昨年も注目作品が次々と文庫化されていました。そこで今回は昨年文庫化された作品のうちおすすめ作品を30作品紹介したいと思います。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
※各作品タイトルのリンクはBookWalkerページに飛びます。
1.流浪の月 (創元文芸文庫)
凪良 ゆう 東京創元社 2022年02月26日頃
奔放に育ててくれた両親を失い、引き取られた伯母の家で追い詰められてゆく更紗。そんな行き場のなかった彼女を受け入れた文が抱えていた苦悩。真実を知られることがないまま否定された二人の関係。確かに難しいテーマで、どんなに真摯な想いがあろうと世間一般の常識では容認し難いものがあるのは分からなくもないですが、けれど辛い過去からうまく生きられない不器用な登場人物たちがいて、たくさん傷つきながらも育んできた揺るぎない真っすぐな想いがあって、せめてただともにありたいというささやかな願いくらいは叶う未来であって欲しいです。
2.なめらかな世界と、その敵 (ハヤカワ文庫JA)
伴名 練 早川書房 2022年04月20日頃
いくつもの並行世界を行き来する少女たちの1度きりの青春を描く表題作ほか、テイストの違う独特な世界観が描かれた6つのSF連作短編集。ゼロ年代SF論、脳科学とインプラントと複雑な想いが交錯する愛憎劇、ソ連とアメリカの超高度人工知能を巡る争い、未曾有の災害で新幹線が陥った低減世界など、それぞれの作品らしい良さが感じられて面白かったです。個人的には「美亜羽へ贈る拳銃」「ひかりより速く、ゆるやかに」が好み。相手を思う真摯な気持ちの中にも複雑な想いが入り混じるからこそ明示されない結末がとても印象的なものに思えました。
3.楽園とは探偵の不在なり (ハヤカワ文庫JA)
二人以上殺した者は天使によって地獄に引き摺り込まれるようになった世界。細々と探偵業を営む青岸焦が、大富豪・常木王凱に誘われ天使が集まる常世島を訪れる孤島×館ミステリ。激変した世界でかつて無慈悲な喪失を経験した青岸が直面する、起きるはずのない連続殺人事件。犯人はいかにして連続殺人を成し遂げたのか。復讐に人生を賭けた犯人の「天使」の特性を逆手に取ったその真相には善悪とは何かを考えさせられましたね。そんな中で青岸が見出してゆく、天使と役割を逆転させたような探偵の存在意義にはなかなか皮肉が効いていて印象的な結末だったと思いました。
4.うつくしが丘の不幸の家 (創元文芸文庫)
町田 そのこ 東京創元社 2022年04月28日頃
築21年の一階部分を店舗用に改築した一軒家。夢としあわせの象徴だったはずのこの家が、次々と住人が入れ替わる「不幸の家」と言われていることを知る連作短編集。二人で美容院を始める夫婦、目をそらし続けてバラバラになりかけていた家族の絆、人生が上手くいかなった同士友人母娘との同居、溜め込んできた妻の家出、夫に騙された内縁の妻の決意。不穏な始まりに最初はどうなるかと思いましたが、向き合うことで変わってゆく人々を描くストーリーになっていて、伏線が回収されて繋がった結末と、そんな住人たちを見つめてきた隣人の信子夫人の存在がなかなか効いている印象的な物語でした。
5.海蝶 海を護るミューズ (講談社文庫)
吉川 英梨 講談社 2022年04月15日
