昨年も注目作品が次々と文庫化されていました。そこで今回は昨年文庫化された作品の中からおすすめ作品を30作品紹介したいと思います。気になる作品があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。※各作品タイトルのリンクはBookWalkerページに飛びます。
1.同志少女よ、敵を撃て (ハヤカワ文庫JA)
独ソ戦が激化する1942年、急襲したドイツ軍によって母や村人たちが惨殺され、赤軍の女性兵士イリーナに救われたセラフィマが復讐のために狙撃手を目指す物語。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵を目指すセラフィマ。成長した彼女がスターリングラードの前線へと向かう展開で、彼女が多くの仲間を喪いながら、何とか生き延びたあまりにも理不尽で過酷な戦争は、果たして何が正しく間違っているのかなかなか難しいものでしたけど、時折垣間見える彼女の危うさにハラハラさせられながら、過去の因縁はしっかりと決着をつけてみせた彼女の生き様が印象的な物語でした。
2.爆弾 (講談社文庫)
些細な傷害事件で野方署に連行されたとぼけた見た目の中年男スズキタゴサク。たかが酔っ払いと見くびる警察に対して、男は十時に秋葉原で爆発があると予言するノンストップミステリ。取調室に捕らわれた冴えない男の予言直後に秋葉原の廃ビルが爆発。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。爆破は三度続くと今後の展開を示唆してみせたこの胡散臭い中年男は果たして爆弾魔なのか。ただの霊感だと嘯くタゴサクと対話を試みて情報を引き出そうとする、警視庁特殊犯係の類家と男の駆け引きや、鍵を握る過去の事件との繋がり、状況が二転三転して構図もガラリと変わる中で浮かび上がってゆく意外な真相があって、道化のような男に振り回され、恐怖や不安を突きつけられた登場人物たちの生々しい感情が印象的な物語になっていました。
3.黒牢城 (角川文庫)
天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻した荒木村重は、有岡城内で起きる難事件に翻弄され、土牢の囚人にして黒田官兵衛に謎を解くよう求める歴史ミステリ。使者としてやってきた官兵衛をそのまま帰すわけにはいかないと捕らえて囚人としていたものの、次々と起こる難事件に翻弄され続け、それを放置して城内を動揺させるわけにもいかず、仕方なく官兵衛に解決を依頼することにした村重。なぜ城という巨大な密室で立て続けに事件が起きたのか、登場人物たちそれぞれの思惑も垣間見える中で、戦と推理の果てに村重や官兵衛という2人の探偵役が何を企んでいたのか、そんな駆け引きも含めた壮絶な推理戦とその結末はなかなか面白かったです。
4.三体 (ハヤカワ文庫SF)
物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人女性科学者・葉文潔。彼女がスカウトされた軍事基地では人類の運命を左右するプロジェクトが進行するSF小説。数十年後、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられるたナノテク素材の研究者・汪淼。なぜそのような怪現象が起きているのか。父を殺されたその後の葉文潔が描かれていて、VRゲーム『三体』が示唆するものは意味深で、明らかになってゆくその真相がまた壮大なスケールの物語になっていましたけど、それでいて要所で事態を動かしていくポイントが人間らしい生々しい感情だったりするのがなかなか印象的でした。
5.赤と青とエスキース (PHP文芸文庫)
