恒例の2024年下半期に読んだ注目のオススメ新作企画第4弾ということで、今回は新作文芸単行本編です。気になる作品があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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1.禁忌の子
救急医・武田の元に搬送されてきた自身と瓜二つの溺死体。彼はなぜ死んだのか、なぜ同じ顔をしているのか。武田は旧友で医師の城崎と共に調査を始める医療ミステリ。身元不明の遺体の謎を調べていくうちに浮かび上がる産婦人科クリニックの存在。しかし鍵を握っていると思われる人物に会おうとした矢先に、その相手が密室内で死体となって発見されてしまう展開で、自分のルーツを探ることにもなる真相の究明が、思わぬところに波及して繋がっていきましたけど、探偵役となる城崎も掴みどころのない少し変わったこだわりを見せるタイプで、何よりそのタイトルの意味を突きつけられる業の深い結末が、鮮烈な印象を残す物語になっていました。
2.架空犯
焼け落ちた屋敷から見つかったのは、都議会議員と元女優夫婦の遺体。華やかな人生を送ってきた2人に何が起きたのか。五代刑事がその真相を追うミステリ。被害者が行った非道な行為の証拠が入ったタブレットを買い取れという脅迫メール。2人が行っていた非道な行為とは一体何だったのか。教師と生徒でもあった被害者2人の高校時代の過去を調べていく中で浮上する意外な刑事の存在。そして青春時代の密かな片想いの過去と、いつまでも忘れられない悲劇。真実が判明しないままでも、大切なもののためなら泥も被ることも厭わずに実行してしまう彼らの覚悟が印象的でしたけど、何より些細な事実を結びつけて真相にたどり着いてみせた五代刑事の推理力が際立っていました。
サーペントの凱旋 となりのナースエイド
posted with ヨメレバ
知念 実希人 KADOKAWA 2024年12月02日頃
星嶺医大附属病院の伝説的外科医・火神の命までも奪った奇病シムネス。澪と大河が再びタッグを組み、シムネスの驚くべき秘密に迫る医療ミステリ。火神の死から三年後。ナースエイドと外科医の二刀流で働き、新時代がん治療装置であるオームスのテストオペレーターとして、ハイレベルな手術を一手に引き受けていた桜庭澪。その実用化に向けた重要な手術を控えたある日、医師免許を剥奪され海外に渡っていた竜崎大河が突然姿を現す展開で、その相変わらずな性格には苦笑いでしたけど、大河の外科手術に対する姿勢はどこまでも真摯で、シムネスを巡る何とも皮肉な真相と絶望的な状況にも諦めず、2人で協力して窮地を切り抜ける熱い展開には心揺さぶられるものがありました。
4.婚活マエストロ
婚活事業の紹介記事を引き受けた、40歳の三文ライター猪名川健人が、婚活マエストロ鏡原奈緒子に出会う婚活小説。長らく住むマンションの大家に紹介されて参加した手作り感あふれる地味なパーティーで、鏡原の見事な仕切りっぷりに感銘を受けた猪名川。最初はあまりいいい印象を持たれなかった彼が、なし崩し的に実際に参加したりイベントを手伝うようになっていく展開で、応募してくる様々な個性的な参加者たちとの印象的な出会いを重ねてだんだんと心境が変化していく様子が印象的でしたね。距離感が少しずつ近づく中で、秘密や背景も明らかになっていった鏡原との関係もなかなか良かったですし、気になる2人のその後をまた読んでみたくなりました。
翻訳者のケヴィンに忘れられない鮮烈な印象を残した、親しい隣人の元外交官夫妻。彼は夫妻から聞かされた彼女の数奇な半生を日本語で書き残そうと決意する物語。軽井沢追分の小さな山荘で過ごすケヴィンの隣人となった、京都の宮大工の手による日本家屋に住む元外交官の篠田夫妻。そして日本の古き良き文化をアーカイブに残そうとしている彼が意識せずにはいられない、能を舞って嫋やかに着物を着こなす、古風で典雅で、時折狂気を垣間見せる夫人・貴子の存在。ふとしたきっかけから始まった夫婦との交流が積み重ねられていって、3人にとってかけがえのない関係になっていって、ケヴィンの思いを感じながら読んでいく中で、明らかにされる彼女の思ってもみなかった秘密に驚かされた上巻でした。
