少し遅れてしまいましたが20年下半期注目のオススメ新作企画最後の第四弾の文芸単行本編です。文芸単行本は近年稀に見る激戦で今回の企画の中で一番選ぶのに悩みました。新型コロナの影響で発売がずれ込んだような影響もあったのかもしれないですね。そんな状況で本来なら普通に選んでいたような作品もバッサリ削らざるをえないボリュームでしたが、その中から選んだ文芸単行本30作品を紹介します。
【参考】
1.凪に溺れる
一人の天才音楽青年が作った「凪に溺れる」。その曲と運命的な出会いを果たし、夢と理想、そして現実とのはざまで藻掻いた6人の人生を描く連作短編集。出会った人の心を揺さぶらずにはいられない十太の音楽。霧野十太と水泳少女の出会い、燻る高校時代に出会った少女、大学時代のバンド仲間、夢を思い出したフリーライター、彼の父を巡る過去。第三者視点ゆえに音楽に邁進し続けた十太の複雑な想いは想像することしかできないですけど、それでも彼が生み出した音楽は生き続けて、受け継がれてゆくことを予感させる結末がとても印象的な物語でした。
2.デルタの羊
念願だった『アルカディアの翼』アニメ化に着手する製作プロデューサー・渡瀬智哉。前代未聞のアニメ参加を決意するフリーアニメーター・文月隼人。アニメに懸ける熱い人々の物語。業界の抱える「課題」が次々と浮き彫りとなり、波乱の状況下で窮地に追い込まれるアニメ作品。最初は次々と変わる構図に混乱しましたが、アニメ業界の問題を描きつつ全ての物語は一つに繋がって、原点に立ち返って厳しい状況の中にも可能性を見出して、熱い想いで人の心を動かし、夢を実現するまで何度でも諦めない往生際の悪い戦いっぷりはなかなか面白かったですね。
3.盤上に君はもういない
将棋のプロ棋士を目指す者たちにとって最後の難関、奨励会三段リーグ。観戦記者の佐竹亜弓がそこで全てを賭けて戦う二人の女性と出会う将棋小説。棋士を目指して奨励会に挑む永世飛王を祖父に持つ天才少女・諏訪飛鳥と、両親から応援されずに勘当され病弱ながら年齢制限間際で挑戦する千桜夕妃。岐路でたびたび激突する彼女たちの負けられない壮絶な激闘が熱かったですが、それぞれの将棋を形作ってきた濃密な背景があって、受け継がれてゆく熱い想いもあって、そんな二人に関わる天才少年・竹森や記者たちの存在がなかなか効いていたと思いました。
4.海蝶
女性初の潜水士として注目を集める横浜海上保安部所属・忍海愛。兄は特殊救難隊、父もベテラン海保潜水士で血筋は折り紙付きの彼女が、初めてならではの苦難や過去にも向き合ってゆく物語。東日本大震災に遭遇し目の前で母を失った愛。それをきっかけにバラバラになってしまった家族や、女性初の潜水士「海蝶」として働く彼女や周囲の戸惑いもあって、初めての任務がまたとんでもない事件でしたけど、苦難にぶつかって葛藤しながらも、行くも地獄戻るも地獄の道を突き進む覚悟を決めた愛がようやく大切な絆を取り戻す姿がとても印象的な物語でした。
5.スター
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。大学卒業した二人が名監督への弟子入りとYouTube発信という真逆の道を選ぶクリエイター小説。名監督の助監督になったものの自分の作品をなかなか表に出せない尚吾の葛藤、YouTubeで注目を集めながらそのクオリティに疑問を感じてしまう紘。同様に激変する表現者の世界に対する紘の仕事仲間、尚吾の先輩や同棲相手、後輩たちの苦悩や試行錯誤で実感のこもった言葉が突き刺さりましたけど、彼らが追い求めた先に見えてくるそれぞれの形がとても印象的な物語でした。
6.愛されなくても別に
