7月の読了冊数は読書メーターによると最終的に144冊でした。
読んだ本144冊
読んだページ43371ページ
こちらでは7月に読んだ文芸単行本の新作13点、文庫の新作12点、ライト文芸の新作8点の計33点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
野放図な好奇心で森羅万象を収集、記録することに生涯を賭した「知の巨人」南方熊楠の型破りな生き様を描いた伝記的小説。慶応3年に和歌山に生まれ、問で身を立てることを目指して人並外れた好奇心で洋の東西を問わずあらゆる学問に手を伸ばして、自然と万巻の書物を教師とした熊楠。父の反対をおしきってアメリカ、イギリスなど海を渡った熊楠。学問を続けながら在野であるがゆえになかなか陽の目を見ることができず、世に認められぬ苦悩と資金繰りに頭を悩ませざるをえない困窮があって、家族との軋轢や困難にも直面しながら、天皇に講義する栄誉を賜ったその愚直に生きることしかできなかった波乱万丈の生涯が鮮烈な印象を残す物語になっていました。
自殺した与党議員・朝沼侑子の原因ではないかと窮地に追い込まれた野党第一党の高月馨。朝沼の婚約者で政界のプリンス・三好顕太郎に直談判し死の真相を調べるミステリ。直前の状況もあって批判が集まり、謝罪と国対副委員長の辞任を迫られたものの、長年ライバル関係を築いてきた朝沼の死がどうも解せない高月。自らの政策担当秘書の沢村、新聞社の女性政治記者の和田山、地元女性市議会議員の間橋たちとも連携しながら、彼女の死の真相と背景を追う展開で、政治家たちとの虚々実々の駆け引きがあって、女性が政治で生き抜いていく難しさも生々しく描いていましたが、それでも諦めないたくましい彼女たちが切り開いて、たどり着いた思わぬ真相も含めてなかなか熱く面白い物語になっていました。
死後結婚のマッチングアプリが日常化した世界など、この現実とちょっとだけ異なる世界の謎と関係性を描いたSF連作短編ミステリ。推しアイドルの死後結婚用アカウントを見つけてしまい、感情を爆発させてしまったファンの凶行、競う相手もいなくなってしまったゲーマーがRTA実況で思い出した忘れたかったもの、嘘をついたら存在が消えてしまう世界での切なる想い、死後が天国か地獄かを分ける閻魔帳を分析するSEO、この世界には間違いが七つある整合性、殺意を抱かれたら相手を殺してしまう能力と狂おしい主従の想い。少し変わった世界に生きる人々がふと抱いた切なる想いにどう向き合うのか、それぞれの結末がなかなか印象に残る短編集になっていました。
海外で荒稼ぎして帰国した詐欺師の藍。ある政治家のパーティーで知り合った、親の仇を捜しているというみちるに興味を抱き、彼女に協力するミステリ。みちるが親の仇として探し続ける世界的企業に成長した戸賀崎グループ筆頭株主。しかし聞いてみると復讐の計画はあまりにも杜撰で、雇っていた探偵の怠慢を指摘して働かせながら、行動を共にする中で思い込みで動きがちな彼女に様々なアドバイスをして、わずかな手がかりから仇である喜和子に迫る藍。これまで生きてきた世界が全く違う2人に生まれるギャップを巧みに描きながら、テンポよく進むストーリーの先でたどり着いた結末は皮肉が効いていて、これまでの構図をガラリと変えてゆくその真相は彼女の心情を思うと言葉もなかったです…。
逃げるか、死ぬか、答えるか。十秒以内に決定せよ。長い旅路の末に、全てが記録されているという伝説の図書館へとたどり着いた旅人ローグに守人が謎を問いかける物語。逃げることも、回答しないことも、間違えることも許されない状況で、扉を開いて森羅万象に通じ、神に等しい力を手に入れるために守人から投げかけられる10の質問。中世風の話もあれば、映画スターとなった女優の波乱万丈の人生と故郷の物語、日本での長年に渡る妖狐との戦いの顛末といったテーマや舞台も多岐に渡っていて、案内してくれる相棒の石版も上手く駆使しながら、人々の強さや弱さ、その本質に迫り、物語の謎からもたらされた回答が、旅人の正体や結末へと繋がってゆくなかなか印象的な物語になっていました。
