7月の読了冊数は読書メーターによると最終的に142冊でした。
読んだ本142冊
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こちらでは7月に読んだ文芸単行本の新作9点、一般文庫の新作18点、ライト文芸の新作5点の計32点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。ライトノベル編はこちら↓
※紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
横浜で三大続いた宝石商の嫡男・大江頼任と、彫金を家業とする職人の娘・黒江彩。思いがけない彼女の言葉が頼任を心地よく変えていくお仕事ラブコメ。周囲の環境から何となくお見合いで結婚すると思っていて、女性との付き合いもおざなりだった頼任の価値観を仕事でもプライベートでも根底から覆してぶち壊していく彩との鮮烈な出会い。仕事でも斬新なアイデアやセンスを提案して頼任を驚かせ、周囲にもその力量や存在を認められていく一方で、人の関係は果たして進展しているのかいないのか、掴みどころのない彩の反応になかなかもどかしい展開でしたけど、最悪の別れ方をした頼任の元カノも絡めながら、最終的に迎える2人らしさがよく出ていたその結末はなかなか良かったですね。
【第19回小説現代長編新人賞受賞作】
納棺師、遺品整理士、生花装飾技能士といった葬儀関係のプロ集団、株式会社C・F・C。毎日のように遺体が運ばれてくる二課で働く5人の納棺師たちを描いたグリーフ・ストーリー。入学式を明日に控え線路に正座していた少年、ゴミ屋敷で餓死した男性、幼い我が子を残して事故に遭った母親、飛び降りる瞬間を動画配信していた少女など、二課の納棺師たちがその手で失われた生前の面影を何とか復元しようとする姿を描いていくストーリーで、その過酷な仕事ぶりを描きながら、一方で大切な人が突然この世を去ったことを消化しきれない、遺された人々の様々な想いに真摯に寄り添いながら、納棺師たち自身もまた周囲に刺激を受けて、それぞれが抱える複雑な背景に向き合い、前に進もうとする姿が印象的でした。
恋人と、友人と、家族と、誰かとでないと経験できない旅がある。ふたりでも旅は楽しいことに気付かされるシリーズ番外編。年始、旅を通して恋人になった蓮斗と鎌倉に出かけたり、蓮斗の単身赴任先の福岡を訪問して普段使いの店を紹介してもらったり、秋田の叔母さんが盛岡への旅先で直面したトラブルと憧れの人との出来事、そして父の還暦祝いを兼ね家族で四万温泉へ向かう梶倉家。蓮斗が恋人になって2人旅がメインの新シリーズが始まるのかと思いましたが、恋人になった2人がどのような関係になっていったのか、叔母さんのほんのり甘いエピソードだったり、梶原家の楽しい家族旅も描かれて、それぞれの旅の良さを感じさせてくれる番外編になっていました。
スカイツリーの見える東京・下町を舞台に繰り広げられる、若き刑事・松川律の2年の月日を描いた心温まる人生の物語。元カノのストーカー被害の相談に乗ったり、ラーメン店を経営する姉一家や友人たちとの交流、同期刑事とのやりとりなどを織り交ぜながら、再会した高校時代の先輩でシングルマザーの竹本澄音と5歳の娘・海音との距離が縮まっていく律。必然的に結婚を真剣に考えたところで警察の身辺調査に直面して、澄音から自分の父親には前科があると告げられてからの展開とその結末は何とも切なかったですけど、警官になった過程から最後の覚悟を決めるところまで、ひとつひとつのエピソードに真摯に向き合う彼らしさがよく出ていました。
