BOOK☆WALKERで1/5までに配信されたほぼ全作品がコイン40%還元(2/9まで)ということで、何をおすすめしたらいいんだろうと考えましたが、普通に文芸単行本はあまりおすすめする機会がないので、昨年刊行された作品の中から個人的におすすめしたい文芸単行本を30作品選びました。一応、今年の本屋大賞ノミネート作品も全作品網羅しています(苦笑)気になる本があったらぜひこの機会に読んでみてください。
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
1.汝、星のごとく
【2023年本屋大賞ノミネート】
【第168回直木賞候補作】【第44回吉川英治文学新人賞候補作】
【2022王様のブランチBOOK大賞】【キノベス!2023 第1位】
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく物語。夫に逃げられた母を放っておけない暁海と、母の恋愛に振り回されてきた漫画家になる夢を持つ櫂。急速に惹かれ合ってゆく二人が、けれどままならない状況に不器用すぎて少しずつすれ違う展開にはもどかしくなりましたけど、彼らを見守り続けて寄り添ってくれた北原先生との存在も大きくて、いつまでもずっと心に残り続けた鮮烈な想いに殉じる一途な姿は、傍から見たら歪でも、他の人に何と言われようとも、かけがえのないとても美しいものに思えました。
2.光のとこにいてね
【2023年本屋大賞ノミネート】【第168回直木賞候補作】
母に連れられて来た古びた団地の片隅で出会った結珠と果遠。着るもの食べるもの、住む世界も何もかもが違うのに、お互いに惹かれ合う二人の四半世紀の物語。週に一回だけ古びた団地で育んだ二人の交流。高校時代の束の間の再会と突然の別れ。そして社会人になってからの偶然で運命的な再会。初手から強烈に惹かれ合う二人の縁みたいなものがあって、出会ってしまったらもうお互い意識せずにはいられなかったり、それぞれが抱える親子関係に対する葛藤を拗らせていて、それでも大人になっても大切なものはいつまでも変わらない不器用な二人のありようがとても印象的な物語でした。
【2023年本屋大賞ノミネート】【第25回大藪春彦賞受賞】
【第6回未来屋小説大賞第1位】
安壇 美緒 集英社 2022年05月02日頃
ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への二年間の潜入調査を命じられた全日本音楽著作権連盟の職員・橘。チェロを武器に傷を抱えた潜入調査員の孤独な闘いと葛藤を描くスパイ×音楽小説。著作権法の演奏権を侵害している証拠を掴むため、身分を偽ってチェロ講師・浅葉のもとに通い始める橘。師と仲間との出会いや奏でる歓びを積み重ねて、愚直にチェロに真摯に向き合い続けた彼が、過去の苦い思い出で凍っていた心を溶かし、自らの行為に葛藤するのも必然の展開だと思いましたけど、対照的な構図も絡めながら描かれる、自分にとって本当に大切なものは何か、自分はどうすべきなのか、その先に見出した不器用な彼らしい決断がとても印象に残る物語でした。
4.宙ごはん
【2023年本屋大賞ノミネート】
育ててくれたママと産んでくれたお母さんがいる小学生の宙。育てのママ・風海が夫の海外赴任に同行することになり、産んでくれたお母さんの花野と同居を始める家族の物語。花野と一緒に暮らし始めた宙が直面する、ご飯も作らず子供の世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活。けれどそんな彼女を支えてくれる人たちがいて、宙が成長していく過程でいろいろなことに気づいたり、また違う一面も見えてきたりして、いろいろな人たちのとの大切な出会いや哀しい別れも経験しながら、成長してゆく宙と周囲のひとたちとのかけがえのない日々にはぐっと来るものがありました。
5.地図と拳
【第168回直木賞受賞作】【第13回山田風太郎賞受賞作】
奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐって知略と殺戮をく繰り広げながら、日露戦争前夜から第2次大戦まで殺戮の半世紀を生きる歴史×空想小説。日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し海を渡った須野。彼らが出会う多くの仲間たちが理想と過酷な現実に殉じてゆく中で、子供世代まで絡めながら描かれてゆく激動の時代を生き抜いた男たちの生き様が圧巻でしたが、その結末がまたなかなかに効いている壮大な物語でした。
6.金環日蝕
知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした女子大生の春風。犯人の落とし物に心当たりがあった彼女が、居合わせた高校生の錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むミステリ。H大で心理学を学ぶ春風と高校生の錬で進める犯人が落としたストラップの持ち主探し。母子家庭で妹を案じる高校生・莉緒とカガヤの出会い。いくつかの視点から綴られてゆくストーリーは、思わぬ形で繋がっていって驚かされましたけど、優しい心の持ち主であっても一歩間違えば、追い詰められれば誰だって心が歪んでしまうこともあるんですよね…でもそこから丁寧に描かれる著者さんらしいとても真摯で優しい結末には救われる思いでした。
7.競争の番人
新川 帆立 講談社 2022年05月11日頃
曲がったことは嫌いだけど、いまいち壁を破れない公正取引委員会職員・白熊楓が、留学帰りの超エリート・小勝負勉と出会うリーガルミステリ。考えるより先に動いてしまうお人好しな白熊と、だいぶ嫌みだけと言うことは正しくて頭脳明晰の小勝負のコンビが挑むウェディング業界にはびこる価格カルテル内部調査。状況が変わるたびに二転三転する関係者の印象、優しさゆえに裏切られてしまう白熊にもどかしさも感じましたが、そんな彼女を認めてゆく小勝負のサポートも得て、向き合って見事乗り越えてみせた彼女の強さにはぐっと来るものがありました。
8.方舟
【2023年本屋大賞ノミネート】
【週刊文春ミステリーベスト1位】【MRC大賞2022 1位】
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れ、偶然出会った三人家族と地下建築の中で夜を越すことになった柊一。その地下建築が水没の危機に陥った矢先に殺人事件が起きるミステリ。地震が発生して扉が塞がれ、水没までのタイムリミットまでおよそ一週間。9人のうち死んでもいいのは、死ぬべきなのは誰か?殺人犯を一人犠牲にすれば脱出できる。そんな思いで犯人探しが始まる中で発生する連続殺人事件。わりとオーソドックスなクローズドサークルなのかなと思いながら読む中で、ディテールにこだわった推理はなかなか鮮やかでしたけど、それだけでは終わらない何とも衝撃的な結末には度肝を抜かれました。
長谷 敏司 早川書房 2022年10月18日頃
不慮の事故で右足を失い、AI制御の義足を身につけることになったダンサーの護堂恒明。そんな彼が人のダンスとロボットのダンスを分ける人間性を表現しようと試みる近未来小説。身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンサーだった恒明の突然の暗転から、絶望の中に義足に希望を見出し、自らの肉体を掘り下げてダンスとは何かという本質を突き詰める恒明。そして認知症が急速に進んでしまい変わり果ててゆく、伝説の舞踏家だった父と向き合う絶望の日々。テクノロジーの進化とその限界も実感するなかなか壮絶な展開でしたけど、ある意味そんな彼ららしい結末がまた印象に残る物語でした。
10.爆弾
【第168回直木賞候補作】【2023年本屋大賞ノミネート】
【このミステリーがすごい! 2023年1位】【ミステリが読みたい! 2023年1位】
