10月に読んだ新作では何といっても「6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。」 (角川スニーカー文庫)でしょう。衝撃のデビュー作「おにぎりスタッバー」で度肝を抜いた著者さんが、今度はガラリと違うストレートな青春小説を書いてきて、最後の最後でびっくりさせられました。スニーカー文庫は最近いい青春小説をコンスタントに出すようになっていてうれしいですね。
あとは電撃文庫「幼馴染の山吹さん」、ライト文芸ではオレンジ文庫「どこよりも遠い場所にいる君へ」メディアワークス文庫「この世界に i をこめて」、一般文庫では創元推理文庫「ぬばたまおろち、しらたまおろち」宝島社文庫「妻を殺してもバレない確率」、単行本では「崩れる脳を抱きしめて」などがありましたが、なかなか充実した新作ラインナップでした。
6番線に春は来る。そして今日、君はいなくなる。 (角川スニーカー文庫)
- 作者: 大澤めぐみ,もりちか
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/11/01
- メディア: 文庫
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人間関係に焦燥を募らせる優等生香衣。サッカー部のエースで香衣が気になる隆生。香衣に一目惚れした不良・龍輝。付かず離れずの距離で香衣の友人を演じるセリカ。それぞれの視点から綴られる出会いと別れの物語。中学時代一緒に勉強して同じ高校に合格したのに、いつの間にか距離ができてしまった香衣と隆生。その関係を起点に描かれてゆく読んでいる方がもどかしくなるような青春群像劇は、前作とはまたガラリと違う読みやすさと繊細さが感じられて、こういう作品も書けるのかとビックリしました。こういう王道の青春小説をまた読んでみたいです。
幼い頃に約束を交わしながら疎遠になってしまった可愛い幼馴染の灯里。青春の呪いを掛けられた幼馴染を救うため平凡な喜一郎が一緒に数々の青春の試練に挑む青春ラブコメディ。くしゃみをすると一定期間ものに触れなくなる呪いを受けた灯里と、彼女のために気後れしていた経緯を乗り越え勇気を出した喜一郎。試練とはいってもやってることはただのバカップル体験で(苦笑)一緒に行動する中で積み重なってゆく想いと、過去の誤解と約束もうまく絡めていい感じに盛り上がってゆく展開はとても良かったです。最後の流れは続巻を期待していいですよね?
圧倒的存在感で陽キャラの頂点に君臨する陽乃森さん。そんな彼女がとある事情から陰キャラの鹿家野たちに陰キャラになれるよう協力を依頼する青春ラブコメ。彼女の事情を知って意識や常識の違いに戸惑いつつも協力する鹿家野たちに突きつけられる、いい子だけど何をしても陽キャラ感がにじみ出てしまう陽乃森さんを変える無理ゲー感。それでも楽しそうなラブコメエピソードからの急展開には驚きましたけど、一緒に行動することでお互い大切なことを知り、そのために奔走する姿は良かったですね。最後まで破壊力あった陽乃森さんはやはり破格でしたw
魔王の娘を嫁に田舎暮らしを始めたが、幸せになってはダメらしい。 (GA文庫)
- 作者: 手島史詞,玖条イチソ
- 出版社/メーカー: SBクリエイティブ
- 発売日: 2017/10/12
- メディア: 文庫
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魔王軍の紅蓮の騎士カズキ(人間)は魔王の娘で幼馴染のアストリッドのコミュ障を治すため、魔王の命で人間の田舎町に二人一緒に暮らすスローライフ幼馴染ラブコメ。魔王に間違いがあったら死罪と言われながら、その配慮でかいがいしく世話をするアストリッドにたびたび理性が崩壊寸前のカズキ。そんな彼らの前に現れる宿敵でバカップルな勇者アスマと女神官ミラ。安心安定の甘々な展開にカズキの秘密や魔王の思惑も絡めた展開は、ハッピーエンドのために立ち上がったアストリッドの決意もあって面白くなりそうですね。続巻に期待の新シリーズです。
デュシア・クロニクル 十二騎士団の反逆軍師〈リヴェンジャー〉 (ファンタジア文庫)
- 作者: 大黒尚人,ゆらん
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/10/20
- メディア: 文庫
