10月の読了冊数は読書メーターによると最終的に151冊でした。
読んだ本151冊
読んだページ45429ページ
こちらでは10月に読んだ文芸書24点、文庫13点、ライト文芸7点の計44点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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婚活事業の紹介記事を引き受けた、40歳の三文ライター猪名川健人が、婚活マエストロ鏡原奈緒子に出会う婚活小説。長らく住むマンションの大家に紹介されて参加した手作り感あふれる地味なパーティーで、鏡原の見事な仕切りっぷりに感銘を受けた猪名川。最初はあまりいいい印象を持たれなかった彼が、なし崩し的に実際に参加したりイベントを手伝うようになっていく展開で、応募してくる様々な個性的な参加者たちとの印象的な出会いを重ねてだんだんと心境が変化していく様子が印象的でしたね。距離感が少しずつ近づく中で、秘密や背景も明らかになっていった鏡原との関係もなかなか良かったですし、気になる2人のその後をまた読んでみたくなりました。
救急医・武田の元に搬送されてきた自身と瓜二つの溺死体。彼はなぜ死んだのか、なぜ同じ顔をしているのか。武田は旧友で医師の城崎と共に調査を始める医療ミステリ。身元不明の遺体の謎を調べていくうちに浮かび上がる産婦人科クリニックの存在。しかし鍵を握っていると思われる人物に会おうとした矢先に、その相手が密室内で死体となって発見されてしまう展開で、自分のルーツを探ることにもなる真相の究明が、思わぬところに波及して繋がっていきましたけど、探偵役となる城崎も掴みどころのない少し変わったこだわりを見せるタイプで、何よりそのタイトルの意味を突きつけられる業の深い結末が、鮮烈な印象を残す物語になっていました。
とある家電メーカー総務部勤務の尚成が送る淡々とした日々。おそらく誰も読んだことのないヒトのオス個体に宿る◯◯目線で綴っていく物語。言われたことをこなしている方が安心する尚成が、実家と学校という共同体から離れて総務部に配属されて過ごす淡々とした日常。受け身で周囲の動向にもほとんど興味を示さない彼のスタンスが、尚成のあれの客観的な観察だったり、あれこれ悩んだり積極的に行動する周囲との対比で描かれてゆく一方で、自分がしっくるとくることには意外とこだわりを見せる姿も浮き彫りにしてゆく、不思議な読み心地の視点からの指摘は意外と奥が深くて、自分のズレを自覚しつつも無難にやり過ごしていく尚成の生き方が印象に残る物語でした。
高校時代に探偵の真似事をして以来、気づけば二児の母となり、探偵社では部下を育てる立場になったみどりが、子どもたちをめぐる謎にのめり込んでいく第2弾。時計職人の父を亡くした少年が抱えていた謎、千里眼を持つという少年が足を踏み入れかけていた闇、父を殺す計画をノートに綴る少年の悲しみ、壁に描かれていた落書きの真意、そして息子の異様な調査欲への執着に対する複雑な想い。真相にたどり着くことが必ずしも幸せに繋がらないと分かっていても、それでも人の本性を暴くことへの執着を自覚するみどりでしたけど、それだけではなく分かりやすい安易な結論で終わらせず、そこからさらに踏み込んで本当に気づかねばならないことに葛藤しながらも真摯に向き合っていく姿が印象的でした。
昭和から令和まで、時代を越えて街の片隅で暮らす人々のそれぞれの心の傷が、優しい魔法で癒やされていく連作短編集。クリスマスイブに失恋した青年に訪れる巡り合わせの奇跡。2人の「チヨコ」がともに願ったことで繋がった過去を変える魔法。行き詰まり将来に漠然とした不安を感じつつあるイヤミス作家に寄り添い続けて、思ってもみなかった提案をする編集者。読書が生きがいだった不器用な健太郎と幽霊の少年の邂逅。零細女性ライターの元に人面瘡として現れた小学校時代の同級生など、ふとした時に感じる孤独や不安に、そっと寄り添ってくれる猫たちの存在が要所で効いていて、転機をもたらす奇跡へと繋がってゆくとても優しくて素敵な物語でした。
