恒例の2022年上半期注目のオススメ新作企画、今回は「ラノベ青春小説」「ラノベファンタジー」「文庫」「ライト文芸」に続く第五弾文芸単行本編です。下半期の文芸単行本に関しては、面白かった、良かった作品の候補が多すぎて何を入れるのか、どう並べるのかかなり迷いました。そんな葛藤の末にセレクトした30作品です。どれも自信を持っておすすめできる作品なので、気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
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1.汝、星のごとく
風光明媚な瀬戸内の島に育った高校生の暁海と、自由奔放な母の恋愛に振り回され島に転校してきた櫂。ともに心に孤独と欠落を抱えた二人は、惹かれ合い、すれ違い、そして成長していく物語。夫に逃げられた母を放っておけない暁海と、母の恋愛に振り回されてきた漫画家になる夢を持つ櫂。急速に惹かれ合ってゆく二人が、けれどままならない状況に不器用すぎて少しずつすれ違う展開にはもどかしくなりましたけど、彼らを見守り続けて寄り添ってくれた北原先生との存在も大きくて、いつまでもずっと心に残り続けた鮮烈な想いに殉じる一途な姿は、傍から見たら歪でも、他の人に何と言われようとも、かけがえのないとても美しいものに思えました。
2.光のとこにいてね
母に連れられて来た古びた団地の片隅で出会った結珠と果遠。着るもの食べるもの、住む世界も何もかもが違うのに、お互いに惹かれ合う二人の四半世紀の物語。週に一回だけ古びた団地で育んだ二人の交流。高校時代の束の間の再会と突然の別れ。そして社会人になってからの偶然で運命的な再会。初手から強烈に惹かれ合う二人の縁みたいなものがあって、出会ってしまったらもうお互い意識せずにはいられなかったり、それぞれが抱える親子関係に対する葛藤を拗らせていて、それでも大人になっても大切なものはいつまでも変わらない不器用な二人のありようがとても印象的な物語でした。
3.金環日蝕
知人の老女がひったくりに遭う瞬間を目にした女子大生の春風。犯人の落とし物に心当たりがあった彼女が、居合わせた高校生の錬に押し切られて二日間だけの探偵コンビを組むミステリ。H大で心理学を学ぶ春風と高校生の錬で進める犯人が落としたストラップの持ち主探し。母子家庭で妹を案じる高校生・莉緒とカガヤの出会い。いくつかの視点から綴られてゆくストーリーは、思わぬ形で繋がっていって驚かされましたけど、優しい心の持ち主であっても一歩間違えば、追い詰められれば誰だって心が歪んでしまうこともあるんですよね…でもそこから丁寧に描かれる著者さんらしいとても真摯で優しい結末には救われる思いでした。
4.機械仕掛けの太陽
2020年初頭、マスクをして生活することを誰も想像できなかった。現役医師として新型コロナを目の当たりにしてきた著者が描くコロナ禍の医療現場のリアル。シングルマザーで大学病院勤務医の椎名梓、結婚目前の彼氏と同棲中の女性看護師・硲瑠璃子、70代の開業医・長峰邦昭という三人の医療従事者の視点からそれぞれ描かれるストーリーで、現場で戦っていた人々にも葛藤やそれぞれの生活があって、特に最初は周囲の無理解に苦しんだこともあったでしょうし、甘く見てあんなことをしなければ…というような出来事にも直面することがあったと思いますが、そういう中でも向き合い続けた医療従事者の方々の尽力にはリスペクトしかないです。