女性初の潜水士として注目を集める横浜海上保安部所属・忍海愛。兄は特殊救難隊、父もベテラン海保潜水士で血筋は折り紙付きの彼女が、初めてならではの苦難や過去にも向き合ってゆく物語。東日本大震災に遭遇し目の前で母を失った愛。それをきっかけにバラバラになってしまった家族や、女性初の潜水士「海蝶」として働く彼女や周囲の戸惑い。初めての任務がまたとんでもない事件でしたけど、苦難にぶつかって葛藤しながらも、行くも地獄戻るも地獄の道を突き進む覚悟を決めた愛が、皮肉にもそれをきっかけにようやく失われていた大切な絆を取り戻してゆく結末がとても印象的な物語でした。
6.電気じかけのクジラは歌う (講談社文庫)
逸木 裕 講談社 2022年01月14日
人工知能が作曲をするアプリ「Jing」が普及し、作曲家の仕事が激減した近未来。「Jing」専属検査員になった元作曲家・岡部の元に、自殺した現役作曲家で親友の名塚から未完の新曲と指紋が送られてくる近未来ミステリ。名塚から託されたものの意味と、事故で右手が不自由になった名塚の従妹・梨紗の苦悩、そして「Jing」を作り出した霜野の野望。「Jing」で気軽に音楽を作れてしまう中、あえて自分の手で音楽を作り出す意味に葛藤しながらも、秘められた名塚の想いに気づいてゆく展開は著者さんらしさがよく出ていて面白かったです。
7.十字架のカルテ (文春文庫)
親友を殺した犯人が精神鑑定で不起訴になった過去を抱える若き新人医師・弓削凛が、正確な鑑定のためにはあらゆる手を尽くす日本有数の精神鑑定医・影山司の助手に志願する物語。歌舞伎町無差別通り魔事件、生後五ヶ月の娘を抱いてマンションから飛び降りた母、姉を刺し逮捕された引きこもり、精神疾患は詐病とした傷害致死犯の思わぬ反撃、過去に犯した殺人事件を多重人格で不起訴となっていた犯人の真意。容疑者たちの真意を些細な手がかりから見抜いていく展開はなかなか面白かったですが、過去の因縁を絡めた最後の事件は業が深かったですね…。
8.ベーシックインカムの祈り (集英社文庫)
AI、遺伝子操作、VR、人間強化、ベーシックインカム。未来で技術・制度が実現したとき何が起こるのか、そのひとつの可能性を描いた近未来SFミステリ短編集。日本語を学ぶために幼稚園で働くエレナが気になった言葉、豪雪地帯に残された家族と父親の奇妙な遺体、VR映画を観た妻が突然失踪した理由、視覚障害の娘が人工視覚手術で知る真実、ベーシックインカムを肯定する教授の預金通帳が盗まれた理由。確かにこれはそんな未来が実現したからこそ起きた事件で、けれどその鍵を握るのが人の複雑で繊細な心理だったりするのがなかなか面白かったですね。
9.スワン (角川文庫)
巨大ショッピングモール「スワン」で起きた前代未聞のテロ事件。生き残った五人の関係者に招待状が届き、事件の中の一つの死の真相を明らかにするために集まるミステリ。自暴自棄なテロリストによる襲撃という極限状況において、それぞれがどんな行動を取ったのか。同じ被害者でも各々が置かれた立場は違って、思惑を秘めて参加したお茶会で暴かれる当日の行動。その場で最善を取るのは容易ではなくて、終わってからもどうすればという後悔は消えなくて、そんな中でどんなに追い詰められても大切なものを手放さなかったいずみの決意とその結末がなかなか印象的でした。
10.定価のない本 (創元推理文庫)
終戦から一年。復興を遂げつつあった神田神保町で、古書の山に圧し潰されて死んだ古書店主・芳松。事後処理を引き受けた琴岡庄治が芳松の不自然な死に気づき、そこから始まる古書店主たちの終わらない戦いを描く物語。行方不明となった被害者の妻、注文帳に残されていた謎の名前、そして名もなき古書店主の死を巡る探偵行の先にあった、占領政策のために暗躍するGHQの壮大な計画。登場した意外な人物もいい感じに効いていて、追い詰められながらも大切なもののために反撃するための道を探り続けて、仲間の古書店主たちとともに戦ってみせた庄治たちの意地とその結末は圧巻でした。