鳴神冴良が営むお弁当店「ききみみ堂」にある特別な「しふく弁当」が。依頼主の事情や想いを仕立てた心を届けるお弁当が心を癒やしていく連作短編集。双子の育児に疲弊しながら育休明けの不安を抱える主婦、大学デビューに失敗した孤独を深める大学生、大好きな人と一緒に大切な日を過ごしたい保育士、同居生活の中で彼と価値観の違いを痛感する女性、亀裂の入った親子関係など、特別な依頼を受けて真摯に向き合う冴良が置かれている状況や依頼者の想いを聞いて、それを汲み取りながら作り上げていく心をほぐす優しくて美味しそうなお弁当が、食べた人たちの心に染み渡って、新たな希望をもたらしていくそれぞれの結末がとても良かったですね。
30代で未亡人となり花屋でパート勤務をしている彩香。夫をガンで亡くし喪失感を抱え全てを諦めて暮らしていた彼女が、ある日、自分が失ってきたものの大きさに気づく物語。20歳以上年の離れた数学教師だった夫との運命を感じていた出会いと、若くして生んだ大学生として北海道に住む娘。そんな境遇で彼女が焦燥感にも近い熱い衝動から、偶然出逢った男性と雑な大人の恋愛をしてしまい、しかしほどよい距離感だったはずの彼との関係が徐々にほころび始めていく展開で、悪くない関係かなと思いながら読んでいましたけど、それでもお互いへの信頼関係がなければ続かないし、許せない、納得いかないことは後々まで尾を引きますからね。彼女の決断も仕方ないのかなと思ってしまいました。
作家・夢見里龍がネットで収集した小説投稿サイトの「奇妙な構造をした家の体験談」を小説の形に書きおこしてゆくモキュメンタリーホラー小説。小説投稿サイトに投稿されていた、排水口が全ての部屋にある家に住む主婦のエッセイを発端に、ネットで見た様々な奇妙な家を「ひらく家」と名づけて、親交の深かった読者ヤモリさんと一緒に考察を語らうようになっていく展開で、ひとつひとつのエピソードも何とも不気味な家の造りだったり、歪なりに機能していた家族が壊れていく様子にはじわじわと来るものがありましたが、間に挟まれている編集とのやり取りだったり、いつの間にか当事者として巻き込まれていく恐ろしさも効いていました。
人のオーラが「視える」からこそスピリチュアルを信じない平凡なパート主婦の祝子。そんな彼女に平凡な人生から逸脱するきっかけとなる出逢いが訪れる物語。繁華街で祝子の能力を見抜いた占い師に、職場でいんちきは分かってしまう祝子にもオーラを視ることができない理学療法士との出会い。夫との破綻している夢も希望もない結婚生活の中で起きた、提案された新しいキャリアへの道、そして理学療法士とのあいだに徐々に育まれていく絆があって、一方で視えてしまうがゆえに霊感商法、陰謀論、カルトな新興宗教、神秘体験といったスピリチュアルな事件に巻き込まれ、意外な真相も明らかになる展開はなかなか面白かったですし、最終的に新しい生き方を選ぶ祝子の姿もまた印象的でした。
歌はそこに遺された
生成AIの楽曲が隆盛の時代。新進女性シンガー荒井海鈴の死をきっかけに、彼女の遺作『人魚』が、死をきっかけに大ヒットしていく近未来法廷ミステリ。この時代で生身の人間が作った曲にしては異例なヒット。「あれを作ったのは、AI」と嘯く、海鈴殺害の容疑者・備藤龍彦の言動に違和感を覚え、独自調査の一環で彼女が所属していた事務所を訪ねる東京地検公判検事の堂崎千也。AIで証拠すらも偽造されてしまう時代に何を信じればいいのか、調べていく過程で関係者たちの背景や、それぞれが抱えてきた複雑な想いも浮き彫りになっていって、その中から見出した真相を踏まえてどう決着をつけるのか、葛藤の末にもたらされたその結末が切なくも印象的な物語でした。
汝、星のごとく (講談社文庫)