棋士と女流棋士の両親を持つ長瀬京介と、落ちこぼれ女流棋士の息子・朝比奈千明。若くして期待を背負いプロ棋士を目指す彼らに、出生時の取り違え疑惑が持ち上がる運命と闘う勝負師たちの物語。底辺をさまよっていた女流棋士・朝比奈睦美と向井千穂子の友情と因縁、京介の父・厚仁の葛藤と国仲遼平との出会い、そして取り違え疑惑に対照的な態度を見せる京介と千明。才能を決めるのは果たして遺伝子か環境か、変わっていたかもしれない境遇、ぶつかり合う親子間の何とも複雑な関係、そして自らの無力を嫌でも突きつけられる場所に身を置き続ける葛藤も描かれていて、あらゆる可能性に複雑な思いが交錯する中、意外な結末の先にあった二人だけの秘密には、これまで積み重ねてきたかけがえのない家族愛を見る思いでした。
6.先祖探偵
母と生き別れてから20年以上、野良猫のように暮らしてきた風子が、東京の谷中銀座で先祖を調べることを専門とする探偵事務所を開き、先祖の調査依頼が次々と舞い込む連作短編集。先祖探偵という珍しい事務所を開く風子の元にもたらされる日本最年長という曽祖父の捜索依頼、先祖を調べる夏休みの宿題を手伝う依頼、ご先祖様が祟っている事実調査、無国籍者が戸籍からの取得協力依頼、そしてふとしたきっかけから繋がってゆく、いつも気にかけながらも忘れかけていた自らのルーツ。それぞれの依頼を調査してゆく過程で意外な事実が判明してゆく展開はなかなか面白かったですけど、その根っこにあった自らのルーツを巡る過去、そして明らかにされる思ってもみなかった真相がなかなか深くてとても印象に残る物語でした。
7.祝祭の子
かつて宗教団体〈褻〉のトップ石黒が引き起こした子供たちによる信者殺害事件。時が経ち、ひっそりと生きてきたその生存者わかばが、石黒の死を聞かされた直後に自身もまた何者かに襲われるサイコサスペンス。殺人を犯して生き残り、多くの議論を呼んだ生存者の存在。何かあるたびに職や住居を転々とせざるを得ないその素性がかつての仲間と共に暴かれ、心無い悪意の暴力に晒されて何度も裏切られた彼女たちを追い詰める敵の正体。明らかになってゆく背景や救いのない状況に直面し、自らはどうすべきか葛藤を抱えながらも、それでもギリギリのところで踏みとどまった彼女たちの思いとその結末が印象的な物語でした。
8.十二月の辞書
15年ぶりに元恋人から電話を受けたAI研究者の南雲薫。私生児の彼女に遺された函館の一軒家にあるはずの、父が描いた彼女のポートレイトを見つけてほしいと依頼される恋愛ミステリ。アトリエではなく書庫だった一軒家で、学生の佐伯とともに絵を探し始める南雲。並行して描かれる元恋人リセや恩師・藤崎との出会いと関係、そしてたった一度だけ会ったリセの父・深島との印象的な思い出。「グリフォンズ・ガーデン」や「プラネタリウムの外側」と世界観が地続きの物語で、相変わらず重厚過ぎて読むのには難儀しましたが、でもこれこそが早瀬作品なんですよね。年月を積み重ねて様々なことが変わる中でも、変わらない大切なものがあって、相変わらず不器用で面倒な彼らのありようが愛しくなりました。
9.方舟
大学時代の友達と従兄と一緒に山奥の地下建築を訪れ、偶然出会った三人家族と地下建築の中で夜を越すことになった柊一。その地下建築が水没の危機に陥った矢先に殺人事件が起きるミステリ。地震が発生して扉が塞がれ、水没までのタイムリミットまでおよそ一週間。9人のうち死んでもいいのは、死ぬべきなのは誰か?殺人犯を一人犠牲にすれば脱出できる。そんな思いで犯人探しが始まる中で発生する連続殺人事件。わりとオーソドックスなクローズドサークルなのかなと思いながら読む中で、ディテールにこだわった推理はなかなか鮮やかでしたけど、それだけでは終わらない何とも衝撃的な結末には度肝を抜かれました。
プロトコル・オブ・ヒューマニティ
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長谷 敏司 早川書房 2022年10月18日頃
