今回は久しぶりにレーベル別企画ということで新潮文庫nexを紹介したいと思います。新潮文庫nexは2014年に新潮文庫の創刊100年の次世代ラインナップとして立ち上げられ、毎月2点ほど刊行されて2020年10月末段階で205点が刊行され、なかなか印象的な作品を多数送り出しています。自分が読んでいるのはそのうちの七割弱程度ですが、その中から今回30シリーズを紹介したいと思います(本当はもっと適当な数まで減らしたかったのですが、悩みに悩んだ挙げ句ここまでしか減らせませんでしたw)。
1.天久鷹央の推理カルテ (新潮文庫nex)
統括診断部長として各科で「診断困難」と判断された患者を診断する若き天才女医・天久鷹央と唯一の部下である小鳥遊が挑む、原因不明の症状や診断の難しい症例に日常の謎も交えたメディカルミステリー。好奇心旺盛でいろんなことに首を突っ込む鷹央と、彼女に振り回されながら時には鷹央も気づかない盲点に気づいて事件解決に貢献する小鳥遊はうまく補い合えるいいコンビで、患者の親子問題なども絡めた複雑なテーマも多かったですが、テンポよく進む展開からスッキリした読後感でまとめる構成はとても完成度が高い人気シリーズですね。現在11冊目まで刊行。
2.階段島シリーズ (新潮文庫nex)
何かを失ってしまった人々が集う階段島で平穏な高校生活を送る七草が、そこで出会うはずのない少女真辺由宇と再会してしまうことから始まる物語。相変わらず正直で真っ直ぐで、島から出る手段を得るために周囲と衝突することも厭わない真辺に苛立ちを感じながらも、そんな不器用な彼女を理解しているのは自分だけだと思う七草にとって、正反対な彼女はかけがえのない存在あることが端々に感じられました。でもそんな七草の願いを彼女らしく突っぱねてしまう関係こそ、二人の本来あるべき姿だったんですよね。いや本当に良かったです。全6巻。
3.ケーキ王子の名推理 (新潮文庫nex)
美味しいケーキ大好きな女子高生・未羽が、失恋直後に迷い込んだケーキ屋でパティシエ修行をしている同級生の冷酷イケメン王子・颯人に遭遇する物語。少女漫画のような設定や展開でミステリとして見るとあっさりめですが、出会った当初はお互いあまり印象が良くない二人が、夢に向かって頑張る颯人を徐々に応援する気持ちになっていったり、ケーキであっさり釣られるもののイケメンだからといって特別視しない未羽は信用できると感じたり、飾らない二人の距離感が心地良かったです。そんな二人の恋の予感はこれからですね。現在5巻まで刊行。
4.君と漕ぐ: ながとろ高校カヌー部 (新潮文庫nex)
両親の離婚で引っ越してきた高校一年生の舞奈。地元の川でカヌーを操る少女・恵梨香に出会った彼女が、一緒にながとろ高校カヌー部に入部する青春部活小説。長年コンビを組むも少しずつ想いがすれ違ってきた先輩の希衣と千帆。実力者恵梨香の出現による希衣の決意。初心者の舞奈は今後に期待ですけど、過去に執着していたり今の自分を見て欲しいと願う、それぞれの繊細で複雑な心情を巧みに描きつつ、ずっともやもやしていた思いをぶつけ合って、前に進む力に昇華させてゆく展開にはぐっと来るものがある期待のシリーズです。現在3巻まで刊行。
5.謎好き乙女と奪われた青春 (新潮文庫nex)
謎を引き寄せる体質の高校生矢斗春一に、恋愛や青春に興味がなくミステリを愛する新入生の早伊原樹里が偽装恋人な関係を持ちかけ、二人で一緒に日常の謎を解いていく青春ミステリ。些細な事でいがみ合いながらも、その関係に心地よさを感じていく二人の軽妙なやりとりがわりと好みで、過去が原因で距離を置こうとする春一と、彼の過去を追ううちに結局放っておけなくなる早伊原の微妙な距離感の変化もポイントですね。春一の過去との対決はほろ苦いストーリー展開でしたが、それを乗り越えて落ち着くべきところに落ち着いた二人に期待のシリーズです。全4巻。