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた2人が惹かれ合い、すれ違い、そして成長してゆく物語。夫に逃げられた母を放っておけない暁海と、漫画家になる夢を持ちながら、自由奔放な母の恋愛に振り回されてきた櫂。急速に惹かれ合ってゆく2人が、、けれどままならない状況に陥ってしまい、不器用すぎて少しずつすれ違う展開にはもどかしくなりましたけど、彼らを見守り続けて寄り添ってくれた北原先生の存在も大きくて、いつまでもずっと心に残り続けた鮮烈な想いに殉じるその一途な姿は、傍から見たら歪に見えても、たとえ他の人に何と言われようとも、かけがえのないとても美しいものに思えました。
文庫版 近畿地方のある場所について (角川文庫)
オカルト雑誌の副編集長・小澤雄也が雑誌の特集記事のために漁っていた記事から、近畿地方のある場所で起きた怪異の共通点を見出していくオカルト小説。記事を書くために調べていくうちに淡々と繰り返し綴られてゆく「山へ誘うもの」「謎の絵を広めるもの」「魂を喰らうもの」といった怪奇現象が、世代を超えて起きていて、いずれも近畿地方のある山中付近に点在していることに気づいていく展開で、単行版とは登場人物が変更されていたり、キャラの描写とだいぶ解像度が上がった感があって、だいぶ物語全体として読みやすくなるように構成が変更されていた印象ですね。怖いだけでなくミステリー要素も絡めた悲しい物語としてまた違った読み味がありました。
プロトコル・オブ・ヒューマニティ (ハヤカワ文庫JA)
不慮の事故で右足を失い、AI制御の義足を身につけることになったダンサーの護堂恒明。彼が人とロボットのダンスを分ける人間性を表現しようと何とか試みる近未来小説。身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンサーだった恒明の突然の暗転。絶望の中で義足に希望を見出して、自らの肉体を掘り下げてダンスとは何か、という本質を突き詰めてゆく恒明。一方で認知症が急速に進んでしまい、自己を制御できなくなっていく伝説の舞踏家だった父の変わり果てた姿と向き合う日々にはなかなか来るものがあって、テクノロジーの進化や可能性と同時に、その限界もまた突きつけられるなかなか壮絶な展開でしたけど、ダンスを通じて人間性を問う彼ららしい結末がまた印象に残る物語でした。
君といた日の続き (新潮文庫)
娘を亡くして妻ともすれ違い、離婚してリモートワークを言い訳に自宅に引きこもっていた譲。そんな彼がある日ずぶ濡れの女の子「ちぃ子」を拾うひと夏の物語。1980年代からタイムスリップしてきた彼女とのギャップに戸惑いながら、少しずつ繋がる幼き日の苦い記憶。ちぃ子と共に過ごすことで癒やされることを実感するからこそ、考えずにはいられない彼女はなぜ現れたのか、はたして元の時代に戻れるのか、そして封印された記憶に隠されていた真相。どうなることかと思われたその生活の末に気づいた、今に繋がる思い違いが判明して、譲がこれまで見えていたものの意味も大きく変わっていく中、もう一度前を向いて歩み始めるその結末には確かな希望が感じられました。
霧と虹とサイダーの氷 (創元推理文庫)
不安と期待が入り交じる秋湊高校新入生初登校の日。謎解きゲームと友だちづくり、ふたつの難問に向き合う生徒たちの姿を描く学園ミステリ。一年一組全員の机の中に入れられていた、小さなカード三枚と何者かからの挑発的なメッセージ。自分は新たな居場所を作れるのか、そんな不安を抱えるクラスの面々が、鈴堂と廻立を中心にみんなで謎解きを進めていく中で仲良くなっていく展開でしたが、提示される暗号中心の問題はやや難易度高めで、正直探偵役として存在感があった鈴堂がいなかったらちょっと厳しかったかも…とは感じましたが、それでもその謎解きに取り組む過程で育まれていった友情と、最後の微笑ましいオチまで含めてとても優しくて素敵な物語でした。