失敗を重ねて次がダメなら制作を外すと告知されたがけっぷちプロデューサー幸良涙花。進退をかけた「ゴシップ人狼」で思わぬ事態が発生するミステリ。出演者たちが持ち寄ったリアルゴシップを語りながら、番組内で嘘つきを推理する危ういトーク番組を生放送でという無茶ぶりの中、本番前に直面してしまう偽死体役の大御所俳優の本物の死体。爆破予告もあり、犯人が用意した台本をもとに出演者たちも知らぬまま、番組をスタートさせる決断をする幸良。テンポよく進むストーリーで状況が変わるたびに、出演者の印象も二転三転して、大切なものを取り戻すための犯人の悲壮な覚悟も見えてきましたが、だからこそ時間が掛かっても最後の最後で報われた優しい結末には救われる思いでした。
嬉しいことも苦しいことも、これからもあなたの気持ちが知りたい。6人の作家による自由な百合をテーマに描くアンソロジー。女子高生が同居することになった父の不倫相手への複雑な思い、父親を殺したと思っていた娘が気づく死の真相、ずっと好きだった同級生へ積み重ねた想いの結末、推しアイドルに憧れるアイドル、大勢力に囲まれた戦国時代の女城主と首師の邂逅、記憶喪失の先輩と変わらず愛し続ける後輩の話。何をきっかけにその想いに気づくのか、こんな形にも百合を見出すことができるのか、それぞれの著者さんが自由な発想で描かれた鮮烈な印象を残すアンソロジーになっていました。
ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅
posted with ヨメレバ
高野 史緒 講談社 2024年05月23日頃
作家は、小説は、本は、どんな未来に向かっているのか。本を愛しすぎている人たち<ビブリオフォリア>の紡ぎ出す5つの物語。読書に関する特殊な法律により一定期間で本が抹消されてしまう世界の読者と書き手の想い、正確に訳すことが限りなく不可能なマイナー言語の日本で唯一の翻訳者、小説を斬りまくる文芸評論家が出会う絶対に書評できない本、書けなくなり苦悩する元・天才美人女子大生詩人のたったひとつの願い、本の魔窟に暮らす蔵書家が訪れた不思議な古本屋。もし特殊な世界で自分がそんな立場に置かれたら…とつい考えてしまうシチュエーションでは、登場人物たちの様々な生々しい思いや、ついこぼれてしまった本音が垣間見えてハッとさせられました。
先祖の魂が還ってくる盆の中日。幼い少年と少女の前に現れた78年前に死んだ日本兵の亡霊。時空を超えて紡がれる圧巻の「語り」が歴史と現在を接続する物語。多くの人々の語りから沖縄の昔と今を連鎖させて語られる、時代背景が違っても変わらない、少し頑張ったくらいではどうにもならない過酷な現状に対して抗おうとするもどかしさや憤りがこれでもかとばかりに描き出されていて、タイトルは「年月は馬が駆けて行くように過ぎてしまう。 時を大切にせよ」という意味だそうですが、多くの人々の視点から構成されるストーリーは、突然視点が切り替わることも多く戸惑いも覚えましたが、積み重ねてきた歴史に生きる彼らの心からの叫びで、何よりぐいぐい一気に読ませてしまうその文章力は圧巻でした。
高校時代からの女友達、花乃子、百合子、澪、亜希の四人。そろそろ人生の選択を迫られる年齢を迎え、花乃子が「四人で一生一緒にいる」暮らしを提案する自由と決断の物語。男はいらないってわけじゃないし、結婚だって出産だって興味はある。そんな悩める彼女たちが別れた男にスマブラでダメージを与えながら、大マジメに考えた一生最強の人生。断固たる決意があったわけでもなく、なし崩し的に半ば勢いで始まった感もある共同生活のようにも思えましたけど、四人で役割分担しながら娘たちもしっかり育ててみせて、そんな良くも悪くも自由な彼女たちに育てられた娘がこれからどんな風に生きていくのか、少なからず影響を受けているのも感じますし、ちょっと気になりますね(苦笑)
