こちらは2021年1月に読んだ新作おすすめ本 ライト文芸・文庫・単行本編です。ライトノベル編の方にも書きましたが、今回は紹介点数が多いため、ライトノベルとそれ以外に分割しました。
ライト文芸だとまず古宮九時さんの「彼女は僕の「顔」を知らない」、そしてこれまで電子書籍のみの刊行だった集英社オレンジ文庫の仲村つばきさんの「廃墟の片隅で春の詩を歌え」、辻村七子さんの「忘れじのK」は要注目の一冊です。一般文庫では三川みりさんの新作中華風ファンタジー「転生佳人伝」に注目ですが、斎藤千倫さんの「神楽坂つきみ茶屋 禁断の盃と絶品江戸レシピ」も今後に向けて期待のシリーズとなりそうです。
また文庫化作品では二巻目も単行本で発売する住野よるさんの「麦本三歩の好きなもの」、浅倉秋成さんの青春ミステリ「教室が、ひとりになるまで」 、「横浜駅SF」の柞刈湯葉さんが近未来の仕事事情を描いた「未来職安」、「裏世界ピクニック」が好調な宮澤伊織さんの「そいねドリーマー」あたりはチェックしておきたいところですね。
文芸単行本では昨年分を繰り越したせいで点数がやや多めですが、「法廷遊戯」も話題だった五十嵐律人さんの「不可逆少年」、第164回芥川賞候補作だった乗代雄介さんの「旅する練習」、天沢夏月さんの初単行本「ヨンケイ!!」、弁護士の卵たちを描く織守きょうやさんの「朝焼けにファンファーレ」、古代オリエントを舞台とした篠原悠希さんの「マッサゲタイの戦女王」を挙げておきます。
彼女は僕の「顔」を知らない。 (メディアワークス文庫)
死者複数名を出した凄惨なキャンプ場放火事件から10年。その生き残りの高校生・新塚良の前に、同じ事件の生存者・静葉が転校生として現れる青春ライトミステリ。久しぶりに再会した静葉から協力を依頼される、10年前の放火事件の犯人探し。失貌症の彼女が遭遇していた黒服の男、差出人不明の脅迫状、不審火の記録。最初、物語の構図自体はシンプルなものに思えましたが、そこから徐々に新たな真相が見えてくるたびにその形を大きく変えていって、読み終わってから改めてタイトルを見返すと、それの持つ意味がじわじわと来る印象的な物語でした。
廃墟の片隅で春の詩を歌え 王女の帰還 (集英社オレンジ文庫)
革命により王政が倒れた国・イルバス。最北の辺境に建つ『廃墟の塔』に幽閉されていた前国王三姉妹の末王女アデールが、姉王女ジルダの命を受けたエタンに手引され脱出を図るファンタジー。アデールを救い出したジルダの打算。そんな彼女と関係があり指導役となったエタンと、女王として凱旋したジルダと共に国に戻ったアデールにもたらされるグレンとの結婚。ジルダと戻ってきた次王女ミリアムが対立する不穏な構図の中で、不器用なグレンとの関係に向き合い、本来の姿を少しずつ取り戻してゆくアデールのこれからがとても楽しみなシリーズですね。
忘れじのK 半吸血鬼は闇を食む (集英社オレンジ文庫)
恩人パオロが倒れたという知らせで故郷フィレンツェに戻ったガブリエーレ。彼が倒れた原因を探るため、秘密にしていた闇の世界にかかわる仕事を追いかけ始める物語。幼い頃から見えていた黒いもやに追いかけられる過程で出会ったパオロの相棒だったダンピール・かっぱ。ともに過ごす中で彼らの関係も明らかになっていって、だいぶ様相も変わっていきましたけど、突きつけられるダンピールの宿命と悲哀がまた切なくて、それを知ったガブリエーレがかっぱとこれからどう向き合っていくのか、とても気になる結末だったのでシリーズ化に期待したいです。
ダンシング・プリズナー (集英社オレンジ文庫)
実の父親を殺したという無実の罪で少年院に入った神連唯。全てに絶望してケンカや脱走、反抗を繰り返す唯の前に、 切れ者で圧倒的なカリスマ性を持った曼珠沙華煌という新入りが現れる青春ミステリ。演劇を通じて少年たちに更生を促す特殊な少年院の雰囲気を変えた曼珠沙華。そんな中で劇に真剣に取り組むようになってゆく少年たちが、唯が捕まった理由を知って、無実の罪を晴らすために真犯人を探し始める展開で、少年院という舞台設定はゆるめでリアリティはやや乏しかったですが、ミステリより彼らの友情と成長をメインに描いた物語でしたかね。
転生佳人伝 寵姫は二度皇帝と出会う (角川文庫)
