6月の読了冊数は読書メーターによると最終的に124冊でした。
読んだ本124冊
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こちらでは6月に読んだ文芸単行本の新作8点、一般文庫の新作21点、ライト文芸6点の計35点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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献身的に夫を支えていたのに、突然夫から離婚を切り出された沙也加。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察し、そこで働き始める定食屋物語。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女ぞうさん〟魅入られるように定食屋「雑」でアルバイトをすることになり、ぞうさんを支えてそこに居着いてしまう沙也加。夫との離婚話は相性もあるし、修復も難しそうな状況では仕方ないのかなと思いましたけど、年齢も性格も違う2人が一緒に働く中で、気難しいぞうさんに少しずつ認められ育まれてゆく確かな絆があって、つい食べたくなるような心温まる美味しい定食を出すこのお店が、かけがえのない居場所となってゆく結末がなかなか良かったですね。
大学院を卒業後、新卒で入社した会社に馴染めず、九ヶ月で辞めた春指みなと。退職してからも次の仕事を探せない彼女が、公園の草むらに埋もれた郵便箱を見つける物語。見つけた郵便箱を介した文通が始まって、相手が意外にも高校2年生の不登校児だったと気づいて、その飛鳥と「文通」を「仕事」にすることを考えついてクラウドファンディングに挑戦する2人。ワクワクするような高揚から落ち着いて冷静になってみると、それぞれが置かれた立ち位置の違いゆえのすれ違いも起きましたけど、お互い大切でかけがえのない関係で、相手のことをもっと知ろうとそれぞれが努力して、2人で作り上げたものをどうべきか一緒に考えて、これからも続けていきたいと思えたその結末はなかなか素敵だと思いました。
「男らしく生きろ」という父の期待に応えることで、これまでの人生が全て上手くいってきた道沢一番。しかし二年の交際を経て恋人の千凪にプロポーズしたものの、「好きだけど、愛したことは一度もない」と衝撃的な告白を受けてしまう物語。最近、ようやく自分がアロマンティック・アセクシャルであることを自覚して、ずっと普通の恋愛ができないことに悩んでいたことを明かす千凪。旧態然とした普通の生き方を当たり前のように押し付ける、これまで彼を支えていた父親の言葉が呪いとなって、彼女のことを受け入れたいと思いながらも葛藤を抱えてしまう一番、そして愛せないことを申し訳ないと思いながらも、孤独に生きる覚悟も持てない千凪の複雑な想いがあって、そんな2人がすれ違い、悩みながらも一緒に考えて出した結論もまたひとつの愛のカタチがなのかなと思えました。
沙嵐に覆われてしまった世界。何よりも安定を目指すようになっていた人々の中で、クリエイターを目指す少年少女たちを描いたディストピア小説。安定した仕事で稼いで、機械が作り出した娯楽を享受して、安全で快適な街で過ごすことがささやかな幸せになりつつある状況で、周囲に反対されながら好きな音楽を続けるために音楽隊に入りたい少女ロピ。一方で好きなことに一生懸命な友人に劣等感を抱いて夢中になれるものを探す少年ルゥシュ。沙嵐に脅かされたり、将来的な絶望まで突きつけられながらも、機械任せではない、自らが生み出すことを諦めずに追い求め続けた2人が、様々なものと出会い、大切なものを見出してゆくそれぞれの結末が印象的な物語になっていました。
