恒例の2025年上半期注目のオススメ新作企画第5弾ということで、今回は新作文芸単行本編です。気になる作品があったらこの機会にぜひ読んでみて下さい。
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ラノベの新人賞でデビューして、一般文芸でも〈本屋大賞〉を受賞。以来ベストセラーを生み出し続けた人気作家・天羽カインが、直木賞を渇望する作家小説。渇望する直木賞には過去に数度、候補作入りこそするものの、選考委員からは辛口の選評が続き、担当編集も現状に甘んじるもどかしい状況。そんなカインが学生の頃からカインの作品の大ファンだった編集者・千紘と出会い、2人で一緒に受賞できる妥協のない作品作りにのめり込んでいく展開で、自己主張の強い新人作家の存在と対比しながら、何のための執筆なのかそのあり方が問われる一方で、売れていても受賞する難しさを浮き彫りにしていきましたが、何とも悩ましい葛藤の決断を描いたその結末もまた鮮烈な印象を残しました。
同僚がSUVブレイクショットのボルトをひとつ車体の内部に落とすのを目撃した自動車期間工。移り変わるブレイクショットの所有者を通して描かれる壮大な物語。マネーゲームの狂騒、偽装修理に戸惑う板金工、悪徳不動産会社の陥穽、そしてSNSの混沌と「アフリカのホワイトハウス」など、いくつもの視点から描かれてゆく騙し騙される世界。そんな中で周囲の状況に翻弄されてゆくサッカー少年修悟と、そんな彼の才能を信じて支え続ける晴斗の関係があって、目まぐるしく視点が変わる中、様々な現代の問題が浮き彫りになってゆくエピソードや、苦境に陥って葛藤する登場人物たちがそれぞれ下す選択を描きながら、全ての物語が繋がった先にある圧巻の結末が効いていました。
3.月収
それぞれの月収に見合った生活を送る6人。彼女たちの欲しいもの、不要なもの、そしてお金では買えないものを描いていく連作短編集。年金暮らしで貯金を切り崩す毎日の中で生まれた思わぬ収入源、専業作家を目指すために始めた不動産投資にのめり込んだり、親の介護を見越して始めた新NISA、20代のうち1億円を稼ごうと始めたパパ活、働かなくても暮らせる状況を支える夫の遺産と株式投資、元介護士が立ち上げた生前整理の会社。収入を得るための発想がなかなか面白いなと思いながら読んでいましたけど、月収も年齢も様々な登場人物たちにとってもお金は大切ではあるものの、それは幸せに生きるための手段であって、本質ではないことを教えてくれました。
4.踊りつかれて
ブログに突如書き込まれた宣戦布告。SNSで誹謗中傷をくり返す人々の名前や年齢、住所、職場、学校…あらゆる個人情報が晒されてゆく物語。SNSで苛烈な誹謗中傷に遭い自ら死を選んだお笑い芸人の天童ショージ。週刊誌のデタラメに踊らされ人前から姿を消した伝説の歌姫・奥田美月。イメージと妄想で彼らを追い詰めた者たちの個人情報が暴かれ公開される一方、そこから掘り下げられてゆく天童や美月たちの過去エピソードはなかなか過酷で、一方その影響に無自覚なまま、投げつけられる残酷な言葉が異次元の暴力になってゆくこの時代の恐ろしさを垣間見る思いでしたが、それを最近よくある話、単なる炎上ネタで終わらせないその結末がなかなか印象的な物語でした。
家族の関係に違和感を感じる小学生の十和に、なかば強引に中学受験を決めてしまう母。志望高校も覚悟がどこか定まらないまま、小学校最後の夏休みを迎える家族小説。周囲の同級生たちも徐々に変化を見せてゆく中で、依然としてピンとこないまま変われない十和。友人とも仲違いしてしまい、大阪で一人暮らす祖母の下へと逃げ出した彼女が両親の過去も知って、大阪の私立中学を受験する覚悟を決める展開で、あまり向き合えていなかった父にフォローされながら、勉強に邁進していく中で確かな心境の変化があって、そんな彼女が自分がどうしたいのかを懸命に考えながら、全力で挑んだ中学受験の末に見出したそれぞれの答えがなかなか良かったですね。
