昨年版は年が明けてから作っていた文庫化作品企画。
年末年始はわりと忙しそうな感じなので、前倒ししてこのタイミングで作ることにしました。今回は少し増やして20作品をセレクトしています。今年の残り期間でもう少し文庫化したものも読みそうな気はしていますが、それのあたりは別の形で紹介したいと思います。
1.崩れる脳を抱きしめて (実業之日本社文庫)
広島から神奈川の病院に実習に来て、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会い次第に心を通わせてゆく研修医の碓氷。実習を終え広島に帰った彼の元にユカリの死の知らせが届くが、その死に疑問を抱く青春ミステリ。過去に縛られていた碓氷が、解消してくれたユカリに惹かれるも果たせず終わった結末。その死に感じた違和感をそのままにできず、神奈川に飛びユカリの足跡を追う碓氷。ミステリとしての構図はさほど意外なものではなかったですけれど、読みやすくテンポよく進む展開と最後にたどり着いた結末は、その真摯な想いが報われた素敵な読後感でした。
2.あとは野となれ大和撫子 (角川文庫)
ソビエト時代末期に建国された中央アジアの小国アラルスタン。様々な理由で居場所を無くし後宮で高等教育を受けていた少女たちが、国の危機に居場所を守るため逃亡した男たちに代わり臨時政府を立ち上げ奮闘する物語。保護者だった大統領の暗殺で日本人少女のナツキも後宮の若い衆のリーダーであるアイシャや仲間たちとともに、反政府組織の侵攻や周辺国の干渉に立ち向かう展開は、ギリギリの連続でもそこまでの悲壮感はなくて、周囲も巻き込みながら若いパワーで最後まで駆け抜け最後は認めさせてしまう素敵な物語でした。なかなか面白かったです。
3.青くて痛くて脆い (角川文庫)
大学1年の春に秋好寿乃に出会い、二人で秘密結社「モアイ」を結成した楓。将来の夢を語り合った秋好はいなくなり、すっかり変わってしまったモアイを取り戻すべく楓が動き出す青春小説。周囲から浮いていて誰よりも純粋だった秋吉と、彼女の理想と情熱に感化されつつ徐々にすれ違うようになった楓。明らかになってゆく楓のモアイへの複雑な思いと不穏な構図、そしてやりきれない結末には流石に頭を抱えたくなりました。どこかで軌道修正できなかったのかいろいろ考えてしまいましたが、こういう自己陶酔的な青臭さや痛さもまた青春なんですよね…。
4.禁じられたジュリエット (講談社文庫)
ミステリ小説が退廃文学として禁書扱いな世界観の日本で、それに触れてしまった女子高生6人が囚人として収監され、看守役2名を加えた8名で更正プログラムに参加させられる本格ミステリ。プログラムを早く切り上げられるよう協力するはずだった友人8人。役割に徹するうちに急速に対立を深めてゆく描写はあまりにも過酷で、二転三転してゆく展開には驚かされ、追い詰められた参加者たちの叫びは痛切で心に響くものがありましたが、終わってみるとなぜか清々しさすら感じてしまったその読後感に著者さんの深い本格ミステリ愛を見る思いがしました。
5.鵜頭川村事件 (文春文庫)
一九七九年夏。亡き妻・節子の田舎である鵜頭川村へ、三年ぶりに墓参りにやってきた岩森明と娘の愛子。突如、山間の村は豪雨に見舞われ閉じ込められる中で一人の若者の死体が発見され、閉塞した状況で蓄積していた鬱屈が狂気に繋がってゆく物語。村の有力者・矢萩家への鬱屈した想いと、外部と遮断された状況でうやむやにされた犯人探し。大人たちに不信を隠せない若者たちに対する扇動が暴走に繋がってゆくまでの描写には、追い詰められた人の危うさが生々しく描かれていて、ギリギリの状況で何とか娘を守ろうと奔走する岩森がとても印象的でした
6.君を描けば嘘になる (角川文庫)
寝食も忘れてアトリエで感情の赴くまま創作に打ち込む毎日だった瀧本灯子が出会った、自分にはない技術を持つ南條遥都という少年の存在。お互いに認め合う二人の若き天才の喜びと絶望の物語。絵を描くこと以外の才能が壊滅的だった灯子と、そんな彼女の指針となったもう一人の天才・遥都。そんな二人のありようを影響を受けた周囲の視点からも浮き彫りにしつつ、良くも悪くも直情的な灯子に対して、断片的にしか描かれない不器用な遥都の積み重ねてきた想いが垣間見える結末は、ほんと素直じゃないなあと苦笑いしつつもとても良かったと思いました。
7.彼女の色に届くまで (角川文庫)