11.Iの悲劇 (文春文庫)
六年前に滅びた簑石に人を呼び戻すIターン支援プロジェクトが実施され、南はかま市甦り課の実務を担当する三人が奔走する現実と真実の物語。最初に入居した二組の夫婦のいがみ合い、水田養鯉を志した入居者の誤算、行方不明になった子ども、秋祭りで起きた食中毒、なくなった仏像といった次々と起こる問題に、どうにもやる気の見えない課長・西野の下、実務を担う万願寺や新人の観山が振り回され、どうにかしようと奔走する展開で、やけに西野が要所をしっかり押さえていると思ったら真相はそういうことでしたか。言われてみれば納得の結末ですけど、とはいえ苦心してきた立場からすればそれはないよって話ですよね…。
12.ライオンのおやつ (ポプラ文庫)
小川 糸 ポプラ社 2022年10月06日
若くして余命を告げられた雫。瀬戸内の島のホスピスで残りの日々を過ごすことを決め、穏やかな景色のなか本当にしたかったことを考える物語。幼い頃に両親を亡くし、叔父に育てられて成長した雫。少しずつ入居者が旅立ってゆくホスピスで、毎週日曜日に入居者がリクエストできる「おやつの時間」。自らもいつか旅立つ日まで残された日々をいかに過ごすのか。誘われて一緒にドライブに行ったり、しばらく会っていなかった父たちと会ったり、それでも今できることを精一杯楽しんで、最後まで生き抜いてみせたそのありようがなかなか印象的で心に残る物語になっていました。
13.カインは言わなかった (文春文庫)
カリスマ芸術監督が率いるダンスカンパニー。その新作公演「カイン」の初日直前に、主役の藤谷誠が突然失踪してしまい、沈黙が守ってきたものの正体に切り込む罪と罰の慟哭ミステリ。公演直前に姿を消した主演、美しき画家の弟、代役として主役カインに選ばれたルームメイト。全てを舞台に捧げ、壮絶な指導に耐えてきた男に何が起きたのか。複雑な思いを抱える人物たちの描写を積み重ねていきながら、自分が特別な存在になりたい、認められたいのになかなか満たされないそんな芸術の不条理さが浮き彫りになりましたけど、こういう時に起きる事件の動機は意外と平凡だったりするんですよね…。
14.虎を追う (光文社文庫)
30年前に起きた北簑辺郡連続幼女殺人事件。刑事を引退した後もこの事件には真犯人がいるのではとずっと感じていた星野誠司が、孫である大学生の旭とその友人・哲に協力を仰いで事件を再び追う冤罪ミステリ。死刑が確定し収監されていた二人組の犯人の一人が獄死した。当時、県警捜査一課の刑事で冤罪の疑いを捨てきれずにいた星野誠司が引退した今、孫たちの協力も得てSNSや動画投稿サイトも駆使して、冤罪事件の真相解明を目指す展開で、そんな彼らの活動に反応する真犯人「虎」の存在、遺族など関係者への配慮や世論を巻き込んで事態を動かしていく手法の是非は難しいものがありましたけど、それでも緊張感のある展開はなかなか読ませるものがあって、そんな物語を締めくくるエピローグにまたゾッとさせられました。
15.残酷依存症 (幻冬舎文庫)
櫛木理宇 幻冬舎 2022年04月07日
