昨年も注目作品が次々と文庫化されていました。そこで今回は昨年文庫化された作品の中からおすすめ作品を30作品紹介したいと思います。気になる本があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
※各作品タイトルのリンクはBookWalkerページに飛びます。
1.六人の嘘つきな大学生 (角川文庫)
六人の嘘つきな大学生
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浅倉 秋成 KADOKAWA 2023年06月13日
成長著しいIT企業「スピラリンクス」初の新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に課されたチームを作り上げてのディスカッションが、直前になって突然六人の中から一人の内定者を決めると通達される青春ミステリ。全員で内定を目指していたはずの仲間たちが、ひとつの席を奪い合うライバルに。内定を賭けた議論の中で暴露されてゆく六通の封筒の中身。十年後に行われたインタビューも交えながら、当時の事件が語られる展開で、新たな嘘や事実が判明するたびに二転三転するそれぞれの印象の変化もありましたけど、れを収束させていった先には鮮烈な結末が待っていて、就職活動についてもいろいろと考えさせられるなかなか奥が深い物語でした。
2.オルタネート (新潮文庫)
加藤 シゲアキ 新潮社 2023年06月26日
高校生限定SNS「オルタネート」が必須となった現代。東京のとある高校を舞台に、3人の若者の運命が鮮やかに加速してゆく、デジタルな世界と未分化な感情が織りなす青春小説。全国配信の料理コンテストでの悲劇の後遺症に悩む蓉、母との軋轢により絶対真実の愛を求め続けるオルタネート信奉者の凪津、高校を中退し音楽家の集うシェアハウスへと潜り込んだ尚志。オルタネートへのスタンスも異なる三人を軸に繰り広げられてゆく、本作の世界観ならでは人間関係は興味深くて、それぞれが上手く行かない葛藤に自分なりに向き合い、その決着を付けてゆく群像劇的展開はなかなか良かったですね。
3.スモールワールズ (講談社文庫)
周囲には理解されづらい何とも複雑な思いを抱えている不器用な主人公たち。誰かの悲しみに寄り添いながら、愛おしい喜怒哀楽を描き尽くす連作短編集。夫婦円満を装う主婦と家庭に恵まれない少年、出戻ってきた姉と再び暮らす高校生の弟、初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族、人知れず手紙を交わし続ける訳あり男女の関係、向き合うことができなかった父と子、大切なことを言えないまま別れた先輩と後輩、そしてもうひとつの物語を加えたそれぞれがゆるく繋がる世界の中で繰り広げられてゆく、目の前の現実に向き合って受け入れて、そっと寄り添うようになってゆく優しい物語はとても良かったですね。
4.正欲 (新潮文庫)
多様性。それぞれの生き方が尊重されるべき、と言われるようになった世の中。そこで讚美される「誰もが自分らしく生きやすい新しい時代」の虚像を引きはがし、白日の下に晒す物語。息子が不登校になった検事・啓喜、初めての恋に気づいた女子大生・八重子、そして秘密を抱える契約社員・夏月。ある事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり始める展開で、それぞれの視点から描かれてゆく中で、多様性と言われていても、社会的には許容されない欲求を、それでも変えられないものを抱えてどう生きていくのか。突きつけられた問いはあまりにも重くて、その問いに答える適切な答えを見つけられませんでした。
5.52ヘルツのクジラたち (中公文庫)