九州に展開するコンビニ「テンダネス」の門司港こがね村店。勤勉なのに老若男女を意図せず籠絡するフェロモン店長・志波三彦と、彼を慕ってやってくる常連客たちがコンビニを舞台に繰り広げるお仕事小説。バイト野宮が密かに抱えていた後悔、夢と現実の狭間で悩む塾講師・桐山、幼馴染との関係に悩む梓、定年後妻との距離感が分からなくなった夫、パート・光莉の息子・恒星が抱いた疑惑、クリスマスの騒動など、店長や周囲の登場人物たちを絡めたドタバタ劇が楽しくて、その優しさが関わる人たちの心を癒してゆくとてもじんわりと来る物語でした。
7.青の数学 (新潮文庫nex)
数学オリンピックを制した女子高生・京香凜と、雪の日に偶然出会った高校生の栢山。「数学って、何?」と問いかける彼女に意識され、それに触発されるように栢山もまた数学にのめり込んでゆく青春小説。若き数学者が集うネット上の決闘空間「E2」。そこで他校のライバルたちと出会い競う中で、香凜に対する答えを探す栢山。立ち位置が違う友人たちや考え方が異なるライバルたちと対比させながら、理由も分からないままひたむきに数学に向き合い続ける栢山の姿はとてもまっすぐで、ここから物語として広がっていきそうな今後の展開が楽しみですね。現在2巻まで刊行。
8.青ノ果テ :花巻農芸高校地学部の夏 (新潮文庫nex)
東京からの転校生・深澤がやってきてから、壮多も幼馴染の七夏もおかしくなった。彼女が姿を消す前に託された約束を胸に、壮多は深澤と先輩の三人で宮沢賢治ゆかりの地を巡る巡検の旅に出る青春小説。将来の展望もないまま鹿踊りにのめり込んでいた壮多が、転校生・深澤と七夏の急接近で突き付けられた焦燥と動揺。彼女不在で複雑な想いを抱えたまま臨んだ男三人の旅で、それぞれの抱く想いに触れて、宮沢賢治ゆかりの地やそのゆたかな情景に魅せられて、過去に向き合い乗り越えようとする彼らの成長とその結末にはぐっと来るものがありましたね。
9.処女のまま死ぬやつなんていない、みんな世の中にやられちまうからな (新潮文庫nex)
留年して二回目の高校三年生となった佐藤晃に話しかけてきた同級生・白波瀬巳緒。それをきっかけに居場所がないと思っていた学校で周囲に輪ができて、かけがえのないものを取り戻してゆく喪失と再生の青春小説。留年の経緯で明らかになってゆく深い愛には驚かされましたが、あっけらかんとしたギャルの白波瀬巳緒、綺麗な声が耳に残る少女・御堂楓、そしてアニメ好きな和久井と出会い、大切な友人・藤田たちにも支えられながら、みんなで結成したバンドを通して熱い想いをぶつけ合い、未来に希望を見出してゆく結末にはぐっと来るものがありました。
密室で謎の死を遂げた人工知能研究者の父。その死に疑問を持った高校生の息子・輔が、探偵AI・相以とともに父を殺した真犯人を追う過程で、犯人AI・以相を奪い悪用するテロリスト集団「オクタコア」の陰謀を知るミステリ。対となる存在の探偵と犯人という双子AI。明らかになる人工知能による世界統治を目指すオタクコアの存在。分かりやすい解説を加えながら語られる発展途上の存在から深層学習で成長する人工知能たちを軸とする展開には、やや強引かなと感じられる部分もありましたがなかなか興味深くて楽しめました。現在2巻まで刊行。
11.さよならの言い方なんて知らない。 (新潮文庫nex)
臆病であることを誇る高校生・香屋歩と幼馴染秋穂が迷い込んだのは、8月がループする街「架見崎」だった。戦闘の役に立たない能力を希望した二人が、乏しい物資を巡る戦争に巻き込まれてゆく物語。設定されたルールの中で戦うゲームのような世界に飛ばされ弱小「キネマ倶楽部」に所属することになった二人が、いきなり戦闘に巻き込まれてゆく展開でしたけど、ゲームの本質を見極めつつ強者との駆け引きの読み合いで一歩先を行く二人は存在感がありましたね。もう一人の幼馴染がちょっと意外でビックリでしたが、そんな読めない展開の中で行われる駆け引きが興味深いシリーズです。現在4巻まで刊行。
12.ブタカン!: 〜池谷美咲の演劇部日誌〜 (新潮文庫nex)