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帝国に家族を殺されて黒天十二騎士団の座も追われ、今は反帝国派の希望・軍師アートルム卿として活動する少年シオン。辺境の王国騎士セレインとの出会いから、西方大陸の歴史を変える復讐の戦いが始まる戦記ファンタジー。帝国の対応を巡って王女派と宰相派に分かれるエルザイムを舞台に、王女派として旅の剣士シオンとアートルム卿の二役を演じつつ戦いを主導する展開。野心を胸に秘めた王女やツンデレなセレインといったヒロインたちを魅力的に描きつつ複雑な因縁も絡めてゆく構成は、戦記物として見るとこれからですけど期待の新シリーズですね。
タイムシフト 君と見た海、君がいた空 (ダッシュエックス文庫)
- 作者: 午後12時の男,植田亮
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2017/10/25
- メディア: 文庫
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壊れつつある世界で印象的な出会いを果たした少女・八神リノと、偶然同じ家に同居することになった少年・七尾レキ。彼らが世界の崩壊を食い止めるため立ち上がる青春SF小説。不具合が顕在化した世界でカムナギという異常体質に蝕まれているレキたち。それでも親友のユウキやアザミに妹ミナたちも交えた青春な日々を過ごす中で起きた事件。初々しいやり取りが甘酸っぱい不器用な二人が直面する真実と運命はどこまでも残酷で、絶望的な状況でも諦めなかった彼らの強い思いがどのような結末に繋がってゆくのか、続きをまた読んでみたいと思いました。
「僕とキミの15センチ」をテーマに総勢20名の作家が参加して描かれたショートストーリー集。同じテーマで書いていても著者さんそれぞれで着目点が違ったり、作品にらしさがよく出ていてとても興味深かったですが、個人的には九曜さんや三田千恵さん、久遠侑さんあたりの青春小説は今後も期待したくなりましたね。そして何よりもう読めないと思っていた東雲侑子シリーズと文学少女のエピソードが読めたのは嬉しかったです。一つ一つの作品がもう少しボリュームあると良かったかなとは感じましたが、全体としてみれば十分満足できる一冊でした。
五年前にベンチャー企業社長である母を亡くした平浦一慶。残されたトランスジェンダーの姉、オタクで引き籠りの妹、コミュ障でフリーターの父とともに過ごす日々が描かれる青春小説。何でも自分でできてしまうがゆえに高校にもろくに通わず、アプリ開発に精を出す日々を送る一慶。過去の苦い経験から周囲に無関心でしたけど、誤解されて窮地に陥った時でも彼のことを気にかけてくれる人たちがいて、不器用な交流の中にもたくさん気づけたことがあって、彼だけでなく周囲もまたその影響を受けて成長してゆく展開は、とても心に響くものがありました。
父親を亡くし母親が失踪、友達も趣味も何もない日々を送っていた山梨の高校に通う女子高生・小熊。そんな彼女が中古のスーパーカブに出会い、それをきっかけに世界が広がってゆく物語。奨学金で高校に通う慎ましい生活を送る子熊視点で淡々と綴られる、同じカブに乗る同級生の礼子と知り合ったり、カブを巡る様々な出来事に遭遇したり、これまで目を向けてこなかったものに気づいてゆく展開。著者さんの深いカブ愛を感じつつ、子熊らしい慎重なペースで、けれど確実に世界が広がっていてゆく様子がとてもいいと思いました。これは続巻も期待ですね。
訳ありの過去もあり友人の幹也と采岐島のシマ高に進学した月ヶ瀬和希。そんな彼が初夏に神隠しの入江で倒れていた少女・七緒を発見するボーイミーツガール青春小説。過去からやって来た七緒と少しずつやりとりを重ねてゆく日々。何気なく過ごせていた高校生活の突然の暗転。明かされる過去の真相と、変わらず向き合ってくれる友人たちの存在、そして覚悟を決めた七緒。甘酸っぱく初々しかった出会いの結末には切なくなりましたけど、繋がって行く過去と未来、そして意外な形で届けられた真摯な思いは、かけがえのないとても素敵なものに思えました。
屈折した高校生・染井浩平唯一の女友達で、半年前に死んでしまった天才作家・吉野紫苑。退屈な高校生活から逃避して届くはずのない彼女へメールを送り続ける染井の元に彼女のアドレスからメールが届き始める物語。不器用で人を好きになることを知らず、染井と多くの創作を語り合った吉野。そんな彼のもとに現れた転校生・真白。それぞれが抱く思いは複雑でも話の構図としてはわりとシンプルで、遺された吉野の最後の物語と言葉、そして彼女を介して繋がったうまく生きられない二人が少しずつ積み重ねてゆく不器用な関係は心に響くものがありました。