ここではない世界の人間が異文化と接するときの情景や、未知なる動植物の生態をコミカルに描いたSF短編集。人々がキノコとの共生で他人と共感能力を得るようになった世界。環境激変によって人類が海へと生活を移しクラゲのような生態になった世界。宇宙規模のスケールへエスカレートするダイエットにかける情熱、宇宙人と意思疎通するため全人類が声優の役目を負う世界。異知性とのコンタクトやAIと仮想現実が発展・普及した世界、人口減少で滅びつつある宇宙コロニーで叔母の友人と旅に出る表題作など、それぞれが著者独特の感性と自由な発想で描かれた、どこか終末を感じさせる世界観が印象的な短編集になっていました。
阿津川辰海/井上真偽/空木春宵/織守きょうや/斜線堂有紀 中央公論新社 2024年05月22日頃
閉じ込められた異常な状態からいかに脱出するか。「脱出」をテーマに5人の作家が描いた書き下ろし短編を収録したミステリアンソロジー。同級生の結婚式で明らかにされる、高校時代の天文部合宿で起きた屋上に閉じ込められ事件の真相。入るものは「主」に名前を奪われる森と2人の少年。魔女狩りが横行する町で囚われた女の秘密、人を喰う巫女が棲むという神社を訪れた女の目的、見知らぬ研究所で記憶を失っていた少年と激変した世界。前提条件としてのテーマを押さえつつ、その中でどのように自分の世界を表現するのか。最初に抱いたイメージとはだいぶ違いましたが、それぞれ著者さんらしさがよく出ている多彩な作品構成になっていて良かったですね。
講談社/青崎 有吾/阿津川 辰海/伊吹 亜門/似鳥 鶏/真下 みこと 講談社 2024年06月12日頃
2021年に登場した会員制読書クラブ・メフィストリーダーズクラブで好評だった5人の小説家による書評連載を書籍化した1冊。もともとはLINEで配信していた青崎有吾、阿津川辰海、伊吹亜門、似鳥鶏、真下みことの5人が1人15回で計75回分のミステリー書評企画で、著者さんたちが考えた質問と選択肢から選ばれた書評を書くという構成で、読んでいるとそもそも質問や選択肢の時点で著者さんの好みが色濃く出ていましたけど、ブックガイドとしては刺さる人にはいちいち刺さりそうなセレクトばかりで、その選評もまたそれぞれ著者さんらしさ全開で楽しんで書いているんだろうなというのが伺えて、読み物としてもなかなか楽しめる1冊になっていました。
人生の円熟期を迎えた大人たちの、歳を重ねても変わらないままならなさを赤裸々に描いた連作短編集。老人介護施設で色香を振りまくマドンナ、夫とのセックスレスに悩む看護師、結婚五年目で過干渉な姑がしんどい妻、還暦を前に初めてアロママッサージにハマった現実、グループのルールを破った女生徒に課された罰ゲーム、婚約者の死から結婚しなかった五十路女が直面する何とも複雑な想い。重ねた年齢を自覚しながら抱いてしまう繊細で生々しい想いや迷いには、時折鼻白む場面もなかったわけではありませんが、それぞれのエピソードが意外な形で繋がってゆくそれぞれの結末がなかなか印象的な連作短編集になっていました。
黒牢城 (角川文庫)
天正六年の冬。織田信長に叛旗を翻した荒木村重は、有岡城内で起きる難事件に翻弄され、土牢の囚人にして黒田官兵衛に謎を解くよう求める歴史ミステリ。使者としてやってきた官兵衛をそのまま帰すわけにはいかないと捕らえて囚人としていたものの、次々と起こる難事件に翻弄され続け、それを放置して城内を動揺させるわけにもいかず、仕方なく官兵衛に解決を依頼することにした村重。なぜ城という巨大な密室で立て続けに事件が起きたのか、登場人物たちそれぞれの思惑も垣間見える中で、戦と推理の果てに村重や官兵衛という2人の探偵役が何を企んでいたのか、そんな駆け引きも含めた壮絶な推理戦とその結末はなかなか面白かったです。
#真相をお話しします (新潮文庫)
日常に潜む「何かがおかしい」。その違和感が浮き彫りになって衝撃の結末へと繋がる五つの連作短編ミステリ。家庭教師の派遣サービスに従事する大学生が中学受験を考える母子に抱いた違和感、マッチングアプリでパパ活をする女の子をホテルに連れ込んだ男の真の目的、精子提供によって生まれた自分の娘と会ったことで気づいてしまった思わぬ真実、リモート飲み会から始まる三角関係の浮気発覚騒動の顛末、ある事件をきっかけに島の人々がやけによそよそしくなった理由。そこに感じた違和感は果たして何だったのか?そこから導き出されてゆく真相と、そこからさらに一捻りして導かれる意外な結末にはなかなかのインパクトがありました。
