本年もよろしくお願いします。
2025年に読んだ本は読書メーターによると合計で1618冊になりました。
読んだ本1618冊
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また12月の読了冊数は読書メーターによると最終的に131冊でした。
読んだ本131冊
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こちらでは12月に読んだの文芸単行本の新作11点、文庫の新作15点、ライト文芸の新作5点の計31点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
ライトノベル編はこちら↓
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
膳所高校を卒業し晴れて京大生となった成瀬あかり。千年の都を舞台に、ますます個性豊かな面々が成瀬あかり史に名を刻む第3弾。一世一代の恋に破れた同級生・坪井や、「達磨研究会」なる謎のサークル、簿記YouTuberぼきののか、娘とともに地元テレビの取材を受ける母、高校時代に競技かるたで戦い文通を続けていた西浦など、京都の地でも様々な悩める人たちと出会い、その突き抜けた存在感で救っていく様子が描かれていて、地元TVの取材を受ける中で過去のエピソードも明らかになりましたけど、彼女のことを認め見守ってくれる周囲の存在の大きさを感じましたね。言動の端々に成瀬の確かな成長も感じられて、何より島崎とのコンビで締めくくる最後のエピソードには謎の魅力溢れるこの物語らしさがよく出ていました。
幼少期から自分の価値観を持たず、呼応とトレースを駆使し、コミュニティごとにふさわしい人格を作りあげることが特技の如月空子が、安全と楽ちんを指標に日々を生き延びるディストピア小説。空子の生きる世界にいるどこをとってもかわいい生き物ピョコルン。当初はペットに過ぎない存在だったピョコルンの変化により、世の中は様相を変え始めていく展開で、家族、友人、職場ごとに演じるキャラクターの使い分ける空子の処世術や、可愛らしいピョコルンがペットから別のものへと変貌する過程、ラロロリン人への差別といった背景にある不条理な社会規範があって、空子の空虚さと賢さが加害者・被害者の境界を曖昧にし、現実の「普通」のおぞましさを突きつけるストーリーには強烈なインパクトがありました。
性欲、出産、育児、介護など、人生の時間を食いつぶすあらゆる雑務をピョコルンに全部捨てられるようになった美しい世界を描いた下巻。人類が「リセット」を経験して混乱する最中、ラロロリン人の考えた「人間リサイクルシステム」がうまく機能し始めて社会は再生して、同級生の白藤遥とその娘・波とともに生まれ育った街に戻った空子が得た一見穏やかに見える暮らし。しかし階層化された社会で人類が欲望と責任を他者に転嫁することを何とも思わなくなったグロテスクな現実は、構図こそ変わっているものの、そこには以前と変わらない加害と被害の境界を溶かした現実の差別、偏見、適応の強制があって、これが人類のたどり着いた社会の終着点なのかと思うと言葉がありませんでした…。
喧嘩別れして高校を退学し、突然、山に施設を作った新興宗教NI求会に入会した親友を取り戻そうとする女子高生たちを描く青春スリラー小説。親友を取り戻そうとする凜音。東京から《特別》になるために来た初花。大人が《楽園》と定めた場所に閉じ込められた子供たちが、聖地で禍々しいものと対峙するストーリーで、外部との接触を断たれる中で友情や葛藤が繊細に描かていた序盤から、次第に異常なルールに染まっていく少女たちを信仰という名の洗脳に染めていく逃げ場のない救いのない展開は、恐ろしいことに少女たちを救うつもりの大人も、互いを守るつもりの少女たちも誰もが善意で動いていて、結果として誰も逃げられない悪循環、主人公たちの友情とその切ない結末には胸が締め付けられる思いでし