周囲に迎合しグループ内で平穏に生きていくことに全力を傾けてきた女子高生の小野ひなた。ある日、憧れの同級生結城さんに誘われグループの約束をドタキャンしたことで周囲から孤立してしまう青春小説。これまで無難に生きることに心を砕いてきたはずが、偶然結城の秘密を知り興味を抱いたことで結果的に失った自分の居場所。息苦しい狭い世界でどう生きるのかというお話でしたけど、焦燥を募らせていた彼女が姉や師匠、結城さんなど、たくさんの人と話し合い悩みながらもこれまでの自分を省みて、大切なことを見出してゆく姿はとても印象的でした。
スピンガール! 海浜千葉高校競技ポールダンス部 (メディアワークス文庫)
- 作者: 神戸遥真
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/09/23
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中学時代の苦い経験から人と関わることが苦手な女子高生・舞。競技ポールダンス部設立を目指す舞が周囲に猛反対され、部設立を認可する条件として大会入賞を言い渡されてしまう青春小説。マネージャー役を買って出た友人と一緒に立ち上げたポールダンスに加わることになる、わけありで廃部した元競技ダンス部の郁斗先輩と白谷先輩。周囲とのやりとりが拙く空回り気味だった主人公でしたが、友人や先輩たちもまた苦い過去を抱えていて、ぶつかり合いながら競技に挑んで喜びを見出してゆく様子は、展開的にベタではありましたがなかなか良かったです。
おとなりの晴明さん ~陰陽師は左京区にいる~ (メディアワークス文庫)
- 作者: 仲町六絵
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2017/10/25
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一家で京都に引っ越してきた女子高生・桃花。隣に住んでいたのは琥珀の髪と瞳をもつ青年・晴明さん。子どもの頃出会っていて不思議な術で桃花の猫を助けてくれた晴明さんと女子高生のあやかしファンタジー。二人の前に現れる優しい鬼や京都の街を守る平安京サル会議、美の御利益をもたらす女神様たち。勉強を教えてもらうはずがいつの間にか弟子みたいな扱いで関わっていた桃花でしたけど、浮世離れした晴明さんはこれまでの作品にも登場していたあのお人で、からくさ図書館の二人や茜さんなども登場したり世界観の広がりを感じる素敵な物語でした。
警視庁特異犯罪分析班に異動した神尾文孝が、協調性ゼロだが優秀なプロファイラー羽吹允とコンビを組み、連続猟奇殺人の謎に挑む警察ミステリ。マイペースな言動で神尾を振り回す羽吹が抱える過去と、経験したもの全てを忘れることができない超記憶症候群。銀色の繭に包まれた美しいともいえる異常な死体を残す連続殺人事件。その記憶を活かして事件に繋がる鍵を探す過程で、噛み合わなかった二人が徐々にコンビになってゆくのがいい感じで、まだまだ終わらないことを予感させる結末に続巻をまた読みたくなりました。今後に期待の新シリーズですね。
現在に至るまで受け継がれた部族の教えがあるけど海を愛し、浮いた存在の集落で生贄とされて海の底に沈んだ一人ぼっちの少女が、自らを神と称した無知な少女・メイと出会うSF的ガール・ミーツ・ガールな物語。未開の地で疎まれていた少女と海底で眠っていた少女・メイの出会いが転機となり、原始的な環境で二人が拙いながらも交流してゆく展開でしたけど、冒頭の流れから何となく思い描いていたSF的展開よりはよほど現実的な顛末が待っていて、二人で選んだ決断にはやるせなさもありましたが、それだけでは終わらない何かがあったと思いました。
御印を持ち分家の娘ながら資産家の木津音本家に迎えられた紅葉。しかしその目的が神狐とつがい次代の巫女を産むためと知り、養父に対して反逆を企てる物語。傍若無人で嫌われものの養女・紅葉と、常に努力し周囲に愛されながら御印を持たない実娘・結花。モフモフ狐たちと紅葉の出会いをきっかけに、対照的な立ち位置だった二人がそれぞれ新たな一面を見せ始めたり、人間関係も変わってゆく構図は印象的で、今巻の騒動を経て彼女が目指す目標の具体的な形が見えてきましたね。真意が見えないお目付け役の思惑も気になる続巻に期待の新シリーズです。