些細な傷害事件で野方署に連行されたとぼけた見た目の中年男スズキタゴサク。たかが酔っ払いと見くびる警察に、男は「十時に秋葉原で爆発がある」と予言するノンストップ・ミステリ。男の予言直後に秋葉原の廃ビルが爆発。今後の展開を示唆するこの胡散臭い中年男が果たして爆弾魔なのか。対話を試みて情報を引き出そうとする警察と男の駆け引き、鍵を握る過去の事件との繋がり。状況が二転三転して構図もガラリと変わる中で浮かび上がってゆく意外な真相があって、恐怖に支配されて不安を突きつけられた登場人物たちの生々しい感情がなかなか印象的な物語でした。
11.ぼくらに嘘がひとつだけ
棋士と女流棋士の両親を持つ長瀬京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・朝比奈千明。若くして期待を背負いプロ棋士を目指す彼らに、出生時の取り違え疑惑が持ち上がる運命と闘う勝負師たちの物語。底辺をさまよっていた女流棋士・朝比奈睦美と向井千穂子の友情と因縁、京介の父・厚仁の葛藤と国仲遼平との出会い、そして取り違え疑惑に対照的な態度を見せる京介と千明。才能を決めるのは果たして遺伝子か環境か、変わっていたかもしれない境遇、ぶつかり合う親子間の何とも複雑な関係、そして自らの無力を嫌でも突きつけられる場所に身を置き続ける葛藤も描かれていて、あらゆる可能性に複雑な思いが交錯する中、意外な結末の先にあった二人だけの秘密には、これまで積み重ねてきたかけがえのない家族愛を見る思いでした。
12.機械仕掛けの太陽
2020年初頭、マスクをして生活することを誰も想像できなかった。現役医師として新型コロナを目の当たりにしてきた著者が描くコロナ禍の医療現場のリアル。シングルマザーで大学病院勤務医の椎名梓、結婚目前の彼氏と同棲中の女性看護師・硲瑠璃子、70代の開業医・長峰邦昭という三人の医療従事者の視点からそれぞれ描かれるストーリーで、現場で戦っていた人々にも葛藤やそれぞれの生活があって、特に最初は周囲の無理解に苦しんだこともあったでしょうし、甘く見てあんなことをしなければ…というような出来事にも直面することがあったと思いますが、そういう中でも向き合い続けた医療従事者の方々の尽力にはリスペクトしかないです。
13.君のクイズ
【2023年本屋大賞ノミネート】
生放送クイズ番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央。その対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答されて、優勝を逃すという不可解な事態に直面するミステリ。一体なぜ本庄絆は問題も聞かずに正解することができたのか。真相を解明しようと彼について調べ、決勝戦を1問ずつ振り返ってゆく三島。振り返った過去には三島と本庄絆のこれまでのクイズプレイヤーとしての積み重ねが垣間見えて、その覚悟すら感じる変化には共感すら覚えていたはずなのに、そうするに至った理由を聞いてしまったことで、どうやっても埋められない決定的な溝を感じてしまう何とも皮肉な結末が効いていました。
高級住宅地で殺害された一人暮らしの老女。部屋にはかつて犬を飼っていた痕跡があり、犬アレルギーの植村と犬を飼っている下村の刑事コンビが周辺の捜査を開始するミステリ。コンビニでひっそり働き突如犬を飼うようになった松本。あるスクープをモノにするためコンビニでアルバイトを始めた雑誌記者の鶴崎。そして松本の過去に気づき執着するようになってゆく作家の小野寺真希。誰が老女を殺したのか、なぜ犬を盗んだのか。犬アレルギーと犬好きの刑事コンビも含めたそれぞれの視点から真相に迫る展開でしたけど、その違和感と偏見を乗り越えた先にあった意外な結末がなかなか読ませてくれる物語でした。
15.月の立つ林で
【2023年本屋大賞ノミネート】
青山 美智子 ポプラ社 2022年11月09日頃
それぞれが耳にしたのはタケトリ・オキナという男性のポッドキャスト『ツキない話』。それを聴くつまずいてばかりの日常を送る人々の変化を描いてゆく連作短編集。長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士、親から離れて早く自立したいと願う女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。著者さんらしい登場人物の思いが繋がってゆく短編集で、手くいかない時だからこそ、ふとしたことから気づく優しさが、そして変わってゆく世界がとても心に染みる素敵な物語でした。
