9月の読了冊数は読書メーターによると最終的に128冊でした。
読んだ本128冊
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こちらでは9月に読んだ文庫の新作12点、ライト文芸新の新作7点、文芸単行本の新作13点の計32点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
盤上に君はもういない (角川文庫)
将棋のプロ棋士を目指す者たちにとって最後の難関、奨励会三段リーグ。観戦記者の佐竹亜弓がそこで全てを賭けて戦う二人の女性と出会う将棋小説。史上初となる女性棋士の座を賭けた注目の対局。棋士を目指して奨励会に挑む永世飛王を祖父に持つ天才少女・諏訪飛鳥と、両親から応援されずに勘当されてしまい、病弱ながら年齢制限間際という状況で挑戦する千桜夕妃。岐路でたびたび激突する彼女たちの負けられない壮絶な激闘が熱かったですが、これまで彼女たちそれぞれの将棋を形作ってきた濃密な背景や、受け継がれてゆく熱い想いも描かれていて、そんな二人に関わる天才少年・竹森や、彼女たちを見守り続けた記者たちの存在もなかなか効いていました。
杜ノ国の神隠し (講談社文庫)
父母を亡くし、不思議な光に誘われて豊かな森にのびる真っ白な道を通りぬけた二十歳の大学生・真織。どこか神社のような暗がりの中で、生き神としてまつられる神王・玉響に出会う古代和風ファンタンジー。真っ赤な炎と袴姿の少年との運命の出会い。そこに忍び込んでいた千鹿斗に救われ、現代とはまた違った世界にたどり着いてしまったこと、杜ノ国における神事を司る水ノ宮と千紗杜を始めとする郷の関係を知ってゆく真織。彼女を追ってやってきた神王・玉響と不思議な繋がりで結ばれた真織が、この国の状況を変えるため、十年に一度行われる御種祭に向かう玉響の宿命を乗り越えるために一緒に立ち向かってゆく展開は、この物語ならではの世界観を感じられてなかなか良かったですね。
草原のサーカス (新潮文庫)
大手製薬会社の統計解析部に所属する姉と、時代のブームを牽引する人気アクセサリー作家の妹。仕事で名声を得るものの、いつしか道を踏み外していく姉妹の物語。頑張り屋で産学連携を繋ぐ存在として期待されていたのに、会社の要請に応えるまま、主力商品の治験データ捏造に加担してしまう姉・依千佳。広い世界を見せてくれた存在を信じて執着するあまり、騒動を引き起こしてしまう妹・仁胡瑠。これまで期待に応えようと頑張って成果を残してきた姉妹の暗転は、一歩間違えば誰にでも起こりうる話で、上手く行かなくなった時どうすれば良かったのかはとても難しいですね…。そんな大変な経験に直面した二人のささやかなリスタートを応援したくなる物語でした。
バンコクからの帰国子女で、通学中の痴漢や思いやりに欠ける日本の生活に馴染むことができないでいた高校1年生の漣。そんな彼女が高校の渡り廊下で見つけた先輩に、一瞬で心囚われてしまう青春小説。目をそらせないと気づいてしまった、自分を助けてくれた先輩。どうしようもなく惹かれてゆく中で、彼との恋が漣の家族を傷つけてしまうものであることに気づく漣。何とも皮肉な巡り合わせで、かけがえのない自分の居場所も家族への配慮も大切で、多くの人の話を聞きながらどうにかならないのかと必死に抗おうとする漣の想いがとても切なくて、頭では分かっていてもどうにもならないことあるよな…と思わずしんみりしてしまいました。
いつも二人で (小学館文庫)
年末の漫才日本一を決めるKOMで敗れ、今年ダメなら実家の生業を継ぐと公言していた相方とのコンビも解散となり絶望する加瀬凛太。何とかして漫才を続けたい凛太の前に、先輩KOM王者からある情報が寄せられるお笑い小説。来年のKOM決勝に残れなければ芸人を辞めることを条件に、死神の異名を取る謎の放送作家ラリーに教えを請うことになった凛太。同様にミッションを課せられて師事することになったキングガン、放送作家を目指している梓。それぞれの視点で描かれるもうだめかもしれない、でも諦めたくないという葛藤、様々な思いを抱えながらぶつかり合うとても熱い展開で、積み重ねてきたそれらのエピソードが見事な形で繋がって、結実してゆくその結末は面白かったです。
