9月の四連休も気が付いたら半ばを過ぎてしまいましたが、せっかくなので何か連休中にひとつ企画を作ろうと思い、ちょうどいい感じに読んだストックが溜まってきた文芸単行本企画を作ることにしました。どうしても文庫に比べると単価も高く、敷居が高い印象もある文芸単行本ですが、ここ最近注目しておきたい作品が結構出てきているので、もし気になる作品があったらチェックしてみて下さい。
1.海蝶
女性初の潜水士として注目を集める横浜海上保安部所属・忍海愛。兄は特殊救難隊、父もベテラン海保潜水士で血筋は折り紙付きの彼女が、初めてならではの苦難や過去にも向き合ってゆく物語。東日本大震災に遭遇し目の前で母を失った愛。それをきっかけにバラバラになってしまった家族や、女性初の潜水士「海蝶」として働く彼女や周囲の戸惑いもあって、初めての任務がまたとんでもない事件でしたけど、苦難にぶつかって葛藤しながらも、行くも地獄戻るも地獄の道を突き進む覚悟を決めた愛がようやく大切な絆を取り戻す姿がとても鮮烈な物語でした。
2.昨日星を探した言い訳
全寮制中高一貫校・制道院学園に進学した坂口孝文。中等部2年進級の際、映画監督の清寺時生を養父にもつ茅森良子が転入してきて、坂口と運命の出会いを果たす青春小説。生徒会長を目指す真っ直ぐだけれど脇の甘い茅森を、影から支える坂口の密かな共犯関係。二人だけでたくさんの想いを語り合い、揺るぎない信頼と甘酸っぱい関係を積み上げてきたからこそ、思ってもみなかった急展開には驚かされましたけど、どこまでも頑固者で不器用で揺るぎない二人が、意外な転機と巡り合わせの末に迎えた結末には、苦笑いしつつもぐっと来るものがありました。
3.愛されなくても別に
学費と家に月八万を入れるため、日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田陽彩。浪費家の母を抱え友達もおらず、ただひたすら精神をすり減らす彼女が、傍若無人な同級生・江永雅と運命の出会いを果たす青春小説。自分は母親に愛されていると思っていた陽彩が、訳ありの江永雅と出会ったことでようやく気づいた衝撃の真実。それが当たり前だと思わされ、がんじがらめに囚われていた登場人物たちが抱えるしんどさはあまりに重く心揺さぶられましたが、だからこそその呪縛を断ち切り、未来に希望を見出そうとする彼女たちの決意を応援したくなる物語でした。
4.虜囚の犬
過去の苦い事件から家裁調査官を辞め、妹の専業主夫代わりの日々を送る白石洛。友人の刑事・和井田からかつて担当した少年・薩摩治郎が死体となって発見されたことを知らされるサスペンスミステリ。治郎の自宅を訪れて判明する監禁虐待されていた女性たち。なぜ治郎は監禁したのか、史上最悪の監禁犯を殺したのは誰なのか。強権的な父や無力な母、家政婦や庭師、精神医を通じて明らかになる凄惨な背景。中学生二人の動向も絡めて組み上げられる構図に覚えた違和感の正体は見事打破されましたけど、根深く逃げられないその連鎖には戦慄を覚えました。
5.楽園とは探偵の不在なり
二人以上殺した者は天使によって地獄に引き摺り込まれるようになった世界。細々と探偵業を営む青岸焦が、大富豪・常木王凱に誘われ天使が集まる常世島を訪れる孤島×館ミステリ。激変した世界でかつて無慈悲な喪失を経験した青岸が直面する、起きるはずのない連続殺人事件。犯人はいかにして連続殺人を成し遂げたのか。復讐に人生を賭けた犯人の「天使」の特性を逆手に取ったその真相には善悪とは何かを考えさせられましたね。そんな中で青岸が見出してゆく、天使と役割を逆転させたような探偵の存在意義がなかなか印象的な結末だったと思いました。
6.あめつちのうた
運動が苦手で家族に抱える鬱屈から逃げ出したい思いもあって、甲子園球場の整備を請け負う阪神園芸へと入社した雨宮大地。そんな彼が仕事や人々の出会いから変わってゆくスポーツ裏方小説。仕事もなかなか覚えられない大地に突っかかってくる、ケガでプロへの道を断念した同僚の長谷。それに同性愛者であることを周囲に隠す親友・一志や、重い病気を乗り越えて歌手を目指すビールの売り子・真夏と、同じく「選べなかった」運命に思い悩む仲間たちの葛藤を知り、自らも仕事や家族とも向き合いながらともに成長してゆく展開はなかなか良かったですね。
7.彼女が天使でなくなる日
九州北部にある小さな星母島。1年前大野麦生と一緒に戻ってきて託児所併設の民宿を営むようになった千尋。島の「母子岩」と呼ばれる名所にご利益を求めて様々な人々が訪れる連作短編集。育児と仕事の両立に苦しむ妻、千尋に興味を持ち探りを入れるライター三崎塔子、子宝を願う娘と母の関係、千尋を育ててくれた政子とその孫まつりと息子の陽太、そして掴みどころのない同居人・麦生との関係。一見ドライに見える千尋も訪れる人たちや周囲の人たちと同じように悩むこともあって、そんな彼女だからこそ寄り添える優しさがとても印象的な物語でした。
8.縁結びカツサンド