日本のバンクシーと耳目を集めるグラフィティライター界の新鋭ブラックロータス。そのあり方が界隈を大きく揺さぶっていく物語。公共物を破壊しないスマートな手法で強烈なインパクトを与え続ける新星のことを取材していく中で、うだつの上がらないウェブライターが見出したその意図。そして20年近くストリートに立っているグラフィティライターTEELに、HEDと名乗る青年が驚愕の宣戦布告を突きつける二部構成になっていて、ブラックロータスが果たして何を目指しているのか、未だ古い時代のあり方から抜け出せないグラフィックライターたちに、今の時代の変化を踏まえたあり方を突きつけていく、そのしたたかで鮮烈なメッセージには唸らされるものがありました。
たった3ヵ月でボディービル大会の上位入賞を果たした人気アイドル大峰颯太。新人記者・松村健太郎がこの疑惑の潜入取材を命じられるミステリ。ドーピングを指摘する声が上がり、炎上するものの大峰は疑惑を完全否定。一方で彼のジムに入会して実際にベテランの助力を得ながら、自身も大峰の大峰のパーソナルトレーニングを受講できるまでに成長し、あの手この手で真相に迫る松村。新事実が発覚するたびに状況も二転三転していく展開で、潜入取材を続けるうちに松村の仕事に対する姿勢もだんだんと変わっていって、テンポよく進むストーリーは緊迫感もあって面白かったですし、たどり着いたその結末には彼の確かな成長を感じました。
高砂澄香が自殺したという電話。彼女の死を確かめるべく二度と戻らないつもりだった故郷に舞い戻った尾上が、かつての澄香と瓜二つの少女と出会う青春ミステリ。尾上の青春を彩り、彼の心を欺いて、故郷を桜の町に変えてしまった高砂澄香という存在と、再会した澄香の年の離れた妹・霞の存在。一言では言い表せない様々な感情を抱かせる澄香の軌跡を追ううちに、知られざる過去の思わぬ真相が明らかになっていく展開は、思い込みからのすれ違いが切なくて、勇気を持って踏み込めていればあるい変わることもあったんだろうか…と思わずにはいられなくて、それでも届かない想いをなかなか諦められない、そんな不器用な生き方しかできなかった彼らの人生とその結末には言葉もなかったです…。
幼少の数年間、海外で暮らしていた過去を持つまどか。その時期に番犬用の仔犬として出会った「虎」への忘れられない想いを描いた物語。防犯のため塀に囲まれた邸宅とインターナショナルスクールを往復して、多国籍のクラスメイトたちや海外の文化に触れ、共に育ち絆を育んでいくまどかと虎。大きく成長して強い野性を垣間見せるようになっていった虎を、日本に連れ帰って飼うことは現実的ではないと頭ではわかっていても、いつまでも忘れられないその執着はこれからも抱えていくしかないんですよね。まどかの弟にも強い影響を与えたのだろうなと感じさせるエピソードもありましたが、そんな不器用な彼女のありようがとても愛しくなる物語でした。
子どもの頃から星空に魅了されてきた鮎沢望が、天文部時代からの友人の千塚新、大学の研究者仲間の八代縁と太陽系規模の電波望遠鏡を実現し始める宇宙探査SF。高校の天文部で天体観測に夢中になり、大学では電波天文学を専攻した望が、同志を得て太陽系規模の電波望遠鏡を実現するための独自の超長基線電波干渉計ネットワークのアイデアを夢想するようになっていく展開で、やや難解だと感じる部分もありましたけど、描かれているテーマはなかなか奥が深くて、知的生物とのファーストコンタクトという壮大なロマンに賭ける情熱や、遭遇した他文明と接触を図ることによる影響の是非など、夢と現実がぎゅっと詰まったなかなかスケールの大きな物語でした。
新任判事補と癖が強すぎる裁判官が、市内で起こる特殊詐欺事件に挑む、現代の姿を「司法」であぶりだす社会派リーガルミステリ。念願がかなって志波地方裁判所の刑事部に配属され、被告人の嘘が見抜けるという先輩の紀伊に振り回される任官三年目の日向由衣。裁判所の視点から描かれる連続して起こる特殊詐欺事件が派生して、様々な事件へと広がっていく展開で、特殊詐欺や窃盗、無戸籍児、著作権法違反、不法滞在など様々な事例が出てきて、中でもベトナム人親子のエピソードにはくるものがありましたけど、軽妙なやり取りを重ねながら一見して無関係の事実を結び付けて、新たな事実をあぶり出していく紀伊の手腕に日向も学び成長していく姿が印象的でした。
