毎年ライトノベルに関しては「このライトノベルがすごい!」で年間のおすすめ企画が宝島社さん主催で開催されていて、自分も協力者として参加していますが、それ以外の「ライト文芸」「文庫」「文芸単行本」についても読んだ本の中からの独断と偏見によるセレクトになりますが、年間企画をブログ企画を作りたいと思います。
ということで今回は「ライト文芸」「文庫」に続く第三弾「文芸単行本」編です。対象は「このライトノベルがすごい!」と同じ2021年9月~2022年8月に刊行された新作を対象30作品をセレクトしています。最近の作品は印象的な作品も多くて悩みに悩んで30作品選びました。気になる本があったらこの機会に是非読んでみて下さい。
※下記紹介作品のタイトルリンクは該当書籍のBookWalkerページに飛びます。
メルボルンの若手画家が描いた一枚の絵画(エスキース)。日本へ渡って三十数年、その絵画が「ふたり」の間に奇跡を紡いでいく連作短編集。メルボルン留学中の女子大生と現地在住日系人の恋、日本の額職人とかつてメルボルンで出会った作家の絵、大賞を受賞したマンガ家が師と出会った場所、パニック障害を発症した茜と元恋人の再会、そしてちょっと長めのエピローグ。丁寧に紡がれるひとつひとつのエピソードも良かったですが、繋がりが垣間見えるそれらがひとつに繋がった時に気付かされる、壮大な物語とその結末にはぐっと来るものがありました。
2.汝、星のごとく
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく物語。夫に逃げられた母を放っておけない暁海と、母の恋愛に振り回されてきた漫画家になる夢を持つ櫂。急速に惹かれ合ってゆく二人が、けれどままならない状況に不器用すぎて少しずつすれ違う展開にはもどかしくなりましたけど、彼らを見守り続けて寄り添ってくれた北原先生との存在も大きくて、いつまでもずっと心に残り続けた鮮烈な想いに殉じる一途な姿は、傍から見たら歪でも、他の人に何と言われようとも、かけがえのないとても美しいものに思えました。
ラブカは静かに弓を持つ
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安壇 美緒 集英社 2022年05月02日頃
ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への二年間の潜入調査を命じられた全日本音楽著作権連盟の職員・橘。チェロを武器に傷を抱えた潜入調査員の孤独な闘いと葛藤を描くスパイ×音楽小説。著作権法の演奏権を侵害している証拠を掴むため、身分を偽ってチェロ講師・浅葉のもとに通い始める橘。師と仲間との出会いや奏でる歓びを積み重ねて、愚直にチェロに真摯に向き合い続けた彼が、過去の苦い思い出で凍っていた心を溶かし、自らの行為に葛藤するのも必然の展開だと思いましたけど、対照的な構図も絡めながら描かれる、自分にとって本当に大切なものは何か、自分はどうすべきなのか、その先に見出した不器用な彼らしい決断がとても印象に残る物語でした。
4.香君 上・下
香君 上 西から来た少女
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上橋 菜穂子 文藝春秋 2022年03月24日頃
香りで万象を知る香君の庇護のもと、発展を続けてきた帝国。ある時オアレ稲に虫害が発生してしまい、人並外れた嗅覚をもつ少女アイシャが、オアレ稲に秘められた謎と向き合っていくことになる物語。遥か昔、神郷からもたらされたという奇跡の稲オアレ稲。豊かな恵みをもたらす一方で、他の作物が育たたなくなるなど秘密も多く、帝国の統治の鍵を握るオアレ稲を巡る危機的状況が密かに迫る中、全体の状況を鑑みながら奔走するマシュウたちの奮闘は報われるのか…面白くて読むのが止まりませんが、思っても見なかった急展開から物語がどう動くのか、下巻が気になりますね。
