3月の読了冊数は読書メーターによると最終的に132冊でした。
読んだ本132冊
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こちらでは3月に読んだ文芸単行本8点、一般文庫25点、ライト文芸6点の計39点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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高校入学式の朝、駅のホームでひったくり犯を捕まえた荒谷伊澄。その際に犯人の前に出て足止めをしようとした車椅子の少女・渡辺六花と出会う青春小説。第一印象は最悪で、その後の事情聴取で六花も同じ高校の新入生と判明し同じクラスになった弁が立ち気の強い六花が、無意識に作られてしまう壁を乗り越えようとする姿を目の当たりにしてゆく展開で、委員長への立候補や強歩大会へ参加表明する六花への反応にはなかなか難しいものがありましたけど、新たな夢を語り、不器用でも理不尽を変えていこうとする六花の悪戦苦闘ぶりを目の当たりにするうちに、夢を諦めて無難に生きようとしていた伊澄や周囲の友人たちもまた少しずつ変わってゆく世界はとても彩りに溢れていたと思いました。
古代エジプトを舞台に、死んでミイラにされながら、心臓に欠けがあるため冥界の審判を受けることができなかった神官のセティ。欠けた心臓を取り戻すために地上に舞い戻るミステリ。3日間という期限を設けられて自分が死んだ事件の捜査を進める中で、やがて直面するミイラ消失事件というもう一つの大きな謎。異国で捕らえられて奴隷となった少女カリ視点も加えていきながら、唯一神アテン以外の信仰を禁じた先王を巡る企みにも立ち向かう展開になっていましたけど、いろいろな出来事が起きていく中でやや当初の目的が薄れてしまった感もあって、何よりやはり当時のエジプトでは蘇った存在が普通に受け入れられるのか、そこがちょっとだけ気になりました(苦笑)
お笑いでは芽が出ず身体能力ばかりが評価され、番組企画で棒高跳に挑戦する崖っぷちの芸人・御子柴陸。その番組を通じて五輪代表候補の大学生・犬飼優正と出会う物語。お笑いで食えずバイトの比重が高くなっていく相方に、このまま芸人を続けていいのかと葛藤しながら、スポーツバラエティ番組のレギュラーとしてストイックな生活を続ける陸。そんな彼がパリ五輪を目標とする犬飼と出会い、立場は違えども相手の競技に真剣に取り組む姿勢を見ているうちに、お互い意識してゆく展開で、棒高跳びの競技事情や国産ポールに挑む研究者の姿も描きながら、現状に複雑な想いを抱える二人の事情も明らかにされる中、それぞれの大会で自らのギリギリに挑む熱い展開には心揺さぶられるものがありましたね。
定時制高校に通い無職の父に代わり働く耕一郎。父から衝撃的な言葉を言い放たれ、衝動的に殴り飛ばし雪の中に倒れた父を放置して逃げるように故郷を去る過酷な日々を描く物語。僅かな所持金は瞬く間に減り逃亡生活は厳しくなる一方。遂に金が底をつき、全てを諦めようとした絶望の中で差し伸べられたホームレスの溜まり場からの手。それでも身分を証明できない生活はここまで厳しいのか…と突きつけられる日々の末に、ようやく故郷へ帰る決意をした彼に待ち受けていた結末は、想像していたよりもずっとマシな状況で、あがき続けた彼の頑張りを見守ってくれた人もいましたが、それでもその不器用なすれ違いに対するやりきれなさは感じましたし、いつか報われて欲しいと思わずにはいられませんでした…。
都内で起きた密室殺人。なぜか北欧の金髪王子ミカへの協力を命じられたアラフィフのベテラン刑事・本郷馨が、共に捜査に乗り出すアクションミステリ。殺人現場に不法侵入していた北欧の小国メリニア王国のミカ第三王子。事情あって国際指名手配犯を追う彼と挑む密室殺人の真相究明に、迷惑系Vtuberを殺した疑いのある三人の容疑者。そしてミカが日本まで足を運んだ理由と因縁の決着。捜査の合間に日本文化を堪能する王子に振り回されながら、組み合わせの妙で密室やアリバイ崩しを協力して解決していく構図で、その結末にはほろ苦さもありましたけど、何だかんだでバディとして息も合ったコンビになっていく二人の関係性がなかなか良かったですね。
