これまで著者別企画として相沢沙呼さんや櫛木理宇さんの作品を紹介してきました。
すでに紹介済みの上記二企画もその後何冊か読んでいるのでどこかの機会に更新したいところですが、今回はその第三弾として知念実希人さんがこれまでに刊行してきた18作品を紹介したいと思います。
知念実希人さんは内科医として勤務しながら執筆活動を開始し、11年に『誰がための刃 レゾンデートル』で第4回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受賞。医療系ミステリを中心に葛藤しながらも真摯に向き合う魅力的な作品を刊行しています。
1.天久鷹央の推理カルテ (新潮文庫nex)
統括診断部長として各科で「診断困難」と判断された患者を診断する若き天才女医・天久鷹央と唯一の部下である小鳥遊が挑む、原因不明の症状や診断の難しい症例に日常の謎も交えたメディカルミステリー。好奇心旺盛でいろんなことに首を突っ込む鷹央と、彼女に振り回されながら時には鷹央も気づかない盲点に気づいて事件解決に貢献する小鳥遊はうまく補い合えるいいコンビで、患者の親子問題なども絡めた複雑なテーマも多かったですが、テンポよく進む展開からスッキリした読後感でまとめる構成はとても完成度が高い人気シリーズですね。現在11巻まで刊行。
2.ひとつむぎの手
心臓外科医を目指し大学病院で過酷な勤務に耐えている平良祐介が、医局の最高権力者・赤石教授に見返りの代わりに三人の研修医の指導を指示され、さらに医局内の権力争いに巻き込まれてゆく物語。最初は無難に指導しようとした平良が直面する研修医たちの不信感、そして赤石が論文データを捏造したと告発する怪文書事件。けれど平良の患者と真摯に向き合う姿勢は変わらなくて、多くの人たちの命を救ってきたんですよね。ほろ苦い現実にも直面しましたが、見る人はよく見ていて正しく評価されていたことが分かる結末にはグッと来るものがありました。
3.崩れる脳を抱きしめて (実業之日本社文庫)
広島から神奈川の病院に実習に来て、脳腫瘍を患う女性・ユカリと出会い次第に心を通わせてゆく研修医の碓氷。実習を終え広島に帰った彼の元にユカリの死の知らせが届くが、その死に疑問を抱く青春ミステリ。過去に縛られていた碓氷が、解消してくれたユカリに惹かれるも果たせず終わった結末。その死に感じた違和感をそのままにできず、神奈川に飛びユカリの足跡を追う碓氷。ミステリとしての構図はさほど意外なものではなかったですけれど、読みやすくテンポよく進む展開と最後にたどり着いた結末は、その真摯な想いが報われた素敵な読後感でした。
4.祈りのカルテ
初期臨床研修で様々な科を回る研修医・諏訪野良太が、行く先々で持ち前の観察力で患者たちが抱える秘密に迫り、その解き明かしてゆく医療ミステリ。大量服薬を繰り返し装う女性、自らの身体にメスを入れさせた老人、自ら火傷を負う女性、薬を棄てていた少女、そして世間を欺いて多くの患者を救おうとした女性。奇異な行動をする患者たちにはそうするだけ理由があって、思い悩む彼らの真意に気づいて寄り添いながらその最適解を提示する一方、思い悩んでいた自らの進路にも答えを出してゆく主人公のありようがとても良かったですね。
5.十字架のカルテ
親友を殺した犯人が精神鑑定で不起訴になった過去を抱える若き新人医師・弓削凛が、正確な鑑定のためにはあらゆる手を尽くす日本有数の精神鑑定医・影山司の助手に志願する物語。歌舞伎町無差別通り魔事件、生後五ヶ月の娘を抱いてマンションから飛び降りた母、姉を刺し逮捕された引きこもり、精神疾患は詐病とした傷害致死犯の思わぬ反撃、過去に犯した殺人事件を多重人格で不起訴となっていた犯人の真意。容疑者たちの真意を些細な手がかりから見抜いていく展開はなかなか面白かったですが、過去の因縁を絡めた最後の事件は業が深かったですね…。
6.仮面病棟 (実業之日本社文庫)