附属高校の卒業演奏会の最中に、出場者が同級生を殺してしまったサリエリ事件。4年後、大学の卒業演奏会で関係者たちが再び顔を合わせるサスペンスミステリ。久しぶりに関係者が一同に介する卒業演奏会に現れた週刊現実の記者・石神。犯人によって明かされた犯行動機に至る複雑な境遇と、それを知ったことで起きてしまう第二の事件。関係者たちのピアノに賭ける強い思いや抱えてきた苦悩が、一線を越えるきっかけとなってしまう何とも皮肉な構図でしたけど、一方で持っていることが当たり前の無垢な存在に、諦めざるをえない者たちが抱く複雑な思いも描写されていて、抱えてきた過去の「なぜ」の究明は必ずしも幸せに繋がるわけではなくて、知ってしまった悲劇が鮮烈な印象を残す物語でした。
フリー編集者小林が出版社に持ち込んだ心霊スポット突撃系YouTuberのファンブック企画。企画を通すため読者が喜びそうな考察をでっちあげていくオカルトホラー。 確実に出版に繋げるために企画内容で勝負すべく、幽霊を信じないYouTuber池田と一緒に、変態小屋、天国病院、輪廻ホテルといった過去の動画配信で取り上げた心霊スポットについて、ファミレスでともすれば捏造気味に考察していく構成になっていて、会話中心でテンポよく進んでゆくストーリーは、途中から霊の見える宝条も加えながら、過去エピソードを通じてそれぞれの思惑や、意外な一面を浮き彫りにしてきましたけど、そんなエピソードを積み重ねていった結末としての最後のオチもなかなか効いていました。
公正戦闘という概念が一般化した近未来。国際独立市テラ・アマソナスで軍事企業が捕虜を銃殺する事件が起き、取材した迫田が思わぬ事態に巻き込まれてゆく近未来SF。国際独立市テラ・アマソナスの指導者イグナシオはなぜ捕虜を殺したのか。その取材記事の配信を事実確認プラットフォームから拒否されたことをきっかけに、事件の背景を追うようになってゆく迫田。遺伝子操作技術を含めた人体改変という、進化した技術によりもたらされた変化にどう向き合うのか、イグナシオの何とも複雑な生い立ちとその覚悟が明らかになってゆく中で迎えた結末は、タイトル回収も効いていましたし、これから起こり得る一つの可能性としていろいろ考えさせられる物語でした。
シリアの難民キャンプで謎の感染症が発生。バイオテロが疑われる中、キャンプを訪れていて突如消息を絶った同僚クイナの行方を追う物語。ビューログに残された「ノマディア」という謎の一語を手がかりに、クルディスタン、イスタンブール、ウィーン、スカンジナビアと痕跡を追ってゆくノスリたち外務省直轄の秘密組織「複製課」の面々。帰属する国が無い南半球の人々が急増して、北半球へ移動して『動民』となっている世界を舞台に、様々なことが明らかになっていく一方で、それを知ってもできることが規定されている自分に果たして何ができるのかを問われる構図でしたけど、それでも簡単に諦めずに想いを繋いでいくことで最後に見出した希望が印象的な物語でした。
お笑い芸人の夢に挫折し、特別養護老人ホームで介護士として働くことになった溝内星矢。様々な葛藤を抱えながら、介護施設で働く人々の思いを浮き彫りにしてゆく物語。初夜勤の日に医療事故に遭遇してしまい、疑われて自信もやりがいも見失った星矢と、介護士として苦い過去を抱える施設長、そして施設で厄介者扱いされる女医・葉山。彼らにもそれぞれ他の人たちが知らない事情を抱えていて、真摯に利用者に向き合って評価されていたり、感じていた想いがあって、物語が進む中でそれぞれの印象も大きく変わっていきましたけど、彼がこれからどうあるべきかを懸命に考えて、勇気を持って提案して一歩を踏み出したことで、少しずつ変わりはじめたその結末がなかなか印象的な物語になっていました。
限られた時間の多くを費やしレッスンに励むアイドル事務所に所属するデビュー前の青年たち。そんな彼らの野心と葛藤が描かれる連作短編集。最初から10年以内にデビューしなければならないという余命を突きつけられたリトルと呼ばれるアイドルの卵たち。彼らがグループデビューの噂を聞いて、人一倍野心を燃やしたり、ソロデビューを打診されたり、計算し尽くされた振る舞いをしたり、芸能人一家の複雑な環境で育った問題児だったり、崖っぷちゆえのコンプレックスなど、それぞれの視点から描かれる三者三様の思いがあって、彼らが本音でぶつかりあい、お互い刺激を与える関係になっていって、意外な一面を垣間見せていった末に導き出した意外な結論が印象的な物語でした。
