5月の読了冊数は読書メーターによると最終的に134冊でした。
読んだ本134冊
読んだページ39962ページ
こちらでは5月に読んだ文芸単行本16点、一般文庫9点、ライト文芸13点の計38点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
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誰からも愛されていた弟・春彦の急死の報に直面して悲嘆に暮れる野宮薫子。彼が密かに遺していた遺言書の執行人に指名され、弟の元恋人・小野寺せつなと再会する物語。理由も分からないまま夫・公親に別れを告げられ、荒んだ生活を送っていた薫子が直面するさらなる悲劇。責任感の強い彼女がせつなに会ったことをきっかけに、彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うようになり、様々な人々と出会う過程で知ることになってゆく春彦を取り巻く背景。一方でせつなの作る美味しい料理や薫子の掃除が多くの人々の心を癒やしていって、カフネの活動を通じて薫子の心境やせつなとの関係も変わる中、時にはぶつかり合いながらも、不器用な人たちの思いに真摯に寄り添うとても優しい物語でした。
夏休みが終わる直前、飲酒運転の⾞に轢かれて死んた⼭⽥。勉強が出来て⾯⽩くて、誰にでも優しい2年E組の⼈気者だった彼の魂が教室のスピーカーに憑依する青春小説。悲しみに沈む学期初⽇に、担任の花浦が席替えを提案したタイミングでスピーカーから聞こえてきた⼭⽥の声。声だけになった周囲をよく見ている人気者の山田とクラスの仲間達の不思議な日々は、一方で文化祭で学校外のバンド活動や中学時代など、山田の知られざる一面も明らかになっていって、どこかのタイミングで成仏すると思っていた山田が、仲間たちが進級しても、卒業してもなかなか成仏できない孤独には来るものがありましたけど、そんな彼に最後まで寄り添い続けた和久津と迎える結末が印象的な物語になっていました。
あなたの大事な人に殺人の過去があったらどうしますか
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天祢 涼 角川春樹事務所 2024年04月15日頃
子どもの頃から自分の感情や思考を言葉にするのが苦手で、今は食品会社に務める藤沢彩。彼女が心惹かれる先輩の田中心葉が、過去の殺人を告白したことで心揺らいでいく物語。思い悩んでいた時に声をかけてきてくれた一年先輩の心葉を意識するようになってゆく彩。心葉と同期の佐藤千暁とも次第に交流ができてゆく中で起きた、会社の朝礼での突然の告白と心葉の失踪。被害者遺族としての複雑な想いも絡み合ってゆく中で起きた千暁の母が殺される事件もあって、今はこういう悲しみでもネタとして消費することしか考えない心無い輩がいることには憤りを覚えますが、それぞれの言葉にできない苦しみを抱えながらも、それに向き合って変わってゆく彼女たちの姿が印象に残る物語になっていました。
三十歳を目前に婚約した千鶴。自分への恋心を隠し続ける親友・響貴の心残りをなくすため、彼に告白させて自分が振る秘密の計画を立て、大学時代の友人たちを巻き込んでゆく告白大作戦。自分が婚約したことを告げて響貴が中途半端な想いを引きずらないよう、前に進むことができるように先に告白させて失恋させてすっきりさせるべきだと突然主張する千鶴。いい大人のやることとは到底思えないアイデアに、呆れながらも協力する共通の友人・果凛。とはいえ別の思惑で動く友人たちもいて、そう簡単に思惑通りに上手くいくわけもなく、そりゃそうだよな…と苦笑いでしたけど、それでもこれまで年月を積み重ねてきたかけがえのない絆や、心境も変化していった2人がお互い納得できる結末に落ち着いて良かったです。
