最近面白い文庫をいろいろ読めたなーという印象だったので、せっかくなのでここでいったんまとめて紹介したいと思います。ジャンルは違えどどれも自分に刺さった本なので、気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
1.青の女公 (集英社オレンジ文庫)
北方領主の父を冤罪で亡くし、絶望に心が壊れた家族を人質にとられ下級女官として王宮で働くリディエ。婚姻関係が破綻しているスキュイラ王女と婿ヴァシルの仲を取り持ち世継ぎ誕生の後押しを命じられるファンタジー。平穏に任期を終え故郷に帰りたいがためにヴァシルに協力するリディエと、思惑に反するその行動に目を付けるスキュイラ。それを起因として国を揺るがす動乱へと繋がり、運命が大きく変わってゆくがリディエが紆余曲折の末に辿り着いた立場と、彼女が直面する構図は何とも皮肉でしたけど、複雑な葛藤を抱えながらも自分のなすべきことを見失わず、しっかりと向き合って決着をつけてみせたその覚悟と結末にはぐっと来るものがありました。
2.女王オフィーリアよ、己の死の謎を解け (富士見L文庫)
何者かに殺されてしまい、妖精王リアの「古の約束」により十日間だけ生き返った女王オフィーリア。自らを殺した犯人を探すため、思い残しをやり遂げるため女王が覚悟を決める王宮ミステリ。彼女を使って権力を握ろうとした夫、周囲に流されがちで頼りない弟、気持ち悪い恋心を寄せてくる近衛騎士…数え上げればキリがない犯人候補たち。開き直って女王のあるべき姿を見せ、生前の雪辱を晴らす罵詈雑言、強烈な平手打ちを次々と炸裂させる展開は、周囲の見る目も変わるよなと苦笑いでしたが、残り少ない日々を後悔のないように生きるオフィーリアの生き様が痛快で、事件の真相はやや意外でしたけど、その結末含めてとても楽しく読めました。
3.霊獣紀 獲麟の書 (講談社文庫)
中国・五胡十六国時代を舞台に、戦乱の世で人界に囚われた霊獣・一角麒と出会い、奴隷から盗賊に身を転じたベイラの冒険と戦いを壮大なスケールで描いてゆく中華ファンタジー。匈奴の少数部族・羯族の小胡部を統率する小帥の息子として生まれたベイラが、一角と出会ったことで転機を迎えて、一度は奴隷に落とされたりする中で、どうすればいいのかを常に見極めながら、徐々に取り立てられ立身してゆく展開は何が起こるのか分からないこの時代の雰囲気を感じますね。主人公はエピソードを読む限り後趙の石勒のことなのかなと思いますけど、なかなか元気そうな妻も迎えてこれからどんな風に描かれてゆくのか、続巻に期待のシリーズですね。21年12月に下巻刊行。
4.水の剣と砂漠の海 アルテニア戦記 (集英社オレンジ文庫)
未曾有の戦争で壊滅的打撃を受けた世界。特異な外見で虐げられながら生きるシリンが、機械化された義手を持つエニシテと出会い、水の剣をめぐる運命が動き出すボーイミーツガールファンタジー。生まれ育った一族を滅ぼした帝国の少佐ジーマに唯一人救われ、彼を慕いながら神殿で育ったシリン。そんな彼女の転機となった、故郷に水を取り戻すため水の剣を盗もうとした青年・エニシテとの出会い。すれ違いからエニシテと逃亡する中で、共に旅する二人の間に確かに育まれてゆく想いがあって、今まで知らなかった多くのことを見聞した彼女と、恩人だったジーマとの不器用な関係には切なくなりましたけど、その未来に希望を見出そうとする結末にはぐっと来るものがありました。
5.僕たちの幕が上がる (ポプラ文庫ピュアフル)
ある事件をきっかけに芝居ができなくなってしまったアクション俳優の二藤勝。今をときめく天才演出家・鏡谷カイトから新たな劇の主役に抜擢された勝は、俳優生命をかけて初めての舞台に挑む青春演劇小説。個性的な脇役たちと一緒に臨む初舞台、クールで合理的な天才演出家・鏡谷カイトが勝を選んだ理由、そして勝が抱える苦い過去。男たちしか登場しない物語ですが、登場人物たちそれぞれに舞台に賭ける熱い想いや生き様があって、数々のトラブルや意外な場面に遭遇してたびたび心揺さぶられながらも、そこから目をそらさずに全力で真っ向からぶつかりあい、乗り越えてみせた彼らが迎えた結末にはぐっと来るものがありましたね。
