4月の読了冊数は読書メーターによると最終的に119冊でした。
読んだ本119冊
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こちらでは4月に読んだライト文芸6点、文庫9点、文芸単行本10点の新作計25点を紹介しています。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
世界でいちばん透きとおった物語 (新潮文庫nex)
癌の闘病を経て死去した大御所ミステリ作家の宮内彰吾。その隠し子だった藤阪燈真が、父の長男である異母兄から遺作の原稿探しを依頼される青春ミステリ。唯一の家族である母を亡くし、書店に週三回バイトに通う生活を送っていた燈真が、奇妙な成り行きから探し始める一度も会ったことがない父の遺稿探し。妨害もある中、母の友人で文芸編集者・霧子の力も借りながら、業界関係者や父の愛人たちに話を聞く中で明らかにされてゆく父の複雑な人物像。父は果たして最後に何を書こうとしていたのか。様々な角度から考えていたことを知ろうと試みて、燈真だからこそたどり着くことができたその真相と、そしてその先に彼が見出した新たな道がなかなか印象的な物語でした。
クローズドサスペンスヘブン (新潮文庫nex)
クローズドサスペンスヘブン
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五条 紀夫 新潮社 2023年03月29日
間違いなく殺されたはずなのに、気がついたら目の前にはリゾートビーチと西洋館。現世で惨殺された6人が記憶をなくした状態で天国屋敷に返り咲き、成仏するために事件の真相を探るミステリ。全員もう死んでいるけれど、真相を知らないがゆえに成仏できない6人は一体何者なのか?そしてどんな理由で誰に殺されてしまったのか。便宜上、ヒゲオ、メイド、コック、ヤクザ、オジョウ、ポーチと名付けられた6人が、時には疑心暗鬼に陥りながらその謎解きに試行錯誤を続ける展開で、テンポよく進むストーリーの中でヒゲオが展開してゆく推理には先入観をぶち壊されましたけど、その結末は思いの外爽やかでなかなか面白かったです。
聖女と悪魔の終身契約 (富士見L文庫)
聖女と悪魔の終身契約
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水守 糸子/夏目 レモン KADOKAWA 2023年04月14日頃
密かに強力な魔物クロエと契約を結び、当代随一の退魔師《オランディアの聖女》と呼ばれるエマ。消えた妹を捜し求めて、クロエを従え退魔を続ける少女と魔物の主従契約を描くファンタジー。幼い頃魔物に襲われて母を殺され、クロエを召喚し生き延びたエマ。彼女を姫さまと呼んで育てながら、世話を焼いてきたクロエとの主従関係。二人で解決する人々を襲う黒い魔獣、死を呼ぶ葬送のワルツ、母の腹に宿ったまま生まれない赤子。明らかになる探し続けた妹の真実、二人の因縁があって、歪だけれど分かち難い、かけがえのない二人だけの絆を育んできたエマとクロエの関係が鮮烈な印象として残る物語でしたね。
後宮の忘却妃 ―輪廻の華は官女となりて返り咲く― (富士見L文庫)
後宮の忘却妃 -輪廻の華は官女となりて返り咲くー
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あかこ/憂 KADOKAWA 2023年04月14日頃
帝に愛されることもないまま、突如謀反を起こした第三皇子・紫釉の命により、託された幼公主・珠玉と共に死んだ汪国の妃・玲秋。そんな彼女が二年も時の戻った状態で目を覚ますやり直し中華風ファンタジー。二年前に舞い戻ったことに気づき、今の後宮で一体どうすれば公主の死を回避できるのか考え始める玲秋、そして運命の再会を果たす因縁の相手・紫釉。過去の出会いから実は彼女を気にかけていた紫釉と、どうにか未来を変えようと決意する展開で、運命の分岐に影響しそうな複雑な人間関係や絡みつくような因縁もあってギリギリの選択を迫られる中、着実に手を打ってきた紫釉と、ターニングポイントで奔走した玲秋がいたからこそ手繰り寄せてみせたその結末はなかなか良かったですね。
金襴国の璃璃 奪われた姫王 (集英社オレンジ文庫)