真夜中のマリオネット (集英社文庫)
殺人鬼「真夜中の解体魔」に婚約者を殺され、悲しみからようやく復帰した救急医の秋穂。交通事故で搬送されてきた美少年・涼介が「真夜中の解体魔」の容疑者だと知ってしまうクライム・サスペンス。涼介に復讐しようとする秋穂に、罠にハメられただけだと涙を流して無実を訴える涼介。無実に思える証拠も見せられ、ためらいながらも涼介と真犯人を探すことにした秋穂。涼介は真犯人に操られた哀れな人形なのか、それとも周囲を操る冷酷な人形遣いなのか。真逆の証言が積み重ねられてゆくことで、二転三転してゆく涼介の印象、そして散々振り回された先に待っていた思ってもみない事件の決着。何だか釈然としない幕引きだだなと感じながら終盤読んでいましたけど、最後の最後に待っていた結末に見事にしてやられました…。
夏休みの空欄探し (ポプラ文庫)
クラス内でじゃない方と呼ばれるクイズ研究会会長の高校2年生のライこと成田頼伸。ファミレスで謎解きをしている姉妹を手伝った結果、謎解きの協力を依頼される青春ミステリ。「役立たたない」ことが好きなクイズ研究会会長の高校2年・ライと、大学受験に向けて効率重視で「役立つこと」が好きな同級生のキヨこと成田清春。解いた暗号の答えに導かれて、姉妹も含めた四人であちこち出かける謎解きの旅。自分とは違う清春にたびたびコンプレックスを刺激される一方で、共に過ごしていく中でライが姉妹の妹・七輝への想いを自覚していって、全ての謎が明かされた時には切ない気持ちになりましたけど、それでも変わらないかけがえのない関係性がとても素敵なひとなつの物語になっていました。
原因において自由な物語 (講談社文庫)
誰にも言えない秘密を抱える人気作家・二階堂紡季。その秘密を引き換えに廃病院から転落した恋人、そして高校のいじめ被害者の転落死事件の謎を追うミステリ。事件が起きた同じ廃病院から転落したスクールロイヤーの想護は、果たして紡季に何を伝えたかったのか。ルックスコアが画像によって数値化されるアプリの存在、沈黙する関係者の生徒、ウイルスのように感染していくいじめ問題。生徒たちが抱えている複雑な心情が明らかになっていって、すれ違い追い詰められた先に悲劇があって、誰もが被害者にも加害者にもなりうる怖さと、それにどうやって向き合えばいいのか、どうするのが正解なのか。その難しさを改めて痛感させられる物語になっていました。
オオルリ流星群 (角川文庫)
手作りで太陽系の果てを観測する天文台を建てるため、秦野市に帰ってきたスイ子こと山際彗子。28年ぶりの再会を果たしたかつての仲間たちがその計画に力を貸す物語。人生の折り返し地点を過ぎ、将来に漠然とした不安を抱えていた高校時代の同級生たち。彼女のチャレンジに協力する彼らが思い出してゆく高校3年の夏、ともに巨大タペストリーを作った制作活動。ここにいるはずだったメンバーのことなど、若き日の思い出は必ずしもいいことばかりでもなくて、けれど歳を重ねてきた今だからこそ分かることやできることもうまく活かしながら、天文台作りで再び絆を育んでいく中で見出した希望があって、この再会をきっかけにそれぞれが新たな一歩を踏み出してゆく姿が印象的な物語になっていました。
俺ではない炎上 (双葉文庫)
身に覚えがない女子大生殺害犯として、実名写真付きでネットに素性が晒され大炎上した山縣泰介。ほんの数時間で日本中の人間が敵になり、必死の逃亡を続ける炎上逃亡ミステリ。犯行を自慢していたTwitterアカウントが誤認されてしまい、その実に巧妙な成りすましは見れば見るほど自分のものとしか思えず、会社も、友人も、家族でさえも周囲も誰一人として言い分を信じてくれない厳しい状況で、誰を信じていいのかも分からないまま逃げ続けることになる展開でしたけど、ふとしたきっかけから明らかになってゆく思わぬ真相があって、もしこうまで追い詰められた時に果たして自分にできることがあるのか。一歩間違えば誰もが直面してしまうSNSの恐ろしさを改めて突きつけられる思いでした。
