今回は他よりも少し間が空いてしまいましたが、上四半期おすすめ企画第三弾ということで該当期間中に刊行された文芸単行本の中から30作品セレクトしています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
※「ありがとう西武大津店」で第20 回「女による女のためのR-18 文学賞」大賞、読者賞、友近賞をトリプル受賞。
2020年、中2の夏休みの始まりに、また変なことを言い出した成瀬あかり。全力で我が道を突き進む彼女を周囲の視点から浮き彫りにしてゆく青春小説。突然閉店を控える地元の西武大津店に毎日通って中継に映ると言い出したり、幼馴染の島崎とM-1に挑戦したり、膳所の祭りの司会も務めたり、自身が信じた方向へ自由に突き進む成瀬。別視点からのエピソードもありましたけど、何より地元への愛に溢れていて、突然突拍子もない行動をするその存在感に周囲も目をそらせなくて、様々なところに影響を与えていく成瀬が痛快で面白かったです。お互いに認め合う島崎との友情もなかなか効いていました。
2.うたかたモザイク
人生の喜怒哀楽を繊細に掬いあげる恋と愛と性と怪。どんな時も気持ちに寄り添う、甘くてスパイシーで苦くしょっぱい13編の連作短編集。プロポーズに自らが人魚だと告げる女性、敏くて鈍い男が世の中をBL世界にしたり、双子に嫁いだ似た者同士の提案、歳の離れた従兄への恋心、地下アイドルの同級生を密かに推すモデルの女子高生、ホームから落ちて死んで生まれ変わり妻に拾われた猫、亡くなった彼になりすますウィルスとの交流、一目惚れで買った真っ赤なソファが語る持ち主の30代など、積み重ねられてゆくどうにもならない想いが丁寧に綴られていて、もう少しうまく立ち回れればと思ってしまうくらい不器用でしたけど、変わらない一途な想いがとても印象に残りました。
令和その他のレイワにおける健全な反逆に関する架空六法
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新川 帆立 集英社 2023年01月26日頃
通称:令和反逆六法。六つのパラレル・レイワで成立した六つの架空法律と、それに振り回される人々の困惑と抵抗を描く連作短編集。動物福祉法とボノボを弁護することになった弁護士、どぶろく通達により家庭の味で自家醸造をさせられる女、南極議定書と南極に住む者たち、「労働者保護法」で変容する労働環境、電子通貨法により現金がなくなりつつある世界、健雀法による賭け麻雀合法化と接待麻雀。それらの法律が成立したことで社会のありようは大きく変わって、けれどそんな急激な変化についていけず困惑してうまく適合できない不器用な人たちもいて、他に選択肢もなく抗うしかない立場に追い込まれてゆく姿と、皮肉にも思えるそれぞれの結末が、これからの未来を暗示しているような気がしました。
【第21回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】
七十一歳となった現在、レビー小体型認知症を患い介護を受けながら暮らす祖父。小学校教師である孫娘の楓が身の回りで生じた謎について話して聞かせると、かつて小学校の切れ者の校長だった知性が生き生きと働きを取り戻す連作短編ミステリ。古書に挟まれていた4つの訃報記事の謎、居酒屋で起きた密室殺人事件の以外な真相、プールから消えたマドンナ先生の行方、全員で33人いるクラスメイト、容疑者とされてしまった同僚の岩田先生、碑文谷さんとストーカーを巡る事件など、一見難解とも思える事件を解決へ導く助言をする祖父がいて、岩田やミステリ好きの四季との心揺れる関係も絡めながら描かれる展開はなかなか良かったですね。