後天的な障害を抱える人々の支援をするNPOの施設長が殺され、殺人の容疑者とされた全盲の入所者・美波優月が殺害を否定する法廷ミステリ。深夜に施設長に呼び出されて襲われたが殺してはいないと主張する被告人。しかし状況を知れば知るほど不利な証拠しか出てこない中で、弁護依頼を受けた刑事弁護人の竜ヶ崎恭介が真相解明のために奔走するストーリーで、証人喚問に聞こえない証人や失声症の少女が出廷する中で検察側と弁護側の繊細な駆け引きが繰り広げられる中、ところところで垣間見える違和感は一体何なのか。そこから思ってもみなかった事実が明らかになって、真相へと繋がってゆく怒涛の展開には正直驚かされましたが、根深い闇が暴かれる一方で、確かな希望が感じられる結末で良かったです。
1969年、人類が月面着陸をした年に出版社に就職した辰巳牧子が、経理補助として「週刊デイジー」「別冊デイジー」編集部で働き始めるお仕事小説。漫画班・活版班・グラフ班に分かれる「週デ」と、小柳編集長の下で才能あふれる若い漫画家たちを次々にデビューさせていた「別デ」。そこに漫画を担当したいと願う女性陣、少女漫画の世界に放り込まれ戸惑う男性陣を絡めながら、編集部で働く人々の希望と挫折、喜びと苦しみを描くストーリーで、まだ無名だった20歳前後のスター作家たちが編集部でどう扱われ、どんな葛藤を抱えていたかを丁寧に描きながら、お茶くみと電話番が女性の仕事とされていた時代でも、諦めずに漫画担当への夢を燃やす女性陣たちの熱い想いはなかなか圧巻でした。
とある事情から大手デベロッパーのエリート社員から閑職に追いやられて自己都合退職し、中堅ゼネコンの契約社員となった浜地が、安全衛生管理責任者を任されるお仕事小説。積算業務だったはずが現場の未経験の仕事に戸惑う浜地の教育担当となった、度を超えた安全指導をする松本。家族に転職を隠し複雑な想いを抱えながら地道に仕事に取り組む浜地の視点から、建設現場の元請けと下請けの対立、予算と安全のジレンマなど緊張感のある現場のリアルに描かれる中、少しずつ変わっていく浜地と、バカ真面目すぎて周囲に煙たがられていた松本の本当の目的や、浜地が現場に入った意味、左遷された事情が明らかになってゆく結末は、予想とはだいぶ違うところへの着地点でしたが思いのほか悪くなかったです。
孤島を舞台とした謎解きアイドル「Queen & Alice」のオーディションで、最終審査が殺人事件へと急転するミステリ小説。最終審査に集まったのは、クイズ大会で敗れたリベンジを誓う高校生コンビの想空と七色、9年間オーディションを受け続ける真昼、元バンドマンの聖来ら、個性豊かな8人の候補者たち。クイズ愛あふれる軽妙な会話とクイズ対決で盛り上がる前半から一転、常軌を逸した悪夢のような連続事件が発生素人探偵が推理を繰り広げるストーリーはギャップが効いていて、やや登場人物が多くミステリー要素もやや薄めではありましたが、候補者たちのクイズに対する熱すぎる想いや応援したくなるような芯の強さはなかなか魅力的で、真昼と瑠璃もいいコンビだったと思いました。
自らの恋心は彼から普通の幸せを奪い去ってしまった。報われたはずの恋も、消えかかった愛も、届かなかった想いも、みな切なく胸を焦がす恋愛群像劇。結婚して子供を儲けて、親から祝福されながらささやかながら幸福な家庭を築く。おそらくそんな将来が待っていたはずのノンケの祥太と一緒になれて、このうえなく幸せなのに、不安も罪悪感も消えてくれない文也。彼の視点を中心に、祥太の元カノ、親友、家族、職場の同僚と、関係者の想いが複雑に絡み合っていくストーリーは、親のそれでも…という想いのように、もしかしたら違う選択肢もあったのかもしれないと思ってしまうのは仕方なくて、この2人ならではの痛みに明確な正解はないものの、それでも祥太が最後に見せる小さな仕草には救われる思いでした。
こだま標本箱