ケヴィンが京都の古い家の出身だとばかり思っていた貴子の意外な秘密。今の彼女がどのような積み重ねによって形成されていったのか、その過去が明らかになっていく下巻。父親から本屋の主人夫妻に預けられ、六条夫人に様々なことを学んだ日々。紆余曲折の末に篠田氏と運命的な出会いを果たす彼女の人生はまさに波乱万丈で、彼女が抱いていた日本への憧れと、いざ日本に来てみると狂気を抱えてしまう皮肉な現実に、改めて彼女の複雑なアイデンティティを思わせましたが、それでも貴子にとって篠田氏がいかに特別な存在であったのか、様々な形での描写を積み重ねていくことで浮き彫りにさせる一方で、ケヴィンの彼女への一言では言い表せない想いもまたとても強く印象に残る物語になっていました。
6.天使の跳躍
かつて5度もタイトル挑戦に敗れ、栄冠に届かなかった悲運の棋士・田中一義46歳。そんな彼がまだ一度もタイトル戦で敗れたことのない若き天才・源大河八冠に挑む将棋小説。40歳までタイトルを獲れなかった棋士は、引退まで無冠に終わる将棋界の残酷な歴史。それでも諦めず念願のタイトル挑戦権を手に入れた一義がラストチャンスに挑む展開で、家族と戦友、元天才の弟子との絆や初恋と、これまでの人生をぶつけていく彼に対して、少しの隙も見逃さない孤高の存在・源はなかなか厳しい相手でしたけど、崖っぷちまで追い詰められながら、そこから乗り越えるために何が必要だったかに気づいていく熱い想いとその結末は良かったですね。秘密を賭け続けていた源が迎えるもうひとつの結末も効いていました。
7.人質の法廷
駆け出し弁護士・川村志鶴に入った、荒川河川敷で起こった女子中学生連続死体遺棄事件の当番弁護の要請。依頼人の潔白を晴らすため奔走するリーガルミステリ。証拠隠滅をする冷酷な犯人像が推測される中、警察による自白強要も疑われる状況での起訴。長期勾留する警察・検察に対して圧倒的に不利な状況下で、冤罪が生まれてしまうまでの恐ろしい過程を垣間見る思いでしたが、それでも諦めずに被疑者と信頼関係を築きながら、地道に調査を積み重ねてゆく中で見出した手応えもあって、真相に迫る志鶴が最後に勝ち取ってみせた決着には強く心揺さぶられるものがありましたが、けれどそれまでに失われてしまったものを取り戻すことは容易ではなく、タイトルの意味を改めて考えずにはいられませんでした。
8.藍を継ぐ海
人間の生をはるかに超える時の流れを見据えて、今日も日本のどこかで大切な何かを受け継ぐ人がいる。科学だけが気づかせてくれる大切な未来を描いた5つの物語。何とかウミガメの卵を孵化させて、自分一人で育てようとする祖父と二人暮らしの中学生の女の子、年老いた父親のために隕石を拾った場所を偽ろうとする身重の女性、萩焼に絶妙な色味を出すという伝説の土を探し続ける元カメラマンの男、空き家で膨大な量の謎の岩石やガラスを発見した若手公務員、そして山奥でニホンオオカミに出会った女性のウェブデザイナー。どのエピソードも時の流れを感じさせる壮大な物語の中で、それを受け継ぐ覚悟を定めていく姿が印象的な物語でした。
9.わたしの知る花
しつこい元カレにすっかり嫌気がさしていた女子高生の安珠。そんな彼女が出会った街なかで一人絵を描く老人の葛城平の波乱万丈な人生が明らかになてゆく物語。幼馴染も絡んだ複雑な人間関係に悩んでいた安珠が、交流していた平が亡くなったことをきっかけに、犯罪者だと町で噂されていた老人の人生を調べ始める展開で、その過程で知る理容店を営んでいる祖母悦子と平にあった過去の関係、そして彼が過去に起こした事件の真相が明らかにされてゆく展開には、ままならない人生の巡り合わせを見る思いでしたけど、そう生きることしかできなかったそれぞれの不器用な生き様はなかなか鮮烈で、それがまた今の安珠たちがそれぞれに向き合うきっかけにも繋がってゆく大きな愛の物語でした。