療養型病院にピエロの仮面をかぶった強盗犯が籠城し、自らが撃った女・愛美の治療を要求。先輩医師の代わりに当直バイトを務める外科医・速水秀悟が事件に巻き込まれる物語。愛美を緊急手術で救い、衝動的な行動も多いピエロと交渉する中で愛美と心を通わせてゆく速水。通報や脱出の手段を探るうちに明らかになってゆく病院の隠された秘密。急展開から事件が解決したとされる中、一人事件からぽつんと取り残された感もあった速水の中で違和感が大きくなってゆき、いくつもの伏線が繋がってひとつの結末に向かうラストはなかなか面白かったですね。
7.時限病棟 (実業之日本社文庫)
目覚めると見知らぬ病院のベッドで点滴を受けていた梓。同じように監禁された男女5人が謎のクラウンから6時間というタイムリミットを設けられて、脱出ゲームに挑む物語。病院内に仕掛けられた時限爆弾による死から逃れるため、監禁された5人が強制参加させられるゲーム。その背景にあったある男の死。一見関係なさそうに見えた参加者たちにもそれぞれ隠された事情があり、テンポよく進む展開の中で繋がって明かされる真実と決着は、あの事件がまだ終わっていなかったことを強く実感させました。ここからまた続きがあるのか気になるところですね。
8.屋上のテロリスト (光文社文庫)
ポツダム宣言を受諾せず東西に分断された日本。七十数年後、高校の屋上で出会った不思議な少女・沙希からアルバイトに誘われた彰人が、彼女の壮大なテロ計画に巻き込まれてゆく物語。両親も亡くなって目的もなく死に魅入られていた彰人。彼に協力を求めた沙希が、思惑ある権力者たちをも巻き込んで邁進する真の目的。緊張が高まってゆく状況で大人たちの間を動き回り、ギリギリの駆け引きが続きながらも切り抜ける覚悟を見せた沙希と、彼女と一緒に最後まで走り抜けた彰人が最後に迎えた結末はとても素敵なものだったと思いました。面白かったです。
9.レゾンデートル (実業之日本社文庫)
末期癌を宣告され絶望の日々を送る医師・岬雄貴。ある日、不良から暴行を受けた岬が、偶然連続殺人鬼「切り裂きジャック」、そしてトラブルに巻き込まれていた少女・沙耶と邂逅し運命が回り始める物語。雄貴の存在を知って事件に巻き込んでいくジャック、そんな日々の中で出会った沙耶との奇妙な同居生活で少しずつ心境が変わってゆく雄貴。最初は視点の切り替わりが少し多いかなと感じましたけど、読めば読むほどテンポも良くなっていって、いくつもの事件・人物が繋がってゆく終盤の展開は流石で、切なくもぐっと来る結末もなかなか良かったです。
10.リアルフェイス (実業之日本社文庫)
バイト先として天才形成外科医・柊貴之のクリニックを紹介された麻酔科医・明日香が、次々と舞い込む奇妙な依頼や彼の過去の因縁に巻き込まれていく医療ミステリ。天才的な手腕以外はまるでダメ人間な柊は自分が納得した手術しか受けない主義で、そんな彼に明日香が振り回されながらもその生き様に感化されていく物語。。。かと思ったのですが、後半は柊と弟子・神楽を巡る因縁で状況が二転三転するスリリングな急展開でした。過去の因縁は今回で決着しましたが、読みやすくて依頼解決パートも話として面白かったので、是非続編に期待したいですね。
11.優しい死神の飼い方 (光文社文庫)
ゴールデンレトリバーの姿となって「我が主様」から地上に派遣された「死神」のレオが丘の上のホスピスに勤める看護師の菜穂に保護され、ホスピス内にいる未練を残す人々の問題を解決していく物語。すでに余命いくばくもないことを自覚する彼らに関わって、悔いが残らないように何だかんだ言いながら奔走するコミカルな死神のキャラがわりとツボでした。連作短編が最終的にひとつのお話に繋がって、みんなで力を合わせて危機を乗り切る構成も良かったです。切ないラストにはしんみりした気分になりましたが、それを乗り越えたレオの今後に期待です。現在2巻まで刊行。
12.螺旋の手術室 (新潮文庫)
大学病院の教授選候補だった冴木真也准教授が手術中に不可解な死を遂げ、教授の座を争った医師も暴漢に襲われ殺害されるなど相次ぐ不可解な死。父・真也の死に疑惑を見つけた息子の裕也が同じ医師として調査を始める医療ミステリ。教授選が鍵と見据えその繋がりを調べる裕也。父の死がスキャンダルとなり婚約者の母に堕胎を迫られる妹の真奈美。真相を執拗に追う過程で明らかになる意外な真実。たったひとつの秘密を守るために起きた事件の真相は何とも切なくて、これから裕也が抱えながら生きてゆくものの重さについていろいろ考えてしまいました。