地域福祉課に異動になった青年・青葉が紹介された大きな屋敷に住む香坂桐子と百合子の老姉妹。町の人から頼りにされる2人の半生を振り返ってゆく物語。現代から二十年ごとに遡っていく構成で、戦争孤児で親戚をたらいまわしにされて、それでも2人で幸せになろうと誓って頑張ってきた姉妹が迫られたある選択。当時の時代背景をそれぞれ踏まえながら描かれる人生は、生き抜くためにはこうするしかなかった側面もあったんだなと感じましたけど、対照的な人生を送ってきた2人が、それでも最終的に一緒に夢を叶えただけでなく、これまでも多くの窮地に陥った人、悩める人をたくさん救ってきたのだろうなと感じさせるその結末が印象に残る物語になっていました。
切なくてまぶしく、残酷でもどかしい、思春期の全てが詰まった胸疼く青春×SF連作短編集。病院から飛んできた青い風船に結ばれていた手紙と思ってもみなかった初恋の結末。感覚を周囲に拡散してしまうヒツギと痛みや温度を感じられないイオリ。嫌悪感を向けられるとその場から強制的にテレポートしてしまう中学生ナオ。妻を失い心を閉ざして生きる男の前に突然現れた不良少女時代の妻。この年代はなぜこんなにも親に反発してしまうのか…と改めてしみじみ思いましたけど、不自由でままならない思いを抱える主人公たちがほろ苦い現実に直面する中で、けれどそれをきっかけにまた一つ大人になっていく姿が印象的な物語でした。
解散寸前だった地下アイドル「東京グレーテル」を躍進させたカリスマ赤羽瑠璃。推される側である光の中のアイドルたちの恋と生を描いた連作短編集。結婚を意識している恋人がアイドルの赤羽瑠璃を熱く推していることに対する複雑な想い、生活時間のすべてを配信のために捧げるVtuber雪里と周囲の人たちの苦悩、地下メンズアイドルに浮気された地下アイドルの復讐、かつてストーキングをして家宅侵入もした諦められない男が結婚すると知る瑠璃。集英社から出ている既刊の後日談的エピソードもありましたが、何とも難しい立ち位置がゆえに、プライベートの恋愛への向き合い方も簡単ではなくて、それでも懸命に矜持を貫き続ようとする彼女たちの姿が鮮烈な印象を残す物語でした。
ミステリ・トランスミッター 謎解きはメッセージの中に
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斜線堂有紀 双葉社 2024年09月19日頃
伝えるのは愛か動機か犯人か…。トランスミッター(通信機)を介して「人に伝える」をテーマに描かれた連作短編集。親の借金のカタに買われて、仇から自ら取り立ての仕事を学んでのし上がってきた女王の願い。夫が宇宙船の中で知ってしまったモニタの先で起こった妻の殺害。売れっ子脚本家の父に息子が伝えた亡き母の七色の手紙、ジュークボックスからの謎のアドバイスによって生き延びてきたギャング、宇宙人へのメッセージ用の写真を選定する委員会に現れた不思議な日本人。テーマで選んだ作品群ゆえかやや玉石混交感もありましたが、通信手段を介していかに伝えるか、その難しさやもどかしさがまざまざと伝わってくる短編集でした。
女子校の卒業式直前に突如始まったゲーム(特別授業)。誰かと手を繋がないと死ぬ状況に、様々な思惑が渦巻いてクラス内カーストが崩壊してゆくデスゲーム。クラスであったいじめを糾弾する担任教師の手によって始められた、同じ相手とは再び組むことはできず、余った生徒は左胸のコサージュの仕掛けで無惨な死を遂げてゆくデスゲーム。いかにして生き延びるのか、自分が生き残ると疑わない一軍から三軍まで、裏切り、嫉妬、憧れといった思惑が絡み合う中、生徒たちそれぞれが密かに抱いていた純粋な思いも、むき出しになった醜い思いも次々と暴かれて、こういう状況に追い込まれた時こそ人の本性が現れることを突きつけられましたが、直面する死を前にした彼女たちの最期が鮮烈な印象を残しました。
記憶を失って天国を訪れた小野田。自分は死んだのだと悟った彼は、天国映画館の支配人・秋山に誘われて、一緒に働き始める物語。生前の記憶を持たず、スタッフとして知人も少しずつできていく中で、天国から新たな世界へ旅立つ人の人生を上映するこの映画館で、様々な人生を観ていくうちに少しずつ記憶と心境が変化してゆく小野田。ついに届いた自分の人生の映画フィルムは彼自身はもちろん観客たちの誰もが思いもよらない人生で、あまりのことに言葉もなかったですけど、それもまた1人の人生であることには変わりなくて、過去を乗り越えてどう生きていくのか、彼のこれからを応援したくなりました。