東京・青梅で起きた凄惨な女子大生殺害・死体遺棄事件。時を同じくしてサークル仲間の三人が何者かに監禁され、犯人は彼らの友情を試すかのような指令を次々と下してゆくクライムサスペンス。互いの家族構成を話せ、爪を剝がせ、目を潰せ。要求が次第にエスカレートしてゆく中で変化してゆくリーダー格の航平、金持ちでイケメンの匠、お調子者の渉太、三人の関係性。さらに暴かれてゆく葬ったはずの過去の罪。読んでるともうクズとかいう次元ではない悪辣な彼らの所業に胸糞悪くなりますが、それを思うと因果応報なのでは…とつい思ってしまうような結末、そこで垣間見える彼女の影にまだまだ物語が終わらないことをはっきりと突きつけられました。
16.ピカソになれない私たち (幻冬舎文庫)
選ばれし者だけが集まる、国内唯一の国立美術大学・東京美術大学油画科。スパルタで知られる森本ゼミに属することになった望音・詩乃・太郎・和美、それぞれの葛藤を描く青春小説。地方出身で天才的な画風の望音、技術はあるがこれといった特徴のない詩乃、美大生としての自分に迷いをもつ太郎、前衛的で現代的な作風の和美。厳しい森本の下で才能とは何か、過酷な現実を何度も突きつけられ、周囲を妬みぶつかり合うその厳しさを痛感させられましたけど、それぞれが悩んできたことに対する自分なりの解答を見出してゆくその結末にはぐっと来るものがありました。
17.卒業タイムリミット (双葉文庫)
辻堂ゆめ 双葉社 2022年03月10日頃
欅台高校の女教師・水口理紗子が突如監禁され、犯人が72時間後に始末するとネット動画で予告。卒業間近の3年生・黒川のもとに犯人から挑戦状が届き、同じ挑戦状が届いた同級生たち三人と事件解決に挑むタイムリミットミステリ。監禁された水口の人間関係を探るうちに浮上する三人の教師たち。挿入される生徒たちの意味深な告白や散りばめられた伏線が意外なところで繋がっていて、思っていた以上に根が深いと感じた事件の真相はやや意外でしたが、最後の三日間の挑戦を乗り越え一回り成長した彼らが迎えた卒業式にはぐっと来るものがありました。
18.ただいま神様当番 (宝島社文庫)
バス停で毎朝出会う五人。ある朝目を覚ますと彼らの腕に「神様当番」と太く大きな文字が書かれていて、突如「神様」を名乗るおじいさんが目の前に現れる連作短編集。幸せを待つのに疲れた印刷所の事務員、理解不能な弟にうんざりしている小学生の女の子、SNSで繋がった女子にリア充と思われたい男子高校生、大学生の崩れた日本語に悩む外国語教師、部下が気入らないワンマン社長。「わしを楽しませて」という神様に振り回されながら、けれどそのお節介で今まで目を背けていたこと、大切だったものを思い出していく展開はなかなか良かったですね。
19.金木犀とメテオラ (集英社文庫)
母を亡くした東京生まれの秀才・佳乃と、家族に問題を抱える美少女・叶の邂逅。北海道に新設されたばかりの中高一貫の女子校を舞台に、やりきれない思春期の焦燥や少女たちの成長を描く青春小説。2歳の頃から英才教育を受けてきたピアノも苛烈な受験勉強も奪われて北海道にやってきた宮田佳乃と、母親に振り回される人生から脱却しようとあがく奥沢叶。何かと比較されてライバル視するようになってゆく二人が、残酷な現実を突きつけられて焦燥を募らせてゆく中、ライバルの意外な素顔を知ったことで垣間見える希望にはぐっと来るものがありました。
20.黒野葉月は鳥籠で眠らない (双葉文庫)
法律事務所に務める新米弁護士木村が、有能な先輩・高塚に助けられながらもたらされる少し変わった事件の解決に挑む連作リーガルミステリ。15歳の少女に手を出したとして逮捕された元家庭教師が黙秘する理由、中退した元同期の覚悟、浮気され離婚を望む男が親権を望んだ理由、高名な芸術家と娘の関係。最初は一見よくあるありふれた事件に思えますが、性格の違う弁護士コンビによる別視点からのアプローチを組み合わせることによってもうひとつの新たな構図が見えてくる構成となっていて、事件決着後に木村が垣間見るほろ苦くもなかなか味のある結末がとても印象的な物語でした。
