恒例の2021年下半期注目のオススメ新作企画、今回も「ライト文芸」「ライトノベル」「文芸単行本」「一般文庫」で作っていて。今回は「ライト文芸」「ライトノベル」「文庫」に続く最後「文芸単行本」編です。上半期と同様に自分が下半期に読んだものの中からオススメしたい30作品を紹介しています。それなりの数を読んでいるところなのでどれを削るのか、どう並べるのか結構悩みました(苦笑)一部上半期に発売されたものも入っていますが、どうしても全てをリアルタイムにカバーするのは難しいので、そういうものだということで予めご了解下さい。
※各作品タイトルのリンクはBookWalkerページに飛びます。
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メルボルンの若手画家が描いた一枚の絵画(エスキース)。日本へ渡って三十数年、その絵画が「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく連作短編集。メルボルン留学中の女子大生と現地在住日系人の恋、日本の額職人とかつてメルボルンで出会った作家の絵、大賞を受賞したマンガ家が師と出会った場所、パニック障害を発症した茜と元恋人の再会、そしてちょっと長めのエピローグ。丁寧に紡がれるひとつひとつのエピソードも良かったですが、繋がりが垣間見えるそれらがひとつに繋がった時に気付かされる、壮大な物語とその結末にはぐっと来るものがありました。
2.トリカゴ
殺人未遂事件の容疑者は、無戸籍だった。刑事の里穂子は捜査を進めるうちに、かつて日本中を震撼させた鳥籠事件との共通点に気づくミステリ。殺人未遂事件の捜査中に森垣里穂子が偶然発見した無戸籍者が隠れ住むユートピア。未解決事件として鳥籠事件を追う羽山との共闘と、家庭を後回しにしてめり込む捜査がユートピアの崩壊に繋がるのではないかという葛藤。どうするのがいいのか突きつけられた難題は、思いもよらない形で意外な繋がりが明らかになって、何とかしようと奔走し続けた里穂子の尽力が理解され、報われる結末には救われる思いでした。
殺人鬼「真夜中の解体魔」に婚約者を殺され、悲しみからようやく復帰した救急医の秋穂。搬送されてきた美少年・涼介が「真夜中の解体魔」の容疑者だと知ってしまうクライム・サスペンス。涼介に復讐しようとする秋穂に、涙を流して無実を訴える涼介。無実に思える証拠を見せられ、ためらいながらも涼介と真犯人を探す秋穂。真逆の証言が積み重ねられて二転三転する涼介の印象、散々振り回された先に待っていた思ってもみなかった事件の決着。何だか釈然としない幕引きだと感じながら終盤読んでいましたが、最後に待っていた結末に見事やられました。
事件被害者や家族のケアをする警察専門のカウンセラー唯子。多くを語らないクライエントが抱える痛みと謎を解決するため唯子が奔走する物語。夫を殺されたのに自分が罰を受けるべきだという妻、老人の車に兄を轢き殺された外国籍の少年、死に間際の老人がカウンセリングを必要とした理由、誘拐犯をかばう少女、姉を殺した加害者に復讐した少年。自らが抱える呪縛に囚われながらも、必要とする人に懸命に向き合おうとする唯子の献身ぶりに救われた人がいて、時には危うさも感じさせる彼女をしっかり受け止めてくれる仲上の存在に救われる思いでした。
5.新しい星
大学時代の合気道部で同期だった四人。大学を卒業してそれぞれの道を進んだ彼女たちの、30歳を超えてからのなかなか上手く行かない人生、愛するものの喪失とそこからの再生を描く物語。娘の死から暗転した青子の人生、職場で上手く行かずに辞めてから引きこもりになってしまった玄也、乳癌を患ってしまった茅乃、そして疫病で妻子と離れて暮らす卓馬。茅乃のリハビリをきっかけに再会してもそれぞれのままならない人生はそうそう変わらなくて、それでも自分を気遣ってくれる仲間がいてくれる安心感をしみじみと実感させてくれるとても優しさに満ちた物語でした。