6.皇后の碧
両親を失い孔雀王ノアに拾われ庇護され、鳥籠の女官となった土の精霊ナオミが、風の精霊を統べる蜻蛉皇帝から誘われて寵姫の座を目指すファンタジー。蜻蛉皇帝が連れ帰りそのまま後宮に入れられ、誰が敵で味方かもわからないまま、タイプの違う2人の寵姫に出会い知己を得る一方、孔雀王のかつての妻で未だ姿を見せない皇后イリスの動向を探るナオミ。その中で明らかにされてゆく孔雀王と蜻蛉皇帝の対立や、2人の間に結ばれた終戦の契約があって、立場が違えばその意味合いもガラリと変わってしまう構図に対立の根の深さを見る思いでしたが、この激動の展開で覚悟を決めていったナオミの成長も良かったですし、そこからさらに思わぬ真相が明らかにされる結末もまたなかなか鮮烈でした。
100年後に人類滅亡の危機がやってくるという衝撃的だけれどやや猶予が長いニュース。ささやかな勇気が重なって世界に希望をともしていく連作短編集。問題を解決することを諦めたわけではないけれど、それでもどこか諦念や厭世あるいは無為の影が差す状況で、友人の遺影を前に回顧する少女、英雄として名を刻むことを欲する男、無人島で暮らすおっさん、反抗期を迎えた少年、娘に嘘を吐いた父、母としての立場に悩む女性といった悩める登場人物たちが懸命に生きる姿を描いていて、そんな彼らがそれぞれに転機を迎えて、それが積み重なっていった先に世界の色合いもまた変わっていくストーリーの中で、未来の可能性や希望を信じてみたくなるその結末がなかなか良かったです。
金原 ひとみ 文藝春秋 2025年04月10日頃
文芸誌元編集長の木戸に、かつてその地位を利用して性的搾取をされていたとある女性が告発したことをきっかけに、パンドラの箱が開いていく物語。定年も見えてきた木戸の過去の疑惑が思い出したかのように告発され、さらにマッチングアプリでの悪行が付き合った女性によってネットで晒された部下の五松。小説家・長岡友梨奈が指摘する性被害に対する怒りはあまりにも正論で、けれど彼女自身もまた離婚問題を抱え、たびたび暴力事件を起こしていて、告発した女たちの鬱屈や悪辣な一面も垣間見える中、変わる時代についていけない者たちの戸惑い、世代間で大きくなっていくギャップや感性の変化を浮き彫りにしながら、狂気と紙一重の正しさや正義とは何かを問う圧巻の物語でした。
9.月とアマリリス
北九州市の高蔵山で発見された一部が白骨化した遺体。地元のタウン誌でライターとして働く飯塚みちるが、この事件を追う覚悟を決めていく物語。遺体と一緒に埋めれられていた花束らしきもの。遺体の着衣のポケットの中には入っていたメモの存在。そしてたどり着いた部屋で見つかるもう一つの女性の遺棄死体。過去の記事の炎上をきっかけに週刊誌の記者を辞めていたみちるが、隣人・井口の力を借りながら再び追い始める事件の背景。その中で浮き彫りになってゆく人の人生を食い物にする狡猾な男の存在があって、同じ事件を追う記者との出会いの中で気付かされる矜持や、思わぬ形で再会した過去に向き合ってゆくその結末が印象的な物語でしたね。
10.嘘と隣人
リタイアした元刑事の平穏な日常に降りかかる事件の数々。捜査権限を失った男・平良正太郎より、身近な人間の悪意が白日の下に晒されてゆく連作短編集。娘のママ友の元夫によるストーカーが傷害事件に繋がった背後の人間関係、思わぬ形で常軌を逸した行動に巻き込まれていく百貨店で働く女性の飛び降り、遺体が発見された外国人実習生が直面していた人種差別、満員電車の中で起きた事故と痴漢の冤罪、そして表題作のSNSに投稿する人々の承認欲求。正太郎の視点で描かれ、浮き彫りにされてゆく日常の中に潜むさりげなからこそ恐ろしい悪意には慄きましたが、思わぬ形で展開していくそれぞれの物語の結末もまた印象的な短編集でした。
11.それいけ!平安部
