8月の読了冊数は読書メーターによると最終的に126冊でした。
読んだ本126冊
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こちらでは8月に読んだ文庫新作13点、ライト文芸新作10点、一般文芸の新作9点の計32点を紹介しています。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
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飛び立つ君の背を見上げる (宝島社文庫)
部活を引退し、卒業を待つ身となった中川夏紀。そんな彼女の残された高校生活と、彼女視点による傘木希美、鎧塚みぞれ、そして吉川優子のありようが描かれる『響け! ユーフォニアム』シリーズ番外編。夏紀が希美に抱いていた罪悪感、改めて明らかになるみぞれと周囲の関係性、そして彼女の相棒とも呼ぶべき優子との関係など、同じ南中卒組ではあっても唯一中学時代に吹奏楽部でなかったこと、そして密度の濃かった二年間と副部長としての仕事など、彼女たちに対して抱いていた複雑な想いだったり、それでも共に過ごしてゆく中で確かな絆が育まれていったんだな…と感じられる彼女たちと積み重ねてきた様々な出来事が描かれていてなかなか良かったです。
おれたちの歌をうたえ (文春文庫)
元刑事の河辺のもとにある日かかってきた電話。友が遺した暗号に導かれ、40年前の事件を洗いはじめた河辺とチンピラの茂田はやがて、隠されてきた真実へとたどり着くミステリ。過去を語るために思い出してゆく、これまで封印していた四十年前の記憶。仲が良かった五人組の若き日々と悲劇。そして二十年前の再会と挫折。暗転したそれぞれの人生と苦い思いがあって、遺された暗号の意味を巡るうちに新たな事実も明らかになっていって、その真相にたどり着くまでにずいぶんと遠回りした感もありましたけど、紆余曲折の末に迎えたその結末がなかなか印象的な物語でした。
天の雫 鳳の木 (ポプラ文庫)
薬草への鋭い感覚を有する「雛子」が、生涯を薬道に捧げて生きる鳳山。戦により混迷が深まる中、雛子の中でも優れた能力を持つイトナが、天の雫を巡る争いにまきこまれてゆくファンタジー。斎宮にして王族の娘・未央の匙子に任命され、彼女のために力を尽くすことを決意するイトナ。隣国の日向国も巻き込んだ熾烈な戦からの混乱、日向国の王子・安曇や対立するその異母兄弟・六連の存在があって、そして明らかになってゆく雛子と天の雫を巡る真実。新事実が明らかになるたびに、果たして誰を信じるべきなのか、何度も迷い心揺さぶられながらも、最後まで本質を見失わずその信念を貫き通した結末がとても印象的な物語になっていました。
ほたるいしマジカルランド (ポプラ文庫)
願いごとを叶えてくれるという噂のメリーゴーラウンドと名物社長で有名な大阪北部の老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。自分たちの悩みを裡に押し隠しながら、お客様に笑顔のために従業員が奮闘する姿を描く連作短編集。社長が入院したという知らせが入り、動揺する従業員たち。アトラクションやインフォメーションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理人、そして社長の息子など、どんな人にでもそれぞれの立場なりに悩みがあって、ふとしたきっかけから周囲の人たちもまた悩みを抱えていることを知って、周囲を見る目や自分のものの見方が変わってゆく中で、いろいろと大切なことに気づいてゆくとても優しい物語でした。
CAボーイ (角川文庫)
パイロットの夢を諦めて、外資系ホテルで敏腕ホテルマンとして働いていた入社5年目の高橋治真。そんな彼がNALのCA配属前提の総合職募集を知り、航空業界に飛び込むお仕事小説。治真が出会うプロ意識の高い先輩CAの紫絵やグランドスタッフの茅乃、指導教官オブライエンといった個性豊かな同僚たち。大学時代の友人たちとの深い絆、そして彼が密かに抱えている父が航空事故を起こし引責したパイロットだったという秘密。作中で描かれる航空業界ネタも面白かったですが、とびきり有能なのに苦い過去を抱えるどこか危うい治真と周囲の関係が本当にいい感じで、真相を知った治真がこれからどうするのか、またこの物語の続きを読んでみたいと思いました。
