こちらは2021年4月に読んだ新作おすすめ本 文庫・単行本編です。
ライトノベル編はこちら↓
ライト文芸では死んだ親友の妹・優子との突然の再会から全てが変わりはじめる青春小説「君と、眠らないまま夢をみる」 (メディアワークス文庫)、「死の森の魔女」リコリスと王兄の関係が気になる「死の森の魔女は愛を知らない」(富士見L文庫)、何だかよくわからないまま最後まで一気に読んでします「心が折れた夜のプレイリスト」 (新潮文庫nex)、似鳥鶏らしさでじわじわくる「叙述トリック短編集」 (講談社タイガ)が印象的ですね。
また文庫ではぐうたら侍女検死官と美貌の宦官のコンビで事件を解決する後宮小説「後宮の検屍女官」 (角川文庫)、近未来を舞台とした芝村裕吏さんの「統計外事態」 (ハヤカワ文庫)、あと文庫化された「ひとつむぎの手」(新潮文庫)「本のエンドロール」 (講談社文庫)「その日、朱音は空を飛んだ」 (幻冬舎文庫)「金木犀と彼女の時間」 (創元推理文庫)あたりは注目作品です。
文芸単行本もなかなかインパクトある作品が多かったですが、王様のブランチでも紹介された浅倉秋成さんの「六人の嘘つきな大学生」、一穂ミチさんの印象的な連作短編集「スモールワールズ」、第63回メフィスト賞受賞作「スイッチ 悪意の実験」、彩瀬まるさんの正反対な姉妹の数奇な運命を描く「草原のサーカス」、「カモフラージュ」に続いてなかなか面白かった松井玲奈さんの「累々」を挙げておきます。
君と、眠らないまま夢をみる (メディアワークス文庫)
失われた過去に向き合えず、吹奏楽をやめて新聞配達の早朝バイトを始めた高校生の智成。そんな彼と親友の妹・優子との突然の再会から全てが変わりはじめる青春小説。死者が見える智成と夜明け前の彼らとの静かな時間。文化祭で兄の遺作を演奏する手伝いを依頼してきた優子に渡された36時間もの壮大な合奏曲。吹奏楽部や顧問を巻き込んで始めた挑戦は、過去に悔いを残す登場人物たちの止まっていた時間が再び動き出すことにも繋がっていて、向き合って作り上げた彼らの演奏と、その先にもたらされたそれぞれの決着がなかなか印象的な物語でしたね。
死の森の魔女は愛を知らない (富士見L文庫)
偉大な魔女だった祖母の後を継ぎ、使い魔と森で暮らす「死の森の魔女」リコリス。毒薬を求めて彼女のもとにやってきた王兄ゼルクトラの依頼を断るものの、それを機に生活が一変してゆく物語。たびたび訪れてきて、使い魔とも仲良くなってしまったゼルクトラ。リコリスを呼び出した複雑な想いを抱く王と王太后の依頼。そして苦い初恋相手との再会。放っておけなくて首を突っ込む事件も印象深かったんですが、それ以上にゼルクトラや使い魔、そしてめちゃくちゃ歪んでますが初恋相手にもリコリスは愛されてますね…喜んでいいのかはあれですが(苦笑)
心が折れた夜のプレイリスト (新潮文庫nex)
人生初の彼女に振られ、部屋の窓が閉まらなくなった大学生の萬代。怖くて家にいられず友人の定岡の学科飲みに潜り込んだ彼が変態のイケメン先輩・濃見と巡り合う青春小説。彼女に振られたショックと、閉まらなくなった窓の真相。定岡の紹介で巡り合ったラーメン大好きアナ雪との日々からの思ってもみなかった急変。いやこれが何の話だったのかと言われると正直よくわからなかったんですが(苦笑)、テンポのいいストーリーと振り回される萬代、自分ではどうにもならない状況に陥って濃見先輩が一緒に解決してくれる展開はなかなか面白かったですね。
叙述トリック短編集 (講談社タイガ)