6.凜として弓を引く (講談社文庫)
高校入学目前の矢口楓がふと足を踏み入れた神社の片隅にみつけた弓道場。大人たちに交じって弦音を響かせる少年・乙矢の凛々しい姿に魅せられて、彼に誘われた弓道会に入門する青春小説。学校の部活も付き合いで辞めてしまい、乙矢の妹で同級生の善美と一緒に弓道会に通うようになる楓。部活ではないのがなかなか新鮮で、素直でちょっとした気づきを大切にできる楓が、真摯に弓道に取り組む中で年齢や境遇も違う様々な人と出会い、向き合ってゆく関係にはいろいろ発見があったりもして、ふとしたきっかけから乙矢兄妹のお家の事情や弓道会存続を巡る騒動に巻き込まれたりもしましたけど、ちょっと気になる乙矢との関係も含めて、弓道小説としてもこれからがとても楽しみな物語ですね。
7.王子様なんていりません! 訳あって、至急婚活することになりました。 (富士見L文庫)
王子様なんていりません! 訳あって、至急婚活することになりました。
posted with ヨメレバ
村田 天/秦 なつは KADOKAWA 2021年10月15日頃
人間関係が希薄で恋愛にも興味がなく祖父が会長の会社で働いている小鳩亜子。しかし祖父に病気が見つかり、一年以内に社内で結婚相手を見つけるよう命じられる物語。悩んだ亜子が悩んだ挙げ句に最初にプロポーズしたのが悪名高いチャラ男・城守蓮司。見かねた彼が婚活指南役を引き受けてくれて始まった、結婚したくない恋愛マスターと恋愛音痴のロボ子の二人による理想の王子様探し。その過程で出会った候補者たちはなかなか濃い存在でしたが、最初は人間味の薄い反応だった彼女も様々な経験を重ねてゆく中でだんだんと変わっていって、遠回りしながらも自分が本当に大切にしたい思いを自覚してゆく素敵な物語でした。
8.つばめ館ポットラック ~謎か料理をご持参ください~ (集英社オレンジ文庫)
つばめ館ポットラック 〜謎か料理をご持参ください〜
posted with ヨメレバ
竹岡 葉月/サコ 集英社 2021年09月17日
柔道家の夢破れ、普通の女の子を目指し女子大に進学した沙央。住み始めた学生専用アパート「つばめ館」の大家が開催するパーティーに謎枠で参加するほっこりご近所ミステリ。女子力皆無でパーティーのたびに妙に女子力が高い男子大学生・宗哉に嫌みを言われる日々を送っていた沙央が、アパートの仲間と謎に挑む展開で、幽霊坂の消えた女、合コンエピ、夫の遺した暗号、宗哉姉の指輪探しなど、謎解きをしてゆく過程で謎めいた宗哉の背景も明らかになってきて、そんな二人の少しずつ変わってゆく距離感や、彼女たちを中心とするやりとりがなかなか楽しかったので続巻に期待の新シリーズですね。
9.ベビーシッターは眠らない 泣き虫乳母・茨木花の奮闘記 (集英社オレンジ文庫)
ベビーシッターは眠らない 泣き虫乳母・茨木花の奮闘記
posted with ヨメレバ
松田 志乃ぶ/テクノサマタ 集英社 2021年10月20日
各種資格を保有しながら苦い秘密を抱えるプロベビーシッター・茨木花。両親とも政治家だが母親の不貞で夫婦関係は破綻し、父子家庭の大和家に派遣されるお仕事小説。3歳になる娘・七海のシッターになった花が、七海の誕生パーティー当日に直面したプレゼント事件、七海が通うスイミングスクールで知り合った5歳の男の子・葉山櫂の秘密。タイトルはわりとほのぼのとした雰囲気ですが、真摯に向き合う花の仕事ぶりが思っていた以上にぐいぐい読ませる展開で、思いだけではままならない里親制度の難しさには何とも複雑な気持ちにさせられましたけど、最後に待っていたサプライズには本当に救われる思いでした。
10.アイの歌声を聴かせて (講談社タイガ)