名古屋市栄の繁華街で発見された縫製工場のひとり息子の他殺体。疑われた技能実習生は姿を消し、事件を追う女性刑事が思いもかけない真相に辿り着く社会派ミステリ。素行が悪く逮捕歴もあり、あちこちから恨みを買っていたため容疑者も多い状況で、被害者が以前ベトナム人の技能実習生マイに強引に迫っていたことを突き止める捜査一課の暁。地道な捜査を積み重ねて容疑者に迫っていく展開の中で、浮かび上がってくる「救世主」とは一体何のことを指すのか。全体として見ると物語が動き出すまでにやや時間が掛かった印象も在りましたが、予想外の展開も待っていて、意外なところに繋がってゆく結末が印象的な物語になっていました。
両親を亡くして優しい伯母夫婦に引き取られたものの、どこか孤独を感じていた善治が、落伍犬の烙印を押された元警察犬のシェパードに出会う青春小説。任務で足を痛めて引退することになり、犬の訓練所に就職していた従兄の大我から引取先が決まるまでということで一時的に実家に預けられることになったアレックス。アレックスを犬嫌いの善治が世話をする羽目になって始まった、振り回されるようになっていく日々。離れたブルドックと少年の絆や、障害物競技に挑むチワワとギャルの苦闘にも関わりながら、自分がずっと抱え込んでいた犬が苦手だった過去にも向き合い、どこか遠慮していた伯母夫婦や大我との大切な絆を取り戻していく結末がなかなか印象的な物語になっていました。
セント・アグネスの純心 花姉妹の事件簿 (星海社FICTIONS)
聖花女学院の中等部に編入し、憧れの高等部生・白丘雪乃と仮初めの花姉妹になった神里万莉愛。万莉愛が遭遇する不思議な謎を雪乃が推理する学園ミステリ。若葉の中等部生と成花の高等部生がルームメイトとなる花姉妹制度や、閉鎖的ゆえに閉塞感もある世界の複雑な人間関係の中で万莉愛が遭遇する、深夜歩き出す聖像や入れ替わった手紙、解体されたテディベアといった日常の謎。彼女は母を喪った経緯もあって最初はやや頑なな印象もありましたけど、様々な人々との出会い、事件を通して描かれてゆく繊細な関係を通じて、少しずつ変わってゆく心境があって、謎が解き明かされたことで広がる世界や、それぞれ事件を解決した後に残された真相がまた印象に残る物語になっていました。
爆弾 (講談社文庫)
些細な傷害事件で野方署に連行されたとぼけた見た目の中年男スズキタゴサク。たかが酔っ払いと見くびる警察に対して、男は十時に秋葉原で爆発があると予言するノンストップミステリ。取調室に捕らわれた冴えない男の予言直後に秋葉原の廃ビルが爆発。直後、秋葉原の廃ビルが爆発。爆破は三度続くと今後の展開を示唆してみせたこの胡散臭い中年男は果たして爆弾魔なのか。ただの霊感だと嘯くタゴサクと対話を試みて情報を引き出そうとする、警視庁特殊犯係の類家と男の駆け引きや、鍵を握る過去の事件との繋がり、状況が二転三転して構図もガラリと変わる中で浮かび上がってゆく意外な真相があって、道化のような男に振り回され、恐怖や不安を突きつけられた登場人物たちの生々しい感情が印象的な物語になっていました。
砂嵐に星屑 (幻冬舎文庫)
大阪のテレビ局を舞台に、世代も性別もバラバラな4人が、それぞれの悩みや壁にぶち当たりながら生きてゆく姿が描かれる連作短編集。社内不倫の前科のために周囲から腫れ物扱いされている四十代独身女性アナウンサー、娘とは冷戦状態で同期の早期退職に悩む五十代の報道デスク、好きになった人がゲイで望みゼロなのに同居を続けてしまっている二十代タイムキーパー、向上心ゼロで非正規の現状にぬるく絶望している三十代ADなど、そう簡単にはやり直しが効かない立場の不器用な登場人物たちは、偏見に晒され、厳しい現実に直面していましたけど、彼女たちにも実は意外なところに味方がいることを知ってゆく、そんなささやかな救いが印象的な物語になっていました。