メルボルンの若手画家が描いた一枚の絵画。日本へ渡って三十数年、その絵画が「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく連作短編集。メルボルン留学中の女子大生と現地在住日系人の恋、日本の額職人とかつてメルボルンで出会った作家の絵、大賞を受賞したマンガ家が師と出会った場所、パニック障害を発症した茜と元恋人の再会、そしてちょっと長めのエピローグ。丁寧に紡がれてゆくひとつひとつのエピソードも良かったですけど、繋がりが垣間見える中で徐々に明らかにされていく一枚の絵画をめぐる5つの愛の物語の構図と、それによって全く違ったものに見えてくるこれまでのエピソードには驚かされて、紡がれていった物語の結末もまた心に来るものがありました。
6.うたかたモザイク (講談社文庫)
人生の喜怒哀楽を繊細に掬いあげる恋と愛と性と怪。どんな時も気持ちに寄り添う、甘くてスパイシーで苦くしょっぱい17の連作短編集。プロポーズに自らが人魚だと告げる女性、敏くて鈍い男が世の中をBL世界にしてみせたり、双子に嫁いだ似た者同士の提案、歳の離れた従兄への恋心、地下アイドルの同級生を密かに推すモデルの女子高生、ホームから落ちて死んで生まれ変わり妻に拾われた猫、亡くなった彼になりすますウィルス、一目惚れして買った真っ赤なソファが語る持ち主の30代など、それぞれの物語で積み重ねられてゆくどうにもならないもどかしい想いが描かれていてとても印象的でした。文庫化に際して追加で抄録された3篇の短編もなかなか良かったです。
7.名探偵のままでいて (宝島社文庫)
レビー小体型認知症を患い介護を受けながら暮らす祖父。身の回りでおきた事件を話して聞かせると、かつて小学校の切れ者の校長だった知性が生き生きと働きを取り戻して、安楽探偵のように謎を解き明かしていく連作短編ミステリ。小学校教師である孫娘の楓が七十一歳となった祖父に話して聞かせる、古書に挟まれていた4つの訃報記事の謎、居酒屋で起きた密室殺人事件の以外な真相、プールから消えたマドンナ先生の行方、全員で33人いるクラスメイト、容疑者とされてしまった同僚の岩田先生、碑文谷さんとストーカーを巡る事件といった身の回りで起きた謎の数々。一見難解とも思える事件を解決へ導く祖父の助言は的確で、岩田やミステリ好きの四季との心揺れる関係も絡めながら描かれる展開はなかなか良かったです。
8.方舟 (講談社文庫)
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れ、偶然出会った三人家族と地下建築の中で夜を越すことになった柊一。その地下建築が水没の危機に陥った矢先に殺人事件が起きるミステリ。地震が発生して扉が塞がれてしまい、水没までのタイムリミットまでおよそ一週間。そんな中で行われた殺人事件の犯人を一人犠牲にすれば脱出できる。犯人探しが始まった中で発生する連続殺人事件。極限状態で犠牲を厭わない発想が極端ではあっても、ストーリーとしてはわりとオーソドックスなクローズドサークルなのかなと思いながら読んでいましたが、ディテールにこだわった推理はなかなか鮮やかで、しかもそれだけでは終わらない何とも皮肉な結末が衝撃的なミステリでした。
9.#真相をお話しします (新潮文庫)
日常に潜む「何かがおかしい」。その違和感が浮き彫りになって衝撃の結末へと繋がる五つの連作短編ミステリ。家庭教師の派遣サービスに従事する大学生が中学受験を考える母子に抱いた違和感、マッチングアプリでパパ活をする女の子をホテルに連れ込んだ男の真の目的、精子提供によって生まれた自分の娘と会ったことで気づいてしまった思わぬ真実、リモート飲み会から始まる三角関係の浮気発覚騒動の顛末、ある事件をきっかけに島の人々がやけによそよそしくなった理由。そこに感じた違和感は果たして何だったのか?そこから導き出されてゆく真相と、そこからさらに一捻りして導かれる意外な結末にはなかなかのインパクトがありました。
10.六法推理 (角川文庫)