伝説の殺し屋・和尚に拾われ、自らも殺し屋となった青年・雨乞。初夏のある日、駐在警官・藪池清を始末する命を受けた雨乞が、ふと小さな違和感を抱く物語。和尚への服従を誓う雨乞の小説を読むようになり、拙い文章を書き始めていたという秘密。偶然、今回の標的が好きな作家だと気づいてしまい、和尚に24時間の猶予を貰って、藪池と一緒に真犯人を探し始める雨乞。焦点となる少女の殺人事件の関係者、それに殺し屋の同僚も入り乱れる中、和尚の悪辣な立ち回りが際立っていましたが、心を殺していた彼が小説に対する想いで変わっていったその結末と、そこに感じられる未来への可能性がなかなか印象的な物語になっていました。
なぜか世界各地にミノタウルスが突然出没するようになってしまった現代社会。自身もまたその危機に直面した京都の史上最年少市長・利根川翼が、容疑者の一人になってしまった自身の疑惑を晴らすため謎解きを始めるミステリ。秘書の羊川に支えられ、派閥と利害調整しながら市政を動かしていた元バンドマンの翼が直面する、騒動の最中にミノタウルスの着ぐるみ姿で現れて誤って殺された市議の一人。被害者はなぜそんな姿であの場にいたのか。羊川たちとともに調査を始めた翼が、ミノタウルスが現れるようになった理由も合わせてその真相に迫ってゆく展開で、今回の特殊設定もなかなか強烈なインパクトでしたけど、思いもよらない結末へと繋がってゆくそのカオスなストーリーはなかなか面白かったです。
歌うことが大好きだった7歳のカラマの住むリベリアの村を襲ったゲリラ。母親を殺され少女兵士に拉致されて仲間になった彼が、天使の歌声をもつ少年と出会いを果たす物語。銃をあてがわれ生き残るために兵士となり、自分が襲われた時のように他の村を襲うようになってゆくカマラ。歌いながら仕事に没頭する彼が、高音を美しく歌う囚われた少年アンヘルと出会い、一緒に秘密の場所へと売り飛ばされ、今度は自分の喉と声と歌を頼みに新たな闘いに身を投じていく二人。選択肢も少ない過酷な状況でいかに生き延びるかという困難さが描かれていて、様々な見方ができる物語でもありましたけど、特別な天使よりも普通になりたかったというその想いがとても印象的に残る物語になっていました。
六法推理 (角川文庫)
学園祭で賑わう霞山大学で、法学部四年・古城行成が一人で運営する無料法律相談所・通称「無法律」。自らのアパート事故物件問題に悩む経済学部三年の戸賀夏倫が無法律を訪れ、悪意の正体を探ってほしいと依頼する連作短編ミステリ。奇妙な現象が起きていたアパートの事件解決をきっかけに自らも無法律へと入り浸るようになり、リベンジポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動といった持ち込まれる法律問題に対して、古城と一緒に解決に取り組んでいくようになる戸賀。法曹一家に育った法律マシーン古城の着想をヒントに、真相に迫ってゆく自称助手の戸賀との組み合わせが意外といいコンビになっていって、時にはほろ苦い現実にも直面するものの、依頼人のために考えに考え抜いて、最善の落とし所を模索し続ける古城の姿勢が印象的な物語になっていました。
スター・シェイカー (ハヤカワ文庫JA)
人類がテレポート能力に目覚めた近未来。不慮の事故がトラウマとなり能力を失った赤川勇虎が、違法テレポートによる麻薬密売組織から逃亡した少女ナクサと運命的な出会いを果たす物語。ふとしたきっかけから出会った特殊なテレポーターであるナクサにうっかり関わってしまったことで、否応なしに彼女の逃亡生活に巻き込まれてゆく勇虎。失われた地に住むロードピープルたちの助けを借りて、様々な人と出会い、敵の襲撃に対応しながら目的地である組織の拠点に向かう展開でしたけど、そこで明らかになってゆく壮大な計画があって、苦悩しながらも勇虎が立ち向かってゆく熱い展開は、文章がやや難解で粗削りながらもスケールの大きさを感じさせてくれる物語になっていました。