サーカスから来た執達吏 (講談社文庫)
大正14年。晴海商事からの使いとして借金の取り立てにやって来たサーカス出身の少女ユリ子。借金を返済のできない樺谷家は三女の鞠子を担保に差し出し、二人で莫大な借金返済のため財宝探しをする大正ミステリ。密室から忽然と消失した名家・絹川子爵家に伝わる財宝の謎。調べていくうちに明らかになってゆく、14年前にある名家で起きた未解決事件の真相。怖いもの知らずのユリ子と振り回される鞠子のコンビを軸に、関東大震災を絡めながら描かれる「絞首商會」と同じ世界観のストーリーになっていて、少女らしい一面も垣間見せつつ、巧みに伏線を回収しながら大人たちを相手に堂々と推理して、しっかりと落とし所も見出してみせたユリ子の存在感が光っていました。
君に読ませたいミステリがあるんだ (実業之日本社文庫)
4月。新入生の主人公が文芸部を探していたのに「第二文芸部」の部室に迷いこんでしまい、部長で自称学園一の美少女・水崎アンナに引きずり込まれるユーモアミステリ。文芸部を偏見に満ちた思い込みでこき下ろして主人公を引き止め、自分で書いたミステリを強引に読ませるアンナ。そのツッコミどころが満載な彼女の作中作に、感想を求められてわりと容赦なくダメ出ししてゆく主人公。しかしテンポの良いやり取りを積み重ねてゆくことで伏線の存在が垣間見えてきて、それでもなかなか気づいてもらえない、その作品に込められた彼女の真意が最後の最後で明らかになってゆく結末は微笑ましかったですね。
猫だけがその恋を知っている(かもしれない) (集英社文庫)
海と山に囲まれたこの町で、今日も猫たちは人間の恋を見守っている。苦しくて切なくて、でも時々うんと幸せで、諦められない。そんな大人たちの、痛くて優しい恋愛連作短編集。バイト先のコンビニでいつも出会う憧れの年上女性に失恋した大学生の渉。幸せな未来が見えない不毛な恋と決別した美海、久しぶりに帰省して元カレに再会する春樹、似たような境遇に共感していた推しの炎上、大切な恋人の不在にもがき続けている会社員の千咲。どこかで繋がる同じ世界観で繋がっていて、時折顔を出す猫たちのやりとりが微笑ましかったですけど、そんな彼らに見守られながら、傷ついた心が少しずつ癒やされてゆくとても優しい連作短編集でした。
もしかして ひょっとして (光文社文庫)
トラブルやたくらみに巻き込まれて、お人好しが右往左往。助けを求められたなら放っておくことはできない。誤解も悪意も呑み込んでに6つの奇妙な謎を解き明かす短編ミステリ。電車で聞いたおばあちゃんの話から気づいたこと、体育館でバスケ部が険悪になっていた真相、長年勤めてくれていた家政婦さんが突如辞めた理由、猫を預けられた同級生を巡る騒動、娘に絵本を読んでいて思い出す罠にはめられた昔の同僚の話、そして伯母からの依頼で遭遇した殺人事件。ふとしたきっかけから気づくそれぞれの真相がなかなか効いていて、個人的な好みでは体育館フォーメーションが一番良かったです。
ひまわり公民館よろず相談所 (角川文庫)
夫の転勤で向日葵町に引っ越してきて、慣れない育児に四苦八苦していた八山友里が、公民館のヒーローたちと出会う癒やしとぬくもりの物語。泣き止まない息子・蒼相手の育児疲れを抱えて、迷い込んだ町の公民館で友里が出会った凄腕の元保育士「寝かしつけのお園」。それをきっかけにサイキック後藤、犬校長の竹田、ちくわ笛の三好といった、クセのある特技を持つ老人たちが開くよろず相談所に関わってゆく展開で、かつての特技を活かして困った人たちを助けてゆく老人たちがなかなかいい味を出していましたが、彼女自身もまた居場所を得てやりがいを見出してゆく優しくて温かい結末はなかなか良かったです。
明日も会社にいかなくちゃ (双葉文庫)