ワケありで大分にあった祖母の家に引っ越してきた貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた二人が出会う新たな魂の物語。引っ越し後も周辺住民に馴染めずにいる貴瑚を助けてくれた少年が抱えている事情。貴瑚が小さい頃に置かれていた環境や、ようやくそこから抜け出せた後に辿った波乱万丈の人生もまたなかなか過酷でしたけど、少年を何とか助けたいというその思いだけではどうしようもないことも多くて、そんな彼女たちを支えて力になってくれた一度は自ら手放した貴瑚の親友だったり、距離を感じていた周囲の人の優しさ、温かさがとても心に響く物語でした。
6.推し、燃ゆ (河出文庫)
逃避でも依存でもない推しは背骨だと信じ、アイドル上野真幸を解釈することに心血を注いできたあかり。しかしある日突然推しがファンを殴ってしまい炎上してしまう葛藤の推し小説。学校でもバイト先でもままならない日々を送る中で、自分の居場所として祈るように推しを推していたあかり。炎上してからの推しを巡る状況の激変に、生きづらい日常の更なる悪循環も加わって、推しを推している時の充足感が感じられる一方で、推しや彼女自身のまさに坂道を転がるような暗転には無力感を感じましたけど、絶望しかない今を乗り越えて、いつか立ち直って欲しいと思わずにはいられませんでした。
7.盤上に君はもういない (角川文庫)
将棋のプロ棋士を目指す者たちにとって最後の難関、奨励会三段リーグ。観戦記者の佐竹亜弓がそこで全てを賭けて戦う二人の女性と出会う将棋小説。史上初となる女性棋士の座を賭けた注目の対局。棋士を目指して奨励会に挑む永世飛王を祖父に持つ天才少女・諏訪飛鳥と、両親から応援されずに勘当されてしまい、病弱ながら年齢制限間際という状況で挑戦する千桜夕妃。岐路でたびたび激突する彼女たちの負けられない壮絶な激闘が熱かったですが、これまで彼女たちそれぞれの将棋を形作ってきた濃密な背景や、受け継がれてゆく熱い想いも描かれていて、そんな二人に関わる天才少年・竹森や、彼女たちを見守り続けた記者たちの存在もなかなか効いていました。
8.特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来 (宝島社文庫)
特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来
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南原 詠 宝島社 2023年02月07日
特許権をタテに企業から巨額の賠償金をせしめていた凄腕の女性弁理士・大鳳未来が、「特許侵害を警告された企業を守る」ことを専門とする特許法律事務所を立ち上げるリーガルミステリ。彼女と組む弁護士・姚のもとにもたらされる完成済の特殊なTVの特許侵害、映像技術の特許権侵害を警告され活動停止を迫られる人気VTuber。一見そこからの逆転は難しいと感じる状況から、やや不自然とも思えるその訴えの背後関係を探り始めたことで、見えてくる様々な企業の思惑を逆手に取って、上手い落とし所を見極めながらきちんと問題を解決してみせるその展開の妙はなかなか面白かったです。
9.沖晴くんの涙を殺して (双葉文庫)
病気で余命一年の宣告を受けて教師を辞めて故郷に戻ってきた桶場京香。そこで北の大津波で家族を失って引っ越してきたという、笑うことしかできない不思議な高校生・志津川沖晴と出会う青春小説。常に微笑み、スポーツ万能で一度覚えたことは忘れず、驚異的な治癒力を持った沖晴が抱える秘密と孤独。11年前、北の大津波に呑まれた沖晴は死神と取引をして感情を失った沖晴が、余命のない京香の出会ったことをきっかけに、少しずつ失われていた自らの感情を取り戻してゆくストーリーで、様々な想いを積み重ねた末に迎える結末は、最初からわかってはいてもとても切なくて、けれど忘れられない思い出を胸に刻みながら、未来へと希望を見出してゆくその姿がとても印象に残る物語でした。
10.スター (朝日文庫)
新人の登竜門となる映画祭でグランプリを受賞した立原尚吾と大土井紘。大学卒業した二人が名監督への弟子入りとYouTube発信という真逆の道を選ぶクリエイター小説。名監督の助監督にはなったものの自分の作品をなかなか表に出せない尚吾の葛藤。一方でYouTubeで注目を集めてはいるものの、果たしてそのクオリティでいいのかと疑問を感じてしまう紘。同様に激変してゆく表現者の世界に対する紘の仕事仲間、尚吾の先輩や同棲相手、後輩たちの苦悩や試行錯誤で実感のこもった言葉が突き刺さりましたけど、彼らが追い求めた先に見えてくるそれぞれの形がとても印象に残る物語でした。