13.神酒クリニックで乾杯を (角川文庫)
医療事故で働き場所を失った外科医の九十九勝己が恩師の勧めで少し変わった「神酒クリニック」で働くことになり、いろいろな事件に巻き込まれていくメディカルミステリ。変人揃いのクリニックは患者の悩みを取り除くため事件解決にまで乗り出してしまう裏の顔も持っていて、個性的で特殊な能力を持つクリニックの面々に振り回される勝己という構図は、著者さんお得意の展開ですね(苦笑)登場する人物を見ると他作品とその世界観を共有しているようで、犯人のその後を含めて今後の展開が楽しみになりそうなシリーズですね。次巻にも期待しています。現在2巻まで刊行。
14.ムゲンのi 上・下
眠りから醒めない謎の病気・イレスという難病の患者を3人も同時に抱える女医・識名愛衣。霊能力者である祖母の助言により、患者を目醒めさせるために魂の救済〈マブイグミ〉に挑むミステリ。父と一緒に乗った飛行機で視力を失いパイロットの夢を絶たれた娘、無実と信じて無罪を勝ち取った被告が殺人を犯した現実を突き付けられた弁護士を夢幻の中で救ってゆく展開で、珍しいファンタジーっぽい要素がある展開でしたけど、解決するたびに新たな謎が増えてゆく中でこの物語をどうまとめあがるのか、現実世界とのリンクも気になるところではあります。
次々とマブイグミを成功させた識名愛衣。次第に患者のトラウマが都内西部で頻発する猟奇殺人と関係があり、しかも23年前の少年Xによる通り魔殺人とも繋がっていたことに気付き難事件の真相究明に立ち向かう下巻。イレスの繋がりが見えてきた中で救急搬送されてきた虐待された形跡のある少年、そして愛衣自身が記憶から消していた現実。繋がってゆく様々な出来事や事実の中で、ようやく置かれた現状を理解した愛衣も辛かったとは思いますが、そんな過去を乗り越えて大切な人たちの温かい想いに見守られていたことを知る結末がとても印象的でした。
15.白銀の逃亡者 (幻冬舎文庫)
奇病「ヴァリアント」患者が差別され隔離される世界。罹患したことを隠し深夜の救急医療室で働く岬純也のもとに同じヴァリアントの少女・悠が現れ、反政府組織が企む「ある計画」に巻き込まれてゆく物語。拘置所に収監されている兄に会おうとする悠に振り回される純也、悠の兄に異様な執着を持つ刑事毛利の執拗な追跡、そして明らかになってゆく計画の真意。追いつめられて後戻りできないところまで突っ走ったかにも見えたテンポの良い展開でしたが、物語を二転三転させてゆく中でうまく収めましたね。スッキリとした結末でなかなか面白かったです。
16.神のダイスを見上げて
巨大小惑星ダイスが接近し人類があと5日で終わりを迎える『裁きの刻』。最愛の姉・圭子を殺された高校生の漆原亮が、自分の手で復讐すべく犯人を調べ始まる青春タイムリミットミステリ。唯一の家族だった圭子の衝撃的な死。ダイス接近により国内が大混乱に陥る中、恋人がいたらしい圭子の背後関係を調べていくうちに判明するダイスを崇拝するオカルト集団「賽の目」の存在。一連の事件を引き起こした妄執の結末を思うと何とも複雑な気持ちになりましたが、残された彼らが『裁きの刻』が迎える時、寄り添える理解者が傍にいてくれて良かったです。
17.誘拐遊戯 (実業之日本社文庫)
18.レフトハンド・ブラザーフッド
エイリアン・ハンド・シンドロームを患い、左手から交通事故で死んだ双子の兄・海斗の声が聞こえるようになった岳士。家出した先で運悪く殺人事件の容疑者となってしまった二人が、容疑を晴らすべく真犯人を探し始める物語。怪しいドラッグ「サファイヤ」を販売する半グレ集団、そて岳士が巡り合い二人がすれ違うきっかけとなってゆく彩夏。うかつな岳士と案外アバウトな海斗のコンビによる犯人探しの迷走っぷりには頭を抱えましたが、お互い複雑な想いを抱えぶつかり合う二人の葛藤と、何ともほろ苦かったその決着にはいろいろ考えてしまいました。
以上です。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。