死にたがりの君に贈る物語 (ポプラ文庫)
人気シリーズ完結を目前に訃報が告げられた、全国に熱狂的なファンを持つ謎の小説家・ミマサカリオリ。やがて廃校に集まった七人のファンが、未完となった作品の結末を探ろうとする青春ミステリ。著作が厳しい批判にさらされていたミマサカ。さらに訃報に絶望し後追い自殺未遂を図った心酔していた17歳の少女・純恋。そして作品のファンたちが集い小説をなぞって廃校で生活することで、未完となった物語の結末を探ろうとする共同生活と、そこで直面する絶対に起こるはずのない事件。集まった熱狂的なファンたちがやってきた理由は様々で、垣間見える繊細な著者の心境はとても複雑で、どこまでも著者を信じて微塵も疑わない真摯な想いがもたらした結末には心揺さぶられるものがありました。
ぐるぐる、和菓子 (ポプラ文庫)
ちょっと変わり者の理系大学生・涼太。和菓子の美しさに魅せられて虜になった彼が、大学院に進まず和菓子職人になることを決意して製菓専門学校に入学する物語。製菓専門学校で涼太が班を組んだ同期四人の個性豊かな少女たちとの出会い。少し変わっているものの、真っ直ぐで前向きな涼太の姿勢に少しずつ感化されてゆく班の仲間たちがいて、餡子ひとつとっても一筋縄ではいかず、知ろうとすればするほど正解のないお菓子作りの奥深さに直面して、仲間の頑張りに刺激を受けたり、自らがどうあるべきか悩みながら、真摯に向き合って時には助け合い、成長してゆく彼らの姿に大切なものをたくさん教わったように思いました。
本が紡いだ五つの奇跡 (講談社文庫)
仕事に行きづまる編集者の津山が本当に作りたい本を作るため、かつて自分が救われた小説の著者、涼元マサミに新作を依頼。そうして生まれた作品がそれぞれの人生を動かしてゆく連作短編集。営業への異動話が出ていて、最後に後悔しない本を作りたいと覚悟を決めた編集の津山。そして元妻の再婚で娘との縁が切れそうな売れない作家・涼元、余命宣告された装丁家、心に傷を抱えた書店員、夢を諦めかけていた美大生、そして自分の時間が止まっていた読者まで、一人のために作られた物語の後悔しないために自分はどうすべきなのかという問いかけに、しっかりと向き合ってゆくそれぞれのエピソードがあって、それがひとつの結末へと収束してゆくとても優しくて心温かい素敵な物語になっていました。
あの日の交換日記 (中公文庫)
先生の提案から始まった大切な人のために綴られた交換日記。様々な立場の二人による七冊の交換日記によって紡がれる連作短編集。白血病で入院する生徒と先生、教師と殺人予告をする生徒、双子姉妹のやりとり、母に息子が書いた交換日記の真相、交通事故の加害者と被害者のやりとり、上司と部下による手書きの業務日誌を通じた交流、そして先生が縁で出会った夫妻。一つ一つのエピソードで積み重ねられてゆく伏線を回収しながら明らかにされてゆく登場人物たちの意外な繋がりやその後にも驚かされましたが、交換日記の広がりを通じて紡がれていった優しさに満ちていた関係がとても印象的な物語になっていました。
僕の神さま (角川文庫)
小学生の佐土原が尊敬する、冷静で洞察力に優れ「神さま」と呼ばれる同級生・水谷くん。彼が周囲で起きる事件を次々と解決してゆく連作短編集。おじいちゃんが突然具合が悪くなった理由から、絵が上手い川上さんが苦しむ父親のこと、運動会の騎馬戦で勝つための秘策、転校した川上さんによって図書室の呪いの本に込められた怨念、転校した同級生のいなくなった弟がいた場所。彼のもとに持ち込まれた難問に次々と答えを見出してゆく水谷くんの事件解決は鮮やかでしたけど、一方で小学生が周囲から「神さま」と呼ばれることを重いと感じるのは当然の話で、垣間見える苦悩には切なくなりましたけど、彼に寄り添おうとする佐土原の成長が感じられる結末には救われる思いでした。
