昨年は注目作品が次々と文庫化されていました。そこで今回は昨年文庫化された作品のうちおすすめ作品を30作品紹介したいと思います。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
※各作品タイトルのリンクはBookWalkerページに飛びます。
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1.medium 霊媒探偵城塚翡翠 (講談社文庫)
推理作家として難事件を解決してきた香月史郎が出会った、霊媒として死者の言葉を伝える城塚翡翠。そんな彼女の霊視と論理の力を組み合わせて殺人事件に立ち向かうミステリ。殺された香月の後輩、招待された別荘で殺された先輩作家、女子高生連続の犯人を警察に協力する二人が翡翠の霊視と香月の論理で何とか解決してゆく展開で、けれど最後の連続殺人犯との対峙は、これまで積み重ねて来たものの何が虚で実だったのか分からなくなる急展開に繋がって、その何とも鮮烈で皮肉に満ちていた決着をいろいろと想起させるエピローグが際立たせていました。
2.わたしの美しい庭 (ポプラ文庫)
マンションの屋上庭園の奥にある「縁切り神社」。そこを訪れる生きづらさを抱えた人たちと、統理とふたり暮らしの小学生の百音、同じマンションに住む路有たちの物語。元妻の血の繋がらない娘・百音と同居する統理、ゲイの路有や同じマンションに住む桃子、仕事でうつになってしまった基らの視点から、その生きづらさが語られるエピソードで構成されていて、失ってしまった人やものへのままならなさを抱えながらも、それを簡単に忘れられるものでもないし、抱えながら生きてゆくしかないことを受け入れる彼らのありようがとても印象的な物語でした。
3.線は、僕を描く (講談社文庫)
両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生・青山霜介。アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会い、初めての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく青春小説。湖山に気に入られてその場で内弟子にされた霜介と、反発して翌年の「湖山賞」での勝負を宣言する湖山の孫・千瑛。初心者ながらも水墨画にのめり込んでいく霜介に、彼と関わるうちに千瑛もお互いに刺激を受けて変わっていって、才能だけでも技術だけでもない水墨画の世界で、その本質に向き合い続けた二人が迎える結末には新たな未来が垣間見えました。面白かったです。
4.ひと (祥伝社文庫)
女手ひとつで東京の私大に進ませてくれた母の急死。大学中退、就職のあてもなく二十歳の秋、たった独りになった柏木聖輔が砂町銀座商店街の惣菜屋と巡り合う物語。空腹に負けて寄せられた五十円のコロッケを、お婆さんに譲ったことから生まれた不思議な縁。時折嬉しくないことに遭遇し、惣菜屋の仲間や周囲に助けられながら、今できることを見極めて調理師を現実的な目標に努力する聖輔はとても堅実で、同じ目線で物事を見ることができる彼との関係を大切にする青葉はほんと人を見る目がありますね。彼らのその後が読んでみたくなる素敵な物語です。
5.本と鍵の季節 (集英社文庫)
利用者のほとんどいない放課後の図書室で同じく図書委員の松倉詩門と当番を務める堀川次郎。放課後の図書室に持ち込まれる謎に二人で挑む図書室ミステリ。先輩女子が持ち込んだ亡くなった祖父の開かずの金庫、美容室に感じた違和感の正体、友人の兄のアリバイ、友人の遺言が挟まれた本、松倉の父の遺産に絡む連作短編。ビターな事件が続く中でアプローチが違う二人はお互い足りない部分を補い合ういいコンビで、転機に繋がりそうなそうな最後の事件の結末は気になるところですね。でもそれを乗り越えた二人の探偵劇をまた読んでみたいと思いました。
6.君の話 (ハヤカワ文庫JA)