画廊の息子で幼い頃から才能を過信し画家を目指している緑川礼。しかしいつの間にか冴えない高校生活を送っていた礼が、無口で謎めいた同学年の美少女・千坂桜と出会うアートミステリ。礼が衝撃を受けた原石のような彼女の絵の才能。その推理で礼の窮地を救ってみせる桜の意外な一面と、共に過ごすようになってゆく日々。圧倒的な才能を前に平凡な自分を突きつけられる葛藤と少しの打算、生活力皆無な桜が気になって飼育係として世話を焼いてしまう礼の複雑な想いが悩ましいですが、それでも不器用な二人らしい結末はとても素敵なものに思えました。
8.悪女の品格 (創元推理文庫)
幼い頃からヒエラルキーの頂点に君臨し、今もかつての同級生三人と同時に付き合い貢がせている光岡めぐみ。しかし小学生時代の同級生への仕打ちをなぞるかのように次々と襲われ、婚活パーティーで知り合った大学教授の山本と犯人を絞り込んでゆくミステリ。共に犯人を追いかける中で暴かれ、明らかになってゆく周囲の人物たちの本当の思い。これまでやりたいように生きてきたことを思えば、因果応報とも思える結末でしたけど、そんな彼女が提示された二回目の人生をこれからどう生きるのか少しだけ気になる、決して悪いばかりではない読後感でした。
9.1ミリの後悔もない、はずがない (新潮文庫)
由井が好きになったのは、背が高く喉仏の美しい桐原。ひりひりと肌を刺す恋の記憶。出口の見えない家族関係。人生の切実なひと筋の光を描く恋愛連作短編集。母子家庭で絶望的な日々を送る由井と桐原の恋。彼女の親友ミカが再会した高山に抱く複雑な想い、家族関係に鬱屈を抱える泉と高山の関係と別れ。それぞれが絶望の中に見出した鮮烈な想いとすれ違いが描かれる中で、少しずつ明らかになってゆく由井が紆余曲折の末に得た未来はわりと幸せそうで、だからこそ最後に描かれたエピソードと桐原の手紙が意味することをいろいろと考えてしまいました。
10.トラペジウム (角川文庫)
「絶対にアイドルになる」ため己に4箇条を課して高校生活を送る高校1年生の東ゆうが、東西南北の仲間を集めて高校生活をかけて追いかけた夢を描く青春小説。「SNSはやらない」「彼氏は作らない」「学校では目立たない」「東西南北の美少女を仲間にする」を信条に掲げて、他校の個性的な女の子を仲間にしながら地道に積み上げていったアイドルへの道。したたかにひたすら自らの夢を叶えるため邁進するがゆえに、仲間に助けられることもあればすれ違うこともあって、挫折しながらも夢を諦めなかったゆうが迎えた結末はなかなか悪くなかったです。
11.額装師の祈り 奥野夏樹のデザインノート(新潮文庫)
事故で婚約者を喪った額装師・奥野夏樹。少し変わった依頼でも真摯に向き合う夏樹が、彼女の作品の持つ雰囲気に惹かれた表具額縁店の次男坊・久遠純と出会う物語。時には依頼人の想いを暴いてしまう一方で、婚約者との過去にどう向き合うべきか悩む不器用な夏樹と、掴みどころのない純との微妙な距離感。そして二人の重要な過去に繋がる池端の存在。明らかになっていったそれぞれの過去に向き合うことにはほろ苦さも伴いましたけど、そんな自分に寄り添ってくれる存在がいて、新たな一歩を踏み出す姿が描かれる結末にはぐっと来るものがありました
12.他に好きな人がいるから (祥伝社文庫)
寂れてゆく造船の田舎町。目立たないように鬱屈を抱えながら生きている高校生・坂井が、夜のマンション屋上で危険な自撮りを投稿し続ける白兎のマスクを被った少女と出会う青春恋愛ミステリ。苦い過去に縛られる少年と兎人間の秘密の共犯関係。クラスで浮いている少女・峰に巻き込まれてゆく学校生活と、彼女が意識する優等生の少女・鈴木。どこか危うさを感じさせる日々が続いた末に起きた事件とその真相は衝撃的で、いつまでも忘れられない坂井がこれからどうするのか、読み終わるとタイトルの意味がじわじわと効いてくる印象的な物語でした。
13.花村遠野の恋と故意 (幻冬舎文庫)
九年前一度会ったきりの美しい少女を想い続ける大学生の花村遠野。大学にほど近い住宅街で吸血種の仕業とも噂される惨殺事件が続いて、サークル仲間と現場を訪れた遠野が記憶の中の美しい少女にそっくりな姉妹と出会う物語。運命的な再会を果たした少女と繋がりを持ち続けるため、警戒されない言葉や距離感を慎重に選びながら事件解決に協力を持ちかける遠野。思わぬ方向に向かう事件にもブレない彼には感心しましたが、迎えた皮肉な結末は…本人的に結果オーライとはいえなかなか重いものを背負いまいましたね。そんな彼らのこれからが楽しみです。現在2巻まで刊行。
14.緑の窓口 樹木トラブル解決します (講談社文庫)