紋の国の宮廷彫刻師 (角川文庫)
魔石に紋を刻む輝石技術が発達した貴耀国。辺境の村で彫刻師として細々と暮らしていた珠里が、宮廷彫刻師になるため聖学府に入学する魔法中華風ファンタジー。長年職人として働いてきたものの、輝石の取り扱い厳格化で仕事を追われ、同級生には揶揄されるものの、独学で身につけた卓越した技術が、本人も知らないところで思わぬ形で利用されていたことが判明して、にわかにその技術や知識が注目を集め、思いもしなかった事態に巻き込まれてゆく展開で、主人公はやや歳上ながらも隣国からやってきたファーネリアや同じ学士の翠瑜、講師の蒼元や女剣士の緋茜など周囲にも魅力的なキャラを配していて、災禍の彫刻師を巡る因縁からどう物語が広がっていくのか、続巻に期待したくなるシリーズですね。
京都・春日小路家の光る君 (文春文庫)
人とあやかしが共存する京都で生まれ育った山崎炉子。実家の大衆食堂が経営難に陥り、名家・春日小路家の使用人として働き始めた彼女が、初恋相手で次期当主・翔也と再会する和風恋愛ファンタジー。かつて炉子を救ってくれた、けれどその記憶を失しまっている初恋相手と久しぶりの再会。共に過ごすうちに翔也に惹かれていくものの、気にならずにはいられない容姿と財力に恵まれ、付喪神を使役する霊力に恵まれた四人の魅力的な花嫁候補の存在。彼女たちとのお見合いに炉子も同席することになってそのやり取りの中で様々な事情も明らかになっていきましたけど、少しずつ変わってゆく二人の関係がどうなっていくのかとても楽しみな新シリーズですね。鍵を握りそうな生き別れの付喪神・裳子と再会できるかも気になるところではあります。
人魚のあわ恋 (文春文庫)
手首に浮かんだ痣のために家族から虐げられていた夜鶴女学院に通う天水朝名16歳。そんな朝名に思いがけない縁談が舞い込む、帝都を舞台にした和風恋愛ファンタジー。女生徒たちが新任の国語教師・時雨咲弥の話題に花を咲かせる中でも、四十男の後添えにと乞われて自分の将来に希望を見出だせなかった朝名に降って湧いた咲弥との縁談。自分が幸せになっていいのか、友人が慕う相手を奪っていいのかと悩み、一方で彼女を厭い利用し尽くそうとする存在もいる中、咲弥側も何か事情を抱えているようで、彼女を取り巻く状況もまだまだ好転には程遠いものの、それでも迷える彼女をしっかりと受け止めてくれた咲弥の迷いのない想いには救われる思いでした。
仮初めの魔導士は偽りの花 呪われた伯爵と深紅の城 (角川文庫)
仮初めの魔導士は偽りの花 呪われた伯爵と深紅の城
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望月 麻衣/高星 麻子 KADOKAWA 2024年03月22日頃
幼い頃から性別を偽り暮らしてきた男装の新米魔導士ティル。偉大な祖父の遺言で悪魔祓いの仕事を継いだ彼女が、美貌の伯爵ノアの呪いを解くラブ&ファンタジー。魔女への厳しい弾圧が未だに続く王国。その王都から少し離れたラインハルト伯爵が治める城下町で生きてきたティルが、伯爵の親戚であるノアが住む城の呪いを解く依頼を絵描きの兄ハンスと二人で引き受ける展開で、呪いを巡る悲しい過去が明らかにされてゆく中で、ハンスが意外な頑張りを見せただけにその結末には何とも切なくなりましたけど、一方で祖父や伯爵の甥レイリーの存在も効いていて、呪いを解く過程でお互いを知って思いを育んできたノアとティナの関係がこれからどう変わってゆくのか、この続きをまた読んでみたいと思いました。
竜の医師団1 (創元推理文庫)