金襴国の璃璃 奪われた姫王
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後白河 安寿/真崎 はるか 集英社 2023年04月19日頃
金水木火土いずれかの属性を持ち、胸元に印を宿して生まれる大陸。金属性を引き継いだ金襴国王族ながら印を持たずに生まれた璃璃が、婚約者・翠璋の謀略で家族と国を失い過酷な運命に立ち向かうファンタジー。蝶よ花よと育てられ愛される日常を過ごす日常から一転、流行り病で亡くなったとされる兄・王太子の死の真相に気づいてしまい、兄殺しの罪を着せられ従者の蒼仁と出奔する落ちこぼれ姫。向かった蒼仁の出身地・青金地区や協力を得るために訪れた石榴国で、民たちの苦境に真摯に向き合い、経験を積み重ねて認められ、大切なものを取り戻すために立ち上がった彼女の成長と騒乱の決着、その後の微笑ましい結末はなかなか良かったですね。
猫を処方いたします。 (PHP文芸文庫)
猫を処方いたします。
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石田 祥 PHP研究所 2023年03月10日頃
京都市中京区にある「中京こころのびょういん」。心の不調を抱えて病院を訪れた患者に、妙にノリの軽い医者が薬ではなく、本物の猫を処方するハートフルミステリ。パワハラ上司に悩む社員に、居場所がない中年男性、子育てや付き合いに疲れたママや、苦悩する完璧主義者に、ニケ先生と看護師の千歳さんが処方する本物の猫。最後の方で医者が猫を処方している切ない理由も明らかになりましたけど、戸惑いながらも猫を服薬する患者たちが猫と暮らすことで少しずつ変わってゆくエピソードや、振り回しながら人にただ寄り添ってくれる猫との触れ合いによってもたらされる癒やしがなかなか良かったですね。
クスノキの番人 (実業之日本社文庫)
不当な理由で職場を解雇されて、腹いせに罪を犯して逮捕された玲斗。送検・起訴を待つ状況を救ってくれた伯母・千舟から不思議なクスノキの番人を任された玲斗と、祈念に訪れる人々が織りなす物語。母の異母姉・千舟と出会ったことによる転機。詳細を知らされぬまま番人として過ごす日々と様々な出会いの中で、徐々に明らかになってゆく不思議なクスノキの秘密もなかなか興味深かったですが、依頼人や千舟とのやり取りの中で人として少しずつ成長していった玲斗が、向き合って導き出したひとつの想いはなかなか印象的でぐっと来るものがありました。
法廷遊戯 (講談社文庫)
五十嵐 律人 講談社 2023年04月14日
法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに不穏な出来事が続き、意外な形で事件に巻き込まれてゆくリーガル・サスペンス。ある日を境に、二人の「過去」を知る何者かによる嫌がらせが相次ぐ状況で、清義が相談を持ち掛けたのは異端の天才ロースクール生・結城馨。思いもしなかった形で起訴された美鈴と、それを弁護することになった清義という構図になる中、人生を諦めたくなかった久我清義と織本美鈴の苦い過去、明らかになってゆく意外な事件の真相があって、突きつけられる司法界の問題と、それぞれの良心が問われる中で導かれてゆく結末の持つ意味がなかなか深い物語でした。
SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲 (双葉文庫)
SHELTER/CAGE 囚人と看守の輪舞曲
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織守 きょうや 双葉社 2023年03月15日
民営刑務所で働くことになった河合凪が興味を惹かれた、長期受刑者だが悠々自適に生活しているように見える殺人犯の阿久津。看守と囚人が織りなす人間模様を描いたミステリ。新任女性刑務官が垣間見る様々な受刑囚たちの意外な姿。クールな刑務官・北田が抱える鬱屈、刑務所にいる女医の過去、やむをえず引き受けた弁護士・高塚といった周囲の人々の心理描写もまた印象的で、受刑者も悔恨を抱えていたり、後悔はしていなかったり、変わりそうにもなかったり、その心境は様々なんですよね。あの高塚弁護士がさりげなく登場している驚きもありましたが、舞台のわりには意外と落ち着いたストーリー展開で、いろいろと興味深い物語でした。