正反対の性格である兄の道と妹の羽衣子。祖父の遺言で共に工房を引き継いでからも、互いに苦手意識を抱き衝突が絶えない二人の関係が、とある依頼をきっかけに少しずつ変わってゆく物語。幼い頃から落ち着きがなくコミュニケーションが苦手な兄の道と、突出した「何か」がなく兄の才能に複雑な思いを抱く妹の羽衣子。最初はお互いに理解しようともせず反発しかなかった二人が、自分を認めてくれる人と出会い、仕事に真摯に向き合う中で何だかんだでお互いを認め合うようになってゆく、ひとつひとつの出来事の積み重ねがとても印象的で良かったです。
ままならない恋に直面した時にどうするのか、それでもどうにかせずにはいられない登場人物たちの葛藤を描いた著者初の恋愛小説集。地下アイドルだった自分を推してくれていたファンをストーカーするアイドル、エモい物語を一緒に歩んできたビジネスパートナーの突然の結婚報告に動揺する天才デザイナー、高校から続く男二人と女に生じた一方通行の三角関係、新入社員の好青年に一目惚れして生活を犠牲にして一生懸命話を合わせる先輩。客観的に見れば不毛だったり無理がある、これは良くないことだと分かっていても、恋することは理屈ではないからついあがいてしまう...それもまた愛なんですよね。
人気俳優だったが遺書も残さずに自殺した双子の弟・尚斗。兄の貴斗が葬儀を終えて数日後に尚斗のスマホが見つかり、それをきっかけに弟の死の答えを知るために旅に出る物語。仲が良かった弟の死んだ理由を知るために礼文島・マルタ島・台中・ロンドンと足跡を辿る貴斗が、ゆく先々で出会うかつて尚斗と出会った人々、呼び出されたニューヨーク、ラパスでの決着。旅を通じて弟が見せてくれた世界の美しさ、そして彼が見ることがなかったたくさんの素晴らしいものがあって、様々な思いを受け止めて精一杯生きた貴斗の生涯がとても印象的な物語でした。
9.花束は毒
「結婚をやめろ」との手紙に怯える元医学生の真壁。彼を助けたい木瀬がかつて事件を解決してくれた探偵・北見理花に調査を依頼するミステリ。中学時代、探偵見習いを自称して生徒たちの依頼を請け負う少女だった理花。探偵への依頼を躊躇する真壁が脅迫者を追及できない理由、そして鍵を握る四年前の事件。新たな事実が判明するたびに印象がガラリと変わって、一方で消えないままの違和感が徐々にもうひとつの可能性に繋がっていって、恐ろしい真相を果たして伝えられるのかも気になりましたけど、このコンビの物語もまた読んでみたいと思いました。
10.硝子の塔の殺人
雪深き森で燦然と輝く硝子の塔。ミステリを愛する大富豪の呼びかけで、刑事、霊能力者、小説家、料理人など一癖あるゲストたちが招かれ、この館で次々と惨劇が起こるミステリ。館の主人が毒殺され、ダイニングでは火事が起き血塗れの遺体、さらに血文字で記された十三年前の事件。名探偵・碧月夜と医師・一条遊馬が謎を追う、昔よくあったお約束設定に挑戦する展開で、こういうのもあったなと作中で紹介されるミステリ作品群を懐かしく思いながら読んでいましたが、紆余曲折の末にちゃんとうまい具合に着地させてくれる結末の余韻は自分好みでした。
11.星を掬う
小学1年の時に母と二人で旅をした夏休み。ラジオ番組の賞金ほしさに、捨てられた母とその思い出を投稿した千鶴。それを聞いて自分を捨てた母の「娘」だと名乗る恵真が連絡してくるすれ違う母と娘の物語。DVの元夫に金をせびられ続けて、心身ともに消耗していた千鶴を連れ出してくれた恵真。認知症が急速に進行する母との再会と始まった共同生活で知ってゆく、様々な母と娘のかたち。苦しいのに求めてしまう、不器用な彼女たちのすれ違いはなかなか切ないものがありましたけど、向き合って乗り越えた先に感じられた希望には救われる思いでした。
12.7.5グラムの奇跡
国家試験に合格して視能訓練士の資格を手にしたものの、なかなか就職先は決まらない野宮恭一が、街の小さな北見眼科医院の人の良い院長に拾われ、視機能を守るために働きはじめる連作短編集。最初は不器用だった野宮が凄腕の広瀬先輩にフォローされながら向き合う、女の子の視力が落ちた原因、カラコンをする女性の目の痛み、緑内障の治療に通う患者たち、薬局の隠居老夫婦、原因不明の視力低下に悩む少年。出会った患者や周囲の人と真摯に向き合い続けた野宮が多くの気づきを得て成長し、信頼されるようになってゆく姿がとても印象的な物語でした。
