当ブログでは、いつも上半期・下半期で新作まとめを作っているのですが、とりあえず上四半期分でもそこそこ新作は読んでいるので、いったんまとめを作ろうと思った第三弾。今回ちょっと遅くなってしまいましたが文芸単行本編20選です。ライトノベル編・文庫編はこちら↓
ちなみに文芸単行本は今年に入ってから83点ほど読んでいます。その中で20作品まで絞り込むのは難儀しましたが、なかなかおもしろい本が多かったので、気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。残るライト文芸編は読み損なっていた積読を消化しているのでもう少しお待ち下さい(苦笑)
1.正欲
多様性。それぞれの生き方が尊重されるべき、と言われるようになった世の中。そこで讚美される「誰もが自分らしく生きやすい新しい時代」の虚像を引きはがし、白日の下に晒す物語。息子が不登校になった検事・啓喜、初めての恋に気づいた女子大生・八重子、そして秘密を抱える契約社員・夏月。それぞれの視点から描かれてゆく展開の中で、多様性と言われていても、社会的には許容されない欲求を、それでも変えられないものを抱えてどう生きていくのか。突きつけられた問いはあまりにも重くて、その問いに答える適切な答えを見つけられませんでした。
2.不可逆少年
どんな少年も見捨てない若き家庭裁判所調査官・瀬良真昼。そんな彼が狐面の少女の凄惨な殺人事件に遭遇し、信念を大きく揺さぶられる青春リーガルミステリ。十三歳の少女が犯した連続殺人事件が抱える不可解な共通点。被害者遺族の男子高校生を担当していたことから、思わぬ形で真相に迫ってゆく真昼。明らかになるたびに事件を巡る構図も大きく変わっていって、追い詰められてゆく少年少女の悲壮な決意には胸を締め付けられましたけど、意外な形で示唆されたもうひとつの可能性に、つい複雑な想いを抱いてしまう結末がとても印象に残る物語でした。
3.六人の嘘つきな大学生
成長著しいIT企業初の新卒採用。最終選考に残った六人の就活生に課されたチームを作り上げてのディスカッションが、直前になって突如六人の中から一人の内定者を決めると通達される青春ミステリ。全員で内定を目指すはずの仲間が、ひとつの席を奪い合うライバルに。内定を賭けた議論の中で暴露された六通の封筒の中身。十年後のインタビューも交えながら当時の事件が語られる展開でしたけど、新たな嘘や事実が判明するたびに二転三転するそれぞれの印象、それを収束させていった結末への展開は鮮やかで、就職活動についても考えさせられましたね。
4.和菓子迷宮をぐるぐると
ちょっと変わり者と言われる理系大学生・涼太が、和菓子美しさに魅せられて虜になり、和菓子職人になることを決意して製菓専門学校に入学する物語。製菓専門学校で涼太が班を組んで出会った同期四人の少女たち。少し変わっているものの、真っ直ぐで前向きな涼太の姿勢に少しずつ感化されてゆく班の仲間たちがいて、知ろうとすればするほど正解のないお菓子作りの奥深さに直面して、仲間の頑張りに刺激を受けたり自らがどうあるべきか悩みながら、真摯に向き合って時には助け合い、成長してゆく彼らの姿に大切なものをたくさん教わった気がしました。
5.ゴールデンタイムの消費期限
とある事件をきっかけに書けなくなった高校生小説家・綴喜に届いた『レミントン・プロジェクト』 の招待状…極秘の国家計画に参加した彼が、同じような元・天才たちと出会う青春小説。若き天才を集め交流を図る十一日間のプロジェクト『レミントン・プロジェクト』の驚くべき内容。世間から見放された元・天才たちが受けるセッションで突きつけられる過酷な現実。それでも栄光を取り戻したいのか、これでいいのか、彼らの生々しくて複雑な想いが描かれていましたが、葛藤と向き合い導き出されたそれぞれの選択と結末がなかなか印象的な物語でした。
6.累々
夕食の最中に告げられた30歳の彼からの味気ないプロポーズ。結婚すべきなのか分からない小夜の戸惑いから始まる連作短編集。二年付き合った彼からのプロポーズに対する小夜の戸惑い、獣医の石川と友達以上恋人未満の女性の関係、恋愛シミュレーションゲームのようにパパ活女子との逢瀬を繰り返す星野と出会った女子大生、そしてのめり込むように先輩に恋をした美大生の結末。積み重ねられてきたエピソードを思うと何とも深いな…と思えるクライマックス、そして改めて振り返ってみるとそれぞれの話やタイトルの持つ意味の重みがじわじわ来ました。