体調が優れず伯父が働くクリニックに行った結果、あと数年しか生きられない病気だと知った高校2年生の祈里。心の拠り所だったより江さんの家で同級生の春日井に出会う青春小説。余命宣告された祈里が直面するこれまでの友人関係や、頑張っていた勉強も全てが無駄になってしまう絶望。投げやりな気持ちを抱える中でより江さんが亡くなっていたことを知り、彼女の孫である春日井と共に彼女の遺品整理を手伝う過程で、彼に少しずつ心惹かれてゆく想いを自覚してしまう祈里。諦めの心境とそれでいいのかと心揺れる彼女の葛藤があって、より江さんのかけがえのない言葉や、彼女の些細な変化も見逃さない春日井の存在に支えられながら、後悔をしないよう精一杯生きる彼女がとても鮮烈な印象を残す物語でした。
川のほとりで羽化するぼくら (角川文庫)
息苦しい今を軽やかに越えゆく一歩を描いた、降りかかる「らしさ」の呪いを断ち切って、先へと進む勇気をくれる希望の連作短編集。仕事を辞めて慣れない育児で奮闘する中で、男の自分ができること、やるとおかしいことの狭間の悩む暁彦のと育児ブログの出会い、年に一度だけ会うことを許された織女と牛飼いのが天の国からの離反、体外受精と保育器で育てられるようになった国、長らくわがまま夫に振り回され続けてきた妻など、容易には超えられない葛藤の象徴的な存在として川を見立てて展開される短編集でしたが、悩める主人公たちのこうだと思い込んでいたものが、別の角度からの視点によって、もうひとつの側面が浮き彫りになってゆく構図がなかなか効いていました。
あかずの扉の鍵貸します (集英社文庫)
火事で家族を失った自分を助けてくれた恩人・不二代さんに心残りを聞かされた大学生の水城朔実。彼女に頼まれて「幻堂設計事務所」通称「まぼろし堂」を訪れ、その複雑な造りの館に魅了されてゆく物語。時空を超えて潜めておきたい、様々な人の歴史が預けられているまぼろし堂。主の幻堂風彦が案内してくれたのは、いわくありげな館内に迷路のように広がる部屋の数々、そしてあかずの間を貸し出すというもう一つの顔。開けっぱなしの密室、訳あり親子の過去、新たな下宿人が探しているもの、行方不明だった風彦の妻、館に眠る人骨の噂の真相など、「あかずの間」にはさまざまな「人の歴史」が預けられていて、そこで触れていった想いは優しくて、ほんのりと切ない雰囲気のある物語になっていました。
もう別れてもいいですか (中公文庫)
横暴な夫・孝男との生活に苦しむ主婦・澄子58歳。離婚して自分らしく生きる元同級生との再会をきっかけに、覚悟を決めていく離婚成立物語。田舎の狭いコミュニティ、ギスギスした友人グループ、モラハラ夫に振り回される生活に疲れ果ててしまい、すっかり希望を見い出せなくなっていた澄子。そんな彼女が先達にアドバイスをもらいながら、勇気を振り絞って夫との離婚を決意して、財産分与の難航や経済力の不安、娘夫婦の不和といった様々な困難に立ち向かう展開で、周囲にいろいろ言われて難しいと思っても、いざ実際にやってしまえば意外と何とかなるんですよね。夫のその後が少し気になりましたけど、思い切った決断をした澄子のこれからの人生を応援したくなりました。
廃遊園地の殺人 (実業之日本社文庫)
プレオープン中に起きた銃乱射事件のために、閉園へと追い込まれたテーマパーク「イリュジオンランド」。かつての夢の国に招待された廃墟マニアのコンビニ店員・眞上永太郎が連続殺人事件に遭遇するミステリ。「イリュジオンランドは、宝を見つけたものに譲る」十二年ぶりに人々を招いた廃墟コレクターの資産家・十嶋庵からの伝言。様々な思惑を抱えて宝探しを始めた招待客たちが遭遇する串刺しになった血まみれの着ぐるみ。そこから始まる連続殺人、遊園地誘致と過去の事件を巡る因縁はなかなか複雑で、さりげなく積み重ねていった伏線を鮮やかに回収していきながら、意外な展開で事件の真相を見事解き明かしてみせたその結末はなかなか良かったですね。
ルームメイトと謎解きを (ポプラ文庫)