「この短編集はすべての話に叙述トリックが入っています」と冒頭で断りつつ、別紙さんと助手が解き明かす謎で読者に挑戦する連作短編集。トイレを舞台にした意外な結末を描く『ちゃんと流す神様』や大学写真同好会を舞台にお互いが気になる二人を描く『背中合わせの恋人』は楽しみながら読みましたが、『閉じられた三人と二人』『なんとなく買った本の結末』『貧乏荘の怪事件』『ニッポンを背負うこけし』とひたすら叙述トリックが続くとつい最初から探して読んでしまいましたが、最後の最後でまたああそうだったのかとまんまとやられました(苦笑)
非日常の謎 ミステリアンソロジー (講談社タイガ)
日々の生活の狭間に突如訪れる、刹那の非日常で生まれる「謎」をテーマにして描かれる「非日常の謎」短編集。辻堂ゆめさんの初めて一人帰国する十四時間の空の旅、凪良ゆうさんの建物取壊しで発掘された御札に隠された過去、城平京さんの繰り返される偶然の出会い、木元哉多さんの浮気していた男に突きつけられた分岐点、阿津川辰海さんの成人式とタイムカプセルと再会、芦沢央さんのこの世界の7つの間違い。どれも積み重ねていった先の結末が印象的で、個人的には凪良さん、城平さん、木元さん、阿津川さんあたりが描く人間関係の機微が好みです。
幻想列車 上野駅18番線 (講談社タイガ)
上野駅の幻の18番線には、乗客の記憶を一つだけ消してくれる列車が停まっている。秘密のホームへの扉の鍵を手にした4人の男女の連作短編集。彼らは謎めいた車掌と不思議な生き物・テオと共に旅に出た、大好きなはずのピアノと進路で悩む音大性、息子を事故死・妻を病で失った男、立て続けに悲劇に見舞われた人生で最悪のクリスマスイブ、そして幼い頃犯した罪に苦しみ続けた悔恨。もし忘れてしまったらという可能性を見せられた後に、自らの記憶を残すべきか消すべきか、それぞれが葛藤の末に決断した選択とその結末がとても印象的な物語でしたね。
桜の花守 桜春国の鬼官吏は主上を愛でたい (小学館文庫キャラブン!)
桜の花守 桜春国の鬼官吏は主上を愛でたい
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片瀬 由良/由羅 カイリ 小学館 2021年02月05日
難民の生き残りで、全身ぼろぼろになって倒れていた鬼の少年・樒を拾った桜春国の女王を母をもつ白妙姫。そばに置くことを決めた白妙と、彼女を守る花守として生きることを選んだ樒の物語。代々女しか生まれない桜春国の王族に課せられた過酷な運命。幼い頃に自分を助けてくれた白妙のために花守になるべく頑張った樒。白妙に思い入れが強すぎる樒には苦笑いでしたけど、成長した二人の再構築されてゆく関係や距離感がなかなかいい感じで、様々な人と出会って絆を深めながら、一緒に力を合わせて危機に向き合い乗り越えてゆく展開は良かったですね。
柊先生の小さなキッチン (集英社オレンジ文庫)
彼氏に二股をかけられ振られた痛手から、ひどい食欲不振に陥った一葉。そんな彼女が住む万福荘のお隣さんとして引っ越してきた柊先生と出会い、心もお腹も癒す先生のごはんに少しずつ自分を取り戻していく物語。傷ついた一葉の心を癒やしてくれた柊先生のポトフ、引っ越してきた小説家のための角煮、柊先生の過去とプリン。キャラ文芸の王道ど真ん中のストーリー展開でしたけど、自分のことよりも人のことを放っておけない一葉の優しさと、鈍感な彼女になかなか想いを気づいてもらえなくてやきもきする先生のその後をまた読んでみたいと思いました。
祭りの夜空にテンバリ上げて (集英社オレンジ文庫)
新型コロナで失業し、母のすすめでお見合いした渚のもとに入った父の訃報。テキヤの父が遺した借金を解消するため、二度と関わりたくないと思っていたはずのテキヤとして奮闘する物語。仲違いして遠ざかっていたはずの父とテキヤの仕事。コロナ禍で集客が見込めず八方塞がりの状況で、それでも旧態然とした組合の理不尽に憤り、それでも残された人たちを放り出せずに、あの手この手を考え出す渚が思い出してゆく大切なことがあって、だんだんとらしさを取り戻して、これからの時代も意識しながら挑戦する彼女たちの姿がなかなか印象的な物語でした。
