というわけで年間のおすすめ40選です。
昨年はライトノベルと一般文芸・文庫・ライト文芸で各20冊で選びましたが、今回はどのジャンルもそこそこ点数が揃っているので、ライトノベル・ライト文芸・文庫・文芸単行本で各10冊選ぶことにしました。上半期/下半期では全体のバランスや客観的な評価も配慮してセレクトしていますが、こちらはより独断と偏見で個人的に読んでもらいたい本を好みで選んでいます。とはいえ基本的にそもそもの好み自体がマニアックではないので、あまり意外性はありません(苦笑)
【ライトノベル部門】
1.楽園ノイズ (電撃文庫)
女装して演奏動画をネットにアップし(男だけど)謎の女子高生ネットミュージシャンとして一躍有名になってしまった村瀬真琴。音楽教師・華園先生に正体を知られ、その弱みからこき使われる羽目に陥った彼が、三人の少女と巡り合うボーイ・ミーツ・ガールズ。不真面目な教師・華園を通じて巡り逢うひねた天才ピアニストの凛子、華道お姫様ドラマーの詩月、不登校座敷童ヴォーカリストの朱音。いかにも著者さんらしい主人公にヒロインたちがいて、そのテンポの良いやり取りは癖になって、熱く盛り上がってゆくストーリーは控えめに言って最高でした。
2.オーバーライト ――ブリストルのゴースト (電撃文庫)
ブリストルに留学中の大学生ヨシがバイト先の店頭で発見したグラフィティ。何故か絵には詳しい先輩ブーディシアとともに落書きの犯人探しに乗り出す物語。犯人探しをする過程で出会ったグラフィティを競い合う少女ララや仲間たち。グラフィティの聖地を脅かす巨大な陰謀と、かつて「ブリストルのゴースト」と呼ばれたブーディシアが描くのを止めてしまった理由。登場人物たちのグラフィティへの熱く複雑な想いが交錯する展開でしたけど、真相にたどり着く中で明かされる過去と、葛藤を乗り越えて立ち向かうその姿にはぐっと来るものがありました。現在2巻まで刊行。
3.竜と祭礼 (GA文庫)
師の遺言により少女ユーイの杖を修理することになった、半人前の魔法杖職人・イクス。姉弟子たちの助けも借りてどうにか破損していた芯材を特定した彼が、1000年以上前に絶滅した竜の心臓を求めて旅する物語。夏の終わりまでを期限とした竜の伝承を求めての探索、ユーイが抱える過去と杖が壊れた理由、明らかになってゆく竜が絶滅した真相。戦えない二人が主人公であるがために、派手な展開とは無縁でインパクトには欠けますが、しっかりとした世界観の中で動く登場人物の描写は繊細で、明かされた真実とその結末は心に響くものがありました。現在3巻まで刊行。
4.竜歌の巫女と二度目の誓い (GA文庫)
かつて竜歌の巫女が幼き騎士ギルバートと誓った約束。それは裏切りから呪いへと変わり、世界を呪った少女と英雄となった騎士、かつて誓い合った二人が輪廻を超えて再び巡り合うファンタジー。人々が飢え苦しむ前領主の悪政を覆した革命。苦しい過去の記憶を持ったまま転生してルゼと名乗った少女とギルバートの邂逅。彼女と呪われたギルバートの関係は複雑で、けれど温かい人達との触れ合いが少しずつその想いを変えていって、過去の苦しみはそう簡単に忘れられなくとも、それでも未来に希望を見出そうとする結末にはぐっと来るものがありましたね。21年3月に2巻目刊行予定。
5.Babel (電撃の新文芸)
現代日本から突如異世界に迷い込んだ女子大生の水瀬雫。異世界の辺境に降り立ってしまい途方に暮れる彼女が、魔法文字を研究する風変わりな魔法士・エリクと出会うファンタジー。雫が日本に帰還する術を探すため、魔法大国ファルサスを目指す旅に出る二人。二人の言語を巡るやりとりや考察はとても興味深くて、傭兵ターキスとの出会いという転機から、ネビス湖での出会いやノイ家の塔の呪い、カンデラの街で次々と事件に巻き込まれ、困った人を放っておけない雫の奔走が周囲の人々や事態を動かし、状況を打開してゆく結末がなかなか印象的でした。現在3巻まで刊行。
6.現実でラブコメできないとだれが決めた? (ガガガ文庫)
義理の妹も、幼馴染も、現役アイドルなクラスメイトもミステリアスな先輩も、親友キャラもいない高校生・長坂耕平が、知り合った上野原彩乃を共犯者に巻き込んでラブコメすべく挑戦する青春小説。膨大なデータ収集と分析、綿密なシミュレーションと反復練習でラブコメしようとする耕平と、呆れながらもそれに協力する付き合いのいい彩乃。時折非常識で不器用な面も見せる耕平をフォローする彩乃のツッコミが効いていて、そんな彼女の窮地に奔走する耕平が熱かったですね。それぞれひと癖ありそうなヒロインたちとの今後にも期待大のシリーズです。現在2巻まで刊行。