16.五つの季節に探偵は
【第75回日本推理作家協会賞〈短編部門〉受賞】
逸木 裕 KADOKAWA 2022年01月28日頃
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。そんな厄介な性質を抱える探偵・榊原みどりが出会った5つの謎と成長の連作短編集。高校時代の同級生からの依頼に見出す隠された人の本性、調香師の師匠が龍涎香を盗んだ理由、ストーカーの誤解と自転車のチェーンが壊された理由、指揮者とピアノ売りの間に起きた出来事の真相、エアドロップ問題と新人探偵の苦悩。エピソードを通じて描かれる自分が探偵に向いていると感じ、本質的に求めてしまうものに対する葛藤、ほろ苦い結末に向き合い乗り越えてゆくみどりの成長がとても印象的な物語でした。
17.川のほとりに立つ者は
【2023年本屋大賞ノミネート】
悩み多きカフェの若き店長・原田清瀬は、ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受け、恋人が自分に隠していた過去と明かされなかった秘密を知ってゆく物語。親友の樹とつかみ合いの喧嘩をして病院に担ぎ込まれたという松木。すれ違いやコロナもあってしばらく音信不通だった彼の部屋を訪れ、彼が隠していたノートをきっかけに明らかになってゆくその背景。樹の想い人・天音も絡めながら、上手くやれない事情を抱えながら周囲の理解も得られず、不器用に生きることしかできなかった登場人物たちの複雑な思いは、なかなか根の深い難しい問題だと感じましたけど、だからこそ気にかけてくれる周囲の人の存在、安心できる居場所の大きさを改めて痛感させられました。
18.先祖探偵
母と生き別れてから20年以上、野良猫のように暮らしてきた風子が、東京の谷中銀座で先祖を調べることを専門とする探偵事務所を開き、先祖の調査依頼が次々と舞い込む連作短編集。先祖探偵という珍しい事務所を開く風子の元にもたらされる日本最年長という曽祖父の捜索依頼、先祖を調べる夏休みの宿題を手伝う依頼、ご先祖様が祟っている事実調査、無国籍者が戸籍からの取得協力依頼、そしてふとしたきっかけから繋がってゆく、いつも気にかけながらも忘れかけていた自らのルーツ。それぞれの依頼を調査してゆく過程で意外な事実が判明してゆく展開はなかなか面白かったですけど、その根っこにあった自らのルーツを巡る過去、そして明らかにされる思ってもみなかった真相がなかなか深くてとても印象に残る物語でした。
19.祝祭の子
かつて宗教団体〈褻〉のトップ石黒が引き起こした子供たちによる信者殺害事件。時が経ち、ひっそりと生きてきたその生存者わかばが、石黒の死を聞かされた直後に自身もまた何者かに襲われるサイコサスペンス。殺人を犯して生き残り、多くの議論を呼んだ生存者の存在。何かあるたびに職や住居を転々とせざるを得ないその素性がかつての仲間と共に暴かれ、心無い悪意の暴力に晒されて何度も裏切られた彼女たちを追い詰める敵の正体。明らかになってゆく背景や救いのない状況に直面し、自らはどうすべきか葛藤を抱えながらも、それでもギリギリのところで踏みとどまった彼女たちの思いとその結末が印象的な物語でした。
20.此の世の果ての殺人
【講談社第68回江戸川乱歩賞受賞作】
二ヶ月後に小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され大混乱に陥った世界。淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受ける小春が、教官で元刑事のイサガワと地球最後の謎解きを始める終末ミステリ。母が姿を消して父は自殺し大部分の人が逃げ出した九州で、引きこもりの弟と残って奇特な教官のイサガワに自動車教習を受けていた小春が見つけた滅多刺しにされた女性の死体。荒廃しつつある世界でなぜ連続殺人が起きたのか。こういう事態に陥ったからこそそれぞれの本性が浮き彫りになっていって、不安を抱えて強くいられる人たちばかりではないけれど、それでも事件を調べ続けた小春たちがたどり着くひとつの真相が印象に残る物語でした。