親の借金で青春と縁遠い生活をしていた女子高生・美咲が、借金問題の解決とともに幼馴染で親友のナナコに誘われて演劇部に入部し、新米舞台監督(ブタカン)として奮闘する物語。仲間とともに日常的に謎を解いていく面もありますが、全体としては変わり者揃いの演劇部のメンバーと時には衝突し、絆を深め合って問題を解決しながら、入院してしまったナナコの助けも得て舞台監督として成長していく部分がメインですね。ナナコの容態は気になるところですが、新シリーズっぽいので次巻に期待ということで。読みやすくてテンポもよく面白かったです。全3巻。
13.カカノムモノ (新潮文庫nex)
悪夢を見続けるOL、穢れを内に抱える大学生、兄夫婦の子供を預かる花屋。「カカノムモノ」謎の美貌の青年・浪崎碧が、時に人を追い詰めてまで心の闇を暴き解決してゆく物語。昏い想いが育つことで生み出される大禍津日神と、一族の事情から人として生きてゆくためにそれを食らわねばならない碧の宿命。訳ありそうなカメラマン・桐島とともに闇を抱えた人を探し出して穢れを払うシリアスな過程には、ごくありふれたままらない日常の積み重ねがあって、宿業を抱えた碧を取り巻く事情がどのように変わってゆくのか続刊に期待したいシリーズですね。全3巻。
14.オークブリッジ邸の笑わない貴婦人 (新潮文庫nex)
親が作った借金を抱える派遣家政婦・愛川鈴佳に舞い込んだ老婦人の夢のお手伝い。十九世紀英国を再現したお屋敷で、鈴佳は「メイドのアイリーン」になる物語。いったいどんな事情でこんな風になったのかと思いましたが、実際当時の状況を再現するということは、思っていた以上になかなか大変そうでしたね。でも時には失敗しながらも、奥様や執事役のユーリ、スミス夫人たちと一緒に過ごしていくうちに、その交流が彼女にとってかけがえのないものになってゆく、厳しくもあたたかいやりとりの数々がとても好ましかったです。続編にも期待しています。
15.さよなら世界の終わり (新潮文庫)
ふとしたきっかけから死にかけるたびに未来が見えるようになった高校生・真中。屋上のドアノブで首を吊ってナンバーズの数字を見ようとした昼休み、親友の天ヶ瀬が世界を壊す未来を見てしまう青春小説。彼と同じように死にかけるたびに幽霊が見えるようになる少女・青木、周囲を洗脳できる天ヶ瀬とのゆるく繋がった関係。彼らが抱える辛い過去や、現状や未来に希望を持てない諦めに似た苦悩にはなかなか来るものがありましたが、大切な友を取り戻すため、絶望の未来を覆すために奔走し、勇気を持ってぶつかろうとする結末はなかなか良かったですね。
16.太陽のシズク ~大好きな君との最低で最高の12ヶ月~ (新潮文庫nex)
死に至る「宝石病」を患い海の見える高校に転校してきた理奈。親友や彼氏を作って最高の学園生活を送ろうと決意する理奈と、彼女のために受験を頑張る翔太が過ごした最高の12ヶ月の物語。運命の恋人と出会い、印象的な出会いを果たした美里と様々な出来事を経て大切な親友となってゆく理奈。彼女と自分の夢のために受験勉強する翔太が予備校で出会った仲間たち。違う時を過ごす中で不安やすれ違いもあって、それでも二人で育んできた確かな絆があって。そんな二人のかけがえのない日々を必ず読み返したくなる、とても鮮烈で印象に残る物語でした。
過去のゲームを移植するレトロゲームファクトリー社長・灰江田とプログラマー・コギーの元に伝説のUGOコレクション復活依頼が持ち込まれ、横取りを狙う大手企業を抑え封印ゲーム復活に奔走するお仕事小説。古巣の橘に騙されたコギーを救った灰江田。懐かしいレトロゲームを取り上げながら、手段を選ばない橘の様々な揺さぶりに振り回されつつ開発者の過去の因縁を探りながら、ゲーム愛と家族愛のために動く灰江田の想いが周囲を動かし、力を合わせて開発者の真意を見出しゲームに愛がない橘の企みを乗り越えてみせる展開はなかなか熱かったです。