7.古き掟の魔法騎士 (ファンタジア文庫)
伝説時代最強騎士と謳われ、野蛮人の異名を持つシド。キャルバニアの若き王子・アルヴィンによって復活を遂げた男が、魔法騎士学校の教官として生きるファンタジー。外部では北の魔国が蠢動し、国内は三公爵家の思惑から不安定な状況。そんな中で王位を継承して斜陽の祖国を救うために、復活したシドに師事することを決意するアルヴィンが抱える秘密。過酷な運命を背負う王子にはえてくれる仲間たちがいて、苦境にも負けずに自ら身体を張って立ち向かう姿は心に響くものがありましたね。主従となった彼らのこれからが楽しみな期待のシリーズです。
8.シンデレラは探さない。 (講談社ラノベ文庫)
お城のような五十階建てのタワーマンションにはお姫様が住んでいる。自分には関係のない存在と思っていた高校生の荒木陣が、その最上階に住む同級生・真堂礼と出会う青春小説。妹・舞の看病で学校を休んだ陣にプリントを届けに来たことで始まった礼との関係。無自覚系の陣相手にポンコツでチョロインになってしまう礼でしたけど、そんな彼女を応援する友人コンビもなかなか面白くて、陣を見続けてきた彼女だからこそ気づいた彼の想いがあって、不器用な彼女が陣の家族にも温かく迎えられ幸せになってゆく二人の関係をまた読んでみたいと思いました。
9.お見合いしたくなかったので、無理難題な条件をつけたら同級生が来た件について (角川スニーカー文庫)
お見合いしたくなかったので、無理難題な条件をつけたら同級生が来た件について(1)
posted with ヨメレバ
桜木桜/clear KADOKAWA 2020年11月27日
お見合い話を持ってくる祖父に辟易した高校生・高瀬川由弦が「金髪碧眼色白巨乳美少女なら考える」と無理難題をつきつけたら、お見合いに同級生の雪城愛理沙がやってきてしまう偽装婚約ラブコメディ。十五歳から結婚できるようになった世界。雪城愛理沙もまた家の事情があって利害一致から始まった偽装婚約。家が資産家の由弦はいい感じに落ち着いて余裕もあって、彼をきっかけにいろいろ世界も広がっていって、最初はそんな気が全然なかった彼女も確実に変わりつつありますね…ここからお互いにどう変わってゆくのかとても楽しみなシリーズです。
10.ボクは再生数、ボクは死
しがない会社員の狩野忍は世界最大のVR空間サブライム・スフィアで世界最高の美少女シノとなり、VR世界で恋をした高級娼婦ツユソラに会うため、過激で残酷な動画配信で再生数と金を稼ぐことを決意する近未来小説。会社の先輩・斉木みやびと組んで過激な動画配信で注目を集める彼らの舞台裏は何ともシュールで、イメージと現実とのギャップには苦笑いでしたけど、殺伐とした世界観の中で刹那的な恋のために生きるシノが、仲間たちとともにのし上がってゆく過程で見出してゆく確かな絆と、そんな彼らが迎えた結末にはぐっと来るものがありました。
【ライト文芸部門】
1.処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな (新潮文庫nex)
留年して二回目の高校三年生となった佐藤晃に話しかけてきた同級生・白波瀬巳緒。それをきっかけに居場所がないと思っていた学校で周囲に輪ができて、かけがえのないものを取り戻してゆく喪失と再生の青春小説。留年の経緯で明らかになってゆく深い愛には驚かされましたが、あっけらかんとしたギャルの白波瀬巳緒、綺麗な声が耳に残る少女・御堂楓、そしてアニメ好きな和久井と出会い、大切な友人・藤田たちにも支えられながら、みんなで結成したバンドを通して熱い想いをぶつけ合い、未来に希望を見出してゆく結末にはぐっと来るものがありました。
2.恋に至る病 (メディアワークス文庫)
善良だったはずの幼馴染の少女がいかにして化物へと姿を変えたのか。150人以上の被害者を出した自殺教唆ゲームを作り上げた誰からも好かれる女子高生・寄河景と宮嶺の複雑な関係が描かれるミステリ。宮嶺への壮絶ないじめをきっかけに始まった景の変貌…自殺教唆ゲームはどんどんエスカレートして、彼女とともにあろうとする宮嶺はどんどん景のことが分からなくなっていって、そんな危うい状況の先にあった結末と、洗脳だったのか歪んだ純愛だったのか最後に気づいてしまう可能性、それでも変わらない彼女への想いが鮮烈で印象に残る物語でした。