人生に迷いが生じた時、どうすればいいのか分からなくなった時、誰かの存在が助けになる。もつれた心を解きほぐす温もりに満ちた五つの連作短編集。恋人に紹介できない家族、会社でのいじめによる対人恐怖、人間関係をリセットしたくなる衝動、わきまえていたはずだった不倫、ずっと側にいると思っていた幼馴染との別れ。知られたくない、自分は間違っている、こうするしかないと思いこんでしまうと、そこから抜け出せなくなることがありますけど、抜け出せれば意外とそんなことはなかったと、客観的に冷静に物事を見れるようになるんですよね。そんな迷える主人公たちに手を差し伸べてくれる周囲の人たちの優しさが心に染みる物語でした。
6.忘らるる物語
高殿 円 KADOKAWA 2023年03月10日頃
燦という大国が支配する世界。貧しい土地で育ち、優しい夫を殺され産んだばかりの子を奪われた環璃が運命に抗い、死と隣り合わせの旅を生き抜こうとする物語。「皇后星」に選ばれ、次の燦帝候補である四人の藩王のもとを巡ることになった環璃が、道中で山賊に襲われたところを助けた不思議な力を持った女性チユギ。彼女との出会いから自らの成し遂げるべきことを決意する展開で、旅する中で様々な形で目にする力ある者たちが支配する構造を描きながら、受け入れてしまえば楽になれるけれど、それでもいかに自分らしさを見失わずにいられるのか、抗うことができるのか。問われ続ける中で無力感を突きつけられ、翻弄されながらも最後まで大切なものを貫き通したその姿が印象的な物語でした。
7.回樹
斜線堂 有紀 早川書房 2023年03月23日頃
真実の愛を証明できる「回樹」を巡るありふれた愛の顛末。表題作ほか環境が激変する中で、誰でも少しは思い当たる感情への思いを描いた著者初のSF短編集。骨の表面に文字を刻む技術「骨刻」がもたらした特別な想い。傑作が生まれなくなった映画を巡る魂と消されてゆく名作たち。人間の死体が腐らない世界で、妻の死体の行方を探る男。奴隷制度下のニューヨークの白人と黒人と宇宙人の融和。冒頭の短編に登場した回樹に愛を託した人々が催す年に一度の回祭。文庫に収録されていて既読の短編もありましたが、極端に変化した環境で人はどのように考え行動するのか。多く人が仕方ないと受け止める中、それに抗い不器用な愛に生きる人たちの姿がとても印象的でした。
【第11回ポプラ社小説新人賞受賞作】
惣菜と珈琲の店「△」を営み、晴太、中学三年生の蒼と三人兄弟だけで暮らしているヒロ。しかしある日、蒼は中学卒業とともに家を出たいと言い始めるて、関係に変化に戸惑いながらも抗う不器用な家族たちの物語。ヒロが美味しい惣菜を作り、晴太がコーヒーを淹れ、蒼は元気に学校へ出かける。そんな穏やかな日々を続けてきた三人が直面する変化の兆し。それぞれに複雑な事情を抱えている三人だからこそ、今の家族のあり方が変わることにとても敏感で、けれどかけがえのない存在だからこそ、これからどうあるべきか真剣に向き合いたい、そんな相手を大切に思う愚直な気持ちがとても優して温かい素敵な物語でした。
9.街に躍ねる
【第11回ポプラ社小説新人賞特別賞受賞作】
仲良し兄弟の小学生五年生の晶と高校生の達。晶にとって誰よりも尊敬できる兄なのに、他の人から見ると「普通じゃない」らしい達と交わした言葉を大切に生きてゆく家族小説。物知りで絵が上手く、面白いことを沢山教えてくれて、けれどコミュニケーションが苦手で不登校、集中すると走り出してしまう癖がある達。同級生たちや大家さんとの会話を通じて「普通」とは何か、初めて意識する世間に晶が戸惑ったり葛藤して、さらに意外な事実が判明してからの思わぬ展開にはやや唐突な感もありましたけど、それでも晶が兄を大切に思う気持ちは揺るがなくて、とても優しい家族の物語でしたね。
10.勿忘草をさがして
【第32回鮎川哲也賞優秀賞受賞作】
真紀 涼介 東京創元社 2023年03月30日頃
トラブルで部活を辞めて無気力な日々を送る高校生の航大。一年前の記憶を頼りにある家を探している最中に、美しい庭を手入れする不愛想な大学生・拓海と出会う連作ミステリ。話好きな祖母・菊子と同居し、植物への深い造詣と誠実な心で植物にまつわる謎を解き航大を導く拓海。一年前に航大を助けてくれたおばあさん、校舎から次々と消える鉢植え、生育が悪い友人宅の花壇、ツタが絡まる密室にどうやって入ったのか、そして毎年祖父の命日近くに届く差出人不明の押し花の栞。わりと静かなストーリー展開でしたけど、謎の解決は悩める人間模様の転機にもなっていて、穏やかな読後感をもたらすそれぞれの結末は自分好みで良かったです。
