5月の読了冊数は読書メーターによると最終的に129冊でした。
読んだ本129冊
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こちらでは5月に読んだ文芸単行本の新作11点、一般文庫の新作12点、ライト文芸の新作7点の計30点を紹介しています。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。ライトノベル編はこちら↓
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同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃した自動車期間工。移り変わるブレイクショットの所有者を通して描かれる壮大な物語。マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」など、いくつもの視点から描かれてゆく騙し騙される世界。そんな中で周囲の状況に翻弄されてゆくサッカー少年修悟と、そんな彼の才能を信じて支え続ける晴斗の関係があって、目まぐるしく視点が変わる中、様々な現代の問題が浮き彫りになってゆくエピソードや、苦境に陥って葛藤する登場人物たちがそれぞれ下す選択を描きながら、全ての物語が繋がった先にある圧巻の結末が効いていました。
金原 ひとみ 文藝春秋 2025年04月10日頃
文芸誌元編集長の木戸に、かつてその地位を利用して性的搾取をされていたとある女性が告発したことをきっかけに、パンドラの箱が開いていく物語。定年も見えてきた木戸の過去の疑惑が思い出したかのように告発され、さらにマッチングアプリでの悪行が付き合った女性によってネットで晒された部下の五松。小説家・長岡友梨奈が指摘する性被害に対する怒りはあまりにも正論で、けれど彼女自身もまた離婚問題を抱え、たびたび暴力事件を起こしていて、告発した女たちの鬱屈や悪辣な一面も垣間見える中、変わる時代についていけない者たちの戸惑い、世代間で大きくなっていくギャップや感性の変化を浮き彫りにしながら、狂気と紙一重の正しさや正義とは何かを問う圧巻の物語でした。
北九州市の高蔵山で発見された一部が白骨化した遺体。地元のタウン誌でライターとして働く飯塚みちるが、この事件を追う覚悟を決めていく物語。遺体と一緒に埋めれられていた花束らしきもの。遺体の着衣のポケットの中には入っていたメモの存在。そしてたどり着いた部屋で見つかるもう一つの女性の遺棄死体。過去の記事の炎上をきっかけに週刊誌の記者を辞めていたみちるが、隣人・井口の力を借りながら再び追い始める事件の背景。その中で浮き彫りになってゆく人の人生を食い物にする狡猾な男の存在があって、同じ事件を追う記者との出会いの中で気付かされる矜持や、思わぬ形で再会した過去に向き合ってゆくその結末が印象的な物語でしたね。
リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。捜査権限を失った男・平良正太郎より、身近な人間の悪意が白日の下に晒されてゆく連作短編集。娘のママ友の元夫によるストーカーが傷害事件に繋がった背後の人間関係、思わぬ形で常軌を逸した行動に巻き込まれていく百貨店で働く女性の飛び降り、遺体が発見された外国人実習生が直面していた人種差別、満員電車の中で起きた事故と痴漢の冤罪、そして表題作のSNSに投稿する人々の承認欲求。正太郎の視点で描かれ、浮き彫りにされてゆく日常の中に潜むさりげなからこそ恐ろしい悪意には慄きましたが、思わぬ形で展開していくそれぞれの物語の結末もまた印象的な短編集でした。