21.早朝始発の殺風景 (集英社文庫)
不器用な高校生たちの関係が小さな謎と会話を積み重ねることで少しずつ変わってゆく、ワンシチュエーション&リアルタイムで進行する五つの連作短編集。普段あまり話さない女子と始発電車で遭遇し互いに早起きの理由を探り始める二人、クラスTシャツのデザイン案で自分の出した選ばれなかった理由、部活の引退日に先輩と観覧車に乗り込んだ後輩の目的、捨て猫と兄妹喧嘩、卒業式を欠席したクラスメイトと、なかなか珍しい名字もあったりしましたけど、それらをまとめる最後の後日談が効いていて、ほろ苦く甘酸っぱい青春を感じられる群像劇でした。
22.競歩王 (光文社文庫)
天才高校生作家と持て囃されてデビューしながら、その後は燻っていた大学生・榛名忍。そんな彼が競歩のリオ五輪ハイライト番組を見て号泣する八千代と出会い、競歩という競技にのめり込んでゆくスポーツ小説。担当編集者からスポーツ小説を勧められてなりゆきで競歩の小説を書くことになり、最初は気乗りしないまま始めた競歩の取材。そんな忍に不機嫌を隠そうともしない八千代を追ううちに自らの苦悩も重ねて、ライバルたちと競い東京五輪を目指す八千代の苦闘のめり込んでゆく展開はなかなか重く苦しくて、それでも向き合い続けてきたからこそ見えたもの乗り越えられたこともあって、そんな彼らの結末にはぐっとくるものがありました。
23.ぼくもだよ。 神楽坂の奇跡の木曜日 (ハルキ文庫)
平岡 陽明 角川春樹事務所 2022年12月15日頃
「人は食べたものと、読んだものでできている」盲目の書評家のよう子と、路地裏でひとり古書店を営む本間。それぞれが見つけた本が繋ぐ奇跡の物語。神楽坂に盲導犬と住み、出版社の担当・希子と隔週木曜日の打ち合わせが楽しみなよう子。神楽坂の路地裏で古書店を経営し、五歳になる息子のふうちゃんと週に一度会えるのが楽しみなバツイチの本間。点字や本を巡るそれぞれの事情も興味深かったですが、よう子の書いた小説をきっかけに物語の構図がガラリと変わっていって、奇跡のように繋がってゆく過去と未来への期待感がとても印象的な物語でした。
24.晴れ、時々くらげを呼ぶ (講談社文庫)
鯨井 あめ 講談社 2022年06月15日
売れない作家だった父が病死してから、ワーカホリック気味な母と二人で暮らしの高校生の越前亨。図書委員になった彼が、毎日屋上でくらげ乞いをする後輩・小崎優子と出会う青春小説。理不尽に対抗するために、毎日屋上でくらげ乞いをしている小崎を冷めた目で見ながら、日常を適当にこなすうちにいつしか彼女のことが気になってゆく亨。本が好きな図書委員たちの読書あるあるがあって、同じ場所にいるのに温度差を感じてしまう亨がいて、けれどバス停で見かけた小崎をきっかけに、バラバラだったそれぞれの想いが繋がる展開は優しくて、ずっと忘れていた大切なものを思い出してゆく、とても素敵な結末だったと思いました。
25.育休刑事 (角川文庫)
生後三ヶ月の息子・蓮のため、男性刑事としては初の育休に挑戦中の県警本部捜査一課・秋月春風。そんな彼が育休中のはずなのになぜか次々と事件に巻き込まれてゆくミステリ。妻の親友でもあるトラブル体質の姉のせいで振り回されたり助けられたりしながら、子連れで質屋強盗殺人事件に巻き込まれたり、ラッピングカーのアリバイ作りを目撃したり、爆弾騒ぎに巻き込まれたりと、子連れなのに何度も引っ張り出されて事件解決に奔走することになるこの状況は育休としてどうなんだとも思いましたけど、最後に明らかになってゆく妻・沙樹の事情を知ると、育休に至った経緯には納得でした。