不慮の事故で右足を失い、AI制御の義足を身につけることになったダンサーの護堂恒明。そんな彼が人のダンスとロボットのダンスを分ける人間性を表現しようと試みる近未来小説。身体表現の最前線を志向するコンテンポラリーダンサーだった恒明の突然の暗転から、絶望の中に義足に希望を見出し、自らの肉体を掘り下げてダンスとは何かという本質を突き詰める恒明。そして認知症が急速に進んでしまい変わり果ててゆく、伝説の舞踏家だった父と向き合う絶望の日々。テクノロジーの進化とその限界も実感するなかなか壮絶な展開でしたけど、ある意味そんな彼ららしい結末がまた印象に残る物語でした。
11.此の世の果ての殺人
講談社第68回江戸川乱歩賞受賞作
二ヶ月後に小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され大混乱に陥った世界。淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受ける小春が、教官で元刑事のイサガワと地球最後の謎解きを始める終末ミステリ。母が姿を消して父は自殺し大部分の人が逃げ出した九州で、引きこもりの弟と残って奇特な教官のイサガワに自動車教習を受けていた小春が見つけた滅多刺しにされた女性の死体。荒廃しつつある世界でなぜ連続殺人が起きたのか。こういう事態に陥ったからこそそれぞれの本性が浮き彫りになっていって、不安を抱えて強くいられる人たちばかりではないけれど、それでも事件を調べ続けた小春たちがたどり着くひとつの真相が印象に残る物語でした。
12.君のクイズ
13.犬を盗む
生放送クイズ番組『Q-1グランプリ』決勝戦に出場したクイズプレーヤーの三島玲央。その対戦相手・本庄絆が、まだ一文字も問題が読まれぬうちに回答されて、優勝を逃すという不可解な事態に直面するミステリ。一体なぜ本庄絆は問題も聞かずに正解することができたのか。真相を解明しようと彼について調べ、決勝戦を1問ずつ振り返ってゆく三島。振り返った過去には三島と本庄絆のこれまでのクイズプレイヤーとしての積み重ねが垣間見えて、その覚悟すら感じる変化には共感すら覚えていたはずなのに、そうするに至った理由を聞いてしまったことで、どうやっても埋められない決定的な溝を感じてしまう何とも皮肉な結末が効いていました。
高級住宅地で殺害された一人暮らしの老女。部屋にはかつて犬を飼っていた痕跡があり、犬アレルギーの植村と犬を飼っている下村の刑事コンビが周辺の捜査を開始するミステリ。コンビニでひっそり働き突如犬を飼うようになった松本。あるスクープをモノにするためコンビニでアルバイトを始めた雑誌記者の鶴崎。そして松本の過去に気づき執着するようになってゆく作家の小野寺真希。誰が老女を殺したのか、なぜ犬を盗んだのか。犬アレルギーと犬好きの刑事コンビも含めたそれぞれの視点から真相に迫る展開でしたけど、その違和感と偏見を乗り越えた先にあった意外な結末がなかなか読ませてくれる物語でした。
14.最後の鑑定人
「最後の鑑定人」と呼ばれ、ある事件をきっかけに科捜研を辞めて民間鑑定所を開設した土門誠が、その群を抜いた能力で持ち込まれる不可解な事件を解決する連作短編ミステリ。元恋人の遺留精液DNAが検出された女性他殺体の真実、外国人技能実習生が完全黙秘した放火事件の真相、宝飾品と一緒に車に残っていた白骨死体から明らかになる12年前の未解決強盗殺人事件、自殺した娘の遺品鑑定から分かった切ない真実。わずかな遺留品から卓越した着眼点や執念で事実に迫る土門のプロフェッショナルぶりが際立っていて、その土門の過去や彼をサポートする高倉のエピソードも交えながら、浮き彫りになってゆく過去の因縁も一緒に解決してゆく展開はとても面白かったです。
15.付き添うひと