21.最後の鑑定人
「最後の鑑定人」と呼ばれ、ある事件をきっかけに科捜研を辞めて民間鑑定所を開設した土門誠が、その群を抜いた能力で持ち込まれる不可解な事件を解決する連作短編ミステリ。元恋人の遺留精液DNAが検出された女性他殺体の真実、外国人技能実習生が完全黙秘した放火事件の真相、宝飾品と一緒に車に残っていた白骨死体から明らかになる12年前の未解決強盗殺人事件、自殺した娘の遺品鑑定から分かった切ない真実。わずかな遺留品から卓越した着眼点や執念で事実に迫る土門のプロフェッショナルぶりが際立っていて、その土門の過去や彼をサポートする高倉のエピソードも交えながら、浮き彫りになってゆく過去の因縁も一緒に解決してゆく展開はとても面白かったです。
22.付き添うひと
過去の経験を通して、付添人(少年犯罪において弁護人の役割を担う人)の仕事に就いたオボロ。簡単には心を開かない、声を上げる方法すら分からない子どもたちの心に向き合い寄り添ってゆく連作短編集。自らも少年院に送致され経験があり、同じような境遇の子供を救おうと子供担当の弁護士にまでなったオボロが向き合うホームレスを襲撃した少年が隠している真実、家族から逃げ出した女子高生がついた嘘、家族と折り合いが悪い家出少女たちを匿う女性の過去、声優にSNSで誹謗中傷を繰り返す少年の思い。本当は助けてほしい子どもたちに真摯に粘り強く向き合おうとするオボロもまた過去を悔いるあまりに孤独でしたけど、そんな彼に寄り添ってくれる笹木さんが現れて良かったです。
23.#真相をお話しします
【2023年本屋大賞ノミネート】
日常に潜む小さな歪みが、違和感とともに浮き彫りになっていってそれが衝撃の結末へと繋がる五つの連作短編ミステリ。家庭教師の派遣サービスに従事する大学生が母子に抱いた違和感、女の子をホテルに連れ込んだ男の真の目的、精子提供によって生まれた自分の娘と会ったことで気づいてしまった思わぬ真実、リモート飲み会から始まる浮気発覚騒動の顛末、ある事件をきっかけに島の人々がやけによそよそしくなった理由。話の流れの中に感じた違和感は何だったのか?そこから導き出される意外な真相と、そこからさらに明かされてゆく思っても見なかった結末にはなかなか強烈なインパクトがありました。
24.星屑
大手芸能プロ「鳳プロ」のマネージャーとして働き、雑用ばかりでくさっていた桐絵。彼女が博多のライブハウスで歌う16歳の少女・ミチルに惚れ込み上京させる昭和の音楽界のスター誕生物語。専務の14歳の娘・真由を大型新人としてデビューさせる計画が進んでいた鳳プロの状況。しかしミチルのまっすぐな情熱と声は周囲を動かして、一転コンビでデビューを目指すことになった二人。反りが合わずに喧嘩ばかりの二人、妨害、挫折、出生の秘密、スキャンダルと波乱続きの激動の展開でしたけど、桐絵を始めとする大人にも支えられながら、かけがえのないライバルとして切磋琢磨し、苦悩や葛藤を乗り越えて輝く二人の物語はとても面白かったです。
25.きみが忘れた世界のおわり
【第16回小説現代長編新人賞奨励賞受賞】
【Apple Books 2022 今年のベスト<デビュー部門>】
完成間近の卒業制作を教授に酷評された美大生・木田蒼介。自分の中で失われてしまった大切な何かを取り戻すために、交通事故で亡くした幼馴染・河井明音をテーマに作品を描き直すことを決める美術小説。自らも左足が不自由になった六年前の事故以来、明音の記憶を全て失ってしまった蒼介。明音を描くためには彼女を思い出すことが必要で、共にあった親友やかつての恩師、明音の友人や自分の母、明音の母と聞き取りを進めるうちに気づく認識の齟齬。彼女の存在が自分にとってどんな存在であったのか、それを突き詰めていけばいくほど、明音が蒼介にとって単純な言葉では括れないかけがえのない存在だったことが浮き彫りになっていって、紆余曲折の末にようやく思い出すことができた大切な思い、そして向き合ったその先に待っていたその結末には強く心揺さぶられました。