3.流転の貴妃 或いは塞外の女王 (集英社オレンジ文庫)
商人の娘として生まれ、後宮の貴妃になった柴紅玉。それが勢力を拡大しつつある北方の遊牧民族の盟主へと嫁がされることになり、さらにその途上で嫁ぎ先の敵対部族による襲撃で攫われてしまう中華風浪漫譚。帝の寵愛はなくとも後宮で謳歌していた生活から、二転三転する運命に翻弄され激変する紅玉の人生は大変だなあと思わずにいられませんでしたが、族長の末子アマルの妻となった彼女があるべき姿を見定めて覚悟を決め、遊牧民族の妻としては型破りな、けれど自分らしいやり方でアマルを支えるようになってゆく姿にはぐっと来るものがありました。
4.ジギタリスの女王に忠誠を 修道院の王位継承者 (富士見L文庫)
ジギタリスの女王に忠誠を 修道院の王位継承者
posted with ヨメレバ
仲村 つばき/カズアキ KADOKAWA 2020年11月14日頃
二十年間の王位争いで国が荒れたリカー王国。やっと決まった王も急逝し、元修道女の一人娘マーガレットが後を継ぐヒストリカル・ファンタジー。孤立する王宮で味方は成り上がり騎士エドマンドだけ、正統な王の血を引く男ライオネルには見下される中で、国民のためにいい女王たるべく努力し続けるマーガレットが直面する反乱。なかなか厳しい状況でしたけど、それでも半ば意地で奮闘し続ける凛々しい彼女の姿は、見る人が見たら心動かされますよね。そんな彼女だからこそ迎えられた本来あるべきところに収まった結末にはぐっと来るものがありました。
6.香港シェヘラザード (富士見L文庫)
誘拐された邦人家族から相談を受けた香港赴任中の新人女性外交官・秋穂。黒幕は香港最大の黒道組織・七海幇と判明したものの、証拠が足りず踏み込めない中、幹部の男・立花と出会う絶望と再生のラブサスペンス。商社マン・笹森が一瞬目を離した隙に誘拐された妻・蓮子の絶望。犯人は明らかなのに安易には手を出せないもどかしさと、危険な匂いのする立花との出会いがあって、急展開後も続く過酷な環境でもかすかな希望を諦めない蓮子と彼女を支える女医の梨令、そして秋穂と立花の因縁がどんな結末を迎えるのか、緊迫感のある展開が面白かったです。
同僚の木内たちと協力して、誘拐された蓮子の行方を追う 新人外交官の秋穂。そんななか、七海幇当主の三男である月龍の屋敷が突然襲撃される下巻。捜査過程で蓮子に繋がる手がかりを得たものの、救出を目前にして彼女を保護しそこなってしまう秋穂たち。事態が急展開を迎える中で、秋穂が立花に会いに行く決断をしたことが事件としても物語としても大きな転機に繋がりましたかね。彼女を取り戻せるのか緊迫した状況での劇的な救出劇でしたけど、救われたから万事解決ではないのがまたほろ苦かったですね…。立花と秋穂の関係も気になるところです。
6.それでも、あなたは回すのか (新潮文庫nex)
編集者になりたくて出版社を受けるも、就職活動がまったく上手くいかず、ソーシャルゲーム開発会社に入社した友利晴朝。そんな彼が同期の青塚凛子と「サ終(サービス終了)」と呼ばれる赤字チームに配属されるお仕事小説。拾い上げからから始まった社会人生活で待っていたのは自社のゲームプレイ。周囲の言葉も刺さって、少しずつやるべきことの理解を深めていった中で起きたチームの危機。今できることをやろうと奮闘した結果自体は及第点でも、自らは本当にこれだけしかできなかったのか。突きつけられた悔しさを乗り越えて頑張る姿をまた読んでみたくなりました。
7.父親を名乗るおっさん2人と私が暮らした3ヶ月について (メディアワークス文庫)
たった一人の家族だった母親を病気で亡くした高校二年生の新田由奈。葬式の当日、由奈の前に金髪でチンピラ風の竜二と、眼鏡でエリート官僚風の秋生、父親を名乗るおっさん2人が現れる物語。今の家に住み続けたいという由奈に願いに、同じアパートへと引っ越してきた二人。最初はタイプも違う二人にイライラしっぱなしだった由奈も、いい加減にしか思えなかった母の真意を彼らの中に見出すうちに少しずつ変わっていって、状況が二転三転する中で彼らの優しさに気づき、育まれていったかけがえのない絆を見出してゆくとても素敵な家族の物語でした。
8.廃妃は再び玉座に昇る 耀帝後宮異史 (小学館文庫キャラブン!)