県立菅原高校の入学式当日、同じクラスになった平安時代に興味を持っている平尾安以加から声をかけられた牧原栞が、一緒に平安部を立ち上げる青春小説。安以加の熱意にうっかり入部を決めてしまい、一体何をやるのかも明らかにないまま、新部を創設するのに必要な5人の部員を集めるために奔走して、クラスメイトから上級生まで個性的なメンバーで構成された平安部の発足。その話し合いからいろんなアイデアも出てきて、平安部の方向性も見えてくる中で、京都で開催された蹴鞠大会にも出場して京大とも優勝を争う展開は盛り上がりましたし、文化祭に向けて学校の内外でいろいろ関係を作っていきながら、ゼロから部活を作っていく楽しさが感じられるストーリーはなかなか良かったです。
12.星の教室
いじめから不登校になり、中学中退ゆえに社会でも家庭内でも生きづらい日々を送る潤間さやかが、20歳の春に河堀夜間中学への入学を果たす物語。不信感から中学の卒業証書を受け取りを拒否したことの重さを痛感してゆく彼女が、戦争や貧しさや病など様々な事情で義務教育を終えられなかった大人たちの集う夜間中学に通うことになり、仲間たちに支えられて過ごす日々が、学校や親への不信でかんじがらめだったさやかの心を解きほぐしていく展開で、いろいろ難しいこともありましたけど、八方塞がりだった彼女が人との関わりを通して少しずつでも変わることで、自分がこれからどうしたいのかを考えられるようになっていって、叶えたい夢も芽生え始めたさやかのこれからを応援したくなる物語でした。
13.願わくば海の底で
東北地方沿岸部のとある高校。稀有な才能を持ちながら、大学入学を前にしてあの日、私たちの前から姿を消ししてしまった菅原晋也と、彼が過ごした高校三年間の軌跡の物語。そこで起こるささやかな謎の中心には、いつだって彼がいた。校舎が荒らされた前夜に目撃された青い火の玉。話しかけてきた同級生を水中に突き飛ばした女子生徒の真意。テーマ不明の花瓶に生けられた花の絵。そして高校卒業後大学に入学するまでの何者でもなかったあの日、姿を消してしまった彼。頭では分かっていても、近しかった人々はどこか彼のことをずっと諦めきれなくて、改めて当時の軌跡を辿ってゆく中で、明らかになってゆくずっと秘められていた過去の何とも切ない真相がまたどこまでも彼らしい物語でした。
14.目には目を
娘を殺された遺族が密告により加害者・少年Aの居場所を見つけ、殺害し復讐を果たした事件。居場所を密告したのは誰か、ライターの仮谷苑子が事件の真相を追うミステリ。殺された少年Aが犯罪を犯して収容された少年院で出会い、社会に戻ってからは二度と会うことはないはずだった5人。ひとりひとりにアプローチして取材を進めていく中で、彼らが語る起こした事件や少年院時代の思いから、当時の様子やそれぞれの人物像、その後の生き様が浮き彫りになっていって、それが少年Aを殺害した被害者の母のエピソードから物語としての構図を大きく変えていきましたけど、復讐せずにはいられない想い、そして贖罪するとはどういうことか、突きつけられた思わぬ真相の意味を噛み締めずにはいられませんでした。
15.高宮麻綾の引継書
精魂込めて作り上げた新規事業を、リスク回避を理由に親会社に潰された三年目の社員・高宮麻綾。怒りを爆発させた彼女がリスクの調査に乗り出す仕事小説。企画を潰されたことで親会社への出向を突っぱねて、その理由を探るうちに過去に起きた事件が浮き彫りになってゆく中、それをリークしたとして追い出し部屋に左遷されてしまう高宮。それでも諦めずにいかにこの絶望的な状況を打開するかを考えて、これまで構築してきた人脈も駆使しながら、卓越した行動力で状況を変えようと奮闘して、その情熱で周囲を巻き込みながら切り開いていく痛快な展開は面白かったですが、当初は転職も視野に入れていた彼女が、いつの間にか会社に愛着を覚えるようになってゆく心境の変化も効いていました。
16.汽水域