13.求めよ、さらば
理想の旦那である夫の誠太と結婚して、なかなか子供ができない以外は安定していた夫婦生活を送っていた翻訳家の辻井志織。しかしそんな生活が些細なきっかけによって根底から覆されてしまう物語。家事や不妊治療にも協力的で、友人にも絶賛される夫のSNSに送られた衝撃的な投稿を見てしまう志織。その二週間後、離婚届を置いて突然失踪してしまう誠太。気がついてみれば夫のことを何も知らないことに愕然として、改めて認識してゆく志織の夫に対する思いがあって、さらけ出した本音でぶつかり合ったからこそ見えてきた希望に救われる思いでした。
14.毎日世界が生きづらい
十年めを迎えた雄大と美景の結婚。不精な妻の書斎でゴミ回収していた時に見つけた「戸建てを売るときのコツ」。ぎっちり詰まっていた本棚もがらんどうとなっているのを発見してしまう、小説家と会社員夫婦の二人の幸せを探す物語。いろいろ波乱含みだった美景と雄大の結婚に至るまでの経緯、周囲にやり方を認められずうつで休職した雄大、小説家になる夢を諦められず、上手く行きかけても不安になってしまう美景。不器用すぎるゆえにすれ違いかけた二人が、向き合って話し合って、少しずつ理解して前に進もうとする姿に救いを感じられる物語でした。
15.廃遊園地の殺人
プレオープン中に起きた銃乱射事件のため閉園に追い込まれたテーマパーク・イリュジオンランド。かつての夢の国に招待された廃墟マニアのコンビニ店員・眞上が連続殺人事件に遭遇するミステリ。「イリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る」という廃墟コレクターの資産家・十嶋庵からの伝言。様々な思惑を抱えて宝探しを始めた招待客たちが遭遇する連続殺人。遊園地誘致と過去の事件を巡る因縁はなかなか複雑で、積み重ねていった伏線を鮮やかに回収しながら、意外な探偵役が事件の真相を見事解き明かしてみせた結末はなかなか良かったですね。
16.老い蜂
建築士が何者かに殺害され、その妻が老人に略取される事件が発生し、かつて姉をストーカーに殺害された荻窪署の刑事・佐坂が、くせ者ながら優秀な警視庁の北野谷と組み、略取犯と拉致された女性の捜索に乗り出すミステリ。若い女性たちを狙った老人による嫌がらせ被害。一見繋がらないそれぞれの出来事から事件マニアの佐坂が見出した意外な共通点。犯罪被害者家族の悲惨なその後、執念深く常人には理解できないストーカー心理、事実が明らかになるたびにガラリと構図が変わってゆく展開で、その先にあったひとつの決着がとても印象的な物語でした。
17.推理大戦
日本で見つかった、ある「聖遺物」。世界的にも貴重なその「聖遺物」をかけ、「推理ゲーム」が北海道で行われることになり、驚異の能力を持つ「名探偵」たちが、決戦の地に集うミステリ。アメリカ、ブラジル、ウクライナ、日本などの「名探偵」たちが、描かれたそれぞれのエピソードで見せつける特異な能力の数々。そんな彼らの聖遺物をかけた推理ゲームを前に起きた殺人事件。事件解決のために名探偵たちが持てる力を使って導き出してゆく推理の数々にはワクワクさせられて、その先にあった思ってもみなかった結末にはつい唸らされてしまいました。
18.原因において自由な物語
誰にも言えない秘密を抱える人気作家・二階堂紡季。その秘密を引き換えに廃病院から転落した恋人、そして高校のいじめ被害者の転落死事件の謎を追うミステリ。事件が起きた同じ廃病院から転落したスクールロイヤーの想護は、紡季に何を伝えたかったのか。沈黙する関係者の生徒、ウイルスのように感染していくいじめ問題。生徒たちが抱える複雑な心情が明らかになっていって、すれ違い追い詰められた先にあった悲劇があって、誰もが被害者にも加害者にもなりうる怖さと、それにどうやって向き合えばいいのか、その難しさを改めて痛感させられました。
