前回、以下の企画を作ってから約二ヶ月。
最近は面白い文芸単行本が目白押しで、どれを読むのか選ぶのが悩ましいレベルで刊行されているため、わりとあっという間に面白い本のストックが溜まっていきます。というわけで今回は最近読んだ文芸単行本の中から20作品を紹介したいと思います。
1.スター
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。大学卒業した二人が名監督への弟子入りとYouTube発信という真逆の道を選ぶクリエイター小説。名監督の助監督になったものの自分の作品をなかなか表に出せない尚吾の葛藤、YouTubeで注目を集めながらそのクオリティに疑問を感じてしまう紘。同様に激変する表現者の世界に対する紘の仕事仲間、尚吾の先輩や同棲相手、後輩たちの苦悩や試行錯誤で実感のこもった言葉が突き刺さりましたけど、彼らが追い求めた先に見えてくるそれぞれの形がとても印象的な物語でした。
2.デルタの羊
念願だった『アルカディアの翼』アニメ化に着手する製作プロデューサー・渡瀬智哉。前代未聞のアニメ参加を決意するフリーアニメーター・文月隼人。アニメに懸ける熱い人々の物語。業界の抱える「課題」が次々と浮き彫りとなり、波乱の状況下で窮地に追い込まれるアニメ作品。最初は次々と変わる構図に混乱しましたが、アニメ業界の問題を描きつつ全ての物語は一つに繋がって、原点に立ち返って厳しい状況の中にも可能性を見出して、熱い想いで人の心を動かし、夢を実現するまで何度でも諦めない往生際の悪い戦いっぷりはなかなか面白かったですね。
3.盤上に君はもういない
将棋のプロ棋士を目指す者たちにとって最後の難関、奨励会三段リーグ。観戦記者の佐竹亜弓がそこで全てを賭けて戦う二人の女性と出会う将棋小説。棋士を目指して奨励会に挑む永世飛王を祖父に持つ天才少女・諏訪飛鳥と、両親から応援されずに勘当され病弱ながら年齢制限間際で挑戦する千桜夕妃。岐路でたびたび激突する彼女たちの負けられない壮絶な激闘が熱かったですが、それぞれの将棋を形作ってきた濃密な背景があって、受け継がれてゆく熱い想いもあって、そんな二人に関わる天才少年・竹森や記者たちの存在がなかなか効いていたと思いました。
4.CAボーイ
パイロットの夢を諦め外資系ホテルで敏腕ホテルマンとして働いていた入社5年目の高橋治真。そんな彼がNALのCA配属前提の総合職募集を知り航空業界に飛び込むお仕事小説。治真が出会うプロ意識の高い先輩CA紫絵、グランドスタッフ茅乃、指導教官オブライエン。そして絆が深い大学時代の友人たちとパイロットだった父の秘密。航空業界ネタも面白かったですが、とびきり有能なのに苦い過去を抱えどこか危うい治真と周囲の関係がほんといい感じで、真相を知った治真がこれからどうするのか、二人の関係がどうなるのか続きが読んでみたいですね。
5.沖晴くんの涙を殺して
病気で余命一年の宣告を受けて教師を辞め故郷に戻ってきた桶場京香。そこで北の大津波で家族を喪い引っ越してきたという、笑うだけの不思議な高校生・志津川沖晴と出会う物語。常に微笑み、スポーツ万能で一度覚えたことは忘れず、驚異的な治癒力を持った沖晴が抱える秘密と孤独。感情を失った沖晴と余命のない京香の出会いをきっかけに、少しずつ沖晴が自らの感情を取り戻す展開でしたけど、様々な想いを積み重ねていった結末は残酷で、けれどその忘れられない思い出を胸に刻みながら、未来へと希望を見出してゆく姿がとても印象に残る物語でした。
6.この気持ちもいつか忘れる
退屈な日常に絶望する高校生のカヤ。彼の前に現れた爪と目しか見えない異世界の少女・チカと出会い、真夜中の邂逅を重ねてゆく青春小説。生きていることに希望を見いだせないカヤが偶然であった少女の存在。互いの世界に不思議なシンクロがあることに気づき実験を始める二人。かけがえのない日々で大切な存在だからこそ、どうしても許せないことがあって、それがあっさり失われてしまう恐ろしさを何度も突きつけられましたが、だからこそ忘れてしまおうとせずに手放さなくて良かった、そう思える時がいつか来ることを願わずにはいられませんでした。
7.滅びの前のシャングリラ