全部ゆるせたらいいのに (新潮文庫)
全部ゆるせたらいいのに
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一木 けい 新潮社 2023年03月29日
生まれたばかりの娘・恵と一日中向き合い、仕事の苦しみから酒に逃げる夫に苦悩する千映。明日何が起きるか予測がつかない日常とその過去を描く物語。安心が欲しいだけなのに、あきらめて生きる癖がついてしまった千映。言葉が通じない小さな子供と一日中向き合うだけでも大変なのに、酒に溺れたびたび何かやらかすようになった夫に振り回される日々も突き刺さりましたが、それ以上にアルコール依存症だった父と家族の歪んだ関係があって、それでも希望を見出したくなる気持ちが切なくて、上手くいくようになるといいなと思わずにはいられない結末がとても印象的でした。
本のない、絵本屋クッタラ: おいしいスープ、置いてます。 (ポプラ文庫)
本のない、絵本屋クッタラ
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標野 凪 ポプラ社 2023年02月02日
札幌にある『本のない、絵本屋クッタラ』。店主・広田奏と共同経営の八木が切り盛りするカフェで、季節のスープと奏のセレクトする絵本が訪れた人々の心を癒やしてゆく連作短編集。最初は絵本屋と思っていたのに、スープセットとコーヒーのみのカフェと知って戸惑う訪問客たち。彼らが抱える育児での迷いや、仕事に忙殺されていたり、今の立ち位置に迷っているといった苦悩に耳を傾けた奏、そして彼がセレクトした絵本を受け取るためにもう一度店を訪れることになる展開で、外な繋がりも明らかになりましたけど、時に温かく、意外な一面を持った本に込められた優しさがとても心に響く物語でした。
初恋写真 (角川文庫)
藤野 恵美 KADOKAWA 2023年03月22日頃
男子校出身で女子に免疫がない大学2年生の星野。所属している写真部の新入生勧誘で、カメラを首から下げた新入生の花宮まいと出会い、一瞬で心を掴まれる青春小説。写真部に入部して、新歓撮影会などを経て少しずつ星野と仲良くなっていく花宮。一方である理由で高校に行けなくなった彼女の過去があって、付き合うことになったものの、実は男性が苦手な花宮のトラウマを刺激してしまう星野。こういうのはなかなか難しいなと感じながら読んでいましたけど、不器用な二人がお互い相手を尊重しながら、少しずつ距離を詰めてゆく初々しい距離感が良かったですね。花宮が星野を好きになった理由もなかなか効いていました。
エンドロール (講談社文庫)
潮谷 験 講談社 2023年04月14日
202X年。新型コロナウイルスのせいで不利益を被った若者たちの間で急増する自殺。哲学者・陰橋冬の著作を模倣する自殺が続く状況を、駆け出しの作家・雨宮葉が阻止するために動くミステリ。陰橋の死を模倣して死ぬ前に自伝を国会図書館に納本する自殺者たち。早世した姉と陰橋に交流があったことから、彼女の遺作に悪影響を及ぼさないよう事態の解決に動き出す葉。コロナ禍による不利益に絶望して自殺しようとする者たちとの対決、自殺者が目指していた真の目的を見つけ出そうとする中、時には苦悩しながらも辿り着いた真相があって、そして謎を解き明かしてみせた葉にもたらされる思ってもみなかった結末には救われる思いでした。
#拡散希望 その炎上、濡れ衣です (宝島社文庫)
#拡散希望 その炎上、濡れ衣です
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冨長 御堂 宝島社 2023年03月07日
ウェディングプランナーとして充実した日々を送っていた藍原ひかる。ある日同僚が担当するトラブルだらけの披露宴に手を貸したら、なぜか当事者として炎上に巻き込まれてしまう物語。SNSで知名度がある新婦の投稿により、瞬く間に式当日の杜撰な対応が拡散され、なぜか責任者として実名で名前を挙げられ炎上してしまう藍原。火種を投下し続ける新婦友人、責任をなすりつける担当者や会社の不誠実な対応もあって、炎上の恐ろしさをまざまざと見せつけられましたけど、こういう時に状況を客観視するのはなかなか難しいですね…。沈静化しても本人は根杵入りとなりかねない状況でしたけど、敏腕弁護士のお蔭で本人にもやもやが残るだけの結末に終わらなかったのが救いでした。