青く滲んだ月の行方 (講談社文庫)
なりたい自分と現実のギャップにもがく大人未満の4人。ゆるく繋がる若者たちの真実を描いた5つの連作短編集。恋人の咲良に別れを告げられても感情が動かないことに動揺する隼人、友達の俊也が人生を狂わせた女と未だに繋がりがあることに苛立つ大地、喫煙所で出会った綾香と一緒に海沿いの故郷へ帰省する留年3回目の和弘、クラスメイトのAが自殺して自らの無自覚な残酷さに気づいてしまい思い悩むB。就職して2年半後に学園祭に顔を出して、大学時代の悩みや葛藤が過去のものと気づいた隼人と大地の失踪があって、周囲と比べたり、何者にもなれない自分を自覚して、それぞれのやり方で向き合うようになっていく姿が印象的でした。
茜さす日に嘘を隠して (講談社文庫)
誰かに言えるわけがない何ともあやふやで危うい関係。誰かに理解してほしい葛藤をひとりで抱える女性を描く、ゆるく繋がる5つの連作短編集。就活が上手くいかずSNSで恋人の浮気場面らしき写真を偶然見つけてしまう皐月。寂しさを埋めるために人と会いたくなる愛衣。自分の経験を切り売りして曲を作るシンガーソングライターのふみ。大切な友達に言えない秘密を抱えながら過ごす智子。そしてサークル仲間から卒業旅行の誘いの連絡。もう一つの物語とリンクさせながら描かれる舞台裏では、実は全然違うことを考えていたことも判明しましたけど、彼女たちが誰にも言えずに抱えていた複雑な思いにもきちんと救いがあって良かったです。
彼女はひとり闇の中 (光文社文庫)
十月の日曜の朝、家の近くの小道であった女性の刺殺事件。その被害者が幼馴染だったことを知った横浜・日吉に住む女子大生・守矢千弦がその真相を探ろうと決意するミステリ。相談したいことがあるとのみ送ってきていた幼馴染のLINE。調べていく過程で玲奈のことに対して気になる反応を見せる准教授の葛葉、周囲に聞き込みをする千弦を気にかける同級生・相模、そして明らかになってゆく玲奈が抱えていた事情。どうして玲奈は殺されたのか、そしてなぜ真相を知ることにそこまでこだわるのかとも感じた千弦の調査でしたが、そこから浮き彫りにされてゆく登場人物たちの印象や構図をガラリと変える真相、そしてタイトルが示す本当の意味が繋がるその結末にはやられたと思いました(苦笑)
モノクロの夏に帰る (光文社文庫)
戦時中のモノクロ写真をカラーにした写真集が刊行され、祖父母ですら戦争を知らない20代書店員がそれを店頭に並べたことをきっかけに、やがて少しずつ世界が変わり始める連作短編集。写真集を推すセクシャルマイノリティの書店員が抱えている同居人や実家への想い、前向きに保健室登校する女子中学生、家族に引け目を感じているワーカホリックのテレビマン、アメリカから来た少年と福島で生まれ育った高校生の邂逅。同じものを見ていても、その生まれ育った環境や立ち位置が違えば必然的にそこから感じるもの、いろいろなものの見方や考え方があるのは当然で、それぞれが気づいていったことに目をそらさずにしっかりと向き合って、導き出していったその答えはとてもかけがえのないものに思えました。
エヴァーグリーン・ゲーム (ポプラ文庫)
