1月の読了冊数は読書メーターによると最終的に131冊でした。
読んだ本131冊
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こちらでは1月に読んだ文芸単行本の新作18点、文庫の新作17点、ライト文芸の新作6点の計41点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
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勝負事にやたらと強い女子高生・射守矢真兎、文化祭での屋上利用を賭けたゲームに挑んだのをきっかけに、風変わりなゲームの数々に巻き込まれてゆく本格頭脳バトル小説。掴みどころのない彼女が勝負に挑む、生徒会役員の椚先輩に挑む罠の位置を読み合う地雷グリコ、出禁解除を賭けて戦った坊主衰弱、生徒会加入を賭けた自由律ジャンケン、星越高校と対戦しただるまさんが数えた、過去の因縁も絡むフォールームポーカー。初めて目にするゲームの本質を瞬時に判断して対戦相手ならどうするかを観察しながら展開を読み合い、丁々発止の駆け引きを繰り広げるゲームの醍醐味が詰まっていて、視界に入ったものなら何でも利用し尽くしてルールの隙を突く、その自由で奇想天外な発想には何度も驚かされました。
あなたが誰かを殺した
閑静な別荘地で起きた連続殺人事件。残された人々はその真相を知るため検証会に集うことになり、そこへ長期休暇中の刑事・加賀恭一郎が現れるミステリ。事件を引き起こした犯人は自首していて、すでに逮捕されて動機も語っているものの、肝心の犯行の詳細については完全黙秘という状況。愛する家族が奪われたのは果たして偶然か、必然か。期せずして司会進行役となった加賀によって整理されていく事件。参加者には意外な人物が紛れ込んでいましたが、状況証拠を積み重ねることで事件を解き明かしたその結末はやや意外でしたけど、そこからさらに一歩踏み込んで、隠されていたもうひとつの真相に辿り着いてみせた加賀の洞察力は流石の一言でした。
かつてフィギュアスケートで活躍し、引退後はデザインの仕事をする塩澤。ある日、ライバルの志藤とは犬猿の仲だったコーチのミラーが転落死したことを知るミステリ。お互いに好敵手として競り合い意識する存在で、今もトップスケーターの地位にある志藤へのひた隠しにする想い。それがミラーの疑惑の転落死をきっかけに、お互いにこれまでと違う眼差しを向けるようになって、少しずつ着時に変わってゆく二人の関係。告げるだけで重荷になると秘めていた恋心と、もしかして自分のために彼は罪を犯したのでは?という疑心が交錯してしまう、なかなか切なくてシリアスな展開でしたけど、だからこそその顛末と垣間見えた最後の真意には救われる思いでした。
音大時代の同級生・黛由佳が放火事件で亡くなり、彼女の死に不信を感じた坂下英紀は、鵜崎四重奏団のオーディションを受け、由佳の死の真相を知ろうとするミステリ。かつて音大時代に由佳の自由奔放な演奏に魅了され、秘めていた彼女への思いを燻らせていたチェリストの英紀。加えて自分の才能に自信を失くしつつあった彼が、自分を納得させるために模倣と技術を追求する独自の解釈をする鵜崎に近づく展開で、英紀自身もまた根幹にあるものを揺さぶられ、何が正しくて間違っているのか葛藤する展開でしたけど、その中で見出したものが果たして正解だったのかは彼女亡き今は確認しようもありませんが、それでも彼がひとつの答えを出したことそのものが意味あることだったのかもしれませんね。
私は悪くない。一人で破滅なんて絶対しない。ひとつの嘘から転がりだす悪意の連鎖。強がりもがき這い上がろうとする嘘つきたちの姿とその末路を描いた連作短編集。妻に先立たれ養子の息子と向き合う老人。仕事が忙しい妻を支える気弱な夫。地方の美術館でくすぶり続ける学芸員。倒産や理不尽なリストラで無職となった同級生たち。借金苦から逃れようともがく老女。会社ぐるみで不正を隠蔽する社畜たち。これさえあれば、これさえなければ、きっと大丈夫…堕ちていった登場人物たちのそんな意識が透けて見える描写の積み重ねと、その先に待っているそれぞれの因果応報ともいえる結末が鮮烈な印象を残す短編集になっていました。