路地裏にひっそりとたたずむ喫茶こだまで働き始めた百絵。雇い主・賀見社の伝説収集を手伝う連作短編集。賀見社とは対照的に現実主義で、最初は見えないものは信じないと言い切っていた百絵が目の当たりにする、姉の魂を連れていった井戸の神さま、切ってはいけない呪われた木の秘密、柳の下に眠るものなど、一見すると不気味で非現実的な事件の数々。賀見社のもとに舞い込む、この世の理では解くことのできない謎は、全て自らの切ない過去に繋がっていて、それを解くたびに理屈では割り切れない人の想いが浮き彫りになっていくと共に、百絵の過去の傷が少しずつ癒されていく様子には胸を締めつけられましたが、それぞれのエピソードが最後に大きな救いへと繋がっていく構成がなかなか印象的でした。
明晰夢に悩まされる高校生・片桐ヒカルが夢の中で出会った怪物に追われる少女。翌朝、ヒカルの前に夢の少女とそっくりな転校生・紫藤みのりが現れる青春ファンタジー。原因不明の脳炎に悩まされたヒカルが密かに見続ける明晰夢と、夢の中で出会った少女とそっくりな転校生・紫藤みのり。彼女との出会いをきっかけに、オカルト研究会の明石ほたる先輩や部活仲間・竹河にサポートされながら、みのりと一緒に夢の中で永遠の眠りをもたらす怪物ゾアに立ち向かう展開で、そもそもゾアはなぜ現れるのか、原因を調べていく過程でほたる先輩やみのり、そしてヒカル自身の背景も浮き彫りにされていきましたけど、隠していた想いから逃げずに向き合いながら、一緒に乗り越えてみせたそれぞれの結末はなかなか良かったですね。
仙台の小さな老舗ホテルマン・大山茂。悪がはびこるこの世を憂い、ひとり断固として正義を貫くその独善性がもたらす悲劇を描いた1冊。自分が正しいと信じて、ホテルのため、顧客のため、部下にモーレツ指導を徹底し、世間知らずの妻にも躾を欠かさない。なじみの書店では、従業員のささいな過ちも見逃さず、相手と店のことを思い執拗に教育を施していく大山の行動。今の時代では紛れもなくモラハラ・パワハラでしかなくて、彼の行動に眉をひそめる周囲との深刻な軋轢を生み、孤立するのも必然の展開でしたが、なぜそうなってしまうのか理解できない大山が妄想が膨らませて、ついには勤めていたホテルを「悪の巣窟」と見なしていくその末路には、「正しさとは何か」を改めて考えさせられました。
Q(上・下) (小学館文庫)
コロナ禍の千葉・富津を舞台に抗えない圧倒的な〈現実〉、そして守るべき日常のなかでそれぞれの愛を貫こうとする、突如現われたカリスマをめぐる物語。清掃会社で働き、まっとうな暮らしを守ろうとしていたハチのもとに、ダンスの天賦の才を持つ弟キュウを脅す人物が現れたという血の繋がらない姉ロクからの連絡が入り、過去に傷害事件を起こし執行猶予中のハチが弟を守るため再び境界線を越える決意を固めていくストーリーで、そこには血は繋がっていなくてもどこか歪で濃密な3人の家族としての絆があって、ロクの同棲相手・本庄健幹や、曰くありげな首に刺青の謎の男の存在を絡めながら、守るべき日常と抗えない現実の狭間で、ハチがどこまで加速していくのか続きが気になる上巻でした。
コロナ禍で身動きもままならない人々がネットで出会った〈Q〉のミュージックビデオ。謎めいた魅力に心酔した人々が〈アンサーズ〉というグループを組織し始める下巻。百瀬が惚れ込み売り出したQをコロナ禍で閉塞感を感じていた人々が支え、その常識を超えた映像表現がSNSを通じて世界に拡散し、かつてない大規模ゲリラライブの企画が動き出すストーリーで、一方、清掃員に戻りまっとうさを死守しようとしたハチが殺害予告を知り、再びアウディを駆って「暗夜行路」へと疾走し、抑え込まれていた衝動が家族を守るための愛の暴走として爆発する熱い展開もあって、どれだけ世界が狂騒に染まろうとも、大切なものを守りたいというハチの葛藤と決断がもたらしたその結末はなかなか圧巻でした。
離婚弁護士 松岡紬(新潮文庫)