くしゃみをすれば竜巻が起き、背中を掻けば山が潰れる竜の病を治すために情熱を注ぐ変人だらけの医師たちと、医師を目指して奮闘する少年二人の成長を描く異世界青春医療ファンタジー。虐げられし民ヤポネ人の少年リョウと、竜の医師団を目指す上流階級のお坊ちゃんレオニートが飛行船の発着場で出会い、協力して船に乗り、それぞれの切実な理由から竜の病を退ける竜の医師団に入団することになった二人。改めて実感する竜の存在の大きさや、竜の医師団での魅力的なキャラたちとの様々な出会いだったり、日々の積み重ねから育まれてゆく絆めいたものがあって、最後に待っていた展開から物語がこれからどう動くのか、その続きをまた読んでみたくなりました。
戴天 (文春文庫)
皇帝は政治を疎かにし、宮廷では佞臣が暗躍する唐・玄宗皇帝の時代。そんな中でも天に臆せず、どこまでも義に生きることを貫こうとする者たちの姿を描いた歴史小説。身体を欠損して失意のうちに従軍し、権勢を振るい心酔する上官を陥れる宦官・辺令誠の非道に憤った崔子龍。天童と謳われ義父の遺志を継ぎ皇帝を糺そうとする真智。子龍の幼馴染である王勇傑と杜夏娘の何とも複雑な関係も絡めながら描かれる展開は、当時の英雄だった高仙芝ですら屈服させられてしまう佞臣の昏い影響力の凄まじさに戦慄させられましたけど、安禄山挙兵の混乱が続く中で、今自分の成すべきことは何かを問い続ける彼らの苦悩と生き様貫こうとするその姿が印象的な物語でした。
天国からの宅配便 (双葉文庫)
依頼主の死後に宅配便を送るサービス『天国宅配便』。この世からいなくなったあの人が、最後に届けたかったものを送り届ける心優しい連作短編集。友人に先立たれてしまい、荒れ果てた家で孤独に過ごす老女の元に届いた、かつて一緒に暮らしていた二人の女友達からの小包。厳格な祖母と対立していた高校生の文香に届けられた、亡くなった祖母の意外な本音。会社でも家でも居場所がない中年男に伝えられた、結ばれなかった幼馴染の想い。そして大学生の長部のもとに届いた高校時代の部活顧問からの手紙。希望を見失いかけていた人々に届けられる想いはとても優しくて、それぞれがとても印象に残る素敵な物語になっていました。
希望のゆくえ (新潮文庫)
誰からも愛されながら、放火犯の疑いをかけられた女性とともに失踪した弟の希望。兄である誠実のもとに母から突然連絡が入り弟の行方を追う物語。誠実自身が置かれている状況や弟の関係性も挟みながら綴られる、誠実が会いに行った希望が高校時代に付き合っていた同級生の恋人、仕事の後輩、幼稚園の先生、保育園の保育士、そして希望と一緒に失踪した女性。希望の関係者たちと話した内容を通して弟の持ついくつもの顔を知っていくうちに、相手を受け入れる希望の本当の姿が分からなくなってゆく展開でしたけど、弟を探し求める中で誠実自身もまたずっと目をそらしてきた感情と向き合ってゆくその結末が印象的でしたね。希望のその後を描いた書き下ろしの短編も良かったです。
あなたが選ぶ結末は (双葉文庫)
その選択で本当に良かったのか?最後の最後で読者がそれまで見てきたものとは全く違った驚きの景色が提示される5つの連作ミステリ短編集。裏切られた恋人への復讐、かつての同級生の死を追う週刊誌記者、財布から始まる思ってもみなかった結末、結婚式で逃げ出した花嫁を巡る顛末、食い違う証言と事件の真実。いずれも話が進んで事情が明らかになっていくうちに、何とも意外だったりほろ苦かったり、良かれと思ったことが裏目に出るなど、読み始めた当初の印象からどんどん見えている構図が変わってゆく中、読み終わってみると自分が全く違う目線でそのエピソードを見ていることに気付かされてしまう、それぞれの結末がまたなかなか効いている物語でした。
double~彼岸荘の殺人~ (文春文庫)
少女の頃に念動力で世間を騒がせて以来引きこもる神城紗良を、見守ってきた幼馴染山本ひなた。しかし紗良の噂を聞きつけた富豪から幽霊屋敷の謎を解き明かして欲しいとの依頼が入るホラーミステリ。ひなたを伴って向かった先では、紗良だけでなくテレパス、サイコメトリストといった様々な超能力者たちが呼び寄せられていて、これまでも残虐な事件が繰り返され、不気味にうごめいたり悲しい記憶で彼女たちを恐怖に陥れてゆく意識を持った屋敷を舞台装置に、またもやそこで起きてしまう殺人事件。ホラーめいた部分もありながらミステリも絡めた展開になっていて、そんな中で改めて自覚していくお互いに依存する二人の関係が浮き彫りになっていって、切ない想いを噛みしめるような二人の絆とその決断が印象的な物語になっていました。