学園祭で賑わう霞山大学で、法学部四年・古城行成が一人で運営する無料法律相談所・通称「無法律」。自らのアパート事故物件問題に悩む経済学部三年の戸賀夏倫が無法律を訪れ、悪意の正体を探ってほしいと依頼する連作短編ミステリ。奇妙な現象が起きていたアパートの事件解決をきっかけに自らも無法律へと入り浸るようになり、リベンジポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動といった持ち込まれる法律問題に対して、古城と一緒に解決に取り組んでいくようになる戸賀。法曹一家に育った法律マシーン古城の着想をヒントに、真相に迫ってゆく自称助手の戸賀との組み合わせが意外といいコンビになっていって、時にはほろ苦い現実にも直面するものの、依頼人のために考えに考え抜いて、最善の落とし所を模索し続ける古城の姿勢が印象的な物語になっていました。
11.五つの季節に探偵は (角川文庫)
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。そんな厄介な性質を抱える探偵・榊原みどりが出会った5つの謎と成長の連作短編集。高校二年生の榊原みどりが同級生からの依頼に見出す隠された人の本性、調香師の師匠が龍涎香を盗んだ理由、ストーカーの誤解と自転車のチェーンが壊された理由、旅先で女性から聞かされた女性から指揮者とピアノ売りの間に起きた出来事の真相、エアドロップ問題と新人探偵の苦悩というように、みどりが出会ったエピソードを通じて描かれる、自分が探偵に向いていると感じ本質的に謎を求めることに対する葛藤があって、ほろ苦い結末に向き合いながら、一つ一つ乗り越えていくことで成長していく彼女の姿がなかなか印象的な物語でした。
12.滅びの前のシャングリラ (中公文庫)
一ヶ月後、小惑星が地球に衝突する。迫る滅亡を前に荒廃していく世界の中で、人生をうまく生きられなかった四人が、それぞれ最期の時を過ごす物語。貧しいながらも二人で懸命に生きてきた静香と友樹の親子、周囲に言えない想いを密かに抱えてきた藤森、そして静香に会いに来た信士。滅亡が不可避となると、やはりこうなってしまうのかな…とついと考えてしまう殺伐とした世界でも、四人が一緒に過ごした残り少ないかけがえのない日々があって、その中で見失いかけていた、大切なものを見出すことができたんでしょうか。幸せとは何か、その意味をいろいろ考えさせられる物語でした。
13.旅する練習 (講談社文庫)
コロナ禍の情勢で予定がなくなった中学入学を前にした春休み。サッカー少女・亜美と小説家の叔父が、徒歩で利根川沿いに千葉の我孫子から島アントラーズの本拠地カシマスタジアムを目指す二人旅。ロナが少しずつ広がり始めた頃の影響を感じさせる状況で、生粋のサッカー少女・亜美が合宿中に持ってきてしまった本を返すための旅が描かれていて、二人で道中で見かけた様々なことだったり、出会って一緒に旅することになったみどりさんとのやりとりや複雑な思い、そんな中で育まれてゆく絆にはじーんとくるものがありましたけど、そんな彼女たちのやりとりに明るい希望を見出したからこそ、淡々と綴られる思ってもみなかった結末はなかなか衝撃的で、何とも切ない気持ちになってしまいました…。
14.君の顔では泣けない (角川文庫)
プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまった高校1年の坂平陸。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決める青春小説。しかし現実はそう簡単には元に戻れるわけもなく、坂平陸として意外にもそつなく生きるまなみとは対象的に、友人や家族との距離感や部活の顧問のセクハラに対して上手く水村まなみとして振る舞えず戸惑う陸。いつか元に戻れる日を諦めきれないまま、迷いや不安を抱えて卒業することになってしまい、そう簡単には切り替えられないよなと思いながら読んでいましたが、家族に対する複雑な思いを自覚したり、時には衝突しながら様々な人生の転機を経験していく中、それでも時折再会してかけがえのない絆を再確認する2人が印象に残る物語でした。
15.あの日の交換日記 (中公文庫)