凍る草原に絵は溶ける (文春文庫)
山羊の群れを連れて遊牧するアゴールの民がこよなく愛する芸術「生き絵」。若くして大役に抜擢された物語を作る生き絵師マーラが、過酷な現実を突きつけられるファンタジー。突然、草原の民を襲った動くものが視界から消えてしまう奇禍。これまで当たり前だったものが当たり前でなくなり、表情も動作も伝わらないという苛酷な現実を突きつけられたマーラ。農耕の国・稲城の街で城を追われた奇術師・苟曙と出会い、似たような境遇の2人が出会い物語が動き始める展開で、状況が改善されるわけでもなくいかに順応するかが問われる中で、やり切れない現実に直面しながらもそれでも諦めず逆境に立ち向かい、希望を見出してゆくその結末には心打たれるものがありました。
ひきなみ (角川文庫)
小学校最後の年を過ごした島で葉が出会った少女・真以。しかし彼女は突如姿を消してしまい、ずっと気に掛けていた真以を見つけた葉が彼女に会いに行く物語。思春期の出来事を機に真以に心を寄せて、ずっと一緒だと思っていたのに突如脱獄犯と一緒に島から姿を消した過去。衝撃的な事件がずっと尾を引いて、大人になっても自信喪失気味なままで、パワハラに身も心も限界を迎えかけていた葉。20年後ネット上で真以のことを見つけて、たまらず会いに行く葉が彼女から過去の真相を明かされ、戸惑いながらそれを受け止めて懸命に向き合い始めて、それを機にこれまで受け身なばかりで、目をそらして逃げるばかりだった自らが直面する状況を、少しずつでも変えていこうとする姿が印象的な物語でした。
風は山から吹いている (二見文庫)
高校で名を馳せたスポーツクライミングを大学では続けないと心に決めていた筑波岳。変人と噂される登山部部長の梓川穂高につかまり幾度か一緒に山を登ったある日、恩人の滑落死を知らされる物語。変人で知られる穂高により半ば無理矢理、登山部に入部させられてしまう岳。そんな彼のスマホに掛かってきた、高校時代のコーチ宝田謙介からの風の音が聞こえるだけの無言の電話。そして恩師の死を知り衝突したまま関係を修復できなかったに対する悔恨。彼の死は果たして事故だったのか自殺だったのか。アスリートのセカンドキャリアの難しさや、穂高の山を巡る過去も描きながら、彼の死の真相を探る岳が周囲の人に聞いてゆく中で恩師を思い、自身で同じ山に登って恩師と同じ景色を見たからこそ気づいた真理がとても心に沁みる物語になっていました。
サマーゴースト (集英社文庫)
ネットを通じて知り合った高校生の友也、あおい、涼。「サマーゴースト」の噂を聞いて探すために集まった3人が、ひとりの女性の霊と出会うひと夏の青春小説。夏に使われなくなった飛行場で花火をすると、姿を現すらしい「サマーゴースト」の噂。毒親に絶望して自殺願望のある友也、自分の居場所を見つけられないあおい、余命を宣告されてしまった涼。それぞれの事情から死に魅せられていた3人が「サマーゴースト」に出会ったことで徐々に変わってゆく心境。物語の構図としてはわりとシンプルなストーリーになっていましたけど、彼女のために奔走する3人の協力があって、それぞれの思いを胸に自分の思うように生きることを選択する彼らの姿がなかなか印象的な物語になっていました。
俺の残機を投下します (河出文庫)