全寮制男子校の霧森学院旧寮あすなろ館。始業式前日、今年度から学院に編入したエチカこと鷹宮絵愛が入居して、同室の迷コンビが学院で起きる事件を解決する学園ミステリ。昨年起きた事件でほとんどの生徒が新寮に移ってしまい、今は6人しか入居していない旧寮「あすなろ館」。同室の兎川雛太や寮生たちと最初は反発しながら次第にお互いを知っていく中で起きる、消えた500円玉、寮生を階段から突き落とした犯人、そしてエチカに目をつけていた生徒会長の殺人事件。あすなろ館の中に犯人がいるという状況で、湖城から目を付けられていたため犯人の最有力とされた転入生エチカが、論理的なアプローチで一つ一つ嫌疑を晴らして、意外な真相を見出してゆく結末がなかなか印象的な物語でした。
シンデレラ城の殺人 (小学館文庫)
継母や義理の姉たちとともに暮らすシンデレラが、怪しい魔法使いに言葉巧みに王城の舞踏会へと誘われて、王子様殺しの容疑者とされてしまうファンタジーミステリ。シンデレラはさっそく王子様の目にとまりダンスを踊ったものの、ガラスの靴を返してもらおうとした彼女が遭遇する、先ほどまで生きていたはずの王子様の死体。王城の兵士により殺人の現行犯として捕まったシンデレラは臨時法廷で裁かれることになり、何もしなければ死刑になる状況に追い込まれて、自身の無実を証明するためシンデレラが真犯人を探す展開でしたけど、テンポが良いストーリーは読みやすくて、新真実を明らかしてゆくシンデレラが導き出した事件の真相と、思ってもみなかったその結末は面白かったです。
復讐の泥沼 (宝島社文庫)
古民家カフェの崩壊事故に巻き込まれ、一緒にいた盛岡颯一を喪った日羽光。彼を見捨てた医療従事者らしき2人の男を探し始めるサイコサスペンス。なぜ彼らは颯一を見捨てて助けようとしなかったのか。その理由を問いたださねば気が済まない光の執拗な捜索により、うち1人の身許を特定して接触を図るものの、突如として何者かに銃殺されてしまった男。そしてもう1人の男・薬師もまた光の行方を捜していたことが明らかになってゆく展開で、お互いが調べていく過程で様々な背景が明らかになって、これまで見えていた構図がガラリと変わっていきましたけど、どちらもだいぶあれだなとドン引きしてしまう彼女たちにもたらされた衝撃的な結末は圧巻でした
焼けた釘を刺す (宝島社文庫)
ストーカー被害に遭っていたらしい後輩の萌香が刺殺体で発見され、犯人を捜し出すと決意した千秋が、萌香の関係者たちに接触していくサイコサスペンスミステリ。萌香の格好を真似た姿で彼女の通っていた大学やバイト先を尋ね回り、疑わしき男たちに接触していく千秋。一方でブラック企業で上司のパワハラに苦しみながら、優しい先輩に心惹かれていた杏が、先輩が同僚と付き合っているらしいことに疑念を抱いて嫉妬が渦巻くもう1つのストーリーがあって、人の視点から描かれていくそれぞれの執念深さにもなかなか来るものがありますが、それが交錯していった末に訪れる結末の意味には見事にしてやられたと思いました。
祓屋天霧の後継者 御曹司と天才祓師 (角川文庫)
家督を継ぐことに疑問を感じる祓屋の名門「天霧屋」の跡取り三善天馬に、現当主が突如実力で次期当主を決定と宣言。余所者の天才祓師、真琴が名乗り出るオカルト謎解き物語。悪霊を祓う中で命を落とした父を見てこの仕事に疑問を感じていた天馬と、彼の窮地を救い圧倒的な見せつけた一匹狼の祓屋・真琴。唯我独尊で界隈の旧弊にこだわらず悪霊を祓いまくる彼女の存在感は抜群で、門下生も次期当主争いに立候補する事態に陥ったりと、当初は天馬も彼女を警戒するものの、彼自身もまた彼女の影響で少しずつ変わっているのも確かで、金にがめつそうな彼女のマネージャー金福や、まだまだ謎も多い真琴の目的や背景は気になるところですけど、今後の展開が楽しみなシリーズですね。
銀の蝶は密命を抱く 翠国文官伝 (角川文庫)
望まぬ縁談を断るため文官の登用試験を受けて信簡局で働き始めた翠国の名家の娘・莉恩。一通の私信に思わぬ暗号が込められていることに気づく中華風ファンタジー。初めての文官仕事に戸惑いながら、私信を検める業務に明け暮れる毎日を送っていた莉恩が、解読していく中で気づいた国への謀反を示すメッセージ。差出人の元へ向かった莉恩と同僚の文官・劉彗が発見する惨殺された死体。初恋の相手でもある幼馴染の武官・漣濤の協力も得ながら事件解決に挑む展開は、かつての初恋や、母の死の謎、そして謀反や莉恩自身の秘められていた謎など、様々な要素を詰め込み過ぎて、この巻だけではやや消化不良な感もありましたけど、大切なものを引き継いだ莉恩の覚悟がなかなか印象的な物語でした。