駒込うらら商店街に佇む、昔ながらのパン屋さん「ベーカリー・コテン」。その未来を背負う悩める三代目・和久が人の悩みに寄り添うパンを焼こうと奮闘する連作短編集。挙式に消極的な婚約者に悩む女性、就活に落ち続ける学生、中学受験する小学生の悩み、肉バカな肉屋の息子の恋。シェフから出戻りでパン屋を継いで、迷いを抱えながらも試行錯誤を続ける和久。そんなお店に訪れる悩めるお客さんたちがパンを通じて自分の本当に大切なものに気づき、お店の常連客となってゆく、とても温かくて優しい物語でしたね。賢介さんうまくいくといいな(苦笑)
9.月はまた昇る
出産後すぐに職場復帰するつもりが、なかなか保育園が見つからない北村彩芽。そんな彼女のSNSでの呟きにママたちの苦悩が寄せられ、オフ会で知り合った二人と一念発起して保育園設立に動き出す物語。娘の保育園の方針が合わない経理担当のシングルマザー契約社員・敦子、保育園で働きたい元保育士の専業主婦・梨乃が、彩芽の情熱に引っ張られるように設立に向けて動き出して、三者三様に遭遇するトラブルにはそううまく行かないよな…とも感じましたけど、時にはぶつかり合いながら絆を深め、苦難を乗り越える姿にはぐっと来るものがありました。
10.ただいま神様当番
バス停で毎朝出会う五人。ある朝目を覚ますと彼らの腕に「神様当番」と太く大きな文字が書かれていて、突如「神様」を名乗るおじいさんが目の前に現れる連作短編集。幸せを待つのに疲れた印刷所の事務員、理解不能な弟にうんざりしている小学生の女の子、SNSで繋がった女子にリア充と思われたい男子高校生、大学生の崩れた日本語に悩む外国語教師、部下が気入らないワンマン社長。「わしを楽しませて」という神様に振り回されながら、けれどそのお節介で今まで目を背けていたこと、大切だったものを思い出していく展開はなかなか良かったですね。
11.ミライヲウム
付き合っていた女性に触れた瞬間に未来が見えてしまう体質と苦い過去から、恋愛と無縁の大学生活を貫いていた凜太郎。そんな彼が同級生・立花に突然告白され、キスした瞬間にとんでもない未来が見えてしまう青春小説。見えてしまった未来を回避するには彼女の想いにどう応えるべきか。なかなか素直になれない立花の想いは真摯で、そんな彼女に惹かれてゆく自覚があるからこその葛藤があって、両親の過去もまた印象的なエピソードでしたが、不器用でもどかしい二人が向き合って乗り越えた未来と、その先にあった結末にはぐっと来るものがありました。
12.お父さんはユーチューバー
絵を描くことが大好きな宮古島のゲストハウス「ゆいまーる」に暮らす小学五年生・海香。東京の美術大学で学ぶことを夢見る彼女の父親・勇吾が突然ユーチューバーになることを宣言する物語。破天荒な勇吾の思い付きで徐々に変わってゆく海香の日常。十二年前に東京で芸人としてあがいていた勇吾が見た夢。有名ユーチューバーの仲間入りを果たしても、さらに過激化してゆく勇吾の顛末はあれでしたけど、理解に苦しむその行動にもちゃんと理由があったんですね…たびたび衝突しながらも、揺るぎない親子の絆が見せてくれた結末はなかなか良かったです。
13.晴れ、時々くらげを呼ぶ
父親を病気で亡くし、ワーカホリック気味な母と二人で暮らしの高校生の越前亨。図書委員になった亨が、毎日屋上でくらげ乞いをする後輩・小崎優子と出会う青春小説。理不尽に対抗するためにくらげを降らせようとする小崎の相手をしながら、日常を適当にこなす亨。本が好きな図書委員たちの読書あるあるがあって、同じ場所にいるのに温度差を感じてしまう亨がいて、けれどバス停で見かけた小崎をきっかけに、バラバラだったそれぞれの想いが繋がる展開は優しくて、ずっと忘れていた大切なものを思い出してゆく、とても素敵な結末だったと思いました。
14.俺の残機を投下します
家族を捨てて世界一のプロゲーマーを目指すも最近は成績が振るわず徐々に心も荒んでいく一輝。そんな悩める一輝の前に自分に似た謎の三人組が現れる物語。うまく行かない状況に荒れ、周囲を見下した態度でトラブルを起こしがちな一輝には好感を抱く要素に乏しかったですが、自らの残機だという三人に出会い、最初は不審に思い避けていた彼らにも抱えている複雑な想いがあることを知り、少しずつ変わっていった彼がどん底から這い上がって家族との絆を取り戻し、eスポーツワールドカップ格ゲー部門に挑む姿にはなかなかぐっと来るものがありました。
15.ファルセットの時間
かつて女装をしていた34歳の竹村がたまたま見つけた、16歳の「美少女」ユヅキ。その出会いから理想の女装像に惹かれ、複雑な想いや葛藤を描いてゆく物語。似たような嗜好の存在を見つけてそれが気になって仕方ない竹村。そこから始まった関係で感じる忘れていた思い、けれど今はもう自分は止めて仕事や家庭もあり、同じようにはなれない現実。かつての自分を知る人の変わった部分や変わらない部分に安堵し、自らにないユヅキの若さに対する複雑な想いを抱えて、けれどそんな自らの想いを認め折り合いをつけてゆく竹村の姿がとても印象的でした。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。