彼女の隣で、今夜も死人の夢を見る (角川文庫)
霊が視えるのに加え「死人の夢」を見る力を持っていて、なるべく他者と接触を持たないようにして生きていた大学生の奥津湊斗。そんな彼が神隠しから生還して復学した高原玲奈と運命的な出会いを果たす青春ホラーミステリ。大学内でもたびたび怪異に苦しめられ、周囲から迷惑がられて距離を置かれる玲奈のことを放っておけず、彼女の状況を改善するために手を差し伸べる湊斗。自分の力を活かして彼女を脅かす取り憑いた女性、神隠しと噂される女子大生や子供たちに対峙し、彼女を救うために懸命に奔走してみせるのに、玲奈の友人になりたいというささやかな願いを、なぜか頑なに拒否する湊斗がとても面倒くさくてもどかしかったですが、お互いいろいろ抱えるものを持つ者同士、不器用に少しずつ絆を深めてゆく二人のこれからの物語をまた読んでみたいと思いました。
函館グルメ開発課の草壁君 お弁当は鮭のおにぎらず (宝島社文庫)
函館の食品加工会社に就職して、両親の転勤により図らずも実家で一人暮らしをすることになってしまった新社会人の草壁。しかし観光客で職場近くの飲食店が使えず、先輩・中濱の勧めでお弁当を作り始める物語。ご当地グルメの開発に大忙しの日々を送る中で、中濱が参考にしているというSNSも見ながら、お弁当を作り始める草壁。内緒のアカウントのレシピを話題に、作ったお弁当で昼休みをともにする中で草壁が抱いたある疑問。サンマの『さ』巻き、鮭のおにぎらず、ホッケのカレームニエル、旬のブリといった美味しそうな函館の食材をちりばめたエピソードには播上夫妻も登場して、恋も仕事も一生懸命頑張る草壁がなかなか良かったですね。
復讐は合法的に (宝島社文庫)
六年付き合った彼氏に手酷く裏切られたOL麻友が出会った「合法復讐屋」エリス。彼女の元に持ち込まれる様々な依頼が描かれる連作短編ミステリ。自分勝手な男に弁護士資格と法律知識を活かして、地道に復讐への準備を整えて追い詰めてゆくエリス。以降は慎重な小悪党相手の副業による死の究明、小児愛者の強制わいせつの思ってもみなかった真相。SNSで暴露中傷する者の正体といった様々な依頼に対して、小四の秘書メープルも協力しながら巧みにアプローチも変えて見事な手際で相手を追い詰めてゆく展開はなかなか面白かったですね。これは続刊があるならまた読んでみたいです。
その霊、幻覚です。 視える臨床心理士・泉宮一華の噓 (文春文庫)
霊が視えることを隠して、渋谷のメンタルクリニックで働く臨床心理士の泉宮一華。そんな彼女の平穏な日常が、その秘密を握った謎の青年・翠との出会いによって崩壊の危機に陥る物語。患者には心霊現象を幻覚だと指摘していて、その裏で密かに除霊していた一華。それをネタに半ば脅される形で翠に同行させられ、心霊スポットの調査をする二人。キジトラ猫の式神タマを従えて、渋谷スクランブル交差点に、山奥のトンネル、閉鎖した診療所といった危険スポットを一緒に攻略していく中、一方的に敵視していた関係が少しずつ変わっていって、その背景もまた明らかになってゆく結末はなかなか良かったです。
きのうのオレンジ (集英社文庫)
三十三歳の遼賀が受けた、あまりにも早い胃癌宣告。ショックを隠せない彼の元に、郷里の岡山にいる弟の恭平からかつて山で遭難した時に履いていたオレンジ色の登山靴が届く家族の物語。東京でレストラン店長をしていた遼賀人並みに、真面目に生きてきた遼賀が直面する絶望。そんな彼に登山靴を送ってきた地元岡山で体育教師をする弟・恭平、そして通院していた病院で看護師として再会した矢田泉の存在。兄弟には一緒に遭難した過去を乗り越えてみせた揺るぎない絆があって、矢田とは高校時代共に過ごしたかけがえのない思い出があって、そんな遼賀を慕う彼らに支えられて、覚悟を決めて最後まで精一杯やりきったその結末には心揺さぶられるものがありました。