著名な劇作家・野上の劇団新作公演でヒロインに選ばれた元国民的子役のアイドル中野もも。しかし直前で降板してしまい、売れない中年女優マル子が代役に指名される演劇小説。代役として圧巻の演技を見せたことで注目が集まり、そこからオファーが殺到するようになってえいったマル子と、体調不良の降板を機に無理はさせられないとどこかパッとしない状況に陥っていくもも。その対照的な構図を2人や周囲の人々の視点から描いていて、特に状況が激変したマチ子からしたらあの転機がなければと思わずにはいられない、けれどこれまで積み重ねてきた結果でもあるその後の展開に、自分にしっくり来る居場所というものを考えずにはいられませんでしたが、そんな2人が立場を変えて再会する結末もまた効いていました。
藤 つかさ KADOKAWA 2025年04月02日頃
ミステリ作家として一世を風靡した教師・久宝寺肇が癌で亡くなり、恩師の仕事を引き継いで母校に国語教師として赴任した辻玲人が、彼の遺稿を入手する学園ミステリ。解決編がない短編ミステリのプロットを完成させたい編集者の依頼で、図書委員で探偵を志すあずさと共に解決編を探す中、発見された彼女の友人の死体。遺稿プロットと同じ状況でなくなった友人を前したあずさが、助手とした玲人と共に事件の真相を調べ始める展開で、その後起きた編集者の不審死や以前起きた玲人の恋人の自殺の真相も絡めながら、明らかにされていく真相はなかなかほろ苦かったですけど、大切なものものを守りたい確かな優しさもまた感じられた結末で、乗り越えた彼らのその後をまた読んでみたいと思いました。
高校になじめずにずっと休んでいる16歳の花。そんなある日、70歳の母方の祖母ゆりから、昔住んでいた団地に行ってみたいと言われて一緒にお出かけする連作短編集。おばあちゃんと2人でつつじヶ丘、高田馬場、豊洲、狛江といろいろな団地をのんびり巡って、途中から従弟の天やその妹・星も交えながら、千歳船橋や雑司ヶ谷大蔵、鶴川といった古き良き時代の中に新しい変化もある団地を訪れて、お寿司や蕎麦、カレー、ケーキ、ラムネなどおいしい御飯やスイーツをみんなで満喫する世代を超えた交流はなかなか良かったですね。これからどうするのか、なかなか先が見えなかった花も様々な経験をしていく中で、おばあちゃんや従弟妹たちと一緒に始める計画も出てきて今後の展開が楽しみになってきました。
ゲンロンSF新人賞や創元SF短編賞を受賞した著者による5作品が収録された初めてのサイバーパンク的SF短篇集。近江八幡市でもっとも治安が悪いエリアへと踏みこんだ地域情報誌記者が遭遇する超科学的体験。ディスカウントストアが爆発的な店舗拡大増殖現象を起こした商品ジャングル世界に挑む2人。反社会性因子が徹底的に排除された未来で、追いつめられたヤクザのもとにやってきたカタギ警察の内偵者。幼馴染の男女を超えた友情と得体の知れない存在である竜頭、そして地方特有の閉鎖的なコミュニティ。生殖と反抗心の放棄を要求する完全環境都市とポルノを取り締まる焚像官。どれも独特な世界観が目を引くなかなか印象的な短編集でした。
地方都市・天島市で造船業を営んできた扇谷家。これまで長きにわたり予言者として一族を繁栄させてきたおばあさまの手帳が見つかる物語。手帳にはおばあさまは100歳となる今年亡くなることが書かれていて、それを疑わない一族の皆が集まって家じまいをする準備を始める中、本家の娘・立夏が気にするおばあさまが若い頃、桜の木の下に埋めたという死体と、彼女が知っている言葉なき者の声。時代により様々な状況も変わっていく中で、扇谷家に生まれる女が超能力を持つことを理由に、結婚や生き方を制限される一族たちのそれぞれの選択が描かれる一方、扇谷家の呪いを巡る真相が明らかになっていくストーリーはテンポも良くてなかなか面白かったです。
季節外れの雪が降った4月の早朝に、新聞配達員の少年が発見する側溝に倒れていた幼い女の子。奇妙な住人たちの愛と憎しみがもたらす不協和音サスペンス。人形と見間違うほどに肌は白く生気がない少女。少女はいったい誰の子で、なぜそこで生死を彷徨っていたのか。フリーライターの山田百合花が事件を取材していく中で、マンションのオーナー市毛野ばらと、そのマンションに暮らす娘夫婦と孫2人を中心とする、脅かす者と脅かされる者たちの歪な人間関係が浮き彫りになっていきましたが、そもそもなぜそような状況が生まれてしまったのか、周囲を支配するべく裏で糸を引いていた狡猾な黒幕に覚悟を持って立ち向かい、一矢報いてみせたその結末には救われる思いでした。