先輩・岩浪とともに「緑の窓口」への異動を言い渡された区役所職員・天野優樹が、変わり者の樹木医・柊紅葉と樹木トラブルを解決するミステリ。スギを巡る嫁姑の確執、クヌギが起こした自動車破損事故の真相、モッコクの元気がなくなった理由、ヤマザクラの下に埋められたタイムカプセル、チャボヒバが切り倒された理由、エドヒガンザクラの元気がなくなった理由など、持ち込まれた依頼を協力して解決する展開で、樹木の知識もなかなか興味深かったですが、有能だけれど人付き合いが苦手な紅葉とそれをフォローする天野がなかなかいいコンビでした。
15.九度目の十八歳を迎えた君と (創元推理文庫)
通勤途中の駅のホームで十八歳のままの姿の高校の同級生・二和美咲の姿を目撃した間瀬。周囲は感じない違和感を持った彼が、九度目の十八歳を迎える彼女の謎を追う追憶のミステリ。間もなく三十歳になる間瀬と再会した十八歳の美咲。十八歳の繰り返しから彼女を解放するため、かつての友人や恩師を訪れる展開では、再会する夢破れた同級生たちのありようや、振り返る自らの過去やかつて抱いた美咲への想い、そして回収されてゆく伏線の先には当時知り得なかったほろ苦い真相があって、けれどそれだけでは終わらない結末がとても印象的な物語でした。
16.星の降る家のローレン 僕を見つける旅にでる (メディアワークス文庫)
ある日姿を消し、生死不明となっていた少年時代の宏助の恩人で謎多き中年画家・ローレン。年月が過ぎて大学生になっていた宏助のもとに、突然ローレンから「自分の絵を売ってほしい」と手紙が届く物語。何とか個展を開催した宏助が、絵に描かれた友人を探す個展の客・雪子と一緒にローレンの行方を追う展開で、雪子と行方知れずになった親友・杏子のエピソード、そしてローレンの過去に迫ってゆく中で明らかになってゆく過去の真相は切なくて、けれどそれぞれがしっかりと向き合って新たな関係を見出してゆく結末にはぐっと来るものがありましたね。
17.向日葵のある台所 (角川文庫)
シングルマザーで中学二年の娘・葵を育ててきた美術館に勤める学芸員・麻有子。極力関わらないようにしていた根深い遺恨がある母が倒れ、その母と突然同居することになってしまう物語。これまで散々母に甘えながらも、いざとなると妹の麻有子に押し付けようとする姉・鈴子。すれ違いばかりだった過去のわだかまりはあまりも重くて、そう簡単には解消できないよなあと感じましたが、それでも母に様々なことを思い起こさせる自分と娘の関係の積み重ねがあって、不器用なりにお互い少しずつ向き合えるようになってゆく結末には救われる思いがしました。
18.天涯の楽土 (角川文庫)
弥生時代後期。久慈島と呼ばれる九州北部の里で平和に暮らしていた少年隼人。津櫛邦の急襲により里を燃やされて家族と引き離され奴隷にされた彼が、敵方の剣奴の少年・鷹士に命を救われる和風古代ファンタジー。過酷な奴隷生活にたびたび反発し、周囲から痛めつけられる隼人を救ってくれる鷹士。次第に距離を縮めてゆく彼らが久慈の十二神宝を巡る諸邦の争いに巻き込まる中、隼人は生い立ちの秘密を知り仲間たちと島の平和を取り戻すため、失われた神宝の探索に向かう展開はなかなか壮大で良かったです。続きが出るようならまた読んでみたいですね。
19.境内ではお静かに~縁結び神社の事件帖~ (光文社文庫)
とある事情から大学を中退して人生に迷う坂本壮馬が、兄が神職をつとめる横浜・元町の源神社で働くことになり、参拝者の前以外では笑わないどこか謎めいた美少女巫女の久遠雫と出会うミステリ。神社での心霊現象、子供まつり中止を求める脅迫状、神社移転を嫌がる理由、就職活動を邪魔する存在、そして雫が源神社で働く理由といった謎を解いていく連作短編集で、クールな雫を探偵役に誰かのために奔走する壮馬がいいフォロー役で、終盤はなかなか劇的な展開でしたけど、少しずつ変わってゆく二人の距離感がどうなるのか続きが楽しみなシリーズです。
20.居酒屋すずめ 迷い鳥たちの学校 (ハルキ文庫)
居酒屋が経営難に陥った友人・村瀬晴彦を救うため、親の遺産でその物件を購入した鈴村明也。晴彦に息子の不登校も相談され、居酒屋を開店していない昼間にそこでフリースクールを開く物語。晴彦の経営見直しをアドバイスしつつ、賢いがゆえに不登校になってしまった晴彦の息子・亮我、八十四歳で学び直したいハツネ、引きこもりだった佑都、フィギュアスケートに挫折した若菜、そして彼らを導く明也。すずめに集まった事情を抱えた彼らが抱える悔恨があって、そんな彼らが助け合いながら過去を乗り越え前に進むきっかけを得てゆく素敵な物語でした。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。