和国の楊貴妃 転生の狐姫、後宮の邪を祓う (富士見L文庫)
和国の楊貴妃 転生の狐姫、後宮の邪を祓う
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鳥村 居子/Say HANa KADOKAWA 2021年02月15日頃
和国で農村の娘・玉藻として生まれ変わった楊貴妃。その美しさは鳥羽法皇の耳にも届き、女官として入内。妖事件に巻き込まれてゆく中で陰陽師・安倍泰成と出会う和風ファンタジー。楊貴妃が和国で生まれ変わって心機一転、なぜか農園の主を目指すとかいういろいろキャラ崩壊気味な玉藻のこだわりには苦笑いでしたけど、前向きな姿勢でツッコミ役の妖狐・泊求とやり合いながら、同僚たちの嫌がらせにもめげず、狐面を被った得体のしれない泰成とも普通に仲良くして、事件にも首を突っ込み夢に向かって邁進する姿にはいっそ清々しいものを感じました。
後宮の検屍女官 (角川文庫)
大光帝国の後宮が大騒ぎになった「死王」騒動。皇后の命を受け、騒動の沈静化に乗り出した美貌の宦官・延明が、幽鬼騒ぎにも動じずに居眠りしてばかりの侍女・桃花と事件解決に乗り出す中華後宮検屍ミステリ。謀殺されたと噂される妃嬪の棺の中で見つかった赤子の遺体、宦官殺害の冤罪、自害したとされる侍女の死因、一連の事件の真相。ものぐさで野心もないぐうたら侍女なのに検屍となると覚醒する桃花、どこか嘘くさく腹黒い延明のコンビが事件を解決する展開でしたけど、ああみえて意外と仲間思いだったりする桃花の意外な一面が効いていました。
統計外事態 (ハヤカワ文庫)
地方の過疎化が進んだ2041年。在宅の統計分析官・数宝数成が静岡の廃村の水道消費量が異常に増えているのを発見したことから、思わぬ事態に巻き込まれてゆく近未来SF。何気にリアルで絶望的な未来でしたけど、現地調査で謎の全裸少女集団に襲われ、国家を揺るがすサイバーテロの犯人にされて、さらには命まで狙われるまさに統計外事態な急展開。工作員・伊藤の協力を得て逃亡しながら、猫と統計狂いの数宝が解き明かしてゆく一連の事件は尻上がりに面白くなっていって、真相の先にあった結末はなかなかいい感じにまとまっていたと思いました。
ひとつむぎの手(新潮文庫)
心臓外科医を目指し大学病院で過酷な勤務に耐えている平良祐介が、医局の最高権力者・赤石教授に見返りの代わりに三人の研修医の指導を指示され、さらに医局内の権力争いに巻き込まれてゆく物語。最初は無難に指導しようとした平良が直面する研修医たちの不信感、そして赤石が論文データを捏造したと告発する怪文書事件。けれど平良の患者と真摯に向き合う姿勢は変わらなくて、多くの人たちの命を救ってきたんですよね。ほろ苦い現実にも直面しましたが、見る人はよく見ていて正しく評価されていたことが分かる結末にはグッと来るものがありました。
本のエンドロール (講談社文庫)
就職説明会で「印刷会社はメーカーです」といった営業・浦本、夢を「目の前にある仕事を手違いなく終わらせる」とした仲井戸。斜陽産業と言われる印刷業界を描いたお仕事小説。浦本と仲井戸という対照的な二人を軸に、登場人物たちと家族や出版社編集とのやりとり、それぞれの仕事ぶりや印刷工場でのトラブル、電子書籍なども絡めて描かれる印刷業界の今はなかなか厳しくて、それでもその状況の中で仕事に真摯に向き合い、自らが印刷業界がどうあるべきか、できることはないのかと模索し続ける彼ら熱い想いと奮闘ぶりには心に響くものがありました。