11.完全なる白銀
岩井 圭也 小学館 2023年02月17日頃
北米最高峰デナリの冬季単独行に挑み、下山途中に消息を絶ってしまった親友リタ。彼女が登頂した証を求めるべく、写真家の藤谷緑里とシーラがデナリに挑む山岳小説。自らの故郷サウニケの危機を知らしめるため、登山家として活動していたリタ。行方不明後、彼女の言動を疑い<詐称の女王>と書き立てたマスコミ。その不名誉を晴らすためにデナリに挑む親友二人。これまでのままならない人生に加えて、ブリザード、霧、荷物の遺失、高度障害といった厳しい状況の連続に、二人の信頼関係も揺らぎかける展開でしたけど、様々な葛藤や危機も乗り越えて彼女が辿り着いた結末がなかなか印象的な物語でしたね。
12.花に埋もれる
この想いを知ってしまったら、そのままではいられない。何とも複雑な思いが思ってもみなかった結末を呼び寄せる、緻密で繊細な六篇の連作短編集。彼氏よりソファの肌触りに執着する女。妊娠で豹変し別れた妻と、父に会う娘の悲壮な覚悟。すれ違う恋人への複雑な想い。身体から出た石を交わし合う恋人たち。父を意識するあまり役に投影して自ら白木蓮の花に姿を変えた夫。身に花を咲かせる世界で転がり込んできた猫のような彼女と彼との結末。自分の中に確かにあったはずの愛は、けれど必ずしも上手くいく結末に繋がっているとは限らなくて、少しずつすれ違ってどうにもならなくなった自らの思いに、何とか向き合おうとするそれぞれの姿がとても印象的な短編集でした。
13.標本作家
【第10回・ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作】
西暦80万2700年、人類滅亡後の地球。支配者である高等知的生命体「玲伎種」と、蘇生させて小説を執筆させる歴史上の名だたる文豪たちの交渉役である〈巡稿者〉メアリ・カヴァンが、ささやかで重大な反逆を試みるSF小説。生まれた場所も時代も違う作家たちの凝縮された人生。玲伎種による〈異才混淆〉の導入により数万年もの間歪んだ共著を強いられ続けて、次第に才能を枯渇させてゆく作家たちの狂気。壮大なスケールで積み重ねられてゆく描写の中で形を変えて繰り返し突きつけられる、作家にとって小説や創作とは何か。その本質を問い続ける展開は圧巻でしたが、果たして自分がそれをどこまで理解できたのかと問われると少しばかり考えてしまう一冊でした…。
14.ゴリラ裁判の日
【第64回メフィスト賞受賞作】
カメルーンで生まれて人間に匹敵する知能を持ち、手話を介して人と会話もできるニシローランドゴリラのローズ。アメリカに渡り動物園で暮らすようになった彼女が、4歳の人間の子どもを助けるためにゴリラの夫を殺されてしまうリーガルミステリ。人と普通に会話をするローズがアメリカに見出した希望。子供を助けるために夫を銃で殺されてしまった理不尽に裁判を起こしたことで突きつけられる、人であることを前提とした法と倫理の現実。実際にあったアメリカで激しい議論を巻き起こした「ハランベ事件」をモチーフにしたストーリーで、まさかプロレスまで出てくるとは思いませんでしたけど、裁判を通じて垣間見える何とも皮肉な構図の変化、そして視点や立場が変わればまたいろいろと見えるものも変わってゆく展開とその結末には、いろいろと考えさせられるものがありました。
15.恋とそれとあと全部