「舌」は口ほどにものを言う 漢方薬局てんぐさ堂の事件簿 (宝島社文庫)
新宿で50年以上続く漢方薬局てんぐさ堂にやってくる様々な悩みを抱えた患者たち。薬剤師試験に3回落ちた新米店主・奈津子と漢方医学のプロ宇月が、患者が抱える不調と謎を解き明かす漢方ミステリ。敷居が高いイメージを変えようと努力する奈津子、漢方薬の知識も兼ね備える薬剤師たちが対応する、薬剤師が患者に不可解な忠告をした理由、元教師が木の実を恐がるのはなぜか、味覚をなくしたグルメリポーターを襲った悲劇、毒草を探す会社員の目的。漢方に関わるエンピソードを絡めながら、その効能や注意点も分かりやすく解説していて、やってきた人々の悩みに寄り添って解き明かしてゆく展開はなかなか面白くてまたこの続きを読んでみたいと思いました。
いつの空にも星が出ていた (講談社文庫)
全てホエールズ、ベイスターズを巡るエピソードで綴られる、ベイスターズを愛する登場人物たちを描いた連作短編集。物静かな高校の先生が連れて行ってくれたスタジアムの思い出。予備校に通う女子高生と青年の出会い。家業の電気店を継いだ若者の好きなもの。洋食店のシェフの父で応援団長だった祖父と初めて出会った少年野球ではピッチャーを務める息子。自分はファンというわけではなかったですけど、当時は父親の影響でよく観てましたし、低迷期とか関係なく応援し続ける複雑な気持ちとか、それでも心から好きなんだと思う気持ちが心に響くそんな物語でした。
さよなら願いごと (光文社文庫)
のどかな田舎町で思いがけない謎に出会った少女たち。夏休み、置き去りにされた謎を追いかける三人の彼女たちが繋がって、想像もしていなかった危険が迫る青春ミステリ。祖父の農業を手伝って琴子たちと遊んでくれたお兄さんの正体、祥子の想い人・土屋が告げた意外な疑惑、そして新聞部の沙也香が調査する廃ホテルの事情から思わぬ形で繋がってゆく三十年前の事件。彼女たちの捜査はわりと危なっかしくて、正直ハラハラすることも何度かありましたけど、エピソードの繋がりを垣間見せながら、パズルのピースを組み合わせてゆくように真相が浮かび上がってくる構図はなかなか上手かったですね。
石狩七穂のつくりおき: 猫と肉じゃが、はじめました (ポプラ文庫ピュアフル)
派遣切りにあい求職中の七穂。疎遠だった親戚の隆司が鬱で休職したと聞き、抜群の家事能力を見込まれて隆司のお食事&見守り当番として奮闘する物語。エリート街道まっしぐらのイケメンだったはずなのに、今や祖父の残した古民家に閉じこもる日々を送る隆司。かつては苦手だった彼にご飯を食べさせたり、家の掃除をしながら、かけがえのない日々を積み重ねてゆく二人。いくつものことを一緒に経験してゆく中で、少しずつ変わる二人の距離感があって、隆司が休職した理由も明らかにしながら、お互いの存在に刺激受けて、迷える背中をそっと押してくれたことで、新たな一歩を踏み出すことができた二人が迎える結末はなかなか良かったです。
水面の花火と君の嘘 (ことのは文庫)
久しぶりに実家に帰郷した大学1年生の早瀬瑞希。4年間抱いていた後悔から目を背けていた彼が、大切な人たちの笑顔を懸けたやり直しに挑むタイムスリップ青春小説。幼馴染の夏帆、大好きだった兄・千尋と三人で交わし、果たされなかったある約束。帰省して改めて実感する失われた大切な存在、変わり果てた家族、笑顔をなくしてしまった幼馴染の憔悴した姿を目の当たりにして、中学生の頃に部活の顧問をする先生から聞かされた『とっておきの秘密』を思い出す瑞希。事情を知る過去の先生に協力してもらいながら、当時の自分が知らなかった状況を知ってゆく中で、もうこれ以上後悔しないために、悲しい思いをさせないために代償を恐れず奔走して、懸命に手繰り寄せたその結末がなかなか素敵な物語でした。
人喰い鬼の花嫁 (講談社タイガ)