助手が予知できると、探偵が忙しい (文春文庫)
仕事を選り好みするせいで暇な探偵・貝瀬歩の事務所を訪ねてきた女子高生の桐野柚葉。2日後に殺される予知を視たと語る彼女が歩に助けを求めるミステリ。予知の存在など信じない歩が、真剣な様子の柚葉を放っておくこともできず依頼を引き受けた結果、浮かび上がってきたストーカーの存在。その解決をきっかけに事務所でアルバイトして働き始めた柚葉。二人が挑む怪しい動きをするアパートの隣人や、死んだはずの友人の幽霊の調査があって、柚葉が少しばかり向こう見ずで危なっかしい印象もありましたけど、そんな彼女の予知と暴走に振り回され、フォローしながら事件を解決していくコンビの物語をまた読んでみたいと想いました。
ご褒美にはボンボンショコラ (宝島社文庫)
横浜の住宅街の一角に佇むチョコレート専門店「サ・イラ」を舞台に、12人の主人公とちょっと特別なチョコレートを絡めた、優しさと偶然が織り成す心ほぐれる連作短編集。店主の千代子が幸せになってほしいと思う人に贈ってほしいと伝えるチョコレート。突然妻を亡くしシングルファザーとなった会社員、叶わぬ恋に身を焦がす高校生、育児に悩む主婦、崖っぷちの女流作家など、苦しい状況に悩める人々の様々な人間模様が描かれて繋がってゆく展開になっていて、誰かのためにと少し思えたら変わるかもしれない…そんなエピソードを積み重ねて結実してゆくとても優しくて素敵な物語になっていました。
男装の華は後宮を駆ける 鳳凰の簪 (角川文庫)
男装の華は後宮を駆ける 鳳凰の簪(1)
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朝田小夏/ゆき哉 KADOKAWA 2024年01月23日頃
名家の男装の令嬢・芙蓉が後宮を司る皇太后から突然文使いに任命され、身元を隠すため男装するよう指示された彼女が、同じ文使いの青年・蒼君と出会う中華風ミステリ。街が正月の活気にあふれる中、ある朝後宮で発見された宮女の死体と、皇后しか持つことを許されないはずの鳳凰の簪の存在。初対面からぶつかりながら蒼君から後宮の事件を聞いて、持ち前の洞察力を活かそうと芙蓉が一緒に捜査に乗り出す展開で、テンポよく進むストーリーは後宮の確執が描かれる一方、市井にも活動の幅を広げてゆく様子はなかなか面白かったですし、薄々はお互いの素性も気づいている二人の今後も気になるところではあります。
涙龍復古伝 暁と泉の寵妃 (角川文庫)
奇跡の力を手に入れるため、霞国に滅ぼされた草原の民。生き残った暁蕾は奴婢にされ、涙石を授かる巫として妃となった幼馴染の翠蘭に仕える中華風ファンタジー。翠蘭に会える時間を励みに孤独を抱えながらもたくましく生きる暁蕾の前に現れる、涙龍を求める不老不死の男・青影。そこから宮廷の陰謀や龍の力を巡る事件を青影と一緒に乗り越えてゆくうちに、自分の心を取り戻していって翠蘭のために奔走する展開で、その先には隠されていた翠蘭の真実があって、彼女の周囲にもわりと優しい人たちがいたことには救われましたけど、ストーリーとしては一区切りとはいえこの巻だけではまだまだ分からないことも多く、彼女たちのこれからの物語に期待したいところですね。
推しの殺人 (宝島社文庫)
様々な問題を抱えて危機的な状況にあった大阪で活動する三人組女性地下アイドル「ベイビー★スターライト」。そんな状況でベビスタがさらに大きな問題に直面するミステリ。尊大な事務所社長との関係、グループ内での人気格差、恋人から暴力を受けているセンターといった様々な問題を抱えている中、メンバーの一人が事務所で社長を殺してしまい、その罪を隠蔽するために死体を山中に埋めることを決意する三人。そんな彼女たちが様々な形で徐々に心理的に揺さぶられ追い詰められていって、状況を切り抜けるためにどうするのかという思いに囚われて、それで覚悟を決めていってしまう展開は、厳密にはミステリではなかったかもしれませんが、なかなか興味深く読みました。