7.元彼の遺言状
奇妙な遺言状を残して亡くなった、元カレで大手製薬会社の御曹司・森川栄治。学生時代に彼と3か月だけ交際していた弁護士の剣持麗子は、栄治の友人の代理人として、森川家の主催する「犯人選考会」に参加するミステリ。数百億円とも言われる財産の分け前を獲得するべく、自らの依頼人を犯人に仕立て上げようと奔走する麗子。お金にがめつい麗子のキャラがなかなか存在感ありましたけど、この事件を通じて様々な人と出会い、彼女もまたいろいろ考えたりする部分もあったんですかね。明らかになってゆく事件の真相もその結末もなかなか良かったです。
8.ほたるいしマジカルランド
名物社長で有名な大阪北部・蛍石市の老舗遊園地「ほたるいしマジカルランド」。自分たちの悩みを裡に押し隠しながら、お客様に笑顔になってもらうため、従業員が奮闘する姿を描いていく物語。社長が入院したという知らせが入り、動揺する従業員たち。アトラクションやインフォメーションの担当者、清掃スタッフ、花や植物の管理人、そして社長の息子など、どんな人にでもそれぞれの立場なりに悩みがあって、ふとしたきっかけから周囲の人たちもまた悩みを抱えていることを知って、見る目や自分のものの見方が変わってゆくそんな優しい物語でしたね。
9.草原のサーカス
製薬業界で研究者として働く姉と、アクセサリー作家として活動する妹。仕事で名声を得るも、いつしか道を踏み外していく二人の物語。頑張り屋で産学連携を繋ぐ存在として期待されていた姉・依千佳。広い世界を見せてくれる存在に出会えた仁胡瑠。期待に応えようと頑張って成果を得ていた二人が、いつしか空回りするようになって道を踏み外してゆく展開は、一歩間違えば誰にでも起こりうる話で、上手く行かなくなった時どうすれば良かったのかとても難しいですね。そんな大変な経験に直面した二人のささやかなリスタートを応援したくなる物語でした。
10.転職の魔王様
大手広告代理店での激務とパワハラで、三年たたずに退職した未谷千晴。働く自信と希望を失った彼女が、叔母が経営する人材紹介会社で「転職の魔王様」という異名を持つ凄腕キャリアアドバイザー来栖嵐と出会うお仕事小説。一年間試用期間として来栖について仕事をすることになった千晴。彼女が直面する岐路に迷う派遣社員、同じような境遇の広告代理店の人、来栖の元カノが来社した理由、トラブルで転職歴が多い人など、なぜ来栖が今のような人物になったのか、その過去も絡めながら、千晴もまた自らに問いかけてゆく展開はなかなか良かったですね。
11.Exit イグジット
月刊誌で経済分野を担当することになった元営業マン・池内貴弘。地方銀行に勤める元・恋人の自殺の原因を調べるうちに地方銀行の苦境やこの国の未曾有の危機にあることを知る経済小説。元・恋人が亡くなる前に訪れていた、金融業界の裏と表を知りつくす金融コンサルタント古賀。事件に迫るため助言を乞う過程で古賀の過去を知る池内。池内と古賀の視点から地方銀行の窮状や日本経済のリスクを浮き彫りにしていて、そんな危機的状況にどうあるべきか、それぞれの立場から迫る濃い展開はいろいろと考えさせられるものがあって読み応えがありました。
12.飛石を渡れば
不動産会社に勤める星那は、従姉の可夜子に頼まれて三年前に亡くなった祖母の茶道具を整理することになり、茶道を通じて自分を見つめ直したり、祖母の過去に思いを巡らせてゆく連作短編集。営業中に見つけた茶道の稽古場に可夜子と一緒に通い始めた星那。幼い頃の記憶にある中川家の女性に伝わってきた金継の茶碗。祖母の家にある茶室の処遇や道具屋の存在や、そして稽古場での新しい出会い、そして祖母の修子さんの過去エピを通じて明らかになってゆく様々な人々との繋がりや、明らかにされてゆくひとつひとつの想いがとても印象的な物語でしたね。
13.9月9日9時9分
バンコクからの帰国子女で、日本の生活に馴染むことができないでいた高校1年生の漣。そんな彼女が高校の渡り廊下で見つけた先輩に一瞬で心囚われてしまう青春小説。目をそらせないと気づいてしまった、自分を助けてくれた先輩。どうしようもなく惹かれてゆく中で、好きになってはいけない相手であることに気づく漣。かけがえのない自分の居場所も家族への配慮も大切で、多くの人の話を聞きながらどうにかならないのかと必死に抗う漣の想いがとても切なくて、頭では分かっていてもどうにもならないことってあるよな…としみじみとしてしまいました。
14.櫓太鼓がきこえる