学費と家に月八万を入れるため、日夜バイトに明け暮れる大学生・宮田陽彩。浪費家の母を抱え友達もおらず、ただひたすら精神をすり減らす彼女が、傍若無人な同級生・江永雅と運命の出会いを果たす青春小説。自分は母親に愛されていると思っていた陽彩が、訳ありの江永雅と出会ったことでようやく気づいた衝撃の真実。それが当たり前だと思わされ、がんじがらめに囚われていた登場人物たちが抱えるしんどさはあまりに重く心揺さぶられましたが、だからこそその呪縛を断ち切り、未来に希望を見出そうとする彼女たちの決意を応援したくなる物語でした。
7.昨日星を探した言い訳
全寮制中高一貫校・制道院学園に進学した坂口孝文。中等部2年進級の際、映画監督の清寺時生を養父にもつ茅森良子が転入してきて、坂口と運命の出会いを果たす青春小説。生徒会長を目指す真っ直ぐだけれど脇の甘い茅森を、影から支える坂口の密かな共犯関係。二人だけでたくさんの想いを語り合い、揺るぎない信頼と甘酸っぱい関係を積み上げてきたからこそ、思ってもみなかった急展開には驚かされましたけど、どこまでも頑固者で不器用で揺るぎない二人が、意外な転機と巡り合わせの末に迎えた結末には、苦笑いしつつもぐっと来るものがありました。 愛されなくても別に
8.教室に並んだ背表紙
中学校の図書室を舞台に、クラスや友人たちとの言動に馴染めない違和感や未来への不安、同級生に対する劣等感など、思春期の少女たちを繊細に描く連作短編集。図書室にやってくる苦手なクラスメイト、新たに赴任した学校司書と見つけた未来への手紙、ゴミ箱に捨てられた課題図書の感想文、変わってしまった友人への複雑な想い、自分を認めてくれた友人、ふとしたきっかけから教室に居場所がなくなる孤独など、教室の中に居場所を見つけられない主人公たちが見出すささやかな繋がりが優しくて、そんな繊細的な描写がとても著者さんらしい物語でした。
9.楽園とは探偵の不在なり
二人以上殺した者は天使によって地獄に引き摺り込まれるようになった世界。細々と探偵業を営む青岸焦が、大富豪・常木王凱に誘われ天使が集まる常世島を訪れる孤島×館ミステリ。激変した世界でかつて無慈悲な喪失を経験した青岸が直面する、起きるはずのない連続殺人事件。犯人はいかにして連続殺人を成し遂げたのか。復讐に人生を賭けた犯人の「天使」の特性を逆手に取ったその真相には善悪とは何かを考えさせられましたね。そんな中で青岸が見出してゆく、天使と役割を逆転させたような探偵の存在意義がなかなか印象的な結末だったと思いました。
10.汚れた手をそこで拭かない
夫に聞いた話から妻が気づいた可能性、夏休みのうっかりミスに青ざめた小学校教諭、隣家の電気代滞納のお知らせから気づいた真相、映画のクランクアップ後に起きた事件、元不倫相手と再会した料理研究家を題材としたお金を巡る5つの短編集。最初は些細なことがきっかけで、見逃したりやってしまったその小さな綻びから、思わぬ形で暴かれてゆく事件の真相。後ろめたい複雑な想いを抱えているからこそ、決定的に対処を間違えた代償は如何ともし難くて、誤魔化そうとした結果として顕在化したじわじわとくる後味の悪さがなかなか印象的な物語でした。
11.虜囚の犬
過去の苦い事件から家裁調査官を辞め、妹の専業主夫代わりの日々を送る白石洛。友人の刑事・和井田からかつて担当した少年・薩摩治郎が死体となって発見されたことを知らされるサスペンスミステリ。治郎の自宅を訪れて判明する監禁虐待されていた女性たち。なぜ治郎は監禁したのか、史上最悪の監禁犯を殺したのは誰なのか。強権的な父や無力な母、家政婦や庭師、精神医を通じて明らかになる凄惨な背景。中学生二人の動向も絡めて組み上げられる構図に覚えた違和感の正体は見事打破されましたけど、根深く逃げられないその連鎖には戦慄を覚えました。
12.沖晴くんの涙を殺して
病気で余命一年の宣告を受けて教師を辞め故郷に戻ってきた桶場京香。そこで北の大津波で家族を喪い引っ越してきたという、笑うだけの不思議な高校生・志津川沖晴と出会う物語。常に微笑み、スポーツ万能で一度覚えたことは忘れず、驚異的な治癒力を持った沖晴が抱える秘密と孤独。感情を失った沖晴と余命のない京香の出会いをきっかけに、少しずつ沖晴が自らの感情を取り戻す展開でしたけど、様々な想いを積み重ねていった結末は残酷で、けれどその忘れられない思い出を胸に刻みながら、未来へと希望を見出してゆく姿がとても印象に残る物語でした。
