今年の本屋大賞ノミネート作品10作品全て読みました。今年の一次投票では「PRIZE―プライズ―」「イン・ザ・メガチャーチ」「探偵小石は恋しない」に投票しています。昨年は発表段階で10作品全て読んでいたのですが、今回はやや傾向が変わったのか既読は5作品で、追加で読んだ5作品も選出には納得感がありました。投票理由によってだいぶ投票順位が変わりそうなラインナップですが、どれも面白い作品なのは間違いないです。まだ投票期限にはまだ時間があるので、投票順位については改めて考えてみようと思います。気になる作品があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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朝井リョウ 日経BP 日本経済新聞出版 2025年09月03日頃
沈みゆく日本の不安と孤独を背景に、ファンダム経済と沸騰する界隈、そして物語の持つ力を描いた現代小説。あるアイドルグループの運営に参画することになった、家族と離れて暮らす男。内向的で繊細な気質ゆえ積み重なる心労を癒やしたい大学生。仲間と楽しく舞台俳優を応援していたが、とある報道で状況が一変する女。運営側・熱狂する側・かつて熱狂していた側の視点が交錯する構成はまさに社会の縮図で、何かを信じることでしか生きられない人々たちが物語に身を委ね、視野を狭め安心を得る姿は、傍から見れば滑稽であっても当事者にとっては切実で、一方で狭めることでしか得られない熱狂や連帯の矛盾を描いた著者からの鮮烈なメッセージでした。
ラノベの新人賞でデビューして、一般文芸でも〈本屋大賞〉を受賞。以来ベストセラーを生み出し続けた人気作家・天羽カインが、直木賞を渇望する作家小説。渇望する直木賞には過去に数度、候補作入りこそするものの、選考委員からは辛口の選評が続き、担当編集も現状に甘んじるもどかしい状況。そんなカインが学生の頃からカインの作品の大ファンだった編集者・千紘と出会い、2人で一緒に受賞できる妥協のない作品作りにのめり込んでいく展開で、自己主張の強い新人作家の存在と対比しながら、何のための執筆なのかそのあり方が問われる一方で、売れていても受賞する難しさを浮き彫りにしていきましたが、何とも悩ましい葛藤の決断を描いたその結末もまた鮮烈な印象を残しました。
名探偵のように華麗に事件を解決する日を夢見る探偵事務所代表でミステリオタクの小石。相談員の蓮杖と進める地味な調査をきっかけに、意外な真相を目の当たりにしていくミステリ。実際は9割9分が不倫や浮気の調査依頼で、それでも色恋調査が「病的に得意」な小石が調査をこなす理由。女子高生が結婚を意識する彼氏の身辺調査、内縁の妻の素行を知りたい医師、そしてアイドルの嫁のことで脅迫される男が通報を忌避する理由。ふとしたきっかけから幾度も構図がガラリと変わる中、それぞれのエピソードが持つ意味も全く違った一面が見えてきて、積み重ねてきた忘れられない想いが複雑に絡み合う中、浮き彫りになってゆく思いもよらない真相には驚かされましたし、そこからたどり着いた結末もまた効いていました。
山奥で顔を潰され歯を抜かれ、手首から先を切り落とされた発見された死体。捜査にあたる媛上署の刑事・日野雪彦が、思わぬ事態に直面していく警察長編小説。不審者の警察対応が不十分という投書に上層部がピリピリする状況で起きた事件。それに生活安全課にやってきた自分の父かもしれないという少年、そして間をおかず起きた新たな殺人事件といった繋がりから、最初の死体の身元や背景も明らかになっていく中、何気ない会話や行動が後に意味を持ち始めて、張り巡らされた伏線を回収していきながら全てが繋がり、思いもかけない真相を見出していく展開はなかなか良かったですね。雪彦の人間味のある判断も彼らしくて、最後に明かされるタイトルに込められた意味も効いていました。