下宿仲間でクラスメイトの女子サブレに片想いをしている高校生のめえめえ。未だ友達な二人が一緒に過ごすことになる、ひと夏の特別な四日間の物語。告白もしておらず、夏休みでサブレとはしばらく会えないと思っていためえめえ。それがある不謹慎な目的のために、夏休み中に遠方にあるじいちゃんの家にサブレと一緒に行くことになり、二人で夜行バスに乗って出かける展開で、一緒に過ごす距離感の中で実はお互いにいろいろなことを考えていて、共感できることも違うなと感じることもある、そんな当たり前のことをいちいち真剣に考えるサブレと、それに根気よく付き合うめえめえは、傍から見たら何とも面倒くさいコンビですけど、同時にとてもお似合いの二人だなと思いました。
16.白ゆき紅ばら
愛と理想を掲げた夫婦が営む、行き場のない母子を守る「のばらのいえ」。未来のない現実から高校卒業と同時に逃げ出した祐希が、後悔を終わらせるため戻る決意をする物語。両親を亡くして引き取られた環境で、希望の見えない状況から逃げ出した祐希がずっと心残りだった、幼少から一心同体だった紘果の存在。久しぶりに帰ってきたことで分かる変わったこと、変わらないことがあって、当時は仕方のない側面もあった過去の状況を踏まえてこれからどう生きるべきか、それらも踏まえてしっかりと向き合い、新たな一歩を踏み出すことを決めた彼女たちのこれからを応援したくなりました。
17.四日間家族
川瀬 七緒 KADOKAWA 2023年03月01日頃
自殺を決意してネットを介して繋がり、一緒に車で山へ向かった見知らぬ四人。しかし森の奥から泣き声がした赤ん坊を保護したことで、誘拐犯に仕立て上げられてしまうノンストップミステリ。赤ん坊の母を名乗る女性がSNSに投稿した動画から連れ去り犯の汚名を着せられてしまい、炎上騒動に巻き込まれる四人。暴走する正義から逃れる中で、明らかになってゆくそれぞれの事情。褒められない過去を持つ自己中心的だった彼女たちが、罪のない赤ん坊を救うために少しずつ変わっていって、力を合わせて事件の真相に迫っていった濃厚な四日間と、彼女たちの奔走がもたらした結末はなかなか良かったですね。
18.彼女はひとり闇の中
天祢涼 光文社 2023年02月22日頃
昨夜家の近くの小道であった女性の刺殺事件。それが昨夜「相談したいことがある」とのみLINEを送ってきた幼馴染の朝倉玲奈だったことを知った横浜・日吉に住む女子大生・守矢千弦が真相を探ろうと決意するミステリ。玲奈のことに対して気になる反応をする准教授・葛葉、周囲に聞き込みをする千弦を気にかける同級生・相模、そして明らかになってゆく玲奈が抱えていた事情。どうして玲奈は殺されたのか、なぜ彼女が真相を知ることにそこまでこだわりのか、やや気負いすぎとも思えた千弦の調査が辿り着いた、登場人物たちの印象や見えていた構図をガラリと変えていく真相、そしてタイトルが示す本当の意味が繋がるその結末にはやられたと思いました(苦笑)
コロナ禍がもたらした幾つもの「こんなはずじゃなかった」。市役所に開設された「2020こころの相談室」に持ち込まれる切実な悩みと想いに、二人のカウンセラーコンビが向き合ってゆく連作短編ミステリ。カウンセラーの晴川と正木のもとに持ち込まれる、コロナによって将来の夢を見失った女子高生、婚約破棄された男性、幸せな未来を失った一児の母、人としての尊厳を奪われたホームレス、そして生きる気力を失った学生。いかにもありそうなエピソードの裏に隠されている背景や真実を卓越した観察力や洞察力で見抜いて解決に導いてゆく晴川には驚かされましたが、それによってもたらされた悪くないと思えるそれぞれの結末が印象に残る物語でした。
20.東大に名探偵はいない
東大に名探偵はいない
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市川 憂人/伊与原 新 KADOKAWA 2023年01月27日頃
東大卒&東大生作家・市川憂人、伊与原新、新川帆立、辻堂ゆめ、結城真一郎、浅野皓生の各氏による東大ミステリアンソロジー。憧れの従姉の痕跡を探すために加入した文芸サークル、地震研に突然届いた1枚のはがき、ミステリ作家・帆立が親友と挑む農学部で起きた盗難事件、熱烈な恋を一瞬にして冷めさせた「片面」の意味、美しく完璧な妻が提示した新居の条件、卒業生の医師を取材した学生メディアに届いた告発状。新川帆立さんの話が強烈なインパクトで全て持っていってしまった感もありましたけど、東大生ならではの苦悩や東大あるあるなども描かれていてなかなか興味深く読むことが出来ました。