森があふれる (河出文庫)
「妻がはつがしたんだ」作家の夫に小説の題材にされ続けて植物の種を一心不乱に食べ続けて、身体から芽吹いて森と化した妻。壊れた作家夫婦と彼らに関わってしまった人々の物語。家でどんどん森を侵食させてゆく妻と、おかしいと止めずにそれを題材にして執筆し続ける夫。そんな夫婦の狂気に関わった担当編集者や不倫相手たちの視点で描かれる、その家族関係にまで少なからず影響を及ぼしてゆく歪み。妻の不在が作家として決定的な停滞をもたらしていることは明白なのに、それにすら慣れてしまう懲りない作家と妻のどこまでも噛み合わない会話には絶望しかなかったですが、それでも夫に妻と話し合おうとする姿勢がようやく生まれ始めたことには希望を感じるべきなんでしょうか…。
雨夜の星たち (徳間文庫)
他人に感情移入できない三葉雨音26歳。同僚星崎くんの退職を機に仕事を辞めた彼女が、他人に興味を持たない長所を見込まれ「お見舞い代行業」にスカウトされる物語。できないことはできません。やりたくないこともやりません。そんなゆるいポリシーで始めた、移動手段のないお年寄りの病院送迎や様々な雑用をする「しごと」。聞き上手な80代のおばあちゃんや肝臓の病気で入院中の因縁の相手、手術の付き添いを希望する独り身の女性といった依頼人を相手に、その割り切った姿勢を評価されたりあるいは怒らることもありましたけど、一方でそんな彼女の気負わないありようを複雑に思う羨ましいと感じる人もいて、生きづらそうに見える彼女にもちゃんと居場所があって良かったなと思える物語でした。
世界の美しさを思い知れ (双葉文庫)
遺書も残さずに自殺した、人気俳優で双子の弟・尚斗。兄の貴斗が葬儀を終えて数日後に尚斗のスマホが見つかり、それをきっかけに弟の死の答えを知るために旅に出る物語。弟はどうして死を選んだのか。双子の兄が遺品のスマホから発見した、予約済みの礼文島行きの航空券。仲が良かった弟の死んだ理由を知るために、礼文島・マルタ島・台中・ロンドンと彼の足跡を辿る貴斗が、ゆく先々で出会うかつて尚斗と出会った人々、呼び出されたニューヨーク、ラパスでの決着。旅を通じて弟が見せてくれた世界の美しさ、そして彼が見ることがなかったたくさんの素晴らしいものがあって、様々な思いを受け止めて精一杯生きた貴斗の生涯が伺えるとても印象的な物語になっていました。
カミサマはそういない (集英社文庫)
現代日本や近未来、異世界といった様々な舞台で描かれてゆく絶望。この物語に救いの「カミサマ」はいるのか。人間の本性をあぶり出されてゆく7つの連作短編集。実家に帰ったはずの友人、無人の遊園地で見た死体の正体、見張り塔での過酷な任務の真相、ストーカーvs盗撮魔、海面上昇後の世界と海賊ラジオなど、様々な終末的世界で目の当たりにする絶望だったり、つい目をそらしてしまいたくなるような人の何とも嫌らしい一面を突きつけられる一方で、SFっぽい短編にはまた違った趣が感じられたりもして、絶望と希望が入り混じった短編を読んでいると、良い意味でも悪い意味でもタイトルの意味を改めて考えてしまう構成になっていました。
君の顔では泣けない (角川文庫)
プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまった高校1年の坂平陸。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決める青春小説。しかし現実はそう簡単には元に戻れるわけもなく、坂平陸として意外にもそつなく生きるまなみとは対象的に、友人や家族との距離感や部活の顧問のセクハラに対して上手く水村まなみとして振る舞えず戸惑う陸。いつか元に戻れる日を諦めきれないまま、迷いや不安を抱えて卒業することになってしまい、そう簡単には切り替えられないよなと思いながら読んでいましたが、家族に対する複雑な思いを自覚したり、時には衝突しながら様々な人生の転機を経験していく中、それでも時折再会してかけがえのない絆を再確認する2人が印象に残る物語でした。