S.P.Y.株式会社 社内の不正、お調べします (宝島社文庫)
S.P.Y.株式会社 社内の不正、お調べします
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九条 睦月 宝島社 2024年02月28日頃
就職活動に勤しむものの、とにかく地味で印象に残らずどこから見ても「ザ・凡人」で連敗中の大学生・菜花。従兄の結翔に誘われ社内探偵専門派遣会社で働き始める連作ミステリ。アルバイトとして採用され、結翔とともに依頼を受けた会社に派遣社員として潜入して、社内の人間トラブルや不正を探る菜花。彼女が挑む経理の不正と隠されていた想い。デザイン会社の社内不倫と食い違う証言と、菜花が見出したデザイン盗用問題。結翔と一緒だったり単独で潜入しながら、仕事をこなしていくうちに、就活ではしどろもどろだった彼女も徐々にらしさも出せるようになっていく確かな成長があって、テンポのよく進むストーリー展開とその結末もなかなか良かったです。
奇岩館の殺人 (宝島社文庫)
孤島に立ついびつな形の洋館・奇岩館に連れてこられた日雇い労働者の青年・佐藤。到着後、ミステリーの古典になぞらえた猟奇殺人が次々起こるミステリ。探偵役のために催された実際に殺人が行われる推理ゲーム、リアルマーダーミスリー。金持ちが探偵役を演じる推理ゲームで自分が殺される前に、探偵の正体を突き止めてゲームを終わらせようと奔走する佐藤。犯人ではなく探偵役を探すという構図は斬新でしたし、運営側の事情も描かれていて、思わぬ展開で筋書きが破綻してしまうストーリーはややドタバタ気味でしたけど、密室、見立て殺人、クローズド・サークルといったミステリのお約束を次々と覆してきて面白かったですね。
君だけに紡ぐこの声を聞いて (角川文庫)
両親からの期待を一身に背負い、優等生であろうとする高校生の木下柚葉。勉強ずくめの日々を送っていた彼女が、〈暴力男〉と噂されている広瀬絃と知り合う青春小説。不器用だが悪評とはかけ離れた優しい性格の広瀬と親しくなる中で、少しずつ自分の本心と向き合えるようになってゆく柚葉。カメラマンになりたいという夢にも向き合い始めた彼女が直面する家族との難しい関係があって、広瀬もまたある事件を境に教室に居場所を失ってしまう展開でしたけど、彼と出会ったことをきっかけに変わり始めた彼女の背中を押してくれる人たちがいて、家族や広瀬の問題にもしっかりと向き合った彼女たちが迎える不器用だけれど微笑ましい結末はとても二人らしくてなかなか良かったです。
雛森寧子のミステリな日々 コンビ作家の誕生 (PHP文芸文庫)
文章力は評価されるものの謎解きトリックが弱いと編集者に指摘されるミステリ作家志望の君島が、トリックは強いが文章力に乏しい引きこもりの雛森寧子を紹介されてコンビ作家を目指す日常ミステリ。極度の人見知りで外出を嫌がる寧子を小説のネタ集めと称して連れ出した先で出会った、喫茶店で砂糖壺からコーヒーに大量の砂糖を入れる女、降りしきる雨のなか傘を壊す男、二人で一緒に行った秘密クラブ、寧子が引きこもりになってしまった理由。コミュ障でもミステリに関しては鋭い感性を見せる寧子とはいいコンビになれそうな相性の良さがあって、引きこもりに繋がった苦い過去を抱えていた彼女とのすれ違いも、過去にあった誤解を解き明かして一緒に乗り越えてみせたその結末はなかなか良かったですね。
恋ふれば苦し ゆめうら草紙 (小学館文庫キャラブン)
恋ふれば苦し ゆめうら草紙
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深山 くのえ/アオジ マイコ 小学館 2024年02月06日