吉丸事務機を舞台に、仕事や職場の人間関係、家庭に悩みを抱える登場人物たち。会社勤めの何だか切ない気持ちに寄り添う「働く」を描いた連作短編集。総務課の人間関係に向き合い奔走する優紀、職場でも家庭でも居場所がない中年課長・内野、仕事では優秀だが家庭は崩壊した岸、周囲の仕事のやり方に納得いかない沙也、小さい頃から輪になじめず仕事も休職したかおり、引きこもりだった栄太と向き合う幸雄。頑張っているのになぜか上手くいかない、そんな彼らの姿にはどこか共感するものがあって、相手を理解しようと努力した彼らにも、最終的には光明がもたらされるそれぞれの結末はなかなか良かったですね。
毒入りコーヒー事件 (宝島社文庫)
十二年前、自室で毒入りコーヒーを飲んで自殺したとされている箕輪家長男の要。その十三回忌、家族が集まった嵐の夜に、今度は父親の征一が死んでしまった謎に迫るミステリ。十二年前に長男が残した遺書と書かれた便箋(中身は白紙)。今度は死んだ父の傍らに残されていた、毒が入ったと思しきコーヒーと白紙の遺書。道路が冠水してしまい、医者や警察も来られないクローズドサークルと化した状況で一体何が起きたのか。家族に対するそれぞれの想いが描かれる中、後半の張り巡らされた伏線を回収して状況を二転三転させながら、真相に迫る緻密な推理がなかなか良かったです。
今宵、嘘つきたちは光の幕をあげる (ポプラ文庫ピュアフル)
未曾有の大地震が首都・東京を襲い、復興名目で湾岸エリアにオープンしたカジノ特区。街を象徴し、盛り上げるために置かれた少女サーカスで輝く少女たちを描く青春ミステリ。練習中に落下して負傷した花形の空中ブランコ乗り・片岡涙海と、代わりに舞台に立つことになった双子の妹・愛涙の葛藤。猛獣使いの少女が日頃から世話をして可愛がってきた動物たちの死。そして少女サーカスの花形・歌姫でいることの矜持。それぞれが困難に直面して、これまで積み重ねてきたこと、大切にしてきたことに対する複雑な思いが描かれる中、それでもしっかりと向き合う少女たちの姿がとても印象的な物語でした。
今宵、嘘つきたちは影の幕をあげる (ポプラ文庫ピュアフル)
首都東京を襲った大地震から一年後に誕生した経済特区・湾岸カジノを象徴する少女サーカス。父の自殺で天涯孤独になった少女マリナが、自殺の真相を探るうちに少女サーカスの団員募集を知る青春ミステリ前日譚。自身は空中ブランコ乗りを目指す中で、彩湖や杏音というかけがえのない仲間や、特区で多大な権力を持ちながらサーカスに反対する『生徳会』代表・鷲塚と出会と出会うマリナ。反対派のデモ、裏で動く莫大な金、喝采と観客からの熱烈なファンレターといった少女サーカスを巡る熱狂に翻弄されながら、それでも今の自分にとって本当にかけがえのないもののために、最後の最後で踏みとどまったことで、これからも紡がれてゆく未来への希望を感じさせてくれる素敵な物語でした。
珠華杏林医治伝 乙女の大志は未来を癒す (集英社オレンジ文庫)
医師の父親亡きあと女性は医師免許が取れないため、診療することができなくなった珠里。そんな彼女のもとに皇帝の使者が現れ、皇太后の体調不良の原因を見つけるよう命じられる中華風ファンタジー。ヤブ医者の妻にと請われ進退窮まっていた珠里に訪れた転機。皇帝を育てるのに専念するため実の娘・長公主を手放した皇太后の病のに対処を命じられる展開で、公主と皇太后、そして育ての親を敬愛する皇帝の複雑な想いが絡まる構図に、状況に応じた的確な処方とその真っ直ぐな性格で真摯に向き合って、絡まっていた糸を解きほぐしてみせただけでなく、皇帝・碧翔の期待に見事応えてこの国に新たな可能性を切り拓いた珠里の頑張りが光っていました。
央介先生、陳情です! かけだし議員秘書、真琴のお仕事録 (集英社オレンジ文庫)
央介先生、陳情です! かけだし議員秘書、真琴のお仕事録
posted with ヨメレバ
せひら あやみ/カズアキ 集英社 2023年09月19日頃