残虐非道な凶后の姪として政変で断罪され、天下万民の怨敵として刑場に引っ立てられた先帝の廃妃・劉美凰。死ねずに幽閉された血染めの廃妃が、十年ぶりに後宮に帰還する中華風ファンタジー。彼女の身に宿る奇しき力を必要とし、皇太后とした現皇帝・天凱。表向きは白き喪服をまとった皇太后として、裏では天凱と一緒に都で猛威をふるう鬼病の原因を突き止めるため、未だ怨憎が煮えたつ禁城に舞い戻った美凰の苦悩がまた壮絶で、二人の愛憎が入り交じる複雑な因縁があまりにも切なくて、そんな二人の行く末がとても気になる注目の新シリーズですね。
9.君が最後に遺した歌 (メディアワークス文庫)
田舎町で祖父母と三人暮らしで、詩作を唯一の趣味に平凡な生活を送り、堅実な将来を目指していた水嶋春人。その秘かな趣味を知った同級生・遠坂綾音から一緒に歌を作るように誘われ、その人生が変わり始める青春小説。歌詞が書けない事情を抱える綾音に代わり自分が書く関係。共に時を過ごし想いを積み重ねて彼女が歌う姿に惹かれてゆく春人。綾音の夢を叶えるために背中を押す春人の決意は切なくて、けれど離れ離れになっても変わらない思いがあって、そんな二人が過ごしたかけがえのない日々と、ちょっと粋な結末にはぐっと来るものがありました。
10.星辰の裔 (集英社オレンジ文庫)
薬師だった父の志を継ぎ、大陸からの先進知識が集まる町を目指して旅する少女アサ。その途中で馬賊と呼ぶ大陸からの侵略者・辰の奴婢狩りに遭い、捕まってしまったアサが皇王の次男・季晨と運命の出会いを果たすファンタジー。宦官と勘違いされ皇女の側で働くアサが巻き込まれてゆく朝児に対する根強い差別と辰の後継者争い。薬師として生きたいと願うアサの願い、それを理解してくれる季晨との出会いと惹かれてゆく想いがあって、数奇な運命が激動の展開に繋がりましたけど、だからこそ乗り越えた先の信念と想いの末に導き出された結末がとても印象に残る物語でした。
【文庫部門】
1.仙文閣の稀書目録 (角川文庫)
そこに干渉した王朝は程なく滅びるという伝説の巨大書庫・仙文閣。帝国春の少女・文杏が、危険思想の持主として粛清された恩師が遺した唯一の書物を届けるべく訪れ、仙文閣の典書・徐麗考と出会う中華ファンタジー。麗考に救われたものの、無事蔵書される心配で住み込むことになった文杏が知る壮大な仙文閣の威容。文杏を持ち込んだ書物を巡って、権力に屈しない図書館めいた仙文閣で必要とされる資質が問われる展開でしたけど、知識云々よりももっと大切なことがあるんですよね。文杏がこれからどう成長してゆくのかまた読んでみたいと思いました。
2.親王殿下のパティシエール (ハルキ文庫)
華人移民を母に持つフランス生まれのマリー・趙が、革命後の混乱から救ってくれた清王朝・乾隆帝の第十七皇子・永璘お抱えの糕點厨師見習いとして北京で働くことにばる中華ロマン小説。マリーがフランスの菓子職人見習いから清の御膳房に立場を変えて戸惑い苦労する様子はなかなか興味深いものがありましたけど、永璘不在の不安な状況でも試行錯誤しながらの頑張り認められ、自分で居場所を得てゆくマリーの前向きな姿勢がなかなか良かったですね。何かとマリーを気にかけてくれる永璘との関係性が、これからどう変わってゆくのか今後に期待のシリーズですね。現在3巻まで刊行。
3.クローゼット (新潮文庫)
男なのに女性服が好きというだけで傷つけられた過去を持つ芳と、幼い頃のある事件のせいで男性恐怖症を抱えていた纏子。服飾美術館を舞台に洋服の傷みと心の傷みにそっと寄り添うお仕事小説。芳が働くデパートでの特別展示を機に出会った服飾美術館の洋服補修士・纏子。芳は機会あって訪れた服飾美術館でめくるめく服の奥深い世界に魅せられて、美術館の中で働く人たちの雰囲気もなかなか興味深くて、それぞれの過去が繋がってしっかりと向き合い、服だけでなく心もまた少しずつ補修されて、新たな一歩踏み出す展開にはぐっと来るものがありました。