案山子の村の殺人 (ミステリ・フロンティア)
どこか不穏な案山子だらけの宵待村で起きた殺人事件。楠谷佑のペンネームで活動する合作推理作家で、執筆担当・宇月理久とプロット担当の篠倉真舟の大学生コンビが事件に挑むミステリ。ぎくしゃくした人間関係やいなくなる案山子、そしてボウガンの毒矢だったりと、どこか不穏な雰囲気を感じさせる山奥の村で村で起きた連続殺人事件。それを合作推理作作家の従兄弟が、いかにしてその犯行が行われたのか、お互いに推理を積み重ねていきながら真相に迫ってゆく展開になっていて、最初の事件に至るまでの過程がやや冗長だった感はありましたけど、読者への挑戦状も付いた王道の推理劇はなかなか読み応えがありました。
異物混入騒動への社長の発言が炎上した翌日、広報室からスマイルコンプライアンス準備室に異動となった多治見は、実体不明の社長の言葉を形にしろ命じられる企業小説。広報室で公式SNSの中の人を務めてきた多治見。有能な部下を付けられたものの、社長に忖度する役員の無茶ブリ、会議のための会議、終わらぬ資料作りで薬を飲みながら仕事漬けの毎日。さらには趣味のバンド活動でも仲間が余命宣告を受けてしまうなど、なかなか難しい状況に陥る展開でしたけど、今本当にやるべきことは何なのか、そのためにどうすべきなのかを考えに考え抜いて、意識の転換に活路を見出していったその結末はなかなか良かったですね。
ボストンマラソンの会場でボロボロの日記を受け取った日東大の新米駅伝監督・成竹と学生ナンバーワンランナー神原。戦時下と現代のそれぞれの熱い駅伝魂が描かれる物語。戦時下に箱根駅伝開催に尽力した、ある大学生の日記から伺える戦中最後の駅伝開催に尽力する学生たちの様子。戦争に突入している状況で難しいと思われていた状況を覆してみせたその熱い想いは、これまでマラソンに専念して駅伝に興味がなかった神原の心を少なからず揺さぶり続けたのは間違いなくて、成竹と日記を繋ぐ思わぬ縁もありましたけど、その駅伝を最後に戦地に向かっていった選手たちからの思いがこもったタスキは、今の時代へと確かに繋がったと思いました。
母の死をきっかけに生きる意味を見失ってしまい、コロナ禍によって職も失って、川越で染織工房を営む叔母の家に居候していた槐。そこにわけあって心を閉ざしていた大学生の従弟・綸も同居を始める物語。印象的な水に映る風景を描く女性画家・未都の転落死事件に巻き込まれてしまい、大学も休学して就職活動もせず引きこもっていた綸。そんな彼が藍染めの青い糸に魅了され、次第に染織にのめり込んでいく展開で、未都の最後の言葉を知りたいがために綸につきまとう不審な男の存在をきっかけに、槐もまた未都の死の謎を探る展開でしたけど、思わぬところで繋がった人と人の縁があって、生きる理由を考えるようになって悩んでしまうそれぞれの心情や、心残りに決着をつけないと前に進めないという気持ちはどこか分かるような気がしました。
佳代たち姉妹を見守ってきた瑞ノ瀬村に持ち上がったダム建設計画。佳代・雅枝・都と三世代の湖の底に沈んだ瑞ノ瀬に対するそれぞれの想いを描いた物語。海外留学先のイタリアで適応障害になってしまい、1ヶ月と少しで実家に帰ってきてしまった孫の都。定年退職まで営業部で忙しく働いた佳代の娘・雅枝、そして夫の孝光とともに懸命に反対運動に励む佳代。時代を遡っていく形で描かれる三代の物語は、そもそも前提が違うために思い入れも異なっていて、最初は物語に込められた意図があまり見えてこなかった印象でしたけど、丁寧に紡がれてゆくそれぞれの物語を読み進めるうちに、それがだんだん浮かび上がってくる巧みな構成には唸らされました。