家族を捨てて世界一のプロゲーマーを目指すものの、最近は成績も振るわず徐々に心も荒んでいた一輝。悩める彼の前に自分に似た謎の三人組が現れるeスポーツ小説。自らの残機だという謎の三人組の存在を当初は不審に思い避けていたものの、彼らの命を賭けた切実な想いを知って、少しずつその凍った心を溶かしていく一輝。最初は上手く行かない状況に荒れていて、周囲を見下した態度でトラブルを起こしがちな彼に好感を持つのはなかなか難しかったですが、すれ違っていた元妻や一人息子との絆を取り戻し、eスポーツワールドカップの格ゲー部門に挑んでゆく彼の心境の変化があって、その先にある最大の危機も乗り越えてみせた結末はなかなか良かったですね。
エフィラは泳ぎ出せない (創元推理文庫)
東京でフリーライターとして暮らす小野寺衛が、同棲する玲奈の妊娠が判明した夏の日、故郷の松島町に残してきた知的障害がある兄の死の知らせを受ける慟哭のミステリ。震災を機に兄を捨てて上京したという意識もあり、七年間一度も里帰りをしていなかった実家に複雑な思いを抱きながらの帰省。なぜ障害者枠で大企業に務めていたはずの兄がなぜ子どもの頃一緒に遊んだ海岸で自殺してしまったのか、衛がその死の真相にアプローチしてゆく中で父親の悔恨や伯母の依存心、幼馴染の欺瞞や周囲になかなか理解してもらえない兄の苦悩が浮き彫りになっていって、けれど何よりも兄が本当の意味で切望していたものを知ってしまうその結末には、胸を締め付けられる思いでした。
祓い師笹目とウツログサ (文春文庫)
見えないけれど、どこにでもいる。ニュータウンのひかり台でウツログサを祓う男と、それに囚われた人々の心のうちを描いていく連作短編集。自分の隣りにある穴、爪から生える草の根、手に浮かび上がる文字、身体にぶら下がっている瓢箪、透明でキラキラしたふわふわなど、多くは無害でによって形状も違い、時には宿主の要望を読んで成長してゆくウツログサ。密かに抱え続けることで少しずつ影響を及ぼしていく人々の変化が描かれていて、それを祓うこともできるという男・笹目と出会い、ずっと寄り添ってきたウツログサをどうするのか、状況も背景も異なる彼らのそれぞれの決断が印象的な物語でした。
僕の愛した君のすべてが、この世界に響きますように (角川文庫)
僕の愛した君のすべてが、この世界に響きますように
posted with ヨメレバ
六畳 のえる KADOKAWA 2024年07月25日頃
ある日、同じクラスの季南千鈴に動画制作の協力を頼まれた高校生の北沢有斗。最初は「数回だけ」という条件から、2人だけの秘密の動画制作が始まる青春小説。どうしてもと粘る千鈴を断りれず、渋々動画制作の手伝いをすることになった有斗。彼が抱えている中学時代に遊び半分で投稿していた動画の炎上という苦い過去、そして撮影初日に有斗が知ることになったあまりに辛い真実があって、失いゆく自分の声を残したいという千鈴に少しずつ惹かれていく有斗が、けれど不安を抱える千鈴に寄り添うことが簡単ではない現実に直面しながらも、すれ違うことがあっても諦めたくない、向き合いたい覚悟があって、そんな彼らが迎える思いもしなかった結末には、強く心揺さぶられるものがありました。
もう一度人生をやり直したとしても、また君を好きになる。 (角川文庫)
もう一度人生をやり直したとしても、また君を好きになる。(1)
posted with ヨメレバ
蒼山 皆水/ふすい KADOKAWA 2024年07月25日頃
初恋の人・柳葉美緑と結婚して3年。幸せだったはずの生活を突然襲った病魔よる彼女の死。彼女を救うため、再び幸せにするため時間を巻き戻す力を使い人生をやり直す青春小説。神様を助けたことで授けられた、副作用として巻き戻した時間の5倍の寿命が縮められる特殊な力。それでも覚悟を決めて彼女を取り戻すために11年遡って再び始めた中学時代。そこから一度は疎遠になっていた幼馴染の優弥と美緑が再び交わり始めて、全てを犠牲にしてでももう一度彼女を幸せにしたかった狂おしいまでの葛藤を思えば、あのセリフはあまりにも残酷だなとも思ったりもしましたけど、いろいろ感じた違和感も最後には納得してしまう、何とも切なくてあまりにも一途な愛の形とその結末に全て持っていかれましたね…。