13.CAボーイ
パイロットの夢を諦め外資系ホテルで敏腕ホテルマンとして働いていた入社5年目の高橋治真。そんな彼がNALのCA配属前提の総合職募集を知り航空業界に飛び込むお仕事小説。治真が出会うプロ意識の高い先輩CA紫絵、グランドスタッフ茅乃、指導教官オブライエン。そして絆が深い大学時代の友人たちとパイロットだった父の秘密。航空業界ネタも面白かったですが、とびきり有能なのに苦い過去を抱えどこか危うい治真と周囲の関係がほんといい感じで、真相を知った治真がこれからどうするのか、二人の関係がどうなるのか続きが読んでみたいですね。
14.どうしてわたしはあの子じゃないの
閉塞的な家や村から逃げだし、身寄りのない街で一人小説を書き続ける三島天。ある日中学時代の友人のミナから連絡をもらい、藤生を含めた幼馴染三人で久しぶりに再会する物語。強権的な両親に押さえつけられて早く家を出たいと思っていた天、そんな彼女を気にかける藤生の複雑な想い、天と一緒にいて自分というものを持っていないことを痛感していたミナ。それぞれが満たされない想いを抱えていて、自分は自分でしかなくて、大人になって変わったこともあるけれど、けれど変わらないものは変わらない三人のそれぞれのありようが印象的な物語でした。
15.ぼくもだよ。 神楽坂の奇跡の木曜日
「人は食べたものと、読んだものでできている」盲目の書評家のよう子と、路地裏でひとり古書店を営む本間。それぞれが見つけた本が繋ぐ奇跡の物語。神楽坂に盲導犬と住み、出版社の担当・希子と隔週木曜日の打ち合わせが楽しみなよう子。神楽坂の路地裏で古書店を経営し、五歳になる息子のふうちゃんと週に一度会えるのが楽しみなバツイチの本間。点字や本を巡るそれぞれの事情も興味深かったですが、よう子の書いた小説をきっかけに物語の構図がガラリと変わっていって、奇跡のように繋がってゆく過去と未来への期待感がとても印象的な物語でした。
16.法廷遊戯
法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに不穏な出来事が続き、意外な形で事件に巻き込まれてゆくリーガル・サスペンス。清義が相談を持ち掛けたのは、異端の天才ロースクール生・結城馨。思いもしなかった形で起訴された美鈴と、それを弁護することになった清義。人生を諦めたくなかった久我清義と織本美鈴の苦い過去と、明らかになってゆく意外な事件の真相、そして突きつけられる司法界の問題と、それぞれの良心が問われる中で導かれてゆく結末がとても印象的な物語でした。
17.マッサゲタイの戦女王
紀元前600年前後の古代オリエントを舞台に、四大帝国時代の終焉と戦乱の時代を生きたマッサゲタイ女王・タハーミラィの数奇な運命を描く歴史小説。マッサゲタイ族に生まれて、初恋の相手によって部族の王カーリアフの側妃とされたタハーミラィ。希望を見出だせなかった境遇から、ファールース王クルシュとの運命的な出会い、そこから過酷な状況を夫と共に生き抜いて立場を自覚するようになってゆく彼女の覚悟、そして意外な半生を送った従兄のその後も印象的で、ロマン溢れる筆致で描いてみせた壮大な物語の結末にはぐっと来るものがありました。
18.朝焼けにファンファーレ
それぞれの想いを胸に秘めて、法律のプロを目指す司法修習生たち。理想と現実に悩みながら進む彼らを描いたリーガル青春小説。法律事務所での仕事をそつなくこなす藤掛、真っ直ぐだけれど不器用な松枝、予備試験経由で司法試験に合格した異例の19歳・柳、戸惑いながらも懸命に取り組む長野。藤掛の周囲をフォローできる洞察力や、柳のポテンシャルはインパクトがありましたけど、そうでない不器用な修習生たちもそれぞれ頑張っていて、法律家の卵として真摯に向き合おうとする彼らの姿勢、それを見守る先輩たちの想いがとても心に響く物語でした。