4.17歳のラリー (角川文庫)
十七歳の春。突如明かされた三年生のエース川木の渡米が平凡な都立高校テニス部に引き起こした波紋。絶対的な才能を持つ彼に対し、なかなか言い出せなかった仲間達の様々な想いが明らかになってゆく青春群像劇。突如明かされた途中で退学も厭わない決意表明に、ダブルスの相棒、女子部のエース、ゆるい部員、幼馴染のマネージャー、部長たちそれぞれの視点から彼への複雑な想いが綴られてゆく展開でしたが、関わってきた川木にもまたいろいろ思うところがあって、そんな連鎖的に明らかになってゆく等身大の熱い想いがなかなかぐっと来る物語でした。
5.プリズン・ドクター (幻冬舎文庫)
奨学金免除のため刑務所の矯正医官になり、患者にナメられ助手に怒られ憂鬱な日々を送る是永史郎。そんなある日の夜、自殺を予告した受刑者が変死する医療ミステリ。矯正医官としての鬱屈に要介護状態の母の世話もあってどうすべきか失いかけていた史郎が、CTで発見されなかった病の解明、獄中で起きた突然死や不審死の真相、仮釈放受刑者の拒否問題などに挑む展開で、大学時代の友人たちや恋人の助けも借りながら公私の問題を解決していく中で、徐々に今ここで働いている意味を見出してゆくほろ苦さ混じりの結末にはぐっと来るものがありました。
6.コンサバター 大英博物館の天才修復士 (幻冬舎文庫)
世界最古で最大の大英博物館。その膨大なコレクションを管理する天才修復士ケント・スギモトと、その助手を務めることになった日本人修復士・晴香が、美術品にまつわる謎を解いてゆくアート・ミステリー。すり替えられたパルテノン神殿の石板、なぜか動かない和時計の修理、札束が詰めこまれたミイラの木棺、そしてケントの父親の失踪。大英博物館の立ち位置などはなかなか興味深かったですけど、誰もがひとくせある大英博物館で働く人々やケントの関係者も絡めつつ、晴香を振り回すケントと二人で事件を解決していく展開はなかなか面白かったです。21年1月に2巻目刊行予定。
7.錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)
世界に七人しかいない錬金術師。その一人アスタルト王国のテレサ大佐が、お目付け役エミリア少尉と赴いた蒸気都市トリスメギストスで錬金術師フェルディナント三世の殺人件に遭遇するファンタジーミステリ。フェルディナント三世が成し遂げたという魂の解明。三重密室で起きた殺人事件の容疑を晴らすため、破天荒なテレサと振り回されるエミリアのコンビで事件解決に挑む展開でしたが、事態が二転三転する中で見えた意外な真相と、因縁に導かれるように出会った真逆の似た者同士の結末には唸らされました。これは続巻に期待せずにはいられませんね。現在2巻まで刊行。
8.彼女の知らない空 (小学館文庫)
化粧品会社の新素材軍事転用を巡る社員夫婦の葛藤、自衛官の妻が知らない空で起こる無人軍用機の戦争、スキャンダルで潰れたプロジェクトを巡るあれこれ、過重労働で心身を蝕まれる会社員と老人の邂逅、徴兵制を巡る身もふたもない現実、大連のホテルを介して繋がる今と昔、宇宙飛行士を夢見た男が通した正義など、淡々と綴られてゆく組織の中で何かあった時に自らはどうあるべきか、家族との折り合いをどうつけるかというそれぞれの葛藤とその結末には心に響くものがありました。深田課長は格好良かったですし、最後の葉書がまた印象的でしたね。
9.放課後の嘘つきたち (ハヤカワ文庫JA)