人と暮らすって不自由で息苦しくて、でも時々たまらなく愛おしい。誰かと生きる日々のきらめきを、優しく掬い上げた5編の連作短編集。お互い好意を抱いて一緒に住んだのに価値観の違いを痛感していく同棲カップル、母と喧嘩して別居する父の元に転がり込んだものの落ち着かない女子中学生、三人の共同生活とその解消、隣室のおばあさんと交換ノートを始めた女子大生、三年ぶりの引っ越しで荷ほどきしながらの様々なやりとり。人との繋がりはお互いの価値観のすり合わせが上手くいくかでその居心地がだいぶ変わりますし、近くなればなるほど些細な部分が気になりますね。親しい人として付き合うことと、一緒に住む時に気になるところの違いを改めて感じたりしました。
第二次世界大戦終結後、米軍占領下の琉球。腕利きのサイボーグ密貿易人・武庭純が、顔馴染みの警官からとんでもない話を耳にするサイバーパンクアクション。一本の煙草から最新鋭の義肢まで、ありとあらゆる密貿易が行なわれる架空の世界の最西端にある与那国島で、終戦とともに殺人鬼と化した元憲兵の噂。そして謎のアメリカ人女性からの含光なる代物を手に入れろという奇妙な依頼。琉球や台湾を舞台に世界を巻き込む壮絶な陰謀に巻き込まれてゆく展開はなかなかカオスな分やや冗長とは感じたものの、追い詰められても最後まで諦めず、その矜持を貫き通してみせたその姿が鮮烈な印象を残す物語になっていました。
コロナ禍の北京で単身赴任中の夫から一緒に暮らそうと乞われた菖蒲。愛犬ペイペイを携えてしぶしぶ中国に渡った彼女が、北京を味わい尽くす痛快フィールドワーク小説。人生エンジョイ勢を極めて、夫の単身赴任で自由な生活を満喫していた菖蒲が、北京に渡って過酷な隔離期間も難なくクリアし、現地の高級料理から超絶ローカルフードまで食べまくり、極寒のなか新春お祭り騒ぎ春節を堪能する日々。知らない場所に行っても、その土地の言葉を話せなくても勢いで何とかしてしまう、なってしまうその圧倒的なポジティブなスタンスが圧巻で、これくらいたくましければ菖蒲はどこでも生きていけそうだなとしみじみ思いました(苦笑)
先が見えなくて立ち尽くしそうな時、迷える人に静かに寄り添う深夜営業の小さなカフェ「ポラリス」。美味しい料理が夜闇をやさしく照らす連作短編集。子供の入院に付き添う日々を送るシングルマザー、父と同じ大学の医学部を目指す二浪の浪人生、義母と出会い連れられてやってきた嫁、糖尿病を患っている会社社長、近くの病院で働く友人など、来店した人の様子からその優れた観察眼で状況をいろいろ見抜いてしまう気立てのよい店主・朱里さん。ついつい話が弾んで料理を忘れてしまう彼女には苦笑いでしたけど、今の気分に寄り添った料理はとても美味しそうで、そこで悩みを話すことで訪れた人たちが本当はどうしたかったのかに気づいてゆくとても優しい物語でした。
人類が地球を脱し数百年が経過した未来。月に住む編集者キャサリンが人類全てへの贈り物となる本を作るため、宇宙に伝わるクリスマスの民話を集める連作短編集。話を集める過程で聞いた遠い星の開拓民の小さな女の子を愛した犬と猫、トリビトたちが特別な思い入れを持つ劇場船、人が住めなくなった地球にいる付喪神、山間の図書館に訪れた異星人の話。そういった話を集めて作られた本と幽霊船のエピソード。いつかこういう時代が来ることもあるのかなと思いながら読んでいましたが、猫がネコビトに、犬がイヌビトなどに進化している方向性がなかなか楽しくて、舞台設定が変わっても著者さんらしい雰囲気がよく出ていて良かったです。
恋愛、ガチャ、SNなどS……現代特有の悩みを抱える高校生たちの窮地を、人生先生こと校務員の平人生が助けて導いていく連作短編集。めぐり合わせでいい感じになっていったクラスメイトの思わぬ一面を知ってしまった女子高生。うまい話に騙されて悪事の片棒を担がされそうになった男子生徒。SNSでバズるものを探していた少女と天然な同級生の関係。病に冒される親友にやりきれない想いを抱く少女。どうしていいのか分からない状況に陥ってしまった悩める生徒たちに、先生でも両親でもない人生先生がそっと寄り添ってくれるその姿がなかなか印象的な物語になっていました。