過去の経験を通して、付添人(少年犯罪において弁護人の役割を担う人)の仕事に就いたオボロ。簡単には心を開かない、声を上げる方法すら分からない子どもたちの心に向き合い寄り添ってゆく連作短編集。自らも少年院に送致され経験があり、同じような境遇の子供を救おうと子供担当の弁護士にまでなったオボロが向き合うホームレスを襲撃した少年が隠している真実、家族から逃げ出した女子高生がついた嘘、家族と折り合いが悪い家出少女たちを匿う女性の過去、声優にSNSで誹謗中傷を繰り返す少年の思い。本当は助けてほしい子どもたちに真摯に粘り強く向き合おうとするオボロもまた過去を悔いるあまりに孤独でしたけど、そんな彼に寄り添ってくれる笹木さんが現れて良かったです。
16.ループ・オブ・ザ・コード
疫病禍を経験した未来。世界生存機関に所属するアルフォンソは、児童200名以上が原因不明の発作に見舞われる奇病の現地調査を命じられる近未来小説。20年前に民族のアイデンティティが消去され、再生のテーマパークとも揶揄されるその国での調査中、抹消の元凶となった生物兵器が強奪されて、悲劇の再来を恐れる事務総長から密命を言い渡される展開で、国がなくなってしまうことによってアイデンティティが喪失することの意味だったり、多様な価値観が配慮される未来ではどういうことが起こるのか、やや情報量が多めではありましたけど、思考実験としてもいろいろと考えさせてくれるなかなか読み応えのある一冊でした。
17.月の立つ林で
青山 美智子 ポプラ社 2022年11月09日頃
それぞれが耳にしたのはタケトリ・オキナという男性のポッドキャスト『ツキない話』。それを聴くつまずいてばかりの日常を送る人々の変化を描いてゆく連作短編集。長年勤めた病院を辞めた元看護師、売れないながらも夢を諦めきれない芸人、娘や妻との関係の変化に寂しさを抱える二輪自動車整備士、親から離れて早く自立したいと願う女子高生、仕事が順調になるにつれ家族とのバランスに悩むアクセサリー作家。著者さんらしい登場人物の思いが繋がってゆく短編集で、手くいかない時だからこそ、ふとしたことから気づく優しさが、そして変わってゆく世界がとても心に染みる素敵な物語でした。
18.星屑
大手芸能プロ「鳳プロ」のマネージャーとして働き、雑用ばかりでくさっていた桐絵。彼女が博多のライブハウスで歌う16歳の少女・ミチルに惚れ込み上京させる昭和の音楽界のスター誕生物語。専務の14歳の娘・真由を大型新人としてデビューさせる計画が進んでいた鳳プロの状況。しかしミチルのまっすぐな情熱と声は周囲を動かして、一転コンビでデビューを目指すことになった二人。反りが合わずに喧嘩ばかりの二人、妨害、挫折、出生の秘密、スキャンダルと波乱続きの激動の展開でしたけど、桐絵を始めとする大人にも支えられながら、かけがえのないライバルとして切磋琢磨し、苦悩や葛藤を乗り越えて輝く二人の物語はとても面白かったです。
19.きみが忘れた世界のおわり
完成間近の卒業制作を教授に酷評された美大生・木田蒼介。自分の中で失われてしまった大切な何かを取り戻すために、交通事故で亡くした幼馴染・河井明音をテーマに作品を描き直すことを決める美術小説。自らも左足が不自由になった六年前の事故以来、明音の記憶を全て失ってしまった蒼介。明音を描くためには彼女を思い出すことが必要で、共にあった親友やかつての恩師、明音の友人や自分の母、明音の母と聞き取りを進めるうちに気づく認識の齟齬。彼女の存在が自分にとってどんな存在であったのか、それを突き詰めていけばいくほど、明音が蒼介にとって単純な言葉では括れないかけがえのない存在だったことが浮き彫りになっていって、紆余曲折の末にようやく思い出すことができた大切な思い、そして向き合ったその先に待っていたその結末には強く心揺さぶられました。
20.デクリネゾン
二度の離婚を経て中学生の娘・理子と二人で暮らすシングルマザーの小説家・天野志絵。恋愛する母たちの孤独と不安と欲望が、周囲の人々を巻き込んでいく家族小説。二人の元夫と相談しながら娘を育て、仕事にどっぷり浸かりながら大学生の蒼葉と恋人関係にある志絵。やたら理屈っぽいのに欲望に忠実で、時々情緒不安定になる彼女のありようが尊重されているからこそ、成立する周囲との関係だとは思いましたけど、その友人たちもまた不倫を活力にしていて、わりとふわっとした蒼葉や、醒めている娘との関係性を見る限り、世代間のギャップみたいなものは簡単には埋まらないことを痛感させられますね。読めば読むほどなかなか奥が深くて、これまで積み上げてきた作家の筆力を見せつけられる思いでした。