両親を亡くし角田村で叔父夫婦に育てられた綾乃。小さい頃からの秘密の親友・大蛇のアロウにプロポーズされた彼女が、別の大蛇に襲われる事件を経て母校ディアーヌ学園で学ぶことになるファンタジー。妖魅子女も通うディアーヌ学園で楽しい友人たちと出会い魔女の修行をする日々。そこから繋がる雪之丞との縁と過去の因縁もまた明らかになってゆく展開で、アロウとの約束に心揺れる綾乃と共に過ごすうちに絆を深めてゆく雪之丞が過去に飛んで、そこで果たした役割が現在に繋がってゆくその結末にはなるほどと唸らされた、とても素敵な物語でした。
未来に起こる確率を調べる技術が確立した世界。自らが抱える苦しい思いをどうにかしたくて、確率をつい確認し続けてしまう人たちの物語を描く連作短編集。政略結婚や大怪我、路面電車での出会い、届かぬ思いや父と娘の関係、忘れられない運命の出会いなど、停滞する状況を抱える登場人物たち。それでも人との関わりの積み重ねから事態や心境も少しずつ変化して、それに向き合ったり素直になったり次に向けた一歩を踏み出してゆく7つのエピソードは、表題作でもあるタイトルイメージをいい意味で裏切る思いのほか爽やかな読後感の素敵な物語でした。
1クールごとに組む相手を変え覇権を競うアニメ制作現場。伝説の天才監督・王子を口説いた有科、同じクールで勝負を挑む監督・斎藤瞳と行城のコンビ、そして原画に携わる和奈と地元のそれぞれの視点から語られるお仕事小説。人間関係にも苦労する不器用だけどアニメに賭ける想いは熱い登場人物たち。見えているもの思うところは違っても、けれどアニメのためならいくらでも頑張れるし、苦難を乗り越えてしまうパワーが感じられて楽しかったです。ちょっと今後が気になるコンビもあったけど、文庫版で追加された「執事とかぐや姫」も良かったですね。
会社をリストラされ彼にも振られた木崎朋美が、レトロなBARで弁護士・城之内にスカウトされ、本業はお祓いの事務所で持ち込まれる奇妙な依頼を解決してゆく物語。イイ男なのに残念な京男子・ジョー先生や特別な霊能力を持つバイトの美少年高校生・海斗君と組み、3人で力を合わせ猫探しからストーカー退治、憑き物や呪い絡みの案件まで解決する展開で、お人好しだけど人情に厚くピンチの時ほど大活躍の規格外な朋美はこれまでとはまた一味違った魅力のあるヒロインでした。寺町三条のホームズさんたちも登場したりで、今後に期待の新リーズです。
部活必須の御出学園で通学地域で社会奉仕を義務付けられた独特の帰宅部。そこに所属する佐々木幸弘が地域で起こる謎や事件を仲間とともに解いていく青春ミステリ。夜な夜な動くという噂のベニヤ製の人形の謎やたたかうにんじん、双子を巡る複雑な想い、商店街文化祭のお姫様コンテストにまつわるあれこれ。やや若干登場人物が多いかなという印象はありましたけど、繊細な人間関係の機微にも配慮しながら解き明かしてゆく謎解きは主人公らしくて、彼がようやく意識し始めた幼馴染との関係が今後どうなってゆくのか、続きが読んでみたいと思いました。
超人気漫画を突如休載した神野拓が指導する新人育成プロジェクト。そこにワケありの三人が集まってぶつかり合いながら切磋琢磨の共同生活を送るお仕事小説。再デビューを目指すが伸び悩む滝川あさひ、会社を辞めて漫画家を志す林一樹、絵は下手だが発想力は人一倍の星塚未来。そして指導役の神野が悩む親子関係と彼が突如休載した真相。それぞれが深い悩みや戸惑いを抱え、身近に競い合う存在がいるとどうしても避けられない嫉妬や悪魔の声に苛まれながら、それでも逃げずに向き合い自らの答えを出してゆく彼らの姿には共感できるものがありました。
人生の大切なものを見失いかけた人たちの前に現れた様々な神様たちとのやりとりと、その優しさや切なさが描かれる連作短編集。バーで隣りあったこれまで幸せを感じたことがない死神が出会った喜び、貧乏神や疫病神が取り憑いていた理由、ひっそりと警備員として暮らす道祖神と八咫烏が出会った母子、おばあちゃんの釜に取り憑いた付喪神、周囲の人ばかり幸せになるOLの正体など、どこか人間離れしている神様たちは、一方で関わる人たちを見守るような優しさがあって、彼らが果たしている役割とそのありようは読んでいて心温まるものがありました。
父親の失業で東京から父の故郷である島根の四葉島に移り住んだ高校生鳥羽心一。都会への未練を捨て切れない心一が、ある日蔵で死んだばあちゃんが宿っていた古いババチャリを見つける青春小説。真剣に祈れば望むところへ連れて行ってくれるというババチャリに取り憑いたおばあちゃんの霊。島で出会った女の子に一目惚れしたり、仲間たちと島での生活を満喫したり、みんなでババチャリで東京に行ったりとだんだん島の生活に馴染んでいった心一が、苦い過去も乗り越えて大切な人の窮地にババチャリに乗って奮闘する涙あり笑いありの素敵な物語でした。