短期間での離職もあったりで、なかなか転職できない陽野真琴。ひょんなことから三体の土地神たちに背中を押され、区議会議員・幸居央介の秘書として働きはじめるお仕事小説。ポスターの凛々しい感じとは全然違う、無精髭にボサボサ髪の央介とともに、事務所に持ち込まれる動物の糞尿やゴミ屋敷問題、秋夜祭りや子育てといった問題に取り組んでいく中で、見えてくる意外な真相。三人の土地神たちは二人の活動の手が回らない部分をフォローしてくれるお助けキャラ的存在で、父が議員だった央介が抱える複雑な思いや、住民たちそれぞれの事情も絡めながら、地域に身近な存在として泥臭く活動する央介の思いを知っていって、真琴自身もまた変わってゆく結末はなかなか良かったですね。
魔女推理:嘘つき魔女が6度死ぬ (新潮文庫nex)
高校生になって逃げたはずの久城の街に戻ってきた薊拓海。そこで美しくも謎に満ちた存在で「魔女」と称される少女・檻杖くのりと再会する青春ミステリ。記憶を失ってしまう少女、一人で泳いでいて川で溺れた子ども、教会で起きた不審死といった常に彼女の周囲で起きる事件。精神の飢餓を満たすために他人の死から記憶を得る深い業を抱えた彼女に対して、離れても誰も幸せになれないことに気づき、彼女に寄り添って最後まで見届ける覚悟を決めたことで二人が果たしてこれからどんな結末を迎えるのか。おそらく同じような運命を辿ったと思われるくのりの両親のことを考えると、その父親が向ける言動の意味をいろいろ考えてしまいますね…。
悪姫の後宮華演 (富士見L文庫)
誰もが恐れる胡家の『悪姫』を演じる胡令花。彼女の本質を見抜いた皇太子・伯蓮から密命を受けて、寵妃と皇太子の弟を演じる二重生を始める中華風ファンタジー。本来は悪女とは真逆の愛らしい顔と純粋な性格の令花に、妃と見つかった弟の二役をこなせと命じてくる伯蓮。自身の秘密を守るために、東宮でやむなく二重生活を始めたものの、次々と起きる問題に巻き込まれてゆく令花。請われて入った『悪姫』としては伯蓮の寵妃だと勘違いされる一方で、弟の時は伯蓮に溺愛されすぎて振り回される令花でしたけど、危機には『悪姫』らしさの見せ場もしっかりあって、二人二役の彼女にこれからどんな展開が待っているのか、今後が楽しみなシリーズですね。
君との終わりは見えなくていい (スターツ出版文庫)
恋人と別れるまでの日数が頭の上に現れ、恋の終わりが見えてしまう高校生の橘田柾人。どんな恋にも終わりはあるし、くだらない、愛なんか無意味だ。そう思っていた彼が同級生の七里梓帆に恋をする青春小説。 恋心を自覚したことで自分なりに行動を起こして、距離を詰めていく柾人が気づく短期間で終わった梓帆と誰かとの恋。そこから自分の見えている数字の意味や可能性を探りながら、慎重に二人の仲を深めてゆく中で、再び恋の終わりを示す数字が梓帆の頭上に表れたことに気づいてしまう柾人。数字の信憑性を知るがゆえに喪失を恐れる柾人でしたけど、自らの想いに向き合って運命に抗い、何とか未来を変えようと奔走する熱い想いが引き寄せたその結末はなかなか良かったです。
カフェでアルバイトをしていた朝倉満は、客として来店した小川朔に自身が暮らす洋館で働かないかと勧誘され、香りにまつわるさまざまな執着を持った依頼人たちと出会う物語。朔は人並外れた嗅覚を持つ調香師で、依頼人の望む香りをオーダーメイドで作る仕事を手伝う中で、出会う様々な人々たちが抱えている秘めた想い。源さんの過去や思わぬ共通点が明らかになったり、前作に出てきた一香と朔の言葉にするのが難しい距離感も相変わらずな感じでしたけど、最終的に女性を苦手とする理由が明らかになった満がどうするのか、香るような結末の余韻がこの物語らしい結末だと感じました。
夫の森崎に「恋愛がしたい」と切り出され、2年近い話し合いを経て、7年半の結婚生活に終止符を打った桐原まりえ。若い頃のように無邪気に恋愛に飛び込んでいけない大人の女の幸せをめぐる物語。理由には今も納得がいかないものの、離婚届を提出する朝、寂しさよりも手放して一人になる清々しさをこそ感じたまりえ。ひょんなことで懐いてきた由井君、何となく始めてみた婚活で見聞きした思いもよらない世界。そして掴みどころのない元夫。離婚した自分が再び誰かと一緒に歩むことはあるのか、条件や理屈だけではどうにもならない何かを感じましたけど、心地よく過ごせる関係でも、考え方や経験してきたことによる違いは当然あるわけで、それでも続けられるかどうかはお互いに価値観をすり合わせできるかどうかなんですよね…。