21.夜の道標
横浜市内で塾経営者が殺害され、早々に浮上した被疑者が忽然と姿を消して二年。それぞれに守りたいものが絡み合い、事態は思いもよらぬ展開を見せていく慟哭のミステリ。事件発生から二年経った今も足取りはつかめていない被疑者。殺人犯を匿う女、窓際に追いやられ事件の捜査を続ける刑事、そして父親から虐待を受け、半地下で暮らす殺人犯から小さな窓越しに食糧をもらって生き延びる少年。徐々に明らかにされてゆく各々の行き詰まった日々と背景には何とも切なくなりましたけど、そんな自身ではもうどうしようもない閉塞感のある全てをぶち壊してみせた結末がなかなか印象的な物語でした。
22.拝啓 交換殺人の候
天祢 涼 実業之日本社 2022年07月28日頃
パワハラによる退職から半年が過ぎてもトラウマに苛まれ、社会復帰できていないことに絶望を感じていた秀文。自殺しようとした桜の木で白い封筒を見つけるサスペンスミステリ。大きな洞に差し込まれていた交換殺人の依頼状。手紙を置いたのがセーラー服を纏った少女・詩音だということが判明して、そこからお互いの背景が少しずつ明らかになってゆく展開でしたけど、積み重ねてゆくその知られざる交流がお互いを確実に変えていって、本作の交換殺人という言葉の意味と、絶望を何とか覆そうと抗う二人がたどり着いた意外な結末がなかなか印象的な物語でした。
23.幻告
刑務所にいる父親と過去を捨て、裁判所書記官として働く宇久井傑。ある日、法廷で意識を失った傑が、五年前父親が有罪判決を受けた裁判の第一回公判の日にタイムリープするリーガルミステリ。当時の事件資料から父親が冤罪である可能性に気が付いた傑が、タイムリープを繰り返しながら判決を覆すため真犯人を探す展開で、真相を突き詰めて過去を変えると未来もまた変わってしまう状況に試行錯誤を続ける中、相関関係にあるいくつかの事件の存在も明らかになっていって、裁判官の鳥間と一緒に本当の意味での最善とは何か、最後まで模索し続けた先にたどり着いた結末にはぐっと来るものがありました。
24.悪と無垢
新人作家、汐田聖が目にした不倫妻の独白ブログ。そこに登場する「不倫相手の母親」に、長年存在を無視され苦しめられてきた実の母親を思い出してゆく連作短編集。無邪気に優雅に、意味もなく他人を次々と不幸に陥れる理解不能の存在。ある時は遠い異国や港の街で、名前も姿も偽りながら狂わせてゆく、夫に尊厳を否定される妻の逃避、海外赴任先で夫の不倫を知った妻の不倫、暴力を振るう父から母や妹と逃げ出した少年、中学以来の交流を続ける無二の親友。それらのエピソードにも絡めて描かれることで浮き彫りになってゆく、どうしようもなく母親に支配されてきた親子関係や、不可解で無秩序な育った家がとても鮮烈な物語でした。
25.川のほとりに立つ者は
27.フィールダー
悩み多きカフェの若き店長・原田清瀬は、ある日、恋人の松木が怪我をして意識が戻らないと病院から連絡を受け、恋人が自分に隠していた過去と明かされなかった秘密を知ってゆく物語。親友の樹とつかみ合いの喧嘩をして病院に担ぎ込まれたという松木。すれ違いやコロナもあってしばらく音信不通だった彼の部屋を訪れ、彼が隠していたノートをきっかけに明らかになってゆくその背景。樹の想い人・天音も絡めながら、上手くやれない事情を抱えながら周囲の理解も得られず、不器用に生きることしかできなかった登場人物たちの複雑な思いは、なかなか根の深い難しい問題だと感じましたけど、だからこそ気にかけてくれる周囲の人の存在、安心できる居場所の大きさを改めて痛感させられました。