学生時代に読んだネット小説がきっかけでブルガリア菌が推しとなり明和に就職した朋太子由寿。社内報制作担当になった新入社員の由寿が奮闘するお仕事&推し事小説。配属となった大阪支店量販部で、阪神淡路大震災で活躍したおでん先輩のエピソードを聞き感銘を受けた彼女が、五十周年特集のために関係社員に取材を行ってゆく展開に、ブルガリアとヨーグルトの歴史が興味深かったり、岩手にある由寿の実家事情や、彼女の推している乳酸菌の擬人化小説も絡めたなかなかカオスな展開になっていましたが、気持ちの持って行き場がない推しへの思いをこじらせているな…と思ったら、その例の小説をまさかのあの人が書いてるなんて夢にも思わないですよね…(苦笑)
同い年でずっと一緒に育ってきたよしきと光。しかしある日、光が別のナニカにすり替わっていたことによしきが気づいてしまう人気コミックのノベライズ。山の中で一週間行方不明になっていたところを、ひょっこり戻ってきた光に感じる決定的な違和感。見た目と記憶は継承していても、以前の光とは違う存在だということに気づいていて、友人の姿をしたナニカであることをたびたび痛感させられながらも、それでも今まで通りの日々を過ごしたいと思ってしまうよしきのささやかな願いと、集落の中で次々と起きる様々な怪事件。不穏な兆候はあちこちに垣間見えていて、最後に登場した人物がこれから何を引き起こすのか、今後の展開も気になるところではあります。
滅びの前のシャングリラ (中公文庫)
一ヶ月後、小惑星が地球に衝突する。迫る滅亡を前に荒廃していく世界の中で、人生をうまく生きられなかった四人が、それぞれ最期の時を過ごす物語。貧しいながらも二人で懸命に生きてきた静香と友樹の親子、周囲に言えない想いを密かに抱えてきた藤森、そして静香に会いに来た信士。滅亡が不可避となると、やはりこうなってしまうのかな…とついと考えてしまう殺伐とした世界でも、四人が一緒に過ごした残り少ないかけがえのない日々があって、その中で見失いかけていた、大切なものを見出すことができたんでしょうか。幸せとは何か、その意味をいろいろ考えさせられる物語でした。
ゴールデンタイムの消費期限 (角川文庫)
小学生でデビューしたものの、とある事件をきっかけに書けなくなった高校生小説家・綴喜文彰に届いたあるプロジェクトの招待状。極秘の国家計画に参加した彼が、同じような元・天才たちと出会う青春小説。料理人やヴァイオリニストなど、5人の若き元・天才たちを集めて交流を図る十一日間の『レミントン・プロジェクト』の驚くべき内容。世間から見放された元・天才たちが受けたセッションが突きつけられる過酷な現実。借り物の才能で幸せになれるのか?天才ではない自分に果たして価値はあるのか?悩める彼らの生々しくて複雑な想いが描かれていて、葛藤と向き合うことで導き出されたそれぞれの選択と結末がなかなか印象的な物語になっていました。
旅する練習 (講談社文庫)
コロナ禍の情勢で予定がなくなった中学入学を前にした春休み。サッカー少女・亜美と小説家の叔父が、徒歩で利根川沿いに千葉の我孫子から島アントラーズの本拠地カシマスタジアムを目指す二人旅。ロナが少しずつ広がり始めた頃の影響を感じさせる状況で、生粋のサッカー少女・亜美が合宿中に持ってきてしまった本を返すための旅が描かれていて、二人で道中で見かけた様々なことだったり、出会って一緒に旅することになったみどりさんとのやりとりや複雑な思い、そんな中で育まれてゆく絆にはじーんとくるものがありましたけど、そんな彼女たちのやりとりに明るい希望を見出したからこそ、淡々と綴られる思ってもみなかった結末はなかなか衝撃的で、何とも切ない気持ちになってしまいました…。
執着者 (創元推理文庫)