暗殺され非業の死を遂げた尤皇帝・陶淵紫。来世で再び巡り会い、護る力を得るため神仙に自らの命を供物として捧げた寵姫・劉昭儀が、二百年後に白花珠として生まれ変わる中華風ファンタジー。淵紫と同じ瞳を持つ若き皇帝・陶紫英の危機を救い、身の回りで不穏な事件が続く彼の警護係として仕える花珠。今回は意外にも脳筋の武官ヒロインが主人公でしたけど、淵紫とはまるで違う紫英に振り回され、事件が続いて真犯人が誰か疑心悪鬼に陥りがちな状況の中、劉昭儀でなく花珠として紫英と向き合うようになってゆく結末にはぐっと来るものがありました。
神楽坂つきみ茶屋 禁断の盃と絶品江戸レシピ (講談社文庫)
突然、事故死した両親に代わって、神楽坂の割烹「つきみ茶屋」を継ごうと決意する剣士。幼馴染の翔太とワインバーへ改装しようと夢見るが、翔太が代々伝わる禁断の盃で酒を飲んでしまい、江戸時代の料理人・玄の魂が憑いてしまう物語。武士に毒味をさせられて無念の死を遂げた玄が披露する素朴ながらも美味しそうな料理の数々。翔太のことを心配しながらも、一方で職人気質な玄のありようにも好感を抱いていて、どうなることかと思いマシアが、翔太を交えながら一緒に本当に目指すべき姿を考えていく展開はなかなか良かったですね。続巻に期待です。
麦本三歩の好きなもの(幻冬舎文庫)
大学図書館勤務の20代女子、麦本三歩のなにげなく愛おしい日々を描いた日常小説。優しい先輩や怖い先輩、おかしい先輩などに囲まれながら、気になることを見つけたり、ミスしても懲りずにマイペースな日々を送る三歩。単純で天然だけどだけど何も考えていないわけではなくて、時には苦悩したり誰かのために奔走したり、変わった行動に走って先輩たちをドン引きさせたり、物語としては特に大きな山や谷があるわけではないですが、そんな日々を送るよくも悪くも真っ直ぐでお茶目な彼女が、先輩たちに可愛がられるのも何か分かるような気がしました。
教室が、ひとりになるまで(角川文庫)
北楓高校で起きた三人の生徒連続自殺事件。クラス内でも地味な存在の垣内友弘が、最高のクラスで起きた一連の不審死の謎を追う青春ミステリ。生徒に代々引き継がれてきた4つの特殊能力。不登校の白瀬美月から三人を殺した死神の存在を知らされた垣内が、突如引き継いだ特殊能力で他の能力者や犯人の正体を探ってゆく展開で、スクールカーストの力関係や伏線を巧妙に絡めながら、地味な特殊能力を駆使した殺人の結末へと導いていく展開はお見事。突きつけられた現実への失望があるからこそ、そんな彼にもたらされる一筋の光にぐっと来る物語でした。
未来職安(双葉文庫)
国民が99%の働かない消費者と、働く1%のエリート生産者に分類された平成よりちょっと先の未来。運悪く県庁勤めを退職しなければならなくなった目黒が、少し変わった大塚を所長とする職安に転職し、仕事を求めて訪れる様々な人々と出会う近未来小説。財源的な部分をどう解決するのかは気になりましたが、仕事が機械に置き換えられてゆく中であえて人がする仕事とは何か?確かにそんな状況になったら消費者と生産者との間の微妙な距離感とか、仕事に対する本末転倒的な発想とか、いかにも起こりそうな興味深いエピソードがなかなか良かったです。
そいねドリーマー(ハヤカワ文庫JA)
不眠症により眠ることができない女子高生・帆影沙耶が出会ったどんな相手でも眠らせられる金春ひつじ。先輩の藍染蘭に適性を見出された沙耶が〈スリープウォーカー〉として人の精神に取り憑く睡獣と戦う添い寝ドリームSFノベル。4人の仲間と睡獣狩りすすめていたはずが、いつの間にか暗雲漂うようになってゆく展開は、夢の中では恋人なのに現実ではぎくしゃくしているひつじとの眠れない/眠らせてしまう二人の不器用な関係性がポイントになっていて、ふわっとした雰囲気の物語はまさにそれを描くために作られたということなんでしょうね(苦笑)
青矢先輩と私の探偵部活動 (集英社文庫)
かつて母が在籍した「探偵部」に入部するために東京へ引っ越してきた美玖。しかしすでに廃部になっていた探偵部復活を目指して活動する中で、美玖は天才高校生・青矢と出会う青春ミステリ。女子禁制の超進学校に通う青矢の命令で、会う時はいつも男装でミクオを名乗る日々。それでも青矢の探偵としての才能に惹かれていく美玖が、夜の未確認飛行物体の正体、教師が食べた毒草、不可解な試験順位の理由、謎の記号が書かれた手紙など、彼と一緒に謎解きしてゆく展開や二人の関係がなかなかいい感じで、新シリーズとしてまた続巻を読んでみたいですね。