上橋 菜穂子 文藝春秋 2022年03月24日頃
囚われた先でアイシャが見た、迫る危機的状況を打開する希望に思えた「救いの稲」。しかしそれが皮肉にも次々と新たな災いの連鎖を引き起こしてゆく下巻。「救いの稲」を見て怖いと思ったアイシャの懸念。彼女だけに聞こえるオアレ稲の呼び声、それに応えて飛来するものがもたらした災厄。アイシャは仲間たちとともに必死に飢餓を回避しようと奔走する激動の展開で、しかしこれから起こる災厄よりも目先の状況を見てしまう人々たちとの温度差があって、いろいろな利害や思惑が絡む中で最善策を採ることの難しさを痛感させられましたけど、覚悟を決めたアイシャの現状を変えていこうという思い、その行動力がとてもとても印象的な物語でした。
5.宙ごはん
育ててくれたママと産んでくれたお母さんがいる小学生の宙。育てのママ・風海が夫の海外赴任に同行することになり、産んでくれたお母さんの花野と同居を始める家族の物語。花野と一緒に暮らし始めた宙が直面する、ご飯も作らず子供の世話もしない、授業参観には来ないのに恋人とデートに行く母親との生活。けれどそんな彼女を支えてくれる人たちがいて、宙が成長していく過程でいろいろなことに気づいたり、また違う一面も見えてきたりして、いろいろな人たちのとの大切な出会いや哀しい別れも経験しながら、成長してゆく宙と周囲のひとたちとのかけがえのない日々にはぐっと来るものがありました。
殺人鬼「真夜中の解体魔」に婚約者を殺され、悲しみからようやく復帰した救急医の秋穂。搬送されてきた美少年・涼介が「真夜中の解体魔」の容疑者だと知ってしまうクライム・サスペンス。涼介に復讐しようとする秋穂に、涙を流して無実を訴える涼介。無実に思える証拠を見せられ、ためらいながらも涼介と真犯人を探す秋穂。真逆の証言が積み重ねられて二転三転する涼介の印象、散々振り回された先に待っていた思ってもみなかった事件の決着。何だか釈然としない幕引きだと感じながら終盤読んでいましたが、最後に待っていた結末に見事やられました。
7.五つの季節に探偵は
逸木 裕 KADOKAWA 2022年01月28日頃
人の心の奥底を覗き見たい。暴かずにはいられない。そんな厄介な性質を抱える探偵・榊原みどりが出会った5つの謎と成長の連作短編集。高校時代の同級生からの依頼に見出す隠された人の本性、調香師の師匠が龍涎香を盗んだ理由、ストーカーの誤解と自転車のチェーンが壊された理由、指揮者とピアノ売りの間に起きた出来事の真相、エアドロップ問題と新人探偵の苦悩。エピソードを通じて描かれる自分が探偵に向いていると感じ、本質的に求めてしまうものに対する葛藤、ほろ苦い結末に向き合い乗り越えてゆくみどりの成長がとても印象的な物語でした。
8.星を掬う
小学1年の時に母と二人で旅をした夏休み。ラジオ番組の賞金ほしさに、捨てられた母とその思い出を投稿した千鶴。それを聞いて自分を捨てた母の「娘」だと名乗る恵真が連絡してくるすれ違う母と娘の物語。DVの元夫に金をせびられ続けて、心身ともに消耗していた千鶴を連れ出してくれた恵真。認知症が急速に進行する母との再会と始まった共同生活で知ってゆく、様々な母と娘のかたち。苦しいのに求めてしまう、不器用な彼女たちのすれ違いはなかなか切ないものがありましたけど、向き合って乗り越えた先に感じられた希望には救われる思いでした。
9.トリカゴ
殺人未遂事件の容疑者は、無戸籍だった。刑事の里穂子は捜査を進めるうちに、かつて日本中を震撼させた鳥籠事件との共通点に気づくミステリ。殺人未遂事件の捜査中に森垣里穂子が偶然発見した無戸籍者が隠れ住むユートピア。未解決事件として鳥籠事件を追う羽山との共闘と、家庭を後回しにしてめり込む捜査がユートピアの崩壊に繋がるのではないかという葛藤。どうするのがいいのか突きつけられた難題は、思いもよらない形で意外な繋がりが明らかになって、何とかしようと奔走し続けた里穂子の尽力が理解され、報われる結末には救われる思いでした。