その日、朱音は空を飛んだ (幻冬舎文庫)
学校の屋上から飛び降りた川崎朱音。自殺現場の動画がネットに流れ、明らかになってゆく自殺の原因。クラスメイトに配られたアンケートから見え隠れする歪められた青春ミステリ。動画撮影者、地味なクラスメイト、対立者、学年一位、恋人、幼馴染、そして本人の視点から浮き彫りになってゆく自殺に至るまでの構図。視点が変わるたびに見えてくるものも変わって、愚直なまでの想いがすれ違いからどんどん歪んでいって、それがどうにもならないところまで行き着いた先にあった真相と、最後に提示されたもうひとつの目次や結末はなかなか衝撃的でした。
金木犀と彼女の時間 (創元推理文庫)
同じ一時間を五回繰り返すタイムリープを過去に経験し、無難に生きることを選択した女子高生の菜月。そんな彼女が文化祭で同級生の拓未に告白され、繰り返すはずのループで墜死した拓未を目撃してしまう学園青春ミステリ。無難に周囲に合わせてきた高校生活のいきなりの暗転。拓未の墜死に動揺しやり直しで何とか救おうとするものの、毎回違う形で失敗し死なせてしまう絶望。親友とのすれ違いが周囲との人間関係も少しずつ変化して、誰も彼も疑わしく見える中で自分から勇気を出して一歩を踏み出し流れを変えてゆく展開はなかなか良かったですね。
鎌倉うずまき案内所 (宝島社文庫)
古ぼけた時計屋の地下にある「鎌倉うずまき案内所」。旋階段を下りた先には、双子の内巻・外巻と所長のアンモナイトが待っていて、ほんの少しの軌跡を起こす連作短編集。平成の世を遡りながら、会社を辞めたい編集者、ユーチューバーを目指す息子を改心させたい母親、結婚に悩む女性司書、クラスで孤立したくない中学生、売れない劇団の脚本家、ひっそりと暮らす古書店の店主といったさりげなく繋がっている登場人物たちが主人公で、不思議な優しい案内所に迷い込んだ悩める彼らが、苦悩を乗り越え進むべき道を見出す展開はなかなか良かったですね。
はじめましてを、もう一度。 (幻冬舎文庫)
プログラミングに没頭する高校生・北原恭介。夢に見た予知が外れると不幸が訪れるという人気者の同級生・佑那から告白をされ、そんな彼女に振り回されるようになってゆく青春小説。印象的な出会いから「私と付き合わないとずばり死んじゃう」と告げて、予知夢だという内容を恭介と二人で再現してゆく佑那。最初懐疑だった恭介の想いが徐々に変化する中で直面する急展開と、明かされてゆく彼女の秘密と覚悟は切なくて、彼女の想いを噛みしめるようなタイトルでしたが、諦めなかった恭介がもたらした一つの結末に著者さんらしさがよく出ていました。
スクールカースト復讐デイズ 正夢の転校生 (宝島社文庫)
夢で見たことが現実で起こる。転校生・咲良がやってきてから、そんな不可思議な現象に悩まされるようになる中学生・颯太。目を離せない咲良を気にかけるあまり自分も巻き込まれてゆく青春小説。突き放すような態度で孤立し、すぐにいじめに遭いはじめる咲良。夢でいじめを予見して阻止しようとするものの空回りし、自分まで標的にされてしまう颯太。少し気にかけたことで巻き込まれてゆく展開はわりと壮絶でしたが、その中で描かれる二人の関係は思わぬところで繋がっていて、複雑な思いを乗り越えた二人ならきっと乗り越えられそうな気がしました。
チルチルサクラ ~桜の雨が君に降る~ (角川文庫)
入学式の日、先輩の悠真と桜の下で鮮烈な出会いを果たした空美姫花。ある日、事故に遭いかけた姫花は、来世の自分と名乗る女性から「事故で死ぬ運命だった」と告げられる青春小説。ぽっちゃり系で平凡に目立たず生きてきた姫花。悠真を遠くから眺めるだけで満足していた彼女が、延命の代わりに課されたミッション。リンネと名付けた女性の正体は何者なのか。親友も同じ人に恋していると知って自分はどうしたいのか、どうありたいのかすれ違い迷い続ける展開でしたけど、本音でぶつかり合ってようやく見出した大切なものがとても印象的な結末でした。
