お盆休みに読みたい企画として第二弾・単行本/文庫編です。最近読んだ本を中心に選んでみました。なお「歴史を変えた10の薬」と「感染症の世界史」(角川ソフィア文庫)は最近の新刊ではありませんが、この時期タイムリーな本かと思い紹介しました。気になる本があったらぜひ読んでみて下さい。
1.凪に溺れる
一人の天才音楽青年が作った「凪に溺れる」。その曲と運命的な出会いを果たし、夢と理想、そして現実とのはざまで藻掻いた6人の人生を描く連作短編集。出会った人の心を揺さぶらずにはいられない十太の音楽。霧野十太と水泳少女の出会い、燻る高校時代に出会った少女、大学時代のバンド仲間、夢を思い出したフリーライター、彼の父を巡る過去。第三者視点ゆえに音楽に邁進し続けた十太の複雑な想いは想像することしかできないですけど、それでも彼が生み出した音楽は生き続けて、受け継がれてゆくことを予感させる結末がとても印象的な物語でした。
2.法廷遊戯 ※第62回メフィスト賞受賞
法曹の道を目指してロースクールに通う、久我清義と織本美鈴。二人の過去を告発する差出人不明の手紙をきっかけに不穏な出来事が続き、意外な形で事件に巻き込まれてゆくリーガル・サスペンス。清義が相談を持ち掛けたのは、異端の天才ロースクール生・結城馨。思いもしなかった形で起訴された美鈴と、それを弁護することになった清義。人生を諦めたくなかった久我清義と織本美鈴の苦い過去と、明らかになってゆく意外な事件の真相、そして突きつけられる司法界の問題と、それぞれの良心が問われる中で導かれてゆく結末がとても印象的な物語でした。
3.どうぞ愛をお叫びください
引っ込み思案で帰宅部の松尾が幼馴染の織田に「ユーチューバーやろうぜ」と誘われ、戸惑いつつも織田と同じバスケ部の面白担当・坂上、軽音部で一つ年上の個性派イケメン・夏目も誘ってゲーム実況に挑戦する青春小説。普段なら接点のないタイプの仲間たちと、気軽に始めたゲーム実況動画配信の思っていた以上に大変な現実。人気が出てきたからこその楽しいだけではない葛藤もあって、窮地にもきちんと向き合える彼らの育んできた友情があって、それを乗り越えてずっと見守っていくれていた大切なものを取り戻す結末にはぐっと来るものがありました。
4.全部ゆるせたらいいのに
生まれたばかりの娘・恵と一日中向き合い、仕事の苦しみから酒に逃げる夫に苦悩する千映。安心が欲しいだけなのに、あきらめて生きる癖がついた、明日何が起きるか予測がつかない日常とその過去を描く物語。言葉が通じない小さな子供と一日中向き合うだけでも大変なのに、酒に溺れたびたび何かやらかすようになった夫に振り回される日々も突き刺さりましたが、それ以上にアルコール依存症だった父と家族の歪んだ関係、それでも希望を見出したくなる気持ちが切なくて、上手くいくようになるといいなと思わずにはいられない結末がとても印象的でした。
5.ミライヲウム
付き合っていた女性に触れた瞬間に未来が見えてしまう体質と苦い過去から、恋愛と無縁の大学生活を貫いていた凜太郎。そんな彼が同級生・立花に突然告白され、キスした瞬間にとんでもない未来が見えてしまう青春小説。見えてしまった未来を回避するには彼女の想いにどう応えるべきか。なかなか素直になれない立花の想いは真摯で、そんな彼女に惹かれてゆく自覚があるからこその葛藤があって、両親の過去もまた印象的なエピソードでしたが、不器用でもどかしい二人が向き合って乗り越えた未来と、その先にあった結末にはぐっと来るものがありました。
6.水曜日が消えた (講談社タイガ) 映画化!