〝悪徳〟弁護士・鵠沼千秋 (ハルキ文庫)
大手法律事務所を一年で辞め、母に貰った屋敷に事務所を構えるお坊ちゃん弁護士・鵠沼千秋。しかし仕事もなく働かないなら支援を打ち切ると脅された鵠沼が、悪党の弁護を目指すお仕事コメディ。権力者を守ることを嫌い退所したものの評判が災いして仕事もなく、事務員にまで逃げられた鵠沼が一念発起掲げる「悪い人を助けます」というスポーツ紙への広告。結果として痴漢犯、公職選挙法違反などとんでもない依頼が次々と持ち込まれる中、どうにも悪徳になりきれないことを突きつけられる鵠沼が、堅物助手・鳥飼美智子とコンビと組んでさらに迷走しながら、二人で解決してゆくドタバタな展開はなかなか面白かったです。
高殿 円 KADOKAWA 2023年03月10日頃
燦という大国が支配する世界。貧しい土地で育ち、優しい夫を殺され産んだばかりの子を奪われた環璃が運命に抗い、死と隣り合わせの旅を生き抜こうとする物語。「皇后星」に選ばれ、次の燦帝候補である四人の藩王のもとを巡ることになった環璃が、道中で山賊に襲われたところを助けた不思議な力を持った女性チユギ。彼女との出会いから自らの成し遂げるべきことを決意する展開で、旅する中で様々な形で目にする力ある者たちが支配する構造を描きながら、受け入れてしまえば楽になれるけれど、それでもいかに自分らしさを見失わずにいられるのか、抗うことができるのか。問われ続ける中で無力感を突きつけられ、翻弄されながらも最後まで大切なものを貫き通したその姿が印象的な物語でした。
岩井 圭也 小学館 2023年02月17日頃
北米最高峰デナリの冬季単独行に挑み、下山途中に消息を絶ってしまった親友リタ。彼女が登頂した証を求めるべく、写真家の藤谷緑里とシーラがデナリに挑む山岳小説。自らの故郷サウニケの危機を知らしめるため、登山家として活動していたリタ。行方不明後、彼女の言動を疑い<詐称の女王>と書き立てたマスコミ。その不名誉を晴らすためにデナリに挑む親友二人。これまでのままならない人生に加えて、ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害といった厳しい状況の連続に、二人の信頼関係も揺らぎかける展開でしたけど、様々な葛藤や危機も乗り越えて彼女が辿り着いた結末がなかなか印象的な物語でしたね。
【第32回鮎川哲也賞優秀賞受賞作】
真紀 涼介 東京創元社 2023年03月30日頃
トラブルで部活を辞めて無気力な日々を送る高校生の航大。一年前の記憶を頼りにある家を探している最中に、美しい庭を手入れする不愛想な大学生・拓海と出会う連作ミステリ。話好きな祖母・菊子と同居し、植物への深い造詣と誠実な心で植物にまつわる謎を解き航大を導く拓海。一年前に航大を助けてくれたおばあさん、校舎から次々と消える鉢植え、生育が悪い友人宅の花壇、ツタが絡まる密室にどうやって入ったのか、そして毎年祖父の命日近くに届く差出人不明の押し花の栞。わりと静かなストーリー展開でしたけど、謎の解決は悩める人間模様の転機にもなっていて、穏やかな読後感をもたらすそれぞれの結末は自分好みで良かったです。
川瀬 七緒 KADOKAWA 2023年03月01日頃
自殺を決意してネットを介して繋がり、一緒に車で山へ向かった見知らぬ四人。しかし森の奥から泣き声がした赤ん坊を保護したことで、誘拐犯に仕立て上げられてしまうノンストップミステリ。赤ん坊の母を名乗る女性がSNSに投稿した動画から連れ去り犯の汚名を着せられてしまい、炎上騒動に巻き込まれる四人。暴走する正義から逃れる中で、明らかになってゆくそれぞれの事情。褒められない過去を持つ自己中心的だった彼女たちが、罪のない赤ん坊を救うために少しずつ変わっていって、力を合わせて事件の真相に迫っていった濃厚な四日間と、彼女たちの奔走がもたらした結末はなかなか良かったですね。
天祢涼 光文社 2023年02月22日頃