記憶改変技術「義憶」が普及した世界。二十歳の夏、天谷千尋が一度も出会ったことのない、存在しないはずの幼馴染・夏凪灯火と再会したことで動き出す物語。何もない過去を消したかったはずが、植え付けられるたった一人の幼馴染の鮮明な記憶。あまりにも運命的な再会から突如目の前に現れた灯花の存在を疑って、どうしようもなく惹かれてゆく千尋。そこにはもうひとつの物語があって、不器用でお互い遠回りせざるをえなかった二人がきちんと向き合って、儚く切ないけれど優しさが感じられる物語の結末に著者さんらしさがよく出ていると思いました。
7.名探偵誕生 (実業之日本社文庫)
小学生の頃から様々な冒険をしていたみーくんに不穏の影が差した時、いつも助けてくれた名探偵のお姉ちゃん。そんな千歳お姉ちゃんとの初恋とみーくんの成長を描く青春ミステリ小説。ずっとみーくんに寄り添い見守ってくれていた千歳お姉ちゃんへの想いは募ってゆくのに、なかなか姉妹のような関係から抜け出せないもどかしさについ共感してしまいましたが、次々と事件を解決してきた生粋の探偵である彼女を救うため、ほろ苦い複雑な想いを乗り越えて自ら立ち上がるみーくんがとても格好良かったです。どこでまた彼らのその後を読めるといいですね。
8.ひとつむぎの手(新潮文庫)
心臓外科医を目指し大学病院で過酷な勤務に耐えている平良祐介が、医局の最高権力者・赤石教授に見返りの代わりに三人の研修医の指導を指示され、さらに医局内の権力争いに巻き込まれてゆく物語。最初は無難に指導しようとした平良が直面する研修医たちの不信感、そして赤石が論文データを捏造したと告発する怪文書事件。けれど平良の患者と真摯に向き合う姿勢は変わらなくて、多くの人たちの命を救ってきたんですよね。ほろ苦い現実にも直面しましたが、見る人はよく見ていて正しく評価されていたことが分かる結末にはグッと来るものがありました。
9.祈りのカルテ (角川文庫)
親友を殺した犯人が精神鑑定で不起訴になった過去を抱える若き新人医師・弓削凛が、正確な鑑定のためにはあらゆる手を尽くす日本有数の精神鑑定医・影山司の助手に志願する物語。歌舞伎町無差別通り魔事件、生後五ヶ月の娘を抱いてマンションから飛び降りた母、姉を刺し逮捕された引きこもり、精神疾患は詐病とした傷害致死犯の思わぬ反撃、過去に犯した殺人事件を多重人格で不起訴となっていた犯人の真意。容疑者たちの真意を些細な手がかりから見抜いていく展開はなかなか面白かったですが、過去の因縁を絡めた最後の事件は業が深かったですね…。
10.元彼の遺言状 (宝島社文庫)
奇妙な遺言状を残して亡くなった、元カレで大手製薬会社の御曹司・森川栄治。学生時代に彼と3か月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、栄治の友人の代理人として、森川家の主催する「犯人選考会」に参加するミステリ。数百億円とも言われる財産の分け前を獲得するべく、自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する麗子。お金にがめつい麗子のキャラがなかなか存在感ありましたけど、この事件を通じて様々な人と出会い、彼女もまたいろいろ考えたりする部分もあったんですかね。明らかになってゆく事件の真相もその結末もなかなか良かったです。
11.探偵は教室にいない (創元推理文庫)
北海道の中学校に通う14歳の海砂真史を主人公に、英奈、総士、京介ら同級生たちとの日々の中で生まれるちょっとした謎を、真史のちょっと変わった幼馴染・鳥飼歩が解き明かしてゆく連作短編ミステリ。差出人不明のラブレターや、ピアノに対する京介の複雑な想い、総士が隠していた真相、そして真史の家出と四つの物語が収録されていて、登場人物たちの周囲に対して素直になれない繊細な心情を巧みに描きながら、一見無頓着にも思える探偵役・歩が相談された謎を解き明かしてゆく過程で見せるその細やかな心遣いがなかなか効いていると思いました。
12.僕と彼女の左手 (中公文庫)