世界有数の頭脳スポーツであるチェスと出会い、その面白さに魅入られた4人の若者たちが、己の全てを賭けてチェスプレイヤー日本一を決めるチェスワングランプリに挑む青春小説。難病で学校にも行けず入院生活を送っていた小学生の透。実力者でもマイナー競技ゆえに、プロを目指すかどうか悩む高校生の晴紀。強要されていたピアノを辞めて、盲学校の保健室の先生に偶然勧められたチェスにハマってしまう全盲の少女・冴理。そして少年院を出て単身アメリカへ渡る天涯孤独の釣崎。生まれも育ちも異なる各々の状況や、彼らとチェスの出会いを描いたエピソードが丁寧に描かれていて、チェスに魅入られた彼らがそれぞれ目指すもののために繰り広げていく負けられない熱い戦いとのその結末がなかなか良かったです。
フィールダー (集英社文庫)
総合出版社で社会派オピニオン小冊子を編集する橘泰介。担当する児童福祉の専門家である黒岩文子について、同期の週刊誌記者から不穏な報せを受ける物語。メディアへの露出も多い黒岩がある女児を「触った」らしいとの情報と本人からの告白。消息不明となった彼女の捜索に奔走する橘を唯一癒してくれるオンラインゲームの仲間たち。児童虐待、小児性愛、ルッキズム、ソシャゲ中毒、ネット炎上、希死念慮、社内派閥抗争、猫を愛するということなど、現代における様々な問題が噴出して、それぞれの正義に従い勝手に動く周囲の人々に振り回されながら、当事者として奔走する主人公は幾度もどうにもならないことを突きつけられる、そんなカオスなストーリーの読後感は圧巻でした。
魔都の婦人記者 (集英社文庫)
繁栄と退廃、侵略とテロ、富と貧困―全てを内包する「魔都」1930年代の上海を舞台に、スキャンダルを背負い死んだ父の汚名を漱ぐため、身一つで上海に降り立った女性記者・高峰虹子が奮闘するノワールサスペンス。到着早々全ての荷物を掏られ途方に暮れていた虹子が出会った、大衆誌「上海モダン」を発行する作家・佐木と記者の不破。佐木に頼み込んで記者として働き始めた虹子が街を賑わす様々な事件に触れ、抗日組織や中国の結社、上海の派遣憲兵隊といった存在も絡めながら父の事件の真相を追う展開は、伏線を回収していくミステリ要素だけでなく、当時の上海の時代背景やこの時代を生きる登場人物たちのそれぞれの生き様が描かれていて、そんな中でもたくましく未来を切り開いていこうとする虹子の姿はなかなか読み応えがありました。
なりすまし (ハルキ文庫)
ある朝、夫婦でブックカフェを経営する和泉浩次郎は妻エリカが店内で惨殺されているのを発見し、そこから思わぬ事態に繋がっていく社会派小説。捜査の過程で妻が戸籍を偽っていたことが判明して激しく動揺する和泉。そんな彼を嘲笑うかのように娘の杏奈もまた殺されてしまう展開で、連続する悲劇に打ちのめされる彼自身もまた事情があって戸籍を偽るなりすましという秘密を抱える上に、登場人物たちもまたなかなか濃いキャラばかりでしたが、警察にも知られないよう真相にたどり着くために、わずかな情報を頼みに奔走する主人公を待ち受ける運命はあまりにも壮絶だったものの、テンポよく進むストーリーは読みやすく、紆余曲折の末にたどり着いたその結末には救われる思いでした。
すきだらけのビストロ (ポプラ文庫)
小さなサーカステントにキッチンカーで、素敵な芸術とおいしい料理を提供する幻のビストロ「つくし」。弱った人たちの心と体を満たしてくれる連作短編集。恩人の翁を探している猫を思わせるギャルソンとシロクマのようなコックのコンビが美味しそうな食事と共に迎える、コストの兼ね合いで衝突したジュエリーデザイナー、恋人にプロポーズする勇気を持てない男性、妻がそっけなくなった理由を聞けない夫たち。移動するごとにピアノが聴こえる野外劇場や絵画が並ぶマルシェ、映画が上映される砂浜といった新たなアートも絡めながらの夢のようなひと時が、弱った心と体をふっくらと満たして新しい気付きへと繋がってゆくとても優しくて素敵な物語になっていました。