五大アヤカシが力を持つもうひとつの日本。母を亡くし義母と義姉に迫害される生活を続けてきた春日部莉子が、指名された義姉の身代わりとして酒呑童子という鬼の嫁に嫁ぐファンタジー。嫁を食い殺してしまっているのではと言われる相手に、ひっそりとお屋敷に向かった莉子に掛けられる「欲しかったのは、端からおまえだ」という酒呑童子の言葉。愛を知らなかった莉子が自分を認めてもらえて、一途に大切にしてくれる彼のもとで初めて愛を知っていって、自分のことを肯定できる居場所。他のアヤカシの嫁たちもそれぞれの愛のかたちを感じさせてくれて印象的でしたけど、たとえ何があっても変わらない愛を誓える揺るぎない二人の絆を感じさせてくれた、とても優しくて素敵な物語でしたね。
髪結い乙女の嫁入り 迎えに来た旦那様と、神様にお仕えします。 (富士見L文庫)
髪結い乙女の嫁入り 迎えに来た旦那様と、神様にお仕えします。
posted with ヨメレバ
しきみ 彰/新井 テル子 KADOKAWA 2023年06月15日
母を亡くし天涯孤独、母の友人を師として自分の腕を頼りに髪結い師として生きてきた天下井華弥。窮地を助けてくれた、亡き母が結んだ婚姻契約を持つ梅景斎と契約結婚を始める物語。脅迫まがいの求婚を受けて窮地に陥った華弥に手を差し伸べた斎。彼が仕える現人神の美幸専属の髪結い師となる提案に、現状打破と母の意図を知るため、斎に嫁ぐ決意を固める華弥。彼女の技術で美幸もより美しくなっていって、狙われる彼女を守る斎との不器用な距離感も今後に向けて期待感があって、自らの技術も活かすことができて、大切にしてくれる居場所をようやく見出した彼女のこれからをまた読んでみたいと思いました。
陸軍将校の許嫁 ~お見合いは幽霊退治の後で~ (小学館文庫キャラブン)
侍より侍らしいと言われる、薙刀好きな大阪の女学生・巴。母に命じられて苦手なピアノの稽古に通うことになった彼女が、先生の家で陸軍の青年将校・葛目と出会う明治お見合い物語。先生の親戚だという無愛想で口数も少ない葛目と一緒にお茶を飲むことになった巴。最初は気まずく思いながらも、彼女の行動力や食いしん坊っぷりを許容してくれる葛目と、先生の洋館で出るという幽霊の正体、先生の家を悪く言う噂を調べてゆく展開で、わりと落ち着いたストーリーでしたが、元気な巴と見守る堅物軍人・葛目という関係性の構図から、出会いを積み重ねて少しずつお互いのことを理解して、変わってゆくのが感じられる二人の距離感がなかなか良かったですね。
わたしの嫌いなお兄様 (集英社オレンジ文庫)
年上の従兄・春日要との縁談を勝手に決められてしまった父親に、怒りを隠せない元士族・橋本家のひとり娘・有栖。おてんばな彼女と問題児のコンビで謎を解いてゆくレトロモダンミステリ。資産家の息子で知的で優しい美貌とは裏腹に、悪戯好きでキザ、素人探偵気取りの要。そもそものこの強引な縁談が、春日家が所有する高価な人形を父が無くしてしまったことが絡んでいると知った有栖は、何とか人形を見つけだし縁談を白紙に戻そうとする展開で、以降も人気少女小説の作者探しや、帝都を騒がす連続婦女誘拐事件の真相を一緒に探るうちに、彼のことがだんだん気になってゆくのに、それを素直に認められない有栖がなかなか微笑ましかったです。
君が死にたかった日に、僕は君を買うことにした (メディアワークス文庫)
長く闘病した母が亡くなって、一度も頼れたことなどなかった父は蒸発。全てを失った高校生・坂田のもとに、突然現れた西川と名乗る男に奇妙な取引を持ちかけられる透明な青春譚。母の葬儀代を稼ぎたい一心で応じた坂田に、実は同い年だという西川が提示した高校に通い、同じ大学に合格して友人として振る舞ってほしいという不可解な条件。疑問に思いながらも彼の提案に救われて、同居して共に大学に通い卒業を迎える間際になって、ようやく明らかになってゆく西川の事情があって、彼らが出会うに至った経緯だったり、覚悟を決めた坂田の決意だったり、これまで積み重ねてきたかけがえのない絆が何とも印象的な物語でしたね。
共感覚探偵 奇々怪界は認めない (集英社オレンジ文庫)