1960年代後半のアメリカ西部ネバダ州の町ジェスローを舞台に、人気小説家トムの妻がやる気のない夫を奮起させるために、ゾンビに扮して襲う計画を立てる物語。こんなはずではなかったと思いながら、やる気のなさをごまかすようにギャンブルに明け暮れるトム。彼だけでなく様々な燻る想いを抱えた人々の前に噂を聞きつけた映画監督が現れて、ゾンビ映画の撮影という転機が訪れる展開で、登場人物が多い群像劇的ストーリーはなんでもありで、視点が切り替わって平行展開するカオスなストーリーゆえに、どういう物語なのか方向性が見えてくるまでに少し時間が掛かった感もありましたが、そこからいろいろと噛み合って結末に向かうスピード感はなかなかで、タイトルを回収する結末も効いていましたね。
ラブカは静かに弓を持つ (集英社文庫)
ある日、上司の塩坪から呼び出され、音楽教室への二年間の潜入調査を命じられた全日本音楽著作権連盟の職員・橘。チェロを武器に傷を抱えた潜入調査員の孤独な闘いと葛藤を描いたスパイ×音楽小説。音楽教室が著作権法の演奏権を侵害している具体的な証拠を掴むため、身分を偽ってチェロ講師・浅葉のもとに通い始める橘。師と仲間との出会いや奏でる歓びを積み重ねて、愚直にチェロに真摯に向き合い続けた彼が、過去の苦い思い出から凍らせてしまっていた心を溶かし、自らの行為に葛藤してしまうのも必然の展開だと思いましたけど、対照的な構図も絡めながら描かれる、自分にとって本当に大切なものは何か、自分はどうすべきなのか、その先に見出した不器用な彼らしい決断がとても印象に残る物語でした。文庫版限定のスピンオフ短編もなかなか良かったです。
ガラスの海を渡る舟 (PHP文芸文庫)
大阪の心斎橋からほど近い空堀商店街で「ソノガラス工房」を営む兄の道と妹の羽衣子。互いに苦手意識を抱き衝突が絶えない2人が、とある依頼をきっかけに少しずつ変わってゆく物語。幼い頃から落ち着きがなくコミュニケーションが苦手な兄の道と、何事もそつなくこなるけれど突出した何かがなく兄の才能に複雑な思いを抱く妹の羽衣子。正反対の性格で祖父の遺言で共に工房を引き継いでからも、最初はお互いのことを理解しようともせず、反発しかない関係の難しさが伺えましたけど、そんな彼らが自分を認めてくれる人と出会い、仕事に真摯に向き合う中で何だかんだでお互いを認め合うようになって、ひとつひとつの出来事を積み重ねながらゆっくりと変化していく様子がとても印象的な物語でした。
久遠の禁域 神奈備物語 (角川文庫)
神が住まうという禁域・神奈備。広大で危険なその樹海に足を踏み入れ、戻ってきた者はいないと言われる禁城を巡る和風ファンタジー。かつて神奈備に迷い込みながらも、その豊富な知識を持って唯一人戻ってきた少女・十十木。そのため村の人々に「帰り者」と蔑まれつつも、弟の千千木を気にかけながら知識を生かして暮らしていた彼女が、国主の息子で父親からとある密命を受けた六路より神奈備の案内を頼まれて同行る展開で、そこから明らかにされていく禁城の樹海に隠された驚愕の秘密があって、過去の因縁に決着をつけた後に紆余曲折を経た先にたどり着いた、それぞれのらしさが感じられる結末もまた効いていました。
逆転正義 (幻冬舎文庫)
SNSにも正義警察や正義中毒者が蔓延る現代。日常で暴走する正義を題材に常識がひっくり返る全篇大どんでん返しミステリ短編集。先生も反応が鈍い教室のいじめをSNSで炎上させた高校生。制服姿の家出女性を一人にはできず保護した男。麻薬取締官に捕まった麻薬の売人と完全黙秘、トイレで人を殺めた女の家にやってきた男、罪のない息子が殺された真相を探るうちにたどり着いた因縁、刑務所から出てきた男を脅す少年たちの顛末。本当の正義とは何か。「自分は正しいことをした」と思っていても、見当違いだったり大切なことが何も見えていなかったり、それぞれ安直な正義感を嘲笑うかのような、構図がガラリと変わる真相には強烈な皮肉が効いていてとても面白かったです。