オーラの発表会 (集英社文庫)
友人も少なく他人に興味を抱いたり、気持ちを推しはかるのが苦手な大学一年生・海松子が、親に言われて一人暮らしを始める物語。趣味はなぜか凧揚げで、特技は周囲の人に脳内で(ちょっと失礼な)あだ名をつけること。間合いが独特過ぎてなかなか友達ができないのも分かる彼女と、高校時代の友人だった萌音は何だかんだで息が合う存在。彼女が気になる同い年の幼馴染や父の教え子たちにモテモテになったことをきっかけに、両親に愛されて育ってきた不器用な海松子もまた少しずつつ変わっていって、幸せを感じる積み重ねの先にあったその結末が印象的な物語になっていました。
その意図は見えなくて (双葉文庫)
自分は「凡人」であり幼馴染のユウを尊敬している高校生の清瀬。そんな彼が幼馴染のために謎を解き明かしてゆく青春ミステリ。生徒会選挙で異常に多かった白紙投票の理由、陸上部の部室荒らし、部活の合宿中での脱走、合唱コンクールの複雑な人間関係、中学時代のエピソード、文化祭パンフレット紛失事件といった謎を、幼馴染ユウのためながら汚れ役も厭わない冷静沈着で分析力もある清瀬が解き明かしていく姿を、事件ごとに視点を変えながら描いていく構成になっていて、改めて浮き彫りになる清瀬のユウへの傾倒ぶりも気になるところですが、謎解きそのものよりもむしろ登場人物たちの複雑な感情の機微を繊細に描いたそれぞれの結末が印象的でした。
みんな蛍を殺したかった (二見文庫)
京都の底辺高校と呼ばれる女子校で底辺の扱いを受けてきたオタク女子三人。そんな彼女たちの前に東京から転校してきた息を呑むほど美しい少女・蛍が現れるミステリ。生物部とは名ばかりのオタク部でそれぞれの趣味に没頭する三人に近づき、自らもオタクだと告白して絆を深めつつあった蛍はなぜ線路に身を投じてしまったのか。親友と無邪気に言う彼女と接するうちに抱いてゆく彼女たちの複雑な心情、辛い中でも大切なものを奪われかけた先にあった悲劇や、取り戻せない後悔に今も絡め取られ続ける彼女たちの絶望があって、一見単純に思えていた構図に、複雑な想いが積み重ねられていくことでまた様々な違う一面が見えてきて、それぞれの深遠な真実が印象的な物語になっていました。
一ノ瀬ユウナが浮いている (集英社文庫)
小学校の時に転校してきて幼馴染として一緒に育ってきた一ノ瀬ユウナ。17歳の時、水難事故で死んだはずの彼女が当時の姿のまま、大地の目の前に現れる青春小説。ユウナのお気に入りの線香花火を灯すと、大地にしか見えない彼女が姿を現す不思議な現象。ユウナに会うために伝えることができなかった気持ちを抱えながら、何度も線香花火に火をつけて逢瀬を重ねる大地。もしそのまま大人になっていたら、2人はたぶん結ばれていたんだろうな…ともう叶わない未来をつい想像せずにはいられなくてその関係がとても切なくて、だからこそ予想もしなかったそのあっけない幕切れには呆然としてしまいましたけど、それで終わらない最後がまた印象的な物語になっていました。
貴方のために綴る18の物語 (祥伝社文庫)
とある決意を秘めていた駅のホームで見知らぬ老紳士から声を掛けられた美織。「ミスター・コント」と名乗った彼から、短編を18本読み簡単な感想を書く仕事をもちかけられる物語。報酬は1字10円、総額143万円。新手の詐欺かと訝しみつつも押し切られる形で前金を受け取り、1日1話届けられる物語を読んでいくうちに、次第に高ぶってゆく彼女の中の思い。そして読み終えた美織に明かされる意外な真相。18の短編は特に連続性もなく、いい話もひどい話あって様々でしたが、この世にも奇妙な仕事には、思いもかけない意図が隠されていって、心揺さぶられる美織が最後に知る優しさがなかなか印象的な物語になっていました。
京都伏見の榎本文房具店 真実はインクに隠して (宝島社文庫)