北鎌倉の縁切寺・東衛寺の近くに離婚専門の律事務所を構える弁護士・松岡紬。離婚相談に来た相手に家族はいろんな形があることを伝えて、最良の離婚を提案するリーガル小説。住職の娘でもある紬が、夫のモラハラと浮気に耐えられなくなり相談しに来た結果、居着いてしまった聡美を事務員に採用して、行方不明になった妻の捜索を依頼された腐れ縁の専属探偵、父・玄太郎が相談され紹介してきた元妻の友人、入籍していない同性婚の離婚協議、休職を理由に養育費減額を目論む聡美の元夫に向き合っていく展開で、可愛いけれど方向音痴で天然の彼女を慕って支えてくれる周囲の人々の視点も交えながら、やってきた依頼人に真摯に寄り添い、直面する問題を解決していく紬の頑張りを応援したくなる物語でした。
博士とマリア (ハヤカワ文庫JA)
地球温暖化が進行し大規模な海面上昇が進んだ24世紀。物好きで偏屈な博士が、助手ロボットと市井の人びとを診察していくSF小説。一部の富裕層だけが高度に管理される生活を享受できる世界で、助手のマリアⅡと古いクリニック船で海域を移動し、一ヶ月の期間限定の手術を受けたダイバー、自分の顔が気に入らず美容移植手術を切望する男、養殖真珠の殻むき作業船の船員と簡易強化サイボーグ化といった患者たちの希望に向き合い、最善の方法を模索する博士。それぞれのエピソードも印象的でしたが、そもそも彼らはなぜそんなことをしているのか。彼らに執着する元同僚・セルセの訪問をきっかけに、浮き彫りになっていく真相には驚かされましたけど、だからこそいつまでも変わらない2人の関係がかけがえのないものに思えました。
弊社は買収されました! 総務部・真柴さん最後のお仕事 (実業之日本社文庫)
額賀 澪 実業之日本社 2025年12月05日
朝テレビをつけたら、働いている会社買収されていた?大混乱に陥る社内の状況に愛社精神満点の総務部員・真柴忠臣が奮闘するお仕事小説。外資系企業に買収された老舗メーカー花森石鹸。変われないベテランの激務耐性、合理化を求める若手、葛藤するシングルマザーなど、モチベーションも立場や世代も違うゆえにどこかまとまれないままの社員たちと、やってきた謎めいた新社長や統合先の社員たちが対立してしまう構図はなかなか深刻でしたが、それでもひたむきな真柴たちの存在が潤滑油となって、危機を乗り越えるために何が必要なのかを考えて向き合い、力を合わせて少しずつでも変えていくことで、本当に大切なものが何かを見出してゆくその結末には確かな希望があったと思いました。
きみが忘れた世界のおわり (講談社文庫)
完成間近の卒業制作を教授に酷評された美大生・木田蒼介が、交通事故で亡くした幼馴染・河井明音の記憶を辿り、彼女をテーマに作品を描き直すことを決める美術小説。自らも左足が不自由になった六年前の事故以来、明音の記憶を全て失っていた蒼介。明音のことを知るために共にあった親友やかつての恩師、明音の友人や自分の母、明音の母への聞き取りを進め、情報を集める過程で蒼介の投影像として現れる幻覚・アカネを通じて、徐々に過去の記憶を蘇らせていくうちに気づく認識の齟齬。それを突き詰めていけばいくほど、明音が蒼介にとって才能が共鳴し合うかけがえのない存在だったことが浮き彫りになっていって、改めて悲しみと向き合い、それを昇華させていく結末には心揺さぶられるものがありました。
こちらはただの「落とし物係」です! 警察行政職員・音無遠子の流儀 (潮文庫)
広島県警皆実署会計課で働く音無遠子。拾得物として届けられた小さな仏像に触れてその記憶を見た彼女が、先輩の鳴上刑事の協力を得て事件を解決していく警察ミステリ。仏像に触れた瞬間、脳裏に1年前に投身自殺した友人マンションから落下する映像を見て、疑問を持っていた友人の死の真相を解き明かすべく独自に捜査を開始する遠子。事務職の「警察行政職員」で捜査権を持たない彼女が鳴上刑事を巻き込み、サイコメトリー的能力を使いながら、いなくなったペットやいわく付きの茶碗などの事件に挑むストーリーで、鳴上刑事とのコンビっぷりも味がありましたけど、遠子の思わぬ一面が明らかになったことでこれまでの構図とは全く違った意味合いが見えてきて、伏線を回収しながら加速していく終盤の展開もかなか良かったですね。