21.数学の女王
伏尾 美紀 講談社 2023年01月25日頃
新札幌に新設されたばかりの北日本科学大学で起きた爆破事件。道警本部の警務部に異動となった博士号を持つ異色のノンキャリ警察官・沢村依理子が事件に挑む警察ミステリ。思惑が透けて見える人事に複雑な思いを抱きながらも、突然班長を任されて公安との駆け引きの中で進めていく捜査。一体誰がどんな理由でこんな事件を引き起こしたのか。調べてゆく中で思わぬところから繋がってゆく因縁があって、明らかになってゆくその背景を思うと、当時とはまた違う意味で、今もまた厳しい状況ではあることを考えずにはいられませんが、才能があっても人間関係の構築が上手くないと、どうしても不遇な境遇に陥りがちなのは今も昔も変わらないですね…。
22.残照
中国史上ただ一人、陸路で地中海に達した武将・郭侃。「海に沈む夕日を見たい」モンゴル軍を率いた漢人武将が、たった一つの夢を叶えるために地の涯を目指す歴史小説。祖父の代からモンゴルに仕え攻城戦と砲兵に長けた漢人が、37歳の時にイスラム世界の征服とさらなる領土拡大のためフラグの大西征を開始したモンゴル軍に部隊長として加わり、新兵器・回回砲をひっさげ七百以上の城を陥落させる展開で、多様な人種が入り交じるモンゴル軍の中で功績を上げ続けて、そこからさらに中国に戻ってフビライに仕えて波乱の生涯を生き抜いてみせたその一代記はまさに圧巻でした。
23.毒をもって僕らは
【第11回ポプラ社小説新人賞受賞作】
冬野 岬 ポプラ社 2023年03月15日頃
尿路結石を患い病院で16歳の誕生日を迎えた高校生・木島道歩。高校に居場所を見いだせずいじめられる木島と、不治の病とたたかう少女・綿野と出会う青春小説。弱音を吐く木島にこの世界の薄汚い不幸せなことを教えてほしいと願う綿野。別の友達を連れてきてほしいと願う彼女の母、死に瀕した彼女にその様子を動画に撮りたいと言い出す幼馴染、会うのはもう無理と正直に言う屈折したイケメン。誰もが苦悩を抱えていて、身勝手な言動に思えても自分のことを考えるのに精一杯で、正直過ぎる彼らの言動は美しいとか献身的には程遠かったものの、その出会いがもたらした確かな変化が印象に残る物語でした。
24.いつか君が運命の人 THE CHAINSTORIES
いつか君が運命の人 THE CHAINSTORIES
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宇山 佳佑 集英社 2023年03月24日頃
その指輪をつければ「運命の赤い糸」が見える。切ない願いが込められた奇跡の指輪が紡いでゆく、6つの恋模様を描いた連作短編集。夢を諦めかけていた少年を励ます少女を襲った悲劇。そこから運命の赤い糸が見える指輪を絡めながら語られる、上手く想いが伝わらない高校生カップル、女子高生の先生に向けられた思いや12年越しの愛、不器用な母と娘のすれ違い。上手くいかない人たちが抱える複雑な想いが変化してゆくそれぞれのエピソードも良かったですけど、何より巡り巡って見守ってきた大切な人の元へと繋がるその結末が印象に残る物語でした。
25.君が残した贈りもの
藤本 ひとみ 講談社 2023年02月22日頃
数学界に自分の頭脳を捧げたいと願う高校生・上杉和典が、互い才能を認め合う野球部エース片山の早逝を知り、彼が命を削っても成し遂げたかった真の目的を探し始める青春小説。自らの死期を知っていたはずの片山が、元ヤンキーの大木文武を野球部に引き入れていたことを偶然知り、その背景を探り始める上杉。その過程で際立つ家庭環境の格差も描きながら、飽きっぽい文武に野球を続けさせるべく、仲間の力も借りて手を打ってゆく上杉の手腕や、その後の展開はやや出来すぎな感もありましたけど、試行錯誤の先に彼が見出した真相には一筋縄ではいかないものを感じさせて、そんな中で彼が固めてゆく決意がなかなか印象的な物語でした。
