん坊の母を名乗る女性がSNSに投稿した動画から連れ去り犯の汚名を着せられてしまい、炎上騒動に巻き込まれる四人。暴走する正義から逃れる中で、明らかになってゆくそれぞれの事情。褒められない過去を持つ自己中心的だった彼女たちが、罪のない赤ん坊を救うために少しずつ変わっていって、力を合わせて事件の真相に迫っていった濃厚な四日間と、彼女たちの奔走がもたらした結末はなかなか良かったですね。
17.完全なる白銀
岩井 圭也 小学館 2023年02月17日頃
北米最高峰デナリの冬季単独行に挑み、下山途中に消息を絶ってしまった親友リタ。彼女が登頂した証を求めるべく、写真家の藤谷緑里とシーラがデナリに挑む山岳小説。自らの故郷サウニケの危機を知らしめるため、登山家として活動していたリタ。行方不明後、彼女の言動を疑い<詐称の女王>と書き立てたマスコミ。その不名誉を晴らすためにデナリに挑む親友二人。これまでのままならない人生に加えて、ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害といった厳しい状況の連続に、二人の信頼関係も揺らぎかける展開でしたけど、様々な葛藤や危機も乗り越えて彼女が辿り着いた結末がなかなか印象的な物語でしたね。
18.レーエンデ国物語
多崎 礼 講談社 2023年06月14日
聖イジョルニ帝国の英雄ヘクトルの娘として生まれ、家に縛られてきたユリア。彼女が父と一緒に向かった呪われた地・レーエンデへの旅で、寡黙な射手・トリスタンと出会うファンタジー。街道を切り拓くために向かったレーエンデの地に魅了され、初めての友人を得て、仕事に従事して恋をするユリア。そんな彼女が期せずして様々な思惑が絡むレーエンデ全土の争乱に巻き込まれていく展開で、それぞれ秘密を抱えながら、自分のなすべきことを見据えて覚悟を決めるヘクトルやトリスタン、そして彼らの生き様を見て自らがすべきことを見出してゆくユリアの成長があって、激変してゆく状況に翻弄されながら、それでも各々がなすべきことをやり遂げる強さが心に響く重厚で読み応えのある物語でした。
19.ガーンズバック変換
ネット・スマホ依存症対策条例が施行された近未来の香川県から、女子高生の美優が大阪へやってきた大阪観光サイバーパンクの表題作ほか八作品のSF短編集。売れないファンタジー作家がゴーストライターを引き受けた理由、中世の南仏を舞台とした貴族少女と吟遊詩人の出会い、詩をテーマとした三つの掌編、スマホゲーム開発をめぐる知的遊戯、表題作のほか存在していないオーストリアSF作家の架空伝記や、百合SFアンソロジー。実在の歴史をモチーフに虚構を織り交ぜて、いかにもありそうなそれっぽい雰囲気を作り出す作家の上手さを感じました。
20.彼女はひとり闇の中
天祢涼 光文社 2023年02月22日頃
昨夜家の近くの小道であった女性の刺殺事件。それが昨夜「相談したいことがある」とのみLINEを送ってきた幼馴染の朝倉玲奈だったことを知った横浜・日吉に住む女子大生・守矢千弦が真相を探ろうと決意するミステリ。玲奈のことに対して気になる反応をする准教授・葛葉、周囲に聞き込みをする千弦を気にかける同級生・相模、そして明らかになってゆく玲奈が抱えていた事情。どうして玲奈は殺されたのか、なぜ彼女が真相を知ることにそこまでこだわりのか、やや気負いすぎとも思えた千弦の調査が辿り着いた、登場人物たちの印象や見えていた構図をガラリと変えていく真相、そしてタイトルが示す本当の意味が繋がるその結末にはやられたと思いました(苦笑)
私雨邸の殺人に関する各人の視点
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渡辺 優 双葉社 2023年04月19日頃
嵐の私雨邸に取り残された11人の男女。資産家のオーナーは密室で刺殺され、探偵不在のクローズド・サークルが始まるミステリ。館に集った資産家のオーナーと孫3人、会長補佐とT大ミステリ研究会の2人、料理人と地元会社員、雑誌編集者、無色男性の11人。外部とも連絡がつかない状況で一体誰が犯人を当てるのか。おあつらえ向きな状況を満喫したい大学生の二ノ宮、雑誌編集者の牧、被害者の孫の梗介の3人の視点で語られる構図になっていて、それっぽく迷推理を披露する素人探偵たちという皮肉もなかなか効いていましたけど、登場人物たちにも変わり者が多く、こういうそれっぽい事件ほど、意外と動機が感情的なものだったりするんですよね…。