19.声の在りか
小学四年生の息子・晴基とそっくりの筆跡で書かれた切実なメッセージ。本人に真意を問いただすことも夫に相談することもできない希和が、晴基が勝手に出入りする民間学童で働きはじめる物語。意思疎通がなくなっていた夫、噂話が大好きなママ友たち。いつの間にか言いたいことも言えなくなっていた彼女でしたけど、でも何も思ってないわけじゃないんですよね。マイペースな経営者・要や子供たちに振り回されながら働く中、少しずつ自分の思うこと、言いたいことを思い切って伝えるようになって、少しずつ変わってゆく周囲との関係が良かったですね。
20.零の晩夏
描かれたモデルが例外なく死に至る「死神」の異名を持つ謎の絵師ナユタ。駆け出しの美術ライター八千草花音が、運命に導かれるようにナユタの謎を追う美術ミステリ。広告代理店を辞めた花音が巡り合った美術ライターの仕事。その中で紹介される謎の絵師ナユタの存在。関係者として紹介される人々を取材し、その謎を追ううちにナユタを巡る壮絶な過去と意外な繋がりが明らかになって、元同僚・浜崎の存在もなかなか効いていましたけど、運命に導かれるように謎を追う花音が、紆余曲折の末にたどり着いた壮大な真相にはぐっと来るものがありましたね。
21.パラソルでパラシュート
29歳になり「退職まであと1年」のタイムリミットを迎えた大阪の一流企業の受付で契約社員として働く柳生美雨。その記念すべき誕生日、雨の夜に売れないお笑い芸人の矢沢亨と出会う物語。掴みどころのない亨、相方の弓彦、そして仲間の芸人たちとの交流を通して変わってゆく美雨の日々。明確に定義づけできないけれどかけがえのない大切な想いを抱き始めていたからこそ、亨の芸人としてのルーツとも言える存在との突然の再会に、誰もが心揺さぶらずにはいられなかったわけですけど、それぞれに向き合って乗り越える姿がとても印象的な物語でした。
22.君の顔では泣けない
プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう高校1年の坂平陸。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決める青春小説。そう簡単には元に戻れるわけもなく、坂平陸としてそつなく生きるまなみと、うまく水村まなみになりきれず戸惑う陸。迷いや不安を抱えながら卒業し、その後も人生を歩む中でかつての家族に対する複雑な思いも自覚して、時には衝突したりもしながら、人生の転機を経験して様々なことが変わっていっても、かけがえのない絆を再確認する二人がなかなか印象的でした。
23.君の名前の横顔
夫を亡くし、小学生の息子・冬明と夫の連れ子の大学生・楓を一人育てるシングルマザーの愛。想像上の怪物を恐れ学校に行きたがらない冬明に二人は寄り添おうとするものの、ある出来事が三人の世界と関係性を変容させてゆく物語。父親の死後、義母の愛と弟の冬明を見守りながらも、その関係に違和感を持つ大学生の楓。愛もまたトラブルに巻き込まれてゆく中で、不思議な世界も織り交ぜながら問題の解決に向けて楓が奔走する展開でしたけど、その過程で彼らが家族としてしっかりと向き合い、育まれてゆく大切な絆が感じられてなかなか良かったですね。
24.雨夜の星たち
他人に感情移入できない三葉雨音26歳。同僚星崎くんの退職を機に仕事を辞めた彼女が、他人に興味を持たない長所を見込まれ「お見舞い代行業」にスカウトされる物語。できないことはできません。やりたくないこともやりません。そんなポリシーで始めた移動手段のないお年寄りの病院送迎や雑用をする「しごと」では、その割り切った姿勢を評価されたりあるいは怒らせたりもあって。けれど一方でそんな彼女のありようを複雑に思う羨ましいと感じる人もいて、何だかんだで生きづらそうな彼女にも居場所があって良かったなと思える、そんな物語でした。
25.ワラグル