10.恋とか愛とかやさしさなら
恋人の啓久と交際5年目のカメラマン新夏。東京駅の前でプロポーズしてくれた翌日、啓久が通勤中に女子高生を盗撮したことで、2人の関係が一変する恋愛小説。彼は事実を認めて示談が成立して起訴こそされず、彼の母や友人は大したことではないと言うけれど、二度としないと誓う啓久とやり直せるか葛藤する新夏。一方の啓久側も一度の過ちがいつまでもついて回る状況を突きつけられる様子が描かれていて、縁あって再会した被害者の心情も綴られていましたが、挽回しようと頑張ってるつもりでも、周囲からはそれがどう見えているのか。いつか本当の意味で許されたと思える日が来るわけでもなくて、もう一生抱えて活きていくしかないんですよね…。
11.雷と走る
幼少の数年間、海外で暮らしていた過去を持つまどか。その時期に番犬用の仔犬として出会った「虎」への忘れられない想いを描いた物語。防犯のため塀に囲まれた邸宅とインターナショナルスクールを往復して、多国籍のクラスメイトたちや海外の文化に触れ、共に育ち絆を育んでいくまどかと虎。大きく成長して強い野性を垣間見せるようになっていった虎を、日本に連れ帰って飼うことは現実的ではないと頭ではわかっていても、いつまでも忘れられないその執着はこれからも抱えていくしかないんですよね。まどかの弟にも強い影響を与えたのだろうなと感じさせるエピソードもありましたが、そんな不器用な彼女のありようがとても愛しくなる物語でした。
12.こぼれ落ちる欠片のために
マンションの一室で発生した殺人事件の現場に向かった県警捜査一課の和泉。上の命令で第一印象が最悪だった女性警官・瀬良とタッグを組み殺人事件を捜査する警察ミステリ。コミュニケーション能力が壊滅的ながら、その卓越した観察眼で事件解決に至る重要なきっかけに気づく瀬良。そんな彼女とコンビを組んで挑む中で明らかにされてゆく、殺人事件に隠された覚悟、事件に関する証言を頑なに拒み続ける謎、時間が迫る中で解決の糸口が見えない誘拐事件の意外な真相。その捜査に思い込みがないか、思い描いたストーリーとは違った物証が出てきた時、真相にどう向き合うのか。正しい刑罰の難しさが問われる中でその真意も受け止めながら、落とし所を見出してゆくそれぞれの結末が印象的な物語になっていました。
13.生殖記
とある家電メーカー総務部勤務の尚成が送る淡々とした日々。おそらく誰も読んだことのないヒトのオス個体に宿る◯◯目線で綴っていく物語。言われたことをこなしている方が安心する尚成が、実家と学校という共同体から離れて総務部に配属されて過ごす淡々とした日常。受け身で周囲の動向にもほとんど興味を示さない彼のスタンスが、尚成のあれの客観的な観察だったり、あれこれ悩んだり積極的に行動する周囲との対比で描かれてゆく一方で、自分がしっくるとくることには意外とこだわりを見せる姿も浮き彫りにしてゆく、不思議な読み心地の視点からの指摘は意外と奥が深くて、自分のズレを自覚しつつも無難にやり過ごしていく尚成の生き方が印象に残る物語でした。
14.小説
我々はなぜ小説を読むのか。五歳で読んだ『走れメロス』をきっかけに、読書にのめり込んでいった内海集司が、小説の魅力を共有することができる生涯の友・外崎真と出会う物語。最初は父親が喜ぶ姿を見るために背伸びして読んでいた読書。彼にとって孤独なものだった読書が、十二歳の時にふとしたきっかけから外崎と運命の出会いを果たし、小説家が住んでいるモジャ屋敷に一緒に潜り込んで、好きなだけ読書する日々を送っていた集司。けれど外崎の類稀なる文才に気づいてしまい、何者にもなれない自分に葛藤する一方、自分が好きな本を読むだけで生きていくことも難しくて、彼の切なる問い掛けにはなかなか来るものがありましたけど、その熱量のある密度の濃い物語とその結末には凄いものを読んだ感しかなかったです…。
15.あの日の風を描く