10.ぼくらに嘘がひとつだけ
棋士と女流棋士の両親を持つ長瀬京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・朝比奈千明。若くして期待を背負いプロ棋士を目指す彼らに、出生時の取り違え疑惑が持ち上がる運命と闘う勝負師たちの物語。底辺をさまよっていた女流棋士・朝比奈睦美と向井千穂子の友情と因縁、京介の父・厚仁の葛藤と国仲遼平との出会い、そして取り違え疑惑に対照的な態度を見せる京介と千明。才能を決めるのは果たして遺伝子か環境か、変わっていたかもしれない境遇、ぶつかり合う親子間の何とも複雑な関係、そして自らの無力を嫌でも突きつけられる場所に身を置き続ける葛藤も描かれていて、あらゆる可能性に複雑な思いが交錯する中、意外な結末の先にあった二人だけの秘密には、これまで積み重ねてきたかけがえのない家族愛を見る思いでした。
11.競争の番人
新川 帆立 講談社 2022年05月11日頃
曲がったことは嫌いだけど、いまいち壁を破れない公正取引委員会職員・白熊楓が、留学帰りの超エリート・小勝負勉と出会うリーガルミステリ。考えるより先に動いてしまうお人好しな白熊と、だいぶ嫌みだけと言うことは正しくて頭脳明晰の小勝負のコンビが挑むウェディング業界にはびこる価格カルテル内部調査。状況が変わるたびに二転三転する関係者の印象、優しさゆえに裏切られてしまう白熊にもどかしさも感じましたが、そんな彼女を認めてゆく小勝負のサポートも得て、向き合って見事乗り越えてみせた彼女の強さにはぐっと来るものがありました。
12.六法推理
五十嵐 律人 KADOKAWA 2022年04月25日頃
霞山大学で法学部四年・古城行成が一人運営する無料法律相談所・通称「無法律」。自らのアパート事故物件問題で経済学部三年の戸賀夏倫が訪れる連作短編青春ミステリ。事件解決をきっかけに無法律へと入り浸り、リベンジポルノ、放火事件、毒親問題、カンニング騒動といった持ち込まれる法律問題に対して古城と解決に取り組む戸賀。自身の原点となる法曹一家に育った法律マシーン古城の着想をヒントに、真相に迫る自称助手の戸賀がなかなかいいコンビで、時折どうにもならないほろ苦い現実にも直面しますが、それでも依頼人のためにギリギリまで考え抜いて、どうするのが一番いいのか、実を取る落とし所を模索し続ける古城の姿勢が印象的な物語でした。シリーズ化も期待しています。
特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
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南原 詠 宝島社 2022年01月07日頃
特許権をタテに企業から巨額の賠償金をせしめていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来が、「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする特許法律事務所を立ち上げるリーガルミステリ。彼女と組む弁護士・姚のもとにもたらされる完成済の特殊なTVの特許侵害、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber。一見そこからの逆転は難しいと感じる状況から、やや不自然とも思えるその訴えの背後関係を探り始めたことで、見えてくる様々な企業の思惑を逆手に取って、上手い落とし所を見つけてゆく展開はなかなか面白かったです。
14.地図と拳
奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐって知略と殺戮をく繰り広げながら、日露戦争前夜から第2次大戦まで殺戮の半世紀を生きる歴史×空想小説。日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し海を渡った須野。彼らが出会う多くの仲間たちが理想と過酷な現実に殉じてゆく中で、子供世代まで絡めながら描かれてゆく激動の時代を生き抜いた男たちの生き様が圧巻でしたが、その結末がまたなかなかに効いている壮大な物語でした。