世界が青くなったら (文春文庫)
世界が真っ青な光で包まれた夜、彼氏の坂橋亮が世界から消えていた。仲内佳奈は突然の状況に混乱しながらも亮の手がかりを探し始めるファンタジー。亮のLINEの履歴や電話帳の中の番号もなくなっていて、マンションはずっと空室のまま。自分がおかしくなってしまったのか、それとも世界が壊れてしまったのか?不安を隠せない状況で、友人が夢に見た奇跡を売る喫茶店「カシオペイア」で不思議な体験をした佳奈が、店主のミツルを手伝いながら親友や中学生といった店にやってくる人たちの後悔をひとつひとつ解決していく展開で、その過程で思い出してゆくこれまで積み重ねてきた思いがあって、そして確かな希望を感じさせてくれるその結末はなかなか良かったです。
楽園の犬 (ハルキ文庫)
1940年、太平洋戦争勃発直前の南洋サイパン。日本と各国が水面下でぶつかり合う地で、横浜からやってきた麻田健吾が生き延びようとあがく物語。喘息持ちで満足に働けなかったこれまでのことを悔い、友人の紹介で海軍の堂本少佐の下でスパイとして働き始める麻田。日本と各国が水面下でぶつかり合う地で、南洋庁サイパン支庁の庶務係として降りたった彼が、沖縄から移住してきた漁師の自殺や、地元の名士が殺された真相などを追い、結果を残していく中で直面する日米開戦に懐疑的だった堂本少佐の失踪。当時の時代観が色濃く反映される空気の中、それでも最後まで諦めず汚名を挽回して何とか生き延びようと奔走した麻田の熱い想いが心に強く響く物語でした。
そんな部屋、あります!? (講談社文庫)
大手不動産会社の賃貸仲介部門に勤めて14年目の近藤麻琴。中堅どころとして仕事にも慣れ、住まいを探すお客さまを通して自身の人生についても迷い考えていくお仕事小説。年若い部下と「昭和」から抜けきれない上司に挟まれながら、条件にうるさい老夫婦、夫の部屋探しと妻からの相談、妻が友人のアドバイスに振り回される夫婦といった客の部屋探しを提案していく仕事の充実っぷりの一方で、それらを見た上で長く付き合ってきた恋人と結婚するのかも考えていく展開で、プロポーズの気配から消極的になっていった経緯から、あまり結婚を考えていなかったのだろうな…というのは伺えて、逡巡した挙げ句やはり違うとなった結末には少しモヤモヤしましたが、こういう形もまたよくあることなのかもしれないですね…。
わたしの結び目 (幻冬舎文庫)
事情を知らずに転校生してきて、クラスで浮いた存在の彩名と仲良くなった中学生の里香。徐々に彩名の束縛がエスカレートしてゆく中で、その少し前に彼女の親友が事故死したことを知る青春小説。徐々に慣れてきて、彩名以外の友人との交流も生まれつつある中で、彩名からの思ってもみなかった告白。それを境に里香の周囲で不穏な出来事が続くようになってゆく展開で、そこから明らかになってゆく過去の事故の真相があって、普通はそこまでされたら距離を置かれても仕方ないと思いましたけど、それでも距離を置くのではなくしっかり向き合おうとしてくれる里香の真摯な姿勢が、孤独で不安を抱えていた彼女にとっては何よりかけがえのないものだったのかもしれませんね...。
教授のパン屋さん ベーカリーエウレカの謎解きレシピ (ポプラ文庫)
札幌を舞台にパンの食べ歩きが趣味の青年・福丸あさひが神出鬼没の移動式パン屋に遭遇し、英国紳士風店主と遭遇する謎を解き明かしていく連作短編ミステリ。パンを愛するあまり副業でパン屋を営んでいる変わり者の現職工学部教授の亘理一二三。彼が作るあまりにも味が普通のパンがどうすれば美味しくなるのか、そのアドバイスと引き換えに、あさひに掛けられた犯人の疑いや、別人がその青年に成り代わっていた理由、嫌われ者のおじいさんが喧嘩した理由、少年が見たオバケの正体といった謎を解き明かしていって、どこかズレてるのに鋭い洞察力を見せる亘理もなかなか味がありましたが、そんな中であさひもまた大切なことに気づいていく結末はなかなか良かったです。
イヴの末裔たちの明日 (創元SF文庫)