数学好きで京都の大学に入学した田辺朔。漫然と一回生前期を終えてしまった彼が通称キューチカでひっそりと営業されているバーのマスター夷川と出会い、大学生活が一変する青春小説。夷川に初めてウイスキーやタバコといった世界を教えられた朔が、何の前触れもなくナイジェリアへ留学に行ってしまった夷川の跡を継いでバーのマスターとなり、彼なりに試行錯誤するようになってゆく展開で、時には慕っていた夷川の不在をなかなか埋められずにいる野宮に振り回されながら、様々な人々と出会い成長してゆく姿や、ままならない状況に直面する登場人物たちの葛藤が描かれていて、それに必ずしも前向きに向き合える時ばかりというわけでもなく、そんな煮えきらない感傷的な想いもまた一つの青春だなと思いました。
少女小説とSF (星海社FICTIONS)
日本SF作家クラブ/嵯峨 景子/orie/新井 素子/皆川 ゆか/若木 未生 星海社 2024年03月28日頃
世代を超えて集結した少女小説作家たちが、少女小説とSFの可能性を解き放つ、日本SF作家クラブ企画によるSF小説アンソロジー。企画に参加された新井素子さん、皆川ゆかさん、若木未生さん、津守時生さん、ひかわ玲子さん、榎木洋子さん、雪乃紗衣さん、紅玉いづきさん、辻村七子さんがそれぞれ持ち味を活かして書かれたSF設定の短編と、その著者さんについて嵯峨景子さんが解説やコラムを掲載する構成になっていて、解説に掲載されていた昔読んたことのある作品を思い出して懐かしさを覚えたり、それぞれの作品をもっと長編の形でじっくりと読んでみたいと思ったり、ひとつひとつの作品がとても素敵な珠玉の短編集になっていました。
母親の伊麻と3人の恋人たちと一緒に暮らす高校生の千夏。秘密を抱え目立たないようにしてきた彼女が、クラスで一番の人気者から告白されてしまう恋愛小説。複雑な家庭事情を友人にも明かせずにいたところに、思わぬ形でスタートした交際。一方、伊麻と再会して子供を産んでも恋愛を楽しむ姿を見て、決心を固める高校時代の友人絹香。とはいえ千夏は彼氏に異様に束縛されるようになり、絹香もまた夫との関係を思うようには変えられない現実に直面して、誰でも伊麻のように自由な恋愛ができるわけでも、周囲の理解を得られる関係を築けるわけでもないんですよね…。けれど現実を突きつけられ挫折した彼女たちもまた、紆余曲折の末に大切な存在を見出していくその結末には救われる思いでした。
からだは傷みを忘れない。たとえ肌がなめらかさを取り戻そうとも。傷をめぐる物語を通して癒えるとは何かを問いかける短編小説集。クラスメイトから突然存在しないものとされた女子高生、シーツに残された血の意味、恐ろしいものに対する拭えない恐怖心、奥さんを僕の傷口という男性、一度体から離れた指、目に見えない傷、祖母の背中の大きな傷跡、事故に遭った妹、刺青に覆われたおじさん、まぶたに傷をつけてくれた人など、傷口がふさがっても、それぞれが抱え続けている様々な傷に対して今どのように向き合っているのか、どんな想いを抱いているのかが繊細に描かれていて、ひとつひとつは短いながらも印象的で余韻のある物語になっていました。
交通事故で両親を亡くして祖父母に育てられた高校3年生の茜。彼女が祖母の友人に誘われボランティアで寝たきりの咲子と出会い、不思議な出来事に遭遇する物語。交通事故による脊椎損傷で寝たきりの生活を送っている咲子と、そんな彼女の元へ通うようになった茜が直面する自身の身体の不調。そして寝ているはずの夜中の時間に、咲子の人格が入れ替わったのではと思うようになっていく茜。咲子と出会ったことで茜の心境も少しずつ変わりつつある一方、茜の力を借りることで事件前後の記憶が曖昧なままだった咲子の事故の背景に迫る展開で、明らかにされる事実によって物語としての構図も大きく形を変えてゆきながら、紆余曲折の末に辿り着いたその結末がなかなか印象的な物語になっていました。