神々の歩法 (創元SF文庫)
西暦2030年。一面の砂漠と化した北京へ現れた憑依体を倒すために突入した米軍戦争サイボーグ部隊の精鋭たちが、謎の少女ニーナと出会うアクションSF。宇宙からやって来た超高次元生命体と融合した破壊神のごとき憑依体。その暴走になす術もなく倒れゆく隊員の眼前に、突如青い炎を曳いて現れた少女ニーナ。自身も憑依体となりながら理性を保つニーナと出会い、時にはぶつかり合いながらも隊員たちとともに世界各地の憑依体に挑んでいく展開で、それが続いていけば特異な存在であってもチームとしての絆や一体感めいたものが生まれていくのも必然なわけですけど、それがいい感じになっていくと、どうして権力者はそれを危険視して解体したくなるのは仕方ないんでしょうかね…(ため息
この夜が明ければ (双葉文庫)
北海道の港町で行われる水産加工の夏季限定アルバイトに参加する7人の男女。そのアルバイトのリーダー格であった男が遺体となって見つかるノンストップサスペンス。宿舎で寝食を共にしながら大量の魚を捌く過酷な日々の中で起きた事件。荷物から脅迫状が発見される思わぬ事態に遭遇して、警察に通報しようとする正義感の強い青年・工藤秀吾の携帯電話を奪い、なぜか通報することを止めた他のメンバーたち。それぞれが人に言えない、後ろ暗い秘密を抱えていて、明かされてゆくそれぞれの過去はなかなかに壮絶でしたけど、たとえ事情があっても正義は貫かれるべき、自分は間違っていないと信じたい秀吾の葛藤と孤独、その先にあった何とも皮肉な結末が印象的な物語になっていました。
小説 ふれる。 (角川文庫)
同じ島で育った幼馴染で、東京で共同生活を始めた今でも親友同士の秋と諒と優太。島から連れてきた不思議な生き物「ふれる」が繋いでいた彼らの友情を描いた映画公式ノベライズ。「ふれる」が持つテレパシーにも似た力が、趣味も性格も違う彼らを結び付けていて、お互いの身体に触れ合えば心の声が聴こえてくる3人だけの秘密。それが奈南や樹里と共同生活を始めたことで、良くも悪くも少しずつ関係が変わっていく展開で、認識のずれが思わぬ衝突に繋がったりもして、だんだんと5人の関係が上手くいかなくなる中、「ふれる」の暴走もありましたけど、以心伝心が失われたことでこれまで一緒に育んできた絆の大切さに気づいて、一つ一つしっかりと向き合ってやり直していこうとする彼らの姿勢がとても素敵でした。
名探偵の顔が良い:天草茅夢のジャンクな事件簿 (新潮文庫nex)
職場で不可解な殺人事件に巻き込まれた潤子。事情聴取後に日課のジャンク飯を食べに向かった先で、愛しの推し・天草茅夢と出会い一緒に事件を解決する連作ミステリ。愛しの推しと突然の出会いに興奮冷めやらぬ中、ジャンク飯への愛で意気投合して、行く先々でなぜか邂逅する2人。そんな最愛の推しと挑む庭園の片隅で死んでいた当主の真相、シティホテルで亡くなったゲストが遺した双子の文字の意味、そして奇術師の脱出王はなぜトイレの窓から脱出しようとしたのか。明らかにされてゆく潤子の背景と、探偵役の王子に抱く疑惑があって、結果として思わぬ事実も判明しましたけど、ハイテンションでテンポの良いストーリーに、ジャンク飯を熱く語り実に美味そうに食う2人がとても楽しい物語でした。
23時の喫茶店 明日を彩る特別な一杯を (メディアワークス文庫)
バイトに明け暮れ、これからの人生に漠然と不安を抱く美大生の伊織が、ある日特別な条件を満たす客人のみを迎える「真夜中の喫茶店」の噂を耳にする物語。不思議な巡り合わせでその紅茶専門店を訪れ、人形のように美しく聡明な店主・透子に出会う伊織。透子が淹れた一杯と紅茶にまつわる話を聞いた伊織は、次第に余裕がなかった心が解きほぐされてゆく展開で、伊織の姉はなかなかエキセントリックなキャラで、振り回されて大変だなと苦笑いでしたけど、不思議な店を訪れる悩める人たちが抱える問題に、アドバイスをする透子とともに鬱屈の一因だった共感覚を活かして、解決する手助けをしていくストーリーはなかなか良かったですし、続きがあるならまた読んでみたいと思いました。
猫沢文具店の借りぐらし (富士見L文庫)