よろこびの歌 新装版 (実業之日本社文庫)
著名なヴァイオリニストの娘で音大附属高校の受験に失敗した御木元玲が音大附属高の受験に失敗し、新設女子高へ進む挫折から始まる青春音楽小説。母へのコンプレックスと喪失感に苛まれ周囲を拒む玲が、抱えている挫折感や諦観は異なるものの、鬱屈を抱えるクラスメイトたちと校内合唱コンクールをきっかけに歌を通じて絆を紡いでいくストーリーで、合唱を通して他の女の子たちのことを知ったり、また悩んでいることに気づいて、それぞれが助け合い再び前を向いて歩き出すきっかけを得ていく様子はなかなか良かったですし、序盤こそやや重めな印象でしたけど、彼女たちの素直で繊細な心情や変化が落ち着いた筆致で描かれていて、ひとつにまとまっていくその姿には確かな成長が感じられました。
マリエ (文春文庫)
夫に恋愛がしたいと切り出され、7年半の結婚生活に終止符を打った桐原まりえ。若い頃のように無邪気に恋愛に飛び込んでいけない大人の女の幸せをめぐる物語。理由には未だに納得がいかないものの、離婚届を提出する朝、寂しさよりも手放して一人になる清々しさを感じたまりえ。ひょんなことで懐いてきた由井君、何となく始めてみた婚活で見聞きした思いもよらない世界、そして掴みどころのない元夫。離婚した自分が再び誰かと一緒に歩むことはあるのか、条件や理屈だけではどうにもならない何かを感じましたけど、心地よく過ごせる関係でも、考え方や経験してきたことによる違いは当然あるわけで、それでも続けられるかどうかは、お互いに価値観をすり合わせできるかどうかなんですよね…。巻末に収録されている金原ひとみさんとの対談「私たちの離婚」も注目です。
山ぎは少し明かりて (小学館文庫)
佳代たち姉妹を見守ってきた瑞ノ瀬村に持ち上がったダム建設計画。佳代・雅枝・都と三世代の湖の底に沈んだ瑞ノ瀬に対するそれぞれの想いが紡がれてゆく物語。海外留学先のイタリアで適応障害になってしまい、1ヶ月と少しで実家に帰ってきてしまった孫の都。定年退職まで営業部で忙しく働いた佳代の娘・雅枝、そして夫の孝光とともに懸命にダム建設計画の反対運動に励む佳代。時代を遡っていく形で描かれる三代の物語は、そもそも前提が違ううこともおあって思い入れも異なっていて、最初は物語に込められた意図があまり見えてこなかった印象でしたけど、丁寧に紡がれてゆくそれぞれの物語を読み進めるうちに、積み重なっていったそれがだんだん浮かび上がってくる巧みな構成には唸らされました。
回樹 (ハヤカワ文庫JA)
真実の愛を証明できる「回樹」を巡るありふれた愛の顛末。表題作ほか環境が激変する中で、誰でも少しは思い当たる感情への想いを描いたSF短編集。骨の表面に文字を刻む技術「骨刻」がもたらした特別な想い。傑作が生まれなくなった映画を巡る魂と消されてゆく名作たち。人間の死体が腐らない世界で、妻の死体の行方を探る男。奴隷制度下のニューヨークの白人と黒人と宇宙人の融和。冒頭の短編に登場した回樹に愛を託した人々が催している年に一度の回祭。極端に変化した環境で人はどのように考え行動するのか、丁寧に描かれてゆく人間の不完全さや言葉にできない感情が浮き彫りになっていて、多く人が仕方ないと受け止める中、それでも抗い不器用な愛に生きる人たちの姿がとても印象的でした。
眠れない夜にみる夢は (創元文芸文庫)
様々な登場人物たちが織り成す、一言では言い表せないような繊細な状況に陥ってしまった、6つの人間模様を描いた夜のメランコリックな短編集。同棲相手が出ていった男のもとに転がり込む親友の妻と娘、同じ日の夜に出会い恋に落ちた3人の奇妙な関係、浮気されて不倫が無理になった親友のために不倫関係を精算する女、男運の悪い双子の姉にバツイチ上司を紹介する弟、後輩の元カレに思わぬ提案をする女といった、不器用ゆえにままならない日々を送る登場人物たちは、それでもかけがえのない相手を大切に思う気持ちが確かにあって、そんな彼らの優しさに気づいてくれる人がきちんといるそれぞれの結末にはじんわりと来るものがありました。文庫で新たに収録されたボーナス・トラック短編も良かったですね。
