3月のラノベはシリーズものの消化が忙しくて新作にあまり手を出してませんでしたが、月末に出たファミ通文庫・スニーカー文庫の3点は自分好みで個人的に強く推したい一冊。竹岡葉月さんの「恋するアクアリウム」(富士見L文庫)筏田かつらさんの「君に恋をしただけじゃ、何も変わらないはずだった」(宝島社文庫)などスピンオフ小説もなかなか良かったですし、今回は全体的に粒ぞろいな感じです。興味を持てそうな本があったら是非読んでみて下さい。
「異能兵器」が趨勢を左右する世界。転校した初恋の女の子・市ヶ谷すずに再会した辰巳千樫が、引っ込み思案な夢見る彼女が抱える秘密に巻き込まれてゆくラブコメディ。テロに襲われすずの圧倒的な力を知る一方、瀕死の重傷から助けてもらった代償に交換条件を突きつけられた千樫。それでも中国やロシアの驚異的な異能兵器相手だろうが、すずは彼にとって守りたい女の子で、どこまでも献身的な奔走の先にあった噛みしめるような幕切れはあまりにも切なかったです。でもこれで終わりじゃないですよね?諦めない千樫たちの物語を最後まで読みたいです。
無表情・無感情で人と関わろうとせず、そこかしこに絵を書き散らす芸術科の天才・小海澤有紗。変人扱いの彼女を気にかける雪斗が関わってゆくうちに、彼女が抱える秘密に巻き込まれてゆく青春小説。コミュ障なオミサワさんと些細なやり取りを重ね交流を深めてゆく地道な努力が微笑ましくて、文字通り次元が違う秘密を知っても彼女を理解し共にあろうとする雪斗。大切だからこそ苦悩するオミサワさんでしたけど、彼女の想いを垣間見た雪斗と相変わらず難しい境遇でも確実に変わりつつある彼女が迎えた素敵な結末には、ついニヤニヤしてしまいました。
死神を名乗る美しい少女・供花に七日後通り魔に刺されて死ぬと予告された大学生の波多野景。それまで生きる意味も目標もなかった彼が、彼女との出会いから徐々に変わってゆく物語。後輩からの告白にも心動かされず、思い残すこともあまりない景が供花に抱いた、最期を迎えるまで共に過ごして欲しいというささやかな願い。そして感情に乏しかった供花が景と共に過ごしていくうちに少しずつ積み重ねてゆく想いと心境の変化。運命が二人の出会いによって大きく変わる中、難しい立ち位置にあった彼ら二人に提示される落とし所は絶妙だったと思いました。
会社にも地元にも居場所がなくなり上京した浅見桐子。しかし落ち着き先を火事で失い、仕方なく歳下の幼馴染・佐倉井真也の元に転がり込んで同居生活が始まる「おいしいベランダ。」のスピンオフ小説。魚マニアだった弟分を甲斐甲斐しく世話したり振り回したりで、その日常を確実に塗り替えてゆく桐姉の存在感。なのに転職先が決まってあっさり終わった同居生活と、思わぬところから明らかになる彼女の上京理由。お人好しで面倒見の良いところが裏目に出ていた桐姉でしたけど、彼女をよく知る真也の真摯な想いが心にじんわりと来る素敵な物語でした。
幼馴染・想史に思いを寄せる女子高校生・志奈子と、初恋の女性の結婚が決まったと聞き動揺する高校教師の直江。不思議な縁で電話をするようになった二人が毎晩相談の電話を積み重ねてゆく物語。いつの間にか上手く行かなかった自分と幼馴染の関係を重ね合わせて、別の高校に通うようになって口を聞いてくれない想史と志奈子の恋を応援する直江。そんな繋がりをもたらしたきっかけには苦笑いでしたけど、きちんと向き合った志奈子だけでなく、自身もまた想いを燻らせていた直江が大切な人に想いを伝えようと奔走する姿には心に響くものがありました。
他人の記憶に極端に残りにくい体質の少女、自分に恋する人の視力が下がってしまう少女、教室から出られなくなってしまった少女、事故で意識不明の恋人とメールでやり取りできるようになった少女と、少し変わった性質を持った少女たちと彼女に恋した少年たちの物語を描いた連作短編集。人と違う自分を意識することで周囲と距離を置いていた少女たち。そんな頑なになっていた彼女たちが築いた壁に挑む男の子たち、乗り越えようとしたヒロインには苦難や葛藤が伴いましたけど、それでも諦めずに乗り越え人生が変わってゆく展開はなかなか良かったです。
マグナ・キヴィタス 人形博士と機械少年 (集英社オレンジ文庫)
- 作者: 辻村七子,serori
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2018/02/20
- メディア: 文庫