26.世はすべて美しい織物
成田 名璃子 新潮社 2022年11月17日頃
昭和の桐生養蚕農家の娘として生まれた芳乃と、現代の東京でトリマーとして働く詩織。思わぬ形で繋がってゆく織り人たちが抱える業と歓びの物語。一人で着物を作り上げる腕を見込まれ、嫁いだ先でさらにのめり込んでゆく芳乃。なぜか手芸に関わることを母に強く反対され、トリマーとして働きつつも諦めきれない詩織。そんな訳ありな二人が導いてくれた人との出会いで迎えた転機、そして逆境でものめり込まずにはいられない業の深さがあって、時には迷いながらも大切なことは何かを見失わず、自らの生きるべき道を見出すその生き様が印象的に残る物語でしたね。
27.六法推理
五十嵐 律人 KADOKAWA 2022年04月25日頃
霞山大学で法学部四年・古城行成が一人運営する無料法律相談所・通称「無法律」。自らのアパート事故物件問題で経済学部三年の戸賀夏倫が訪れる連作短編青春ミステリ。事件解決をきっかけに無法律へと入り浸り、リベンジポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動といった持ち込まれる法律問題に対して古城と解決に取り組む戸賀。自身の原点となる法曹一家に育った法律マシーン古城の着想をヒントに、真相に迫る自称助手の戸賀がなかなかいいコンビで、時折どうにもならないほろ苦い現実にも直面しますが、それでも依頼人のためにギリギリまで考え抜いて、どうするのが一番いいのか、実を取る落とし所を模索し続ける古城の姿勢が印象的な物語でした。シリーズ化も期待しています。
28.デクリネゾン
二度の離婚を経て中学生の娘・理子と二人で暮らすシングルマザーの小説家・天野志絵。恋愛する母たちの孤独と不安と欲望が、周囲の人々を巻き込んでいく家族小説。二人の元夫と相談しながら娘を育て、仕事にどっぷり浸かりながら大学生の蒼葉と恋人関係にある志絵。やたら理屈っぽいのに欲望に忠実で、時々情緒不安定になる彼女のありようが尊重されているからこそ、成立する周囲との関係だとは思いましたけど、その友人たちもまた不倫を活力にしていて、わりとふわっとした蒼葉や、醒めている娘との関係性を見る限り、世代間のギャップみたいなものは簡単には埋まらないことを痛感させられますね。読めば読むほどなかなか奥が深くて、これまで積み上げてきた作家の筆力を見せつけられる思いでした。
29.拝啓 交換殺人の候
天祢 涼 実業之日本社 2022年07月28日頃
パワハラによる退職から半年が過ぎてもトラウマに苛まれ、社会復帰できていないことに絶望を感じていた秀文。自殺しようとした桜の木で白い封筒を見つけるサスペンスミステリ。大きな洞に差し込まれていた交換殺人の依頼状。手紙を置いたのがセーラー服を纏った少女・詩音だということが判明して、そこからお互いの背景が少しずつ明らかになってゆく展開でしたけど、積み重ねてゆくその知られざる交流がお互いを確実に変えていって、本作の交換殺人という言葉の意味と、絶望を何とか覆そうと抗う二人がたどり着いた意外な結末がなかなか印象的な物語でした。
30.悪と無垢
新人作家、汐田聖が目にした不倫妻の独白ブログ。そこに登場する「不倫相手の母親」に、長年存在を無視され苦しめられてきた実の母親を思い出してゆく連作短編集。無邪気に優雅に、意味もなく他人を次々と不幸に陥れる理解不能の存在。ある時は遠い異国や港の街で、名前も姿も偽りながら狂わせてゆく、夫に尊厳を否定される妻の逃避、海外赴任先で夫の不倫を知った妻の不倫、暴力を振るう父から母や妹と逃げ出した少年、中学以来の交流を続ける無二の親友。それらのエピソードにも絡めて描かれることで浮き彫りになってゆく、どうしようもなく母親に支配されてきた親子関係や、不可解で無秩序な育った家がとても鮮烈な物語でした。