分子生物学者Qの考察 ご依頼はプライベートラボまで (宝島社文庫)
フリーの分子生物学者Qのもとに、バイオソニック社のCEOでQと同じ研究室出身の織原純一郎が行方不明になったとの連絡が届き、探偵兼ドライバーのカカウとともに捜査に乗り出すミステリ。コロナ禍ですっかり引きこもりになっていたQが、織原の部下・牧村から依頼されて、織原のCEO解職を回避するためにカカウと一緒に失踪した彼を探し始める展開で、のっけからたびたび危機に陥る中、離婚協定中の妻、恋人、そしてカカウなど次々と怪しい人物や疑惑が現れていきましたが、それらが整理されてみると物語としての構図自体はわりとシンプルでしたかね。研究者と武闘派という意外な組み合わせの2人が新鮮で、ストーリーもテンポがよく読みやすい物語になっていました。
天才少女は重力場で踊る (新潮文庫nex)
卒業単位欲しさに研究室で訪れた大学生・万里部鉱が、不機嫌な17歳の飛び級天才少女と出会い、うっかり未来を観測してしまう青春SF小説。目鼻立ちは整っているけれど、異様なまでに不機嫌な少女・三澄翠との第一印象最悪の出会い。そんな状況で彼女が共に研究を進める老教授・一石に連れて行かれた先で見た、自分と世界の存在を不安定なものにしてしまうタイムマシンの存在。その未来を変えないために彼がお世話することになった、天才で生活が破綻している翠が際立っていましたが、ごく短期間で急速に進む彼女の理解と二人の間に育まれる確かな絆があって、未来から過去への干渉というタイムパラドックステーマの中、迷いなく定まっていく彼の覚悟が印象的な物語でした。
夜明けのカルテ:医師作家アンソロジー (新潮文庫nex)
午鳥 志季/朝比奈 秋/春日 武彦/中山 祐次郎/佐竹 アキノリ/久坂部 羊 新潮社 2024年05月29日
その眼で患者と病を見つめてきた医師にしか描けないことがある。9人の医師作家が医療の光そして影を描いた医師作家アンソロジー。新米研修医にしか発見できなかった真実。引きこもり患者を救うひと癖ある精神科医。無差別殺人犯へ行う緊急手術。友の脳腫瘍のためにふるう高度な手技。深夜の母体搬送に奔走する医療チームなど、医師が病院内の上下関係や複雑な人間関係に振り回される姿が生々しく描かれていましたが、取り巻く状況にままならない葛藤を抱えながらも、今の自分が置かれた状況で医師として果たして何ができるのか、患者の命を守るために彼らが考え抜いて決断してもたらされた結末がなかなか印象的な物語になっていました。
香さんは勝ちたくない 京都鴨川東高校将棋部の噂 (集英社オレンジ文庫)
京都鴨川東高校に入学した鈴木直。料理が好きで調理部に入部した彼が、先輩から将棋部の「王様」こと東香の交際対局の噂を聞き、彼女に勝負を挑む青春小説。実は直の初恋で将棋を教えてくれた人で、将棋を辞めたきっかけでもあった香。すっかり疎遠になっていた彼女の「弱い人とは付きあわない」という言葉が変換されて不名誉な噂が流れているのを知り、彼女の置かれている状況を打開するために勝負を挑む直。とはいえ彼女とは歴然とした実力差があって、その差を埋めるために彼女の棋譜や戦い方などをいろいろ調べていく中で、過去の発言には誤解があり、実は意外と分かりやすい香が抱える複雑な想いも明らかになっていきましたけど、なのになかなか気付いてもらえない直との何とももどかしい関係が微笑ましかったです。
おひれさま ~人魚の島の瑠璃の婚礼~ (集英社オレンジ文庫)