22.黄金比の縁
石田 夏穂 集英社 2023年06月05日
思ぬ形で発生した事件から起きた不当な辞令に憤る人事部採用チームの小野。会社の不利益になる人間の採用を心に誓い、密かな復讐を始める物語。彼女が導き出した、顔の縦と横の黄金比を満たす者を選ぶというある意味選考方法。自身が辿り着いた評価軸をもとに業務に邁進していく中で、その影響なのか社会の必然だったのか明確になってゆく如実な社内の変化、そして黄金比の「縁」が手繰り寄せることになった会社の思わぬ真実。なんだかなあと思う気持ちを抱きつつも、彼女もまた一貫性があったとはいえ知られたら何か言われそうな所業を繰り返していたわけで、これまでの自分を顧みてあっさりと決断を下す小野のありようがなかなか印象に残る結末でしたね。
23.標本作家
【第10回・ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作】
西暦80万2700年、人類滅亡後の地球。支配者である高等知的生命体「玲伎種」と、蘇生させて小説を執筆させる歴史上の名だたる文豪たちの交渉役である〈巡稿者〉メアリ・カヴァンが、ささやかで重大な反逆を試みるSF小説。生まれた場所も時代も違う作家たちの凝縮された人生。玲伎種による〈異才混淆〉の導入により数万年もの間歪んだ共著を強いられ続けて、次第に才能を枯渇させてゆく作家たちの狂気。壮大なスケールで積み重ねられてゆく描写の中で形を変えて繰り返し突きつけられる、作家にとって小説や創作とは何か。その本質を問い続ける展開は圧巻でしたが、果たして自分がそれをどこまで理解できたのかと問われると少しばかり考えてしまう一冊でした(苦笑)
令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
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新川 帆立 集英社 2023年01月26日頃
通称:令和反逆六法。六つのパラレル・レイワで成立した六つの架空法律と、それに振り回される人々の困惑と抵抗を描く連作短編集。動物福祉法とボノボを弁護することになった弁護士、どぶろく通達により家庭の味で自家醸造をさせられる女、南極議定書と南極に住む者たち、「労働者保護法」で変容する労働環境、電子通貨法により現金がなくなりつつある世界、健雀法による賭け麻雀合法化と接待麻雀。それらの法律が成立したことで社会のありようは大きく変わって、けれどそんな急激な変化についていけず困惑してうまく適合できない不器用な人たちもいて、他に選択肢もなく抗うしかない立場に追い込まれてゆく姿と、皮肉にも思えるそれぞれの結末が、これからの未来を暗示しているような気がしました。
25.ゴリラ裁判の日
【第64回メフィスト賞受賞作】
カメルーンで生まれて人間に匹敵する知能を持ち、手話を介して人と会話もできるニシローランドゴリラのローズ。アメリカに渡り動物園で暮らすようになった彼女が、4歳の人間の子どもを助けるためにゴリラの夫を殺されてしまうリーガルミステリ。人と普通に会話をするローズがアメリカに見出した希望。子供を助けるために夫を銃で殺されてしまった理不尽に裁判を起こしたことで突きつけられる、人であることを前提とした法と倫理の現実。実際にあったアメリカで激しい議論を巻き起こした「ハランベ事件」をモチーフにしたストーリーで、まさかプロレスまで出てくるとは思いませんでしたけど、裁判を通じて垣間見える何とも皮肉な構図の変化、そして視点や立場が変わればまたいろいろと見えるものも変わってゆく展開とその結末には、いろいろと考えさせられるものがありました。
26.眠れない夜にみる夢は
眠れない夜にみる夢は
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深沢 仁 東京創元社 2023年06月30日