幼馴染で同級生の白瀬麻琴に誘われ、部活連絡会を手伝うことになったボクシング部の寡黙なエース・蔵元修が、周囲で起きるトラブルを解決してゆく連作青春ミステリ。カンニング疑惑のある演劇部、陸上部の幽霊騒動や映画研究会の不可解な作品改竄など、皮肉屋なもうひとりの特待生・御堂慎司も加えて、時には衝突しながらタイプの違う修と御堂の二人をメインに謎解きに挑む展開で、同時に人に言えない苦い過去が、彼らのありようにもそれぞれ暗い影を落としますが、それらを癒やす何とも皮肉な構図がなかなか効いていて、とても印象的な物語でした。
10.だから僕は君をさらう (双葉文庫)
辛い過去から平穏無事を意識するミュージシャン志望の青年・守生光星。彼がある日、夜の墓地で一人の少女・紫織と運命的な出会いを果たす純愛ミステリ。エアガンで撃たれたハトを助けたことから仲良くなった二人。職を失って怪しい仕事で食いつなぐ守生の忘れられない苦い過去、紫織が抱える複雑な事情と、意外な形で繋がってゆく過去との巡り合わせ。彼らが陥った状況は何とも不運だったようにも感じましたけど、彼女のために覚悟を決める守生の優しく不器用な決断は切なくて、だからこそお互いを理解する二人が迎えた結末には救われる思いでした。
【文芸単行本】
1.盤上に君はもういない
将棋のプロ棋士を目指す者たちにとって最後の難関、奨励会三段リーグ。観戦記者の佐竹亜弓がそこで全てを賭けて戦う二人の女性と出会う将棋小説。棋士を目指して奨励会に挑む永世飛王を祖父に持つ天才少女・諏訪飛鳥と、両親から応援されずに勘当され病弱ながら年齢制限間際で挑戦する千桜夕妃。岐路でたびたび激突する彼女たちの負けられない壮絶な激闘が熱かったですが、それぞれの将棋を形作ってきた濃密な背景があって、受け継がれてゆく熱い想いもあって、そんな二人に関わる天才少年・竹森や記者たちの存在がなかなか効いていたと思いました。
2.昨日星を探した言い訳
全寮制中高一貫校・制道院学園に進学した坂口孝文。中等部2年進級の際、映画監督の清寺時生を養父にもつ茅森良子が転入してきて、坂口と運命の出会いを果たす青春小説。生徒会長を目指す真っ直ぐだけれど脇の甘い茅森を、影から支える坂口の密かな共犯関係。二人だけでたくさんの想いを語り合い、揺るぎない信頼と甘酸っぱい関係を積み上げてきたからこそ、思ってもみなかった急展開には驚かされましたけど、どこまでも頑固者で不器用で揺るぎない二人が、意外な転機と巡り合わせの末に迎えた結末には、苦笑いしつつもぐっと来るものがありました。
3.文身
好色で酒好きで暴力癖のある最後の文士と呼ばれた作家・須賀庸一。作品がすべて私小説だと宣言されていた彼の死後、娘に託された文章でその真相が明らかになってゆく物語。弟・堅次との関係、家を飛び出した経緯、作家となった兄弟が抱えた秘密、妻との出会いからの変化と、弟が書いたことを小説とするために実践する兄の変化、そして兄弟の相克に至るまで、作家であり続けるためにそこまでしなければならないのか、何が虚構で何が現実がなのか、複雑に絡み合う壮絶な展開でしたけど、その娘に届いた手紙の意味を思うとドキッとしてしまいました。
4.52ヘルツのクジラたち
ワケありで大分にあった祖母の家に引っ越してきた貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた二人が出会う新たな魂の物語。引っ越し後も周辺住民に馴染めずにいた貴瑚を助けてくれた少年の事情。貴瑚が小さい頃から置かれていた環境や、抜け出せた後に辿った人生もなかなか過酷でしたが、少年を何とか助けたいという思いだけではどうしようもなくて、そんな彼女たちを支えて力になってくれた一度は自ら手放した貴瑚の親友だったり、距離を感じていた周囲の人の優しさ、温かさがとても心に響く物語でした。
5.あの日の交換日記