古びた実家を取り壊して、それぞれが新しい生活を始めるはずだった家族。その引っ越し前に父を除いた家族で片づけをしていたところ、不審な箱に入った怪しいものを見つけてしまうどんでん返し家族ミステリ。家族がそれぞれ新しい生活を始めるために、近づく引っ越しに向けて片付けを進めている家で、なぜか発見された青森の神社から盗まれたと報道されているご神体と思われるもの。家族で話し合った結果、不在の父が盗んだものかもしれないという結論に落ち着いて、返却して許しを請うためにご神体を車に乗せて山梨から青森へ出発する一同。その中で明らかになっていく家族たちそれぞれが抱える事情と嘘があって、時にはぶつかり合いながらその中に家族の絆を見出していくその結末が印象的な物語になっていました。
前職の人間関係や職場環境に疲れ果て退職した茉子。親戚の伸吾が社長を務める小さな製菓会社に転職して、会社の中の見えないルールに振り回されてゆく物語。父の跡を継いで社長に就任したもののどこか頼りない伸吾、誰よりも業務を知っているのにパートとして働く亀田さんの事情。声も態度も大きい江島さんと怒られてばかりな部下の正置さん、畑違いの有名企業から転職してきた千葉さんなど、なかなか言いたいことも言えず摩擦も多い社内の人々のもやもやや生々しい心情も描かれていましたが、そんな中コネの子と言われ時には嫌な思いをしながら、それでもおかしいと思ったことに勇気を持って声をあげたことで、少しずつでも確かな変化の予感を感じさせてくれたその結末には確かな希望がありました。
西暦2096年。囮捜査で捕まった犯罪集団アサヒナ・ファミリーの朝比奈伊右衛郎が、巨大複合企業ハニュウ・コーポレーションCEOの羽生氷蜜により、羽生芸夢学園に強制入学させられる近未来サイバーパンクアクション。彼の持つポテンシャルに惚れ込んだ氷蜜の提案する更生プログラムとして、電装化体験型遊戯ジャケットプレイの特殊訓練を受けることになった伊右衛郎。魅力的な氷蜜たちと送る学園生活に少しずつ心境が変わりつつある彼が、ファミリーを率いて学園を襲撃した父レインボウや兄弟たちと対峙する展開で、強大な力を持つレインボウ相手に厳しい戦いを強いられる中で、暴かれてゆく水蜜の秘密に直面することになった伊右衛郎が、父を乗り越える戦いに挑む熱い展開はなかなか良かったですし、彼らが迎える結末もまた印象的な物語になっていました。
世の中で起きる超常現象を調査する専門家忍鳥摩季。一見やや頼りない彼女が、世の中で起きる超常現象を利用した殺人事件を解決する特殊設定ミステリ。別々の空間が繋がるループ現象で切断された死体が発見されたり、定期的に時間が止まるストップ現象の中で行われた殺人事件、他者の動作を意のままにするコントロール、繰り返されるタイムリープ中の解き明かしてゆく殺人事件など、思っていた以上に想像の斜め上を行く特殊環境下で起きる殺人事件の謎を摩季の身体を借りて冷静に解き明かしていく先生は一体何者なのか。様々な経験を経て摩季自身も成長していく中で、その正体も明らかにされてゆく結末がなかなか印象的な物語になっていました。
護師の美咲が偶然見かけた写真の中で被写体として映っていた緑色の冷蔵庫。それをきっかけにかつて遭遇した不思議な出来事を思い出してゆくミステリ。14歳の時、ピアノが嫌になっていた美咲を救った、老齢の父と住みピアノを教えてくれた由貴奈先生の存在。彼女のおかげでピアノを好きになることができた美咲が由貴奈先生に教わった、発想記号を理解する時は空き地に捨てられた冷蔵庫を思い浮かべればいい、という不思議な言葉の意味。思わぬ形で再会した緑色の冷蔵庫の存在をきっかけに繋がってゆく、当時は気付かなかった様々な出来事が明らかになってゆくストーリーになっていて、短いながらも今に繋がる過去の出来事が鮮烈な印象を残す物語になっていました。
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てにをは/宇佐崎 しろ/アド KADOKAWA 2024年04月19日頃