名古屋お疲れメシ通信 (双葉文庫)
名古屋の中京新聞社生活部に配属された新人記者・仁木千春。元料理人の彼が「県外の人から見た名古屋メシ」コラム執筆を任されるグルメ×お仕事奮闘記。小倉トーストやあんかけスパ、ひつまぶしといった名古屋らしい唯一無二の食文化に魅了されながら、一方で限られた文字数でいかにその魅力を伝えるか、伝わるような写真をいかに撮るか、取材相手との駆け引きなど様々な取材の難しさに直面する仁木。彼が上司や先輩たちにフォローされながら、彼の持ち味でもある元料理人ならではの視点を活かして、食への情熱を武器に成長していく前向きな姿勢はなかなか良かったですし、何より読んでいくうちに美味しそうな名古屋メシが食べたくなりました(苦笑)
東大に名探偵はいない (角川文庫)
市川 憂人/伊与原 新/新川 帆立/辻堂 ゆめ/結城 真一郎/浅野 皓生 KADOKAWA 2025年07月25日頃
東大出身作家・市川憂人、伊与原新、新川帆立、辻堂ゆめ、結城真一郎、浅野皓生の各氏による東大ミステリアンソロジー。従姉の痕跡を探すために加入した文芸サークル、地震研に突然届いた地震発生を的中させる1枚のはがき、ミステリ作家・帆立が親友と挑む農学部で起きた盗難事件、熱烈な恋を一瞬にして冷めさせた片面の意味、美しく完璧な妻が提示した新居の条件、卒業生の医師を取材した学生メディアに届いた告発状。新川帆立さんの話の強烈なインパクトには苦笑いでしたけど、憧れ、嫉妬、期待、失望といったあらゆる感情が渦巻く東大という場所や、東大生ならではの苦悩や東大あるあるなども描かれていてなかなか興味深かったです。
踊れ、かっぽれ (祥伝社文庫)
静岡の風物詩〈港かっぽれ〉を踊るために集まった期間限定の地域連携部活動かっぽれ部。その踊りに夏を捧げた高校生たちの姿を描く青春小説。田舎では浮いてしまうハーフやその友人、叔父の家に逃げていたり、図書館の利用許可証が目当て、怪我で普通に歩けなくなった少女など、顧問に不格好なダンスを見せつけられて、やる気もなく学校も違う10人の高校生たちが、フォローしてくれた大学生サークルの存在もあって「かっこよく」を目標に少しずつ変わっていく展開で、隠していた苦い過去があったり、素直になれなかったり、それぞれが様々な葛藤やすれ違いに直面しながらも、それを乗り越えて一丸となってやりきったその姿はなかなか良かったですね。
銀の翼が羽ばたくとき (集英社文庫)
聖なる天樹が支えるラノート以外は滅びた世界。困難を乗り越えて魔術により天樹を守護する大祭司候補となった青年アスカが、何者かに襲撃されてしまう冒険ファンタジー。かつて選定の儀に受からず一度は宮殿から放り出された経験を持つアスカ。そんな彼も思わぬ形で世界がひっくり返ってしまい、壁の外に放り出されて、先住民族ユーリィのヨキと鍛冶師と出会う展開で、そこからノート人に棲家を奪われて300年、不当に搾取されてきた歴史が浮き彫りになってゆく中、旅に出た3人がそれぞれ抱える呪いがストーリーの鍵を握っていて、運命に抗って絶望にまみれた「最後の楽園」の正体に向き合ったその決着と、そこからの未来への新たな可能性を感じさせてくれた重厚な王道ファンタジーの結末はなかなか印象的でした。
神様の御用人 見習い (メディアワークス文庫)