15.アフター・サイレンス
事件被害者や家族のケアをする警察専門のカウンセラー唯子。多くを語らないクライエントが抱える痛みと謎を解決するため唯子が奔走する物語。夫を殺されたのに自分が罰を受けるべきだという妻、老人の車に兄を轢き殺された外国籍の少年、死に間際の老人がカウンセリングを必要とした理由、誘拐犯をかばう少女、姉を殺した加害者に復讐した少年。自らが抱える呪縛に囚われながらも、必要とする人に懸命に向き合おうとする唯子の献身ぶりに救われた人がいて、時には危うさも感じさせる彼女をしっかり受け止めてくれる仲上の存在に救われる思いでした。
16.爆弾
些細な傷害事件で野方署に連行されたとぼけた見た目の中年男スズキタゴサク。たかが酔っ払いと見くびる警察に、男は「十時に秋葉原で爆発がある」と予言するノンストップ・ミステリ。男の予言直後に秋葉原の廃ビルが爆発。今後の展開を示唆するこの胡散臭い中年男が果たして爆弾魔なのか。対話を試みて情報を引き出そうとする警察と男の駆け引き、鍵を握る過去の事件との繋がり。状況が二転三転して構図もガラリと変わる中で浮かび上がってゆく意外な真相があって、恐怖に支配されて不安を突きつけられた登場人物たちの生々しい感情がなかなか印象的な物語でした。
17.俺ではない炎上
浅倉秋成 双葉社 2022年05月19日頃
身に覚えがない女子大生殺害犯として、実名写真付きでネットに素性が晒され大炎上した大帝ハウス大善支社営業部長・山縣泰介。ほんの数時間にして日本中の人間が敵になり、必死の逃亡を続ける炎上逃亡ミステリ。犯行を自慢していたTwitterアカウントが誤認され、見れば見るほど自分のものとしか思えず、誰一人として言い分を信じてくれない状況で逃亡する泰介。誰も彼もに追いかけられ逃げ続ける状況で、諦めずに足掻き続けたことで、ふとしたきっかけから思わぬ真相が明らかになっていきましたけど、もし自分がこうまで追い詰められたらどうするのか、できることがあるのか。炎上したら、叩いてもいいとなったら手がつけられないSNSの恐ろしさを改めて突きつけられる思いでした。
18.7.5グラムの奇跡
国家試験に合格して視能訓練士の資格を手にしたものの、なかなか就職先は決まらない野宮恭一が、街の小さな北見眼科医院の人の良い院長に拾われ、視機能を守るために働きはじめる連作短編集。最初は不器用だった野宮が凄腕の広瀬先輩にフォローされながら向き合う、女の子の視力が落ちた原因、カラコンをする女性の目の痛み、緑内障の治療に通う患者たち、薬局の隠居老夫婦、原因不明の視力低下に悩む少年。出会った患者や周囲の人と真摯に向き合い続けた野宮が多くの気づきを得て成長し、信頼されるようになってゆく姿がとても印象的な物語でした。
19.君の顔では泣けない君
プールに一緒に落ちたことがきっかけで同級生の水村まなみと体が入れ替わってしまう高校1年の坂平陸。いつか元に戻ると信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決める青春小説。そう簡単には元に戻れるわけもなく、坂平陸としてそつなく生きるまなみと、うまく水村まなみになりきれず戸惑う陸。迷いや不安を抱えながら卒業し、その後も人生を歩む中でかつての家族に対する複雑な思いも自覚して、時には衝突したりもしながら、人生の転機を経験して様々なことが変わっていっても、かけがえのない絆を再確認する二人がなかなか印象的でした。
20.#真相をお話しします