11.サエズリ図書館のワルツさん (創元推理文庫)
サエズリ図書館のワルツさん1
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紅玉 いづき 東京創元社 2023年05月31日
世界情勢の変化と電子書籍の普及により、本は電子書籍が当たり前になって、紙の本が高価で入手困難になった世界。紙の本を蔵書するサエズリ図書館とそれを管理する特別探索司書ワルツさん、図書館を訪れた人たちを巡る物語。本と無縁の生活を送っていた会社員、娘との距離を感じる図書館常連の小学校教師、本を愛した祖父との思い出に縛られる青年たち。戦争によりいろいろなものが失われている世界でも、変わらず本に対する深い想いと信念を持っているワルツさんだからこそ、本や図書館を守っていけるのだと思いますし、こういう人と知り合えたらみんなきっと本を好きになることができますね。常日頃から紙の本に対する思いはありますが、紙の本が読める大切さを忘れてはいけないと改めて思いました。追加収録された番外編も良かったです。
12.お探し物は図書室まで (ポプラ文庫)
仕事や人生に行き詰まりを感じている5人が訪れた、町の小さな図書室。案内されたレファレンスコーナーで司書さんが一風変わった選書をしてくれる連作短編集。婦人服販売に行き詰まりを感じる女性社員、雑貨店主を夢見る経理部員、子供を生んだ雑誌編集者の複雑な想い、夢破れ仕事も辞めたニート、そして定年退職した夫。無愛想なのに聞き上手なインパクト抜群の司書さんが、適切なオススメとちょっと変わった一冊とともに渡してくれる付録が印象的で、意外な本との出会いをきっかけに新しい道を見出してゆく、そんな著者さんらしさが詰まった物語でした。
13.タイタン (講談社タイガ)
野崎 まど 講談社 2023年01月17日
至高のAI『タイタン』のサポートで、人類は仕事から解放され自由を謳歌する未来。心理学を趣味とする内匠成果を世界でほんの一握りの就労者ナレインが訪れ、彼女に仕事を依頼する近未来SF。突如として機能不全に陥ったタイタンAIのカウンセリングを託されることになった成果。仕事という概念がない世界で様々なことを考察することや、働くことの意味、仕事しかしたことがないコイオスと共に旅する中で目にする様々な出来事、そんな中でコイオスの成長や彼女自身の心境の変化もあって、未来に生きるとはどういうことか、現段階ではあまりこういう世の中を想像できないですけど、いろいろと可能性を垣間見せてくれる物語でなかなか面白かったです。
14.文身(祥伝社文庫)
好色で酒好きで暴力癖のある最後の文士と呼ばれた作家・須賀庸一。その己の破滅的な生き様で作品がすべて私小説だと宣言されていた彼の死後、娘に託された文章でその真相が明らかになってゆく物語。弟・堅次との複雑な関係、家を飛び出した経緯、作家となった兄弟が抱えた秘密、妻との出会いからの変化と、弟が書いたことを小説とするために実践する兄の変化、そして兄弟の相克に至るまで、作家であり続けるためにそこまでしなければならなかったのか、何が虚構で何が現実だったのか、様々なものが複雑に絡み合う壮絶な展開でしたけど、そこまで踏まえた上で娘に届いた手紙の意味を思うと、ついドキッとさせられてしまいました…。
15.おれたちの歌をうたえ (文春文庫)
元刑事の河辺のもとにある日かかってきた電話。友が遺した暗号に導かれ、40年前の事件を洗いはじめた河辺とチンピラの茂田はやがて、隠されてきた真実へとたどり着くミステリ。過去を語るために思い出してゆく、これまで封印していた四十年前の記憶。仲が良かった五人組の若き日々と悲劇。そして二十年前の再会と挫折。暗転したそれぞれの人生と苦い思いがあって、遺された暗号の意味を巡るうちに新たな事実も明らかになっていって、その真相にたどり着くまでにずいぶんと遠回りした感もありましたけど、紆余曲折の末に迎えたその結末がなかなか印象的な物語でした。