先生の提案から始まった大切な人のために綴られた交換日記。様々な立場の二人による七冊の交換日記によって紡がれる連作短編集。白血病で入院する生徒と先生、教師と殺人予告をする生徒、双子姉妹のやりとり、母に息子が書いた交換日記の真相、交通事故の加害者と被害者のやりとり、上司と部下による手書きの業務日誌を通じた交流、そして先生が縁で出会った夫妻。一つ一つのエピソードで積み重ねられてゆく伏線を回収しながら明らかにされてゆく登場人物たちの意外な繋がりやその後にも驚かされましたが、交換日記の広がりを通じて紡がれていった優しさに満ちていた関係がとても印象的な物語になっていました。
16.神の悪手 (新潮文庫)
夢を追うことの恍惚と苦悩、誰とも分かち合えない孤独を深く刻む将棋を題材とした運命に翻弄される登場人物たちの連作短編集。避難所でなかなか勝ちきる手を打たない子が、それでも将棋を指し続けた理由。将棋人生を賭けたアリバイ作りに挑む追い詰められた男。詰将棋雑誌に投稿した訳あり少年の秘められた想い。対戦した棋士の二人だけが感じることができる世界、駒師が指定対決の駒選びで感じた複雑な想い。思ってもみなかったことに気付いてしまい、それでも将棋に向き合い、前に進むことしかできない不器用な人々の苦悩や葛藤はどこまでも真摯で、その先に見出してゆく彼らの結末がとても印象に残る短編集でした。
17.7.5グラムの奇跡 (講談社文庫)
視能訓練士資格を手にした野宮恭一が、街の小さな眼科医院の人の良い院長に拾われて視機能を守るために働きはじめる連作短編集。国家試験に合格したもののなかなか就職先が決まらなかった野宮。最初は失敗続きだった彼が凄腕の広瀬先輩にフォローされながら向き合ってゆく、女の子の視力が落ちた原因や、カラコンをする女性の目の痛み、緑内障の治療に通う患者たちのこと、薬局の隠居老夫婦、そして原因不明の視力低下に悩む少年。不器用だけどまっすぐな野宮が出会った患者や、周囲の人の一人ひとりとと真摯に向き合い続けていく中で多くの気づきを得て成長して、信頼されるようになってゆくその姿がとても印象的な物語でしたね。
18.スター・シェイカー (ハヤカワ文庫JA)
人類がテレポート能力に目覚めた近未来。不慮の事故がトラウマとなり能力を失った赤川勇虎が、違法テレポートによる麻薬密売組織から逃亡した少女ナクサと運命的な出会いを果たす物語。ふとしたきっかけから出会った特殊なテレポーターであるナクサにうっかり関わってしまったことで、否応なしに彼女の逃亡生活に巻き込まれてゆく勇虎。失われた地に住むロードピープルたちの助けを借りて、様々な人と出会い、敵の襲撃に対応しながら目的地である組織の拠点に向かう展開でしたけど、そこで明らかになってゆく壮大な計画があって、苦悩しながらも勇虎が立ち向かってゆく熱い展開は、文章がやや難解で粗削りながらもスケールの大きさを感じさせてくれる物語になっていました。
19.サーキット・スイッチャー (ハヤカワ文庫JA)
人の手を一切介さない完全自動運転車が急速に普及した2029年の日本。自動運転アルゴリズムを開発する企業の代表・坂本義晴が、仕事場の自動運転車内で襲われ拘束されてしまう近未来小説。「ムカッラフ」を名乗る謎の人物に突如拘束され、「坂本は殺人犯である」と宣言し尋問を始めた犯人からとある死亡事故が起きたロジックの説明と開示を要求された坂本。襲撃犯の様子が動画配信で中継される中、首都高封鎖が要求されて封鎖しなければ車内に仕掛けられた爆弾が爆発する緊迫感溢れる展開で技術的なネタも多くて完全自動運転の倫理観を改めて問われる中、エンジニアと組んだ刑事が意外なルートからのアプローチでその真相に迫ってゆくストーリーはテンポもよくてなかなか面白かったです。
20.AI法廷の弁護士 (ハヤカワ文庫JA)
複雑化する訴訟社会にあって、AI裁判官が導入された日本。あくまで機械として冷徹に分析する不敗弁護士・機島雄弁とこの国の正義をめぐるAI法廷が描かれる連作ミステリ。省コスト化・高速化により訴訟件数は爆増、法曹界は困惑とともにバブルなAI法廷を受け入れ始めた状況で、AIの穴をついて勝訴するハッカー弁護士の顔も持つ悪徳漢・機島が助手の軒下と組んで挑む、被告人を裏切りながら勝訴した殺人事件、脳波義足事故を巡る真相、不正データ使用リーク事件の再審請求、陥れられた軒下とマスターキー裁判。苦い過去の事件の真相やAI裁判官の疑惑も追う展開はやや強引な拡大解釈もありましたけど、アクの強いキャラたちがダイナミックな方法で盤面をひっくり返してゆく展開は痛快でなかなか面白かったですね。