悟美が通う高校に転入してきたちょっと変わった少女・詩音。突然歌い出し悟美に幸せか?と問う彼女が、母によって製作されたAIだと知った悟美は、それを知られまいと秘密を知った仲間たちと奔走する青春小説。疎遠になっていた幼馴染で機械マニアの十真の力も借りて、詩音に振り回されながら仲違いしていたイケメンのゴッちゃんと気の強い綾のカップル、柔道部員のサンダーたちのわだかまりや悩みを解決して、悟美を幸せにするために暴走する詩音をみんなで協力してフォローしてゆく悟美たち。些細なきっかけから大騒動に巻き込まれる展開でしたけど、明らかになってゆく詩音の意外なルーツと、彼女たちが迎える結末にはなかなかぐっと来るものがありましたね。
11.ゲーム部はじめました。 (講談社タイガ)
スポーツ強豪校星海学園に入学した高校一年生・七瀬遊。身体が弱くて運動ができず、けれど幼馴染に勧誘された運動部のマネジャーにも気が進まない彼が、ゲーム部の勧誘チラシを目にするeスポーツ青春小説。同級生の花見くるみに勧誘されて入部してみたら、部員5人を1ヵ月以内に集めなければ部は設立不可、さらにはゲーム甲子園で優勝しなければ廃部となかなか前途多難な状況からのスタートでしたけど、それでも元サッカー部だった成道たち集まった仲間と時にはぶつかり合い、信じて向き合いながら強敵相手に勝ち上がってゆく激闘と、関わる人たちを巻き込んでその心をも揺さぶってゆく熱い展開にはぐっと来るものがありましたね。
12.その日、絵空事の君を描く (ハヤカワ文庫JA)
死を観測した瞬間、その存在を世界から抹消してしまう目を持つ佐生梛。余命宣告され消してしまった人たちの存在を取り戻そうとする彼女が、一度見たら忘れない目を持つ同級生・東江夏輪と出会う青春小説。弱りかけの捨て猫を救おうとして抹消された二人の記憶。そして絵画教室が繋いでいたはずの二人の関係。話したことはないはずなのになぜか特別だと感じる佐生に関わり、知ってゆく彼女の秘密と悲壮な決意。不器用なやり方しかできない二人、彼女に寄り添うことを決意した東江の思いが何とも切なくて、それでも佐生の意思を尊重しようとする東江に残った大切なものがとても印象的な物語でした。
13.線は、僕を描く (講談社文庫)
両親を交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生・青山霜介。そんな彼がアルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会い、初めての水墨画に戸惑いながらも魅了されのめり込んでゆく青春小説。湖山に気に入られてその場で内弟子にされた霜介と、反発して翌年の「湖山賞」での勝負を宣言する湖山の孫・千瑛。初心者ながらも水墨画にのめり込んでいく霜介に、彼と関わるうちに千瑛もお互いに刺激を受けて変わってゆく展開で、才能だけでも技術だけでもない水墨画の世界で、その本質に向き合い続けた二人が迎える結末には新たな未来が垣間見えました。とても面白かったです。
14.君の話 (ハヤカワ文庫JA)
記憶改変技術である「義憶」が普及した世界。二十歳の夏、天谷千尋が一度も出会ったことのない、存在しないはずの作り出された幼馴染・夏凪灯火と再会したことで、そこから動き出し始める物語。何もない過去を消したかったはずが、植え付けられるたった一人の幼馴染の鮮明な記憶。あまりにも運命的な再会から突如目の前に現れた灯花の存在を疑って、それでもどうしようもなく惹かれてゆく千尋。そこにはもうひとつの物語があって、不器用でお互い遠回りせざるをえなかった二人がきちんと向き合って、儚く切ないけれど優しさが感じられる物語の結末に著者さんらしさがよく出ていると思いました。
15.歪んだ波紋 (講談社文庫)