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人工海上都市『キヴィタス』のアンドロイド管理局に勤める若きエリート技師エルが、仕事からの帰り道で登録情報のない野良アンドロイドの少年・ワンと出会い不思議な共同生活を始める物語。アンドロイドが貴重な労働力になっている世界で、不器用だけれどアンドロイドには真摯に向き合うエルに、訳ありなアンドロイドのワンは何だかんだ言いながらも振り回されっぱなしで、エルの事情も明らかになってゆく中、二人の関係性がワンの過去を巡る騒動と絡めつつとてもいい感じに描かれていたと思いました。もし続巻あるようならまた読んでみたいですね。
ある日の帰り道、自分の指に絡まる黒い糸に気づいたオカルトに憧れる小学生の「僕」。偶然が偶然を呼び、不幸に魅入られた者たちが巡り合い連鎖していく連作短編集。死体に導く黒い糸や、身寄りをなくした少年が身を寄せた白い檻、田舎にある古い家にあった灰色の箱、死んだ男が見出した光の窓、現実に絶望する少女の密かな望み。不思議な力に魅入られて人生を狂わせてゆく哀しい登場人物たちでしたけど、徐々にそれぞれの話が繋がり構図が明らかになってゆく展開の妙と、複雑な想いを抱かせてしまうその結末はとてもこの物語らしくて印象的でした。
新社会人のケイが引っ越した高円寺のアパートで深夜に現れた幽霊のアカネ。なし崩し的にアカネと同居することになったケイが、ともに過ごすうちに惹かれてゆく物語。新社会人として多忙な毎日を過ごすケイの癒やしとなるアカネの存在。そして手帳を拾ったことをきっかけに始まった陽介と咲夜のもうひとつの恋。たびたび視点が切り替わる構成には最初戸惑いつつ、相手を想えば想うほど胸が締め付けられる展開には切なくなりましたが、物語がひとつにまとまってゆく中でそれぞれが自らの恋にひとつの決着をつける、真っ直ぐで不器用な恋の物語でした。
高校生になった天野良治がひょんなことから弓の名手・那須与一の霊に取り憑かれ、弓道愛溢れる可愛い部長・鹿目梓が部長を務める未経験の弓道部へ入部する青春小説。始めは梓に一目惚れして入部した良治でしたけど、強豪校に所属する梓の兄・一世というライバルに刺激され、与一に見守られながら弓道にのめり込んでいく展開。二人部活という特殊な環境も梓が体育会系過ぎて(苦笑)恋愛模様の方はあまり発展しなかったのは少し残念でしたけど、それでも家族や友人にも支えられながら、ひたむきにまっすぐに取り組んでいく姿はなかなか良かったです。
雪と氷に閉ざされた現実世界から離れ、人々が生活のほとんどをVRシステム「ALiS」の中で過ごす近未来。傷つくことのない穏やかで平和な仮想空間で、突如椎葉羽留がVR内に閉じ込められる脱出サバイバル。「ピノッキオの冒険」をモチーフにしたログアウトもできない謎のVR世界で、謎めいた指示に従って危険を乗り越え狂気の館に集まった生き残りの五人。誰かが死ぬ度に次第に状況が明らかになってゆく構図で、生き残るためにお互いが疑心暗鬼になってゆく展開には緊張感があって、こういう世界観ならではの結末はなかなか興味深かったです。
君に恋をしただけじゃ、何も変わらないはずだった (宝島社文庫)
- 作者: 筏田かつら
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2018/03/06
- メディア: 文庫
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異様に運の悪い大学生・柏原玲二が元カノの部屋へ大切な物を取りに行き、そこに住む見知らぬ女子・磯貝久美子に不審者扱いされる最悪の出会いを果たすもう一つの物語。玲二の後輩・奈央矢と幼馴染で偶然の出会いを果たした久美子。期せずして久美子を取り巻く恋愛模様に巻き込まれてゆく玲二。誤解から始まって結果的に他人の恋の邪魔をしてしまう間の悪さが、巡り巡って容易には変わらないはずの気持ちを少しずつ動かしてゆく展開が面白いですね。久美子が自分らしさを出せる相手は誰なのか、前作とも繋がるもう一つの物語を十分に堪能できました。
友達を作らないと決めていた僕に唐突に話しかけてきた、数学が好きで天才で孤独な少女・秋山明日菜。不本意ながら始まった彼女との交流が僕を変えてゆく青春小説。心臓移植の影響で前向性健忘症となり一ヶ月しか記憶を保てない明日菜。彼女の日記を頼りに二人の思い出を積み重ねてゆく僕と、少しずつ変わってゆく明日菜との関係。そして僕の暗い過去と意外な形で繋がる彼女の秘密。あれほど望んでいたはずの治癒がもたらした皮肉な転機でしたが、ゼロではない可能性を信じ続けた二人の真摯な想いが引き寄せた結末にはぐっと来るものがありました。