様々な登場人物たちが織り成す、一言では言い表せないような繊細な状況に陥ってしまった、五つの人間模様を描いた夜の短編集。同棲相手が出ていった男のもとに転がり込む親友の妻娘、同じ日の夜に出会い恋に落ちた三人の奇妙な関係、浮気されて不倫が無理になった親友のために不倫関係を精算する女、男運の悪い双子の姉にバツイチ上司を紹介する弟、後輩の元カレに思わぬ提案をする女。不器用ゆえにままならない日々を送る登場人物たちは、それでもかけがえのない相手を大切に思う気持ちが確かにあって、そんな彼らの優しさに気づいてくれる人がきちんといるそれぞれの結末にはじんわりと来るものがありました。
トゥモロー・ネヴァー・ノウズ
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宮野 優 KADOKAWA 2023年04月28日頃
最愛の娘を辱め殺したのに、少年法に守られのうのうと生きている男に復讐を果たした母。しかし我に返ると復讐を決意した瞬間まで引き戻されていたことに気づく連作SF短編集。犯人を何度殺しても殺しても終わらないループ、先に進まない時計。そのうち感染するかのようにループが広がっていって、記憶がリセットされてしまうステイヤーよりも、記憶を維持するルーパーの数が増えてゆくことで崩壊しつつある秩序。混沌とした繰り返しの日々に自分が直面したらどう向き合うのか。そういう状況になってしまえば、それに絶望する人もいれば、悪用する人もいるんだろうな…と思いながら読んでいましたが、それでもいつか終わるかもしれないと信じて、真摯に生きる人たちの姿がとても印象的な結末でした。
28.愛されてんだと自覚しな
千年前、神からの求婚を袖にして、愛する男と共に輪廻転生の呪いをかけられた女。様々な時代で出会いとすれ違いを繰り返してきた彼女が現代を生きるモダンファンタジー。今の時代では盗み屋・祥子とルームシェアをしながら、カレー屋で働く店員として日々を送る岡田杏として生きる女。祥子が不正に取引される和綴じ本「徒名草文通録」を盗み出す依頼を受けたことから、再び動き始める運命。運命の二人が形を変えながら何度も積み重ねてゆく縁も描かれる中で、神も絡めたなかなかカオスな展開になっていきましたけど、何とも現代らしいオチの中にも確かな愛があって、とても素敵な物語でした。
29.まるで名探偵のような: 雑居ビルの事件ノート (ミステリ・フロンティア)
まるで名探偵のような
posted with ヨメレバ
久青 玩具堂 東京創元社 2023年06月30日
雨宿りに入った雑居ビルの喫茶店で同じ高校生の名探偵・三津橋芹の存在を知った小南通。トリッキーな難問に挑む高校生コンビの推理と、店子たちのほろ苦い人生模様を描く連作短編集。日常に退屈していた小南が芹と出会ってから遭遇する、探偵の名刺を使って会社員の身辺を調べ回る偽探偵の目的、日記だけを手がかりに捜す失踪した大学生、古書に記された江戸時代の秘剣密室殺人、夫の浮気疑惑と肉が食べられない理由、亡くなった映画監督のヒロインのモデル探しといった謎の解明。探偵や占い師、古本屋といった個性的なキャラも絡めながら、小南と一緒に挑む謎解きも楽しかったですけど、様々な関わりが増えてゆく中で、母が亡くなってから失われていた感情を少しずつ取り戻してゆく芹の変化がなかなか印象的でした。
30.不実在探偵の推理
井上 悠宇 講談社 2023年06月28日
幼い頃から不思議なものが見えていた大学生の菊理現と、思い出のダイスに触れた途端、見えるようになった長い黒髪に白いワンピースの美しい女性。彼だけが認識する言葉を持たない不実在探偵が提示した正解から、真相を推理する水平思考ミステリ。何とも奇妙な事件を解決するため、親戚の刑事・百切と部下烏丸により持ち込まれる、藍の花を握りしめて女性が死んだ理由、宗教施設で血を流す大きな眼球のオブジェの原因解明と、そこから繋がる事件で判明した思わぬ真相。「はい」か「いいえ」だけを答える異色の探偵が提示する解答をもとに、個性的なキャラたちが真実にアプローチする展開はなかなか斬新で、全てが繋がってひとつの真実にたどり着くその結末には唸らされました。