営業成績第1位、契約成立のためには手段を選ばない凄腕営業マン鳥井。彼がアポイント先で刺殺体を発見してしまい、殺し屋相手に交渉を始めるジェットコースターミステリ。「ビジネス」として家主の殺害を請け負っていた「殺し屋」の仕事の目撃者となってしまい、口封じとして消される運命から逃れるため、研ぎ澄まされた営業トークで殺し屋を丸め込み、まさかの殺人請負会社に入社した烏井が、2週間で2億円という営業ノルマを課されて始まる文字通り命がけの営業。単なる話術だけでなく、心理戦や情報収集も駆使して場の空気を掌握していく烏井の営業トークは圧巻で、ライバル企業との駆け引きをしたり、仲間とも連携しながら、ギリギリの綱渡りを飄々と乗り越えてみせたその実力は圧巻でした。
結婚後、転勤を機に冷たくなった夫からの暴言・暴力に耐えながら幼い息子を育ててきた母親・量子。ある日、夫が死んでいる現場に直面し、自分が殺したと認識するミステリ。途方に暮れていたところに大学時代のサの後輩・桂凍朗が訪ねてきたことをきっかけに物語が動き出し、ミュージシャンの北斎とマネージャー斗真のパートが挿入されることで、事件は単なる夫婦間の殺人ではなく、より複雑な人間関係・過去の因縁・音楽や創作に関わる要素が絡み合ったものと明らかになっていくストーリーでしたが、テンポのよいストーリーの中で散りばめられた伏線がパズルのように繋がって、人間としての本質が繰り返し問われていく中で、改めて浮き彫りになってゆく切なる想いがなかなか印象的でした。
現役の文部科学大臣で文壇の大御所作家でもある清水義之。彼が全国高校生総合文化祭の式典の最中、刺されて死亡した事件の犯人・永瀬が週刊誌に手記を発表しはじめる恋愛小説。永瀬の手記には清水が深く関わっているとされる新興宗教に対する恨みが綴られてゆく一方、式典に出席していた作家・金谷灯里によって、永瀬の事件を小説として描かれていく2つのストーリーからなる構成は、ひたすら重く苦しかった前半部分では見えなかった、幼少期からの淡い交流、成長過程での再会、互いの人生の苦難を描くことで切ない恋愛小説という違った視点をもたらしていて、2つの視点で描かれる物語が最後に全て繋がり、「ただ、星を守りたかっただけ」という切なる願いが浮かび上がってゆくその結末はなかなか衝撃的で強く印象に残りました。
激しい雨の降る夜、泥酔して夫を乗せた車で老婆を撥ねたかおりが、轢き逃げの罪に問われ、服役中に息子・拓を出産。そこからの壮絶な人生を描いた長編小説。出所後に夫から離婚を迫られて親権を失い、会いたいがあまり園児連れ去り事件を起こしたて息子との接見を禁じられ、追われるように西日本へ流浪しながら、細い糸で繋がっている人々を頼りに、息子のためなら何でも耐えられると過去の罪を隠して生きるかおり。そこから理不尽な出来事が起きたり、過去が露呈するたびに居場所を失ってしまうことを積み重ねていく描写には、正直なかなか来るものがありましたけど、大切にしたいことができて、赦しでもなく劇的な救いでもない熟すのを待つしかない人生を描ききったその結末には強く心を揺さぶられるものがありました。
パート工場勤務で5歳の娘ひかりを育てる26歳のシングルマザー美空が、自分の全てで無条件に愛おしい存在である娘のために生きる姿を描く物語。娘ひかりを愛しすぎて毎朝10分早く起きられない自分に罪悪感を抱く一方で、子育ての恩を強く主張し月10万円の仕送りを要求する母親との関係がぎくしゃくしている美空。そこに元夫の弟で同性愛者でもある颯斗が現れて、美空とひかりの生活に強く関わり始めていくストーリーで、ひかりの笑顔や美空を信じてくれる颯斗の存在、彼女を支えてくれる職場の先輩、ママ友たちの不器用でも温かい想いが、少しずつ美空の心を解きほぐしていって、自分が本当に大切なもののために、かけがえのない居場所を見つけていくその結末はなかなか良かったです。
将来を嘱望されながら、母を亡くし1人になった甥のために地域病院で働く内科医の雄町哲郎。ある日、彼の力量に惚れ込む大学准教授の花垣から難しい症例が持ち込まれる第2弾。かつて哲郎が激怒させた大学病院の絶対権力者・飛良泉教授の父親、寝たきりの患者や家族の孤独・疲労に寄り添いながら、患者の心の平静や笑顔を守る第三の道を模索する哲郎。研修医・南茉莉にも医療の限界を認め人を救うのは医療ではなく人という信念で、技術より孤独にしないことの重さを指導して、妹・奈々を若くして病で失った過去の悲しみを抱えて、派手な救いはなく死は避けられない現実を受け止めながら、大学病院の派手な手術とは対極の訪問診療の現場で、信念を持って真摯に向き合い続けるその姿がなかなか印象的でした。