後宮書堂の転生司書 本好きの姫は偽りを紐解く (角川文庫)
朝田小夏/雲屋 ゆきお KADOKAWA 2025年10月24日頃
仕事でもプライベートでも好きな本に囲まれながら、おひとり様生活を満喫する図書館司書の瀬名愛が、交通事故に巻き込まれ中華風の世界に転生するファンタジー。異国の柩の中で目覚め、流行り病で死んだ冬梨に転生したと気づいた愛が、冬梨として後宮にいる賢妃のもとに赴き、書庫の管理の仕事が与えられるストーリーで、しかし直後に書庫の中で殺人事件が起こり、冬梨は否応なく巻き込まれ一緒に事件に挑むことになった、冷酷無慈悲だと恐れられる第二皇子の李佑。過去を知らない彼女と李佑の間にかつて何があったのか、そして長安の街並みや後宮の描写もなかなか良かったですし、事件の裏に秘められた背景を一緒に解き明かしてみせた2人がこれからどうなるのか、そのあたりも続巻に期待したいですね。
氷帝と猫かぶり后の寵愛契約 竜鱗宮入れ替わり譚 (角川文庫)
水守 糸子/壱子みるく亭 KADOKAWA 2025年12月25日頃
玉の輿狙いの猫被り姫・瑠璃が、后を生涯深く愛すると言われる竜珠国の皇帝・星火の后に選ばれ、愛のない初夜を送った2人の身体が入れ替わってしまう中華風とりかえばやファンタジー。皇帝を籠絡して寵愛を得ようと目論む璃璃に、后との恋は御免だと告げてきた星火。すれ違った結果、竜神の呪いで互いの体が入れ替わってしまい、昼はお互い皇帝業・后業をこなし、夜は呪いを解くために一刻も早く相手を自分に惚れさせようと奮闘する2人が、星火を快く思わない勢力による陰謀に巻き込まれていく展開で、入れ替わったことでお互いに意外な一面を知り、激動の展開で危機を乗り越えるために協力していく中で絆が育まれていっても、どこか相変わらずな2人がなかなか微笑ましくて良かったですね。
お夜食処おやさいどき 癒やしと出逢いのロールキャベツ (角川文庫)
森原 すみれ KADOKAWA 2025年10月24日頃
東京から支社が立ち上げられた札幌市への転勤直後で、慣れない環境に疲労を重ねていた榊木望が、ある夜『お夜食処おやさいどき』と出逢うおいしい小説。柔らかな人柄と溢れるほどの野菜愛を語る、女店主・花岡沙都の人柄に魅せられて、夜に開いているお店に人々が自然にそこへ足を運び、互いに交流しながら、常連たちの心と身体を癒やすかけがえのない居場所になっていて、沙都の想いが込められたロールキャベツやニンジンのグラッセ、カボチャと野菜の煮物といった季節の野菜料理とともに織りなすエピソードは、何より読んでいて美味しそうな料理をつい食べたくなりましたし、不器用な恋や友情、日常の小さな絆が野菜を通じて繋がっていく過程もまたじんわりと胸に染みるものがありました。
普通に青い東京の空を見上げた (角川文庫)
早見 和真 KADOKAWA 2025年10月24日頃
二流大学の三流学部を卒業し、予期せず一流企業に入社を果たした主人公を中心に社会で足掻く大人たちを描した群像劇。一流企業に入社して安泰と思いきや激務に追われ、心身ともに疲弊していく主人公。しかし逃げたい気持ちを抱えながらも、恋人の妊娠をきっかけに退職を思いとどまるストーリーで、現代社会で生きる若者が直面する「逃げるか、踏みとどまるか」という切実な選択をテーマに、同僚や上司たちも絡めた群像劇としてそれぞれの悩みや葛藤も描きながら、孤独に見えた彼らにも同じ時代を生きる仲間がいて、社会の中であがく中で登場人物たちの人生が交差して、その先に生きていく希望を感じさせる前向きな結末には、自分が人生を主体的にどう選ぶのかを改めて考えさせられました。
君を狂気と呼ぶのなら(新潮文庫nex)
