この時期、夏休みというと読書感想文ですが、どんな本を読めばいいのか悩ましい人も多いと思います。そこで前回青春小説ものの文庫を中心に20作品紹介しました。
今回は「人が殺されない/死ぬ結末ではない物語」ことを前提に、前回に被らない形で比較的最近文庫化された作品も入れつつ文庫15作品を紹介します。少しでも参考になれば幸いです。※書名のリンクはBOOK☆WALKERのページに飛びます。
1.本と鍵の季節 (集英社文庫)
利用者のほとんどいない放課後の図書室で同じく図書委員の松倉詩門と当番を務める堀川次郎。放課後の図書室に持ち込まれる謎に二人で挑む図書室ミステリ。先輩女子が持ち込んだ亡くなった祖父の開かずの金庫、美容室に感じた違和感の正体、友人の兄のアリバイ、友人の遺言が挟まれた本、松倉の父の遺産に絡む連作短編。ビターな事件が続く中でアプローチが違う二人はお互い足りない部分を補い合ういいコンビで、転機に繋がりそうなそうな最後の事件の結末は気になるところですね。でもそれを乗り越えた二人の探偵劇をまた読んでみたいと思いました。
2.線は、僕を描く (講談社文庫)
両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生・青山霜介。アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会い、初めての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく青春小説。湖山に気に入られてその場で内弟子にされた霜介と、反発して翌年の「湖山賞」での勝負を宣言する湖山の孫・千瑛。初心者ながらも水墨画にのめり込んでいく霜介に、彼と関わるうちに千瑛もお互いに刺激を受けて変わっていって、才能だけでも技術だけでもない水墨画の世界で、その本質に向き合い続けた二人が迎える結末には新たな未来が垣間見えました。面白かったです。
3.卒業タイムリミット (双葉文庫)
欅台高校の女教師・水口理紗子が突如監禁され、犯人が72時間後に始末するとネット動画で予告。卒業間近の3年生・黒川のもとに犯人から挑戦状が届き、同じ挑戦状が届いた同級生たち三人と事件解決に挑むタイムリミットミステリ。監禁された水口の人間関係を探るうちに浮上する三人の教師たち。挿入される生徒たちの意味深な告白や散りばめられた伏線が意外なところで繋がっていて、思っていた以上に根が深いと感じた事件の真相はやや意外でしたが、最後の三日間の挑戦を乗り越え一回り成長した彼らが迎えた卒業式にはぐっと来るものがありました。
4.ひと (祥伝社文庫)
女手ひとつで東京の私大に進ませてくれた母の急死。大学中退、就職のあてもなく二十歳の秋、たった独りになった柏木聖輔が砂町銀座商店街の惣菜屋と巡り合う物語。空腹に負けて寄せられた五十円のコロッケを、お婆さんに譲ったことから生まれた不思議な縁。時折嬉しくないことに遭遇し、惣菜屋の仲間や周囲に助けられながら、今できることを見極めて調理師を現実的な目標に努力する聖輔はとても堅実で、同じ目線で物事を見ることができる彼との関係を大切にする青葉はほんと人を見る目がありますね。彼らのその後が読んでみたくなる素敵な物語です。
5.夏空白花 (ポプラ文庫)
昨日までの正義が否定され誰もが呆然とした終戦。未来を担う若者のために、戦争で失われた「高校野球大会」を復活させなければいけないと奔走する人々が描かれる物語。戦後の混乱期、GHQ占領下で思うようにままならない状況の中の中で始まった高校野球大会復活の動き。何のために復活させようとするのか、中心となって奔走する神住の複雑な想いや周囲の人たちの様々な想いも綴りながら、容易でない状況でも諦めない彼の熱意から意外な縁も繋がっていって、思わぬところから活路を見出し繋げてゆくてゆく熱い展開にはぐっと来るものがありました。
6.図書室のキリギリス (双葉文庫)
バツイチになったのを機に資格を持たないなんちゃって司書として高校の図書室で働きはじめた詩織。人には言えない秘密を抱える彼女のもとに、様々な謎が持ちこまれる物語。自称キリギリスという割には真面目で熱心な仕事ぶりだなとは感じましたが、気になる前任の司書さんを調べたり、生徒たちが本に興味を持つきっかけ作りだったり、謎めいた本を巡るストーリーは著者さんも本が好きなんだなということを感じて、読んでいてとても心地よかったです。ままならないことはあっても、自分にできることを頑張ろうとする気持ちはとても大事なことですね。
7.あめつちのうた (講談社文庫)
運動が苦手で家族に抱える鬱屈から逃げ出したい思いもあって、甲子園球場の整備を請け負う阪神園芸へと入社した雨宮大地。そんな彼が仕事や人々の出会いから変わってゆくスポーツ裏方小説。仕事もなかなか覚えられない大地に突っかかってくる、ケガでプロへの道を断念した同僚の長谷。それに同性愛者であることを周囲に隠す親友・一志や、重い病気を乗り越えて歌手を目指すビールの売り子・真夏と、同じく「選べなかった」運命に思い悩む仲間たちの葛藤を知り、自らも仕事や家族とも向き合いながらともに成長してゆく展開はなかなか良かったですね。
8.晴れ、時々くらげを呼ぶ (講談社文庫)
晴れ、時々くらげを呼ぶ
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鯨井 あめ 講談社 2022年06月15日
父親を病気で亡くし、ワーカホリック気味な母と二人で暮らしの高校生の越前亨。図書委員になった亨が、毎日屋上でくらげ乞いをする後輩・小崎優子と出会う青春小説。理不尽に対抗するためにくらげを降らせようとする小崎の相手をしながら、日常を適当にこなす亨。本が好きな図書委員たちの読書あるあるがあって、同じ場所にいるのに温度差を感じてしまう亨がいて、けれどバス停で見かけた小崎をきっかけに、バラバラだったそれぞれの想いが繋がる展開は優しくて、ずっと忘れていた大切なものを思い出してゆく、とても素敵な結末だったと思いました。