亀戸で発生した複数の死傷者を出した無差別殺傷事件。事件記者の安田賢太郎は週刊誌での連載のため、深瀬とかかわりのある人物にアプローチする社会派サスペンス。事件後「死刑になりたかった」と供述した犯人の深瀬。被害者家族や深瀬の恩師や同級生、元同僚や母が語る思い、同じ事件を追う報道関係者との駆け引き、そして家庭を顧みずに離婚された妻や息子との関係も浮き彫りになってゆく中で、凋落しつつあるジャーナリズムの意義を何度も問われ続けて、深瀬の人生を一歩間違えば他人事ではないと痛感しながら、それでも今の自分に出来ることを愚直に突き詰めていくことしかできない、不器用な彼がたどり着いたその結末は強く心に響くものがありました。
17.謎の香りはパン屋から
【第23回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作】
漫画家を目指しつつ、大阪府豊中市にあるパン屋でアルバイトをしていた大学一年生の市倉小春。パン屋を舞台に彼女が身近で起きる謎を解き明かす日常の謎連作ミステリ。小春が働くバイト先のパン屋の周囲で起こる、一緒に行くはずだったライブビューイングを親友がドタキャンした理由、ズタズタに切れ込みを入れられた焼く前のランスパン、野球部エースの幼馴染がコーヒーをこぼした理由、ひったくり犯の首にあった傷、同僚がパン屋を辞めようとした本当の理由。それぞれの謎はよくよく注意しないとなかなか気付けない些細なことでしたけど、それを見逃さない鋭い洞察力もさることながら、その謎だけでなく合わせて身近な人のわだかまりもそれぞれ一緒に解き明かしていく結末はなかなか良かったですね。
18.ふたり腐れ
コールセンターで働き平凡な日常を送っていたイチカ。ある日、居酒屋で隣り合った大柄な女イノリの殺人現場を目撃してしまい、奇妙な逃避行が始まる物語。職場の人間の殺害に絡んでしまい、そこから巻き込まれる形で始まった桜前線を追いながら行く先々で殺人を犯していく2人での逃避行。イノリは男性人格セイも同居していて、似た境遇で育った2人に奇妙な連帯関係が生まれていく、何となくストックホルム症候群がテーマの物語なのかなと思いながら読んでいたストーリーが、イノリとセイの人格が曖昧になり壊れていって追い詰められていく一方、イチカが姉への異様な執着を見せるようになっていって、終わってみれば様々な構図がすっかり激変していて、正直驚かされました。
19.名探偵再び
かつて数々の難事件を解決に導いた学園の名探偵・時夜遊。伝説となった大伯母のお陰で、私立雷辺女学園に入学することができた時夜翔のもとに、学園内で起きた事件解決の依頼が次々と舞い込む学園ミステリ。30年前、学園の悪を裏で操っていた理事長Mと対決し、ともに雷辺の滝に落ちてなく亡くなった大伯母・遊。探偵の娘として生まれたこともあり、凡人なのに大伯母のような活躍を期待され、窮地に陥った彼女が雷辺の滝で幽霊と出会い、師匠と崇めて助言を得ながらもたらされた事件を解決していく展開で、自分の無力を正しく認識して師匠に頼る翔の開き直りっぷりはむしろ清々しく、テンポよく読ませる物語の構図としてはある程度予想できましたけど、そう思わせておいて最後に待っていた意外な結末にはものの見事に驚かされました。
著名な劇作家・野上の劇団新作公演でヒロインに選ばれた元国民的子役のアイドル中野もも。しかし直前で降板してしまい、売れない中年女優マル子が代役に指名される演劇小説。代役として圧巻の演技を見せたことで注目が集まり、そこからオファーが殺到するようになってえいったマル子と、体調不良の降板を機に無理はさせられないとどこかパッとしない状況に陥っていくもも。その対照的な構図を2人や周囲の人々の視点から描いていて、特に状況が激変したマチ子からしたらあの転機がなければと思わずにはいられない、けれどこれまで積み重ねてきた結果でもあるその後の展開に、自分にしっくり来る居場所というものを考えずにはいられませんでしたが、そんな2人が立場を変えて再会する結末もまた効いていました。