平凡な会社員女性に突如降りかかった老人の執拗なつきまとい。かつて姉をストーカーに殺害された荻窪署の刑事・佐坂が、略取犯と拉致された女性の捜索に乗り出すミステリ。くせ者ながら優秀な警視庁の北野谷と組んで挑む中で起きた、建築士が殺害され妻が老人に略取される事件。一見繋がらないそれぞれの出来事から、事件マニアの佐坂が見出した意外な共通点。犯罪被害者家族の悲惨なその後や、執念深く常人には理解できないストーカー心理が描かれていて、事実が明らかになるたびにガラリと構図が変わる展開もありましたけど、その先にあったひとつの決着がとても印象的な物語になっていました。
花束は毒 (文春文庫)
「結婚をやめろ」憧れの家庭教師だった元医学生の真壁が結婚を前に脅されていることを知り、彼を助けたい木瀬が尻込みする彼に代わってかつて事件を解決してくれた探偵・北見理花に調査を依頼するミステリ。中学時代、探偵見習いを自称して生徒たちの依頼を請け負う少女だった理花。探偵への依頼を躊躇する真壁が脅迫者を追及できない理由、そして鍵を握る四年前の事件。新たな事実が判明するたびに印象がガラリと変わっていく一方で、消えないままの違和感が徐々にもうひとつの可能性に繋がっていって、恐ろしい真相を果たして伝えることができるのかも気になりましたけど、このコンビの物語をまたいつか読んでみたいと思いました。
南海ちゃんの新しいお仕事 階段落ち人生 (ハルキ文庫)
常に転んでばかりで周囲に粗忽姫と呼ばれる高井南海。その特異体質に気づいた御曹司の超能力者・板橋さんと組み、「世界と人々を救う」仕事に乗り出す現代ファンタジー。多くの人々が意図せずひっかかり、事故の原因となっていた見えない空間の亀裂。この空間の各所にあるヒビを修復していたことを、そのヒビを靄として検知できる板橋さんに教えてもらい、副作用で物体を治す力を利用する「修復課」を立ち上げる二人。とはいえ練馬区・板橋区あたりの靄を二人で探す姿は傍から見たら怪しさ満載なのは間違いなくて、何でも直していけばそういう発想になるよな…とも思う展開でしたけど、着想から結末まで著者さんらしさがよく出ていてなかなか面白かったです。
お嬢さまと犬 契約婚のはじめかた (角川文庫)
気鋭の新進画家・鹿名田つぐみと、彼女の絵のモデルを務めていた久瀬葉。3000万円で買った契約結婚から始まる、孤独を抱えるワケありな2人の不器用で甘い恋の物語。つぐみが不本意な見合いから逃れるために始まった同居生活。幼い頃のある事件で心に傷を抱えるつぐみと、彼女をそのまま受け入れて家事全般を引き受ける明るくおおらかな葉。一つ屋根の下で暮らすうちに少しずつ変わってゆく関係。一緒に赴いたつぐみの祖父の法要から彼女の実家における境遇や、妹ひばりや元婚約者・律の存在といった背景が明らかになってゆく展開でしたけど、お互いに意識していても契約結婚に縛られるがゆえのもどかしさがあって、何よりお互いに抱える秘密がこれからどう効いてくるのか気になるところではあります。
流浪地球 (角川文庫)
太陽系に見切りをつけた人類の唯一の道は別星系への移住。連合政府は地球エンジンを構築し、地球を太陽系から脱出させる計画をを描いた表題作ほか6つの短編集。惑星探査から帰還した先駆者と呼ばれる宇宙飛行士が目にしたもの、地球を捕食しようとする世代宇宙船「呑食者」、歴史上もっとも成功したコンピュータ・ウイルス「呪い」の進化、人工太陽を作る中国太陽プロジェクトに従事する二人や、単身水の山に挑むことを決意したかつての登山家など、人々がついていけないほどに発展する科学がもたらした未来だったり、突然の破滅に巻き込まれた人々たちのありようを印象的に描いていました。
老神介護 (角川文庫)
宇宙船の生態環境が著しく悪化して、地球で暮らすことを望んだ老いた神を扶養することを決めた人類とその破綻を描いた表題作ほか5つの短編集。神文明が去って3年、地球でもっとも裕福な13人がもっとも貧しい3人をプロの殺し屋を雇ってまで殺したい理由、蟻のストライキにより決裂した2000年以上続いてきた恐竜との共存関係、ステーションにいる彼女の眼を連れて草原への旅行する仮想体験、74年の人工冬眠から目覚めた主人公が目の当たりにする一変した地球環境と深刻な事態。流浪地球とも一部繋がりがありましたけど、前提が違う常識が噛み合わない悲喜劇をシュールに描いた物語はなかなか興味深かったです。