18.モノクロの君に恋をする (新潮文庫nex)
浪人覚悟で受験した大学に合格した小川卓巳が、加入した奇人変人揃いの漫画サークルで運命的な出会いを果たした新入生・天原と再会する青春小説。将来もマンガに関わっていきたいと考える卓巳が出会った漫画家を目指す訳ありな先輩たち。彼らが作り出す濃い空間にどんどん溶け込んでゆく天原と卓巳。触発されてマンガを書き始めたり天原と二人で出かけたり、いい雰囲気になりかけたのに全てがぶち壊される急展開にはぐいぐい読ませるものがあって、追いかけたはずなのになぜか追い込まれた卓巳が本音をぶちまける熱い展開はとても面白かったです。
19.呪殺島の殺人 (新潮文庫nex)
呪術者として穢れを背負った赤江一族が暮らした呪殺島。伯母・赤江神楽に招待され、友人の古陶里とともに島を訪れた秋津真白が、記憶を失い神楽の遺体の前で目を覚ます密室ミステリ。ミステリ作家の神楽に招かれた8人が密室状態の殺人事件に遭遇し、連絡も絶たれた孤立状態で発生する連続殺人という典型的な展開でしたが、お互い疑心暗鬼な状況で肝心の真白が記憶を失っていることも効いていて、前提を覆される意外な事実と人物配置の妙、これこそ呪いだったのかと唸らされた結末がなかなか印象的でした。続編があるようならまた読んでみたいです。
20.猫と狸と恋する歌舞伎町 (新潮文庫nex)
男子大学生のふりをして気ままに生きるオスの三毛猫・谷中千歳は恋に落ちた。ドーナツ屋さんの女の子・愛宕椿に正体を明かせず悩む千歳が、実は彼女が歌舞伎町の任侠団体の組長の娘であることを知る青春小説。娘と別れさせた組長に衝撃的な事実を知らされて、嫌々ながらも仕事の依頼を引き受けた千歳が直面する何とも世知辛い現実。けれど複雑な思いを抱く千歳とは対照的に、椿は思っていたよりもずっと自分の幸せを追求することに貪欲でしたたかで、巻き込まれたけれどこれはこれで悪くないのかな?と思わなくもない結末に少し救われました(苦笑)
東京五輪後、災厄により中京に暫定首都が移転した世界。急速に治安が悪化する中、テロ計画を未然に鎮圧すべく総理直轄・女性 6 名の特殊捜査班R.E.D.が警察庁に設立される警察小説。いかにも著者さんが好きそうな世界観で、敵も多い傑物な女総理の下、ケチな神代を指揮官に個性豊かな異能を持つ少女たちを従え、副総理と警視総監が絡む難しい政官業巨大疑獄を追う展開。一風変わった彼女たちと上司たちの使い使われる関係も気になるところですが、破格な彼女たちの活躍は圧倒的でした。登場人物たちもいろいろありそうで楽しみです。現在3巻まで刊行。
22.オニキス -公爵令嬢刑事 西有栖宮綾子ー (新潮文庫nex)
超絶的資産家にして皇室と英国王室の血筋をひく公爵令嬢で、警察庁監察特殊事案対策官の西有栖宮綾子警視正。警察組織の不祥事を彼女が金と権力にものを言わせて解決してゆく警察ミステリ。この作品もまた箱崎長官を上司に据えた一連の世界観の中にある物語で、捜査権奪取を狙う検察の裏組織「一捜会」の隠謀によって引き起こされる警察署から消えた8572万円、署内不倫署長の全裸死体、県警本部集団薬物汚染といった不祥事を解決すべく投入された綾子主従の捜査はぶっ飛んでいて、既存の価値観をぶち壊す解決方法は圧巻でした(苦笑)現在2巻まで刊行。
23.もってけ屋敷と僕の読書日記 (新潮文庫nex)
尾道に暮らす中学2年の鈴川有季が、100円玉を投入すると老人・七曲が大量の本を押し付けてくる奇妙な自動販売機に遭遇して始まる友情と恋と家族の物語。本に埋もれた屋敷を終活整理するため本を手放そうとする七曲、小学校時代の同級生・翔矢、広島から引っ越してきた保育士・ひかり。紹介された本を絡めた4つのエピソードがあって、悩みや複雑な想いを抱えた彼らが本の自販機をきっかけにゆるく繋がるようになってゆく展開でしたけど、傷ついた時に自分のことを心配し奔走してくれる存在の大切さを改めて感じさせてくれた心温まる物語ですね。現在2巻まで刊行。