記憶をなくし波間を漂っていた少女アド。彼女が人間界からはじきだされたオートロイドたちが暮らすエルゥエル島で目を覚ますファンタジー。右も左もわからない中、オートロイドの少女、ウル、メイ、ラギ、オドと出会い、暮らすうちに彼女たちがだんだん大切な存在になっていることに気づいていくアド。彼女には時折よぎる記憶の断片があって、本当の自分は一体誰なのかを考える中で、王国と帝国の争いに巻き込まれてゆく展開で、歌い手Adoの「前世小説」という設定で描かれたストーリーでしたが、仲間たちに助けられながら自分がどんな存在なのかを思い出したアドが、迷いながらも大切なものを取り戻して辿り着いた結末が印象的な物語になっていました。
東洋文化大学の学生・速水翔太の視点で、アルバイト先の自称料理研究家の奥村歌子さんを始めとした女性三人のシェアハウスの様子が描かれてゆく物語。私立女子校時代の同級生である68歳の三人の秘書という名の小間使いとして振り回されながらも、歌子さんによる賄いが美味しすぎると思ってしまう日々。そこに新たな同居人・緑川恒子さんがやってくる一方で、彼女たちが終の棲家と考えていたシェアハウスにも思わぬ形で売却の危機が迫る展開で、元気で騒々しい彼女たちでしたが人生そうそういいことばかりでもなく、これまで生きてきた彼女たちの波乱万丈な人生もなかなか印象的で、そこになぜか関わるようになっていく翔太の彼女・美果が変わっていく様子も効いていました。
神の悪手 (新潮文庫)
夢を追うことの恍惚と苦悩、誰とも分かち合えない孤独を深く刻む将棋を題材とした運命に翻弄される登場人物たちの連作短編集。避難所でなかなか勝ちきる手を打たない子が、それでも将棋を指し続けた理由。将棋人生を賭けたアリバイ作りに挑む追い詰められた男。詰将棋雑誌に投稿した訳あり少年の秘められた想い。対戦した棋士の二人だけが感じることができる世界、駒師が指定対決の駒選びで感じた複雑な想い。思ってもみなかったことに気付いてしまい、それでも将棋に向き合い、前に進むことしかできない不器用な人々の苦悩や葛藤はどこまでも真摯で、その先に見出してゆく彼らの結末がとても印象に残る短編集でした。
神曲プロデューサー (集英社文庫)
音楽業界の〈何でも屋〉蒔田シュンが、自作曲のMVがネットでバズり、カリスマ歌手・海野リカコの三十日連続一位を止めたことから知り合う大人のボーイミーツガール連作小説集。作曲・編曲・演奏・執筆などを兼業して何とか食いつないでいたシュンがようやくみた日の目と、しかしその曲に盗作疑惑が持ち上がる皮肉。シュンに注目し交流を持つようになってゆくリカコや、スタジオミュージシャン、アイドル、映像作家、プロデューサーなど、様々な人たちとの出会いが広がる一方、彼の音楽に持っているこだわりが他の音楽に人生を託す人々の生き様とぶつかり合い、少しずつ認められていきながら、才能はあっても恋にはどこまでも不器用過ぎる彼らの葛藤と熱い想いが描かれた素敵な物語になっていました。
毎日世界が生きづらい (講談社文庫)
十年目を迎えた雄大と美景の結婚。不精な妻の書斎でゴミ回収していた時に「戸建てを売るときのコツ」を見つけてしまう、小説家と会社員の夫婦が二人の幸せを探す物語。いろいろ波乱含みだった美景と雄大の結婚に至るまでの経緯。夢を抱いた仕事につまづいて、周囲にやり方を認められなくてうつで休職した雄大。一方で小説家になる夢を諦められず、上手く行きかけてもどこか不安になってしまい自分を責め続ける美景。ついついできないことに目を向けてしまって、不器用すぎるゆえにすれ違いかけた二人でしたけど、向き合って話し合って関係を終わらせるのではなく、少しずつお互いを理解していきながら前に進もうとするその姿に救いを感じられた物語でした。
風よ僕らの前髪を (創元推理文庫)