26.海は地下室に眠る
清水 裕貴 KADOKAWA 2023年01月30日頃
稲毛海岸近くの古い洋館・伝兵衛邸の地下で発見された正体不明の絵画。失敗から仕事を干されていた美術館の学芸員ひかりが、絵について調べ始める物語。過去にこの地域で流行っていた赤いドレスの女の怪談を思い出させる、ドレスを翻して踊る女を描いた絵。一方、映像作家から預かった花街として栄えた蓮池にまつわるインタビューを集めた資料。彼女の祖母もまた関わっていて、現在と過去が並行しながら描かれる中、明らかにされてゆく当時の秘密。時代は移り変わっても、残された当時の様々な思いが鮮やかに再現されてゆく印象的な物語でした。
私たちはどこで間違えてしまったんだろう
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美輪 和音 双葉社 2023年02月22日頃
皆が仲良く、のどかな田舎町で起こった毒「おしるこ」事件。毎年行われる秋祭りで誰かがおしるこの鍋に農薬を入れて多数の死者が出てしまい、それをきっかけに全てが変わってゆくノンストップミステリ。当時の状況から犯人は町民に絞られ、誰もが疑心暗鬼となって新事実が明らかになるたびに、取り憑かれたように疑わしい人を追い詰める日々。高校生の仁美や幼馴染の修一郎と涼音も無関係ではいられなくて、その容疑者は果たして真犯人だったのか…言えない自己保身や仄暗い複雑な感情も絡めながら、だからこそ考えたくない可能性に気づいてしまった時、全てを失ってしまうかもしれない恐怖に葛藤して、追い詰められてゆくその焦燥が生々しかったです。
28.ガウディの遺言
1991年バルセロナ。サグラダ・ファミリアの尖塔に吊り下げられた死体。前代未聞の殺人事件に聖堂石工の父が絡んでいると考えた娘の志穂が手がかりを求めて調べ始める建築ミステリ。父の友人の遺体がサグラダ・ファミリアの尖塔に吊り下げられているのを発見してしまい、父の失踪がこの殺人事件に絡んでいると考えた志穂が、サグラダ・ファミリア建設に関わる人々に話を聞く過程で明らかになってゆく、サグラダ・ファミリア建設の背景とガウディが遺したある物を巡る陰謀。囲の人間関係にも巻き込まれる中で、家族を巡る過去の真相も明らかになりましたけど、建設を巡るエピソードが壮大過ぎて事件解決そのものよりもそちらに意識が向いていました(苦笑)
29.君に光射す
三年前に小学校教師を辞めた石村。今は夜勤の警備員として働く彼が、勤務先で置引未遂を犯した10歳の少女との出会いが、立ち止まっていた彼を動かし始める物語。昼の世界から逃げ込むようにして選んだ仕事をして、他人と深く関わらずに生きようと決めていた石村が出会う、自分の子供時代を思い出すような少女。そこから思い出してゆく自分の子供時代の過酷な環境、そして自分を犠牲にしてまで誰かを助けた教師時代の出来事にはいろいろ考えさせられましたけど、そんな不器用な彼が感謝されて、そのありようを認めて寄り添ってくれる人がいる未来に希望を見いだせる結末で良かったです。
30.本売る日々
時は文政5(1822)年。行商月に1回、城下の店から在へ行商に出て、20余りの村の寺や手習所、名主の家を回る本屋の松月平助。そんな彼が行く先々で印象的な物語を紡いでゆく連作短編集。小曾根村の名主・惣兵衛と後添えにもらった孫ほどの年齢の妻に対する想い、杉瀬村の名主・藤助が語る八百比丘尼伝説のような女、医者になろうとした若者が師となる医師の口伝集を盗んだ話。江戸時代の当時はこうだったのだろうなと思わせる本にまつわる様々な描写が随所にあって、本屋として自らがどうあるべきか、良くも悪くも平助の矜持がしっかりと感じられて良かったですね。
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