土砂災害による行方不明から9年後、奇跡の生還を果たした祇王芯夜。大学生になっても「生き神様」と噂される芯夜が、もたらされる作られた怪異の真相を暴く共感覚ミステリ。同居人で幼なじみの矢鳥笙を経由して奇怪な相談が舞い込み、二人で一緒に解決するために動く、お寺に夜な夜な浮遊する火の玉と心を読むあやかし・サトリの呪い。立て続けに起きた子供の失踪と鬼子母神、そして久しぶりに帰郷した彼らの故郷で遭遇する炎に包まれた「火前坊」と過去の真相。笙兄とのコンビも味があってなかなか良かったですが、怪異を解き明かすたびに突きつけられる、身勝手な人々の業の深さがじわじわと効いてくる物語でした。
夏の約束、水の聲 (新潮文庫nex)
美しい海に囲まれた離島・玖輪島の波止場で、客の出迎え待つ民宿の息子・辰水の前に現れた十五歳の少女・沙織。彼女が怪異と出遭い、その身体に死の呪いを受ける青春サスペンス。悩みを抱え、ひとりで島を訪れた沙織との淡い青春の日々。沙織が夜の入江で人魚と出会ってしまい、そこで受けてしまった美しい身体を蝕む死の呪いを解くために、刻限が迫る状況で嵐の中を奔走する辰水。ストーリー自体はオーソドックスで、結末もややあっさりめな印象はありましたけど、何より夏の島ならではの雰囲気を魅力的に描いた、とても爽やかなひと夏の物語だったと思いました。
後宮女官の事件簿 (光文社キャラクター文庫)
家での面倒な事情もあって凱国の後宮で不正を取り締まる宮正を務める魏蛍雪。刑部令である祖父から大好きな捕り物をするために後宮で女性武官に扮する皇帝のサポートを命じられる中華後宮ミステリ。意に沿わない縁談を持ち込まれるよりは…と渋々引き受けた蛍雪が皇帝・趙燕子の相棒として、呪詛を訴える投げ文、蛇に咬まれて死んだ女嬬、失踪した嬪といった後宮で次々と起こる事件に挑んでゆく展開で、事件を追ううちに徐々に明らかになってゆく後宮の闇。なかなか個性的な妃嬪がいて、もふもふ犬の崙々は癒し系で、でもそもそもの原因を思うとこれはこれでどうなんだ…とちょっと思いましたけど、これからも彼に振り回されそうな蛍雪もなかなか大変ですね(苦笑)
島原湾に浮かぶ孤島、徒島にある海上コテージに集まった7人の男女と1人の漁師。先輩の無念を晴らすため密かに復讐の準備をしていた樋藤清嗣が、仇たちの死に直面してゆくミステリ。事前にグループに入り込んでいたことから、計画を目の前にして殺意が鈍り始めてしまう清嗣。そんな彼をあざ笑うかのように次々と殺される仲間たち。その惨劇は新たな始まりでしかなくて、一人の少女を中心に展開されてゆくもうひとつの事件があって、それぞれが抱えていた複雑な因縁が繋がって、見えてきた事件の全貌を解き明かす過程で決着をつけて、未来に新たな希望を見出してゆくその結末はなかなか面白かったです。
父と共に伯父が所有していた枝内島を訪れた浪人中の里英。島の視察を終えた翌朝に同行していた不動産会社社員が殺され、犯人から十戒を課されるミステリ。島内にリゾート施設を開業するため集まった9人の関係者たち。殺人犯を見つけてはならないという戒律を課されて、島内の爆弾に怯えながら指定された3日間を過ごす中で起きる殺人。限定された状況で犯人いかに計画的に犯行を重ねていったのか。振り返ると確かに首を傾げた箇所がいくつかあって、二人を中心に進めてきたストーリー構成や、用意周到に完遂させた犯行が最終的にひとつに繋がってゆくその結末はお見事でした。
縁切寺・東衛寺の娘で、離婚専門弁護士の松岡紬。離婚相談に来た相手に家族はいろんな形があることを伝えて、最良の離婚を提案するリーガルエンタメ。夫のモラハラと浮気に耐えられなくなって相談しに来て事務員に居着いてしまった聡美。行方不明になった妻の捜索を依頼された腐れ縁の専属探偵・出雲。元妻の友人に相談され紬を紹介する父・玄太郎。そして入籍していない同性婚の離婚協議、休職を理由に養育費減額を目論む聡美の元夫。可愛いけれど方向音痴で天然の彼女を慕って支えてくれる周囲の人々の視点も交えながら、やってきた依頼人に真摯に向き合ってゆく紬の頑張りを応援したくなる物語でした。