幼い頃遭遇した事故のトラウマで、医者になる夢を前に壁にぶつかった医学生の習。そんな彼が左手一本でピアノを引く不思議な女性・さやこに出会い、共に時間を過ごすようになってゆくミステリ。教師を目指すさやこのために家庭教師として共に過ごすようになる二人。彼女にどんどん惹かれてゆき付き合うことになった習が、勉強よりもピアノに意識が向きがちな彼女のありように少しずつ感じるようになってゆく違和感。積み重ねられてゆく不安の先にあった真実は真摯な想いと共にあって、二人が出会えて本当に良かったと思えるとても素敵な物語でした。
13.あめつちのうた (講談社文庫)
運動が苦手で家族に抱える鬱屈から逃げ出したい思いもあって、甲子園球場の整備を請け負う阪神園芸へと入社した雨宮大地。そんな彼が仕事や人々の出会いから変わってゆくスポーツ裏方小説。仕事もなかなか覚えられない大地に突っかかってくる、ケガでプロへの道を断念した同僚の長谷。それに同性愛者であることを周囲に隠す親友・一志や、重い病気を乗り越えて歌手を目指すビールの売り子・真夏と、同じく「選べなかった」運命に思い悩む仲間たちの葛藤を知り、自らも仕事や家族とも向き合いながらともに成長してゆく展開はなかなか良かったですね。
14.本のエンドロール (講談社文庫)
就職説明会で「印刷会社はメーカーです」といった営業・浦本、夢を「目の前にある仕事を手違いなく終わらせる」とした仲井戸。斜陽産業と言われる印刷業界を描いたお仕事小説。浦本と仲井戸という対照的な二人を軸に、登場人物たちと家族や出版社編集とのやりとり、それぞれの仕事ぶりや印刷工場でのトラブル、電子書籍なども絡めて描かれる印刷業界の今はなかなか厳しくて、それでもその状況の中で仕事に真摯に向き合い、自らが印刷業界がどうあるべきか、できることはないのかと模索し続ける彼ら熱い想いと奮闘ぶりには心に響くものがありました。
15.コミュ障探偵の地味すぎる事件簿 (角川文庫)
入学早々友達づくりに乗り遅れていたことに気づいて愕然とする房総大学の新入生・藤村京。教室に残された高級な傘に気づき、その持ち主を推理し始めるコミュ障探偵ミステリ。傘を忘れた人は誰か、服屋で消えた同級生の謎、カラオケで酒を飲ませた犯人、祭りの中での盗難事件、元喫煙室で起きた冤罪事件の真相。いろいろ考え過ぎて話せなくなる、動けなくなってしまう藤村だからこそ、その推理力には眼を見張るものがあって、少しずつ増えてゆくかけがえのない友人たちを助けるため、遭遇した謎を推理してゆく彼のありようはとても好ましかったです。
16.青少年のための小説入門 (集英社文庫)
中学2年だった一真が万引きを強要された現場でヤンキーの登と出会い、幼い頃から自由に読み書きができなかった彼と共に小説家を目指す青春小説。文字を読むのには苦労する登が一真に小説の朗読をしてもらって、彼が頭の中に湧き出すストーリーを一真が小説にする日々。そして一真が出会った少女・かすみとのほのかな恋。二人で多くの印象的な作品を読みながらコンビで小説家を目指すべく試行錯誤を続ける二人が、作家になってから少しずつ歯車が狂ってゆく展開はもどかしくて、けれどそんな彼らのままならない青春にはぐっと来るものがありました。
17.愛を知らない (ポプラ文庫)
ヤマオの推薦で合唱コンクールのソロパートを任された高校二年生の橙子。親戚でクラスメイトの涼の視点から彼女の苦悩と決意が描かれる青春小説。気難しくて周囲から浮いていた橙子に期待するヤマオ、一緒に練習することになった伴奏役の涼と委員長で指揮者の青木、共に過ごす中で意外な一面を見せてゆく橙子が抱える苦悩。これまで見えていたものがガラリと反転した世界で、どうにもならないところまで拗れてしまった関係があって、やりきって勝ち取った結果にはぐっと来ましたが、だからこそその先にあったこの物語の結末が胸に突き刺さりました。
18.夜空に泳ぐチョコレートグラミー (新潮文庫)