ピュア (ハヤカワ文庫JA)
地上に棲む男たちを文字通り食べることが必要とされる変わり果てた世界で葛藤する女の子を描いた表題作ほか、性と人間のありように鋭く切り込む全六篇の短編集。常識が激変してしまった未来で、それでも大切な存在のために生きようとした少女の葛藤、幼馴染の性的な変身をめぐって揺れ動く複雑な思い、身近な友人が別の何かに転換した時にどう振る舞うべきなのか、未曾有の実験により12人の胎児の母となった研究者、ピュアの別視点から描かれた物語、サイボーグ化した少女娼婦と病弱な令嬢のコンタクトなど、最初はジェンダー的なテーマの短編集なのかなと思っていましたが、そんな枠には収まらないスケールで価値観を揺さぶってくる強烈なインパクトある一冊になっていました。
グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船 (ハヤカワ文庫JA)
幼い頃にグラーフ・ツェッペリン号を見た不可解な記憶を持つ、それぞれ並行世界の2021年を生きる夏紀と登志夫。そんな二人の世界が繋がるSF青春小説。月と火星開発が進みながらもインターネットが実用化されたばかりの夏紀の世界。一方、宇宙開発は発展途上だが量子コンピュータの開発・運用が実現している登志夫の世界。それぞれの視点としてそれぞれ進んでいた二つの世界の物語。それがだんだん絡んでくるまでがやや長かった感もありましたが、そんな中で育まれてゆく確かな二人の絆を感じる一方で、意外な答えが提示されたその結末でしたけど、かけがえのない思い出を噛み締めながらも、思いのほかあっけらかんとしていたのが印象に残る物語でした。
あらゆる薔薇のために (講談社文庫)
回復した患者は薔薇の形をした腫瘍ができる後遺症を持つ難病オスロ昏睡病。その治療法を確立した医師が殺されたことを皮切りに、患者が次々に襲われる特殊設定ミステリ。自身もかつてその難病に罹り、苦い過去を抱える京都府警の八嶋警部補が、マイペースな阿城との軽妙なコンビで事件を引き起こした犯人の特定と、難病治療がもたらした闇に挑む展開で、一連の事件はなぜ起きたのか、ある意味納得できるような狂気とも言えるような事件と難病治療の真相でしたけど、衝撃の真相を知っても未来を前向きに考えようとする若者たちがいて、八嶋がずっと気にかけていたもうひとつの真相がとても印象に残る結末になっていました。
彼女が遺したミステリ (双葉文庫)
病気で婚約者の一花を失ってしまい、哀しみにうちひしがれる桐山博人。すっかり何もかもやる気を失ってしまっていた彼のもとに、送り主が亡き恋人の一通の手紙が届く物語。一花の手紙に記してあった謎に触れて、彼女と一緒に通った熱帯魚店の店員・円谷も巻き込みながら、初めて読んだ古典ミステリ、写真に写った猫、川や森や池にあるもの、丸の数など、ヒントとともに出題された謎がある場所を訪れ、それを解いていくたびに、明らかになってゆく恋人の苦悩と優しい想い。周囲の助けも借りながら用意されていた仕掛けは、彼のことをよく知る彼女ならではの優しさに溢れていて、少しずつらしさを取り戻していった博人の背中をそっと押す、その幸せになって欲しいという願いがとても印象に残る物語でした。
ユリイカの宝箱 アートの島と秘密の鍵 (文春文庫)
働いていた画材屋が店じまいをして仕事を失い落ち込む優彩の元に、見知らぬ旅行会社からアート旅モニター参加の招待状が届く連作短編集。思い切って参加した旅の行き先は瀬戸内海の直島。頼れるツアーガイドで、優彩と以前会ったことがあるという桐子に導かれ巡る地中美術館で見えてきた未来。その旅に関わるようになって向かう父娘で行く京都・河井寛次郎記念館の日常を好きになる旅、六十代後半の婦人と行く安曇野・碌山美術館、そして夫婦のハネムーン代わりの佐倉・DIC川村記念美術館への旅。人生の迷える旅行客たちに寄り添う中で、桐子との思い出も探りながら自らも少しずつ変わってゆく優彩の姿が印象的で、アートを巡る旅としてもとても素敵な物語でした。