何者かに殺害された弁護士の伯父・立原恭吾。犯人は未だ判明しない状況で密かに養子の志史を疑っていた伯母が、元探偵事務所員の若林悠紀に志史の身辺調査を依頼するミステリ。悠紀にとって志史は従弟というだけでなく家庭教師として教えた一人でもあり、誰にも心を許そうとしなかった志史。謎に満ちた彼の過去を調べてゆくうちに浮かび上がってくる存在。そして明らかになってゆく愛憎渦巻く異様な人間関係。読んでいる過程では悠紀の推理もなかなかいい線を突いていると思いましたけど、それをあっさり超えてくる理不尽を強いてきた身勝手な大人たちの存在や、積み重ねられてきた過酷で複雑な思いがあって、その真相に唸らされると同時に彼らのその後をつい考えずにはいられませんでした。
旅の終わりに君がいた (実業之日本社文庫)
婚約破棄され職も失った季俣埜乃が立ち寄ったキッチンカー「FINE」。訪れる客に最後の晩餐を提供する不思議なキッチンカーが人生の長い旅を終える人たちとの切ない別れを優しく包み込んでゆく物語。「FINE」という店名に人生という旅の最後に思い出の料理を出す店主・神代悠翔の思いが込められたキッチンカーで、彼が提供する懐かしい味に昇進を少しだけ癒やされた埜乃。彼女が悠翔とともに五年前のある悲しい事故で大切な人たちを無くした人々に最後の晩餐を提供していく展開で、何とか避けようとしても容易には避けられない運命を知りショックを受けながらも、それにしっかり向き合う関係者たちそれぞれの姿や、自らも過去の事件の関係者でそれぞれのやり方で支える2人の想いが印象的な物語になっていました。
はじまりの青: シンデュアリティ:ルーツ (創元SF文庫)
青い雨に侵された世界で生存領域を地下に求めた人々の物語をアニメとゲームで展開するSFプロジェクト〈SYNDUALITY〉その知られざる始まりに迫る公式ノベライズ。西暦2099年。9歳のエリロスとアイが暮らす超高層都市を襲った人体を蝕む青い酸性の雨。それを何とか生き延びた彼女たちとその子孫が、変わり果ててしまった世界の中で生存領域を地下に求めて、新しいかたちの文明を築こうと試みてゆく4代約120年にわたる推移と変化を描いたストーリーになっていて、新たな文明がどのように築かれるのか、前日譚を描いたノベライズでしたけど、その過程を具体的な数字を用いながら綴られていて、そういう意味でもなかなか興味深い物語になっていました。
眠れない夜、この音が君に届きますように (角川文庫)
転校2日目から遅刻しそうだったところを、同級生の鮎川に拾われた高校2年生の千紗。目立ちたくないのに学校で人気がある彼から強引に軽音部へ誘われる青春小説。ある理由から、ピアノを弾くことと人と関わることを拒絶していた千紗が、鮎川に誘われて軽音部の人たちと関わっていくうちに、だんだんと心を開いていく過程で留年しているという鮎川の秘密を知ってしまう展開で、思っていても言えない気持ちや、いつどうなるか分からない不安を抱えながら、それでも一人ではないからこそ支え合って、目をそらさずに勇気を持ってそれに向き合って、少しずつでも変わっていける彼らが迎える結末がとても優しくて印象に残る物語になっていました。
神祇庁の陰陽師・凪の事件帖 魔が差したら鬼になります (角川文庫)
神祇庁の陰陽師・凪の事件帖 魔が差したら鬼になります(1)
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桜川 ヒロ KADOKAWA 2024年03月22日頃
近所の公園で女性を殺す生々しい夢を見た嵐士が慌ててその公園に行くと、そこには既視感のある女性が死んでいて、事情聴取を受けていた彼が陰陽師・凪に救われるバディファンタジーミステリ。数ヶ月前から『罪を犯す夢』を見るようになっていて、公園で邂逅した酒呑童子に鬼の目を植え付けられた嵐士。取調室できつい尋問を受けていた彼を颯爽と救った凪から酒呑童子を巡る因縁を聞いて、魔が差した人が『鬼』になってしまう前に『魔』を回収するという陰陽師・凪の仕事を手伝う展開で、鬼が起こした事件を捜査する過程で凪の置かれている事情や、嵐士の家族を巡る背景も明らかになっていきましたけど、酒呑童子との因縁がこれからどうなってゆくのか続巻に期待したいシリーズですね。