年末の漫才日本一を決めるKOMで敗れ、今年ダメなら実家の生業を継ぐと公言していた相方とのコンビも解散となり絶望する加瀬凛太。何とかして漫才を続けたい凛太の前に、先輩KOM王者からある情報が寄せられるお笑い小説。来年決勝に残れなければ芸人を辞めることを条件に、死神の異名を取る謎の作家ラリーに教えを請う凛太。同様に師事するキングガン、放送作家を目指す梓、それぞれの視点で描かれてゆく葛藤やぶつかり合う姿はとても熱くて、それらが見事な形で繋がって、結実してゆく展開にはぐっと来るものがありましたね。面白かったです。
26.あなたを愛しているつもりで、私は――。娘は発達障害でした
あなたを愛しているつもりで、私はーー。 娘は発達障害でした
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遠宮 にけ 宝島社 2021年08月11日頃
娘の七緒が「発達障害」だという診断を受け、周囲と馴染めない日々に頭を悩ませる母・夕子。娘との関係、夫との関係、ママ友との関係、自分の母との関係。普通とは違う娘を抱えながら悩み抜いた母親の物語。大人しくて賢い一方で、強いこだわりがあったり、あまり他者に興味を持たないことがわかってきた娘・七緒。頭では分かっていてもありのままに受け入れたり、周囲に素直に頼るのは難しいですし、周囲との差は気になるし、普通であったらとは思ってしまうのが親の心理ですよね。そんな悩める夕子の近くに寄り添ってくれる人がいて良かったです。
27.オルレアンの魔女
原作者レジーヌがこだわる「黒髪のジャンヌ・ダルク」像にぴったりということで、パリ・オペラ座新作公演の主役に抜擢された天羽七音美。彼女がパリで起きる連続殺人事件に巻き込まれてゆくミステリ。演出家の依頼で宣伝のためカンヌへ渡った七音美。その頃、パリで起きた娼婦が丸刈りにされ殺される事件。被害者が握っていた「オルレアンの魔女」というメモの謎。刑事エミールとともに伝説の残る「監獄島」での捜査では、彼の地ならではの意外な事実も明らかになって、最後に関係者を集めて披露される謎解きとその結末はなかなか面白かったですね。
28.仮面家族
高1の娘・栄子に毎日詳細な日記を書かせ、やるべきことを命令してくる母。かなり年下で画家らしい母の言いなりの新しい父。その狂気にも似た行動の驚愕の理由が徐々に明らかになってゆくミステリ。隣に住む女子高生と仲良くなれと指示したかと思うと、嫌われろと言ったり、娘を振り回す母に対する不満と疑問。父や家庭教師も絡めた様々な出来事の積み重ねで、少しずつ確実に変わってゆく隣の黒崎家。様相をガラリと変えてゆく構図、浮かび上がる真相の先に迎える結末も衝撃的でしたが、だからこそ最後に突きつけられた痛烈な皮肉が効いていました。
29.月の淀む処
築40年のマンション・パートリア淀ヶ月に引っ越してきたフリーライターの紗季。しかし不審な出来事にたびたび遭遇するようになって、隣の部屋に住む雑誌記者の真帆子と共に調査を始めるホラーミステリ。住人たちの持つ奇妙な風習、連続して起こる行方不明事件、消えた死体、謎めく大量の骨壺など、閉鎖的なマンション内の空気、そして不穏な影を感じさせながら連鎖してゆく危うい狂気があって、精神的に追い詰められてゆく中で変わってゆく心境、そしていつのまにか立たされていた分岐点での決断が、読み終わるまでなかなか頭を離れませんでした。
30.時空犯
私立探偵・姫崎智弘の元に舞い込んだ報酬一千万円という破格の依頼。6月1日がすでに千回近く巻き戻されている原因を突き止めるため、姫崎を始めとするメンバーが巻き戻しを認識することができる薬剤を口にするミステリ。情報工学の権威・北神博士によって集められたメンバーたち。そこでの思ってもみなかった再会と、巻き戻された先で他殺体で発見された博士。博士を殺したのは誰なのか、疑心暗鬼に陥りかねない状況の中で、思ってもみなかった犯人の動機があって、甘酸っぱくて切ないもどかしさも絡めながら迎える結末はなかなか良かったですね。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。