バスクル新宿 (講談社文庫)
会いたい人のもとへ。届けたいもの、伝えたい思い、叶えたい夢を抱えて。たくさんの人々が行き交うバスターミナル「バスクル新宿」。それぞれの目的地を持つ人々がひととき同じ時間を過ごし、同じ事件に巻き込まれてゆく連作短編集。途中のPAで乗客が消えてしまった理由、部費の使い込みがバレた同級生の捜索で出会った元刑事との世間話、修学旅行中に同級生が消えてしまった理由、事故で立ち往生したバスで不審な動きをした男の正体、そして事件をきっかけに出会う登場人物たち。それぞれの人生の岐路が描かれる人間模様は繋がるはずのなかった個々の人生が鮮やかに交わっていて、それが最後に一つに繋がってゆく結末がどこか著者さんらしくてなかなか良かったです。
機工審査官テオ・アルベールと永久機関の夢 (ハヤカワ文庫JA)
夢の動力、永久機関をめぐり発明詐欺が横行する18世紀。処刑された父の汚名を雪ぐため、機工審査官テオが真の永久機関を追究する物語。司教が永久機関の開発者には莫大な褒賞金を与えるとぶち上げたことから、褒賞金目当てに横行する永久機関をうたう詐欺。そのひとつひとつをあたり、永久機関だと主張するものを調べて矛盾を突いていくストーリーで、話数が多いこともあって登場人物が多い分、その把握が難しかった感もありましたが、親が火刑に処せられた背景はだいたい予想していた通りだったものの、クライマックスはなかなかいい感じで、当時の時代背景や技術の歴史に関する描写にはなかなか見るべきものがありましたし、三兄弟や友人キャラもなかなか良かったです。
つよがりの君に、僕は何度だって会いにいく (角川文庫)
名門私立高校に進学したものの、入学早々いじめに遭っていた未森ひなた。気丈に振る舞うものの生きる希望を失っていた彼女を幼馴染の柊太が救う青春小説。微妙な扱いを受けていた友人を救ったことで逆に自分が目をつけられてしまい、辛い日々を送るひなたが、柊太に誘われて1日限りと誓って学校をさぼり、思い出の場所をめぐる2人。そんな時間がひなたの冷え切った心をほぐしていく一方、柊太が今まで打ち明けられなかった秘密も明らかになってゆく展開で、さりげなく柊太の愛が重いのでは…とは思わなくもなかったですが、彼の存在に救われたひなたがらしさを取り戻して、少しずつ状況も変わってゆく優しい結末はなかなか良かったですね。
彼女はジャンヌ・クーロン、伯爵家の降霊術師 (富士見L文庫)
彼女はジャンヌ・クーロン、伯爵家の降霊術師
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仲村 つばき/珠梨 やすゆき KADOKAWA 2024年01月13日頃
歴史研究家として旅することを夢見ていたジャンヌが実家に帰って直面する、大量の生き霊に取り憑かれたマリーズと、伯爵家存続のための結婚話。状況打開のため生き霊を払ったら結婚話をなしにする交換条件を持ちかけたジャンヌが、知り合ったオーガスティンを振り回しながら事件解決に挑む展開で、方向性が違う両極端な姉妹は、挟まれたアロイスも大変だったんだろうな…と察してしまうくらいには強烈なインパクトがありましたが、ジャンヌを意識しながらも恋路でドツボにハマるオーガスティンは苦難を乗り越えて頑張ってほしいです(苦笑)
皇帝廟の花嫁探し ~就職試験は毒茶葉とともに~ (メディアワークス文庫)
皇帝廟の花嫁探し 〜就職試験は毒茶葉とともに〜
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藤乃 早雪 KADOKAWA 2023年12月25日頃