科捜研・久龍小春の鑑定ファイル 小さな数学者と秘密の鍵 (宝島社文庫)
科捜研・久龍小春の鑑定ファイル 小さな数学者と秘密の鍵
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新藤 元気/LOWRISE 宝島社 2024年04月03日頃
海老名市内の養護施設がほぼ全焼した現場に臨場した特殊捜査班の熊谷。科捜研物理係の久龍小春と一緒に事件性の有無を判断するため、出火原因の調査を行う警察科学捜査ミステリ。原因が煙草の不始末による失火であると判明し、煙草を始末したのが行方不明の少年・立花望で、さらに別の場所で見つかる彼のものと思われる遺書。小春と熊谷は望が生きていると見て調査に乗り出す展開で、関係者たちの背景やそれぞれの正義のために動いていることが明らかになってゆく中痛快なキャラクターの小春はなかなか存在感があって、元科捜研研究員だけあってそういう要素もなかなか面白かったですし、熊谷とのコンビをまた読んでみたいと思いました。
魔法使いのお留守番 (上・下) (集英社オレンジ文庫)
大陸の果ての孤島に住み、不老不死の秘術を得たという大魔法使いシロガネ。不思議な青年・クロとアオが魔法使いの留守を預かる孤島に、ある日傷だらけで記憶すら失った金髪の少年が流れ着くファンタジー。不老不死の秘術をものにしようと世界中の人間が死者を送る島に流れ着いて、紆余曲折の末に2人が話し合ってヒマワリと名付けられ、共に過ごすことになった少年。その存在によって少しずつ静かだった島の暮らしや2人のあり方が変わってゆく展開で、様々な理由で島を訪れる客たちと出会ったり、厄介事が持ち込まれたりすることに対応していくうちに、類まれなる魔法の才能を開花させていくヒマワリの存在がクローズアップされて、大切なものと思っている2人との日々がこれからどうなるのか、今後の展開が気になる上巻でした。
生まれながらの天才と謳われ、若くして類まれな魔法の才能を開花させた17歳のシロガネ。彼が四大魔法使いになる夢を叶えるために西の大魔法使いに弟子入りする下巻。幼馴染で兄弟弟子の少年マホロと共に、大陸全土から若き魔法使いが集い魔法を競い合う大会・魔法比べに参加したシロガネ。ライバルたちと競い合い、時には謎の妨害工作に遭いながらも勝ち上がっていった彼が知る大会開催の真実。シロガネの過去エピを中心にクロやアオのエピソードも描かれていて、彼らの今に至る経緯が明かされた下巻でしたけど、それを踏まえてヒマワリが直面する危機に2人が奔走する展開や、乗り越えた彼らが迎えた余韻を感じさせる結末はなかなか良かったです。
百番様の花嫁御寮 神在片恋祈譚 (集英社オレンジ文庫)
梅の花咲き誇る頃。とある少女が百番目の神を有する「百生」一族の当主のもとに嫁ぐ、『十番様の縁結び』と同じ世界観のもうひとつの物語。生家で虐げられて表情を失くしてお人形のようだった紗恵。唯一彼女を気にかけてくれた異母兄・高良も亡くなり、望まない縁談が持ち込まれる窮地に陥った状況で、彼女のことを迎えに来た兄の親友で神を有する「百生」一族の当主になった百生成実。兄を自らの手で殺したという成実と、兄に託された故の縁談と遠慮しがちな紗恵の距離感はもどかしかったですが、明らかにされてゆく兄の死の真相や、積み重ねてきたそれぞれの想いもあって、因縁にも決着をつけた2人のこれからいろいろ変わっていきそうな予感のある結末はなかなか良かったです。そんな2人を見守る「百生」の女性たちの存在もなかなか効いていました。
境界のメロディ (メディアワークス文庫)