思いがけないきっかけでよみがえる一生に一度の恋。どんな場所でも生きると決めた人々の強さをしなやかに描き出す5編の連作短編集。不器用で真面目すぎる幼馴染との関係、その子供と同級生の交流の表題作、喧嘩してきたかつての同僚と友人との約束、ひとところに落ち着けない二人の交流、子供を死産させてから人生が狂い始めた女性ととある男の出会い。登場人物がゆるく繋がった連作短編集で、これが著者さんのデビュー作ということでしたけど、不器用な自分の存在を理解して、心癒してくれる存在の大切さを改めて思い出させてくれる物語でしたね。
19.ただし、無音に限り (創元推理文庫)
探偵事務所を開いたけれど依頼は大抵浮気調査。密かに霊の記憶を読み取る能力を持つ探偵・天野春近が、能力の不自由さに振り回されつつ友人弁護士の仲介で心霊絡みの事件を解決してゆくミステリ。遺産相続を巡る孫に感じた違和感を巡る調査と、行方不明になっていた倒産会社社長の行方を追う2つの中編という構成。自分が見える幽霊が体験した情景を断片的に知ることができる何とも中途半端な能力で真相を追う展開でしたけど、その結末はほろ苦いながらもそれだけに終わらない読後感があって、意外な助手候補も現れる続巻に期待の新シリーズですね。
20.麦本三歩の好きなもの(幻冬舎文庫)
大学図書館勤務の20代女子、麦本三歩のなにげなく愛おしい日々を描いた日常小説。優しい先輩や怖い先輩、おかしい先輩などに囲まれながら、気になることを見つけたり、ミスしても懲りずにマイペースな日々を送る三歩。単純で天然だけどだけど何も考えていないわけではなくて、時には苦悩したり誰かのために奔走したり、変わった行動に走って先輩たちをドン引きさせたり、物語としては特に大きな山や谷があるわけではないですが、そんな日々を送るよくも悪くも真っ直ぐでお茶目な彼女が、先輩たちに可愛がられるのも何か分かるような気がしました。
21.その日、朱音は空を飛んだ (幻冬舎文庫)
学校の屋上から飛び降りた川崎朱音。自殺現場の動画がネットに流れ、明らかになってゆく自殺の原因。クラスメイトに配られたアンケートから見え隠れする歪められた青春ミステリ。動画撮影者、地味なクラスメイト、対立者、学年一位、恋人、幼馴染、そして本人の視点から浮き彫りになってゆく自殺に至るまでの構図。視点が変わるたびに見えてくるものも変わって、愚直なまでの想いがすれ違いからどんどん歪んでいって、それがどうにもならないところまで行き着いた先にあった真相と、最後に提示されたもうひとつの目次や結末はなかなか衝撃的でした。
22.青い春を数えて (講談社文庫)
数えても数えきれない複雑な思い。葛藤を抱える少女たちの逡巡とそれを乗り越えてゆく姿が描かれる5つの連作短編集。親友に対する複雑な想い、ズルイと思われたくないでも損したくない心境、天真爛漫な姉に対する器用貧乏な妹のコンプレックス、メガネにこだわる少女の心境を言い当てた電車の中での出会い、そして優等生が噂の不良少女に振り回されて気づいたこと。登場人物たちがゆるく繋がるひとつの世界観の物語で、繊細で複雑な想いをずっと抱えていた少女たちがきっかけを得てそれを乗り越え、新たな一歩を踏み出す姿はとても心に響きました。
23.カモフラージュ (集英社文庫)
不倫相手と夜にホテルで食べるお弁当、夜に帰ると増えているお父さんたちの真相、メイドになりたい一心で上京したいとうちゃんの不安、昔の記憶に起因する桃に関するフェティズム、YouTuber三人組が配信中に起こした事件、半年前に振られたアラサーの心の傷などを描いた連作短編集で、最初は話題先行の小説なのかと思いながら読み始めましたが、ままならない状況に葛藤する登場人物たちの繊細な描写には光るものがあって、個人的にはわりと好みな作風でした。最後の「拭っても、拭っても」がいいですね。また書くようなら読んでみたいです。
24.ひとり旅日和 (角川文庫)
人見知りで要領が悪く、紹介されて就職した先でも叱られてばかりの日和。そんな時に社長から気晴らしに旅に出ることを勧められ、旅好きの同僚に後押しされ一人旅を始める物語。初めて日帰りで行った熱海を皮切りに、千葉の水郷佐原、仙台、金沢、福岡と、時には失敗しながら遠くへ足を延ばしてゆく日和の気ままなひとり旅は楽しそうでしたね。それをきっかけにいろいろ変化の兆しが見えはじめて、状況が好転してゆく展開は良かったですけど、意外なところで繋がっていた縁がこれからどうなるのか、彼女の様子をもう少し見守ってみたいと思いました。