新聞、テレビ、週刊誌、ネットメディアの「誤報」をテーマに、それが生み出される過程、直面したり振り回される人たちの複雑な想い、それらがもたらした結末が描かれる連作短編集。意図せずとも誤報に繋がってしまう構図や、誤報によって人生が歪められたり不安に怯えるようになったり、誤報を弾劾する側の人間もまた一歩間違えばフェイクニュースを掴まされ、容易に糾弾される側に回ってしまう構図に今のマスメディアの難しさと怖さがあって、報じる側の姿勢が問われると同時に、受け取る側にもまた判断が難しい時代になりつつあると痛感しました。
16.だから殺せなかった (創元推理文庫)
大手新聞社の社会部記者・一ノ木透の許に届いた一通の手紙。「ワクチン」と名乗り、首都圏全域を震撼させる連続殺人犯が紙上での公開討論を要求し、苛烈な報道合戦に巻き込まれていく物語。低迷する新聞売上を打開するため、自らの悔恨記事を載せた一ノ木。連続殺人の犯人に指名されて対話するなかで問われる新聞や報道のあり方、並行して取材を進めてゆくうちに少しずつ明らかになってゆく事件を巡る全貌。ほろ苦い決着の先にはこの物語の印象をガラリと変えてしまうもう一つの事実があって、ジャーナリズムとは何かを改めて突きつけられた結末でした。
17.ひとり旅日和 (角川文庫)
人見知りで要領の悪く、紹介されて就職した先でも叱られてばかりの日和。そんな時に社長から気晴らしに旅に出ることを勧められ、旅好きの同僚にも後押しされ一人旅を始めることになる物語。初めて日帰りで行った熱海を皮切りに、千葉の水郷佐原、仙台、金沢、福岡と、時には失敗しながら遠くへ足を延ばしてゆく日和の気ままなひとり旅は楽しそうでしたね。それをきっかけにいろいろ変化の兆しが見えはじめて、状況が好転してゆく展開は良かったですけど、意外なところで繋がっていた縁がこれからどうなるのか、彼女の旅する物語をもう少し見守ってみたいと思いました。
18.友達未遂 (講談社文庫)
親に捨てられ居場所を失い、街から離れた山奥にある全寮制の伝統と格式のある女子高・星華高等学校へ入学した一ノ瀬茜。その寮で3人のルームメイトと共同生活をする中で不審な事件が次々と起きて巻き込まれてゆく青春小説。家に居場所がなかった茜、学校で伝説となっている母を持つ生徒会長の桜子、美工コースの憧れの先輩・千尋、周囲に迎合しない天才肌の真尋。複雑な家の事情や周囲の評価とのギャップに鬱屈を抱えていたりと、一人ひとり語られてゆくそれぞれの過去。けれど今まで見えていたものが全てではなくて、自分をきちんと見て気にかけてくれる人がいて、少しずつ変わってゆく彼女たちが迎えた結末にはぐっと来るものがありました。
19.駒子さんは出世なんてしたくなかった (PHP文芸文庫)
出版社の管理課課長を何とかこなす水上駒子の公平な姿勢が評価され、突然降って湧いた新規事業部署での次長昇進辞令。激変した環境に戸惑う駒子に家庭トラブルまで起きるお仕事小説。平穏な毎日を望んでいたはずなのに、セクハラの尻拭いや次長昇進から発生した問題の数々に加えて、家庭でも生じる専業主夫として支えてくれていた夫の仕事復帰や、息子の不登校問題。何を大切にすべきなのか優先すべきなのか、ままならない悩ましい状況が生々しく描かれていましたが、それでも諦めずに試行錯誤しながら前向きに取り組み続けた駒子が迎える結末には救われる思いでした。
20.#柚莉愛とかくれんぼ (講談社文庫)
ノルマを達成できず、なかなかデビューできない三人組のアイドルグループ「となりの☆SiSTERs」。センターを務める青山柚莉愛の動画生配信中に行われたドッキリがファンの怒りを買ってしまうミステリ。マネージャーにやらされたドッキリがまさかの炎上に繋がってしまい、柚莉愛と仲間二人の微妙な関係と、振り回されて怒るファンたち、その炎上を密かに演出したTOKUMEIの存在。柚莉愛とTOKUMEI視点で語られてゆくその複雑な心情描写はなかなかリアルで、無責任な憶測で炎上してしまっても、どこかぱっとしない地下アイドルの悲哀と、まさかの衝撃的な結末が印象的な物語でした。