21.受け手のいない祈り
長時間の連続勤務による極度の疲労で、死と狂気が常に隣り合わせの日々。他人の命のため、自らの命を削る過酷な救命の現場を描く医療小説。感染症の拡大を背景に周囲の病院の救急態勢が急速に崩壊していく中、「誰の命も見捨てない」を院是に患者を受け入れ続ける青年医師・公河が働く病院。医師が慢性的に不足しているために何日も家に帰れず、自分が睡眠や食事をとることもままならないため崩壊しつつある過酷な環境が描かれていて、学友だった産婦人科の女医が激務の末に過労死している姿が発見されるシーンはなかなか衝撃的でしたが、それでも目の前の患者に向き合って自らの身を削りながら手術を続けるどこか狂気じみた彼らの姿がなかなか壮絶でした。
小学校図書館司書として働くことになったまふみが、引っ越した製本工房が併設されたアパートに暮らす中で、様々な人と出会い製本の世界を知ってゆく物語。非常勤の司書として働きながら司法書士を目指すという目標を断念しつつあるものの、親や周囲にもなかなか言えずなかなか気持ちを切り替えられないまふみ。そんな彼女がアパートの1階にある製本工房と大家で製本職人の瀧子親方と出会い、その素敵な人柄や彼女の製本する様子に惹かれてゆく中で、引きこもり気味な孫・由良子とも出会う展開で、製本する様子もなかなか興味深かったですが、何より図書室にやってくる子どもたちや、製本を学ぶ中で様々な人々と出会い向き合ってゆく彼女が、これからの希望を見出してゆく姿が印象的でした。
23.救われてんじゃねえよ
【第21回女による女のためのR-18文学賞大賞受賞作】
難病の母を介護しながら高校に通う17歳の沙智。絶望を感じる状況の中でいかに自分の人生を生き抜くかを描いた青春小説。父親は稼げないのに浪費家で母の介護にも協力的でない貧乏な家庭。母の介護をしている状況を担任の先生や同級生に大げさなくらい同情される状況には、沙智自身も眼の前のことをどうするかに精一杯で、自分の未来を信じられなくなるのも仕方ないと感じましたが、ここから幸運にも大学に進学してからも、相変わらず実家に戻って面倒を見てくれるのを当然と考える両親のプレッシャーを感じながら、自分の人生をどう生きるのか。こういった境遇はそう簡単に解消されるものではなく、彼女が抱え続けた葛藤はなかなか壮絶で心に来るものがありました。
藤 つかさ KADOKAWA 2025年04月02日頃
ミステリ作家として一世を風靡した教師・久宝寺肇が癌で亡くなり、恩師の仕事を引き継いで母校に国語教師として赴任した辻玲人が、彼の遺稿を入手する学園ミステリ。解決編がない短編ミステリのプロットを完成させたい編集者の依頼で、図書委員で探偵を志すあずさと共に解決編を探す中、発見された彼女の友人の死体。遺稿プロットと同じ状況でなくなった友人を前したあずさが、助手とした玲人と共に事件の真相を調べ始める展開で、その後起きた編集者の不審死や以前起きた玲人の恋人の自殺の真相も絡めながら、明らかにされていく真相はなかなかほろ苦かったですけど、大切なものものを守りたい確かな優しさもまた感じられた結末で、乗り越えた彼らのその後をまた読んでみたいと思いました。
25.遊園地ぐるぐるめ
青山美智子さんの作品の装丁を数多く手掛ける田中達也さんのアート作品。2人が作品と物語を見ながら作り上げていくコラボレーション連作短編小説。山中青田遊園地、通称ぐるぐるめを舞台に、そこにやってきた初々しい距離感のバイトの同僚や料理教室で知り合った2人、70半ばの老夫婦、キッチン用品メーカーで働く営業マン、4人家族、バスケ部の仲間4人、お客さんを誘導するピエロと猫といった登場人物たちが関わり合いながら、それぞれが抱えるわだかまりを解消して前向きな気持になっていくストーリーは著者さんらしさがよく出ていましたが、それを最後の話で上手くまとめていて、今回はそれに加えて作品と刺激し合いながら作られたことが伺える短編集になっていました。