ぼくらは、まだ少し期待している
posted with ヨメレバ
木地雅映子 中央公論新社 2022年10月07日頃
札幌の進学校に通う高校3年生・土橋輝明。彼に相談を持ちかけてきた優等生同士で腐れ縁の秦野あさひが、翌日に突然失踪したことを知る物語。異母弟で料理研究部では彼女の後輩でもある吉川航とともに彼女の行方を追い始める輝明。その手がかりを求めて東京や沖縄に向かう中、彼女を含めた子どもたちの複雑な境遇や親との破綻している関係が浮き彫りになりましたが、ずっと探していた彼女に今の自分に何が出来るのかという葛藤があって、そんな彼が出したシンプルで真っ直ぐな答えと、それがもたらした冒頭に繋がるその結末はなかなか良かったです。
総合出版社・立象社で社会派オピニオン小冊子を編集する橘泰介が、担当する児童福祉の専門家である黒岩文子について、同期の週刊誌記者から不穏な報せを受ける物語。メディアへの露出も多い黒岩がある女児を「触った」らしいとの情報、本人からの告白。消息不明となった彼女の捜索に奔走する橘を唯一癒すオンラインゲームの仲間たち。児童虐待、小児性愛、ルッキズム、ソシャゲ中毒、ネット炎上、希死念慮、社内派閥抗争、猫を愛するということなど、現代における様々な問題が噴出して、それぞれの正義に従い勝手に動く周囲の人々に振り回されながら、当事者として奔走する主人公は幾度もどうにもならないことを突きつけられる、そんなカオスなストーリーの読後感は圧巻でした。
28.蝶と帝国
あなたを愛することを許さない敵は神か、王か、革命か。20世紀初頭、帝政末期のロシアを舞台に、時代の悪意に翻弄された一人の女性の愛と復讐を描く物語。孤児として養親の祖父・祖母に育てられ、貴族の娘エレナの従者となったキーラ。女性の生き方や考え方も少しずつ変わりつつある一方、終焉を迎えつつある帝国やユダヤに対する迫害など、混乱する情勢にその人生はたびたび翻弄される展開で、丁寧なロシア料理描写がこの物語の意外な注目ポイントだったような気もしましたが、思慮深いキーラが激動の時代に実業家として頭角を現しながら、大切な存在が次々と失われる絶望から暗転し、復讐に駆り立てられてゆくその不器用な生き様と結末がなかなか鮮烈な物語でした。
29.ナイフを胸に抱きしめて
外に女を作り家を出た父。女手一つで姉妹を育て、過労で数年前に亡くなった母。妹・莉緒は受験生となり、教員となった姉・和奈は可愛い女の子の母としてあの女に再会する怨讐と贖罪のミステリ。十年前の出来事から時間も経過して、お互いにそれそれ忘れかけていたはずの相手が、小学校の授業参観で担任と児童の母として偶然再会してしまう悲劇。思い出してしまった許せない想いからの法で裁けない相手への罰、そこから自殺への疑問を拭えない刑事との駆け引きが続く展開で、最後は何ともやりきれない結末でしたけど、心のナイフを自覚する千賀子の娘こずえの決意と、そんな彼女に寄り添った和奈の恋人・恭平の存在が印象に残る物語でした。
30.やっかいな食卓
フードスタイリストの仕事優先の毎日を送るユキに、夫・健が突如提案した義実家同居。しかし義母・凛子との相性は最悪だと自認するユキは、苦し紛れの折衷案として「一緒に住むけれど、食卓は別々」を提案する家族小説。夫に先立たれ同居していた長男も事故死した義母・凛子。家庭を疎かにしがちな負い目もあって、何かと凛子の言動に目くじらをたて、距離を置こうとするユキをあざ笑うかのように直面する息子の不登校、上手くいかない仕事、独居する母の認知症疑惑、義兄の隠し子との同居、義姉夫婦の同居。二つの食卓は衝突しながら徐々に境界線を危うくしていく展開で、凛子の作る美味しそうな食事の描写は思わず食べたくなりますが、何だかんだ言いながらもひとつの家族の形を見せてくれた温かい物語でした。