六人の嘘つきな大学生
成長著しいIT企業初の新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に課されたチームを作り上げてのディスカッションが、直前になって突如六人の中から一人の内定者を決めると通達される青春ミステリ。全員で内定を目指すはずの仲間が、ひとつの席を奪い合うライバルに。内定を賭けた議論の中で暴露された六通の封筒の中身。十年後のインタビューも交えながら当時の事件が語られる展開でしたけど、新たな嘘や事実が判明するたびに二転三転するそれぞれの印象、それを収束させていった結末への展開は鮮やかで、就職活動についても考えさせられましたね。
スモールワールズ
夫婦円満を装う主婦と家庭に恵まれない少年、出戻ってきた姉と再び暮らす高校生の弟、初孫の誕生に喜ぶ祖母と娘家族、人知れず手紙を交わし続ける訳あり男女の関係、向き合うことができなかった父と子、大切なことを言えないまま別れた先輩と後輩。ゆるく繋がった世界の中で繰り広げられてゆく、周囲には理解されづらい何とも複雑な思いを抱えている不器用な主人公たちが、目の前の現実に向き合って受け入れ、そっと寄り添うようになってゆくそれぞれのエピソードはとても印象的で、改めてこの著者さんの描く物語は好きなだなとしみじみ感じました。
スイッチ 悪意の実験
夏休み。お金がなく暇を持て余す大学生たちに持ちかけられた風変わりなアルバイト。自分達とはなんの関わりもない家族を破滅させるスイッチを渡されるミステリ。スイッチを押さなくても1ヵ月後に100万円が手に入るのに、スマホを盗まれ押されたスイッチ。一体誰が何のために押したのか。そして思ってもみなかった惨劇。とある新興宗教を巡る過去の因縁も絡めながら、残された証拠から真相に迫ってゆく過程で、関係者たちの様々な事情も浮かび上がってきて、純粋な悪意とは何か、それを突き詰めた先にあった結末にはいろいろ考えさせられました。
草原のサーカス
製薬業界で研究者として働く姉と、アクセサリー作家として活動する妹。仕事で名声を得るも、いつしか道を踏み外していく二人の物語。頑張り屋で産学連携を繋ぐ存在として期待されていた姉・依千佳。広い世界を見せてくれる存在に出会えた仁胡瑠。期待に応えようと頑張って成果を得ていた二人が、いつしか空回りするようになって道を踏み外してゆく展開は、一歩間違えば誰にでも起こりうる話で、上手く行かなくなった時どうすれば良かったのかとても難しいですね。そんな大変な経験に直面した二人のささやかなリスタートを応援したくなる物語でした。
ほたるいしマジカルランド
名物社長で有名な大阪北部・蛍石市の老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。自分たちの悩みを裡に押し隠しながら、お客様に笑顔になってもらうため、従業員が奮闘する姿を描いていく物語。社長が入院したという知らせが入り、動揺する従業員たち。アトラクションやインフォメーションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理人、そして社長の息子など、どんな人にでもそれぞれの立場なりに悩みがあって、ふとしたきっかけから周囲の人たちもまた悩みを抱えていることを知って、見る目や自分のものの見方が変わってゆくそんな優しい物語でしたね。
累々