一ヶ月後、小惑星が地球に衝突する。滅亡を前に荒廃していく世界の中で、人生をうまく生きられなかった四人の最期の時を過ごす物語。貧しいながらも二人で懸命に生きてきた静香と友樹の親子、密かに周囲に言えない想いを抱えてきた藤森、静香に会いに来た信士。滅亡不可避となるとやはりこうなってしまうのかな…と考えてしまう殺伐とした展開でしたけど、それでも四人が一緒に過ごした残り少ない日々はかけがえのないもので、locoもまた見失いかけていた大切なものを見出すことができたのかな…幸せとは何かいろいろ考えさせられる物語でした。
8.生まれつきの花: 警視庁 花人犯罪対策班
常人と少し異なる遺伝子を持ち、容姿端麗で頭脳明晰に育ちやすい傾向の「花人」。これまで犯罪検挙歴がなかった花人が容疑者とされる殺人事件が連続して発生、警視庁捜査一課の竜牙が花人の刑事・此葉と事件を追う警察ミステリ。社会的に認められやすい一方で、常人から疎まれることも多い花人という難しい少数派の立場があって、それが花人が犯人とされる殺人事件が続くことで社会的にも危機に陥ってゆく展開でしたけど、そういった状況でも事態を冷静に見極めて、隠されていた真相にたどり着く竜牙と此葉のコンビにはぐっと来るものがありました。
9.汚れた手をそこで拭かない
夫に聞いた話から妻が気づいた可能性、夏休みのうっかりミスに青ざめた小学校教諭、隣家の電気代滞納のお知らせから気づいた真相、映画のクランクアップ後に起きた事件、元不倫相手と再会した料理研究家を題材としたお金を巡る5つの短編集。最初は些細なことがきっかけで、見逃したりやってしまったその小さな綻びから、思わぬ形で暴かれてゆく事件の真相。後ろめたい複雑な想いを抱えているからこそ、決定的に対処を間違えた代償は如何ともし難くて、誤魔化そうとした結果として顕在化したじわじわとくる後味の悪さがなかなか印象的な物語でした。
10.この本を盗む者は
巨大書庫「御倉館」を管理する家に生まれた本嫌いの高校生・深冬。ある日、入院した父の代わりに叔母を世話するために御倉館を訪れた時、蔵書が盗まれて祖母が仕掛けた本の呪いが発動してしまうファンタジー。本を盗んだ犯人を追って、不思議な少女・真白と一緒にいくつもの本の世界を冒険する深冬。明かされてゆく御倉家の過去や本の呪いの正体、そして真実に向き合い少しずつ変わってゆく深冬の成長があって、様々なものがあるべき姿を取り戻しつつある中、それでも変わらなかった本当に大切なものを取り戻す結末にはぐっと来るものがありました。
11.お探し物は図書室まで
仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。案内されたレファレンスコーナーで司書さんが一風変わった選書をしてくれる物語。婦人服販売に行き詰まりを感じる女性社員、雑貨店主を夢見る経理部員、子供を生んだ雑誌編集者の複雑な想い、夢破れ仕事も辞めたニート、そして定年退職した夫。無愛想なのに聞き上手なインパクト抜群の司書さんが、適切なオススメとちょっと変わった一冊とともに渡してくれる付録が印象的で、意外な本との出会いをきっかけに新しい道を見出してゆく、そんな著者さんらしさが詰まった物語でした。
12.モテ薬
新進気鋭の美人研究者水澤鞠華が発表したモテ薬。そのセンセーショナルな発表は再現性や論文の不備から捏造疑惑を糾弾されるようになり、そんな状況で指導教授の吉見が研究室で遺体として発見されるサイエンスミステリ。モテ薬は本当にあるのか、吉見教授の死の真相とは何か。科学誌の女性記者・田中の視点で、吉見のライバル教授、出入り業者、共同研究者や吉見の妻たちを取材する中で明らかにされてゆく、モテ薬と鞠華の壮絶な周辺事情。けれどそこから浮かび上がる鞠華自身はどこまでも真摯な研究者でしかなくて、意外な結末もまた印象的でした。
13.きのうのオレンジ
三十三歳の遼賀が受けた、あまりにも早い胃癌宣告。ショックを隠せない彼の元に、郷里の岡山にいる弟の恭平からかつて山で遭難した時に履いていたオレンジ色の登山靴が届く家族の物語。東京でレストラン店長をしていた遼賀、地元岡山で体育教師をする弟・恭平、そして通院していた病院で看護師として再会した矢田泉。兄弟には一緒に遭難を乗り越えた揺るぎない絆があって、矢田とは高校時代共に過ごしたかけがえのない思い出があって、遼賀を慕う彼らに支えられ、覚悟を決めて最後まで精一杯やりきったその結末には心揺さぶられるものがありました。
14.小麦の法廷