26.Nの逸脱
何気なく開けてしまった隣人の扉。追う者と追われる者が入れ替わり、善と悪が反転していく3つの連作短編集。爬虫類のペットショップのアルバイトが、売れ残ったフトアゴヒゲトカゲを何とか得ようとして金を稼ぐための一計を案じた思わぬ顛末。生徒たちにいたぶられ精神的に追い詰められていた高校数学教師が非常識な若い女と遭遇した末の行動。占い師のもとに弟子にして欲しいとやってきた若い女性との顛末。思い詰められていくとこれしかない、こうするしかないと視野が狭くなって、つい普段ならやらないような思わぬ行動をしてしまう人間の心理が巧みに描かれていましたが、その行動がもたらした結末もなかなか効いていて面白かったです。
27.口外禁止
パッとしない大学生・金崎恵介の元に突然届いた怪しげなメール。半信半疑で従った結果、彼の日常は急速に好転し始める一方、不可解な事件に巻き込まれてゆくミステリ。ワールドカップの試合の結果を予想したAIが、劇的な結果だけでなく点差まで見事複数試合当ててみせたことをきっかけに、つい返信してしまった恵介。誰にも明かさないことを条件に、言動を具体的にアドバイスされて当初は新たな出会いもあったりと、言う通りに従っていれば上手く行く展開が続く中、だんだん雲行きが怪しくなってきて、そのプロデュースをどこまで信じていいのか、そのまま従うべきか迷う手口はなかなか巧妙でしたけど、そんな彼が知ることになる壮大な真相には唸らされました。
28.嘘つきは同じ顔をしている
社長命令で事故物件マンションの謎を探るためにそこに住むことになった弱小出版社の若手編集者・山城龍彦。そこで思わぬ事実が明らかになっていくホラーミステリ。優秀過ぎる学生バイト小野寺の協力も得ながらマンション周辺の聞き込みを始める山城。そこに息子が行方不明になってしまったマンションの獣人や、番組の企画で心霊マンションでロケすることになった元役者兼ホストの霊能力者、仕事場にしオカルトYouTuberの視点のエピソードも絡めながら、周辺の伝承や心霊現象、心霊の正体が徐々に浮き彫りになっていく展開で、そこから群像劇的ストーリーが複雑な人間関係も含めて全て繋がっていって、最終的に明らかにされたその結末はなかなか圧巻でしたね。
29.この配信は終了しました
正義系、暴露系、心霊系・・・・・配信の終了後に明かされる配信者たちの素顔。ネット配信者たちの姿を描いた連作ミステリ。暴露系チャンネルを運営する兄弟が週刊誌記者からスキャンダルのネタを得たことで巻き込まれていく思わぬ展開、心霊スポット紹介を通じて話題を集める先輩後輩コンビが巻き込まれる事件の恐怖、生配信中に亡くなった有名な考察系配信者の死を巡る真相、樹海での発見にまつわる救済系配信者、そして痴漢を逮捕した後に自ら命を絶った正義系配信者の真相。現実すらコンテンツにしてしまうバズる動画配信の裏側も描きながら、ひとつひとつのストーリーは短めながらも意外な真相に繋がっていてなかなか面白かったです。
30.明日もいっしょに帰りたい
積み重ねられてゆく女の子同士の友達以上恋人の未満の何ともものかしい距離感。何とも繊細でかけがえのない関係を描いてゆく4つの青春ガールズ連作短編集。イケメンの幼馴染がいる女の子との気になる関係、修羅場を乗り越えて自宅訪問することになった同僚の想い、恵まれない家庭で育った聴講生と喫茶店の常連客の再会、最初は男よけの恋人役として立候補した彼女との積み重ねていく中で変化していく距離感。真摯に向き合おうとしてくれるけれど、自分は果たしてこれ以上踏み込んでいいのか。相手の真意を気にかけながら、一緒にいることにドキドキしたり、勇気を出した想いに応えてくれて幸せな想いに心が満たされてゆく姿を祝福せずにはいられない、とても素敵な物語でした。