京都の美大油画科を休学中の稲葉真が、従兄の声がけで狩野探幽の血縁であり、父が狩野派を破門された清原雪信の娘・平野雪香が描いた襖絵の復元模写制作を手伝う物語。修士で年上の土師俊介や蔡麗華とともにチームを組んで復元模写に挑む、十二面の花鳥図だが現存するのは九面と切り貼りされた一部のみの襖絵。過去の挫折で自信を喪失していて、最初は距離感を掴みかねたり、劣等感で自信を失ったりしながら、徐々にお互いのことを知って信頼関係を築いていく中で、良いところを認めて刺激し合えるような関係が育まれていって、真の立ち位置から思わぬ妨害がありましたけど、積み重ねた実力でしっかりと認めさせて、力を合わせて最後まで見事やりきってみせたその結末には心揺さぶられるものがありました。
16.音のない理髪店
作家デビュー後、次の作品を書けずに前に進めなかった五森つばめ。彼女が聾者だった祖父の半生を描くことを決意して、関係者への取材を勧めていく中で時を超えて思いが繋がっていく物語。日本で最初のろう理容師だったとされるつばめの祖父・正一。聾者にとって今よりもはるかに偏見も多く、厳しかった時代になぜ信念を持って生きることができたのか。疎遠になっていた父や伯母、そしてどこか苦手意識を抱いていた祖母に再会して向き合い、つばめの祖父に関する取材を進める中で、音のない世界を知り、過酷な環境を生きた祖父と周囲の人々の姿が浮き彫りになりましたけど、取材した人々が抱えてきた秘密にもひとつひとつ解きほぐすようにしっかりと向き合って、三代にわたる希望を繋いでゆく姿がとても印象的な物語でした。
17.彗星を追うヴァンパイア
17世紀、イングランド。母と暮らした幼い頃から、〈世界のルールを解き明かす〉ことが願いだったオスカー。魔術が終わる時代に謎の男アズと戦場で出会う物語。数学の才を持ちケンブリッジ大学でニュートンに師事していたオスカーが、王位継承を巡る反乱で戦場に送り込まれた窮地を救ったアズ。物理法則に従わない未知の存在を解き明かそうとするオスカーと、自分が解き明かされる日を待ち続けるアズの奇妙な関係が効いていて、多くの天才たちから刺激を受け、科学者としてただ平穏に研究に没頭する日々を送りたいだけなのに、けれど状況はそれを許してくれなくて、革命に巻き込まれていったオスカーと、ただ彼の行く末を見守りたいアズの相手のためなら迷わない絆が鮮烈な印象を残す物語でした。
18.逃亡犯とゆびきり
しがないフリーライターの世良未散のもとにもたらされた「女子中学生墜落死事件」の執筆依頼。そこにかつての親友・古沢福子から連絡が入るサスペンスミステリ。高校時代、未散にフリーライターの基礎を教えた指名手配中の福子からもたらされるヒントもとに、転落死事件やストーカー事件の真相、弁護士一家心中事件、四歳の孫を滅多刺しにした事件、強盗未遂事件の背景といった知られざる側面を浮き彫りにしてゆく展開で、その中で描かれる福子の過去はなかなか壮絶でしたけど、時が経っても境遇が変わっても彼女の文才を認めている福子と、彼女とはこうあるべきを崩さない未散のらしさを失わない2人の変わらない関係が強く印象に残る物語でしたね。
社長室で殺された社長に関わるメンバー7人がある廃墟に集められ、「社長を殺した犯人だけ生きて帰してやる」と、犯人以外は全員毒ガスで殺すと脅されるミステリ。廃墟に集められた未亡人、記者、社員2人、運転手、清掃員、被害者遺族が密室に閉じ込められ、生き残るために命を賭けた自供合戦を繰り広げる展開で、その中でこれまで説明されていた殺された社長に置かれていた状況や、そして電気自動車を巡るリコールで揺れている会社を取り巻く会社の真相も意外な真実が明らかになるたびに、見えていた構図もガラリと変わってまた違った様相を見せていきましたけど、そもそもなぜこのような場が築かれたのか、特殊設定で散々振り回された末にラストに待っていた思わぬ真相には驚かされました。
20.銀河の図書室