新興宗教の訪問勧誘で瞬く間に崩壊した平凡な4人家族。それでも神に祈り続けた少女にさらなる惨劇が待ち受ける、カルトと狂気に踏み込んだ戦慄のサスペンス。母が巧みな勧誘を受けてハマってしまい、狂っていく母を見捨てられなかった切江。家庭環境が崩壊していく悲惨な状況で知り合った同級生・十条との淡い恋心。しかしそれが教義に反したとして罰を受けたことから、急転して全てを失ってしまった絶望の果てに、ジャンヌ・ダルクのように本当の神の声を聞いた切江が覚悟を決めていくストーリーで、全てを精算するための壮絶な展開には言葉もなかったですが、そうすることしかできなかった不器用な彼女に粘り強く向き合い続けて、ありのままを受け止めてくれた人がいたことには救われる思いでした。
芙蓉城の検屍官 (ポプラ文庫ピュアフル)
唐の時代、齢二十で科挙を突破して芙蓉城と呼ばれる成都に検屍官として赴任した李黎明。使命に燃える黎明が不審死の謎を解き明かす中華検屍バディミステリ。純粋で頑なな正義感ゆえに指導係からも邪険にされ周囲と衝突しながらも、全身の穴から血が噴き出た富豪の商人が不審死に直面し、疑われた異民族出身の寡黙な傭兵・葦幹とともに事件解決に挑む黎明。遊郭女主人、若く健康な娘、告白寸前の胥吏と次々と死者が出る事件では複雑な人間関係が浮き彫りになっていきましたけど、黎明にも確かな成長が感じられて、2人の苦い過去も明らかになっていく中、見た目とは裏腹に繊細で義理堅い性格で、最初は打算で近づいたはずが、いつの間にか黎明に救われ絆されてゆく葦幹との関係もなかなか印象的でした。
『余命』n年 (メディアワークス文庫)
心にある傷を抱え、海の上に建てられた高校に編入した少女・泊有明。編入初日に校舎から海に飛び込む神秘的な雰囲気をまとう少年瀬戸ハルキと鮮烈な出会いを果たす別れと再生の物語。学校唯一の美術部員で、描く絵が全世界から注目されるハルキから絵のモデルを依頼され、共に過ごすうちに距離を縮めていく2人。しかし学園祭の準備も始まる中で、時折ハルキがどこか危うい雰囲気を漂わせる理由が浮き彫りになっていって、お互いが抱える絶望を知らないがゆえに、ずすれ違ってしまう展開にはやるせなくなりましたけど、それでも事情を知って有明のために約束を果たす覚悟を決めたハルキと、彼を描いた絵を見た有明の切なる願いによってもたらされたその結末が、何とも印象的で感慨深いものになっていました。
争族なんて聞いてない! 新米税理士、初仕事は女たちの戦場で (集英社オレンジ文庫)
ひずき 優/内藤 克/加藤木 麻莉 集英社 2025年12月18日頃
ようやく試験に受かった辻本陽菜の新米税理士としての初出勤日。所長の藤村が急に倒れ、代わりに相続を担当することになってしまうお仕事小説。ベテランの税理士も引退し、所長が突然入院したことで動揺を隠せない陽菜が直面する、山中で遭難して行方不明となっている建設会社社長の失踪宣言と財産相続の相談。様々な思惑を秘める遺族に押される陽菜を救った、エリート税理士の幽霊・飯田の存在。彼の助けを借りながら相続手続きを進めるものの、ふたつの遺言書が見つかったり、愛人が現れたり、借金の連帯保証が発覚したり、経営していた会社のお家騒動が判明したりと、トラブル続きで最後までなかなか激動の展開でしたけど、その中で成長していった陽菜が迎える意外な結末もなかなか良かったです。
後宮真誌怪 あやかし好事家の空白異変 (集英社オレンジ文庫)
香綺国と紅沙族を繋ぐ特使として皇帝直属の捜衛局で働き始めたあやかし好きの瞳春。イケメンだけどあやかしを馬鹿にする狼藍とコンビで後宮の捜査に当たる中華あやかし後宮譚。紅沙族に返還する宝物の確認のため後宮を訪れた瞳春が遭遇する、恋する女官を孕ませた掛け軸に描かれた絵。幼い皇族を狙う姑獲鳥の襲撃や、化け物に罪を問われて殺された前皇帝の元昭儀といった事件の解決に狼藍と共に挑むストーリーで、あやかしに目を輝かせる瞳春と信じない狼藍は何だかんだでいいコンビで、2人が事件の背後にある嫉妬と陰謀、長年にわたる殺意を明らかにしていく中で、後宮でなぜ狼藍が忌避されていた理由も浮き彫りになっていって、相棒の危機を救うために奔走したその結末はなかなか良かったですね。