ケータイ弁護士として日々奔走する新人女性弁護士・杉浦小麦、25歳。国選弁護士として1日で公判が終わるはずだった仲間内の傷害事件が、やがて世間を震撼させる大事件へと変貌してしまう法曹ミステリ。一転して注目を集めることになってしまった被告人の事情。傷害事件はアリバイ作りなのか、警察と検察のメンツや思惑も絡む複雑な状況に振り回される新人弁護士という構図でしたけど、真正面から向き合って奔走する小麦を支えてくれる人たちもいて、新人なりに不器用ながらも信じるもののために戦った彼女の物語をまた読んでみたいと思いました。
15.向日葵を手折る
父親が突然亡くなり、山形の山あいの集落に引っ越した小学校6年生の高橋みのり。そこで仲の良い二人の少年・怜と隼人に出会う青春ミステリ。分校の同級生と心を通わせはじめた夏、「向日葵流し」のために植えられていた向日葵の花が切り落とされた事件、時折見え隠れする不穏な向日葵男の存在。成長とともに少しずつ変わってゆくみのり・怜・隼人三人の関係があって、繊細だったその関係の裏にあった構図も明らかになってきて、子供ゆえのままならなさを突きつけられながらも、それでもその時の精一杯で頑張った結末がなかなか印象的な物語でした。
16.ふたり、この夜と息をして
顔の痣を隠すため、祖母から教えてもらった化粧をしてひっそりと暮らす男子高校生・夕作まこと。バイトの新聞配達の帰りに、公園でタバコを吸うクラスメイトの女子生徒・槙野と出会う青春小説。何やらワケありのような槙野とお互い踏み込まないまま話す機会が増えてゆく夕作。槙野を通じて広がってゆく交友関係と、偶然知ってしまった彼女が抱えている苦悩。臆病だった夕作の背中を押してくれた槙野もまた誰にも言えなかった孤独を抱えていて、そんな彼女のために勇気を出して向き合おうとする夕作の不器用な優しさにはぐっと来るものがありました。
17.空想クラブ
祖父から受け継いだ「能力」によって、見たい風景を「見る」ことができる中学生吉見駿。小学生時代の親友・真夜の葬儀の帰り道、駿は河川敷で幽霊となった彼女に再会しする物語。彼女から明かされる死に至った経緯。自分だけが真夜の姿を見ることができると知った駿が、離れ離れになっていた仲間が置かれている事情を知り、時にはぶつかり助け合いながら絆を取り戻してゆく様子がかけがえのないものに思えたからこそ、真夜の死の真相は切なかったですが、最後まで目をそらずに向き合い、乗り越えて未来に繋がってゆく結末はなかなか印象的でしたね。
18.推し、燃ゆ
逃避でも依存でもない推しは背骨だと信じ、アイドル上野真幸を解釈することに心血を注ぐあかり。ある日突然推しがファンを殴ってしまい炎上してしまう推し小説。学校でもバイト先でもままならない日々を送る中で、祈るように推しを推していたあかり。炎上してからの推しを巡る状況の激変に、生きづらい日常の更なる悪循環も加わって、推しを推している時の充足感が感じられる一方で、推しや彼女自身のまさに坂道を転がるような暗転には無力感を感じましたけど、絶望しかない今を乗り越えて、いつか立ち直って欲しいと思わずにはいられませんでした。
19.ムシカ 鎮虫譜
スランプに悩む音楽大学の同級生5人が夏休みに訪れた瀬戸内海の小さな無人島・笛島。音楽の神が祀られる神社にお参りしようとした彼らが、虫の大群に襲われる虫×音楽ミステリ。牢屋に閉じ込められた巫女、襲ってくる大量の虫、居合わせたピアニストの少女&マネージャーコンビと、島に伝わる笛を狙う窃盗団。音大組は分断されて、窃盗団は因果応報のパニックホラー的展開でしたけど、探偵役の少女・奏や音大組の面々が関わることで虫の怒りを鎮める「鎮虫譜」の真実に迫り、悩める音大組たちの転機にも繋がってゆく結末はなかなか良かったですね。
20.震雷の人
安禄山の叛意が徐々に顕在化しつつあった唐・玄宗の時代。平原太守・顔真卿の下で大隊長を務める張永とその妹の采春の数奇な運命を描く中華小説。文官を目指し信念を曲げず敵陣の刃に倒れた青年・顔季明、彼の仇討ちを計るため故郷を出奔した許婚の采春、季明の遺志を継ぎ新皇帝のいる霊武へと向かった張永。激動の時代の自分ではどうにもならない運命のようなものが感じられて、それでも言葉で人を動かそうとする季明に影響された兄妹のその後は思ってもみなかった展開でしたけど、それぞれの信念の下に生きる彼らの姿がとても印象的な物語でした。
以上です。気になる本があったらぜひ手にとって読んでみてください。