24.朝比奈うさぎの謎解き錬愛術 (新潮文庫nex)
父の跡を継いだもののぱっとしない探偵の迅人。彼のことが好き過ぎるストーカー美少女・朝比奈うさぎが、事件に巻き込まれがちな迅人を救うため謎を解いてゆく連作短編集。行く先々で殺人事件に巻き込まれて、なぜか容疑者扱いされてしまう迅人と、愛を証明しながら事件を解決してしまううさぎ。迅人のことしか考えていないうさぎがなぜ論理的に解決できるのか謎ですが、うさぎの重過ぎる愛を戸惑いながらも何だかんだで受け入れつつある迅人はいいコンビで、二人を見守る姉を交えたやりとりも面白かったです。現在2巻まで刊行。
25.向日葵ちゃん追跡する (新潮文庫nex)
ストーカー対策員原向日葵19歳。実は元ストーカーの過去を持つ彼女が、接近禁止を言い渡された元恋人を殺人現場で見かけてしまい、再び運命が動き出すほろ苦青春ミステリー。容疑者とされた彼の無実を何とか証明したいと思うものの、すれ違いの結果として接近禁止になった過去から行動を制限されている向日葵。頭では理解していても強い想いに揺れる彼女の複雑な葛藤が痛いほど伝わってきて、その自らの思考に向き合うことが事件解決の伏線に繋がってゆく皮肉な結末でしたけど、前に進むことを決意した彼女の幸せを願わずにはいられませんでした。
天気予報が大嫌いな気象予報士菜村蝶子と、腐れ縁で蝶子がデイトレ探偵と揶揄する幼馴染右田夏生の元に舞い込む、ささやかで奇妙な依頼の数々。降らなかったはずの雨や半世紀以上前の雷探しなど、二人がああだこうだ言い合いながら挑む謎は、お天気絡みであると同時に誰かを想う気持ちを解き明かすことでもあり、雨上がりのような清々しい気分になれる読後感でした。毎回無愛想で気象解説が意味不明、夏生への皮肉まで織り込んでくるバタフライ蝶子、最初は彼女に振り回されながらも名コンビになってゆく女子アナの二人による天気予報は必見です。
27.おまえのすべてが燃え上がる (新潮文庫nex)
愛人生活がバレてスポーツジムのアルバイトの給料では生活費すら賄えず、貢がれたブランド品を売って何とか暮らす信濃の元に、弟が元恋人を連れて訪ねてくる物語。冒頭から包丁を持った愛人の妻に殺されかけててギョッとしましたが、どん底の信濃の生活っぷりや、同じようにどん底で過去に二度も絶交した因縁の相手・醍醐との気まずい再会、意味不明の意気投合から自己嫌悪する流れはうわあと思いつつもぐいぐい読ませますね。相変わらず波乱万丈な二人にそんなに簡単には変わらないよなと思いつつもその悪くないと思える結末には救いを感じました。
28.時は止まったふりをして (新潮文庫nex)
小牧が高校時代に付き合っていた凌馬。同窓会で再会した彼のもとに十二年の歳月を経て届くはずのないフイルムが届いて、そこから忘れていた過去と感情が蘇ってゆく青春恋愛ミステリ。十年前友人だった小牧や知葉たちの視点で描かれる甘酸っぱくてほろ苦い青春の日々と、三十路を前にした社会人としてのそれぞれの現在地。当時は明かされなかった密かないくつもの想いがあって、一方で今大切にしたいと思っている関係があって。清算されてゆく心残りだった過去が現在に繋がって、迷える背中をそっと押してくれる展開にはぐっとくるものがありました。
29.流星の下で、君は二度死ぬ (新潮文庫nex)
父を火事で亡くしたトラウマから、亡くなる瞬間の情景が「予知夢」として見える能力を得てしまった女子高生みちる。予知夢に見た従兄の一美を助けようと介入した結果、被害者が変わってしまう学園青春ミステリ。殺された同級生・渡辺と交流があった不登校の穂香、そして人気者のサッカー部員・浜坂との因縁も解き明かしてゆくみちると一美。新事実が明らかになるたびに印象が二転三転して、やりすぎなければ…と思う積み重ねが招いた惨劇の真相はほろ苦かったですが、自分の能力にきちんと向き合うようになってゆくみちるの姿が印象的な物語でした。
30.断片のアリス (新潮文庫nex)