メジャーデビュー目前にして相方のカイを事故で亡くしたキョウスケ。それから3年が経過して、音楽から距離を置き無気力に生きていた彼の前に、突然カイが現れる青春小説。生前と変わらない歯に衣着せぬ物言い。そして思わずつられて笑顔になってしまう強引さ。カイに説得されて再び音楽の世界と向き合い、共に音を重ねる喜びを感じてゆくキョウスケ。さらに彼に協力してもらいながら、心残りを解消してゆくかのように、2人にとって大切な存在だったユイやカイの父、切磋琢磨していたライバルたちといった、あれから前に進めずにいた人たちにもそれぞれ向き合って、その背中を押してゆくカイの姿には切なさを感じずにはいられなくて、シンプルなストーリーラインながらもとても印象的な物語になっていました。
出張シェフはお見通し 九条都子の謎解きレシピ (PHP文芸文庫)
先輩に誘われたものの向かない営業の仕事に四苦八苦していた堀川聡が、大学時代の先輩で出張シェフ・九条都子のマネージャーになって彼女の仕事を支えるハーフトフルストーリー。会社の催し物で再会した都子に誘われてマネージャーに転職した聡。出張シェフとして依頼人からの要望に完璧に応えつつ、そこで起こる様々なトラブルまで、美味しそうな料理と鋭い洞察力と問題の本質にたどり着いて解決してしまう彼女を支えていくことにやりがいを感じるようになっていく聡。一方でそんな強気な彼女にもまた切ない過去があって、ふとしたきっかけから思わぬ真相に気づいてしまった聡がこれからどうするのか。ひとつひとつのエピソードも面白くて、未自覚な三角関係がこれからどうなるのか続巻が今から楽しみです。
英国骨董店がらくた偽装結婚 (富士見L文庫)
両親を喪って、強欲な叔父夫婦に虐げられて育った華族令嬢の一之宮菊華。家出してたくましく生き延びてきた彼女が、貿易商会の会頭東堂政宗と再会する恋と謎の物語。年頃を迎え、老人の後妻として売られそうになり、たまらず家を飛び出しはや五年。貿易船に潜り込んでイギリスに停泊する船で目端の利く下働きの男として身を隠しながら、愛する骨董品に携わる仕事でいつか自分の店を持つのが夢の菊華。そんな彼女が利害が一致した政宗と契約結婚する展開で、サッパリとしてテンポの良い掛け合いが楽しい関係に政宗の心境も徐々に変化する中、巻き込まれた事件では菊華のひらめきが光る展開で、彼女が様々な過去の誤解も解消しながら、まだまだ相変わらずな2人の関係をまた読んでみたいと思いました
弁当探偵 愛とマウンティングの玉子焼き (集英社オレンジ文庫)
新卒で医科大学の教務課に勤め始めた玉田典子。同僚の先輩梅星さんがお弁当からその人の事情を見通していく連作短編集。年上で料理上手で弁当も完璧なユカリさんの玉子焼きだけが失敗作だった理由、昼休みの少し前に現れる男子学生が必ず魚料理中心の手作り弁当を食べている理由、綺麗になったと噂の医局秘書の伊倉さんが糖質制限弁当にした理由、なぜかいつも梅星さんの弁当にダメ出しをする課長の弁当の真実。大学の食堂で繰り広げられるドロドロの人間関係や意外な真実を描きながら、ずぼらで面倒臭がりな典子と観察眼が鋭い梅星さんのコンビが推理してゆく日常の謎解きはメリハリも効いていてなかなか面白かったです。
イデアの再臨 (新潮文庫nex)
朝起きたら壁に四角い穴が空いていた。あるべきものがない?世界から■が消えている?紙の本ならではのギミックが炸裂する究極のメタ学園ミステリ。明らかにおかしいのに誰もその異変に気がつかない状況で混乱する主人公。そんな彼に突然ここが小説の世界で自分たちが登場人物だと告げる金髪の同級生。次々と消されてゆく言葉、混沌を極めてゆく世界をもたらした犯人は誰なのか、そしてその目的は一体何なのか。2人を中心に真相に迫るストーリーはベタベタのメタ要素が満載で、意外な部分が伏線になっていて、確かにこれもまた紙の本ならではのギミックを使ったなかなか面白い作品になっていましたけど、最後の一言がそれですか…(苦笑)
帝都かんなぎ新婚夫婦 ~契約結婚、あやかし憑き~ (小学館文庫キャラブン!)