25.教室が、ひとりになるまで(角川文庫)
北楓高校で起きた三人の生徒連続自殺事件。クラス内でも地味な存在の垣内友弘が、最高のクラスで起きた一連の不審死の謎を追う青春ミステリ。生徒に代々引き継がれてきた4つの特殊能力。不登校の白瀬美月から三人を殺した死神の存在を知らされた垣内が、突如引き継いだ特殊能力で他の能力者や犯人の正体を探ってゆく展開で、スクールカーストの力関係や伏線を巧妙に絡めながら、地味な特殊能力を駆使した殺人の結末へと導いていく展開はお見事。突きつけられた現実への失望があるからこそ、そんな彼にもたらされる一筋の光にぐっと来る物語でした。
26.カナコと加奈子のやり直し (角川文庫)
いい先生として同僚にも羨望の眼差しを送られる教師・菅野。醒めた内心と虚像のギャップに苦しむ彼の前に、かつて自殺した同級生の幽霊・イシイカナコが現れる物語。イシイカナコから持ちかけられる「人生やり直し事業」と二人で飛ぶ17歳の自分が生きる時間軸。そこでまさかの同級生と入れ替わって、生前の石井加奈子や高校時代の自分と関わってゆく展開はなかなか面白いアプローチで、ほろ苦い真実に葛藤しながらも逃げずに向き合ったそのありようと、人生は失敗が許されないわけではない、というこの物語のテーマがとても印象的な物語でしたね。
27.駒子さんは出世なんてしたくなかった (PHP文芸文庫)
出版社の管理課課長を何とかこなす水上駒子の公平な姿勢が評価され、突然降って湧いた新規事業部署での次長昇進辞令。激変した環境に戸惑う駒子に家庭トラブルまで起きるお仕事小説。平穏な毎日を望んでいたはずなのに、セクハラの尻拭いや次長昇進から発生した問題の数々に加えて、家庭でも生じる専業主夫として支えてくれていた夫の仕事復帰や、息子の不登校問題。何を大切にすべきなのか優先すべきなのか、ままならない悩ましい状況が生々しく描かれていましたが、それでも試行錯誤して前向きに取り組む駒子が迎えた結末には救われる思いでした。
28.金木犀と彼女の時間 (創元推理文庫)
同じ一時間を五回繰り返すタイムリープを過去に経験し、無難に生きることを選択した女子高生の菜月。そんな彼女が文化祭で同級生の拓未に告白され、繰り返すはずのループで墜死した拓未を目撃してしまう学園青春ミステリ。無難に周囲に合わせてきた高校生活のいきなりの暗転。拓未の墜死に動揺しやり直しで何とか救おうとするものの、毎回違う形で失敗し死なせてしまう絶望。親友とのすれ違いが周囲との人間関係も少しずつ変化して、誰も彼も疑わしく見える中で自分から勇気を出して一歩を踏み出し流れを変えてゆく展開はなかなか良かったですね。
29.友達未遂 (講談社文庫)
伝統と格式のある全寮制女子高・星華高等学校。その寮で不審な事件が次々と起き、ルームメイト4人が巻き込まれていく青春小説。家に居場所がなかった茜、学校で伝説となっている母を持つ生徒会長の桜子、美工コースの憧れの先輩・千尋、周囲に迎合しない天才肌の真尋。複雑な家の事情や周囲の評価とのギャップに鬱屈を抱えていたりと、一人ひとり語られてゆくそれぞれの過去。けれど今まで見えていたものが全てではなくて、自分をきちんと見て気にかけてくれる人がいて、少しずつ変わってゆく彼女たちが迎えた結末にはぐっと来るものがありました。
30.春待ち雑貨店 ぷらんたん (新潮文庫)
京都のハンドメイドアクセサリーショップ『ぷらんたん』。悩みを抱えたお店を訪れる客の悩みに店主の北川巴瑠が一つ一つ寄り添い、優しく解きほぐしていく連作ミステリ。自身も密かに生まれながらの深刻な悩みを抱えつつも、恋人との関係の変化やお店を訪れるお客が抱える悩み、立て続けに起きるトラブルを一緒に解決していく展開で、簡単ではない問いに迷いながらも真摯に向き合う誠実で一本芯が通っている巴瑠のありようや、そんな彼女の影響を受けて大切な人といい関係を築こうと努力するようになっていく登場人物たちの姿がとても印象的でした。