家族を養うために田舎から都へ出てきた雨蘭。なかなか仕事が見つからず困っていた彼女が、助けた老人に紹介されて皇太子の花嫁探しに参加する後宮ロマンス。老人から使用人としての仕事を紹介してもらったと思ったら、まさかの良家の令嬢ばかりを集めた試験を皇帝廟で受けることになってしまい、場違いだと感じてむしろ得意な掃除や料理で居場所を得てゆく雨蘭。毒茶事件などにも巻き込まれてゆく彼女は、ポジティブで素直な性格の努力家でもあって、これは毒舌補佐官の明も気になっちゃいますよね(苦笑)戸惑いながらも愛されキャラになってゆく微笑ましい結末はなかなか良かったです。
愚痴聞き地蔵、カンパニーのお家騒動に巻き込まれる。 (集英社オレンジ文庫)
地味で平凡なところを買われ、大手化粧品メーカー最川堂の総務部に配属された朝井詩央。社長直々に呼び出された彼女が、存在感のなさと聞き上手を買われて密命を下されるお仕事小説。業務の合間に社員の愚痴を聞いて『愚痴聞き地蔵』呼ばれる彼女が、社長から下された「次期社長候補3名の調査をせよ」という密命。隠密とも呼べないレベルの調査で明らかになる、それぞれが有能だけど癖の強い候補者たち。さらに不穏な動きから彼女もまたお家騒動に巻き込まれてゆく展開で、そんな中でも詩央は要所でいい仕事をしていて、地味なりに彼女が社内で評価される理由が分かるような気がしました。でも社長がそんな詩央の存在を知った意外な経緯には思わず笑ってしまいましたね。
雨の魔術師 少女の恋と解けない呪い (富士見L文庫)
幻想に満ちた魔術学院ドラクロウ。突然魔力を失い学院の落ちこぼれとなってしまった天才少女シャロムが、口の悪い学院一優秀な生徒ユエルと出会う恋と再生を紡いだ物語。天才と言われていたのに魔力を失い、師匠も失踪して寄る辺を失っていたシャロムと、なぜか彼女を試験のパートナーに選んだユエル。戸惑いながらも一緒に星見の岬の観測機修理や、森の管理人の手伝いといった課題を協力して次第に心を通わせてゆく二人の変化と、魔術師狩りに狙われてしまうシャロム。シャロムも認識していなかった過去の因縁や様々な背景、ユエルが彼女を気にかける理由も明らかになる中、ユエルと一緒に立ち向かったことをきっかけに、シャロムが見失っていた大切なことにようやく気づいてゆく結末はなかなか良かったですね。
友喰い:鬼食役人のあやかし退治帖 (新潮文庫nex)
江戸時代後期、富士のふもとの山廻役人として、無断で山の樹木を伐る不届き者を見張る坂下と加当。ワケあり役人と凶暴な妖のバディが山の怪異を解き明かしてゆく伝奇小説。彼らの真の任務は、書物ばかり読んでいる林奉行・小野寺の指令のもと、山に棲むあやかしを退治すること。目玉を抉られたり、四肢を奪われてしまったりといつも怪異の犠牲になりがちな加当と、何でも喰らう化け物喰い坂下のコンビが、山の怪を巡る事件を次々と解決に導いていく姿が描かれていて、明らかにされてゆくその過去もなかなか壮絶なものがありましたけど、結果として戻る場所を失くしても、まるで動じない彼らのありようが鮮烈な印象を残す物語になっていました。
京都「無幻堂」でお別れを 大切な人形の魂を送る処 (ことのは文庫)
京都「無幻堂」でお別れを 大切な人形の魂を送る処
posted with ヨメレバ
望月くらげ/チェリ子 マイクロマガジン社 2024年01月19日頃
特異体質を抱える明日菜がある日理不尽なリストラに遭ってしまい、魂が宿った人形の最期を見届ける「無幻堂」で働き始めるハートフル・ドール・ストーリー。人々の感情が色で見える人生に嫌気が差していた明日菜が、店主の柘植や言葉を話す猫・詩とともに、フランス人形や雛人形、腹話術人形、マリオネット、ムーミーちゃん人形などに込められていた感情を読みながら、その怒りや悲しみを汲み取っていく展開で、最初はどこか危なっかしい印象もあった明日菜でしたけど、彼女の持つ特性が上手く活かされていて、いい仕事に巡り会えたんだなとしみじみ思いましたが、周囲が諦めかけても人形たちの思いにひとつひとつ最後まで寄り添い、粘り強く向き合うその姿勢がとても印象的でした。