どちらの未来を選ぶべきなのか。それぞれの運命の分かれ道での決断を描いたSF短編集。受刑者が挑んだタイムマシン開発の結末。21世紀の数学予想の証明に取り憑かれた青年が迎える思わぬ展開と、南北戦争時代の暗号解読に人生を捧げた冒険者の最期の選択。汎用AIを搭載したロボットが普及したことで職を追われた主人公が見つけた新薬治験アルバイト。未来世界での妖怪討伐や、愛人要因でステーション滞在権を得た大学生の逃走。2つの作品世界が繋がる意外な結末もあって、やや冗長なところもありましたが、感情と理詰めが織りなすコンストラクトがなかなか興味深かったです。
ゴリラ裁判の日 (講談社文庫)
カメルーンで生まれ人間に匹敵する知能を持ち、手話を介して人と会話もできるゴリラのローズ。アメリカに渡り動物園で暮らすようになった彼女が夫を射殺されるリーガルミステリ。4歳の人間の子どもを助けるため、という理不尽な理由でゴリラの夫を殺されたことがどうしても許せず、夫のため自分のために人間に対して裁判で闘いを挑むローズ。しかし彼女が希望を見出して起こしたはずの裁判で突きつけられる、何事も人であることを前提として整備されているた法と倫理の現実。まさかそこからプロレスまで出てくるとは思いませんでしたけど、視点や立場が変わればまた想像もしなかったことが障害となりえたり、いろいろと違ったものが見えてくるストーリーはなかなか奥が深かったですね。
京都友禅あだしの染め処 京野菜ごはんと白銀の記憶 (角川文庫)
柏てん/前田 ミック KADOKAWA 2025年02月25日頃
勤め先の突然の休業により職を失った新米料理人の三輪真澄。ネットで一目ぼれした友禅の財布を求め、思い付きで京都へ向かうちょっと不思議なファンタジー。ひょんなことから嵯峨野で出会った工房を営む友禅作家・蓮爾のもとに泊まることになり、そこで思わぬものと遭遇を果たした真澄。京都にいる間に住んでいた部屋が火事になったり、失踪した店長の真相が明らかになったりとなかなか激動の展開でしたが、そのあたりはどうにか解決した感じですかね。真澄と蓮爾も何やら因縁がありそうなものの、もうしばらくバタバタしそうな雰囲気で、とりあえず工房の食事係として働くことになった今後の展開がどうなっていくのか続巻に期待です。
亡き王女のオペラシオン 1 (集英社オレンジ文庫)
18世紀末フランス。女占い師の予言で出自を隠して、タンプル塔の暖炉係として育ったマリー・アントワネットの娘ソフィー。フランス革命に翻弄された少女の知られざる一代記を描く歴史オペラ小説。シャルルたちと過ごした幼少期と、危険が迫ってから初めて自らの出自を知らされ、名前だけしか知らない女占い師を探せと逃されてからの過酷な日々。危なっかしい彼女を救ってくれたピトゥとかけがえのない生活から、彼を知る歌劇の女優マルトに窮地を救われ、歌う彼女に魅せられていったソフィーが、秘密を抱える少年ジョアキーノに歌を鍛えられながら、歌うことに希望を見出していく姿は応援したくなりますね。三ヶ月連続刊行の三部作とのことで、これから彼女にどんな運命が待っているのか、これからの展開が楽しみです。
片付かないふたり (集英社オレンジ文庫)
【2024年集英社ノベル大賞〈準大賞〉受賞作】
何かを選ぶのが苦手な性格でいつも周りに合わせてばかりの片付けコンサル会社で働く鷲澤憂。珍しく友人と泥酔するまで飲んで帰宅した翌朝、目覚めると部屋で見知らぬ青年すずりと遭遇する物語。無駄なく効率よく生きることを信条とする上司の奈々の生き方に憧れて心酔している憂。傾倒するあまり恋人と同棲中の部屋の家具を次々に捨て、ついには恋人自体も捨て効率のいい部屋を手に入れた彼女が、なし崩し的に始めたら思いの外快適だった、決めることを強要されないすずりとの同棲生活。けれどすずりにもまた隠されていた複雑な事情があって、それに憂もまた彼の事情に巻き込まれていく展開から、お互いのこと改めて知っていって、自分の本当に大切なものを見出していく結末はなかなか良かったです。
京橋骨董かげろう堂 (集英社オレンジ文庫)