左大臣の娘として生まれ、将来の妃として育てられた晶子。しかし東宮が急逝したことで、晶子は父親から不吉な娘とされ出家を言い渡される和風ファンタジー。父親にあっさりと切り捨てられ絶望し、大和国へ下り、出家した女たちが暮らす庵に移り住むことを決めた晶子。一緒に住む女たちに反対され出家を保留して、健やかに生活していた彼女が十年後に出会う雨宿りをしたいと訪れた兵部卿宮の智平。晶子の部屋を訪れた智平が口にしたこときっかけに、不思議な縁で彼女の運命が変わり始めて行く展開で、舞台を移しながら逡巡する彼女を粘り強く口説き落としていく二人の関係の変化があって、心無い父親ともしっかりと決着をつけてみせたその結末はなかなか良かったです。
謎解きはダブルキャストで (集英社オレンジ文庫)
演技の実力は確かながら、ブレイクしないまま大人になった子役出身の俳優・粋。旬の若手俳優・夏流主演の舞台オーディションでメインキャストの座を射止め彼が夏流と入れ替わる演劇ミステリ。意気込んで顔合わせに臨んだものの主役の夏流の態度が悪く、たまらず怒った結果最悪になった雰囲気。憂さ晴らしに役者仲間と酒を飲んで起きたら、なぜか夏流と入れ替わっていて、そこに舞い込む同じ主演の人気アイドル花音が死んだいう知らせ。夏流と秘密を共有しながら花音の死の真相を追う展開で、明らかにされてゆく花音の死の真相は切なかったですが、入れ替わったからこそお互いに気づけた様々なことがあって、分かりづらかった夏流の真意も徐々に明らかになって、刺激しあえる関係になってゆく二人の結末はなかなか良かったです。
月夜の探しもの (集英社オレンジ文庫)
三年前、父が病で亡くなってしまってから不眠に悩まされていた高校生の冴島亘。幼い頃父が読んでくれた絵本に、よく眠れる魔法の呪文があったことを思い出す青春小説。亘が不眠の症状が出るのは母が夜勤で不在の夜だけ。不眠が治るわけでもないと知りつつも作者もタイトルも分からないまま父が読んでくれた絵本を探そうとして途方に暮れていた彼が、偶然同じ絵本を探している同級生で問題児と噂のある三枝致留と出会い、ともに過ごす時間が増えてゆく二人。実は意外な形で繋がっていたお互い親世代同士の関係があって、気にかかっていたものも見つけられて、何より自らが抱えていた思いを共有して、気軽に話すことができる存在の大きさが効いていました。
大江戸恋情本繁昌記 ~天の地本~ (集英社オレンジ文庫)
数人の担当作家を抱えて忙しくも充実した毎日を送っていたエンタメ小説の若手編集女子・小桜天。編集部とトラブルになっていた大御所作家・瓦崎とトラックに轢かれ、江戸時代に転生する大江戸お仕事小説。思ってもみなかった経緯で江戸時代に転生して、通りかかった侍・遠野伊織に拾われ、三味線の女師匠おふゆに預けられることになった天。世話になりながら生きる術を探すうちに、やはり本作りに興味を持ち手伝うことになった地本問屋。彼女を救って便宜を図ったり店を畳む店主の株を買うなど、いろいろと謎も多い伊織が一体何者なのか気になる展開でしたけど、おふゆに小説の才能があることを見抜いて妨害されながらも諦めずず、令和で鍛えた編集の知恵と腕で彼女の本を出そうと仲間たちと力を併せて頑張ったその結末はなかなか良かったです。
華那国後宮後始末帖 (富士見L文庫)
反乱が起き、新皇帝が後宮全員の死罪を宣告したことで、突然一変した後宮の宮女・翡翠の日常。決死で抗議に行った翡翠は、思いがけず元婚約者の旺柳と再会する中華風ファンタジー。実は現皇帝として即位していた旺柳がそれを隠して皇帝の側近だと嘘をつき、根回しをした結果死罪は撤回させたものの、妃や宮女総勢千人をそのままにはできず一年間の猶予の中で彼女たちの行き先を探す「始末官」に任命される翡翠。とはいえ課題山積という現実に直面して時には旺柳とも衝突しながら、その状況を変える一手をきっかけに空気が変わりつつある中、思わぬ不穏な動きも協力して解決して、けれど元婚約者だった旺柳の想いにはどこか鈍い彼女相手の恋模様がどんな結末を迎えるのか、その続きをまた読んでみたいと思いました。