日常に潜む小さな歪みが、違和感とともに浮き彫りになっていってそれが衝撃の結末へと繋がる五つの連作短編ミステリ。家庭教師の派遣サービスに従事する大学生が母子に抱いた違和感、女の子をホテルに連れ込んだ男の真の目的、精子提供によって生まれた自分の娘と会ったことで気づいてしまった思わぬ真実、リモート飲み会から始まる浮気発覚騒動の顛末、ある事件をきっかけに島の人々がやけによそよそしくなった理由。話の流れの中に感じた違和感は何だったのか?そこから導き出される意外な真相と、そこからさらに明かされてゆく思っても見なかった結末にはなかなか強烈なインパクトがありました。
21.世界の美しさを思い知れ
人気俳優だったが遺書も残さずに自殺した双子の弟・尚斗。兄の貴斗が葬儀を終えて数日後に尚斗のスマホが見つかり、それをきっかけに弟の死の答えを知るために旅に出る物語。仲が良かった弟の死んだ理由を知るために礼文島・マルタ島・台中・ロンドンと足跡を辿る貴斗が、ゆく先々で出会うかつて尚斗と出会った人々、呼び出されたニューヨーク、ラパスでの決着。旅を通じて弟が見せてくれた世界の美しさ、そして彼が見ることがなかったたくさんの素晴らしいものがあって、様々な思いを受け止めて精一杯生きた貴斗の生涯がとても印象的な物語でした。
22.星屑
大手芸能プロ「鳳プロ」のマネージャーとして働き、雑用ばかりでくさっていた桐絵。彼女が博多のライブハウスで歌う16歳の少女・ミチルに惚れ込み上京させる昭和の音楽界のスター誕生物語。専務の14歳の娘・真由を大型新人としてデビューさせる計画が進んでいた鳳プロの状況。しかしミチルのまっすぐな情熱と声は周囲を動かして、一転コンビでデビューを目指すことになった二人。反りが合わずに喧嘩ばかりの二人、妨害、挫折、出生の秘密、スキャンダルと波乱続きの激動の展開でしたけど、桐絵を始めとする大人にも支えられながら、かけがえのないライバルとして切磋琢磨し、苦悩や葛藤を乗り越えて輝く二人の物語はとても面白かったです。
23.最後の鑑定人
「最後の鑑定人」と呼ばれ、ある事件をきっかけに科捜研を辞めて民間鑑定所を開設した土門誠が、その群を抜いた能力で持ち込まれる不可解な事件を解決する連作短編ミステリ。元恋人の遺留精液DNAが検出された女性他殺体の真実、外国人技能実習生が完全黙秘した放火事件の真相、宝飾品と一緒に車に残っていた白骨死体から明らかになる12年前の未解決強盗殺人事件、自殺した娘の遺品鑑定から分かった切ない真実。わずかな遺留品から卓越した着眼点や執念で事実に迫る土門のプロフェッショナルぶりが際立っていて、その土門の過去や彼をサポートする高倉のエピソードも交えながら、浮き彫りになってゆく過去の因縁も一緒に解決してゆく展開はとても面白かったです。
24.先祖探偵
母と生き別れてから20年以上、野良猫のように暮らしてきた風子が、東京の谷中銀座で先祖を調べることを専門とする探偵事務所を開き、先祖の調査依頼が次々と舞い込む連作短編集。先祖探偵という珍しい事務所を開く風子の元にもたらされる日本最年長という曽祖父の捜索依頼、先祖を調べる夏休みの宿題を手伝う依頼、ご先祖様が祟っている事実調査、無国籍者が戸籍からの取得協力依頼、そしてふとしたきっかけから繋がってゆく、いつも気にかけながらも忘れかけていた自らのルーツ。それぞれの依頼を調査してゆく過程で意外な事実が判明してゆく展開はなかなか面白かったですけど、その根っこにあった自らのルーツを巡る過去、そして明らかにされる思ってもみなかった真相がなかなか深くてとても印象に残る物語でした。
25.此の世の果ての殺人
二ヶ月後に小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され大混乱に陥った世界。淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受ける小春が、教官で元刑事のイサガワと地球最後の謎解きを始める終末ミステリ。母が姿を消して父は自殺し大部分の人が逃げ出した九州で、引きこもりの弟と残って奇特な教官のイサガワに自動車教習を受けていた小春が見つけた滅多刺しにされた女性の死体。荒廃しつつある世界でなぜ連続殺人が起きたのか。こういう事態に陥ったからこそそれぞれの本性が浮き彫りになっていって、不安を抱えて強くいられる人たちばかりではないけれど、それでも事件を調べ続けた小春たちがたどり着くひとつの真相が印象に残る物語でした。