SNSにも正義警察、正義中毒者が蔓延る現代ニッポン。どんでん返しの名手が仕掛ける常識がひっくり返るエンタメミステリ短編集。先生も反応が鈍い教室のいじめをSNSで炎上させた高校生。制服姿の家出女性を一人にはできず保護した男。麻薬取締官に捕まった麻薬の売人と完全黙秘、トイレで人を殺めた女の家にやってきた男、罪のない息子が殺された真相を探るうちにたどり着いた因縁、刑務所から出てきた男を脅す少年たちの顛末。本当の正義とは何なのか。見当違いだったり大切なことが何も見えていなかったり、それぞれ安直な正義感を嘲笑うかのような、構図がガラリと変わる真相には強烈な皮肉が効いていてとても面白かったです。
東北の書店に勤めるものの方針を巡って対立し、書店の仕事を辞めようか迷っていた樋口乙葉。SNSのDMに来たオファーをきっかけに東京の郊外にある「夜の図書館」で働き始める物語。開館時間が夕方7時~12時までで、そして亡くなった作家の蔵書が集められた、いわば本の博物館のような図書館。来館者も絡めた様々な事件に遭遇して、働いている人たちにもそれぞれに事情を抱えていて、自身もまた働くことの意味を考え始める乙葉。なぜこんな変わった図書館が作られたのか。建てられた経緯として明らかにされてゆくオーナーの過去がまたじわじわ来るエピソードでしたが、再現された本に出てくる夜食もなかなか素敵でした。
無人島に滞在する男女の恋模様を放送する恋愛リアリティーショー「クローズド・カップル」。しかし出演中の女優が死体で見つかり、そこから惨劇が繰り広げられる孤島殺人ミステリ。事件現場の部屋は密室。島にいたのは俳優、小説家、グラビアアイドルなど、様々な業種から集められた出演者とスタッフをあわせて八人。一体誰がどうやって殺したのか?虚構と現実が入り交じる状況で、解決に至る決め手を欠いたまま起きてしまう新たな惨劇。幕間のエピソードも重要な鍵を握る展開で、伏線を回収しながら導かれてゆく真相はなかなか重かったですけど、だからこそ被害者から垣間見えた想いが印象に残る物語でした。
亡くなった大御所ミステリー作家・室見響子が、小説家になる前に書いた私小説『鏡の国』を、死の直前に手直しした遺稿。それを読んだ担当編集者が著作権継承者である響子の姪に、遺稿に見え隠れする違和感の存在を告げるミステリ。『鏡の国』の遺稿には削除されたエピソードがある。担当編集者が抱いた疑問を実際の作中作の遺稿を読みながら一緒に考えてゆく姪。そもそも叔母は何のためにこの原稿を最後に書いたのか。作中作は過去に起きた事件の真相を探る展開で、二転三転する構図から意外な事実も明らかにされてゆく中、偏屈だった生前の叔母の印象とはまた違った一面も垣間見えてきて、作中作の違和感が最後のエピソードに見事に繋がってゆくその結末には心揺さぶられるものがありました。
平成3年に発生した神奈川二児同時誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害者男児の今を知り、再取材を始める執念の物語。時間差で起きた2つの誘拐事件で失踪したまま、3年後に無事保護された男児。写実画家としてひっそりと生きていた彼が、誘拐事件の被害者だったと週刊誌に報道され、そこから30年前の事件の真相を再び追い始める門田。後半までがやや冗長な感はあったものの、彼のその後の生活はどうだったのか、人生に大きな影響を与えた空白の3年間の意味、繋がってゆく積み重なってきたかけがえのない様々な想いがひしひしと感じられる物語でした。