高校生の時、偶然ピアノ調律師板鳥と出会って以来、調律の世界に魅せられた外村。ピアノを愛する双子の姉妹や先輩たちとの交流を通じて調律師として成長していく物語。生まれもあってか朴訥でひたむきに調律に臨む外村のありようがとても印象的で、いい刺激になる先輩たちに囲まれて繊細で答えのない作業に時には思い悩みながら、それでも淡々と着実に積み上げてゆく彼の強さや、そんな彼が双子のピアノを気にかけるようになっていったり、ピアニストになると決意した和音の変化に影響を受けたり、そんな描写の積み重ねがとても心に響く物語でした。
商社で着実に出世街道に乗り彼女もいた朋文。それなりに順調な人生だったはずが、身に覚えのない罪状でいきなり逮捕され、さらに潰れかけた実家の老舗和菓子屋では父親の突然の失踪してしまう物語。朋文が直面する突然の逮捕から始まる運命の急転と、踏んだり蹴ったりなトラブルの連続。順調だった仕事も結婚を視野に入れていた彼女も、誤認逮捕で失ったものはもう取り戻せない容赦のない現実に読んでいる方も愕然としてしまいますが、それでも何とか乗り越えようと覚悟を決めた朋文が直面する新展開がどう繋がってゆくのか続巻に期待したいですね。
自殺、他殺、事故死など寿命以外の死が見える志緒と屋上で出会った佐藤。彼女が悲しまぬよう死を回避させる協力をするようになってゆく君とぼくの物語。親の所業によって居場所をなくしていたミステリ好きの佐藤が、志緒が気づいた死の予兆を誰も死なないミステリに変えるべく頭を働かせる展開で、やろうとしていることの宿命でミステリとしてはやや締まらない感もありましたが、解き明かされる墜死事件の謎と回収されてゆく伏線によってひとつの物語として再構成されて、悔やんでいたひとたちの救いに繋がってゆくとても優しい素敵な結末でした。
上司のパワハラに悩みながら資格試験の勉強をする冴えない伊東公洋の毎日を一変させた大学生・奈々との出会い。彼女に惹かれてゆく一方で、職場の峰岸からも好意を寄せられ何かが狂い始めてゆくミステリ。真面目で優しい不器用な公洋が、地味な同僚の峰岸にどんどん追い詰められてゆく展開は怖かったですが、そこから第二章以降の視点も変わる急展開にはビックリしました。事件の背景に意外な繋がりが見えてきて、思惑と譲れない意地が入り混じる真相には何とも複雑な気分になりましたし、タイトルに込められた意味をいろいろと考えてしまいますね。
事故で婚約者を喪った額装師・奥野夏樹。少し変わった依頼でも真摯に向き合う夏樹が、彼女の作品の持つ雰囲気に惹かれた表具額縁店の次男坊・久遠純と出会う物語。時には依頼人の想いを暴いてしまう一方で、婚約者との過去にどう向き合うべきか悩む不器用な夏樹と、掴みどころのない純との微妙な距離感。そして二人の重要な過去に繋がる池端の存在。明らかになっていったそれぞれの過去に向き合うことにはほろ苦さも伴いましたけど、そんな自分に寄り添ってくれる存在がいて、新たな一歩を踏み出す姿が描かれる結末にはぐっと来るものがありました。
公平な姿勢が評価され出版社の管理課課長を何とかこなす水上駒子に突然降って湧いた新規事業部署での次長昇進辞令。激変した環境に戸惑う駒子に家庭トラブルまで起きるお仕事小説。平穏な毎日を望んでいたはずなのに、セクハラの尻拭いや次長昇進から発生した問題の数々に加えて、家庭でも生じる専業主夫として支えてくれていた夫の仕事復帰や、息子の不登校問題。何を大切にすべきなのか優先すべきなのか、ままならない悩ましい状況が生々しく描かれていましたが、それでも試行錯誤して前向きに取り組む駒子が迎えた結末には救われる思いでした。
経営難で閉校が噂される武蔵映像大学。卒業制作のドラマ映画を撮れるのはたった一人。コンペでガチンコ勝負した親友で監督志望の安原と北川が監督とプロデューサーとして映画製作に挑む青春小説。自らの抱える事情に苦しみながらも妥協しない不器用な監督・安原と、そのフォローをそつなくこなす一方で自分にないものに葛藤する北川の複雑な関係。そして映画に関わる制作側・役者たちにもそれぞれの葛藤があって、ぶつかりあいながら少しずつお互いを理解していって、完パケに向けてひとつにまとまってゆく熱い展開にはぐっと来るものがありました。
学生時代の友人・麻衣亜の夫のSNSによって彼女が幼い息子を連れて失踪したことを知ったジャーナリストの長月菜摘が、行方不明の麻衣亜の行方と失踪に駆り立てた要因を探るミステリ。彼女が失踪した理由を知らないという夫や両親・同僚たちの話から徐々に明らかになっていく、追い詰められていった麻衣亜の悲惨な境遇。悪い夢を見ているような状況を突きつけられた彼女の絶望を思うと暗澹たる気持ちになりましたが、腹を括った麻衣亜の覚悟と周到に準備され暴かれてゆく事実によって、これまでの構図が激変してゆく意外な結末には驚かされました。