26.タクジョ! (実業之日本社文庫)
四大卒の新人タクシードライバー高間夏子。個性あふれる先輩や同期に励まされ、家族に支えられて、誠心誠意仕事に恋に立ち向かうお仕事小説。女性運転手の比率はわずか3%で、女性客が安心して乗れるタクシーを目指して自らこの道に進んだ夏子。お客さんから名刺をもらったり、元カレと再会したり、無賃乗車・駕籠抜けに遭遇したり、お見合いして付き合うことになったり、思ってもみなかったことを提案されたり。良くも悪くも様々なことに遭遇するタクシードライバーの仕事はなかなか興味深かったですけど、その積み重ねで成長してゆく夏子の物語をまた読んでみたいと思いました。
27.葬式組曲 (文春文庫)
20代の女性社長・北条紫苑が率いる「北条葬儀社」。彼らが引き受ける謎に充ちた葬儀の果てに、意外な結末が待ち受ける衝撃の連作短編ミステリ。妙な関西弁を喋る餡子、寡黙で職人肌の高屋敷、生真面目すぎる新入社員の新実…そんな癖の強い社員たちが執り行う不可解な遺言を残した父親、火葬を頑なに拒否する遺族、霊安室から忽然と消えた息子といった奇妙な葬儀の数々。遺族からは最終的に感謝される葬儀のエピソードは良かったですけど、その背景にはまさかの驚愕の事態が隠されていて、それまでの印象がガラリと変わってしまう結末にはびっくりさせられました。
28.最後のページをめくるまで (双葉文庫)
水生大海 双葉社 2022年06月16日
緊迫感ある展開の先にあった意外な結末だったり、手に染めた過去の因果応報だったり、ラストで景色が一変する5つのエピソードから構成される連作短編集。使い勝手のいい女が隠していたもの、詐欺に手を染めた大学生のわずかばかりの犠牲、死体が火葬されるまで落ち着かなかった理由、夫の浮気発覚から始まった意外な結末、ひき逃げされた息子の復讐を誓う母の顛末。作中で主人公の心境が変わっていったとしても、だからといってそうそういい感じに都合よく終わらせたりしないあたりがむしろ新鮮で印象的な物語でした。個人的には冒頭の「使い勝手のいい女」が良かったですね。
29.珠玉 (双葉文庫)
没後も語り継がれる美しい歌姫だった祖母リズがコンプレックスの歩。運営するファッションブランドが経営困難な状況に陥り困っていたところ、モデルの穣司と出会う物語。祖母が持っていた真珠を語り手にして紡がれてゆく、自らの弱さに目を背けてきた人々が一歩ずつ成長する姿を丁寧に描いたストーリーで、意識するあまり祖母と似ても似つかない容姿や、他人の美貌に辟易して自信や自分らしさを見失っていた歩でしたけど、視点や意識を変えればまた違うこともいろいろ見えてくるんですよね。変わるきっかけとしては穣司の存在も大きかったですが、終盤の母親の存在やその言葉もいい感じに効いていました。
30.いまは、空しか見えない (新潮文庫)
抑圧する父親に反発して日帰り旅行を決行したホラー映画好きの優等生・智佳。偶然長距離バスで乗り合わせた同級生のギャル・優亜と出会い、人生が変わってゆく連作短編集。父親に縛られていた智佳、祖母の呪縛を看取った母、辛い過去に苦しめられる優亜、そして彼女の背中を押してくれた翔馬との出会い。外の世界を知って飛び出してみてもそうそう現実は甘くなくて、それでも多くの人と出会ってゆく中で、過去は断ち切れなくてもきちんと向き合えるようになってゆくその結末には心に響くものがありました。文庫書き下ろしショートストーリーも良かったです。