県立野亜高校の図書室で活動している宮沢賢治を研究する弱小同好会「イーハトー部」を舞台に、高校生たちの青春と宮沢賢治の言葉が深く共鳴する青春小説。部長だった風見先輩はなぜ突然不登校になってしまったのか。何とか活動を続ける残りの部員3人が、賢治が残した言葉や詩、そして未完の傑作『銀河鉄道の夜』を紐解きながら、それを手がかりに先輩の謎を追う展開で、つくつく相手の側に立って考えてみる想像力の大切さを痛感させられる展開でしたが、それぞれに悩みを抱えている彼らが「ほんとう」と直面していく中で、大切なことに気づき育まれてゆく信頼関係があって、彼らが先輩たちのために開いた最後の卒業式には強く心を揺さぶられました。
21.穢れた聖地巡礼について
フリー編集者小林が出版社に持ち込んだ心霊スポット突撃系YouTuberのファンブック企画。企画を通すため読者が喜びそうな考察をでっちあげていくオカルトホラー。 確実に出版に繋げるために企画内容で勝負すべく、幽霊を信じないYouTuber池田と一緒に、変態小屋、天国病院、輪廻ホテルといった過去の動画配信で取り上げた心霊スポットについて、ファミレスでともすれば捏造気味に考察していく構成になっていて、会話中心でテンポよく進んでゆくストーリーは、途中から霊の見える宝条も加えながら、過去エピソードを通じてそれぞれの思惑や、意外な一面を浮き彫りにしてきましたけど、そんなエピソードを積み重ねていった結末としての最後のオチもなかなか効いていました。
22.イッツ・ダ・ボム
日本のバンクシーと耳目を集めるグラフィティライター界の新鋭ブラックロータス。そのあり方が界隈を大きく揺さぶっていく物語。公共物を破壊しないスマートな手法で強烈なインパクトを与え続ける新星のことを取材していく中で、うだつの上がらないウェブライターが見出したその意図。そして20年近くストリートに立っているグラフィティライターTEELに、HEDと名乗る青年が驚愕の宣戦布告を突きつける二部構成になっていて、ブラックロータスが果たして何を目指しているのか、未だ古い時代のあり方から抜け出せないグラフィックライターたちに、今の時代の変化を踏まえたあり方を突きつけていく、そのしたたかで鮮烈なメッセージには唸らされるものがありました。
23.フェイク・マッスル
たった3ヵ月でボディービル大会の上位入賞を果たした人気アイドル大峰颯太。新人記者・松村健太郎がこの疑惑の潜入取材を命じられるミステリ。ドーピングを指摘する声が上がり、炎上するものの大峰は疑惑を完全否定。一方で彼のジムに入会して実際にベテランの助力を得ながら、自身も大峰の大峰のパーソナルトレーニングを受講できるまでに成長し、あの手この手で真相に迫る松村。新事実が発覚するたびに状況も二転三転していく展開で、潜入取材を続けるうちに松村の仕事に対する姿勢もだんだんと変わっていって、テンポよく進むストーリーは緊迫感もあって面白かったですし、たどり着いたその結末には彼の確かな成長を感じました。
24.雫
入居するビルの取り壊しにあわせて営業を終了したリフォームジュエリー会社。デザイナーとして勤めていた永瀬と3人の友人たちとの絆を描いた大人の青春小説。中学卒業制作で同じ班になった4人。今は離婚や体調を崩し覇気がない社長の高峰、上司のパワハラで心に傷を負った森、地金職人として独立したしずく。出会い、卒業、就職、結婚、親子関係などを絡めた3人との過去を遡っていく中で、彼女たちが育んできた関係が浮き彫りになっていくストーリーで、いろいろ誤解されることもありましたけど、所属や立ち位置は変わっても変わらない、恋人でもなく周囲には分かりづらくても確かな絆が感じられる彼女たちの関係はとても素敵だなと思えました。
唐の憲宗の時代。成都随一の高級旅館「張家楼」を預かる張家の病弱な末息子・琬圭が、謎めいた売卜者の李俊と知己を得て、彼の美しい娘・小寧を娶る中華ファンタジー。幽鬼、妖魅のたぐいを引き寄せやすい琬圭が、その難を避けるためにもと李俊の提案で娶った、半分龍の血を引くという気が強く美しい娘・小寧。虎に食われたり溺れ死んだり、賊に殺された幽鬼たちの心残り、失踪した細君の真相、死して使役される娘といった問題を2人で一緒に解決してゆくストーリーで、すぐに何かに取り憑かれるお人好しの琬圭に、小言を言いながらも放っておけない小寧の構図が微笑ましくて、それでいて意外と強かな一面を垣間見せる琬圭にも秘密があって、お互い認め合うようになってゆくいい夫婦っぷりでお似合いの2人でした。