19.生まれつきの花: 警視庁 花人犯罪対策班
常人と少し異なる遺伝子を持ち、容姿端麗で頭脳明晰に育ちやすい傾向の「花人」。これまで犯罪検挙歴がなかった花人が容疑者とされる殺人事件が連続して発生、警視庁捜査一課の竜牙が花人の刑事・此葉と事件を追う警察ミステリ。社会的に認められやすい一方で、常人から疎まれることも多い花人という難しい少数派の立場があって、それが花人が犯人とされる殺人事件が続くことで社会的にも危機に陥ってゆく展開でしたけど、そういった状況でも事態を冷静に見極めて、隠されていた真相にたどり着く竜牙と此葉のコンビにはぐっと来るものがありました。
20.それをAIと呼ぶのは無理がある
AIが常に寄り添いサポートする時代。生まれた時からAIに囲まれて育ってきた主人公たちの計算不能な現実の恋や夢を描く近未来青春連作短編。AIに不毛な恋愛相談をする浩太、不登校の幼馴染さくらを心配する裕彦が渡されたもの、かなでが自らのAIを世界一可愛くするために必要だったこと、通学し始めたさくらが痛感するリアル、そして小春に藤次がAI初期化を依頼した理由。AIに対する距離感やリアルな人間関係に自信を持てない戸惑いなど、時代が変わってもその本質は変わらない繊細で瑞々しいエピソードにはぐっと来るものがありました。
21.この本を盗む者は
巨大書庫「御倉館」を管理する家に生まれた本嫌いの高校生・深冬。ある日、入院した父の代わりに叔母を世話するために御倉館を訪れた時、蔵書が盗まれて祖母が仕掛けた本の呪いが発動してしまうファンタジー。本を盗んだ犯人を追って、不思議な少女・真白と一緒にいくつもの本の世界を冒険する深冬。明かされてゆく御倉家の過去や本の呪いの正体、そして真実に向き合い少しずつ変わってゆく深冬の成長があって、様々なものがあるべき姿を取り戻しつつある中、それでも変わらなかった本当に大切なものを取り戻す結末にはぐっと来るものがありました。
22.十の輪をくぐる
認知症を患う80歳の母・万津子を自宅介護しながら、スミダスポーツで働く泰介。万津子がテレビのオリンピック特集を見た時の意味深な呟きを聞き、知らなかった母の過去を調べ始める物語。選手として挫折し慣れない仕事をする中、介護で家族とギクシャクし、選手として注目される娘に複雑な想いを抱く泰介はあまりにも残念な存在でしたが、何も語らない母には過酷な過去を乗り越えた決意があって、これまで支えてくれた妻の存在があって、娘の勇気ある一言から泰介が新たな一歩を踏み出し、人生が変わってゆく展開にはぐっと来るものがありました。
23.向日葵を手折る
父親が突然亡くなり、山形の山あいの集落に引っ越した小学校6年生の高橋みのり。そこで仲の良い二人の少年・怜と隼人に出会う青春ミステリ。分校の同級生と心を通わせはじめた夏、「向日葵流し」のために植えられていた向日葵の花が切り落とされた事件、時折見え隠れする不穏な向日葵男の存在。成長とともに少しずつ変わってゆくみのり・怜・隼人三人の関係があって、繊細だったその関係の裏にあった構図も明らかになってきて、子供ゆえのままならなさを突きつけられながらも、それでもその時の精一杯で頑張った結末がなかなか印象的な物語でした。
24.空想クラブ
祖父から受け継いだ「能力」によって、見たい風景を「見る」ことができる中学生吉見駿。小学生時代の親友・真夜の葬儀の帰り道、駿は河川敷で幽霊となった彼女に再会しする物語。彼女から明かされる死に至った経緯。自分だけが真夜の姿を見ることができると知った駿が、離れ離れになっていた仲間が置かれている事情を知り、時にはぶつかり助け合いながら絆を取り戻してゆく様子がかけがえのないものに思えたからこそ、真夜の死の真相は切なかったですが、最後まで目をそらずに向き合い、乗り越えて未来に繋がってゆく結末はなかなか印象的でしたね。