デイケアセンターでバイトをする白澤容。わけあって骨董の世界を離れた彼と、異例の若さで骨董店「かげろう堂」を営む青年・黒岩鼎が運命の出会いを果たす物語。施設利用者の老人・晴田から単発バイトで車の送迎を頼まれ、向かったカルチャーセンターで講師を務めていた黒岩。彼に興味を持たれてかげろう堂で働き始めて、店にやってきた顧客との骨董を巡るエピソードの中で、思わぬ造詣の深さを垣間見せてゆく容。そのあまり大きな声では言えない過去が明らかになっていく一方で、複雑な葛藤を抱える不器用な容のありようを見守ってくれる懐の深い人々と出会いがあって、時には救われながらそこにかけがえのない新たな居場所を見出していく結末はなかなか良かったですね。
京都御幸町トワイライト 星の試着室 (集英社オレンジ文庫)
この春、大手アパレル企業に就職した穂積良子。おしゃれに疎くても大丈夫な事務職を志望したはずなのに、研修で突然セレクトショップでの接客業務を命じられてしまうお仕事小説。初日から個性豊かなスタッフたちに囲まれてあたふたしながら、お客とのやりとりにどう向き合うべきかを目の当たりにしたり、孤高のカリスマ店長・葉山が抱える過去や、謎の星空の刺繍に隠された秘密を知ってゆく良子。自らの人生が母親に定められていたことを改めて自覚していった彼女が、遅ればせながら母親に言いたかったことを言い、閉塞感しかなかった家を思い切って飛び出したりもして、そんな変わりつつある彼女の周囲もまた新たな一歩を踏み出していくそれぞれの結末はなかなか良かったですね。
町内会死者蘇生事件 (新潮文庫nex)
町内会で殺人事件ならぬ蘇生事件が勃発。悪辣非道な町内会長の権造を殺害することを決意した幼馴染たちが蘇生犯を追う痛快ユーモアメタミステリ。生まれも育ちもここ信津町の健康・昇太・由佳里の幼馴染3人組が、町を支配する信津寺の住職で悪辣非道な町内会長の権造を殺害。しかしせっかく殺したのに翌朝はなぜか元気でピンピンとしている権造がいて、町の蘇生の謎を解き明かして自分達の願望を達成するため蘇生犯を追う幼馴染たちという構図で、今回もまた逆転の発想がぶっ飛んでいて、ここまでコメディじみてくると来るともはや苦笑いするしかなかったですけど、物語が進むごとに加速していった激動の展開の先に待っていたその結末まで含めて今回もなかなか楽しかったですね。
明日の君から、僕だけの記憶が消えても (スターツ出版文庫)
六畳のえる スターツ出版 2025年03月27日頃
病院で偶然、天真爛漫なクラスメイトの平本亜鳥と出会い、その秘密を知ってしまった谷崎青衣。秘密を抱えたふたりの二度と忘れられない恋物語。多くのクラスメイトにも話していない、脳の病気で大切な記憶ほど忘れてしまう秘密を青衣に語る亜鳥。秘密を共有したことで気軽に接してくる亜鳥と一緒に行動する機会が増えて、意識するようになり恋心に発展していく2人。思い出を失くしたくないという亜鳥に、忘れる暇がないくらい楽しい記憶で埋め尽くそうとした青衣が直面する急展開は何とも皮肉でしたけど、記憶を失ってしまう彼女のために自分はどうすべきなのか、何ができるのか懸命に考える青衣の真摯な思いと、想いを見つけ出した亜鳥の結末がとても印象的な物語でしたね。
この世界が終わる前に100年越しの恋をする (スターツ出版文庫)
櫻井千姫 スターツ出版 2025年02月27日頃
心臓に爆弾を抱え余命三カ月と告げられ、無気力な日々を送る陽彩。そんな彼女の前に100年先の未来から来たという青年・楓馬現れる青春SF小説。陽彩の運命を変るために未来から来たと告げる楓馬の言葉を信じて、彼と共に未来を変えるために動き始める陽彩。少しずつ意識も変わっていった彼女が次第に彼に惹かれていくことを自覚していったり、同じように闘病してきた樹里の覚悟を知る中で、楓馬が未来からやってきた本当の理由を知る展開で、自分にとって本当に大切なことは何か、自分はどうすべきなのか、尊敬しながらも一方通行だった父との関係や、未来を変えてしまうことが果たして良いことなのか、様々な葛藤を抱えながらも決断した彼女が迎えるその結末はなかなか良かったです。