小説 ここは今から倫理です。 (集英社文庫)
何となく高校生活を流されて送っていたいち子。そんな彼女と倫理教師・高柳との出会いが生活を変えゆく、倫理の諸問題を問い続けるコミックのノベライズ版。このままでいいのか、これでいいのか、どうすればいいのか、倫理の選択授業を取っている生徒たちが直面した課題や感じた疑問に、何とか助けようとしたり真摯に向き合おうとしていく倫理教師・高柳。これだというわかりやすい解答が提示されるわけではなかったですけど、それが生徒たちが変わるきっかけとなっていく展開はなかなか良かったですね。未読のコミック版も読んでみたくなりました。
呪禁師は陰陽師が嫌い 平安の都・妖異呪詛事件考 (宝島社文庫)
平安の世。愛宕山に捨てられ呪禁師の末裔に育てられた京の外れに暮らす竜胆が、陰陽寮の学生で若き日の賀茂忠行と出会う平安ファンタジー。呪い返しに失敗して依頼主の貴族を死なせた罪に問われ、外法師である竜胆に助けを求めにきた忠行との邂逅。中納言を襲った物の怪の病、五条大路の鬼女、帝の寵妃のもがりの儀など、忠行が竜胆の力を借りながら依頼を解決してゆく展開に、竜胆の過去の因縁も絡めながら進むストーリーはなかなか面白かったです。意外としたたかな忠行と、何だかんだで絆も育まれて仲間も増えてきた竜胆のこれからに期待ですね。
不可逆少年
どんな少年も見捨てない若き家庭裁判所調査官・瀬良真昼。そんな彼が狐面の少女の凄惨な殺人事件に遭遇し、信念を大きく揺さぶられる青春リーガルミステリ。十三歳の少女が犯した連続殺人事件が抱える不可解な共通点。被害者遺族の男子高校生を担当していたことから、思わぬ形で真相に迫ってゆく真昼。明らかになるたびに事件を巡る構図も大きく変わっていって、追い詰められてゆく少年少女の悲壮な決意には胸を締め付けられましたけど、意外な形で示唆されたもうひとつの可能性に、つい複雑な想いを抱いてしまう結末がとても印象に残る物語でした。
旅する練習
コロナ禍の情勢で、中学入学を前にしたサッカー少女・亜美と小説家の叔父による徒歩でカシマスタジアムを目指すふたり旅。コロナが少しずつ広がり始めた頃の影響を感じさせる状況で、生粋のサッカー少女・亜美が合宿中に持ってきてしまった本を返すための旅。旅の途中に二人で見かけた様々なこと、出会って一緒に旅することになったみどりさんとのやりとりや複雑な思い、育まれてゆく絆にはじーんとくるものがありましたけど、そんな彼女たちのやりとりに明るい希望を見出したからこそ、淡々と綴られたその結末には何とも切ない気持ちになりました。
ヨンケイ!!
離島・大島の渚台高校に転校してきた春尾。慢性的な人数不足に悩む陸上部にようやく男子4人のスプリンターが揃ったのに人間関係は最悪で、そんな彼らが100×4リレー(四継)に挑む青春小説。ヒーローだった兄との差を痛感する星哉、親友との複雑な過去を抱える雨夜、強豪陸上部を逃げ出した春尾、ヨンケイ出場に憧れていた朝月。相手を理解しようともせずことあるごとに衝突し、なかなか力を出しきれなかった彼らが、ふとしたきっかけからピタッとハマる瞬間を知り、手応えを感じて一丸となって勝利を目指す姿にはぐっと来るものがありました。
朝焼けにファンファーレ
それぞれの想いを胸に秘めて、法律のプロを目指す司法修習生たち。理想と現実に悩みながら進む彼らを描いたリーガル青春小説。法律事務所での仕事をそつなくこなす藤掛、真っ直ぐだけれど不器用な松枝、予備試験経由で司法試験に合格した異例の19歳・柳、戸惑いながらも懸命に取り組む長野。藤掛の周囲をフォローできる洞察力や、柳のポテンシャルはインパクトがありましたけど、そうでない不器用な修習生たちもそれぞれ頑張っていて、法律家の卵として真摯に向き合おうとする彼らの姿勢、それを見守る先輩たちの想いがとても心に響く物語でした。
マッサゲタイの戦女王