1940年、太平洋戦争勃発直前の南洋サイパン。日本と各国が水面下でぶつかり合う地で、横浜からやってきた麻田健吾が生き延びようとあがく物語。 これまで喘息持ちで満足に働けなかったことを悔い、友人の紹介で海軍の情報将校・堂本少佐の下でスパイとして働き始める麻田。沖縄から移住してきた漁師の自殺、地元の名士が殺された真相などを追い結果を残していく麻田が直面する日米開戦と、時間の問題で不可避の日米海戦に懐疑的だった堂本少佐の失踪。お国のために死んで当然という当時の時代観が色濃く反映される空気の中で、それでも汚名を挽回して何とか生き延びようと奔走する麻田の熱い想いが心に強く響く物語でした。
冬の京都で行われた女子全国高校駅伝と、八月に京都で行われた謎の野球大会。期せずして突然それに参加することになった二人が、不思議な出会いを果たす物語。女子全国高校駅伝で突然ピンチランナーに指名されて戸惑いながら挑む、絶望的に方向音痴な女子高校生が出会った謎のチョンマゲ集団。夏休みを前に彼女に振られた大学生が参加することになった、早朝の御所Gで行われる謎の草野球大会と不思議な助っ人たち。駅伝で彼女と並走した他校のランナーや野球を見て興味を持った中国からの留学生シャオ女史の存在もいい感じに効いていましたが、意外な出会いがもたらした貴重な経験を描いたゆるく繋がる2つの物語は、ほろ苦さを感じさせつつもとても優しくて素敵な物語でした。
1977年にエストニアに生まれ、コンピュータ・プログラミングの稀有な才能がありながら、ソ連崩壊に翻弄された一人の少年ラウリ・クースクの軌跡を追うかけがえのない物語。幼い頃から数字に異様な執着を示していたラウリに、人生の目標やかけがえのない友人をもたらしたプログラミングの存在。モスクワで活躍することを目指した彼の人生を暗転させたソ連崩壊。友人を失って、未来に希望を見いだせなくなってゆく展開には、国家が独立することの意味を考えさせられましたが、それでもこの彼の軌跡を追う取材が行われていた理由や、そして多くの人の出会いから再び希望を見出してゆくその結末には救われる思いでした。
昭和初頭の神楽坂を舞台に、影の薄さに悩む大学生・甘木が、行きつけのカフェーで親しくなった偏屈教授の内田榮造先生と怪異と謎を解き明かす連作ミステリ。何事にも妙なこだわりを持ち、屁理屈と借金の大名人で、作家でもあり夏目漱石や芥川龍之介とも交流がある先生と、行動をともにするうちに遭遇する不穏な背広や、あの世とこの世が混ざり合う猫、ドッペルゲンガーや件といった怪現象。昭和初期の当時の時代感だったり文豪たちの姿も描きながら、不器用だったり甘党といった意外な一面を垣間見せる先生が、持ち前の観察眼で事件を解決していく姿には淡々としていても存在感がありましたね。
時は大正。身に覚えのない教え子の女子高生を殺害した冤罪で捕まり、奈良監獄に収監された数学教師の弓削。そんな彼が同様に殺人と放火の冤罪で無期懲役刑となった印刷工の羽嶋と出会うブロマンス小説。無実を訴えながらも聞き入れられず、懲役二十年で収監されることになった弓削。羽嶋も自分と同じく冤罪だったことを知った彼が、問題を起こさないよう典獄や同じ囚人たちとの距離感を気にかけながら、監獄を作った先輩囚人から期待されたこともあって、羽嶋と二人で脱獄する決意を固めてゆく展開で、脱獄した状況的に冤罪を晴らすことまでは流石に難しかったようですけど、意外な場所で一緒に生き延びていた様子が伺えるその結末がなかなか印象的な物語でした。
溺れながら、蹴りつけろ (カラフルノベル)
「本が好き」という趣味を通じて仲良くなった小学6年の高月麗と澤口比呂。麗は澤口の提案で好きなことに没頭する楽しさを知ってゆく青春小説。学校ではクラスの中心的人物の瑞穂に振り回されて、内心窮屈に思う日々を送っていた麗。周囲を気にせず本を読む澤口のお陰で見出した、自分の書いた小説を読んでもらえる楽しみ。なのに日和って自ら手放した忘れられない辛い過去。閉塞的で言いたいことも言えない状況は厳しいなと思いましたけど、そんな彼女が中学の図書委員をきっかけに、再び交流する機会を得た大切な居場所を脅かされて、決然と立ち向かってゆくその姿に、かけがえのないものを大切に思う気持ちが溢れていました。