9.小説の神様 (講談社タイガ)
作家としてデビューするも酷評されて書く自信を失っていた高校生・一也が人気作家の転校生・小余綾詩凪と出会い、彼女との小説合作を提案される青春小説。重い病気の妹のためにと思いながら、厳しい評価にネガティブになりがちな一也と、小説の力を信じていて彼に辛辣な詩凪。書く楽しさを思い出してゆく一也に突きつけられた残酷な現実はとても苦しかったですが、そんな彼が完璧に見えていた詩凪の苦しみに気づき、再び向きあおうと決意する姿は応援したくなります。作品を書くことに対するとても繊細で、強い想いを感じられる作品ですね。
10.カナコと加奈子のやり直し (角川文庫)
カナコと加奈子のやり直し
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額賀 澪 KADOKAWA 2021年09月18日
いい先生として同僚にも羨望の眼差しを送られる教師・菅野。醒めた内心と虚像のギャップに苦しむ彼の前に、かつて自殺した同級生の幽霊・イシイカナコが現れる物語。イシイカナコから持ちかけられる「人生やり直し事業」と二人で飛ぶ17歳の自分が生きる時間軸。そこでまさかの同級生と入れ替わって、生前の石井加奈子や高校時代の自分と関わってゆく展開はなかなか面白いアプローチで、ほろ苦い真実に葛藤しながらも逃げずに向き合ったそのありようと、人生は失敗が許されないわけではない、というこの物語のテーマがとても印象的な物語でしたね。
11.サイファー・ピース・ダンサーズ (ハルキ文庫)
サイファー・ピース・ダンサーズ
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国仲 シンジ 角川春樹事務所 2022年06月15日頃
中学三年の夏、世界最強を決めるダンスバトルで世界一に昇り詰めた遊間悠一郎。父の死に伴う福岡への転居を機にダンスを辞めた彼が、再びダンスへの情熱を取り戻してゆく青春小説。祝福の中でも自らの才能のなさに打ちのめされていたユウ。進学校で遅れを必死に勉強の取り戻していた彼が、優等生の日向あかりにダンスを教えることになった転機。ダンスを好きな者同士の信頼関係から広がってゆくユウの人間関係があって、いろいろな葛藤を抱えながらもそれを乗り越えて、ダンスに対する熱い想いを思い出してゆく展開にはぐっと来るものがありました。
12.探偵はぼっちじゃない (角川文庫)
探偵はぼっちじゃない
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坪田 侑也 KADOKAWA 2022年07月21日
理事長の息子という立場を持て持て余し、よき教師であろうと奮闘する新任教師の原口。受験生として鬱屈とした日々を送る中学3年生の緑川光毅。二人の視点から進む青春ミステリ。最初はやる気のない教師にしか見えなかった同僚・石坂の意外な姿を知る原口。一方で未来に希望を感じられず、ぼっちにならないように意識している光毅と同級生の星野の出会い、それに光毅が書いた作中作も絡めながら進む展開が、自殺サイトに自校の生徒がいることをきっかけに繋がっていって、積み重ねた伏線を回収していく先にあった意外な結末がなかなか良かったです。
13.愛を知らない (ポプラ文庫)
ヤマオの推薦で合唱コンクールのソロパートを任された高校二年生の橙子。親戚でクラスメイトの涼の視点から彼女の苦悩と決意が描かれる青春小説。気難しくて周囲から浮いていた橙子に期待するヤマオ、一緒に練習することになった伴奏役の涼と委員長で指揮者の青木、共に過ごす中で意外な一面を見せてゆく橙子が抱える苦悩。これまで見えていたものがガラリと反転した世界で、どうにもならないところまで拗れてしまった関係があって、やりきって勝ち取った結果にはぐっと来ましたが、だからこそその先にあったこの物語の結末が胸に突き刺さりました。
14.水野瀬高校放送部の四つの声 (ハヤカワ文庫 JA)
水野瀬高校放送部の四つの声
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青谷 真未 早川書房 2021年07月14日頃
校庭に響いたマイクの音に心奪われ、衝動的に放送同好会を設立した高校三年生の巌泰司。一人気ままに活動するはずが仲間も増えて、ままならない思いを声に託す高校生たちの青春群像。N高放送コンテスト出場を目指す一年生の赤羽と白瀬、競馬実況女子の二年生・南条。入部した彼らは一方でそれぞれが言葉にできない悩みを抱えていて、辞めた野球部の不祥事、母親との上手くいかない関係、演劇に対する思い、友人関係に対する不安など、仲間たちの助けも借りながら真摯に向き合って過去を乗り越える展開はまさに青春でぐっと来るものがありましたね。
15.深夜0時の司書見習い (メディアワークス文庫)
深夜0時の司書見習い(1)
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近江 泉美 KADOKAWA 2022年04月22日
高校生の美原アンが夏休みにホームステイすることになった札幌の郊外に佇む私設図書館、通称「図書屋敷」。不思議な図書館で綴られる、本と人の絆を繋ぐビブリオファンタジー。不愛想な館主・セージに告げられたルールを破り、真夜中の図書館に迷い込んでしまうアン。迷宮の司書に命じられた彼女が、運命に導かれるかのように少年と出会う展開で、奇妙な猫・ワガハイに振り回されたり、様々な出会いを通じて成長してゆく一方、セージもまた停滞していた状況を前に進めようと決意して、お互い刺激し合えるような二人の関係がなかなか良かったですね。