東京の老舗文房具店でバイヤーとして働いていた榎本史郎。京都伏見で文房具店を営んでいた祖母の死を機に店を継ぎ、様々な謎を文房具をヒントに優しく解き明かす文房具ミステリ。文房具に造詣が深い史郎が関わりのある文房具をヒントに解き明かしてゆく、祖母の形見の硯箱に入っていた謎の大学ノートとファーバーカステルの鉛筆、物に無頓着な親友から突然贈られた高級万年筆の意味、人気イラストレーターの転落死事件、大学の書道学科で起きた道具紛失事件の真相。文房具に関しては雑学程度で蘊蓄が語られるタイプの作品ではなく、謎解きも読みやすくて登場人物たちの繊細な心情に焦点を当てたストーリーになっていました。今回は身近な謎がメインでしたけど、続巻あるならまた読んでみたいですね。
地球へのSF (ハヤカワ文庫JA)
温暖化する気候変動と資源問題、相次ぐパンデミック。そして止むことのない紛争と戦乱。22人のSF作家が地球と生命をテーマに寄稿する書き下ろしアンソロジー。気候変動や自然災害というのは普遍のテーマですが、それぞれの作家さんが思い描く地球と人類の未来とその結末。気候変動や自然災害をテーマにした短編がわりと多く、これだけの数の物語があるとどうしても玉石混交感があるのは否めませんでしたけど、同じ地球上という舞台でも作家さんによってこんなに変わるんだなという独創性を楽しむことができました。個人的に壮大だった春暮康一さんの「竜は災いに棲みつく」、ブラックユーモアが効いていた「一万年後のお楽しみ」 が良かったです。
ミシンと金魚 (集英社文庫)
認知症を患い「みっちゃん」たちから介護を受けて暮らしてきたカケイ。ある時病院の帰りにみっちゃんの一人から尋ねられ、これまでの人生を振り返る物語。父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。毎日毎日薪で殴ってきた継母との関係、息子が生まれてから連れ子も残してすぐに蒸発した亭主、そして生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイが産み落としたみっちゃんと過ごす幸せそのものの日々。一人の老女の口から語られるどこかユーモラスすら感じられるこれまでの人生はなかなかに壮絶で、それでもしっかりと生き抜いて老いを積み重ねてきた彼女とたくさんのみっちゃんたちとの様々な思いが込められたエピソードがとても印象に残る物語になっていました。
夫君殺しの女狐は幸せを祈る (角川文庫)
立て続けに3人の夫を亡くし『夫君殺しの女狐』と噂される名家の娘・香淑。そんな彼女のもとに突然、10歳も年下の富裕な名家の青年・榮晋から縁談が舞い込む中華風あやかし婚姻譚。夫を亡くすたびに出戻っていた実家も没落してしまい、今度こそ幸せに添い遂げたいと切に願う香淑と、裏腹に自分を殺してもらうために彼女を嫁にした榮晋。榮晋の説明で知ってゆく彼が抱えている呪われた家の事情があって、並行して香淑が3人の夫を失った真相も明らかになっていきましたけど、最初は打算から始まり、お互いの事情を知る中で少しずつ変わっていった2人の関係が、あやかしの力も借りて一緒に呪いに向き合い乗り越えてゆく中で、いつの間にか仲睦まじい様子を見せるようになってゆく甘い結末がなかなか良かったですね。
幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする (新潮文庫nex)
他人の気持ちが分からないことが悩みの理系大学生・谷原豊。曾祖母の死をきっかけに、謎の霊媒師・鵜沼ハルと出会う少し不思議な青春ミステリ。自称大正生まれのハルが、幽霊が見えず存在を信じてもいない理屈っぽい理系大学生の豊に依頼する奇妙な慰霊のアルバイト。そんな中でハルと一緒に取り組む戦前病気で死んだ女性の慰霊、ハルの家の者だという鵜沼サクラが説明する彼女の母とハルの何とも奇妙な関係。そして思わぬところに繋がっていく埋蔵金を巡るエピソード。やや人の機微に疎い合理的でちょっと変わった豊のキャラが立っていて、そんな彼と理屈っぽいやり取りをする文学部の高野先輩の存在も効いていましたが、不思議な物語感にはなかなか味があって面白かったですね。
さよならの仕方を教えて (メディアワークス文庫)