16.汚れた手をそこで拭かない (文春文庫)
最初は些細なことがきっかけで、見逃したりやってしまったその小さな綻びから、思わぬ形で暴かれてゆく事件の真相が描かれる五つの連作短編集。夫に聞いた話から妻が気づいたその可能性、夏休みのうっかりミスに青ざめて何とか誤魔化そうとした小学校教諭、隣家の電気代滞納のお知らせから気づいた真相、映画のクランクアップ後に起きた事件、元不倫相手を見返したい料理研究家。後ろめたい複雑な想いを抱えるからこそ、決定的に対処を間違えたその代償は如何ともし難くて、誤魔化そうとした結果として顕在化してしまった、じわじわと効いてくる後味の悪さがなかなか印象的な物語になっていました。
17.古本食堂 (ハルキ文庫)
両親を看取って、帯広でのんびり暮らしていた鷹島珊瑚。そんな折、東京の神田神保町で小さな古書店を営んでいた兄の滋郎が急逝。珊瑚がそのお店とビルを相続することになり、単身上京する物語。生前滋郎の元に通っていたことから、素人の珊瑚の手伝いをすることになった珊瑚の親戚で国文科の大学院生・美希喜。そんな二人の視点からそれぞれ描かれるストーリーで、お店を訪れる同じビル内の出版社の人たちだったり、滋郎が亡くなったことを知った彼の自称・内縁の妻も現れたりする中、カレー、中華といった神保町らしい美味しい食も描きながら、出会う人との縁が繋がって少しずつかけがえのない居場所となってゆく素敵な物語でした。
18.月曜日の抹茶カフェ (宝島社文庫)
青山 美智子 宝島社 2023年06月06日
定休日の月曜日に、1度だけ「抹茶カフェ」を開く、川沿いの桜並木のそばに佇む喫茶店「マーブル・カフェ」。一杯の抹茶から始まる東京と京都を繋ぐ12ヵ月の心癒やされる連作短編集。携帯ショップ店員と茶問屋の若旦那、妻を怒らせた夫とランジェリーショップの店主、恋人に別れを告げたシンガーと祖母と折り合いが悪い紙芝居師、京都老舗和菓子屋の元女将と同じ名前の京菓子を買いにきたサラリーマンなど、思い悩む人々が誰かの何気ない言葉に励まされて、ふとしたことから自らもまた誰かの背中を押しているエピソードは意外なところで繋がりが描かれていて、そんな縁を丁寧に描いてゆく著者さんらしいとても素敵な物語でした。
19.先祖探偵 (ハルキ文庫)
親を知らないまま天涯孤独の身で、野良猫のように暮らしてきた風子。東京の谷中銀座で開いた探偵事務所に先祖の調査依頼が舞い込む連作短編集。宮崎、沖縄、岩手などで美味しい料理を楽しみながら、日本最年長という曽祖父の捜索依頼、先祖を調べる夏休みの宿題を手伝う依頼、ご先祖様が祟っている事実調査、無国籍者が戸籍からの取得協力依頼といった仕事に対してマイペースに取り組んでゆく風子。そしてふとしたきっかけから繋がってゆく、いつも気にかけながらも忘れかけていた自らのルーツ。それぞれに調査してゆく過程で意外な事実が判明してゆく展開はなかなか面白かったですけど、その根っこにあった過去の真相がなかなか深くて印象に残る物語でした。
20.法廷遊戯 (講談社文庫)
五十嵐 律人 講談社 2023年04月14日
法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに不穏な出来事が続き、意外な形で事件に巻き込まれてゆくリーガル・サスペンス。ある日を境に、二人の「過去」を知る何者かによる嫌がらせが相次ぐ状況で、清義が相談を持ち掛けたのは異端の天才ロースクール生・結城馨。思いもしなかった形で起訴された美鈴と、それを弁護することになった清義という構図になる中、人生を諦めたくなかった久我清義と織本美鈴の苦い過去、明らかになってゆく意外な事件の真相があって、突きつけられる司法界の問題と、それぞれの良心が問われる中で導かれてゆく結末の持つ意味がなかなか深い物語でした。
21.ほたるいしマジカルランド (ポプラ文庫)