同級生さつきの葬儀に出席するため、故郷の離島へ帰省した京都の美大生・柚希。人魚の別称『おひれさま』を強く信仰する島で、さつきの死を巡る謎が浮かび上がるミステリ。一組の男女が婚礼を行い島守になる島の因習に選ばれた柚希が惹かれているのは、花婿役の翔馬ではなくかつて自分を助けてくれた明人で、祟りに怯える島民に婚礼を急かされながら、因縁に抗うように惹かれ合う二人。因習にこだわる年長者たちと、それに反発する対峙する若者たちという構図から、明らかにされていく島の秘密があって、そこからさつきの死や島守を巡る何とも皮肉な真相もありましたけど、一連の騒動を乗り越えて結ばれた彼女たちが迎える結末がなかなか印象的な物語になっていました。
君と、あの星空をもう一度 (集英社オレンジ文庫)
親の転勤で生まれ育った街に戻ってきた高2の紘乃。転入した天文台のある高校で、幼馴染の年前に一緒にスピカ食を見る約束をしていた彗に再会する青春小説。約束の日も近づく中でせっかく運命的な再会を果たしたのに、なぜかもう星は観ないとそっけない彗の態度。しばらくして紘乃が知らされる衝撃的な事実と、彗が旧校舎の天文台に出入りしていた理由。新たな友人たちとの出会いも絡めながら、彗にまた昔みたいに笑って欲しいと願う紘乃の頑張る姿が状況を動かすきっかけとなり、悔やみ続けた彗を変える大切なメッセージを見つけ出して、いろいろありましたけど過去を乗り越えて、ようやく大切な想いに向き合えた2人の結末がとても素敵な物語になっていました。
訳あってあやかし風水師の助手になりました (集英社オレンジ文庫)
一人暮らしを始めることとなった女子高生・夏凜の住むマンションにある日突然、猫股らしきものが現れ、親友の香那子が紹介する下北沢の妖怪退治のできる風水師・安倍清長に解決を依頼する物語。イケメンだが怪しすぎるとどこか半信半疑だった夏凜。しかし清長の事務所に鎮座していた高価な巨大アメジストを破壊してしまったせいで、なんやかんやと丸め込まれて時給300円で助手のバイトするハメになる展開で、夏凜のマンションに棲んでいた猫股問題解決後も視える体質が判明してしまったことで、清長の助手のような仕事まで請け負うことになり、次々に舞い込む依頼の数々に翻弄される日々が続く中、2人とあやかしの遠い過去の因縁も絡めながら、怪奇現象やあやかし相手に風水も絡めた手法で対峙していく展開はなかなか面白かったです。
記憶アパートの坂下さん (PHP文芸文庫)
築三十年の木造アパート「メモワール」の住人たちには不思議な共通点がある。「記憶」に悩む人々が集う、不思議なアパートの物語を描いた連作短編集。交通事故の影響で大切なことを忘れてしまった記憶喪失の男子高校生、前世の記憶があるOLが封じていた記憶、事故の影響で若年性認知症と宣告されてしまった男の苦悩、胎内記憶を持つ女の子が取り戻すことができた優しい記憶と、メモワールに住む人々の記憶を巡るエピソードが描かれていて、一見ズボラでどこか掴み所がない大家の坂下さんでしたけど、彼女なりのやり方でそれぞれの記憶に関する悩みに寄り添っていて、住人たちもこれからどうすべきか向き合ってゆく結末と、垣間見えるその後の様子がなかなか良かったです。
陰陽師と桜姫 (小学館文庫キャラブン!)
陰陽師や方術士の一族が栄えていた三大国上河、貴陽、玉兎。黒い花弁をもつ桜の樹「咒桜」により均衡が崩れてしまった世界を、呪いの桜から生まれた娘・陽桜李が変える和風ファンタジー。貴陽の陰陽師一族の次期当主と目されるほどの実力を持ち、彼女を桜の森で拾ってくれた父・美春の不器用で優しい親子関係。そんな美春や血の繋がらない兄たちに温かく見守られながら、人よりも高い身体能力と生命力をそなえた娘として育った陽桜李が、得意の武術をきわめて家族とともに咒桜の呪いを解く旅に出かける展開で、玉兎の高名な女方術士・有翠の有翠やその信者と対峙していく中、思わぬ陽桜李の真実も明らかになっていきましたけど、その中で改めて浮き彫りになった2人の絆が印象的な物語になっていました。