26.夜更けより静かな場所
夏休みのある日、伯父・遠藤茂が営む古書店を訪れた大学三年生の吉乃。おすすめされた本をきっかけに不思議な読書会に参加する連作短編集。おすすめされた本に思いの外のめり込んで、感想を交換する場がないことを茂に話して提案された深夜の読書会。茂に吉乃、吉乃のゼミ仲間、非正規雇用の司書、グラフィックデザイナー、古書店のアルバイトと年齢と職業もバラバラな6人構成から始まった、読書会だけで終わらない交流があって、描かれる登場人物たちのエピソードも描かれ、背景も掘り下げられていく中で、突然の急展開からの結末には切なくなりましたけど、本を読む楽しさを共有するだけでなく、それぞれが抱える問題に向き合って乗り越えていく姿も印象に残りました。
27.嘘か真言か
新任判事補と癖が強すぎる裁判官が、市内で起こる特殊詐欺事件に挑む、現代の姿を「司法」であぶりだす社会派リーガルミステリ。念願がかなって志波地方裁判所の刑事部に配属され、被告人の嘘が見抜けるという先輩の紀伊に振り回される任官三年目の日向由衣。裁判所の視点から描かれる連続して起こる特殊詐欺事件が派生して、様々な事件へと広がっていく展開で、特殊詐欺や窃盗、無戸籍児、著作権法違反、不法滞在など様々な事例が出てきて、中でもベトナム人親子のエピソードにはくるものがありましたけど、軽妙なやり取りを重ねながら一見して無関係の事実を結び付けて、新たな事実をあぶり出していく紀伊の手腕に日向も学び成長していく姿が印象的でした。
28.白紙を歩く
天才ランナーと小説家志望。人生の分岐路で交差することになった、性格も好きなことも正反対な2人の女子高生の邂逅を描いた物語。梅雨明けの司書室で出会った、ケガをきっかけに自分に走る理由がないことに気付いた陸上部のエース定本風香と、物語は人を救うと信じる小説家志望の明戸類。普通なら接点がないはずの2人が、付かず離れずの距離感で同じ時間を過ごすようになり、自分とは違う価値観があることを知ってゆく展開で、お互いの存在に刺激を受けることはあっても、それは本質的な変化をもたらすものではなかったわけですけど、それでも出会わなければ気づくことがなかった、それぞれにとって大切なことを噛みしめる2人の関係がとても印象的な物語でした。
29.飽くなき地景
土地開発と不動産事業で成り上がった昭和の旧華族、烏丸家。その嫡男として生まれた治道の視点から描かfれる刀に隠された一族の秘密と愛憎の物語。東京の景観を大きく変えていく時代に、建設業を営む家業に興味が持てず、祖父の誠一郎が所有する宝刀の美しさに魅せられた治道。オリンピック、高度経済成長と時代が進み、東京の景色が変貌してゆく中で、現実的な理由から家業に関わるようになり、様々な問題に向き合うことになった彼が、自らもまた年齢を重ねたからこそ、慕っていた祖父の遺言が隠されていた理由を知り、反発して相容れなかったはずの父や異母兄の思いを目の当たりにして、そうだったのかと理解できてしまうその何とも複雑な思いが印象に残る物語でした。
30.さくらのまち
高砂澄香が自殺したという電話。彼女の死を確かめるべく二度と戻らないつもりだった故郷に舞い戻った尾上が、かつての澄香と瓜二つの少女と出会う青春ミステリ。尾上の青春を彩り、彼の心を欺いて、故郷を桜の町に変えてしまった高砂澄香という存在と、再会した澄香の年の離れた妹・霞の存在。一言では言い表せない様々な感情を抱かせる澄香の軌跡を追ううちに、知られざる過去の思わぬ真相が明らかになっていく展開は、思い込みからのすれ違いが切なくて、勇気を持って踏み込めていればあるい変わることもあったんだろうか…と思わずにはいられなくて、それでも届かない想いをなかなか諦められない、そんな不器用な生き方しかできなかった彼らの人生とその結末には言葉もなかったです…。