願いごとを叶えてくれるという噂のメリーゴーラウンドと名物社長で有名な大阪北部の老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。自分たちの悩みを裡に押し隠しながら、お客様に笑顔のために従業員が奮闘する姿を描く連作短編集。社長が入院したという知らせが入り、動揺する従業員たち。アトラクションやインフォメーションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理人、そして社長の息子など、どんな人にでもそれぞれの立場なりに悩みがあって、ふとしたきっかけから周囲の人たちもまた悩みを抱えていることを知って、周囲を見る目や自分のものの見方が変わってゆく中で、いろいろと大切なことに気づいてゆくとても優しい物語でした。
22.CAボーイ (角川文庫)
パイロットの夢を諦めて、外資系ホテルで敏腕ホテルマンとして働いていた入社5年目の高橋治真。そんな彼がNALのCA配属前提の総合職募集を知り、航空業界に飛び込むお仕事小説。治真が出会うプロ意識の高い先輩CAの紫絵やグランドスタッフの茅乃、指導教官オブライエンといった個性豊かな同僚たち。大学時代の友人たちとの深い絆、そして彼が密かに抱えている父が航空事故を起こし引責したパイロットだったという秘密。作中で描かれる航空業界ネタも面白かったですが、とびきり有能なのに苦い過去を抱えるどこか危うい治真と周囲の関係が本当にいい感じで、真相を知った治真がこれからどうするのか、またこの物語の続きを読んでみたいと思いました。
23.ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介 (講談社文庫)
ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介
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川瀬 七緒 講談社 2023年05月16日
東京の高円寺で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介。美術解剖学と服飾の深い知識で服を見ればその人のすべてがわかる彼が、少女殺害事件に疑問を抱き調べ始める仕立屋探偵ミステリ。京介が偶然目にしたテレビの公開捜査番組。10年前とはいえ遺留品として映された奇妙な柄のワンピースのあまりにも時代遅れのデザイン。服を見ればその人の受けた暴力や病気などまでわかる特殊な能力を持つ彼が、ヴィンテージショップの小春とともにそのわずかな手がかりから、犯人はおろか少女の身元さえわかっていない痕跡に寄り添い、未解決事件の真相に迫る展開はなかなか読み応えがあって面白かったですけど、結末はなかなかやるせなかったですね…。
24.ヴィクトリアン・ホテル (実業之日本社文庫)
明日をもって百年の歴史にいったん幕を下ろす伝統ある超高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」。ホテルを訪れた宿泊客たちの様々な人間模様が描かれる長編ホテルミステリ。悩める人気女優、自暴自棄なスリ、新人賞受賞作家、軟派な宣伝マン、そして人生の最期をホテルで過ごそうとする夫婦たちがホテルで出会う一期一会の縁。そんな登場人物たちの交錯する人生を描いていく展開と見て読んでいたのですが、途中からあれ?と思うような一面がいろいろと垣間見えてきて、結果的にええっ?となって見事にやられたと思いましたけど(苦笑)、でもとても優しくて素敵な物語だったと思いました。
25.不可逆少年 (講談社文庫)
どんな少年も見捨てない若き家庭裁判所調査官・瀬良真昼。そんな彼が狐面の少女の凄惨な殺人事件に遭遇し、信念を大きく揺さぶられる青春リーガルミステリ。ネット上で中継されたナイフ、トンカチ、ロープ、注射器を狂気とした常軌を逸した犯行。十三歳の少女が犯した連続殺人事件が抱える不可解な共通点。被害者遺族の男子高校生を担当していたことから、思わぬ形で真相に迫ってゆく真昼。明らかになるたびに事件を巡る構図も大きく変わっていって、追い詰められてゆく少年少女の悲壮な決意には胸を締め付けられましたけど、意外な形で示唆されたもうひとつの可能性に、つい複雑な想いを抱いてしまう結末がとても印象に残る物語でした。