とある事情から無気力な日々を送る高校二年生の樋口悠。久々に登校した教室で、休んでいる別の生徒のもののはずの空席に座る転校生の有馬帆花と出会う青春小説。どこかクラスで浮いている彼女のあり方を不思議に思いながらも、隣の席ということもあって次第に打ち解ける二人。そんなある日、姿を消していた樋口のあまり素行の良くない幼馴染・水瀬凛が教室に現れて、それと入れ換わるように姿を消した帆花。決して交わらない2人と交錯する3人の想いが、やがて気づかないふりをしていた1つの事実に繋がっていく展開にはなかなか来るものがありましたけど、それにしっかりと向き合えたからこそ見つけることができたかけがえのない想いが、とても鮮烈な印象を残す物語になっていました。
天狗屋敷の殺人 (新潮文庫nex)
怪しい何でも屋でアルバイトをする古賀晴海が、恋人の平澤翠に婚約者として無理やり連れていかれた実家のある山奥に立つ霊是一族の天狗屋敷で陰惨な事件に遭遇するミステリ。巻き込まれ体質のちょっとうさんくさい主人公晴海が直面する、失踪した当主の遺言状開封、莫大な山林を巡る遺産争い、棺から忽然と消えた遺体。いかにも犬神家状態という言葉のイメージが先行していたこともあってか、思っていたほど複雑というわけでもなく、分かりやすいキャラや関係性を背景に繰り広げられたストーリーは意外と読みやすかったです。結成したコンビで続巻があるのかも気になりますが、この主人公みたいなタイプは、こういう娘とは絶対結婚できないなと思っていたので、エピローグで判明した結末には納得でした(苦笑)
最後の王妃 (集英社オレンジ文庫)
皇太子の婚約者として幼少から徹底した王妃教育を受けてきた貴族令嬢ルクレツィア。しかし夫シメオンは愛する下働きの娘マリーを側室に迎え、突如として隣国の侵攻を受けるファンタジー。ルクレツィアには指一本触れられないまま、マリーが懐妊して王子が生まれ、居場所も生きる意味も見失いかけていた矢先に起きた突然の王都陥落。あっさりマリーや息子と一緒に自害してしまった、いろいろと王の自覚が足りないシメオンに代わって、一人残された国の王妃として覚悟を決めるルクレツィアという皮肉な構図でしたけど、敵国皇太子の息子メルヴィンの意外と健気な様子が微笑ましくて、波乱万丈な展開に翻弄され続けながらも毅然として最後まで諦めなかった彼女が、きちんと評価されてゆく幸せな結末には救われる思いでした。
おやしろ温泉の神様小町 六百年目の再々々々…婚 (集英社オレンジ文庫)
倉世 春/漣 ミサ 集英社 2024年06月20日頃
開湯六百年を迎えたおやしろ温泉最古の宿『三澄荘』。十年ぶりに戻ってきた新当主・貴司が「小町様」と呼ばれる宿の守り神・千代と結婚する物語。ご神体の木彫り人形と三澄家当主が結婚する風習が何百年も続く中、その正体として三十回目の再婚をすることになった千代。彼女の姿は幼い頃しか見えず、普通なら存在も忘れていくはずなのに、なぜか今でも彼女の姿が見えて昔遊んだ記憶も忘れていない貴司が幼い頃からずっと募らせてきた想い。彼女を諦めきれない貴司の奮闘が、ついでに千代も過去の呪縛から解き放って、三十回目の再婚の結婚のはずなのに妙に初々しい千代が微笑ましかったですけど、しっかりと想いを成就させてみせた優しい結末はなかなか良かったですね。
あの夏の日が、消えたとしても (集英社オレンジ文庫)
1年前、ずっと片想いしていた律に好きな人ができたと振られた千鶴。しかし彼はその期間の記憶を取り戻すこともないまま、夏休み直前の海で花火をした日に告白される青春小説。過干渉な母親と過ごしてきた華美と、人の死にトラウマを抱える月村の運命的な出会い。そしてかけがえのない時間を共有した華美の転校と、律と交わした1年後の再会の約束。直後に階段から落ちて記憶を失い、千鶴を振ったことも華美との日々も思い出せないまま千鶴と付き合った経緯を思えば、千鶴が抱く複雑な想いも、再会した華美の反応も理解できてしまう展開でしたけど、でもなるようにしかならない事態にそれぞれが向き合った結末は思いのほか良かったですし、サイドストーリー的に描かれたもうひとつのエピソードもなかなか効いていました。