26.デクリネゾン
二度の離婚を経て中学生の娘・理子と二人で暮らすシングルマザーの小説家・天野志絵。恋愛する母たちの孤独と不安と欲望が、周囲の人々を巻き込んでいく家族小説。二人の元夫と相談しながら娘を育て、仕事にどっぷり浸かりながら大学生の蒼葉と恋人関係にある志絵。やたら理屈っぽいのに欲望に忠実で、時々情緒不安定になる彼女のありようが尊重されているからこそ、成立する周囲との関係だとは思いましたけど、その友人たちもまた不倫を活力にしていて、わりとふわっとした蒼葉や、醒めている娘との関係性を見る限り、世代間のギャップみたいなものは簡単には埋まらないことを痛感させられますね。読めば読むほどなかなか奥が深くて、これまで積み上げてきた作家の筆力を見せつけられる思いでした。
27.夏休みの空欄探し
クラス内でじゃない方と呼ばれるクイズ研究会会長の高校2年生のライこと成田頼伸。ファミリーレストランで謎解きをしている姉妹を手伝った結果、謎解きの協力を依頼される青春ミステリ。大学生の天音と高校1年生七輝の姉妹やライと同じ姓だけれど人気者で自分とは大違いの成田清春も交えて、解いた暗号の答えに導かれて四人であちこち出かける謎解きの旅。自分とは違う清春にたびたびコンプレックスを刺激される一方で、いつの間にかライも妹の七輝のことが気になる展開でしたけど、何とも切なさも入り混じった全ての謎が明かされても変わらない、かけがえのない彼らの関係性がとても印象的なひとなつの物語でした。
28.ループ・オブ・ザ・コード
疫病禍を経験した未来。世界生存機関に所属するアルフォンソは、児童200名以上が原因不明の発作に見舞われる奇病の現地調査を命じられる近未来小説。20年前に民族のアイデンティティが消去され、再生のテーマパークとも揶揄されるその国での調査中、抹消の元凶となった生物兵器が強奪されて、悲劇の再来を恐れる事務総長から密命を言い渡される展開で、国がなくなってしまうことによってアイデンティティが喪失することの意味だったり、多様な価値観が配慮される未来ではどういうことが起こるのか、やや情報量が多めではありましたけど、思考実験としてもいろいろと考えさせてくれるなかなか読み応えのある一冊でした。
29.スター・シェイカー
人間 六度/ろるあ 早川書房 2022年01月19日頃
人類がテレポート能力に目覚めた近未来。不慮の事故がトラウマとなり能力を失った赤川勇虎は、違法テレポートによる麻薬密売組織から逃亡した少女ナクサと運命的な出会いを果たす物語。ふとしたきっかけから出会ったナクサにうっかり関わってしまったことで、その逃亡生活に巻き込まれてゆく勇虎。失われた地に住むロードピープルの助けを借りて、敵の襲撃に対応しながら組織の拠点に向かう展開でしたけど、そこで明らかになってゆく壮大な計画、苦悩しながらも勇虎が立ち向かう展開は粗削りながらもスケールの大きさを感じさせてくれる物語でした。
30.ナイフを胸に抱きしめて
外に女を作り家を出た父。女手一つで姉妹を育て、過労で数年前に亡くなった母。妹・莉緒は受験生となり、教員となった姉・和奈は可愛い女の子の母としてあの女に再会する怨讐と贖罪のミステリ。十年前の出来事から時間も経過して、お互いにそれそれ忘れかけていたはずの相手が、小学校の授業参観で担任と児童の母として偶然再会してしまう悲劇。思い出してしまった許せない想いからの法で裁けない相手への罰、そこから自殺への疑問を拭えない刑事との駆け引きが続く展開で、最後は何ともやりきれない結末でしたけど、心のナイフを自覚する千賀子の娘こずえの決意と、そんな彼女に寄り添った和奈の恋人・恭平の存在が印象に残る物語でした。