26.リーガルーキーズ! (新潮文庫)
それぞれの想いを胸に秘めて、法律のプロを目指す司法修習生たち。理想と現実に悩みながら進む彼らを描いたリーガル青春小説。法律のプロである弁護士や検事や裁判官になる一歩手前の法律家の卵たち。法律事務所での仕事をそつなくこなす藤掛、真っ直ぐだけれど不器用な松枝、予備試験経由で司法試験に合格した異例の19歳・柳、戸惑いながらも懸命に取り組む長野。藤掛の周囲をフォローできる洞察力や、柳のポテンシャルはなかなかインパクトがありましたけど、そうでない不器用な修習生たちもそれぞれ頑張っていて、法律家の卵として真摯に向き合おうとする彼らの姿勢、それを見守る先輩たちの想いがとても心に響く物語でした。
27.教室に並んだ背表紙 (集英社文庫)
中学校の図書室を舞台に、クラスや友人たちとの言動に馴染めない違和感や未来への不安、同級生に対する劣等感など、思春期の少女たちを繊細に描く連作短編集。図書室にやってくる苦手なクラスメイト、新たに赴任した学校司書と見つけた未来への手紙、ゴミ箱に捨てられた課題図書の感想文、変わってしまった友人への複雑な想い、自分を認めてくれた友人、ふとしたきっかけから教室に居場所がなくなる孤独など、教室の中に居場所を見つけられない主人公たちが見出すささやかな繋がりがとても優しくて、そんな繊細的な描写がとても著者さんらしい物語でした。
28.この本を盗む者は (角川文庫)
深緑 野分 KADOKAWA 2023年06月13日
“本の街”読長町に住み、巨大書庫「御倉館」を管理する家に生まれた本嫌いの高校生・深冬。ある日、入院した父の代わりに叔母を世話するために御倉館を訪れた時、蔵書が盗まれて祖母が仕掛けた本の呪いが発動してしまうファンタジー。泥棒を捕まえない限り町が元に戻ることはないと知り、本を盗んだ犯人を追って、不思議な少女・真白と一緒にいくつもの本の世界を冒険していく深冬。その過程で徐々に明かされてゆく御倉家の過去や本の呪いの正体、そして真実に向き合うことで少しずつ変わってゆく深冬の成長があって、様々なものがあるべき姿を取り戻しつつある中、それでも変わらなかった本当に大切なものを取り戻してゆくその結末はなかなか印象的でしたね。
29.草原のサーカス (新潮文庫)
大手製薬会社の統計解析部に所属する姉と、時代のブームを牽引する人気アクセサリー作家の妹。仕事で名声を得るものの、いつしか道を踏み外していく姉妹の物語。頑張り屋で産学連携を繋ぐ存在として期待されていたのに、会社の要請に応えるまま、主力商品の治験データ捏造に加担してしまう姉・依千佳。広い世界を見せてくれた存在を信じて執着するあまり、騒動を引き起こしてしまう妹・仁胡瑠。これまで期待に応えようと頑張って成果を残してきた姉妹の暗転は、一歩間違えば誰にでも起こりうる話で、上手く行かなくなった時どうすれば良かったのかはとても難しいですね…。そんな大変な経験に直面した二人のささやかなリスタートを応援したくなる物語でした。
30.八月の銀の雪 (新潮文庫)
地球の中心に静かに降り積もる銀色の雪、深海に響くザトウクジラの歌、見えない磁場に感応するハトの目、珪藻の精緻で完璧な美しさ、高度一万メートルを吹き続ける偏西風の永遠。科学の普遍的な知が傷つき弱った心に光を射しこんでいく短編集。無能に見えたコンビニのベトナム人店員グエンが、就活連敗中の理系大学生、堀川に見せた驚きの真の姿。子育てに自信をもてないシングルマザーが、博物館勤めの女性に聞いた深海の話。不動産会社の契約社員・正樹が関わってゆく伝書鳩の過去、何の気なしにSNSに上げた珪藻の写真から始まった縁、原発の下請け会社を辞めた辰朗が、茨城の海岸で出会った凧揚げをする初老の男。希望を見出だせない登場人物たちが、ふとしたきっかけから出会った人々とやりとりを交わす中で、それが少しずつ転機に繋がってゆく、なかなか印象的な連作短編集でした。