21.その意図は見えなくて (双葉文庫)
自分は「凡人」であり幼馴染のユウを尊敬している高校生の清瀬。そんな彼が幼馴染のために謎を解き明かしてゆく青春ミステリ。生徒会選挙で異常に多かった白紙投票の理由、陸上部の部室荒らし、部活の合宿中での脱走、合唱コンクールの複雑な人間関係、中学時代のエピソード、文化祭パンフレット紛失事件といった謎を、幼馴染ユウのためながら汚れ役も厭わない冷静沈着で分析力もある清瀬が解き明かしていく姿を、事件ごとに視点を変えながら描いていく構成になっていて、改めて浮き彫りになる清瀬のユウへの傾倒ぶりも気になるところですが、謎解きそのものよりもむしろ登場人物たちの複雑な感情の機微を繊細に描いたそれぞれの結末が印象的でした。
22.アフター・サイレンス (集英社文庫)
事件被害者や家族のケアをする警察専門のカウンセラー高階唯子。多くを語らないクライエントに寄り添い、その抱える痛みと謎を解決するために奔走する物語。夫を殺されたのに自分が罰を受けるべきだという妻、老人の車に兄を轢き殺された外国籍の少年、死に間際の老人がカウンセリングを必要とした理由、なぜか誘拐犯をかばう少女、姉を殺した加害者に復讐した少年。唯子自身もまた抱える呪縛に囚われていて、クライアントのためにそこまでしてしまうのかと時折危うさを感じさせることもありましたが、それでも必要とする人に懸命に向き合おうとする唯子の献身ぶりに救われ、小さくとも確かな希望を見出す人たちがいて、そんな彼女のことをしっかり受け止めてくれる仲上がいることに救われる思いでした。
23.付き添うひと 子ども担当弁護士・朧太一 (ポプラ文庫)
自らの過去の経験から、少年犯罪の付添人の仕事に就いた弁護士・朧太一。簡単には心を開けない子どもたちの心に向き合い寄り添ってゆく連作短編集。自身もまた少年院に送致された経験を持つ朧が向き合ってゆく、ホームレスを襲撃した少年が隠していること、家族から逃げ出した女子高生の嘘、家出少女たちと匿う女性の過去、声優にSNSで誹謗中傷を繰り返した少年の思い。彼が出会う本当は誰かに助けてほしいのにその声を上げる方法すら分からず、心の叫びを胸に押し込めて何とか生き延びていた子どもたちに、真摯に向き合おうとする朧が抱える孤独にもなかなかくるものがありましたけど、だからこそ彼にそっと寄り添ってくれる笹木さんの存在には救われる思いでした。
24.彼女。百合小説アンソロジー (実業之日本社文庫)
相沢 沙呼/青崎 有吾/乾 くるみ/織守 きょうや/斜線堂有紀/武田 綾乃 実業之日本社 2024年02月05日
彼女と私の至極の関係性。百合と何か?その問いに7人の作家たちがそれぞれ挑む連作短編アンソロジー。お節介な委員長と少し変わった大人しい少女の密かにすれ違う想い。好きだった人の死の理由を探るために挑む絶望。愛してくれた人を失って初めて気づいた想い。久しぶりの再会と筆を折った理由。並び立つための整形手術。憧れの先輩が917円で買ったもの。疎遠だった二人を再び結びつけたもの。なかなかハードな展開の中で彼女たちのうまく伝わらない、伝えられないもどかしい繊細な想いをそれぞれ著者さんらしいらしい文章で描き出していて、それを彩るイラストとたどり着いた結末がまた鮮烈な印象を残す短編集になっていました。
25.死にたがりの君に贈る物語 (ポプラ文庫)
人気シリーズ完結を目前に訃報が告げられた、全国に熱狂的なファンを持つ謎の小説家・ミマサカリオリ。やがて廃校に集まった七人のファンが、未完となった作品の結末を探ろうとする青春ミステリ。著作が厳しい批判にさらされていたミマサカ。さらに訃報に絶望し後追い自殺未遂を図った心酔していた17歳の少女・純恋。そして作品のファンたちが集い小説をなぞって廃校で生活することで、未完となった物語の結末を探ろうとする共同生活と、そこで直面する絶対に起こるはずのない事件。集まった熱狂的なファンたちがやってきた理由は様々で、垣間見える繊細な著者の心境はとても複雑で、どこまでも著者を信じて微塵も疑わない真摯な想いがもたらした結末には心揺さぶられるものがありました。