昨夜家の近くの小道であった女性の刺殺事件。それが昨夜「相談したいことがある」とのみLINEを送ってきた幼馴染の朝倉玲奈だったことを知った横浜・日吉に住む女子大生・守矢千弦が真相を探ろうと決意するミステリ。玲奈のことに対して気になる反応をする准教授・葛葉、周囲に聞き込みをする千弦を気にかける同級生・相模、そして明らかになってゆく玲奈が抱えていた事情。どうして玲奈は殺されたのか、なぜ彼女が真相を知ることにそこまでこだわりのか、やや気負いすぎとも思えた千弦の調査が辿り着いた、登場人物たちの印象や見えていた構図をガラリと変えていく真相、そしてタイトルが示す本当の意味が繋がるその結末にはやられたと思いました(苦笑)
冬野 岬 ポプラ社 2023年03月15日頃
尿路結石を患い病院で16歳の誕生日を迎えた高校生・木島道歩。高校に居場所を見いだせずいじめられる木島と、不治の病とたたかう少女・綿野と出会う青春小説。弱音を吐く木島にこの世界の薄汚い不幸せなことを教えてほしいと願う綿野。別の友達を連れてきてほしいと願う彼女の母、死に瀕した彼女にその様子を動画に撮りたいと言い出す幼馴染、会うのはもう無理と正直に言う屈折したイケメン。誰もが苦悩を抱えていて、身勝手な言動に思えても自分のことを考えるのに精一杯で、正直過ぎる彼らの言動は美しいとか献身的には程遠かったものの、その出会いがもたらした確かな変化が印象に残る物語でした。
藤本 ひとみ 講談社 2023年02月22日頃
数学界に自分の頭脳を捧げたいと願う高校生・上杉和典が、互い才能を認め合う野球部エース片山の早逝を知り、彼が命を削っても成し遂げたかった真の目的を探し始める青春小説。自らの死期を知っていたはずの片山が、元ヤンキーの大木文武を野球部に引き入れていたことを偶然知り、その背景を探り始める上杉。その過程で際立つ家庭環境の格差も描きながら、飽きっぽい文武に野球を続けさせるべく、仲間の力も借りて手を打ってゆく上杉の手腕や、その後の展開はやや出来すぎな感もありましたけど、試行錯誤の先に彼が見出した真相には一筋縄ではいかないものを感じさせて、そんな中で彼が固めてゆく決意がなかなか印象的な物語でした。
高森美由紀 中央公論新社 2023年01月19日頃
趣味もなく学校でも進路に迷っていた綾。彼女がひし形屋でより子先生に南部菱刺しを教わったことでその世界が一変してゆく、青森の南部菱刺しをテーマに手芸×再生の四篇を描いた連作短編集。綾の世界を変えたより子と南部菱刺しとの出会い、結婚式を控えた結菜とより子の結婚式の思い出、認知症の母の接し方に悩む香織が思いついたアイディア、より子が見守り続けてきた引きこもりの孫・亮平の想い。それぞれの視点で綴られてゆく短編集で、より子さんの工房で無心で取り組む菱刺しが心の拠り所となっていていて、切ない真相も明らかになりましたけど、昔と今も繋いでゆくとても優しくて温かい物語でしたね。
ナカスイ!海なし県の水産高校
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村崎なぎこ 祥伝社 2023年03月09日頃
脱普通をもくろむ鈴木さくらが入学した内陸県日本唯一の水産高校ナカスイ。しかしくせ者揃いで大打撃を受けた彼女が一念発起「ご当地おいしい!甲子園」を目指す青春小説。下宿も始めて夢ふくらませていた新しい環境での高校生活。しかしマニアックすぎる授業や同級生、学校は少子化で存続の危機と、入学早々大ピンチを迎えた彼女が、魚ファーストの小百合やアニオタ地元ギャルかさねとご当地食材を使った料理で勝負する「ご当地おいしい!甲子園」優勝を目指す展開で、それぞれ複雑な思いを抱える彼女たちが時にはぶつかり合いながら苦悩を乗り越えて、仲間と一緒に戦う熱い展開はなかなか良かったですね。
時は文政5(1822)年。行商月に1回、城下の店から在へ行商に出て、20余りの村の寺や手習所、名主の家を回る本屋の松月平助。そんな彼が行く先々で印象的な物語を紡いでゆく連作短編集。小曾根村の名主・惣兵衛と後添えにもらった孫ほどの年齢の妻に対する想い、杉瀬村の名主・藤助が語る八百比丘尼伝説のような女、医者になろうとした若者が師となる医師の口伝集を盗んだ話。江戸時代の当時はこうだったのだろうなと思わせる本にまつわる様々な描写が随所にあって、本屋として自らがどうあるべきか、良くも悪くも平助の矜持がしっかりと感じられて良かったですね。