魑魅魍魎退治に勤しむ貧乏神社の娘・莇原四衣子が、帝都を夜警中に人々を襲うと噂の九尾狐に取り憑かれた天満月公爵家の当主・鳥海を捕らえて逆に拉致され、なぜか求婚される物語。取り憑かれている秘密を知ってしまったがゆえに拘束され、鳥海の花嫁になればご飯が食べ放題という言葉に、満足にご飯も食べられない貧乏が身に沁みていてつい鳥海との結婚を承諾してしまう四衣子。そこから人間の姿に戻った時には意外と頑固で怒りっぽい性格な鳥海のことを知っていって、一方で莇原家と天満月家の犬猿の仲っぷりも明らかになってゆく中、狸の式神もっちゃんをもふもふしながら、何だかんだでお似合いの夫婦になっていきそうな雰囲気も出てきた鳥海と四衣子のこれからが楽しみな作品ですね。
書棚の番人 (PHP文芸文庫)
十七年前に女子中学生が惨殺された事件で犯人の共犯を疑われたある少年犯罪者の告白本の出版。衝撃を受けたカリスマ書店員の椎野正和が違和感の謎を追うミステリ。無実が証明された後もずっといわれなき中傷を受け続けてきた彼が、事件から十七年経っても未だに忘れられない苦い過去。なぜ今になってそんな本が出版されたのか。書店に並ぶヘイト本を売るべきか売らないべきか騒然とする業界の思いも絡めながら、その本に抱いた違和感の正体を追いかけるうちに辿り着いた真実は様々な意味でほろ苦かったですね…。けれどぶちまけて楽になるのではなく、それを一生背負いながら生きていく、突きつけられた贖罪の覚悟が印象に残る物語でした。
約束のあの場所、君がくれた奇跡 (ことのは文庫)
心臓移植を受け、1年遅れて高校に進学する幼馴染の六花。小さい頃から妹のように面倒をみていた朝陽が、ある日、六花の中にもう一人の人格がいることを知ってしまう青春小説。健康を取り戻したことでいろいろなことをやってみたいと前向きな六花に対して、応援したいと思いながらもどこか以前の過保護な気持ちを捨てきれずにいる朝陽。そんな彼が気づいた自分のことを「希美」と名乗り、約束の場所へ連れて行ってほしいとお願いをする六花の中にいるもう1人の少女の存在。六花と共に希美がかつて果たせなかった約束の場所探しに協力して、様々な出会いと別れを目の当たりにする中で、少しずつ変わってゆく心境があって、自らの抱える家族や六花への複雑な想いにも改めて向き合ってゆく素敵な物語になっていました。
ソーシャルワーカー・二ノ瀬丞の報告書 (メディアワークス文庫)
京都府K町の社会福祉協議会で、新米ソーシャルワーカーとして働く二ノ瀬丞。生きづらさを抱えた誰かを手助けする人間模様が描かれるどこまでも優しい7つの物語。人口2万人の小さな町にある社協に寄せられる、高齢者の手続きや支払いの代行、生活困窮者への食糧支援、日常生活自立支援だったり、社会的孤立に対する継続的な見守りといった様々な相談。困っていることを抱えた誰かの世界をほんのちょっと良くするために、ひとつひとつ親身に対応していく彼が、結果として時にはやるせない結末を見届けることもありましたけど、この物語を通してソーシャルワーカーがどのようなアプローチで仕事をしているのかを伺うことができましたし、彼の真摯に向き合う姿がなかなか印象的な物語になっていました。
千華宮のモブ妃 崖っぷち漫画家、転生先で新作を描く (富士見L文庫)
千華宮のモブ妃 崖っぷち漫画家、転生先で新作を描く(1)
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喜咲冬子/雲屋 ゆきお KADOKAWA 2024年04月15日頃
失恋した挙句、事故に遭い、漫画のモブ妃に転生してしまったアラサー漫画家が、同人活動で皇后の悪事を暴き、修羅場を漫画で乗り切る後宮布教物語。最近は打ち切りの連続で鳴かず飛ばずだったアラサー漫画家・由里が、千華宮の賢妃・桃華として自分が書いたマンガに転生したことで、なぜか代わりに追放されてしまう正義のヒロイン。それゆえに自分が頑張るしかないと覚悟を決めて神技アシでもある皇帝・月舟の寵愛を笑顔で回避していきながら、同人誌で後宮の告発に望みを託して奮闘する展開で、転生先にあった便利な道具の思わぬ正体には笑ってしまいましたが、周囲に理解者も増えていって、イキイキと自分らしくいられる居場所を得ていく展開はなかなか良かったですね。
夏にいなくなる私と、17歳の君 (集英社オレンジ文庫)
進行性の難病を抱えて、いつか来るかも知れない死に怯えていた17歳の詩音。GW明けにやってきた転校生の諒の存在が、彼女の心境を少しずつ変えてゆく青春小説。初対面なのになぜか詩音のことを知っている様子で、彼女が密かにノートに綴った5つの願いごとも知っているらしい諒。彼と関わるようになったことをきっかけに、これまで人との関わりを避けていた詩音と周囲の関係も少しずつ変わっていって、彼女自身もまた気さくで明るい諒に惹かれていく展開で、詩音がずっと意識してきた運命の日が近づく中、分岐点で彼女が声を上げたからこそ繋がったバトンがあって、そして全てが明らかになってゆく中で変わらないかけがえのない想いと、これから改めて紡いでいく未来への余韻が印象に残る物語になっていました。