夕食の最中に告げられた30歳の彼からの味気ないプロポーズ。結婚すべきなのか分からない小夜の戸惑いから始まる連作短編集。二年付き合った彼からのプロポーズに対する小夜の戸惑い、獣医の石川と友達以上恋人未満の女性の関係、恋愛シミュレーションゲームのようにパパ活女子との逢瀬を繰り返す星野と出会った女子大生、そしてのめり込むように先輩に恋をした美大生の結末。積み重ねられてきたエピソードを思うと何とも深いな…と思えるクライマックス、そして改めて振り返ってみるとそれぞれの話やタイトルの持つ意味の重みがじわじわ来ました。
ヴィンテージガール 仕立屋探偵
東京の高円寺で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介。美術解剖学と服飾の深い知識で、服を見ればその人の受けた暴力や病気などまでわかる特殊な能力を身につけている彼が、10年前の少女殺害事件に疑問を抱いて調べ始める仕立屋探偵ミステリ。遺留品として映された奇妙な柄のワンピースのあまりにも時代遅れのデザイン。ヴィンテージショップの小春とともに、そのワンピースのわずかな手がかりから真相に迫ってゆく展開はなかなか読み応えがあって面白かったですけど、結末はなかなかやるせなかったですね…もし次があるようならまた読んでみたいです。
櫓太鼓がきこえる
高校を中退し親との関係が悪化していた17歳の篤。先の見えない毎日を過ごしていた彼が、相撲ファンの叔父の勧めで相撲部屋に呼出見習いとして入門する物語。実力が全ての力士と違い、完全年功序列の相撲の呼び出しの世界。弟子も少ない弱小の朝霧部屋で力士たちと暮らし、稽古と本場所を繰り返す日々。しくじってばかりで自信を喪失気味で、一方で力士たちの焦りや葛藤を目の当たりにする機会も多くて、感化されて少しずつ前向きに頑張るようになると、きちんと見ていてくれる人もいるんですよね。そんな彼らの頑張りを応援したくなる物語でした。
書店員と二つの罪
昔、犯人の共犯を疑われてしまい、無実が証明された後もいわれなき中傷を受けたことがあったある少年犯罪者の告白本の出版。衝撃を受けたカリスマ書店員の椎野正和が違和感の謎を追うミステリ。十七年経っても未だに忘れられない苦い過去。なぜ今になって出版されたのか。書店に並ぶヘイト本事情に対する複雑な思いも絡めながら、違和感の正体を追いかけるうちに辿り着いてしまった真実は、いろいろな意味でほろ苦かったですね…。ぶちまけて楽になるのではなくて、それを一生背負いながら生きていく、突きつけられた贖罪の覚悟が印象に残りました。
広告の会社、作りました
突然会社の倒産を告げられ、いきなり無職になってしまったデザイナーの遠山健一。安定した転職先を求めたはずが、コピーライター天津孔明の個人事務所でフリーランスとして働くことになってしまうお仕事小説。変わり者の天津とコンビを組む事になった健一。戸惑いながらも二人で汲んでの仕事に見出してゆく楽しみ、そして倒産のきっかけとなった企業での出来レースコンペと法人化。不安を乗り越えて厳しい状況にも可能性を信じて立ち向かった勇気、その中での自身の成長とこれまでの縁、力を尽くした先にあった結末がなかなか印象に残る物語でした。
代理母、はじめました
義父の策略で違法な代理母出産をさせられた17才のユキ。不遇な家庭に育った彼女が、子供を持ちたい人々と貧困女性を救う代理母ビジネスの賭けに出る物語。相変わらずな救いがない近未来の日本を舞台に、命がけで出産の報酬はすべて義父に奪われる状況から逃げ出したユキが、幼馴染のミチオと組んで始めた代理母ビジネス。代理母出産をめぐる様々な人たちの思惑にも翻弄されながらも、どうすれば一番いいのか真摯に向き合って、みんなが幸せになれる方向を考えてゆく、そんな彼女たちが迎えた結末はこれもまた幸せのひとつの形なんでしょうかね…。