紀元前600年前後の古代オリエントを舞台に、四大帝国時代の終焉と戦乱の時代を生きたマッサゲタイ女王・タハーミラィの数奇な運命を描く歴史小説。マッサゲタイ族に生まれて、初恋の相手によって部族の王カーリアフの側妃とされたタハーミラィ。希望を見出だせなかった境遇から、ファールース王クルシュとの運命的な出会い、そこから過酷な状況を夫と共に生き抜いて立場を自覚するようになってゆく彼女の覚悟、そして意外な半生を送った従兄のその後も印象的で、ロマン溢れる筆致で描いてみせた壮大な物語の結末にはぐっと来るものがありました。
メイド・イン京都
婚約したばかりで彼の父の急死に直面し、彼の実家・京都に移住することになった美咲。実家での扱いに困惑し、豹変する彼に幻滅し、美咲がTシャツ作りにのめり込んでいく物語。作中で語られる京都の今も興味深かったですが、まだ二人の関係も確立しない中で見知らぬ土地への移住、周囲からのフォローもない孤独感はなかなかしんどい状況で、そこから受け身だった彼女が新しい縁を得て、自分らしさを思い出してゆくまさに山あり谷ありの激動の展開でした。けれど大切なものを見失わなかったからこそ切り開けた未来にはぐっと来るものがありましたね。
白き女神の肖像
妻ディアーナをモデルに描いた『東方ノ女神』で一躍時代の寵児となった画家ショーン。しかし奇妙なことを訴えるようになっていた妻が亡くなってしまう描くことに取り憑かれた画家をめぐる美と狂気幻想譚。まるで絵に存在を吸い取られるかのように次第に衰えていったディアーナ。その後モデルとなったローズマリーもまた異常なほど憔悴していく理由の推測は提示されましたけど、取り憑かれたように絵を描き続けるショーンは、一方で愛する人への配慮がどこか欠落していて、だからこそミシェルの決断やヨハネスとマデラインの関係が印象に残りました。
料理なんて愛なんて
ずっと好きだった真島に高級バレンタインチョコを渡すも、料理が下手でフラれた優花。彼が憧れていた相手は料理教室の先生だったことから、料理を好きになろうと奮闘する物語。一念発起自炊に挑戦して、料理男子と合コンしたりする一方、自炊しなくてもいい充実した街に引っ越したり、自炊をしない後輩に共感し、料理を作ってくれる男にアプローチされたりで、どうあるべきかで心揺れる彼女の葛藤は切実でしたけど、そんな「料理は愛情」という呪いに囚われながら、上手く行かない自分にしっかり向き合った彼女のありようがとても愛しくなりました。
ストーリーテラーのいる洋菓子店 月と私と甘い寓話
様々な悩みを抱えて店を訪れた人たちを、ストーリーテラー語部の語る物語と美しいシェフ・糖子の作る極上のお菓子で心解きほぐしてゆく心に甘く優しく沁みわたる連作短編集。ぱっとしないフリーター、突如休暇を宣言した専業主婦、素直になれなかった少年の呪い、ケーキを買いに行けないシャイな中年男性、糖子の妹・麦の片思い、語部の過去、そして店が生まれ変わるきっかけとなった二人の出会い。ひとつひとつのエピソードも良かったですけど、何より語部の真摯な想いと彼に感化され変わってゆく糖子の不器用で甘い関係がとても素敵な物語でした。
ラストは初めから決まっていた
失恋で辛い思いを抱える堂島ことりが、大学の創作ゼミで出された「自分の体験した恋愛」をテーマとした小説を書き上げる課題。そこで失恋相手の親友・涼介と小説交換相手となる恋愛小説。突然授業に参加することになった涼介に複雑な想いを隠せないことり。けれど涼介の書く小説に魅せられ、自らの失恋を小説にして少しずつ変わってゆく心境、そして小説を通して明らかになる過去の真相。涼介の真摯で真っ直ぐな想いにことりも感化されて、小説のやりとりから少しずつ思いも育まれていって、そんな二人が迎えた結末にはぐっと来るものがありました。
彼女のスマホがつながらない
恐ろしくもきらびやかな「パパ活」の世界で起きる不穏な事件。コロナウィルスの影響を感じさせるリアルタイムパパ活ミステリー。生活苦に悩み、パパ活女子・里香に誘われてパパ活に足を踏み入れる大学生の咲希と、女性週刊誌の編集者・友映の二人視点で展開される、パパ活女子を巡る殺人死体遺棄事件。当時はそんなことあったなと思いながら、一方で貧困化する大学生の苦しい現状や二極化するパパ活女子のシビアな現実、トラブルに巻き込まれてゆく咲希たちの状況をハラハラしながら読みましたが、こういう問題の根の深さを改めて痛感しましたね…。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。