高校を中退し親との関係が悪化していた17歳の篤。先の見えない毎日を過ごしていた彼が、相撲ファンの叔父の勧めで相撲部屋に呼出見習いとして入門する物語。実力が全ての力士と違い、完全年功序列の相撲の呼び出しの世界。弟子も少ない弱小の朝霧部屋で力士たちと暮らし、稽古と本場所を繰り返す日々。しくじってばかりで自信を喪失気味で、一方で力士たちの焦りや葛藤を目の当たりにする機会も多くて、感化されて少しずつ前向きに頑張るようになると、きちんと見ていてくれる人もいるんですよね。そんな彼らの頑張りを応援したくなる物語でした。
15.書店員と二つの罪
昔、犯人の共犯を疑われてしまい、無実が証明された後もいわれなき中傷を受けたことがあったある少年犯罪者の告白本の出版。衝撃を受けたカリスマ書店員の椎野正和が違和感の謎を追うミステリ。十七年経っても未だに忘れられない苦い過去。なぜ今になって出版されたのか。書店に並ぶヘイト本事情に対する複雑な思いも絡めながら、違和感の正体を追いかけるうちに辿り着いてしまった真実は、いろいろな意味でほろ苦かったですね…。ぶちまけて楽になるのではなくて、それを一生背負いながら生きていく、突きつけられた贖罪の覚悟が印象に残りました。
16.ヴィンテージガール 仕立屋探偵 桐ヶ谷京介
東京の高円寺で小さな仕立て屋を営む桐ヶ谷京介。美術解剖学と服飾の深い知識で、服を見ればその人の受けた暴力や病気などまでわかる特殊な能力を身につけている彼が、10年前の少女殺害事件に疑問を抱いて調べ始める仕立屋探偵ミステリ。遺留品として映された奇妙な柄のワンピースのあまりにも時代遅れのデザイン。ヴィンテージショップの小春とともに、そのワンピースのわずかな手がかりから真相に迫ってゆく展開はなかなか読み応えがあって面白かったですけど、結末はなかなかやるせなかったですね…もし次があるようならまた読んでみたいです。
17.ヴィクトリアン・ホテル
明日をもって百年の歴史にいったん幕を下ろす伝統ある超高級ホテル「ヴィクトリアン・ホテル」。ホテルを訪れた宿泊客たちの人間模様が描かれるホテルミステリ。悩める人気女優、自暴自棄なスリ、新人賞受賞作家、軟派な宣伝マン、そして人生の最期をホテルで過ごそうとする夫婦たちがホテルで出会う一期一会の縁。そんな登場人物たちの交錯する人生を描いていく展開と見て読んでいたのですが、途中からあれ?と思うような一面がいろいろと垣間見えてきて、ええっ?となって見事にやられたと思いましたけど、でもとても優しくて素敵な物語でしたね。
18.うしろむき夕食店
料理おみくじが名物で、出てくる料理とお酒は絶品揃いのうしろむき夕食店。食事も人生もいろいろ迷うお客さんに、意外な出会いを与えてくれる連作短編集。女将の志満さんと不幸体質の孫娘・希乃香さんが迎えてくれる店にやってくる、抜擢に空回りするラジオ局のパーソナリティ、異動に戸惑う製薬会社MR、義母との距離感に戸惑う新妻、夢を追いかけ続けるか悩む夫、そして孫娘・希乃香が探す生き別れの祖父。悩めるお客さんたちに寄り添うように美味しそうな料理が振る舞われ、新たな気づきを得て進むべき道を見出してゆくとても優しい物語でした。
19.料理なんて愛なんて
ずっと好きだった真島に高級バレンタインチョコを渡すも、料理が下手でフラれた優花。彼が憧れていた相手は料理教室の先生だったことから、料理を好きになろうと奮闘する物語。一念発起自炊に挑戦して、料理男子と合コンしたりする一方、自炊しなくてもいい充実した街に引っ越したり、自炊をしない後輩に共感し、料理を作ってくれる男にアプローチされたりで、どうあるべきかで心揺れる彼女の葛藤は切実でしたけど、そんな「料理は愛情」という呪いに囚われながら、上手く行かない自分にしっかり向き合った彼女のありようがとても愛しくなりました。
20.私のカレーを食べてください
幼い頃に両親が離婚、育ててくれた祖母も失踪して児童養護施設で育った成美。小学校の先生が作ってくれた一杯のカレーライスに魅せられた彼女が、理想のカレーを追い求めるお仕事小説。調理師学校に入学して、一日三食カレーも辞さない文字通りカレーを追い求める日々。そんな彼女とカレー専門店「麝香猫」の運命の出会い。頼み込んでそこで働くようになった彼女が、さらにカレーにのめり込いんでいい時も悪い時も経験して、それでもカレーを食べてもらいたいと思う気持ちは本物なのかもですね。読んでいて自分もカレーが食べたくなりました(苦笑)