仙台で暮らす村田カエデ27歳。ぽっちゃり体型の優しい彼氏がいて、地元の信金勤務の平凡な人生を送っていた彼女が、生き別れていた父のお墓で困った人を放っておけず騒動ばかり引き起こす幽霊のお鈴さんに振り回される物語。160年前に許嫁に駆け落ちされて無念から成仏できず、その子孫を探すようにカエデに命じるお鈴さん。子孫を見つけても簡単には成仏しない彼女や周囲の人たちに、彼氏のこんちゃん共々振り回されるいくつかのドタバタエピソードは、人間の生々しい本性を描きつつどこかほのぼのとした心温まる感じで悪くない読後感でした。
恋した美容師の美咲の叱咤激励もあって、諦めかけていたカメラマンになる夢を再び追いかけるようになった晴人。ようやく幸せを見出しかけた状況で美咲が人の何十倍もの早さで年老いる難病を発症してしまう物語。これからというところでの悲劇に、これは女性には残酷だな...と思いながら読んでいましたが、彼を思うがゆえの決別があまりにも切なくて、そんな彼女に変わらないものを教えてくれた彼の写真に込めた想いがあって、会いたいけど彼に姿は見せられない彼女の複雑な心境を象徴するかのような結末には、胸が締め付けられる思いがしました。
広島から神奈川の病院に実習に来て、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会い次第に心を通わせてゆく研修医の碓氷。実習を終え広島に帰った彼の元にユカリの死の知らせが届くが、その死に疑問を抱く青春ミステリ。過去に縛られていた碓氷が、解消してくれたユカリに惹かれるも果たせず終わった結末。その死に感じた違和感をそのままにできず、神奈川に飛びユカリの足跡を追う碓氷。ミステリとしての構図はさほど意外なものではなかったですけれど、読みやすくテンポよく進む展開と最後にたどり着いた結末は、その真摯な想いが報われた素敵な読後感でした。
同じ一時間を五回繰り返すタイムリープを過去に経験し、無難に生きることを選択した女子高生の菜月。そんな彼女が文化祭で同級生の拓未に告白され、繰り返すはずのループで墜死した拓未を目撃してしまう学園青春ミステリ。無難に周囲に合わせてきた高校生活のいきなりの暗転。拓未の墜死に動揺しやり直しで何とか救おうとするものの、毎回違う形で失敗し死なせてしまう絶望。親友とのすれ違いが周囲との人間関係も少しずつ変化して、誰も彼も疑わしく見える中で自分から勇気を出して一歩を踏み出し流れを変えてゆく展開はなかなか良かったですね。
中学3年になる春、山坂百音は3年半前に起きたできごとについて5年3組の担任教師だった柿埼に向けて手紙という形で思い出を綴ってゆくミステリ。当時の思い出を百音と小学校の元教員・田児あやめの2人の視点から描いていく展開で、普通だったらまず実現しないのでは?とも感じる柿埼が生徒たちに提案した「ニンテイ」というゲーム。生徒たちの思惑も複雑に絡む不穏な雰囲気の中で当然起こりうる事態と、それが意外な形で転機を迎えてゆくあたりなかなか興味深かったです。田児先生の複雑な想いも気になるところですが、下巻でどうなるのか期待。
「ニンテイゲーム」を続ける五年三組で密かに起こった変化。その結果起こった事件、クラスメイトのその後や柿埼先生とあやめ先生の思いの行方が描かれた下巻。バンパイアチームによって徐々に取り込まれてゆくクラスメイト。取り込まれて元気をなくしていく親友を心配するけれど上手くいかない構図は難しいなとも思いましたけど、それ以上に決死の思いから起こした事件とその顛末に何とも言えない気分になりました。切ないけれど穏やかな結末かと思ったら、最後に思わぬことに気付かされてビックリ...でもいつか二人が仲直りできるといいですね。
彼氏に二股を掛けられ仕事を辞めて郷里に帰ることにしたアゲハが、ふとしたきっかけから過疎化が進む故郷を復活させるため、26歳にして市長選に立候補することになる選挙小説。4つの町が合併して初の市長選挙。故郷の梅林を守るため、町長だった祖父や男中心の後援会の助けを得て立候補したアゲハ。ど田舎らしい公職選挙法違反やライバルたちのえげつない妨害はいかにもありそうな感じでしたけど、苦境にもめげずに街コンを公約に掲げて再選挙まで戦い抜いたアゲハの奮闘ぶりと、落ち着くべきところに落ち着いたその結末はなかなか良かったです。