25.小麦の法廷
ケータイ弁護士として日々奔走する新人女性弁護士・杉浦小麦、25歳。国選弁護士として1日で公判が終わるはずだった仲間内の傷害事件が、やがて世間を震撼させる大事件へと変貌してしまう法曹ミステリ。一転して注目を集めることになってしまった被告人の事情。傷害事件はアリバイ作りなのか、警察と検察のメンツや思惑も絡む複雑な状況に振り回される新人弁護士という構図でしたけど、真正面から向き合って奔走する小麦を支えてくれる人たちもいて、新人なりに不器用ながらも信じるもののために戦った彼女の物語をまた読んでみたいと思いました。
26.推し、燃ゆ
逃避でも依存でもない推しは背骨だと信じ、アイドル上野真幸を解釈することに心血を注ぐあかり。ある日突然推しがファンを殴ってしまい炎上してしまう推し小説。学校でもバイト先でもままならない日々を送る中で、祈るように推しを推していたあかり。炎上してからの推しを巡る状況の激変に、生きづらい日常の更なる悪循環も加わって、推しを推している時の充足感が感じられる一方で、推しや彼女自身のまさに坂道を転がるような暗転には無力感を感じましたけど、絶望しかない今を乗り越えて、いつか立ち直って欲しいと思わずにはいられませんでした。
27.ふたり、この夜と息をして
顔の痣を隠すため、祖母から教えてもらった化粧をしてひっそりと暮らす男子高校生・夕作まこと。バイトの新聞配達の帰りに、公園でタバコを吸うクラスメイトの女子生徒・槙野と出会う青春小説。何やらワケありのような槙野とお互い踏み込まないまま話す機会が増えてゆく夕作。槙野を通じて広がってゆく交友関係と、偶然知ってしまった彼女が抱えている苦悩。臆病だった夕作の背中を押してくれた槙野もまた誰にも言えなかった孤独を抱えていて、そんな彼女のために勇気を出して向き合おうとする夕作の不器用な優しさにはぐっと来るものがありました。
28.白き女神の肖像
妻ディアーナをモデルに描いた『東方ノ女神』で一躍時代の寵児となった画家ショーン。しかし奇妙なことを訴えるようになっていた妻が亡くなってしまう描くことに取り憑かれた画家をめぐる美と狂気幻想譚。まるで絵に存在を吸い取られるかのように次第に衰えていったディアーナ。その後モデルとなったローズマリーもまた異常なほど憔悴していく理由の推測は提示されましたけど、取り憑かれたように絵を描き続けるショーンは、一方で愛する人への配慮がどこか欠落していて、だからこそミシェルの決断やヨハネスとマデラインの関係が印象に残りました。
29.透明な耳。
都立高校に通いダンス部では中心的存在の原田由香。しかし帰宅途中に接触事故に遭い、その外傷が原因で感音性難聴となってしまい、耳が聞こえなくなってしまう葛藤と再生の青春群像劇。絶望し友達や恋人と連絡も取れなくなってふさぎ込み、家族の関係もぎくしゃくしてしまう由香。当たり前だったはずの日常を全て失ってしまう絶望感は半端なかったですが、こういう時必要なのは寄り添ってくれる理解者と、これからの未来に向き合う勇気なんですよね。苦しい状況を乗り越えて夢に向かってチャレンジする由香たちの姿にはぐっと来るものがありました。
30.モテ薬
新進気鋭の美人研究者水澤鞠華が発表したモテ薬。そのセンセーショナルな発表は再現性や論文の不備から捏造疑惑を糾弾されるようになり、そんな状況で指導教授の吉見が研究室で遺体として発見されるサイエンスミステリ。モテ薬は本当にあるのか、吉見教授の死の真相とは何か。科学誌の女性記者・田中の視点で、吉見のライバル教授、出入り業者、共同研究者や吉見の妻たちを取材する中で明らかにされてゆく、モテ薬と鞠華の壮絶な周辺事情。けれどそこから浮かび上がる鞠華自身はどこまでも真摯な研究者でしかなくて、意外な結末もまた印象的でした。
以上です。気になる本があったら是非手に取って読んでみて下さい。