過去に事故で兄を亡くした悔いを抱え、贖罪の気持ちから救助災害ドローンを製作するベンチャー企業に就職した青年ハルオ。そのイベント開催中に巨大地震が発生して、地下に残された「見えない、聞こえない、話せない」女性の救助に動く物語。崩落と浸水で救助隊の侵入は不可能。6時間後には安全地帯への経路も断たれてしまう時間制限もある中で、ドローンを使い目も耳も利かない中川を誘導する前代未聞のミッションに挑むハルオ。ギリギリの綱渡りの状況に、暴露系YouTuberの妨害、さらには不可解な挙動から障害者疑惑まで持ち上がって雑音も多くなる中、何度も窮地に陥りながら最後まで諦めずに活路を見出そうと奮闘する先に待っていた、意外で納得もしたその結末には見事に驚かされました。
同じ地方都市で生まれ育ち、再会した三人。一度は行き詰まりかけた彼と彼女たちが、それでも「生きる」ために必要な救済と再生をもたらす物語。夫と別れる決断をして4歳の娘を育てるシングルマザー朱音。朱音と同じ保育園に娘を預ける専業主婦・莉子。転勤で故郷に戻ることになった園田。お互い何も知らなかった時には警戒していた相手が、話すうちに少しずつ印象を変えてゆく展開で、園田の視点もなかなか興味深かったですけど、やはりシングルマザーの覚悟を決めた朱音と、このままでいいのかと思い悩むようになってゆく莉子の友人ではないと言い切れるようになってゆく距離感の変化が印象的でした。
オカルト雑誌の編集者となった後輩が近畿地方のある場所にまつわる怪談を集めるうちに、いくつかの共通点を見出していって、恐ろしい事実が浮かび上がってゆくオカルト小説。焼き直しの記事ではなくオリジナリティのある記事を描くために、某月刊誌に掲載されていた記事、ネットで収集した情報、読者からの手紙などを改めて分析していた後輩が考察してゆく中で気づいてしまった、エピソードに出てくる『山へ誘うモノ』、『赤い女』、『呪いのシール』といったものの存在。淡々と繰り返し綴られてゆく描写はいずれもとある山中付近に点在していて、それに近づくとどうなるのか…狂気を孕んだ文章がなかなか鮮烈な印象を残す一冊でした。
加速度的に発展するAIに人々が仕事を奪われ、人としての尊厳を求め過激化したネオ・ラッダイト運動によりテロが引き起こされる近未来。そんな中、テロの首謀者と関わりを持つとされる女子学生・千鶴が機械を抱いて海に飛び込むシスターフッドSF。組織の幹部として関与していたことは認めながらも、逮捕理由となった器物破損に関してはなぜか否定し続ける千鶴。回想で語られてゆく、頑なで孤立していた彼女を認めてくれた唯一の親友・悠を襲った悲劇。冷ややかな目で悠の彼・有村の活動を眺めていたはずの彼女がなぜ組織に関わるようになったのか。一見矛盾しているようにしか見えない千鶴の行動は、どこまでも親友に対する真摯な想いに繋がっていて、大切な人のために生きたことが明らかにされてゆく鮮烈な結末が、とても印象的な物語になっていました。
世界の終わりのためのミステリ (星海社FICTIONS)
人の意識をコピーした「カティス」が生まれた近未来。人類が消失していた世界で、「カティス」の女性ミチが、失われた過去の記憶と生き続ける意味を探し始める終末旅行ミステリ。搭載された〈安全機構〉により自殺ができず、孤独な時間に絶望していたミチが出会った〈カティス〉の少年アミ。そんな彼と旅の中で出会う、江ノ島のカフェを営む女性、長野を目指し娘の墓を探している男性、新宿御苑で作品を作り続ける芸術家、成田で出会った宇宙人に彼を殺されたと主張する女性。旅先で出会う〈カティス〉とのエピソードもまた印象的で、それぞれに抱える事情に二人で真相に迫る展開でしたが、失われた過去を思い出しても旅を続ける二人の物語の続きをまた読んでみたいと思いました。
スキサケ!
派遣社員の山田さんが好き過ぎてつい避けてしまうウェブエディタ杉崎健作。山田さんがパワハラに苦しんでいると知り、何とかしたいとハラスメント相談室に相談員として参加するお仕事小説。ノリが軽い後輩の与田や、産業医の鏑矢、頼れる先輩社員の渋谷さんたちとともに、相談員として社内を啓蒙してゆく杉崎。ラブコメかと思ったら意外にシリアスで、意外な人物の登場もありましたね。明らかにされてゆくパワハラモンスターの意外な正体には、誰もが被害者にも加害者にもなりうるハラスメントの難しさをひしひしと感じましたが、スキサケの山田さんとは判明してみれば何とも微笑ましい結末で、いつか上手くいくといいですね。