先生の提案から始まった交換日記。様々な立場の二人による7編の交換日記が紡ぐ連作短編集。白血病で入院する生徒と先生、教師と殺人予告をする生徒、双子姉妹のやりとり、母に息子が書いた交換日記の真相、交通事故の加害者と被害者のやりとり、上司と部下による手書きの業務日誌を通じた交流、先生が縁で出会った夫妻と、ひとつひとつのエピソードが積み重ねてゆく中で、徐々に明らかになってゆく登場人物たちの意外な繋がりとその後にも驚かされましたが、交換日記の広がりを通じて紡がれていった優しさに満ちた関係がとても印象的な物語でした。
6.金木犀とメテオラ
母を亡くした東京生まれの秀才・佳乃と、家族に問題を抱える美少女・叶の邂逅。北海道に新設されたばかりの中高一貫の女子校を舞台に、やりきれない思春期の焦燥や少女たちの成長を描く青春小説。2歳の頃から英才教育を受けてきたピアノも苛烈な受験勉強も奪われて北海道にやってきた宮田佳乃と、母親に振り回される人生から脱却しようとあがく奥沢叶。何かと比較されてライバル視するようになってゆく二人が、残酷な現実を突きつけられて焦燥を募らせてゆく中、ライバルの意外な素顔を知ったことで垣間見える希望にはぐっと来るものがありました。
7.ピカソになれない私たち
選ばれし者だけが集まる、国内唯一の国立美術大学・東京美術大学油画科。スパルタで知られる森本ゼミに属することになった望音・詩乃・太郎・和美、それぞれの葛藤を描く青春小説。地方出身で天才的な画風の望音、技術はあるがこれといった特徴のない詩乃、美大生としての自分に迷いをもつ太郎、前衛的で現代的な作風の和美。厳しい森本の下で才能とは何か、過酷な現実を何度も突きつけられ、周囲を妬みぶつかり合う厳しさを痛感しましたが、それぞれが悩んできたことに対する自分なりの解答を見出してゆくその結末にはぐっと来るものがありました。
8.凪に溺れる
一人の天才音楽青年が作った「凪に溺れる」。その曲と運命的な出会いを果たし、夢と理想、そして現実とのはざまで藻掻いた6人の人生を描く連作短編集。出会った人の心を揺さぶらずにはいられない十太の音楽。霧野十太と水泳少女の出会い、燻る高校時代に出会った少女、大学時代のバンド仲間、夢を思い出したフリーライター、彼の父を巡る過去。第三者視点ゆえに音楽に邁進し続けた十太の複雑な想いは想像することしかできないですけど、それでも彼が生み出した音楽は生き続けて、受け継がれてゆくことを予感させる結末がとても印象的な物語でした。
9.できない男
地方広告制作会社のデザイナー芳野荘介28歳。年齢=恋人いない歴で仕事も中途半端な自分に行き詰まる「できない男」が、憧れの超一流クリエイターのブランディングチームに地元デザイナー枠として突然放り込まれ、少しずつ変わってゆく青春小説。初っ端からやる気を見せてみても簡単には変わらない現実を突き付けられるキツイ展開から、覚悟出来ない男・河合や様々な人たちと出会い、感化されながら成長してゆく姿やそれぞれの選択は印象的でしたが、最後のあれは痛快だけれど、もう地元に帰れなくなるのでは…とちょっと心配になりました(苦笑)
10.マッサゲタイの戦女王
紀元前600年前後の古代オリエントを舞台に、四大帝国時代の終焉と戦乱の時代を生きたマッサゲタイ女王・タハーミラィの数奇な運命を描く歴史小説。マッサゲタイ族に生まれて、初恋の相手によって部族の王カーリアフの側妃とされたタハーミラィ。希望を見出だせなかった境遇から、ファールース王クルシュとの運命的な出会い、そこから過酷な状況を夫と共に生き抜いて立場を自覚するようになってゆく彼女の覚悟、そして意外な半生を送った従兄のその後も印象的で、ロマン溢れる筆致で描いてみせた壮大な物語の結末にはぐっと来るものがありました。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。