周期性人格障害を抱え、曜日ごとに人格が切り替わる僕。これまで一週間のうち火曜日しか生きてこなかった七人のうちの一人が、初めて水曜日を経験し世界が広がってゆく物語。いつもは定休日の飲食店、入ったことのない図書館、そして初めて出会った恋。過ごす曜日が違うと世界もまた違って見える感覚がなかなか興味深かったですが、裏を返せば自分が他の曜日を過ごせている理由にも気づいてしまうわけで、迎えた転機に自分がどうあるべきか、自分にとって大切なものは何か、知ってしまったがゆえの葛藤の末に出した結論がなかなか素敵な物語でした。
コンサバター 大英博物館の天才修復士
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一色 さゆり 幻冬舎 2020年06月11日
世界最古で最大の大英博物館。その膨大なコレクションを管理する天才修復士ケント・スギモトと、その助手を務めることになった日本人修復士・晴香が、美術品にまつわる謎を解いてゆくアート・ミステリー。すり替えられたパルテノン神殿の石板、なぜか動かない和時計の修理、札束が詰めこまれたミイラの木棺、そしてケントの父親の失踪。大英博物館の立ち位置などはなかなか興味深かったですけど、誰もがひとくせある大英博物館で働く人々やケントの関係者も絡めつつ、晴香を振り回すケントと二人で事件を解決していく展開はなかなか面白かったです。
8.満月珈琲店の星詠み (文春文庫)
満月の夜にだけ開く不思議な珈琲店。優しい猫店主が招いた悩める人々を、極上のコーヒーとスイーツ、そして占星術で運命を読む「星詠み」で癒し導いてゆく連作短編集。時代の変化に取り残されたシナリオライター、心に傷を抱えたプロデューサーとスキャンダルに直面した女優、エンジニアが遭遇した初恋の人。どこかうまく行かない状況で巡り合う珈琲店との出会いでは、猫店主の美味しいおもてなしと占星術による導きが転機に繋がっていて、苦境に向き合って充実した日々を送るようになってゆく登場人物たちのその後がなかなか印象的な物語でしたね。
9.御苑筆姫物語 (富士見L文庫)
定年後の呑気な隠居を夢みて円満退職を願う代筆係の采女・蒼月。期せずして皇帝とから姫へ贈る恋文と物語の執筆を頼まれ、さらには思わぬ争乱に巻き込まれてゆく中華風ファンタジー。今上帝・叡泉に字の上手さを見込まれたことによる転機。明らかになってゆく蒼月の秘めた過去と、周辺国を侵略する晏国の苛烈な遺臣狩り。次代への中継ぎに徹する叡泉と物語が好き過ぎて自らの計画に固執する蒼月でしたけど、巻き込まれた危機的状況に力を合わせて乗り越えたことでお互い心境の変化もありましたかね…そんな二人の行く末をもう少し読んでみたいです。
10.遥かに届くきみの聲 (双葉文庫)
かつて天才子役だった過去を隠して高校生活を送る小宮透。当時彼が朗読に励んでいたことを知る同級生の沢本遥が、徹を所属する朗読部へ勧誘する青春小説。今の透が人前で声を出せなくなった苦い過去、かつてのライバルだった近藤先輩との再会、そして声を取り戻す手助けをしてくれた遥が抱える秘密。人に聞かせる朗読、そして競技としての朗読は、読む人が物語をどう解釈して聞かせるのか奥深いものがあって、遥たちと再び朗読に取む中で過去とも向き合い、自分と競い合い支えてくれる周囲の人たちの大切さを思い出してゆくとても素敵な物語でした。
11.記憶書店うたかた堂の淡々 (講談社タイガ)
突如失踪した静乃の優しすぎる恋人・誠。職場に連絡すると意外な事実が判明し、冷めた目をした美貌の青年・うたかた堂との出会いによって、心に秘めた過去や秘密、願いが解き明かされてゆく物語。姿を消した恋人の正体、うたかた堂が婚活で出会った一組のカップル、女優・乃木坂カレナとの関係、友人あけるの初恋の結末、おじいちゃんと孫の約束。記憶を代償に人々の大切な願いを叶える謎の青年・現野一夜は、最初は掴みどころのない人物に思えましたけど、不器用な彼が導いてゆくほろ苦くも優しい結末、そして現野自身の変化が印象的な物語でした。
12.赤ちゃんと教授 乳母猫より愛をこめて (集英社オレンジ文庫)
赤ちゃんと教授 乳母猫より愛をこめて
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松田 志乃ぶ/はしゃ 集英社 2020年07月17日
不運なトラブルで住む場所と仕事をいっぺんに失ってしまった有能なベビーシッター・西東鮎子。偶然立ち寄った公園で赤ん坊の養父で大学教授・島津伊織にベビーシッター兼偽婚約者役として雇われるお仕事小説。路頭に迷いかけていた鮎子を雇ってくれた伊織と亡き姉の子が抱える事情。「保育のプロでも子育てのプロではない」鮎子は偽婚約者として伊織の乳兄弟に対応したり、遺産相続争いにも巻き込まれましたけど、彼女の持ち前の機転で切り抜けてゆく展開はなかなか良かったですね。意外とお似合いな二人のその後が読んでみたくなる新シリーズです。
13.海月館水葬夜話 (集英社オレンジ文庫)
穏やかな港町の学園で司書として働く遠田湊。そんな彼女と幼馴染・凪が一緒に暮らす小さな洋館・海月館に死んでも忘れることのできなかった後悔を抱えて客人が訪れる葬送ミステリ。湊の先輩司書だった櫻子と図書委員の吉野、「私が朝香を殺した」と告げる二人が抱えていた秘密、妻が殺されてから気づいた夫の後悔、病死した兄と双子の妹の複雑な関係、訪れた死者たちの後悔に向き合い、真相を解き明かしてゆく湊と凪。そんな二人の関係もまた過去に縛られたものに思えましたけど、様々な後悔に向き合ってきた湊の選択がなかなか印象的な物語でした。
14.歴史を変えた10の薬
歴史を変えた10のクスリ
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トーマス・ヘイガー/久保美代子 すばる舎 2020年01月24日頃
一万年以上前から使用されていたアヘン、天然痘ワクチンを生み出すきっかけとなったレディ・メアリーの存在、有機体由来でない化合物によって生み出されたモルヒネ・ヘロイン、抗菌薬の誕生、抗精神病薬、ピルとバイアグラの開発、スタチン、モノクローナル抗体と、昔からある医薬品を中心に、その起源や開発の経緯などを紹介しつつ、現在の製薬企業のありかたや医薬関連規制、それぞれの薬がもたらした影響などが解説されていて、これまで誰もやらなかったことに挑戦することや、その薬の功罪を冷静に見極めることの難しさを改めて痛感しました。