御用人を代々輩出する神社に生まれた桐堂院桜士朗。幼い頃から御用人になりたいと望んでいた彼が、見習いとして神様のお手伝いをするファンタジー。未だに任命されず焦燥感を抱いていた桜士朗が、17歳の誕生日に直談判した結果、大国主神から『御用人見習い』として神様のお手伝いする提案を受けて、家庭狼生活を満喫していた保護者枠の白狼・青藍と一緒に迷い猫探しや、長すぎる名前を改名したいという願い、今までにない斬新な漬物を作りたい、新しいコミュニティを作りたいと言った神様たちの願いに奔走する展開で、まだ若いこともあってか桜士朗と青藍のコンビは、良彦と黄金とはまた違ったどこか見守りたくなる感じもあって、今後の展開が楽しみになりました。
記憶の鍵盤 (新潮文庫nex)
ピアノの音を失い、弟の才能に影を落としながらも懸命に生きる高校三年生の茂住歩人。彼が未来の記憶を持つという不思議な少女・沙莉と出会う青春小説。心因性でピアノの音だけが聞こえなくなってしまい、自らの未来を見いだせないまま弟のために全てを費やす歩人。彼を気に掛ける空手少女・絵莉との何とも曖昧な関係と、文化祭で歩人の前に現れた未来が視えるという絵莉の幼馴染の少女・沙里。負傷を押して奮闘する絵莉の複雑な想いが目を引きましたが、それぞれに抱えるものがあって、それを掘り下げていくことで物語が動いていく中、明らかにされる違和感の真相から至る結末には何とも切なかったものおの、タイトルを回収してゆく終盤の展開はなかなか秀逸でした。
落ちこぼれ魔法少女の恋愛下剋上 (新潮文庫nex)
魔法学校に首席で入学しながら我流のやり方を認められずに実力を発揮できなくなり、ついに落ちこぼれの最底辺クラスまで落ちてしまったティムル。彼女がそこで孤高の天才少年ドラッギィと出会う恋愛ファンタジー。放り込まれたら退学する学生も多いゴミ捨て場とも呼ばれるクラスで出会った、特進科所属の稀代の超天才首席ドラッギィ。彼に憎まれ口を叩いたらなぜか溺愛されて、あまりにも近すぎる距離感に戸惑うものの、しかし彼には両親が決めた婚約者がいる現状に納得がいかず絶交を宣言するティムル。彼女の覚悟も空回りする一方で、ドラッギィの背景も明らかになっていきましたけど、すれ違ったことでようやく自覚していく大切な思いがあって、遅まきながら向き合った2人が迎える優しくて微笑ましい結末がとても素敵な物語でした。
レゾンデートルの祈り (メディアワークス文庫)
安楽死が合法化された未来の日本。人名幇助者〈アシスター〉となった新人の遠野眞白が、死に救いを求める安楽死希望者と出会い、向き合っていく連作短編集。安楽死を希望する者はアシスターとの最低十回の面談が義務付けられる中で、兄のように自ら死を選ぶ人が減ってほしいと思い、アシスターとなった眞白。大切な人々と離れ離れになって生きる理由を見失ったものの、眞白の温かなサポートを受けていく中で、再び生きる理由を見出していく人々がいる一方で、自分と死への価値観が全く異なる人と出会い、彼らのやりたいことを応援したり提案してみたり、寄り添って一緒に希望を見出したりと、彼女自身もまた安楽死希望者たちと向き合っていく中で成長していく姿がなかなか印象的でした。
後宮の悪妃と呼ばれた女 (ポプラ文庫ピュアフル)
簫蘭の帝都・簫京に輿入れしてきた砂漠の小国・佳南の王女カディナ。皇太子妃にはならないと公言する彼女が宮廷内で起きた事件を解決する中華風ファンタジー。一年前に攻め入られ、父と兄を連れ去られた因縁の国で家族の動向を探りながら、観相学で帝に凶相を見て以来、簫蘭の波乱をも予感するカディナ。殺されそうになっている奴婢の泯美を助けて傍仕えに召し上げた翌日に起きた淑妃の毒殺遺体事件。それを皮切りに次々と事件が起きてゆく展開で、過去に約束を交わしていたがゆえに素直になれない皇太子との何とも複雑な関係や、簫蘭の内部事情も浮き彫りになってゆく中で、もどかしかった王太子との誤解を解いて、2人で力を合わせて危機を乗り越えてゆく結末はなかなか良かったです。