最愛の夫を喪い、仕事や終の棲家もなくし、実家の文具店で店番をしつつ一人暮らしをする元編集者の猫沢二胡。訪ねてきた甥っ子の大学生の明澄と不思議なふたり暮らしが始まる物語。シングルマザーの母の結婚をきっかけに家を出るという明澄に対して、とっさに同居を提案して始まった一緒に暮らす日々日々。これまでの静かだった日々に明澄が加わって、文具店のわけありなお客様たちとの交流もあり、悪天候のたびになぜかやってくる猫のあれこれに振り回されたりもして、周囲との関わりが増えていくことで、その世界が少しずつ変わっていく何気ない日々の描写が素敵な物語でしたね。猫の名前がどうなったのかも気になりますし、続きがあるならまた読んでみたいと思いました。
後宮の人形師 ひきこもりの少女、呪術から国を救う。 (富士見L文庫)
後宮の人形師 ひきこもりの少女、呪術から国を救う。
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猫田 パナ/薔薇缶 KADOKAWA 2024年10月15日頃
国で唯一、命ある人形「魂人形」を作ることができる黄鈴雨。人が怖くて祖母のくれた猫の仮面がないと人と話せない彼女が、勅命で後宮で働きはじめる中華風ファンタジー。帝からの「不幸続きの後宮の妃たちを守れ」との勅命を受けて、官吏の李長雲に世話を焼かれながら工房で人形作りに勤しむ鈴雨。喋らず仮面を付ける姿ゆえに嫌がらせを受けていたところを徳妃に救われ、そこから仕事を認められ、人の繋がりも増えていって少しずつ彼女の世界が広がっていく展開で、そこから明らかにされてゆく後宮の事件の真相は何とも皮肉な構図でしたけど、それでもいつの間にか増えていた大切な人たちやかけがえのない居場所を守るために奔走して、陰謀を見事阻止してみせた彼女の姿に確かな成長を感じさせてくれました。
#嘘つきな私を終わりにする日 (スターツ出版文庫)
SNSで自分を偽り、可愛いインフルエンサーを演じる日々を送る地味な女子高生の紗倉が、クラスの人気者・真野にアカウントを知られてしまう青春小説。学校の人たちにはひた隠しにしていたアカウントの存在を秘密にする交換条件として、真野のSNSのある活動に協力することになった紗倉。一緒に偽りの酷評をされた店を褒める投稿をしたり、炎上アカウントをフォローする活動を始めた彼女が、逆恨みから心無い中傷に巻き込まれていく展開でしたけど、SNSでの苦い過去を抱えていた真野とともにSNSに関する様々なことを知っていって、向き合った彼女がそれを乗り越えてリスタートするその姿がなかなか印象的な結末になっていました。
異世界歯医者はいそがしい ~運命の患者と呪われた王国~ (集英社オレンジ文庫)
異世界歯医者はいそがしい 〜運命の患者と呪われた王国〜
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森 りん/睦月 ムンク 集英社 2024年10月17日頃
30歳も目前で4年間付き合っていた彼から突然別れを切り出された歯科医師の葵。実家に戻り縁あって引き継いだ歯科医院のロッカーが異世界に繋がる物語。王族も平民もいにしえの「聖人」たちがもたらした文化が原因で起きた「虫歯」が蔓延する状況に苦しむクレスト王国。「聖女」として迎え入れられた葵が、薬剤も機器も限られる中で彼は幼王マヨ三世の虫歯治療を行い、彼の成長を定期的に見守る中で思わぬ動乱に巻き込まれていくその後の展開は思ってもみない方向に向かいましたけど、大陸の危機を救ってみせた葵がこれからの人生をどう生きていくのか、それを決めるきっかけとなったささやかなエピソードがなかなか効いていました。
ようこそ伊勢やなぎみち商店街へ 瓦版とあおさのみそ汁 (集英社オレンジ文庫)
とある事情で心身を壊して、地元の三重県伊勢市の柳道商店街へ帰ってきた青年・健一。商店街の内外からやってくる様々な人たちとの出会いと交流を描く連作短編集。駐車場係員として社会復帰を目指す彼が、健一の母も大ファンの絃來田兼人の作品を読んで実家の寿司屋を継ぐために帰ってきた青年、モラハラ彼氏と別れられない大学の同級生の妹、絃來田の小説の主人公に憧れて孤軍奮闘するシングルマザー、祖母の夢を叶えるため東京から地元に帰ってきた孫たちのエピソードを、幼馴染の晴人が編集長を務めるフリーペーパーのコラムにまとめていく構成で、そこから住み込みの三國の過去、健一が身体を壊した背景や意外な繋がりも描かれてゆくストーリーは、訪れた人たちの心を癒やす商店街の温かさがとても心にしみる物語でした。