26.ぐるぐる、和菓子 (ポプラ文庫)
ちょっと変わり者の理系大学生・涼太。和菓子の美しさに魅せられて虜になった彼が、大学院に進まず和菓子職人になることを決意して製菓専門学校に入学する物語。製菓専門学校で涼太が班を組んだ同期四人の個性豊かな少女たちとの出会い。少し変わっているものの、真っ直ぐで前向きな涼太の姿勢に少しずつ感化されてゆく班の仲間たちがいて、餡子ひとつとっても一筋縄ではいかず、知ろうとすればするほど正解のないお菓子作りの奥深さに直面して、仲間の頑張りに刺激を受けたり、自らがどうあるべきか悩みながら、真摯に向き合って時には助け合い、成長してゆく彼らの姿に大切なものをたくさん教わったように思いました。
27.本が紡いだ五つの奇跡 (講談社文庫)
仕事に行きづまる編集者の津山が本当に作りたい本を作るため、かつて自分が救われた小説の著者、涼元マサミに新作を依頼。そうして生まれた作品がそれぞれの人生を動かしてゆく連作短編集。営業への異動話が出ていて、最後に後悔しない本を作りたいと覚悟を決めた編集の津山。そして元妻の再婚で娘との縁が切れそうな売れない作家・涼元、余命宣告された装丁家、心に傷を抱えた書店員、夢を諦めかけていた美大生、そして自分の時間が止まっていた読者まで、一人のために作られた物語の後悔しないために自分はどうすべきなのかという問いかけに、しっかりと向き合ってゆくそれぞれのエピソードがあって、それがひとつの結末へと収束してゆくとても優しくて心温かい素敵な物語になっていました。
28.神曲プロデューサー (集英社文庫)
音楽業界の〈何でも屋〉蒔田シュンが、自作曲のMVがネットでバズり、カリスマ歌手・海野リカコの三十日連続一位を止めたことから知り合う大人のボーイミーツガール連作小説集。作曲・編曲・演奏・執筆などを兼業して何とか食いつないでいたシュンがようやくみた日の目と、しかしその曲に盗作疑惑が持ち上がる皮肉。シュンに注目し交流を持つようになってゆくリカコや、スタジオミュージシャン、アイドル、映像作家、プロデューサーなど、様々な人たちとの出会いが広がる一方、彼の音楽に持っているこだわりが他の音楽に人生を託す人々の生き様とぶつかり合い、少しずつ認められていきながら、才能はあっても恋にはどこまでも不器用過ぎる彼らの葛藤と熱い想いが描かれた素敵な物語になっていました。
29.夏休みの空欄探し (ポプラ文庫)
クラス内でじゃない方と呼ばれるクイズ研究会会長の高校2年生のライこと成田頼伸。ファミレスで謎解きをしている姉妹を手伝った結果、謎解きの協力を依頼される青春ミステリ。「役立たたない」ことが好きなクイズ研究会会長の高校2年・ライと、大学受験に向けて効率重視で「役立つこと」が好きな同級生のキヨこと成田清春。解いた暗号の答えに導かれて、姉妹も含めた四人であちこち出かける謎解きの旅。自分とは違う清春にたびたびコンプレックスを刺激される一方で、共に過ごしていく中でライが姉妹の妹・七輝への想いを自覚していって、全ての謎が明かされた時には切ない気持ちになりましたけど、それでも変わらないかけがえのない関係性がとても素敵なひとなつの物語になっていました。
30.夢の王国 彼方の楽園 マッサゲタイの戦女王 (光文社文庫)
紀元前600年前後の古代オリエントの四大帝国時代を舞台に、その終焉と戦乱の時代を生きたマッサゲタイ女王タハーミラィの数奇な運命を描く歴史小説。沼沢ゲタイの氏族長の姪として生を受け、マッサゲタイ国王に嫁ぐことになったタハーミラィ。希望を見出だせなかった境遇から、訪れたメディア帝国の都で運命的な出会いを果たしたファールース王クルシュ。いつか夢の王国を作ると夢を語る男の正体を知り、タハーミラもまた裏切りと権謀術数、戦乱の渦に巻き込まれていく展開で、過酷な状況を夫と共に生き抜いて立場を自覚してゆく彼女の覚悟だけでなく、意外な半生を送った従兄のその後も印象的で、ロマン溢れる筆致で描かれた壮大で鮮烈な物語でした。

